表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

150/164

第百五十話…… 『天閣の祝詞、 後日談・9 ぼくのわたしのやりたいこと』

やりたいことって何だろう……


私はよく考える、 やりたいこと、 進みたい道、 目標、 夢…… 私は何時だってそれが曖昧だった


静かに暮らしたい、 目立たず暮らしたい、 それでも一人にはなりたくない、 寂しいのは嫌い、 でも騒がしいのもそんなに好きじゃない……


段々とめんどくさい方向にわがままになった、 と言ってもこれは内心だ、 もう大人何だから心のままに生きようとは思わない


少しくらい面倒くさくても人との付き合いは大切にするし、 静かなのが好きだからって図書館でばかり過ごしたりはしない


だからたまには、 こうして賑やかなお祭りに来てみたのだが………


「……疲れた、 もう歩けないかも、 今日だってちゃんと暑っついし、 暦の上ではもう秋なのに……」


丁度運良く空いていたベンチに座り、 ぐったりと腰掛ける、 ジリジリと焼く日差し、 喧騒の中に生まれる興奮と熱、 耐えられない……


ぁぁ……


何だか、 頭がぼーっと…………………


(……水、 水飲まなきゃ、 水を…………)


…………………………


……さん ……………………………


「……菊野さん、 大丈夫?」


………?


霞む視界が捉えたのは、 見知った顔だった、 中学生からの友人、 最近では一応、 シェルターの調査隊として共に働いていた、 そうは言っても彼は調査員、 自分は事務員だったが……


村宿冬夜むらやどとうや彼が私を見ていた ……見られていた、 こんな情けない姿を、 そう考えるだけで体は更に暑く……


「もしかして具合悪い? ちょっとまってて……」


…………ガタンッ ……


目に見える範囲にあった自販機へと彼は走り、 水を持ってこちらへやってくる、 彼が気を利かせ緩めてくれたキャップ、 私はペットボトルを受け取ると力を振り絞り一気にそれを煽った


ごくっごくっ……… ぷはっ…………


……冷たい、 凄く冷たい、 喉を通って、 私の内側を冷やしていく………


「………大丈夫? 立てる? 立てるなら休憩室に行こう、 そこならエアコンも効いてるから」


彼から差し出された手を気が付けば取り、 ふらふらとした足取りでわけも分からぬまま歩き……


……………………


次に意識がはっきりする頃には、 私は冷房の聞いた部屋で横になって居た、 目を開け、 何とか体を起こすとすぐ側で空気が動いた


「……菊野さん、 大丈夫?」


っ………… ぁぁ…… そうだ………


「……うん、 大丈夫…… ごめんね、 私の為にわざわざ……」



「ううん、 無理しないでね…… いや~ もう九月も終わりに近づいてるって言うのに暑っついね~ そのくせ朝晩は涼しい風が吹くから体が混乱しちゃうんだよね」


ふっ……


彼の言葉は何時だって極力棘を抜いてくれる、 倒れる前にこまめに水分を取れと怒る事も無いし、 世間話と共に同調を混ぜてくれて、 誰もが同じ状況になり得た事を伝えてくれる


(……昔から変わらないんだから)


……それに比べて、 私のもう一人の親友は……………


ジジッ! …………………………?


…………


その後大分落ち着いて来た、 彼は新たに発足された『調査隊』の一員として、 仕事が休日にも関わらず、 警備員として働いて居るらしい


このイベントは、 甘樹街で起きた惨劇の日々、 その復興の足掛かり、 大望議員を筆頭に、 『調査隊』や、 その他多くのスポンサーを付け、 大規模なイベントへとなっている


これは凄く大切な事だと思う、 当事者の一人として切実に、 あの日々はずっとずっと大きな傷を心に残した


亡くなった人の数はもう数え切れない程だし、 残された人達の悲しみは計り知れない


たとえ家族全員生きていたって、 家が無い、 好きだった街が無い、 かつての生活等初めから無かった様に、 何もかも無いのだ


皆、 心に傷を追って下を向いて、 でも残酷な事だけど時間は止まってくれないし、 生きている内は何かしなくちゃ行けない


だから、 これは足掛かりだ、 躓き、 もう一歩も動けない人達が、 それでも、 もう少しだけ休んだら、 一歩踏み出してみようと、 そう思える為の足掛かり


大望議員が最も注力した事のひとつとして、 正確な被災者・生存者の把握だ、 このイベントでも背の成果は出ており、 イベントが決定した時点で、 全ての被災者の元へ招待状が送られている


