第百四十六話…… 『天閣の祝詞、 後日談・5 やりたいこと《一》』
『……速報です、 昨夜、 昨年から続いた伏壬農市での猟奇殺人犯と思われる男が逮捕されました』
『こちらの事件に関しては、 数日前新たな行方不明の少女が出ていた事から連日、 警察や消防による捜索や、 ボランティア団体も行方不明者の捜索を行って居た所でした』
『警察側は容疑者の情報をほぼ開示していない状況では有りますが、 現地に住む住民からは、 ようやく捕まったと安堵の声が聞こえて来ました……』
昼休み、 会社から近場のそこそこ美味い飯を出す定食屋、 看板に大きく書かれた《今日のランチ》を食べながら、 店内に備え付きのテレビから流れる昼のニュースを見る
………
一人、 また一人と行方不明になっては惨殺された未来ある少女達、 止まらない狂行に、 それを捜査する警察官達は焦り、 汗を流し、 力不足と悔しさを滲ませた
少女達の家族は娘の帰りを待つ、 もうどれだけ待っても帰らない、 その現実を受け入れられる日は何時になるのか、 悔しさと、 悲しさと、 虚無感、 計り知れない
少女達と同じ年頃の子供を持つ父母は、 いつ物陰から迫るとも分からない狂った獣の牙から子供達を守る為にどれだけの心労を働かせたろう
誰もが恐怖し、 震えるほど怒り、 卑怯な犯罪者に怯えた日々……
それも終わりだ、 終わっても、 進んだ分は戻らない、 置いてきてしまった者達は追いつけない……
せめて、 せめて彼女達が残した笑顔や、 言葉や、 思い出や、 託した想いを、 心のリュックに詰め込んで、 再び会えるその日まで、 進み続けるしかない
これは言葉で言う程簡単じゃない、 背負う人は、 それがどれ程の重さか、 どれだけ足が震えているか
真の意味で、 愚行を犯した犯人がその気持ちの一端ですら理解出来ることは無いだろう、 それだけの事をしたのだと、 思える日は来るのだろうか?
………………
『今回の事件に関して絶対に忘れてはいけない事が他にも有ります、 それは冤罪を掛けられ、 家族共に一家心中の末亡くなった地字安村さん家族です』
『浮き彫りになったのは、 警察官の焦りによる不確定情報の決めつけと、 我々メディアの執拗な、 取材を通り越した人の心を追い詰める行為……』
『真実を伝える義務を背負った我々テレビ局の大きな恥と失態です、 〇〇テレビ局を代表してこの場で謝罪致します、 本当に申し訳ありませんでした』
アナウンサー達が一斉に腰を折り謝罪をする、 一拍の間を置いて、 ニュース番組は次のニュースへと移る……
………………
「……なんだ、 魚惧露の奴は本当に犯人じゃ無かったのか、 いや、 悪い事をしたな、 完全に疑っていた…… 今度会う機会があれば謝罪しよう」
森郷雨録は《今日のランチ》のメイン、 銀ダラの西京漬を綺麗に箸で切りながらニュース番組に耳を傾けていた……
不意に空気が動く、 カウンター席、 誰も居なかった右隣に一人の女性が腰を下ろす、 この店、 この時間では初めて見る人物だ……
「すいませんっ、 《今日のランチ》一つお願いします」
彼女は注文を終えて一息着くと、 唐突に告げた……
「……その機会はもう無いわよ、 彼はもう旅立ったようだから」
………………………………
………?
