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第百四十二話…… 『天閣の祝詞、 後日談・1 後始末』

扉が開かれる、 一瞬後、 目の前に広がる景色を想像する、 どんな黒よりも黒い、 どんな混沌よりも混沌


自身の牙を再認識する、 既にナタは手に握られている、 想定しろ、 敵はどんなだ? どんな事をして来る?


敵は獄路挽ごくじびき、 以前の『魔王』と言う力を介して接触した事が有る、 強力な力を持つ者で、 冷酷と言う印象がピッタリだった


明山日暮はこの道を選んだ、 戦いの道を選んだ、 この扉をくぐった先に獄路挽はおり、 その時点で、 理夕りせつと名乗る神、 所謂『天閣』と言う奴等が閉じ込める結界を外から張る


獄路挽は逃げ出せない、 勿論日暮も逃げ出せない、 だがそれで良い、 時間は幾らでも有るらしい、 その溢れる時間の中で日暮が獄路挽を殺しきれば良いと言う作戦なのだ


自分ならば出来る、 言い聞かせる、 今までだって強者を打ちのめして来た、 戦いは何時だって簡単じゃなくて、 今輪に立ったのも一度や二度じゃない


そう言った修羅場を何度も乗り越えて来た、 それは一つも無駄じゃない、 倒す、 覚悟を決める、 倒す、 獄路挽を倒す


見つけ次第こちらから動け、 呑まれるな、 躊躇いは無い、 殺す事だけ考えろっ………


グッ………………


扉の向こう側から光が溢れ、 日暮は踏み入る、 前方を睨み見る、 大丈夫、 やれるっ!


ビガァアアアアアアンッ!!! …………


……………………………


やがて光が止む、 瞬間薄暗くほこり臭い所に居ると思った、 目が上手く見えない、 暗順応と言う奴か……


ぼんやりと、 薄暗闇の中に人影、 そんな輪郭を見た気がした、 まるでこちらを待っていた様に堂々と


日暮の脳はそいつこそが獄路挽だと仮認識する、 ギラリと、 鋭く睨み付け、 日暮が口を開く



「よぉっ! ぶっ殺しに来たぞ、 獄路っ………………」


……………………………………………



……………………



……………



…………………………………… ?


…………………妙だった、 冷たいのだ、 体が固まって、 もう長い間動いて居なかった様に、 血が止まって居たように冷えていた


くらくらする、 頭が重い、 何だ? 自分は何をやっているんだ? ………ダメだ、 またダメだ…………………


……………また?


………


カキカキカキ……… カタカタカタ………


ブツブツブツ……………………


……………………


すぐ側で、 筆が卓を叩く音と、 ブツブツと喋る声が小さく聞こえる、 その内容を必死に耳を澄ます………


「……実験開始から百三十七日経過、 検体の累計死数一万六十二回、 実験結果に元ずき検体の肉体を『天閣の力により肉体を再生し続けられる事による一時的な不死状態と定義』、 前回含め前回以前の結論と同定………」


…………?


無機質な声だった、 ほんの僅か、 霞む目が硬質の何か、 ゴツゴツ閉じていながら動き、 何かを喋るそいつを見た


「………意識の浮上を確認、 八秒後に再度殺害を執行する、 殺害方法をランダムで選択…… 一万六十三回目の殺害方法は、 九十八回目の絞首による殺害に決定、 執行開始」



グググッ!!!


っ!?


(……………っ、 ぅぁぁ)


首が絞まる、 息が苦しい、 また、 また絞首刑だ、 これは苦しい、 苦しみが長く続く、 他の殺害方法よりも遥かに苦しい…………


ぁぁっ…………


苦しみが、 削れる命が悲鳴を上げて叫ぶ、 その鮮烈な生命の危機が、 脳を刺激し、 余りにも遅い記憶の再燃を促す


そうだ、 そうだった、 俺は…………


何度も、 何度も、 もうずっと、 ここに来た時点で、 自分は数え切れない程………


(……殺され続けて居るっ)


