第百四十三話…… 『天閣の祝詞、 後日談・2 見下ろす街の黒い静寂』
朝日が、 また新たな一日の始まりを知らせる、 涼しい澄んだ空気と、 窓を開けたまま寝てしまった為にダルく重い体
体はまだベットの吸い付く様な寝心地を求めている、 いっその事このままずっとここに落ちる様に眠っていたい……
だが………
ばさっ……………
布団をめくりもぞもぞと起き上がる、 直ぐに机の上に置かれたリモコンへと伸び、 備え付けのテレビが光を放つ
朝のニュース番組を付けると、 予想した通りもうずっと毎日の様に同じ内容のニュースばかりが報道されている
寝起きの耳に飛び込むキャスターの声は落ち着きを偽り、 その内心は急かされる様な時間の進みに焦りが伴う、 視聴する側も意外とそれが分かったりする物だ……
『…………たった今流れて居るのは、 昨晩初めて行われた大望吉照議員の記者会見の映像です』
映像がスタジオから会見現場へと映る、 これは昨晩に行われた記者会見の映像で、 きっとどの番組を付けてもひっきりなくこの騒動についてのニュースをやっているだろう
映像の中で大望吉照が壇上へと向かい、 白く鮮烈なフラッシュがけたたましく光を放つ、 壇上にて大望がマイクの位置を調整し礼をした……
『………えー、 皆様こんばんは、 議員をやっております大望吉照です、 まずはこの様な時間にも今回の会見の為に集まって下さった皆様に感謝をします、 ありがとうございます』
深々と頭を下げる大望の映像を横目で見ながら、 洗面所の扉を開ける、 ユニットバスで正面にトイレが迎える
用を足し、 顔を洗い、 寝癖を取っている間もニュース番組の中の大望は事の顛末を説明する、 会見場の張り詰めた空気感に遠慮した様な小さな声がドライヤーの音に掻き消される………………
……………フュン
洗面所を後にすると漸く会見の音が聴こえた、 丁度大切な事を話す辺りだ、 実は自分は昨晩この会場に居た、 壇上に立つ様な事は勿論無いが、 大望議員の補佐として裏方で作業をしていた
百に近い目がこちらを絶対に逃がさない、 そういう吐き気すら込み上げる空気感で、 作業で裏に居た自分も、 あの無機質なカメラレンズに映っているのでは無いかと、 見られて居るのではないかと震える程だった………
だが、 そんな緊張を破り、 今回の騒動、 その後始末の最も責任の重い部分を引き受けた男、 大望吉照は、 それでもその歩みを壇上へと進めた
やっぱり…………
「大望さんは凄いな、 俺なんか全然まだまだだ……」
村宿冬夜は画面に映る男を見る、 やはりあの指すような目線、 その立場になって昨晩の事を見ると、 裏方で話を聞くのとまた違った雰囲気を感じる………
『…………という訳で、 突然、 甘樹の街や、 藍木に現れたモンスター…… モンスターと呼ばせて頂きますが、 その被害は……』
どうたらこうたら……………
…………………ピッ ……………
冬夜はテレビを切る、 時間が見たかっただけだ、 今日はこの後予定が有るが、 身嗜みを整える様な予定でも無い、 寝起きだが寝癖を整え、 着替えればある程度の格好だ
細かな準備は後にして先に朝ご飯に行こう、 冬夜は通路を進み靴を履く、 最後にカードキーを抜くと暫くして部屋の電気が落ちる………
ガチャッ
タンッ…………… タンッ…………
「……食堂は最上階、 この感覚が慣れちゃうのも嫌だな、 贅沢な事言うようだけどまるで急にお金持ちになったみたいだ」
この生活が始まってから既に一週間程、 その前までの生活との落差に思わず目眩がする、 あれだけ辛く苦しい日々の先に待っていたのは…………
チーン
上階へと向かうエレベーターが停止する、 目の前で開いた扉、 その中には見知った家族が居た
「あっ…… おはようございます、 一緒に乗っていって良いですかね?」