雨録は手を止める、 余りにも唐突で怪訝さを抱く、 間が合ったからか、 会話的に繋がりがありそうだがとても自分に話しかけられた物だとは思わなかった
銀ダラから目を離し、 顔を上げ横目で隣の席を見る、 言ったのは隣の彼女だろう、 彼女の更に右隣のおじさんが一瞬こちらに目を向けて目を逸らした
彼女が確実に雨録を見ていたからだ、 雨録はじっくりと彼女の顔を見たが見覚えはちっとも無かった
……………
「………えっと? 今のはまさか私に話しかけたのかな? 勘違いなら申し訳無い、 話しかけられた様に感じたから」
女性は笑うと首を横に振る
「いいえ、 貴方に話し掛けたから良いの、 こちらこそ急にごめんなさい食事の途中に丁度話そうと思ってた内容を話ししてたから思わず返しちゃた」
ふぅん……
「失礼ですが、 知り合いじゃ無いですよね? 私が忘れているだけで取引先のお客様だったでしょうか? ……だったらもう関係ありませんよ、 ついさっき会社を辞めて来た所ですから……」
「あら? そうなの? それなら凄く都合が良いわ、 あと、 私は貴方と初対面だから、 仕事とも関係無いし堅苦しい喋り方は止めて?」
はぁ……
どうもはっきりとしない、 質問をすればするだけ答えに遠ざかる馬鹿りだ、 ストレートに聞こう
「じゃあ何が目的なんだ? 君、 私の独り言に応えたみたいだが、 それを答えられた時点で私は君を凄く警戒するよ、 少し調べた程度で分かる物じゃ無い」
「君がどれだけ私を知っているのか知らないが…… 場合によっては君は私の間合い………」
コトッ
「はい、 《今日のランチ》です、 料理はこれでお揃いですね、 それではごゆっくり~」
せせこましく厨房と席を行き交うこの店の店主の奥さんが彼女の分の料理を運んで来る、 彼女は割り箸を割り、 「いただきます」と小さく言うと料理を一口食べた
「美味しい、 凄く素朴な美味しさ、 貴方のおかげでお気に入りのお店がまた一つ出来たわ、 ふふっ」
一口食べたくらいで大袈裟な……
「……順番に説明するわ、 私はね、 こう言う者です」
彼女が一端箸を置き名刺をコチラに渡す、 そこに書かれた名前を見て、 雨録もう流石に顔を歪めた
「……『人神創成研究訓練所』の稜日雛弓さんね、 宗教の勧誘なら間に合って居るよ」
「ふふっ、 違うわ、 そっちは私の管轄じゃない…… 私達の仕事はこの世界を解き明かす事、 宗教、 歴史、 オカルト、 何でも研究してる」
それでね
「『超能力』って言ったら分かるかしら? 普通とは違う力を持った人が持ってる力…… 私達はそれの研究をしてた、 その研究は最終段階、 実際に力を持つ者を何人も作り出したわ」
?
唐突過ぎる、 こういう時無理に話を理解しようとすれば気付かぬ内に彼女のペースに呑まれるだろう、 多分話の大事な部分はここじゃない、 話半分に聞いていれば良い
「でも問題が発生した、 ある日、 研究所から力を持った者たちが数人脱走したの、 その一人がさっきのニュースの犯人、 伏壬農の事件の犯人だった」
雨録は横目で続きを促す
「新たな行方不明者が出たと聞いて私は現場へ急行した、 事態は一刻を争った…… だけど、 救出された少女を助けた、 犯人を止めたのは私達じゃない」
「彼、 地字安村くん…… いいえ、 魚惧露くんかしら? 彼だった、 彼が現場へ駆け付け犯人を倒した、 私達はその後警察と合同で犯人逮捕と、 少女の救出をした……」
成程、 最初の応えや、 そもそも雨録への接近も、 全ては魚惧露との何らかのやり取りの末なのだろう
「魚惧露と話をしたんだな? 食えない奴だったろ? 魚のくせに」
雨録は銀ダラから一本骨を抜いて、 その周辺の身を箸で崩す
「そうね、 こちらに興味のきの字も示さなかった、 彼からしたら私達も、 犯人同様復讐の対象となりそうな物だけど…… 怒ったけど話が分かる人だった、 それに、 一番は自身の終わりを、 自身で決定してた」