招待状を見せるだけで全ての飲食やアクティビティが格安、 子供は無料になるし、 バザー等では割引券が付いてくる


かく言う家にも招待状は来た、 招待状にはきっちり『菊野和沙きくのなぎさ』と名前が書かれおり、 家族全員分が届いていた


菊野がこのイベントに来たのは本当に気まぐれだ、 時間は既に昼を過ぎているが、 家族でも、 父母は二人で、 弟は友人達と朝から参加していて、 菊野は気が向いたら行くと伝えていた


イベント会場は、 仮住居の最寄り駅から一駅の場所で、 電車の時間さえ合えば家から二十分もあれば着いた……


故郷、 藍木あいきには帰れない、 詳しい事は分からないが、 藍木ダムが崩壊し、 流れた水が川を辿り氾濫、 家や建物を飲み込む大惨事だと言う


菊野の家は山側だが、 川には近くない、 状況は分からないが家は無事だろう、 だが帰らない理由が、 帰れないからと言う状況は変わらない


本当に不思議な話で、 ヘリコプターからの映像で誰もが驚愕したと思う、 藍木の真ん中を通る藍木川は、 本来ならずっと先、 藍木を超えてずっとずっと、 海まで続いて居る物だが


……湖の様になっていたのだ、 まるで切り取られた様に、 そこに綺麗な円形の隔たりがあった様に、 大量の水は有る一定のラインでピタリと止まり、 停滞、 侵食しえぐれた大地は、 やがてそこに大きな水溜まりを作った


奇妙な話だが、 計測によれば災害期間中の藍木川の水量は一定して安定状態であり、 氾濫した情報は無い、 これはもう有り得ない領域だ


似た様な話だとあれが有名だ、 藍木川が有るおかげに、 多くの人が橋を利用しなくては甘樹街へは行けない


藍木より更に、 街とは反対側に住む人は通常なら藍木橋を通り街へと向かって行くのだが、 不自然に誰も藍木を目指さず、 山を超えた遠回りの道を通り、 街側を目指したと言う


普段なら渋滞のしない山道を朝の通勤ラッシュの車が多く通るので、 事故が多発した、 こういった自体が多く、 災害の同時的二次災害では無いかと言われている……


……話はそれだが、 その為今は避難者用の仮住居へと暮らして居るのだ、 果たして故郷の土を再び踏める日はいつになるのか………………


………………


その後、 菊野は体調が良くなると、 折角なので冬夜にイベント会場を案内してもらう事にした…………


「……成程、 じゃあ菊野さんは今、 本屋さんでバイトしながら、 大学に通ってるんだ」



「うん、 流石に大学側も考慮してくれて、 二ヶ月間の遅れは補習の形で埋めてくれる、 だから結構忙しいんだよね…… 冬夜くんもそうでしょ?」


休憩所を出て、 また日差しにヒリヒリと焼かれながら、 二人は、 近況を報告し合う


「ううん、 俺は大学を辞めたよ、 『調査隊』は正直、 何かを両立しながらできる程甘くないしね…… あと、 俺はまだきっと、 当たり前の日々に、 心が戻れてないんだ……」


そうか……


菊野は下を向く、 自分達が仲良くなったのは中学の時だ、 この時から冬夜はとても頭が良かった、 行く高校も大学も決まっている様だった


将来は、 詳しい事は聞かなかったが研究職に就くと言っていたしそれなりの所に行ったのだろう……


きっと未来は明るかった筈だ…… だが、 この世界を激震とさせた、 甘樹街を含めた騒動が壊し、 狂わせたのは、 彼の様な人の希望有る未来……


菊野も初めの内は冬夜の言う感覚が分かった、 終わりが余りにも唐突で、 迎えた当たり前の日常が、 とても退屈に感じる程の日々だった


以前、 藍木のシェルターが襲われた際、 菊野もモンスターに襲われた、 あの時の恐怖はきっと死ぬまで忘れないだろう……


でも、 それでも菊野と、 冬夜とでは違う、 常に後方支援の菊野、 シェルターが藍木から、 甘樹に移ってからは殆ど出来る事も少なく、 ほんの少し手伝いをしたくらいな物だ


