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第百四十五話…… 『天閣の祝詞、 後日談・4 潮の香り』

親が信者だった、 俺の人生全てそこから狂った……


友達と違うと早い段階で気がついた、 気持ち悪いくらいシンメトリーを意識した建物、 毎週、 週末決まってそこに訪れる


そこでは毎度長い祈りを行い、 その後何故か、 毎日別館にて身体検査を受ける、 祈りの後親と一旦別れ、 同じようなガキ数人とそこに行く


別館には、 『人神創成研究訓練所』と書いてあり、 信者の子供達が不思議と集まる、 身体検査に始まり、 色々なへんな事をやる


そればかりだった、 親はそれらに多額の金を捧げている癖に、 家は貧乏だと良い、 そこに行く以外、 遊びに行く事も無いし、 ゲーム何かも買って貰えなかった


友達とは話が合わなかった、 テレビ何かは普段は付けないが、 親の居ぬ間に見たりして、 そう言った所は友達とも話が合う事もあった………


あそこに嫌悪感を抱き始めたのは何時からだろう、 嫌でも親に連れてかれる事か、 同じ事の繰り返しに正直飽きて来たのか、 それとも、 明らかに『検査』から、 内容が『実験』へと変わり始めたからか……


痛かったり、 痒かったり、 暑かったり、 寒かったり、 そう言った不快な事が増えた、 中には次から来なくなる子供も居た


もしかしたら、 自分も、 何がなんでも拒めば良かったのかもしれない、 もう行かないと、 親にもやめろと言えれば良かった………


……………


全てが変わったのは俺が高校生の頃だ、 親がどっかに消えた、 余りにも唐突だった、 いつも通り、 不快な実験の後だ


いつもなら迎えに来る親が来なくて、 変わりに施設の人間がやって来た、 そいつは短く言った


両親は、 御奉みさになったと……


御奉と言う言葉を俺は知らなかった、 だが俺が施設に引き取られ、 宛てがわれた狭い部屋で一週間過ごした頃、 漸く理解した


親は、 もう居ないのだと、 何故なら、 突如として、 俺の前に、 顔面を蒼白とし、 腐敗の匂いすら漂わせる、 半透明の………


両親だった者の、 怨念の様な物が見えるようになったからだ、 それだけじゃない、 両親以外にもあちらこちらに死霊が見えた、 知らない奴から、 途中で居なくなった子供に似た様な奴まで


どいつもこいつも苦しそうに喚く、 天国も、 神も、 教典に示された救いも有はしない、 人は死んでも苦しむのだ、 いや、 苦しい人生の本番こそ死なのだ


死して、 その苦しみは絶頂へと至る、 どれだけ腐敗し、 崩れても、 意識だけはこの地に縛られ、 永遠と藻掻く、 藻掻き苦しむ……


両親の霊は糞尿を撒き散らし、 首には特徴的な縄跡があった為に絞首だと思う、 想像するだけで震えるほどの責め苦だ


だが…………


自分は、 苦しむ両親の死霊を見るのが段々と好きになっていった、 元々好きでも無い両親だ、 風邪を拗らせ三十八度の熱を出した時ですら、 両親はこの体を引きずり施設に連れて来た


とにかく苦い薬や、 飲んだ後目の回る水、 全部嫌だった、 そうだ、 この、 誤魔化してきた苦しみ、 そこに付随した静かな怒り


全ては、 両親のせいだ、 何がきっかけか信仰にのめり込み、 金を湯水の様に捧げ、 実の息子を訳の分からない実験へと出し、 最後には自分の命すら捧げた奴らだ


笑い草だ、 そこまでして、 結局神等居なかった、 散々求めた救い等無かった、 死は、 てめぇらが必死に現実逃避の末、 逸らし続けた苦しい現実の続き、 その究極でしか無かった


はははっ……… はははははははっ………


『……笑えるなぁ、 死んで行った奴らの、 更に悶え苦しむ様は何より笑えるなぁ、 へはっ、 えははっ、 ああ、 もっと見たいなぁ、 両親だけじゃねぇ、 苦しむ、 人間の苦しむ姿が見てぇなぁ……』