「さっきも言った様に、 話をした後彼は消えていったわ、 本人、 地字安村くんももうこの世には居ないし、 きっと彼と言う存在はようやく向こうに旅立ったのだと思うわ」
そうか……
「なら、 仲間内で生き残っているのは私だけか、 おっと魚惧露ははなから死んでいたか…… まあ何にせよ、 儚いものだね仲間なんて」
それで……
「彼から私の事を聞いて来たのかい? 話の流れ的に私の能力の事だろう、 さっき私が『間合い』と言った時、 君はよく知っている様に警戒したからね、 普段からそういった力に触れているのだろう」
「ええ、 彼が、 貴方の事を紹介してくれたの、 私達は力の研究と共に、 脱走者の捕獲も行って居るの、 力を持った者には、 同じく力を持った者でしかとても敵わない…… だから協力して欲しいの」
成程……
「魚惧露は断ったんだね、 まあ彼はそう言う奴だ ……正直言うと、 私的に気になるのは仕事の内容よりも、 それによる見返りの方かな」
「……一旦は拒否する気が無い様ね、 ええ、 見返り…… 命を掛けるんだもの、 ある程度の事はするわ、 先ずはそっちから聴きましょうか? それによって私達もどう言ったことが出来るか考えられる」
…………………
「私が仕事を辞めたのは、 私にやりたい事が有るからなんだ、 その支援、 バックアップをして欲しい、 それを約束さえしてくれれば私は容易にこの力を君達の厄介払いに使うと約束しよう」
「……あらありがとう、 それで? 決して金払いの悪くない仕事を辞めてまでやりたい事って何なのかしら?」
雨録は少しだけ口角を上げ、 自分でも全く予想の出来ない未来を想像し、 それでも、 やりたいと思った事を口にする
それは………
「子ども食堂さ」
「……………子ども食堂?」
……………………………………………………
…………………………
……
数日後、 雨録は雛弓に調べて貰った情報を元に、 二人の人物に会いに行く事にした、 一人はもうずっと前の事で、 交流も連絡先も、 現住所も知らなかったのでとても助かった……
目の前に見えて来た古本屋、 とても客が入っているとは思えない様相で、 何故営業を続けて居られるのか不思議な程だが、 きっと彼女にとってそこが好都合なのだろう……
カランッ…………
店のドアを捻って中に入ると鐘の音が鳴って、 客入りを店主に知らせる、 予想通り客は雨録以外に居ないようだった
店員による迎えの声も何も無い、 冷たい様だが、 逆にそこが、 このお店の暗い雰囲気とマッチして、 何かが始まる様なミステリアス感が漂っている
古本の匂いは、 予想に反してただカビ臭いだけでは無かった、 何処か甘いような匂いにも感じる、 薄暗い間接照明もまた落ち着いた雰囲気で良かった
古本屋内を進むと、 カウンターが有り、 一人の女性が本を開いて居た、 集中した形相でこちらを見向きもしない、 きっと客が来た事にも気が付いて居ない様だ
はぁ……
「失礼、 少し話をしたいんだが良いかな?」
ビクッ
女性が雨録の声に肩を震わせ、 焦った様に顔を上げた…… その顔は……
(……あまり変わって居ないな)
バタッ
「すっ、 すいませんっ、 普段この時間にお客さんは来ないので…… あっ、 何か本をお探しですか?」
雨録は首を横に振る
「いいや、 回りくどいのは嫌いだから要点だけ伝えたい…… 久しぶり、 分かるかな? 高校の時同じ部活だった、 森郷雨録だけど」
っ
彼女は焦った様な様子から、 一気に驚きの様子へと変わった、 雨録にとって彼女は、 高校時代に所属していた剣道部の後輩でありマネージャー
そして、 一時期、 淡い恋心を抱いた後に玉砕、 失恋を味わった、 そんな思い出のある女性だった
………
「………えっと、 はい、 雨録先輩ですよね、 よく覚えてます…… えっと、 それで? 何か私にご用ですか?」