ぅげっ………


バギッ! ……………………………


決定的な音が鳴って、 体がチカラを失った様に崩れ落ちる、 しかし、 その体に次の瞬間、 光が溢れ群がる……


……………………ピクッ


また、 生き返った………


「肉体の再生を確認、 検体の累計死数一万六十三回…………」


どうたらこうたら…… うんたらかんたら……


……………………………ぁぁ


体が冷たい、 まるでもうずっと動いて居ない様に、 血が止まって冷えていた様に………


俺は………………………………


………………………………………………



……………………



………


はぁ……


「……ダメじゃん、 彼、 明山日暮だっけ? 作戦を変えた時点でダメだって分かってたじゃん…… 理夕りせつ、 これどう責任取るの?」


生意気な声が聞こえる、 色白で線の細い男だ、 昔彼を女装させて遊んだ事が懐かしい……


こくっ……


そんな昔の記憶を思い起こしながら、 『物語』の神、 理夕はティーカップを傾けた、 ささやかで繊細な金の装飾が施されたティーセットは彼女のお気に入りであり、 落ち着いた色のお茶注がれている


このお茶を飲むと落ち着くのだ、 神にもほっと一息着く時間が必要だと理夕は思う、 ここ二ヶ月ほどは忙しかった、 それももうすぐ終わりだ、 事の顛末、 最後の後始末………


「……ちょっと理夕聞いてるの? 何でそんなに落ち着いてお茶なんか飲んでるのさ、 この戦いの重要性を分かっているの?」


ふっ………


理夕は細く息を吐き、 まるで小動物の威嚇このようにぷりぷり怒る彼に向き直る


「はいはい聞いてますよ典柊てんしゅうくん ……典柊くんの心配は杞憂に終わるわ、 いい子だから大人しく彼を見守ろうねぇ~? 暇だったら私とゲームでもして………」


グッ


「理夕っ! 僕を子ども扱いするなっ! ゲームもしないし、 僕のことは呼び捨てか、 さん付けで呼べって言ってるだろっ!」


はぁ…………


(…………全く、 この子は何時までも子供のまま何だから………)


ごほん……


「はいはい、 分かりましたよ典柊、 それで、 彼、 明山日暮さんの事で何か心配事が有るのでしょう? さっきも言いましたが杞憂に終わると思いますよ……」


典柊は首を横に振る


「とてもそうは思えないね、 理夕は本当に彼を見ているの? 彼が獄路挽の罠に嵌ってもうすぐ五ヶ月になるよ、 その間彼は獄路挽の作り出した作業用ゴーレムによって絶えず殺され続けている、 そこから一歩も動く事すらできていない」


確かに、 典柊の言う通り、 あの日、 異世界の地にて『魔王』が打たれた日、理夕は『魔王』を宿した少女雪ちゃんと、 件の彼、 明山日暮と接触した


『魔王』を生み出した存在、 獄路挽を倒す事こそこの騒動の、 いや、 もっと大きく長く続いた戦いの最後と後始末となり、 理夕は当初の予定に則り、 雪ちゃんへ力を授け、 獄路挽を倒してもらうつもりだった


しかし、 それを明山日暮が拒んだ、 そして彼は自分が獄路挽を倒すと言った、 到底受け入れられる提案では無かったが


『信じろ』、 そう言われて、 確率よりも可能性を信じてみたくなった、 明山日暮が向かう事になったのはそんな理由からだ……


その結果がこれである、 獄路挽の隠れる屋敷には数多くの罠が綿密に張り巡らされて居る上、 多目的の自動ゴーレムが数百体配備されている


日暮はあの日、 獄路挽の屋敷へと続く扉を潜り、 屋敷に侵入した時点で付近に設置された複数の魔術的な罠に掛かり、 更に獄路挽が遣わしたゴーレムにより捕まった


ゴーレムは獄路挽の命令により、 明山日暮を介した周囲への結界に対する干渉を試みる為に、 日暮に対する研究を初めた


だが、 周囲の、 所謂、 『獄路挽を閉じ込める結界』に、 明山日暮ないし、 戦いに向かうはずだった者との接点は設けていない


日暮の肉体を絶えず癒し続けて居るのは理夕が施した力だが、 その部分が接点とならないように作ったので問題は無い


獄路挽自身、 色んな角度から結界を観測、 研究しているが、 奴は絶対にあそこから逃げ出す事は出来ない、 それを本人も理解したようで既に研究を殆ど止めた様だ


今は呑気に全く別の研究に没頭している、 『魔王』に変わる新たな力を研究しているのかもしれないが、 敵の術中内にあるにも関わらず奴に焦りが無いのはやつにとって今の状況が余り変わらないからだ


閉じ込められ逃げられない、 とはいえ、 天閣にとっての獄路挽への干渉点こそが日暮であり、 それ以外は無い、 こうしてお茶でも飲みながら座して待つしか無い


とすれば、 獄路挽にとって大差無い、 もし仮に理夕達が二の手を打つとしても、 それこそが結界へと接点となり、 それがどれだけ小さな物だとしても、 奴は容易に逃げ出す準備を既に済ませて居るだろう……