「あら冬夜君おはよう、 どうぞ~」
明山家族だ、 父母と姉妹仲良く朝ご飯に行くらしい、 他に人は乗っていないが冬夜も同乗する
動き出すエレベーター、 一瞬の静寂……
「……冬夜君、 昨晩は良く眠れたかい? 確か会見の手伝いをしていたんだろ? 帰りが遅かったんじゃないかな?」
明山父が口火を切る、 きっと誰だって昨晩の会見を見ているし、 そうでなくても今朝のニュースで見ているだろう、 異様な会見だった、 その場に居た者に話を聴きたい気持ちも分かる
「……そうですね、 ホテルに着いたのは結局0時を回っていました、 何時もだったらもう少し早起きしているんですけど、 今朝は時間ギリギリまで寝てしまって」
「それは大変だったね、 予め時間を設定してあったけどそこから一時間は伸びたからね、 どうしようも無いけど、 こればっかりはね」
その気持ちは分かる、 自分だって本当ならこのニュースにがっつき、 新しく新鮮な情報を手に入れようとするだろう
だが……
「……自分達は当事者ですからね、 突然だけど、 漸く終わったあの日々、 その先に待っていたのがこの喧騒…… もう少しだけゆっくりしたいですね」
嘘だ、 そう思った、 自分が求めている物は休息何かじゃない、 自分が求めているのは、 この渇きを潤せるのは………
チーンッ
っ……
エレベーターが最上階に着いた、 食堂にはもう多くの人が朝食を食べに来ていた、 食堂で食券を渡すと、 ビュッフェスタイルの朝食が待っている
どれも美味しそうだ、 乾物や、 缶詰を使った少量の料理…… 避難時の食事を思えば天と地、 こんな贅沢は早速忘れていた………
ぐるる~
すぐ側でお腹が鳴る、 明山家族の中でまだ幼い少女が前に走り出す
「あははっ、 お腹すいたっ! お姉ちゃん早く行こうっ!」
「あっ、 ちょっと待って雪ちゃんっ!」
それを目で追い掛け、 困った様に笑う明山夫妻、 冬夜は笑顔を作って笑い欠ける
「はははっ、 朝から元気ですね…… それじゃあ自分もここで」
「うん、 ええ、 忙しいだろうけど冬夜君もお仕事頑張ってね」
明山家族と別れる、 冬夜は大皿に適当に食べたい物を盛り付ける、 その皿に乗った料理の量は控えめだった
(………まただ、 人に遠慮して量を少なくしてしまう………)
冬夜は歩き良い席を見つけた、 窓際の景色のいい席だ、 外の見える側に腰を下ろすと、 手を合わせ朝ご飯を食べ始めた………
はぁ……………
少量で良かった、 やはり、 あまり喉を通らない、 目の前に広がる景色が、 短い様で長く、 濃く、 強く刻まれた日々が、 この長閑でゆるりとした日々を否定している
冬夜は厚切りのベーコンにスクランブルエッグを絡め口へ運ぶ、 その最中ですらガラス越しに見える遠くの景色から目を離せない………
それは、 突然の事だった、 余りにも唐突で、 理解の追い付かない状況だった………
冬夜はハーブの効いたドリンクで口を潤しながら、 毎朝恒例の、 あの日の事に着いて考える
それは一週間前、 甘樹シェルターを襲った敵襲、 大規模な作戦と戦闘、 血を流し、 汗を流し、 人々の未来を賭け、 内側も、 外側も、 皆が一蓮托生で戦い、 守り抜いたあの戦い……
疲れていた、 疲弊し、 何とか長かった一日が終わりに向かい、 高い太陽もいよいよ傾きかけた頃
全てが変わった、 急だった、 百八十度変換した、 それは気づきだった……
喧騒
戦いの痕跡や、 戦闘音すら数瞬後には飲み込む程の巨大なブラックホールに似た質量の静寂が、 大口を開けて街に降りていたそれが、 ある一瞬にして、 急に消滅した
それはあからさまに分かる物では無いが、 人々の歩く音、 話し声、 生活音、 車の走行音、 信号機の音、 懐かしさすら感じる人々の営みの産む音が、 街へ誘い込まれてきた