「もう先輩は要らないよ、 実は君と久しぶり話がしたくて、 知り合いに聞いたら君がここで働いてるって言うから…… っと、 これでは回りくどくなってしまうか」
ゴホンッ……
「最近、 私にはやりたい事が出来てね、 だが一人で出来る事じゃない、 ここに来たのは、 君にそれを手伝って欲しいからなんだ」
…………
「………え? 急ですね、 その、 何を始める…… いや、 何で私なんですか?」
「一つずつ答えて行くよ…… まず私のやりたい事だが、 『子ども食堂』の様な、 子供達や、 弱い立場の人、 地域の人を繋ぐ交流の場を作りたい」
女性、 綺関良美穂は昔と変わらない、 驚いた時に見せる小動物の様な顔をした
「へー、 何か以外かもです、 私が知ってる先輩の印象だとあまりやらなそう…… あっ、 でも尊敬します! 誰にでも出来る事じゃないですから…… でも何で私?」
「ああ、 それは私の知り合いの中で一番暇そうにしている様だからなかな?」
えっ……………
「そっ、 そんな理由? ………ん? あっ、 からかったでしょう? 昔と同じ顔をしてますよ」
ふっ……
雨録は思わず笑ってしまう、 それは嬉しくてだろうか……
「ははっ、 嘘だよ、 すまない、 もちろんそんな理由では無いよ、 でもあまり大きな理由はなくって、 寧ろついでかな…… 理由を作って一度君と話をしたかった」
美穂は息を呑んだ、 嘘偽りない、 純粋な本音だと分かった、 その内容も分かる、 自分達の関係の終わりは余りに寂しい夏の夜の事だった
「……私が、 先輩からの想いを断った事を、 もしかしてまだ怒っていたりします?」
「まさか、 何年経っていると思ってるんだ、 君の事だって暫く忘れて居たさ…… まあ、 忘れてしま居たいと思った結果だがね」
絶妙な空気が流れる、 以前店内は静かで他に客が入る素振りは無かった
「……あの、 その、 ごめんなさい、 今更こんな事言っても仕方ない事だけど、 でも私も実は、 ずっとあれからモヤモヤしてて、 だから言わせて下さい」
「……先輩はあの夏、 私にラブレター書いてくれて、 好きだって、 付き合ってくれって言ってくれましたよね?」
恥ずかしい程に若い、 自分の記憶の中ならまだしも、 彼女自身に言葉にして言われると顔が赤くなる程に恥ずかしいような青春だ
「実は私…… 凄く嬉しかったんです、 だって私も…… 同じ気持ちだったから、 ラブレターも本当は受け取って、 ずっと大切にしたかった…… でも」
「余り思い詰めなくて良い、 若気の至りさ、 その後の私の対応の方がずっと子供で酷い物だったろ? すまない、 謝るのはこちらの方だよ」
彼女は首を横に振る……
「……そんな事、 有りますけど…… 無視されましたけど、 連絡も取れなくなったし、 傷つきました…… けど」
「……友達で居たかったんです、 いや、 正確に言うなら、 恋人にはなれない、 なっては行けないです、 私みたいな、 呪われた人間が……」
………
随分とものものしい言葉が出てきた、 『呪い』か、 勿論彼女があの時なぜ断ったのか、 互いに同じ気持ちだったなら尚更なぜ……
その理由は知らない、 最もいけないのは、 あの時の雨録には理由を聞く度胸が無かった、 だが今はもう大人だ、 覚悟を決める
「……呪われたとは? 何か、 『恋人』になる事を忌避している様だね、 良かった話を聞かせてくれ」
「えっ、 でも…… きっと信じられないですよ、 御伽噺の様な絵本の世界みたいな話なので、 とても人に言える事じゃ……」
御伽噺みたいか…… 雨録は内心少し笑う、 最近良く、 そんな言葉を聴く気がする、 有り得ない作り物の世界、 それが目の前に実現した事を知っている……
「……甘樹街の惨劇、 私はその当事者、 生き残った者の一人だよ」
………えっ
彼女が困惑の色を示す、 つまり……
「モンスターも、 剣と魔法のファンタジーも、 能力バトルも…… 全て実在した事を私は知っている…… だからきっと君の心を苦しめる『呪い』も、 私は肯定しよう」