暫くして、 今まで受けて来た無駄事だと思っていた実験が、 全て意味があったのだと知った、 更なる実験の末にこの力は成長したからだ


今まで見る、 声を聞く、 それしか出来なかった死霊達へ、 触れる事が出来るようになった


苦しむ両親の死霊に触れ、 その目をゆっくり抉り抜いた時、 死霊は今までとは違う、 更なる苦しみの声を上げ、 発狂した


死霊は死んだ時の姿で苦しみ続けるが、 自分の力ならば、 そこから更にダメージを与え、 更なる苦しみを加算させる事が出来るのだ


だが、 それが終わりじゃなかった、 力は更に成長を続けた、 死霊を見て、 聞いて、 触れて


そして今では、 その死霊を取り込む、 死霊を取り込むとどうなるか、 何と、 その死霊の生前の姿へと肉体を変化する事が出来るのだ


まるでCDのディスク、 俺の能力はプレイヤー、 取り込んだ死霊特有の曲を再生する様な、 見た目も、 声も、 質感も、 全てを再現出来る


一度に取り込める死霊は一体だけだが、 一度取り込んだ死霊は、 正にCDの様に保存が可能で、 何時でもお気に入りの死霊を取り込みその者の姿を取れる


……脱走は簡単だった、 研究所の職員に若い女が居た、 綺麗な女だ、 そいつは冷たい奴だった、 こちらを物か何か、 実験用のモルモットにしか見えていないのか、 酷く見下した


時間を掛け、 行動パターンを念入りに覚え、 女が昼休みトイレに行ったタイミングに仕掛けた


死霊は俺ににしか見えないし、 その声も聞こえないが、 霊感のある奴や、 死霊の数が多い所へ行くと、 一時的に体調を崩す事が有るのを俺は知っている


厄介なのは、 人の危機管理力、 本能のせいか、 人は無意識的にそう言った場所を避けるという事だ、 そう言った場所には近寄らない


だが、 考えついてからはそれは寧ろ好都合だった、 死霊を操り操作する事が可能となっていた力ならば、 その女が独りでトイレへと入った後に、 そこへ大量の死霊を配置する事が可能だった


女は体調を著しく崩し、 数分後には意識を失う程だったが、 そこには誰も近づけ無かった


昼休み中は、 俺達実験体は限られた空間内で自由行動を取れる、 俺は一直線に管理区域の外へと繋がるゲートへと歩いた


職員トイレは管理区域外だ、 本来境には警備員が居るのだが、 その日警備員は居なかった、 何故なら、 人払いがされていたから、 管理区域外へと続く境にも死霊を置き、 警備員さえ近寄らせなかった


え? その力で脱走出来るだろって? おいおい、 つまらない事言うなよ、 俺はずっと欲しかったんだ、 あの冷たい女の死霊からだが……


余裕で開け放ち、 そのまま放置したのは撹乱の為だ、 後から知った話だが、 その日は脱走者が続出し、 てんやわんやだったと、 実際に敷地外へと出たやつも何人か居たらしい


なんにせよ、 俺は誰にも邪魔されず、 心をウキウキドキドキとさせ、 昂る心をそのままに、 スキップで職員トイレへと向かった


女子トイレへと入り、 個室の中でぐったりとする彼女を見て、 笑った、 心から笑った


死霊を散らせ、 混濁する彼女の意識が徐々に戻り、 俺を目の前に認識した時、 俺は初めてその手で彼女へと触れた


じっくりと時間を掛け、 できるだけ丁寧に苦しめ、 味わい尽くす様に楽しみ、 その後に殺した


殺した途端、 漸く責め苦から解放された様な顔をした女が、 一瞬後には死霊となり、 永遠の苦しみへとその意識が固定された事を認識し、 俺は女の死霊を取り込んだ


服装も、 持ち物も、 そして施設の出入りに必要な社員証も手に入れ、 俺は完全に女職員へと入れ替わった


その後、 彼女に紛し、 容易に施設を抜け出す、 気分が良かった、 陽の光も、 人々の喧騒も、 今まで俺が触れられ無かった常識がそこにはあった


漸く手に入れた女の肉体で出来るだけの楽しみを、 骨の髄までした、 死霊に触れ更に苦しみを与える事が出来る性質上、 取り込んだ女は、 最も俺と近い所で、 更なる悲鳴を上げ続けた


………………


思った


もっと、 もっと欲しい、 もっとこの苦しむ怨嗟吐く死霊がもっと欲しい、 保存したい、 すぐ側で感じたい、 もっとっ!!