まるで何か、 大きな隔たりが今まで有り、 それが一瞬にして無くなった様に、 四方八方から、 その喧騒の波は押し寄せ、 どんどん大きく、 どんどん強く
異常事態であると、 鳥肌が立ち、 奇妙な、 知り得る常識が崩れる、 世界が終焉を迎えたあの日の様な感覚に再び襲われる
だが、 全てはまるで勘違いだった様に、 まるで頬を叩かれた様な、 鋭く鮮烈な驚きは、 耳を劈く様な、 パトカーのサイレンの音に始まった
それから三十分ほどが経ち、 やって来たのは口を大きく開け、 この世の終わりの様に顔を引き攣らせた私服警官だった
彼等はシェルターの外側に居た冬夜達を見つけるや否や、 走り、 まるで夢の中に居る様な顔をして口を開く、 冬夜はきっと一生忘れられないだろう、 この時の警察官の第一声………
『……あっ、 あの、 ガス爆発ですか?』
……………………………
拍子抜けだった、 見れば分かるだろう、 目に見える殆どの建物は倒壊し、 ビルは中程で折れ、 異様な煙を空に放つ瓦礫の街
見れば分かるだろう、 毎日洗濯され、 温められ、 温かい飯を食い、 生きていただろう彼等と違い
ボロボロで、 汚れ、 血に擦り切れ、 目の下に隈を作り、 絶望に喘ぐこの姿を……………
……………………………
何を言っても通じなくて、 それでも助けが必要な事を必死に伝えた、 訳も分からなかったし、 何を伝えたら良いのかも曖昧だが、 それでも伝える
まるで宇宙人との会話に感じた、 程なくして最初の警官が呼んだ応援や、 自体の深刻さ、 異様さに気が付いてきた人々が、 消防士が、 自衛隊が、 偉そうな人が、 ボランティアが、 野次馬が
全く今更に、 漸く二ヶ月も遅れ、 この魔境街の姿を見た、 のんびりとしたニュースキャスターが血相を変え、 メディアが錯綜し
一時間もする頃には茶の間は騒然としていたらしい、 『何がっ!?』ニュース番組の見出しは理解不能を通り越して、 疑問、 それだけだったという
ヘリが飛ぶ、 堆積した埃のような静寂を、 一気に巻き上げる、 夕方のニュースはどのチャンネルを回してもそれきりだった
誰もが見た、 テレビの中継、 ほんの田舎の、 ほんの地方都市、 誰も知らない様なそんな街、 それでもそこに暮らす人々が居た、 そこに根を張る生活があった
根こそぎ、 根こそぎ朽ち果てて居た、 ヘリコプターから見下ろされた景色は、 まるで円形の壁でも隔てられた境界が引かれて居た様な光景だった……
混沌、 訳も分からずただ時が過ぎて行く様なその時間を、 それでも引っ張り上げたのは、 昨晩もあの壇上に立った、 大望議員だった
それからの日々はあっという間だった、 住む場所も、 食べる物も無く、 ただ突然の状況に困惑していた自分達
きっと足踏みしている内に、 早くも大望議員が行動を始めたのだろう、 その日の内に物資が、 次の日には、 段階的な避難が始まった
周辺ホテルが国の要請により殆どの部屋を貸切、 一時避難施設に、 また、 その他災害用シェルターや、 仮設住宅、 もしもの時の対策が、 こうしてもしもの時に火を吹いた
街の外や、 県外等に、 家族や頼れる人が居る人達には積極的に移動してもらい、 その援助もした、 もうあの街に生活をする人は居ない……
そう言う理由で、 冬夜はこうして一時的なホテル暮らしへと落ち着いている、 冬夜がこのホテルに移れたのは三日前の事だ
家族共に移ってきた、 父と母だ、 明山家族と違い、 冬夜が二人と朝飯に来ていない理由は明確であり、 二人はもう既にこのホテルに居ないからだ
二人は昨日の内にホテルを後にして居る、 父方の親戚が村宿家の居候を許してくれたのだ、 恐らく頼めば許してくれると初めから分かっていた
でも、 父も母も、 あまりその親戚の事を好いて居ない、 それは彼が、 いい歳こいて独り身で、 その癖に儲けて居て一軒家に住み