っ………
前に、 小さい頃、 話半分に親友の女の子にこの話をした事があった、 結果は酷い物だった、 信じて貰うどころか、 笑われ、 噂は一気にクラスメイト全体に、 同級生全体に広がり、 馬鹿にされた……
家族は皆知っている、 家族は同じ痛みを抱える者たち、 でも、 その痛みを小さな池の中で共有し続けるしかない……
誰でも良い、 誰かに信じて欲しかった、 辛く苦しい痛みを、 誰かに認めて欲しかった……
……………でも ……………
「……今更、 先輩は、 私がこの痛みを抱えている事にさえ気がつこうとしなかったじゃないですか……」
それは、 ボソッと、 小さく漏れだした彼女の本音、 そこには確かな落胆と失望の色があった
そんな彼女へ、 雨録は小さく口を動かす、 すると積み重なった本の影に、 小さな動く影が現れる、 影の主はカウンターの上を歩き、 彼女の手へと触れた
「……うわっ、 何っ!? ………えっ、 ウサギっ!? ……何か、 私の知ってるウサギと違う…… ってどこから入って来たの?」
彼女の驚く顔を見て、 雨録はあの頃を思い出して笑った
「その子は、 私の能力でこちらに呼んだ、 私の能力『カーン・ゲルト』は、 こことは異なる世界から何らかの生物を呼び出す能力…… その子は異世界のウサギみたいな動物かな」
彼女がポカンとした顔をする
「……えっ? 能力? 異世界?」
「申し訳なかったさ、 あの頃の自分は自己満足の日々を過ごしていただけ何だから…… でもきっと、 あの時、 君が、 君の『呪い』の話を私にしても、 私は今の君の様な反応をしただろう」
今更だけど、 今漸く……
「君を理解できると思うよ」
っ……
美穂は息を飲んだ、 どうするか、 この心の内を話してしまおうか、 また嘲られたらと思うと怖い……
その逡巡を、 手に触れた毱が打ち消してくれた、 美穂は異世界ウサギを優しく撫でる、 ウサギが目を細めたのを見て、 心の緊張を解した……
話してしまおう…… そう思った………
…………
「……実は、呪われてるのは私だけじゃなくて、 私のお姉ちゃんも、 お母さんも、 おばあちゃんも、 ひいおばあちゃんも…… 綺関良家の女性は皆呪われているんです……」
一家に巣食う呪いの温床、 彼女の一家の女性馬鹿りにかかる呪い?
「……家は、 昔からのお家で、 代々婿を取って血を繋いで来ました、 家の女性は皆基本的に婿を取ります」
「それは良いんですけど…… 呪われているのはここからで…… 婿に来た男性は皆、 須らく病に倒れ死んで死んでしまうんです」
…………何だ、 それは……
「……私の父も、 母が私を産んで直ぐに亡くなりました、 私には姉が居ますけど、 母が姉を身篭った頃には父には病気の気が既にあったそうです」
「おじいちゃんも見た事はありません、 おばあちゃんがお母さんや、 他の兄弟を一人で育てたって、 わかってた事だから覚悟を決めてたって…… そう言ってたけどいつも寂しそうでした」
呪いとはこういう事か、 確かに荒唐無稽で御伽噺の様だ、 偶然の連続にも感じるし、 何かべっとりと張り付いた汚れの様にも感じる、 薄ら寒さを感じてしまう……
「私は、 良く分からなかった、 『呪い』何て本当にあるのか、 私自身が一番その存在を疑っていました…… 私の姉が『呪い』の影響で亡くなるまでは……」
姉が亡くなった……
「姉とは三つ歳が離れていて、 姉が高校三年生の時、 私が中学三年生ですね…… その時、 姉は当時付き合って居た同級生の男性と…… その…… 凄く親密でした……」
まあ、 若い内は良くある事だろう、 興味を持ち始める年頃でもある、 雨録は無かったが、 彼女の言わんとする事は分かる
「……姉に子供が出来たんです、 その気があったのか無かったのか、 それは知らないですけど、 その彼との子供が出来たんです」