そう思えば、 確かに…………


………………


「…………それでも焦ってはいけません、 当初の予定通り眉葉雪まゆばゆきちゃんが赴いたとして、 少なくとも百年のスパンで先を見ていたでしょう?」



「それは力を持った彼女だからだ、 あの力はそれだけ特別で、 『百年』と言う指標だって、 あくまでも確率値の最も高くなるだろう地点の事で、 もっとずっと早く終わると言うのが皆の考えだよ」


典柊の言う、 皆と言うのは、 理夕に力を貸した全て神々や、 眷属となる天使、 地獄の裁判官にまでいろいろと力を借りたのだ


「あの力はそれだけ特別だった、 絶対勝てたよ、 なのにどうして理夕はあんな曖昧な言い方で恐怖を与えたの? その結果がこれだよ」


そこに大きな理由は無く、 ただ単に嘘で誤魔化したく無かった、 騙す様な形になってしまったが、 押し付けるのでは無く自分で歩いて向かって欲しかった、 そんな所だ……


そんな理夕に、 典柊は追い打ちをかけるよう語気を強めて言う


「皆、 理夕の勝手なストーリーの訂正に怒ってるよ、 あのシナリオは皆の協力があって漸く繋がった物だったでしょ? 理夕の世界の事だから理夕に最後を任せたけど、 そうじゃなきゃもっと上位の神が主導してたよ」


理夕は『物語』の神であり、 『運命』の神の眷属となるが、 その中でもどうしても位が低くなる、 『天閣』の神は概念の化身、 古い神程、 古くから存在する概念となる


「……理夕、 知ってる? 理夕はあまり出席しないけど、 天机航会てんきこうかいではもう既に今回の理夕の勝手な決断の責任追及が始まってる、 一部では界統かいとうの席を剥奪するよう声が上がってる……」


天机航会と言うのは、 神々が集まってお茶を飲んだりして会議をする場、 界統は世界を統べる神を指す言葉だ


しかしそうか……


「……皆さん無駄な生きているくせに、 そういう時は結論が早いですね、 もう少しゆっくり、 エッセイ集でも読むみたいにのんびり構えて欲しいものですが」



「そんな事言ってる暇は無いよ、 本当にこのままこの状況が続くようなら、 上は何らかの方法で介入して来る、 そうしたら全てがパーだ」


まったく………


そう言って頭を抱える典柊に、 それでも理夕は絶えず微笑む様な笑顔で笑いかける


ふふっ……


「ですから、 そんなに焦らなくても大丈夫ですよ典柊、 要は明山日暮さんが獄路挽に勝てれば良いんですから、 それだけで全部解決ですよ」



「…………何を言ってるの? それが一番…… いや、 不可能だって話をしてるんだけど?」


不可能?


ふふふっ……………


果たしてそうだろうか?