……………………………………



…………………



……


「………って言う訳何だよ、 どうだったかな? 僕の人生の軌跡は、 聞いていてとても感動したんじゃないかな?」


高い位置に有る窓から月明かりが覗く、 暗い静寂の落ちる廃工場、 その無機質でひび割れたコンクリートへと、 男の声が吸い込まれていく


男は優雅に椅子に座り、 気取った様に足を組む、 完全にキャラに入り込んだ様な語り、 彼の人生の語り、 彼の見つめる先に人影


少女だ、 はだけた制服を身に纏い、 同じ様な椅子に、 後ろ手で縛られ身動きが取れない、 いや、 既に抵抗する力も無い様に項垂れている


海にほど近い伏壬農ふくみのう市で昨年から始まった猟奇殺人、 十代の少女ばかりを襲う卑劣な犯行、 そしてその異様なまでの足跡の無さ……


「僕は選ばれた存在何だよ、 世界に神は居ないと以前は思ったが今は違う、 僕自身が神となったんだよっ! 僕の好きな様に世界を作り替えて良いんだよっ!」


さて……


男は椅子から立ち上がると少女へと歩み、 その手で少女の顔を撫で、 顎を持ち上げ下を向く彼女と目を合わせた


………………めて


「やめて………」


少女が小さな声で拒絶する、 その精一杯の抵抗を男は歪んだ顔で笑う


「ひへへっ…… 可哀想に、 自分が何故こんな目に遭っているのか理解出来て居ないんだろ? 残念な話をしよう、 これはね、 全て君の行動が問題だったんだよ?」


涙を流す少女、 きっと頭の中で自問を繰り替えして居るのだろう、 その解を彼女へと開示する


「僕だってね、 誰彼構わず襲うんじゃないよ、 僕に襲われた子達には共通点があった ………それは僕を馬鹿にしたって事だ」



「……っ、 しっ、 知らない…… 私は知らないっ」


確かに、 自分と彼女は知り合いでも何でもない、 彼女を攫った前日にすれ違った程度の関係、 無関係の人間と言う奴だ


そう、 彼、 金山甲太かなやまこうたとは、 全く無関係の人間………


だが………


「ぁぁ…… そうだったよね、 この見た目じゃ分からないよねぇ、 だったら見せて上げるよ、 きっと納得出来る」


猟奇殺人犯、 金山は虚空へと手を伸ばし、 目当てのシーディーを棚から探す様に手を動かし、 掴んだ一つを自分の口へと運んだ


「異能力・岸霊纏がんれいまといっ」


グリュッ!


男の肉体が音を立て、 形を変える、 輪郭を、 骨格を、 全く違う人間、 取り込んだ死霊の生前の姿へと作り替える……


ぐふっ……


少女は声にならない悲鳴と共に、 目を見開いて震えた、 目の前に現れたその姿に確かに見覚えがあった


顔が油まみれで、 吹き出物まみれ、 常に口を開いていて、 歯並びは悪く溶けて居る、 第一にとても酷い匂いがした、 それを思い出す


数日前、 少女が下校の為に電車を利用した時だ、 同じ車両、 そしてこの男は少女のすぐ側まで、 電車の揺れで体が触れる程まで近づき、 少女が逃げ出すまで不快感を与え続けた………


「俺は敢えて、 醜く汚い不潔な男の死霊をいくつか保存しているんだ、 見覚えがあったろ? 君はこの男の姿の僕を汚い目で見て、 何もしてないのに逃げ出したじゃないか」


凄く……


「凄く傷付いたっ! 冷たい態度を取られると、 傷付くっ! ……でも、 それが良い、 さっき話した実験場の職員の女に冷たく見下された時から、 その目を見ると凄く滾るっ! 仕返しがしたいっ! 後悔させたいっ! そうして殺したいっ!!」


それは動機だ、 男が最も興奮する展開であり、 敢えて醜い男の格好を取り、 好みの少女へと近づき、 不快な行為をする、 そしてほんの少しでも少女がこちらに冷たい軽蔑の目を向けたなら、 それが動機となる……


「それにっ、 こんな猟奇殺人犯が彷徨って居る危険な街に住んでいるのに、 夜中に人気の無い道を一人歩いて居るんだ~ 案の定ストーキングしていた僕に掴まってしまった~」


「危機感が無さすぎるよ~ もっー、 ぜーーーんぶっ、 君のせいっ! 君がもう少しだけ周りに気を付けて、 丁寧に生きていたならっ! こんな事にはならなかったぁっ!!」


のに………


男は少女の目を覗き込む………


「後悔しろ」


スー ………グッ!