それは美穂が中学三年の秋、 落ち葉が散り、 空気が段々と冷たく、 ヒリヒリとしだした頃だったと言う
「その気があるって産婦人科に行ったら分かった事らしくて、 戸惑ってる様でした、 私も、 家族も…… でも姉と、 その彼は責任をもって産み育てる決意を固めたそうです……」
なのに………
「……彼は、 婿とか、 まだそんな段階じゃない、 ただの恋人だったのに…… 彼は、 急に体調を崩して、 そのまま亡くなってしまったんです……」
「姉は思い詰める人でした、 最後には自分自身を殺人犯の様に責め立て、 幻覚や幻聴に悩まされた後に、 お風呂場で手首を切りました……」
そうか、 だから彼女は……
「……私は、 漸くこの、 綺関良家に纏わり着く呪いの怖さを知った、 私は、 恋をする事がとても怖い……」
「……君があの時断ったのは、 私を守る為でもあったんだね、 呪いを理解出来ない私は、 お姉さんの恋人の様に、 確かになっていたかもしれない……」
成程理解した……
「二つばかり聞きたい事が有るんだけど、 良いかな?」
小さく頷く彼女に、 雨録は抱いた疑問を投げる
「君の生家、 綺関良家の女性は何故、 婿を取る事になっているんだい? きっとしきたりなのだろうが、 その始まりは有るのかな?」
「……ああ、 それは、 一つは綺関良家がとても大きな、 力を持った家だったからでしょう、 皆関係を持ちたくて、 自分の家の息子を婿入りさせたんだと思います」
「……もうひとつは、 昔、 綺関良家をここまで大きく繁栄させたのが、 婿に来た男性だった、 綺関良家にとって婿入りはとても縁起の良い事何ですよ」
ふぅん……
「すまない、 また一つ疑問が出来てしまった…… 今の話ぶりからすると、 その繁栄させた男は呪いでは死んで居ないのか? 婿に来て数年で死ぬ様なら繁栄も何も無いだろう」
「……そうですね、 呪いが始まったのは、 その後、 綺関良家を繁栄させた婿の男性と、 その妻との間に出来た子供達からだったと言います」
聞けば聞くほど怪しいのはその男では無いだろうか? だがだとしても既に大昔に死んだ男の事など知る良しは無いが……
「もう一つの質問だ、 ぶっちゃけ、 呪いが始まった起源、 と言うか、 何か原因は有るのかな?」
呪いと聞けば、 良く思い浮かぶのは、 藁人形と五寸釘とか、 呪符とか、 後は何か罰当たりな事をしたとか……
「……あるにはあるんです、 と言っても直接、 綺関良家に関係有るかは分かりませんが…… 実は呪いが始まった当時、 まだ村だった頃ですが、 村にあるお社が荒らされる事件が有りまして、 お賽銭が盗まれたり、 捧げ物が盗まれたり酷い有り様だったそうです」
「土地の代表として綺関良家がそのお社の総本社に当たる神社の神主に頼み、 きっとお怒りだろう神様をなだめて欲しいとお願いしたのです」
「しかし、 その綺関良家を繁栄させた婿の方が、 神主は偽物だと追い返してしまったそうで…… 彼のお陰で綺関良家は大きく繁栄し村も豊かになり、 彼には神通力が有ると言う人も居たので、 きっと彼の言葉を信じたのでしょうね」
「仕方ないので、 神社はお社は村総出で綺麗に掃除して、 壊れた所は修復して、 お祭を開き、 神様のご機嫌を取ったとされて居ますが……」
「それが原因なら、 荒らした犯人を呪って欲しい物です…… きっと山賊が何か何でしょうけど……」
雨録は考える、 やはりどうしてもその男が怪しく思えて仕方が無かった、 お社を荒らしたのさえその男に思える
だが、 彼女の話しぶりからして、 少なくとも彼女や、 その家族は、 大昔のその男の事を疑っては居なさそうだ……
(……これは、 私が直接どうこうできる話しでは無いな…… 稜日さん、 彼女はこういった事に詳しそうだ、 連絡を取ってみるか……)
思い浮かんだのは、 先日定食屋で会い、 美穂の所在も調べてくれた、 雛弓の事だった