そして何より、 現代の陰陽師というタレコミを掲げる霊媒師だからであり、 父母からすれば詐欺師と代わりが無い
冬夜からすればまた違う、 彼は確かに変わった人で、 どうしようも無い様な人だが、 冬夜の、 陰陽術の師匠に当たる人だ………
それでも結局行く決意が出来たらしい、 幸いにも親戚は忙しい身、 出張だそうで月末までは帰ってこない、 他人の家とは言えお手伝いさんすら居る、 しばらくは父も母も少しはゆっくり出来るだろう
そんな中で、 冬夜が一緒では無いのは単純な理由からだった、 それは………
………………
ガチャンッ
っ………
長い、 深い思考が途切れる、 気が付けば内に閉じこもり、 食べ掛けの食事も、 街の景色も見えて居なかった
そして視界を遮る様に、 空いた反対側の席に置かれた食器と、 軽く手を振る男の姿があった
「よっ、 冬夜君おはよ~ どしたぁ? 寝不足か~?」
威鳴千早季だ、 ついこの間まで同じ調査隊として共に戦った戦友、 少し年上の明るいお兄さんといった印象の人だ……
冬夜はサラダに一つだけ入れたミニトマトをフォークで狙い、 いつも道理の自分を底から引っ張りあげる
「おはようございます威鳴さん、 やっぱり遅寝は朝に響きますね…… それにしても大盛りですね………」
威鳴のお皿には全て掻っ攫って来たのでは無いかと思う程の唐揚げに、 カレー、 パンにご飯に、 それは大盛りだった
威鳴は人の良い笑顔で朝から笑って見せる
「え? 普通でしょこれくらい~ ……ん? 冬夜君、 それ何往復目?」
「………自分はこれで充分ですから」
はぁ………
威鳴は大きな溜息をつき、 自分のお皿をこちらへ押しやる
「だから元気が出ないんだよ、 これ、 このお皿冬夜君にあげるから、 こんなんまた取り行けば良いから、 さ、 遠慮すんなよ」
……………………………
冬夜は中々手を伸ばせなかった、 喉を詰まらせる奇妙な感覚、 この内側からせっつく様な気持ちは何なのだろうか……
それが、 偽る事を得意として来た筈の冬夜の口から、 何故だろう、 ポロリと落ちた
「………俺たち、 このままで良いんでしょうか?」
離席しようと腰を持ち上げる手前の威鳴を強引に引っ張る、 彼は腰を下ろすと首を傾げた
「……ん? 何が?」
「……………いや、 だから、 俺達、 こんな事してて良いのかなって…… ぁっ、 ほら、 街は変わらずあんな状況ですし、 なら復興だってしなきないけない、 その為には国に動いて貰う必要がある訳で…… だから、 その為に俺達も、 大望さんみたいに何か、 あの街の為に何か……」
一呼吸の内に零れてしまった、 このキリキリと胸を締める様な感覚、 自分は焦っている、 酷く、 焦っている………
「ん~、 だから俺達大望さんの手伝いをしてるじゃん、 俺も、 冬夜君も、 土飼さんも、 木葉鉢さんだって、 そのほか一緒に戦った調査隊のメンバーは、 皆少なからず何か手伝いをしてるでしょ?」
たしかにそうだ、 皆同じ気持ちなのかもしれない、 自分が自分がと、 落ち込む気持ちを叩いて叩いて、 前へ前へと押してきた
急に止まれる訳じゃない、 こんな、 こんな状況になっても………
……世界は、 滅んで等居なかった、 寧ろピンピンとしていた、 今まで道り、 大きな世界は何も変わらず、 傷を知らないままに回っている
世界から見れば本当に小さな物だったのだ、 自分達の戦い等、 こうして急に生活が一変し、 辛さや苦しさが消えた様に思えても
何も変わってない、 目の前に広がる死んだ街を見下ろす度に強く思う、 自分達は苦しい状況から救われた訳では無い、 平和を勝ち取った訳でもない
余りにも、 余りにも終わりが呆気なく、 まだ誰も、 終わった事に気が付いて居ない、 始まった事にも気が付いて居ない