理夕は決して日暮に言いくるめられてそうした訳でも、 面倒くさくなって、 はいどうぞした訳でもない


日暮の目の中に確かに光る、 希望が見えたからだ、 それはとても具体的な物だった


「………本来『魔王』が死んだ今、 あの力は不要となると思って居ましたが…… あって困る物でも無いですし、 回収するのは彼が天寿を全うした時にしましょう」



「理夕? 何をぶつぶつ言ってるの?」


理夕は問に答えず一人笑う、 彼と話した時に感じた、 まだ小さな力だったが、 対魔王の為に作った力が確かに彼の中に有る


人類の希望『勇者』、 『魔王』と獄路挽の存在はプロセスとして同じ、 今回作った力に比べれば大分弱いが、 『勇者』だって獄路挽と戦う武器になり得る


コクッ……


理夕は芳醇な香りに喉を鳴らす、 典柊の持つ警戒感も、 天机航会も、 自分よりも上位の神の事だろうと今はどうだっていい


この千年近く大切に使い、 知り尽くしたティーセットの様に、 彼と話した時に感じた初めての感情を、 理解して、 自分の物語に加えたい


ふふふっ………


「さぁ、 明山日暮さん、 私に見せて下さい、 私の信じた貴方の可能性を、 もっと、 もっと、 もっと、 もっと…… 私に、 全て見せて下さい………」


笑みを浮かべるだけで質問に答えなくなった理夕に、 典柊は唖然としたまま仕方なくその場を去った


一人残された理夕は、 カップに新たなお茶をつぎ、 明山日暮の戦いの続きを笑みを絶やさず傍観し続ける


日暮は………………


……………………………………………



……………………



……



………………冷たい


ほこり臭い、 もうずっと体が動いて無い、 血が止まった様に、 苦しい、 苦しい………………


ガギガガガッ……………


騒音か、 声か、 分からない、 耳に聞こえてくる、 分からない、 分からない、分からない………………………………


…………………………



…………


……一つだけ、 漸く分かった事が有る、 ここは広い屋敷の中だ、 一瞬見える景色はいつもちっとも変わらないが、 ここが西洋風のお屋敷と言った風な建物に酷似していると


単純な事はわかる、 例えばこの部屋は二階で、 部屋の外は吹き抜け、 下階から伸びる太い柱によって支えられている


下の階にほぼ人の出入りは無い、 人影は有るがそれは傀儡だろう、 虫やネズミの動く気配は良くあるが、 傀儡がその程度で動き出す気配は無い


だからよく調べられた、 意識の浮上する一瞬、 少しずつ少しずつ、 こちらを絶えず殺す傀儡は単純で、 こちらの動きにまるで気が付かない


だがら準備は出来た、 時間は掛かったが漸くこの状況を突破出来る………


その突破方法は…………


(……下階の柱をぶっ壊してこの部屋を盛大にぶっ壊してやるっ!)


この体は傷を受けても傷が再生する、 これはこの結界内に居るからの効果だろうか? なんにせよ大きく損傷したとして、 さしたる問題は無い


日暮の手には何度死んでも、 結局強く握ったまま、 結局最後までその刃を落とす事は出来なかった、 握られたナタ、 ナタから伸びる骨……


(……俺の傷が絶えず再生回数し続けるなら、 俺の肉体を骨に食わせ続ければ、 どんどんでかく、 どんどん長く……)


余りにも大胆だった、 日暮の腕から伸びる骨は地面を穿ち、 食い進む様に穴を開け、 這い、 既に下階の柱に巻き付いている


太い柱だ、 骨で締め付けるだけじゃ容易には壊れない、 だが、 もっと深く意識しろ、 もっと繋がりを、 いや、 この伸びる骨は自分だ、 自分の一部だ……


意識する、 その骨は日暮と繋がり、 日暮の血肉を吸い、 日暮を生かす、 骨は既に日暮と言う生き物を生かすのに必要なパーツとして脳が認識する


ならば…………


(……良いね、 ひとつになった、 よく意識出来る)


まるで伸ばした手の様に…… 日暮の能力、 その発動点は、 日暮の肉体からすぐ側に限定される


遠くに発動は出来ない、 おそらく発動出来て一メートルの範囲だろう、 だから手の届く範囲程の距離外では能力を発動出来ない………


今は違う、 この伸ばした骨がっ


ははっ


笑った、 内心だが、 漸く笑った、 長かった、 長い時間がかかったが、 漸く………



「ブレイング・バーストッ!!!」


ボォッ!!


……………ビギィッ!!!


柱に強く巻きついた骨から、 空気の圧、 ブレイング・バーストが発動、 圧縮された空気は逃げ場の無い抑圧された空間で、 脆い、 石材の柱を、 容易に破壊するっ!


………………


ッ、 ボガァアアアアアアアアアンッ!!!!!


下階で爆発音、 と同時に揺れ……


ゴゴゴゴゴォンッ!!! ……………


ドガァジャアアアアアアアアアンッ!!!!


………………………………



………


カランッ……………………


瓦礫が崩れ落ちる、 派手に倒壊した屋敷、 日暮の居た部屋なんて物じゃ無かった、 衝撃は周囲を巻き込んで付近が諸共崩れ落ちて砂煙を上げている


月だ、 月を見上げて居た、 夜だ………


………………はっ!


「ああああっ!! どうなった? ………生きてる、 いや、 また生かされたんだな………」


よいしょっ………


日暮は立ち上がり見渡す、 瓦礫塗れの街に背を向けてこちらに来たのに、 こちらで見るのがまたしても瓦礫とは……


ガガガガ………………


「………振動検知、 振動検知」


機械音を鳴らして同じ言葉を繰り返す声、 声のする方を見れば、 さっきまで日暮の事を殺して居た傀儡だ、 瓦礫に押し潰されて抜け出す気配は無い


「あはははははははははっ、 良いざまだぜくそロボット、 処刑人気取りが、 てめえなんざ地面を這ってゴミ取りしてるぐらいが丁度いいんだよゴミがっ!!」


はぁ…………………


日暮は息を付き、 無意識的にナタを構える、 急所を護るように…………



カァンッ!!