「話は分かったよ、 もしかしたら知り合いがそう言った話に詳しいかもしれない、 その人に今聞いた話をしてみても良いかな?」
「……えっ、 ああ、 はい ……信じてくれるんですか? こんな日本昔ばなしみたいな物を……」
雨録は笑う
「はははっ、 そうだね、 思ったよりもそんな感じだったと思ったよ…… でも、 素直に思った事は、 信じる云々よりも、 面白そうだって事だ」
「きっと君の悩みを解決すると約束するよ、 だから、 もし、 君の悩みがどうにかなったらのなら……」
一瞬、 悩みが無くなったのなら、 あの日の続きが始まるかもしれないと思った、 しかし、 頭を横に振る、 そんな事はもう良いじゃないか……
「私のやりたい事に協力してくれよ、 何より、 君の心は優しいからね」
彼女が触れる手の中で、 気がつけば異世界ウサギは眠っていた、 人にな簡単に懐かないと、 ナハトも言って居たのに……
「そうだ、 連絡先を交換しよう、 知り合いに連絡をとったら直ぐにその内容を君に伝える、 だから…… それが、 私がきみを信じると言う証明にならないかな?」
ぁ…………………
「……分かりました、 はい、 もう一度先輩の事を信じてみます、 何より私の、 綺関良家の未来の為に」
…………………
そう言う彼女と連絡先を交換した後、 雨録は店を後にした、 あのウサギは気持ち良さそうに眠って居たから置いてきた、 あの子はきっと彼女に懐くだろう……
「いや、 もう懐いて居たね、 私には噛み付いたのに」
そう口にして雨録は一度家へと帰った……
……………………………………………
…………………
……
数日後、 雛弓からの連絡で、 そう言った事に知識の有る人物を紹介、 派遣してくれるとの事で、 雨録は美穂と共に、 雛弓の指定する待ち合わせ場所まで赴いた
落ち着いたカフェだった、 雨録達よりも先にカフェに着いているの事で、 雨録と美穂は駅からほど近いカフェへと急いで向かった
カフェに入り、 店員に連れられて向かった六人がけの席には、 三人の人物が居た、 一人は雛弓、 もう二人は、 若そうな男二人だった
「おはようございます、 遅くなってすみません、 えっとそちらの二人が?」
「ええ、 まあ、 その前に二人とも座ってちょうだい、 先ずは先に注文をすると良いわ」
雨録はブラック、 美穂は紅茶を頼み、 それぞれ運ばれて来ると本格的に話は始まった
「……それで? 雛弓さん、 本題に入って良いかな?」
「ええ、 そうしましょう、 こっちの二人はね…… まあ、 私もそんなに詳しい訳じゃ無いんだけど、 きっと力に成る、 本人達に挨拶して貰った方が良いわね」
そう言うと若い男の内一人が丁寧に頭を下げた、 もう一人は随分楽観的な部分が有りそうだ……
「初めまして、 村宿冬夜と言います、 ご存知かは分かりませんが、 甘樹街の復興を担う組織、 所謂『調査隊』に所属しています」
「……ん? 次俺か、 どもっす、 同じく『調査隊』所属の威鳴千早季で~す、 よろしくです!」
……
変わった奴らだ、 『調査隊』は知っている、 変わった奴らだ、 そもそも『調査隊』の前身は甘樹シェルターの調査隊だ、 つまり、 雨録の事を良く思わない人達だろう、 隠さなくては……
「自己紹介ありがとう、 私の名前は森郷雨録、 今日は彼女の悩みを解決する為に集まってくれて本当にありがとう、 とても感謝して……」
雨録が喋っている最中だった、 不意に首筋に何か冷たい物が触れた、 それは水の様な冷たさだった
「っ、 マリーっ! 何してっ……」
冬夜と名乗った若者が焦りの声を出す、 だが、 おそらく彼の内側から、 声が聞こえた……
「冬夜、 この男、 前に冬夜が言っていた『ブラック・スモーカー』の仲間だよ」
っ……
(……こちらの素性を知って……)
瞬間空気が変わった、 ただ隣の美穂だけが訳も分からず首を傾げるばかりだった……