男の手が流れ少女の首を掴む、 その力は徐々に増し、 数秒後には細い首を一杯に圧迫した


ギチギチギチッ…………


「………っ、 ぁっ、 ぁ………」


グググッ………………


スゥ…………


っ、 はぁっ…………


少女の首を絞めていた手の力が緩む、 よく見て、 力加減が大事何だ、 第一印象が大事何だ………


首を絞め、 意識が酩酊し、 吐き気と苦しさに死を認識し始めた所で力を緩める、 そうすると直ぐに意識を取り戻して恐怖に泣く


えははっ………


死の薄ら寒い恐怖感を少女が認識し震える、 肉体が生を認識し、 荒い呼吸と咳を繰り返し精一杯息を吸わせる


それを眺めてからもう一度首に手を回す、 すると少女の体は一気に強ばり、 一瞬後に、 あの苦しさと、 死への恐怖がもう一度やって来ると分かり、 やめてと叫ぶ


くははっ………


最高だ、 絶望に歪んだ顔、 最高の死霊の条件は今際の苦痛による絶望の度合いによって決まる、 出来うる限り最高の絶望を与えてこそ、 最高に苦しむ死霊は生まれる


「終わりだと思っでしょ? 苦しくても死ねば楽になれると思って一瞬力を抜いたでしょ? 僕はその諦めを許さない…… この苦しみと絶望は、 簡単には終わらない、 一晩かけて苦しめるからな?」


っ、 ……………………………


もう、 涙も鼻水も止まらない、 恐怖で震え、 その震えが触れる手には心地いい………


「でも漸く死ねても、 楽にはなれない、 僕だけが知ってる、 死んでもただ生前の苦しみを抱え嘆き苦しむだけ何だよ~」


耳元で囁く


「この苦しみに、 終わりは無いと思ってね」


果ての無い絶望のその始まり……


はははっ


その顔を見るだけで、 心がすっと晴れる、 空気が何時もの何倍も澄み、 呼吸が心地いい……


(……これだよこれ、 これが欲しかったんだっ、 数ヶ月間我慢してきた甲斐があった、 凄く滾るっ、 興奮するっ!!)


「ひひっ、 このまま君が大嫌いなこの男の姿のまま、 朝まで楽しもうねぇ」


汚く汚れたその手が彼女の首から這う様に下へと進め…………


……………


その夜は風の強い夜だった、 時折ガタガタと窓を揺らす夏の夜の風が時の止まった廃工場へと運んだのは、 張り付くような生臭い潮の香りと……


脳がつんざき、 鼻が曲がる様な……


血なまぐささ…………


…………


ベジャッ………


「……あ?」


男の醜い手が触れたのは、 柔らかそうな少女の身肉では無かった、 それはブヨブヨと、 まるでゼリーの様な質感の、 濃い闇に照り上がる………


(………赤い ……魚?)


グイグイッ!


唖然とする男の手を、 まるで少女から遠ざける様に魚はその頭で押し退けると、 やがてするりと手から抜け、 男の眼前へと空を泳ぎ躍り出る


(………何だ、 何だこの魚、 なんでこんなところに、 いや、 いやいやいやいやっ)


おかしい…… そう思っても中々体が動かなかったのは、 彼が常に力で他を圧倒して来たから、 不足の自体に対応する速度が遅い


その間が命取りだと知らない……


ブクブクブクブクッ!


その間に、 突如魚の体は熱を持ち、 沸騰した様に泡を立て膨れ出す、 そこで漸く男は一歩だけ下がった、 小さな後退、 命取りとなる低い危機感


魚が尾鰭を動かした事は男には見えなかった、 一歩離れればそれで構わなかった、 狙い済ました様に……


ビジュッ!


魚が泳ぐ、 速い、 この近距離で男は魚の初動すら見逃した、 魚は短い距離で一気に加速すると……


バジャァアアンッ!!


突進、 質量の有る水の塊がぶつかった様な重さ、 そして、 弾けるッ


ッ、 ドバジャアアアアンッ!!



「ぅっ、 ぅあああっ!? んだこれっ! 目にっ………」


………


タンッ…… タンッ………


廃工場に静かなる足音が響く、 足音の主は男へと手を向け、 静かに声を紡ぐ……


血棘窮底けつきょくきゅうてい腐魚獸冶ふぎょじゅうじっ!」


ッ、 ボォオオッ!!!!


血、 血色の弾けた血液は、 急激、 燃えるような熱を持ち、 まるで強酸の液体の様に、 血肉を溶かすっ


「っ、 うぎゃあああああっ!!?? あづぁあああっ!? もえぇああああっ!!!」


男の叫び声が廃工場に響く、 男は悶えながらも手を口内へと伸ばし何かを吐き戻す様に嗚咽を吐く


「おえぇああああっ!」


ベジャッ!