大望議員は会見で必死に訴えかけていた、 今回のこの二ヶ月に及ぶ戦い、 短い様で長い、 その日々は夢でも、 幻覚でも無い、 確かにあったのだと
モンスターも、 戦いも、 苦しみも、 そして人々の死も、 確かにあった事なのだと……
きっと、 あの街に生きた人も、 街の外で生きていた人達も、 その現実を受け入れる事が出来るのは、 もっと、 ずっと後の事なのだろう
今はただ、 待つしかない、 余りにもゆっくりと流れるこの日々が過ぎるのを、 ただ待つしか、 それがとにかく辛かった………………
………
「………まぁ、 でも冬夜君の言う事も正直分かる、 俺達の戦いはさ終わって無いんだよな…… 唐突に、 言うなら…… 消えた? ……そう、 終わったんじゃなくて消えたんだ」
決着が付かないまま、 何処を決着として居たのかも定かでは無い、 生きる限り永遠と続く戦いだと思っていた、 だが、 よく分からないまま決着点が消滅し、 二の足を踏んだ様な気持ち………
結局、 決着と言うのは心で付ける他ない、 心の問題なのだ…………
…………………そう言えば …………
消えたと言えば、 冬夜の中でどうしても引っかかる感覚が有る、 もしかしたらこの悩みも実はそれ由来なのかもしれない……
「………あの威鳴さん、 変な事聴くんですけど…… 俺達、 何かを…… いや、 誰かをかな…… とにかく、 忘れてしまった様な喪失感を感じませんか?」
手持ちぶたさに箸でペン回しをしていた威鳴がその手を止める、 そうして冬夜に目を合わせると頷いた
「冬夜君…… 同じだ、 俺も同じ事を最近良く思うんだ」
!
威鳴は箸を机に置くと続ける
「不思議なんだよね、 言語化、 映像化出来ない、 でも確かにある感覚でさ、 パズルのピースみたいにバラバラで、 それを何とか繋げてみるとさ……」
同じだ、 冬夜もその感覚を思考し答えに辿り着こうと何度も試した、 しかし本当に不思議なのはここからで、 きっと威鳴も同じだと言うなら……
「ようやく答えが繋がったっ! って思った時に、 頭に浮かぶのは……」
きゃっきゃっ! …………………
威鳴の目線を追い振り返った所、 ビュッフェ台の傍にはデザートを山盛りに盛る笑顔の少女の姿があった
「……明山雪ちゃん」
「そう、 訳わかんないよね、 彼女の顔が浮かぶんだよ…… それがイメージとかけ離れてて…… イメージはさ、 何かもっとガサツな男みたいな…… あんな可憐な少女とは似ても似つかない……」
やはり同じだ、 胸が痛む程に、 その感覚は遠く、 距離を取った様に朧気で、 すげ替わった様に、 彼女の事が思い浮かぶ……
そもそも…………
「…………明山家族って、 俺とどんな関係があったんだっけな…… 確かに同じシェルターで避難してた仲だけどさ、 普通に全然知らないんだよね」
冬夜も頭に手を当てる
「同じです、 有り得そうなのは友人…… でも、 茜ちゃんだって五つも年下だし、 雪ちゃんはまだ小学生でしょ、 俺の両親と、 明山夫妻が知り合い………」
ダメだ、 まるで意図的に隠蔽された様に思い出せない、それはとても大切だった………
「………すぐ連打でゴリ押ししようとするんです、 昔はレバガチャばっかで、 死にすぎるからしょうがなしに俺が回復に回って……………」
………………?
「………冬夜君? それって何の話?」
「…………分かりません、 全然分からない」
一瞬の静寂が二人がけの席に落ちた、 見下ろす街も、 瓦礫に塗れた日々も、 どんな現実も、 現実は現実だ、 無くなったりしない、 消えたりしない……
だから、 この残された余熱の様な感覚も、 せめて消えて欲しくない、 曖昧で不透明だけど、 それが現実だと、 そう思わせて欲しい………
もう二度と、 勝手に…………………
……………………
「あっ!!」
?