っ!


右手に衝撃、 構えたナタに弾かれ空を舞うナイフ、 その先にそれを投擲しただろう人影………


ああ、 漸く…………


「おでましだな、 獄路挽っ!」


はぁぁぁぁぁ…………………


深い息だった、 肺が腐って居るかの様な重苦しい息、 ローブを纏い、 深くフードを被っているが見れば分かる、 老人だ……


しわがれた声が、 乾燥した冬の様な冷たい温度で這いずる様に耳へ届く


「……やかましい、 屋敷をめちゃくちゃにしおって、 天閣の送り着けた刺客だからと、 必要以上に警戒したが、 お前弱い、 何もするなカスが………」


はははっ


「俺が弱い? そうだな弱いよ認める…… でも、 俺はずっと考えてた、 どうして傀儡に任せる限りで、 お前本体は一度も俺の前に姿を表さないのかと……」


やっぱり………


「お前、 もう正面きって戦える様な状態じゃないんだろ? そもそも、 だからこそ『魔王』の様な力を作った、 お前は見た目通りの枯れ枝、 クソジジイって訳だ!!」


日暮が叫ぶ、 日暮の鬱陶しい声が獄路挽の鼓膜を躊躇いなく揺らし、 深い皺が更に深く、 ビキビキと震える


キレてやがるっ


「……くだらん、 実にくだらん、 お前はやはりくだらない男だ、 『魔王』を介して見た時から考えは変わらない」



「あはははっ、 本当に下らない奴なら直ぐにでも忘れるんだよ…… そんなに俺が怖いのか? 老いぼれっ!」


ッ、 バッ!!


「羽虫同然っ! 鬱陶しいだけだっ!!」


獄路挽が腕を上げる、 まるで指揮者がタクトを振るう様に、 それは空中に描く陣の様な…………


「術は既に張り巡らされて居る! 死ね虫けらがァ!!!」


ドッ!! バキバキッ!!


空気が揺れる、 と同時に地面が揺れる、瓦礫の塊が膨張し、 太い杭の様に、 日暮に向けて打ち出されるッ


バンバンッ!!!


日暮は……………………………………


ザッ! …………バンッ!!


退屈だっ


「ノロマぁっ!!! 攻撃にもならねぇんだよォっ!!」


既に駆け出して居る、 獄路挽が照準を走る日暮へと合わせ………


遅い


「ブレイング・ブーストッ!!!」


ボガァアアアアアアンッ!!


踏み込み、 そして一瞬での接近、 今度は恐れる必要は無い、 振り上げたナタ、 月光を反射する刃が、 獄路挽の首をそくめんから…………


ッ、 グジャアアアアアンッ!!!


抉り切ったっ


……………………………


ボトッ……


落ちた首、 だが、 感覚が弱い、 これは……………


ボコボコボコ……………


「………私を殺したつもりかゴミムシ、 私を殺す事は出来ない、 この肉体は私であり私では無い」


傀儡、 無機質だった傀儡がひとつ、 音を立てて立ち上がり、 そこに獄路挽の意志が宿る


肉体の予備にすぎた無いのだ、 何時だって切り替えて、 そうすれば肉体のダメージも全て無くなる


「今回限りでは無いぞ? ほら、 よくその汚い目玉を開いて周りをよく見てみろ……」


……………………


日暮は視線だけで周りを見渡す、 前にも後ろにも横にも、 数百、 下手したら数千、 囲まれている、 屋敷にいた全ての傀儡が日暮を囲っている


それだけ肉体のストックが有ると言うこと、 壊しても壊してもキリが無い……


「この傀儡はほんの少しの術で絶えず呼び起こす事が可能、 いくら暴れ破壊した所で何も変わらない…… 理解したか? 振り出しだ」


そして……


「これで終わりだっ、 ゴーレム達に既に術を組ませてあるっ! 吹き飛べっ、 業魔度爆ごうまとばくっ!!」


っ……


地面から溢れんばかりのエネルギー、 足元が大爆破を起こす、 やばい、 能力のクールタイムがギリ間に合わない……


このままじゃ、 また意識を失い本当に振り出しに戻るっ………


日暮は、 強く歯を噛み合わせた、 それは一瞬後に襲い来る衝撃に備える様に…………


……………………………………



…………


暗観望測夜行百手あんかんぼうそくよこうひゃって、 手刀陣・逆さ楼塔ろうとうっ!!」



ドグジャアッ、 ドジャッ、 ドジャァアアンッ!!!