すると、 何かが吐き出された様に、 男の体を焼く血液が拭われ、 見た目も全くの別人へと変わる


男の能力は、 死霊を更に苦しませ楽しんでいた様にその性質上、 痛みや苦しみは死霊の感じる物であり、 取り込んだ死霊を吐き出せばその時受けたダメージは死霊へと回収され本体はダメージを間逃れる……


「……他人の肉を纏って居たか、 吐き気がする程趣味の悪いゴミだ」


男は苦しみから逃れ、 こちらを見下す人影を睨みつける……


っ………


男の目の前に立っていたのは、 人ではなかった、 人の様な形を作る、 血色の魚群、 魚群が空を泳ぎ、 イワシの群れが作る球の様に、 渦巻き人型を作っている


何だ、 こいつ………


「っ、 お前っ!! お前お前お前っ!! 何もんだっ! 邪魔しやがってぁあああっ!!! ……そうかっ! てめぇもっ、 研究所から脱走した異能力者だなっ!」


「ざげんなぁああ!! てめぇがあそこから逃げ出せたのも全部俺のお陰だろうがァ!! てめぇああっ………」


………


ッ、 ギュルルルルルッ!!!!


ボォオアアアアッ!!


魚群が大きな渦を作る、 まるでアクアリウム、 その塊、 質量の魚群はリーダーの指示に従う様に、 それを操る者が手を振ると、 男に向けて一斉に泳ぎ向かう


「貴様の話を聞くつもりは無い、 死ねっ」


ギョギョギョギョギョッ!!!


群れを成す魚群、 男は何とか足に力を込めると地面を転がる様に蹴った、 男が再度虚空に手を伸ばす……


「異能力っ、 岸霊纏っ!!」


グリュリュリュッ!!!!



ボォンッ!!


叫ぶ男、 その肉体はみるみると形を変え、 今度は極限までに洗練された肉体、 まるでスプリンター……


男は保険を掛けるタイプ、 利用出来る力は手に入れる、 逃げると言う手段も厭わない、 その為に上質な陸上選手を殺し保存している


ダダッ!!


(っ! どうだっ! こいつの生前の公式記録は百メートル十秒ジャストっ! おいつけまいっ!!)


しくった、 しくった、 しくった!


(……欲に負けて行動したのが仇となった! もう少し隠れて居なければ、 注目が薄れるまで、 今回はなんとしてでも逃げ…………)



ギュルンッ!!



思考の最中、 急に体が浮いた、 自分の足が滑り、 そうなったのだと、 転ぶのだと直ぐに分かった……


ドザッ!!


「うげっ!? ………」


ふざけんな、 こんな時に、 何だ、 何かに躓いた? いや、 滑った、 何だ、 何が………


ビジャビジャビジャッ………


(っ、 血溜まりっ、 どうしてこんな所に、 いや、 ここら一帯血の海だっ、 転んだ拍子に全身が血だらけに……)


まさかっ、 まずっ………


「血棘窮底・跋忌蹂血ばっきじゅうけつ!!」


ギジジジジジジッ!!


血液の床が、 硬質に、 鋭く棘の様に上を刺し向く、 体が下から押され……


ッ、 ビジャジャジャァンッ!!!


グジャアアンッ!!


「うげぇあああああああああっ!!!?」


針串刺し、 宙へと浮かび固定される……


「うああああッ! 岸霊纏っ、 入換っ!」


ポロンッ、 グググッ………


ドザッ……


男の体がまた変わる、 今度は小さな子供だ、 荒い感覚の棘と棘の間を抜ける……


「もう遅い、 魚群の事を忘れたのか?」


そうだ、 追ってきた群れは………


(………っ、 上)



ドジャアアアアアアンッ!!!!


子供の見た目の男の頭の上から群れが降り注ぐ、 包み込む………


「血棘窮底・腐魚獸冶っ!」


体当たりする魚群の、 撒き散らす血の雨が熱を持ち、 破裂するっ


ボガァジャアアアアアアンッ!!!


「ぅげがあああああああっ!! ああああッ、 岸霊纏っ! 入換っ! 入換っ! 入換っ! 入換入換入換入換入換入換入換入換入換入換入換入換入換入換入換入換入換っ、 入換っ!!!」


ボジュゥゥ…………


やがて血の破裂は止まる、 男は死霊を絶えず別の死霊へと入替えし続ける事によって本体へのダメージを最小限にした


この焼く様な血による攻撃、 その痛みは耐え難い、 そして、 死霊に刻まれたダメージは固定された物なので、 二度と再びこの死霊達を取り込めなくなってしまったがそんな事はどうでも良い


最後に、 本体を残して、 たった一つ、 今取り込み身に纏った死霊は、 利用できる道具共でも、 時間を掛けて殺した可愛い子達でも、 自分を狂わせた両親でも無い


研究所を飛び出したあの日の、 一番のお気に入り、 あの冷たい研究所の職員の女だった、 要らない物から捨てて、 最後に手放せなかった………


あの女性職員、 男は知らなかった、 偶然だった、 ただ一人、 このわけも分からない混沌とした状況下で、 ただ一人、 椅子に縛られ絶望にくれた少女だけが一人、 その姿を見て目を見開いた


それは、 少女にとって…………


(…………お姉ちゃん?)