威鳴の声で思考から現実に引き戻される、 勢いよく立ち上がった威鳴はビュッフェ台へと走りまた大皿に大盛りに盛り付け席へと戻って来た
威鳴が時計を確認する
「冬夜君! 話はまた後だっ、 もう時間無いよっ! 急いで食べないと」
冬夜もちらりと時計を見る、 確かに、 ホテルを出る時間まであと三十分、 忙しい時間になってしまった…………
それにしても
「……………威鳴さん、 ここに最初のお皿が有るのにどうしてもまた取りに行ったんですか?」
もぐもぐむしゃむしゃ…………
威鳴はドレッシングのかかったサラダをベーコンで包んだ物と、 カレーを絡めた唐揚げを同時に大口にぶち込み、 皿にご飯をかきこんだ
口が大きく動く中、 冬夜の質問に首を捻り、 やがて飲み込むと一枚目の大皿を指さした
「だからあげるって、 さ、 食べた食べたっ、 土飼さん待たせると怖いから早く急いでっ!!」
えっ……………
本当にお腹はいっぱいだった、 目の前にドンと居座る大皿、 カロリーと油の多そうな料理の数々……
ははは………… これは……………
「呑気に悩んでる様な場合じゃないな……」
「そそっ! 朝からガガッと食べて、 汗水垂らして、 今を全力で生きる、 それが今を生きる俺達に出来る、 唯一にして最大限の努力でしょ?」
…………確かに
きっとまだまだ心の整理は付かない、 それはゆっくりと、 時の流れと共に、 歩と共に刻まれて行くんだと思う
時は今も動き続けて居る、 ならば歩もう、 確かにあった日々も、 苦しさも辛さも、 戦いも、 確かに望み、 ようやく戻った日常も……
刻もう、 だってきっと………
(……お前は今も前へと進み続けて居るんだろ………… 日……)
……………………………………?
「冬夜君箸止まってる! 早く急いで食べるっ! かきこんで! 俺もう一往復してくるから!!」
「っ!? えっ! いや! これ食べて下さいよ俺一人じゃっ、 ちょっと!」
……………今はただ、 前へ………………………
……………………………………
……………
『未確認生物又は未確認事象に対する対策及び現地調査隊を目的とした調査隊本部』
あはは………
「いつ見ても長い名前だな…… それに大分大袈裟だ」
冬夜は真新しい事務所の入口に刻まれた名前に苦笑いし、 事務所の扉をくぐった、 階段を登り、 二階へと登る
会議室の様な空間には既に数人の人物が椅子へ腰掛けたり、 談笑をしたりしている、 緊張感のない空間だ
それを引き締める様に、 前方に立つ男が冬夜を見て笑う
「来たか冬夜、 中々良い事務所だろ? 真新しくて綺麗で、 広いしな」
「おはようございます土飼さん、 ええ、 外観は何度も見ましたが、 中は…… ええ、 仕事もしやすそうです」
冬夜は周りを見渡す、 人は結構集まっている様だ………
「俺が最後でしたかね?」
「いいや、 まだ威鳴の奴が……… ん? 噂をすればだ」
笑う土飼の視線の先には涼しい顔で会議室へと入り、 周りを見渡した後、 自分が最後だったと悟り急に塩らしい顔をする威鳴の姿があった
だがこれで………
「よし、 全員集まったな、 お前ら席に付け! ……なんてな、 これじゃ教師みたいだ………」
ゴホン………
「俺達の生活が変化し、 喉から手が出る程に望んだ日常が突如戻って来たあの日から今日で丁度一ヶ月、 そんな節目の今日、 ここに居るメンバーと『未確認生物又は未確認事象に対する対策及び現地調査隊を目的とした調査隊本部』を設立出来て何より嬉しく思う」
だが…………
「諸事情によりこれからは『調査隊』と以前と同じ呼び方で呼ばせて貰うかそこは一つよろしく頼む、 こんな舌を噛みそうな名前毎度言えるか」
ははっ………
「そんな『調査隊』、 ここに居る者達は、 きっと皆、 あの日々の事が忘れたくても忘れられない、 あの街の事が頭から消えない感覚に悩まされる奴らばかりだろうと思う、 俺も同じだ」
「だからこそ、 俺達は、 俺達に出来ることを、 『調査隊』の仕事は、 調査隊にしか出来ない事をやっていく活動をしていく」
あれからひと月が経った、 ひと月で何かが大きく変わる訳では無いが、 冬夜の中で大きく変化した事と言えば、 正式に『調査隊』の組織だった活動に認可が降りた事だろう