それと反対に、 冬夜達調査隊は常に前線で恐ろしいモンスターと戦っていたし、 冬夜に至っては何度も命の危険に晒されている


そうすると、 人の感覚はどんどんと変化してくる、 適応する力があるからだ、 異常が常識へと変化して、 人は変わっていく……


そして、 やはり今回は終わりが余りにも唐突だった、 人は簡単には変わらないのと同じ様に、 人は簡単には元の道へ戻れない


あれだけ忌避し続けた苦しい日々を、 意図せず彼らは追ってしまう、 もう止まれない様に、 きっとその手に武器を握る感覚を、 死ぬまで忘れる事は出来ないのだ……


それがただただ痛々しかった、 もうあの頃には戻れない、 それは初めから分かっている、 辛いのは、 もう、 あの頃のようには笑えない事だ………


……………


不思議な確信があった、 それでも、 きっと彼なら、 そんな日々を笑っていた彼なら、 きっと変わらず、 一緒に笑ってくれた……………


ジジジッ!!


……………………………


最近よく疑問に思う、 あの頃の様に笑えないのは、 二人が決定的に変わってしまったからか……


………それとも、 何か、 分からないけど、 何か…… 足りない何かがある様な………


………ジッ ……ジジッ …………


……………………


最近良く疑問に思う、 私は何かを忘れて……………………


ジッ…………


……………………………………………



………………


「………あっ、 ナギだっ! お~いっ!」


…………?


不意に声が聞こえた、 不思議な声だ、 彼女の声を聞くと、 とても懐かしい感覚が引き起こされる


少女が一人こちらに手を振っていた、 菊野は声に引かれる様に顔を上げると、 少女はこちらへ走る、 笑顔で、 周りなんか見ず……


………あっ!


少女が人とぶつかりそうになり、 躓いて転びそうになる、 無意識的に伸ばした手………


「おっ、 とっと……… えへへっ」


少女は何とか体制を立て直し、 恥ずかしそうに笑うとあと数歩、 こちらへ歩き、 菊野のすぐ側までやってきた


……まったく、 この子にはいっつも冷や冷やさせられる


「もーっ、 いきなり走り出したら危ないよっていつも言ってるでしょ! ここは人も多いんだから走っちゃダメ、 怪我したら皆悲しむよ」



「は~い、 ごめんなさい ………そうだっ! ナギっ! 追いかけっこしよっ!」


………何が、 『そうだっ!』 なのか…… ちっとも分かってないのだから……


いっつもそうだ、 昔から、 振り回されてばかりだし、 本人は笑顔だけどこっちが冷や冷やさせられるし、 ふざけてばっかりだし………


そのくせいっつも真剣で、 やると行ったらもう曲がらなくて、 止めても無駄だって、 でも心配だって、 それでも、 私は止められなくて………


菊野は自身の手首、 お揃いのミサンガを見る、 渡したあの日から、 まだ切れる素振りも無いけど……………


…………………? お揃い? 渡した? ………


私は、 何を………………


「ねぇっ~ ナギってば~ 遊んでよ~」


っ………


彼女の声で意識が浮上する、 妙な感覚だ、 彼女の事を考えると、 全く別の誰かの事が頭に浮かぶ……


「……菊野さんも、 明山一家とは知り合い何だね」


冬夜の声が耳を通り抜ける、 何を言っている? 当たり前だろう、 彼とは…… 明山…………………………


………?


あれ………………


菊野は膨れる少女の顔を見る、 知っている少女だ、 シェルターでよく追いかけっこをして遊んだ、 覚えてる、 自分の足が遅いから途中から隠れんぼになるんだ……


でも………


(………私、 なんでこの子と一緒に遊んでいたんだろう……)