…………………


「……殺された女の血痕が付着した遺品を、 形見として手放さなかった、 だから、 その女の残した意思が、 憎しみが、 絶対に許さないと言う想いが、 血魚となり、 俺をここまで導いた」


魚群渦巻く輪郭が、 涙を流す少女を庇う様に、 睨みけ憎しみすら込める男の視線から遮る


…………


……そうだ、 ハンカチ、 姉は奇妙な研究所で仕事をしている事をよく両親と喧嘩になっていた、 それが原因で家を飛び出したけど、 私には優しかった


姉が職場で惨殺死体で見つかったと言う話を聞いた時、 吐き気が喉を押し潰した、 涙が滲んで止まらなかった


姉の体は酷く損傷していて見れなかった、 唯一、 証拠品としての役目を終えた遺品が帰って来た中に、 ハンカチがあった


見覚えのあるハンカチ、 私が姉にプレゼントとしたハンカチだ、 誕生日に、 姉は凄く喜んでくれた……


ハンカチには吐き気を堪える為か口元を抑えた時に着いた少量の口紅と、 姉の血痕がベッタリと着いて居たが、 話によれば姉はついぞ、 最後までそのハンカチを握りしめ離さなかったと言う……


………………


『……ねぇ、 陽乃梨ひのり、 あのね、 私よく不安になるの、 お父さんやお母さんにはああ言ったけど、 二人が心配するのも分かる、 私もね、 偶に、 私何やってるんだろうって、 仕事の時思うの』


でも……


『……今の仕事は誰でも出来るわけじゃない、 お給料だって凄く高いの…… いつか、 十分なお金が溜まったら、 お金が無くて式をあげられなかった二人の為に、 盛大な結婚式を開いてあげたい…… それが私の夢、 ふふっ、 二人には内緒ね』


水族館、 蒼銀のイワシの群れが、 渦を巻き、 大きな球を作る、 澄んだ水槽の前で、 薄暗い静寂の中で、 姉は始めて私に夢を語った……


忘れられない…… 忘れられなくて、 悲しくて、 少しでも姉の温もりを感じる気がして、 血の付いたままのハンカチをずっと手放せなかった……


………でも、 まさか、 初めに男の手から私を守ってくれたあの一匹の魚は、 制服のポケットにしまわれた、 あのハンカチの辺りから出てきた………


まさか………


(………お姉ちゃん ………ありがとう)


…………………………………



………



「ふざけんなあああああああっ!!! ふざけんじゃねぇああああっ!!! お前っ! お前は何なんだっ! お前はっ! 横からやって来て邪魔しやがって!!」


背中まで届く長い髪を乱雑に振り乱しながら、 女性職員の肉体、 喉が熱を持つ程に震わせ叫ぶ男、 その問に、 魚群が動き、 漸く答える


「……俺は、 俺は魚惧露ぎょぐろだ、 それ以外の何物でも無い…… だが、 敢えて、 生前の、 この憎しみを残した者の名前を言おう」


俺は……


地字安村ちのじあそん、 この名前に聞き覚えがあるはずだっ、 俺はっ、 俺たち家族はっ、 お前の下らない犯罪に振り回されっ、 もう二度と元に戻す事が出来ない程に壊されたっ!」


この魚群は意思の群れだ、 憎しみの、 怒りの、 未練だ、 世界に焼き付いた強い未練……


「俺の意思は地字安村の生前最後に焼き付いた意思、 だが、 魚惧露は、 未練を残した者達の群れ、 貴様に殺された全ての人間の消えない怨嗟の群れだっ!!」


男は頭をガジガジと掻きむしる


「あぁっ! そうかよっ! てめぇが、 ニュースで見たぜっ、 俺の代わりに罪を背負って、 一家心中した哀れなカスだっ、 あぎゃははっ!!」


笑った


「まだ世界にしがみついてんのかよタコっ! そんな姿になってまでっ! この怨霊がっ! 誰も俺を止められねぇっ!! 俺は最強何だっ、 俺は世界の神だっ! 俺はっ、 俺はっ!!」