最初の頃は、 大望議員の元、 外側から何か出来ることを探して活動をして来た、 出来ることなんて最低限だった
だが、 そのコツコツと積上げた小さな実績は認められた、 『調査隊』は遂に、 完全立ち入り禁止となったあの街へともう一度調査を行う事が出来る
リーダーに土飼さんを置いて、 そうして漸く大きな一歩を冬夜達は踏み出す事が出来るのだ…………
「分かって居ると思うがあの街に戻るということは危険が伴う、 建物はオンボロだし、 場合によってはモンスターの残党が居るかも知れない」
土飼は声を低く重くする
「危険な物だ…… だが、 ここに居るもの達ならできると信じてる、 何故なら俺達は確かに戦い守り抜いた、 その実績がある、 これは曖昧でも、 消える事は無い事実だ」
だから……
「俺達の戦う理由は変わらない、 街の為に、 人の為に、 俺達の進む未来の為に、 俺達はもう一度この拳を掲げよう、 俺たちで未来を切り開くぞ!」
……ああ、 胸が熱くなる、 そうだ、 ここに居る者達は好きだったんだ、 自分の為に、 誰かの為に、 何かの為に、 確かな理由の為に戦うのが
そうか…… ならば…………………………
………………………………
……………
『………冬夜、 街の方から何かを叩く様な物音が聞こえると近隣の住人から通報が上がっている、 モンスターの残党の可能性も有る、 調査隊の本領発揮だ、 やれるか?』
………………
冬夜は最早見慣れた瓦礫の街を歩く、 喧噪が掻き消えた寂れた静寂、 右手には『調査隊』のフルネームが刻まれた黒い警棒を握る、 支給品だ
左腿にはホルスターにナイフが装備されている、 何時でも抜けるように意識を忘れない………
そうして歩く、 音の発生状況をデータ化、 発生地帯は広くない、 同じ個体が何か建物を根城にしている可能性がある
そうして歩くと音の発生区域のすぐ側までたどり着く、 冬夜は足を止め耳に手を当てる、 すると…………
カァーンッ カァーンッ………
聞こえた、 金属を叩くような音だ、 よく響いて居る、 金属、 金属………
「鉄材工場だ、 確かこの先に個人経営の小さな工場があった」
タッ!
冬夜は足音を殺しながら走る、 工場付近まで近付くと足を緩め、 息を殺して近付く、 やはりここだ……
(……シャッターが強引にこじ開けられてる ……………だが、 音が止んだ?)
まさか…………
……っ
ッ、 ドガジャアアアアアンッ!!!
冬夜は衝撃と音に目を瞑る、 薄目で確認するとH鋼が内側からシャッターを突き破り転がっていた、 狙われた
(……気が付かれてたか、 鋭い奴だ)
冬夜はだからこそ堂々と、 大口を開けねじ曲がったシャッターから中を見る、 すると、 居た
「ガァアアッ、 ギャアアアアッ!!!」
体長二メートル程、 灰色の肉体で人型、 この街でよく見たモンスターだ、 その手には鉄パイプが握られており、 見渡せばそこら中に叩かれ破壊された痕跡があった
敵は既にこちらを警戒している、 何をしでかすか分からない様な奴等だ、 短期決戦、 早めに終わらせる………
スッ
冬夜は警棒を構え、 ナイフの位置をもう一度意識する、 そして、 彼の最も最強の武器にして、 親友……
いや、 恋人、 その名前を呼ぶ……
「行くよ、 マリー………」
こと、 ことことことこと…………
冬夜の目からドバドバと涙が溢れ、 溢れた水が逆巻き、 やがて小さな少女の様なシルエットを取る
「うっ~ やっと私の出番だぁ~ さぁて……… ふふっ」
水の少女マリーが笑うと、 冬夜と並ぶ
「はははっ、 さっさとぶっ殺すしちゃおうかっ!」
「ああっ、 マリーっ、 合わせろっ!!」
ダッ!!
踏み込む冬夜、 警戒感を最大にしたモンスターが跳ねる、 その方を睨む……
「はははっ!」
冬夜の喉から無意識的に笑いが溢れる、 そうだ、 何も終わってない、 寧ろここからが始まりだ
この静寂立ち込める魔境街に、 ここだけの喧騒が鮮烈に響く、 この街の未来の為に、 調査隊員、 村宿冬夜の戦いは始まる、 この戦いはその始まりの一歩だった……