良く考えれば、 知り合いじゃない、 そもそもよく知る明山家族ですら、 一体私に何の接点があったのだろう……


『………少しの間雪ちゃんを見ててくれないかな?』


……………………


誰の声だろう、 確かに聞こえた、 無意識にミサンガに触れ、 遠く、 空の果てを見上げた、 風に吹かれる様に、 頭の中で何かが音を立てて消えていく


その消えていく力に、 私は必死に抵抗した、 誰のか分からないその声を、 私は必死に思い出そうと頭を回した、 それでも、 もう頭からスっと消えて……


……………


「あっ! 雪ちゃん見つけたっ! お母さん暑さにやられたからそろそろ帰るよっ!」


菊野の思考を遮る様に、 割り込んだ声は、 息を切らし、 汗を流す、 明山家の茜ちゃんだった、 お姉ちゃんに見つかり雪ちゃんはむすっとした顔をする


「やーだーっ! まだ遊びたいっ! 捕まらないからっ! ナギっ、 またねっ!」



「ちょっ! ほんとに止まってって~!」


逃げる様に駆け出す少女に、 伸ばした手が力無く落ちる茜、 その嵐の様に忙しい様を傍で見ていた二人は顔を見合わせる


「あはは…… 妹さん、 いっつも振り回されて大変そうだね、 私もそうだったな~ 止めても止まらないから、 いつもこっちの肝が冷えるって言うか……」



「そうだね、 あいつは何時だって人の言うこと聞かないし…… でも、 気付いたら、 何か期待しちゃうんだよな、 何かデカイ事をしでかすんじゃないかって……」


菊野と冬夜は、 少女を追いかけ再び走り出した茜を見送りつつ、 共通の記憶を持つ、 一人の事を思う……


「そうそう、 心配になるのに、 止まってくれない、 止められないから、 逆に期待しちゃう…… シェルターでもそうだったよね、 だから私は、 私の願いを込めたミサンガを彼に…………………」


…………あれ? あれ? ………


「……あれ? 何言ってるんだ私…… あれっ………」


瞼が熱くなる、 奥から何か溢れ出す、 ぽたぽたと溢れて、 頬を伝う、 どうして泣いているんだろう……


恥ずかしさを感じながら、 隣の冬夜を見る、 同時に冬夜もこちらを見た…… 彼も、 涙を流していた………



「へっ、 変だな…… 妹さんって、 雪ちゃんが妹だし、 ミサンガとか、 彼とか…… 私、 さっきから何言ってるんだろう」



「ごめん、 俺も変だ、 ずっと、 変なんだよ…… 俺も同じだ、 まるで誰かを忘れてしまってる様な気持ちがずっと心の深くに有る……」


同じだ…… 私と彼は、 同じ喪失感を抱いている……


これは寂しさに近い、 全く何か分からないが、 それでも、 それでもこの喪失感に対して、 ひとつだけ言えることがあるとしたなら……


「……でも、 何か、 何か分からないけど…… 今でも何も変わらなそう、 きっと、 変わらないで……… えっと、 そうだな…… 笑ってそう」



「…………だね、 多分何にも、 うん、 変わらずに、 何処でも、 笑ってる…… うん、 同じ様に思うよ」


はぁ………


何だか溜め息が出る、 考えると頭が疲れて来てしまう、 それはきっと暑さのせいだ、 もう、 肌を滑る水滴が涙だったのか、 汗だったのかすら思い出せないけど……


………………


やりたいことって何だろう?


いつも曖昧で、 分からない、 でも、 この気持ちが、 前へと進み出した日から、 自分は、 自分を信じて居る


自分の背を押してくれた人の想いを信じているから、 それにきっと、 押してくれたあの人も、 自分のやりたいことの為に前へ進み続けている……


その想いに、 自分を誇れる様に、 私は、 私の夢は………


「……やっぱり私、 図書館司書を目指すよ、 昔からの夢だったんだ」


静かにとか、 目立たずとかそんな理由じゃない、 それは他人からそういう目で見られるんじゃないかと言う弱い心が生み出した言い訳だ


小さい頃から本を読むのが好きだった、 よく図書館に通った、 その図書館の司書さんは、 探す本が手に取るように分かる、 本を知り尽くした人だった


憧れだった…… 図書館司書は国家資格だ、 そうだ、 だから私は大学に進んだ、 そうだ、 ちゃんと夢は有る、 きっちりと向き合おう


それに…………


『……良いじゃん、 きっと、 多分、 向いてるよ、 多分』


…………


ふふっ………


はっきりと聞こえた、 昔、 夢を話した時に言われたんだ、 彼の返答は投げやりで適当だったけど、 その時彼は、 笑顔だった


……………………


「うん、 絶対に菊野さんならなれるよ、 だから、 大変でもこれからも頑張ってね、 友達として、 応援してるから」



「うんっ、 私本気で頑張ってみるよっ! ……取り敢えず、 お祭りを楽しんでからねっ!」


二人は笑う、 きっと、 ずっと遠くで、 もう一人、 並ぶ事は出来なくても、 あの頃みたいに、 今でも笑ってる、 三人で笑えている


(……そうだよね?)


返事は聞こえない、 それでも信じているから大丈夫…… さあ……


「菊野さん、 ステージでライブが始まるみたいだよ、 良かったら見に行こうっ!」



「だねっ、 行こっかっ!」


未来の姿が想像出来たなら、 今はただ、 ひたむきに、 臆すること無く、 ソシテ何より自分を信じて……


笑って進もう、 一歩、 前へ一歩一歩、 確実に………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