男が目を血走らせ、 大口を開く


「俺こそがこの世界のルールだっ、 俺がっ 俺こそがっ…………」


タッ………


男は、 確かに力を持っていた、 他を圧倒するだけの力を、 だが、 それがイコール強さとなる訳ではない


戦いは経験の連続、 ひと月前、 あの魔王との戦いを、 修羅場とかした混沌の街で生きてきた魚惧露にとって、 男は余りにも遅すぎた……


ベタッ


たった一歩で、 魚惧露の手が男の、 いや、 男の纏う女性職員の肉体へと触れる……


「言った筈だ、 貴様の話を聞くつもりは無いと…… 彼女の肉体で汚い言葉を吐くなっ」


グリュリュッ!!


「血棘窮底・腐魚獸冶っ!」


ッ ……………


直接触れた魚惧露の手が熱を持つ、 その熱は確かな怒り、 憎しみ、 そして、 それは、 刻まれた意思は、 確かな生きた証、 命の熱


理不尽に奪われた、 殺された、 流れた涙と、 血の軌跡が、 遂に、 男の首を掴んだ……


弾けるっ


ッ、 ドバジャアアアアアアアアアンッ!!!!!


ッ、 グジャアアアンッ!!


………


弾けた女性職員の体が、 崩れる、 消えていく、 最後の最後、 残された命のストックを破壊され………


しかし……


ダッ!!


「要らねぇよんな女っ!! じゃあなっ!!!」


弾ける瞬間、 男は既に彼女を吐き出し捨てていた、 魚惧露が攻撃したのはその残滓、 男は巧妙に闇へ溶け駆け出し、 既に工場の外へ……


………………………



……


「確保しろっ!!」



ドガァガガガガッ!!!


………………


外で声と音がした、 男は気が付いて居なかった様だ、 既に外は包囲されていた、 彼の脱走した、 彼の大嫌いな研究所が派遣した、 脱走者を掴まえる為の専門チームを……


「……戦いを傍観していたとは、 最後の最後、 奴を確保する瞬間だけが威勢のいい…… トドメを…… いや、 これでいい」


死んだ、 存在する筈の無い自分と違い、 それでもあの男は生きた人間、 人間には人間の法が有る、 奴は、 死を迎えるその日まで、 奴に恨みを抱く人間から呪われ続ける、 その恐怖は時を追う毎に知るだろう……


やがて廃工場へと侵入してきた部隊が、 椅子に縛られた少女を見つけ保護するのを物陰で見守り、 魚惧露はその場を去った……


……………………………………………



……………………


潮風の吹き付ける夜の浜、 生前の地字安村はこの砂浜が好きだった、 釣果はまちまちだが、 ここは視界が広く、 心が揺れる程に星が綺麗だ……


魚惧露は浜に立つ、 そこへ、 砂を踏み付け近づく足音と、 眩しい懐中電灯の光が灯った


「こんばんは、 貴方が金山甲太…… あの男を倒した人かしら?」



「………お前は誰だ」


女だった、 魚群露を見て、 『人』と定義する変わった女だ……


女は律儀にお辞儀してから話を始めた


「私は、 稜日雛弓いつにちひなみ、 彼、 金山甲太を育てた『人神創成研究訓練所』の職員よ」


…………………


「………お前は何故俺に接触した、 俺が誰か分かっているのか? それを知った以上俺は、 流石にお前への怒りを止められ無くなる」



「地字安村くん、 彼の容疑を掛けられ、 免罪を訴えるも聞き入れられず、 最後には一家心中と言う道を選んだ、 地字釣具店の息子さん」


まさか本当に知っているとは………


「廃工場での彼とのやり取りを盗聴していたからね、 貴方の怒りも分かるわ…… 貴方の前に出てきたのは感謝を伝えるためよ……」


「ありがとう、 彼を止めてくれて、 もう後戻りは出来ないけど、 これ以上先に進ませる訳にも行かない、 だからありがとう」


魚惧露は女を睨むのを止めなかった、 そんな事が目的では無い事は分かる


「……あの男をどうするつもりだ、 まさか奴を庇うのか? 貴様らは以前にも奴の情報を意図的に隠し、 俺に罪を被せる事を許容したろう?」



「いいえ、 彼は公正に裁きを与える、 しかし、 彼には力がある、 誰もと同じようには扱えない、 刃を折らないと…… それに、 報道の件なら確かにそういう側面もあった、 組織を代表して素直に謝罪するわ、 ごめんなさい」


頭を下げる女を見て、 それでも魚惧露は多くを思わなかった


………………


「……あの少女はどうした?」



「どうも…… 病院へ連れていくわ、 詳しい説明は出来ないけど、 しっかりと保証する、 彼女のお姉さんの分も含めてね」


ふん………


「俺にはそれだけの話で充分だ、 お前はまだ俺に言いたいことがある様だな? 早く言え、 下らない問答に興味は無い」


雛弓は、 魚惧露の言葉に力を抜き、 脳内で無駄な交渉や、 ビジネスに関わる部分を省く、 相手はそういう存在では無い……


「わかったわ、 私が言いたい事はただ一つ、 私達は貴方の様な力を持つ人材を集めている、 どう? 私達に協力してくれないかしら?」


魚惧露は女を睨んだ


「……これだけの事をしでかして置いて、 貴様らの研究を止めるつもりは毛頭無いのだな?」



「だからこそ、 やめられない、 力は悪い事にも使えるけど、 勿論良い事に使えれば、 世界はもっと大きく飛躍出来る…… もう、 手放せる段階では無い」


………


「貴方に頼みたいのは、 例えば今回の様に、 悪い事に力を使おうとする者が現れた時、 また止めて欲しい、 今度は道を大きく踏み外す前に止めて欲しい」


「誰よりもその力に傷つけられた貴方だからこそ頼みたいの、 どう? やってくれないかしら?」


悩む素振りも無かった、 女の問に間髪入れず、 魚惧露は断る


「……まだ勘違いをしている様だな、 俺は地字安村では無い、 俺を産んだのはやつに対する安村の憎しみだが、 それは起点に過ぎない、 俺を突き動かし続けるのは増幅し、 変歪した、 この世界に対する全ての憎しみ」


「奴の力が『死霊の見える能力』では無く、 『死霊として縛る能力』奴こそが、 奴の能力により死霊を生み出し苦しみを与え続けて居た様に……」


魚惧露の伸ばした手、 群れを成す魚群が月光に反射しテラテラと浮かび上がる


「俺もまた、 今際に抱く人間の憎しみをタモで救って、 俺と言う水槽に泳がせていた、 俺も歯止めの効かない憎しみの末に世界を恨み、 罪の無い人を幾人か殺した…… 奴と同じ様な化け物……」


「……悲願は果たされた、 ならばそろそろこの者達を離してやらなくては、 狭い槽に閉じ込めていては可哀想だ……」


ああ、 そうか、 だから……


「……貴方は波打ち際まで来たのね」


魚惧露は何も答えない……


「……分かった、 貴方の意志を尊重するわ、 もう誘ったりしない、 でも一つ聞かせて? 本当に憎しみだけなの? 貴方自身には、 安村くんの、 『もっと生きていたかった』と言う意思は無いの?」



「………どうだかな、 もうどうでも良い事だ」


ザザーン ザザーン………


砂浜を踏み、 波打ち際へと魚惧露は歩く、 その足が引いては戻る潮に呑まれていく……


きっと……


「独善的な金山に『もっと生きたい』と言う心は無かった、 貴方は同じと言うけれど、 檻に閉じ込める事と、 水槽で飼い慈しむのとでは全く違う」


『もっと生きていたかった』


「……そんな有り触れた、 誰もと同じ感情を持つ貴方だから、 化け物じゃない、 貴方の傍だから、 きっと魚達も安心して自由に泳ぐんだわ」


その声はもう聞こえて居ないかもしれない、 届いて居ないかもしれない、 だが意外だったのは、 最後にあちらから声が掛かった事だ……


「………俺の仲間に、 森郷雨録もりさとさめろくと言う男が居る…… 奴も能力者だ、 奴は頭が良い、 きっとお前からの声も利用し生きようとするだろう、 会ってみると良い」


本当に最後、 たったそれだけ言い残し、 渦を巻く魚群は、 今度こそ海原へ放たれた


雛弓は引いては戻る波の音を聴きながら、 心が揺れる程綺麗な満点の夏の星空を見上げる


ふと、 水平線から立ち上る天の川へ、 懐かしい潮風の香りと共に、 白銀に煌めくイワシの群れが自由に泳いで行く様に見えた………


………


「……出来るなら、 貴方が生きている時に会ってみたかったわ…… ふっ、 そんな事を言っても無意味ね」


さて……


「帰りましょう、 私も、 甘樹の街に……」


雛弓は海へ背を向け、 砂浜を歩く、 通り過ぎる、 潮の香りを運ぶ海の夜風が、 ただただ、 心地が良かった………

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