……………………………っ


穿つ様な音、 薄目で見た、 空から降り注ぐそれは、 百本の………


(………手? これは…………)


バサンッ! バサンッ! …………………


羽ばたき…………


「複数体のゴーレムで術を組むことのメリットは、 単体ごとの操作を単純にし、 数の分だけ威力を増す事…… デメリットは、 数体破壊されるだけで術が中断される事だっ」


この声は……………


「はははっ!! 派手にやって居るじゃ無いかッ、 日暮っ!! 我も混ぜろっ!!」


っ!


暗底公狼狽あんていこうろうばい…… クソ鳥頭っ!!」


日暮は叫びながら目を見開いた、 有り得ない、 空を飛ぶ、 その姿は、 正に、 日暮の始まりの戦い、 ココメリコ上空で打ち倒した、 あの強い羽ばたき、 そのままだ………


何故……………


「何故ッ、 何故貴様がこんな所に居るッ、 何故だッ、 暗底公狼狽ッ!!」


獄路挽が叫ぶ、 その顔には驚きを煮詰めた様な酷い顔をしていた、 まるで予想外、 それは日暮も同じだった


「ん~? ははっ、 簡単だよ…… 我の肉体、 細胞は特別なんだ、 よく分かって居るだろ獄路挽?」


確かに……


「我は異世界にて死んだ、 日暮との戦いで弱り、 『魔王』によって消し飛ばされ消滅した、 『魔王』を通してお前もそれを知っていた…… だが情報が古いね、 頑固なお前には酷な程に……」


バサンッ!!


暗底公狼狽が羽を広げる、 抜けた羽がヒラヒラと落ち、 地面へ落ちる……


「我の細胞は特別、 敵の肉体を食い、 取り込む、 取り込んだ物を我とする…… 確かに我は死んだ、 肉体の一ミリも残っては居なかった」


だが……


「それはあくまでもあの世界には…… こちらの世界で我は長い事空を舞い戦って来たんだよ? その差中、 羽が抜け、 血が地面を打ち、 皮膚がこべり着く、 そんな戦いをして来たんだよ?」


一定の肉体のある所に意志は宿る、 そして細胞の特徴として、 肉体を生かす為に移動し、 最も大きな塊へと寄せ集まりひとつになる


「植物を取り込み綿毛として飛んだり、 動物に寄生して利用したり…… 最も我の細胞が有るのは、 我の巣だ、 我の巣には一定の肉体と言うやつが、 寄せ集まり出来上がっていた」


後は意志……


「獄路挽、 君は知らないだろうけど、 『魔王』との最終決戦で我の意識を一時的に復活させた者が居てね、 そのまま消えるのが当然の吹いたら飛ぶ様な意識さ…… それでも、 日暮はこの世界を選んだ」


意志がこの世界に触れた時、 肉体に意志が引っ張られる様に、 小さな燃えカスのようだった暗底公狼狽の意志は、 巣に横たわる肉体に宿った………


「要は、 完全復活と言う奴だよ、 残念だったね、 漸く目の上のたんこぶが取れたと思ったのに、 また同じ所に出来てしまうなんて厄介な…… あははっ」


獄路挽はワナワナと震えている


「我が死んで小躍りしてただろ? 自分の研究のタブー、 失敗作にして、 自分が最も恐れる存在となった我が、 こうして目の前に、 邂逅を果たしたのだから獄路挽っ」



暗底公狼狽は笑う


「我の両親は虎とタコの脅威の組み合わせだが、 遺伝子や、 細胞の強さ程度でその間に子が生まれるはずは無い…… 裏で手引きした者がいた…… それが獄路挽だ」


「要は我は、 奴が生み出したキメラ生物という訳だよ…… だが残念な事に制御出来なかった、 その上、 恐れていた事に、 こうして牙を剥いたのだから、 悪夢と言う奴かな?」


暗底公狼狽のそれは嘲りだった、 獄路挽は過去を恨む、 世界の法に抗った研究の失敗が今、 首元に刃を向けている……


「…………くだらん、 だとしても、 くだらんぞっ! 何が変わる訳ではないっ! この状況っ! 手数はこちらが勝っている、 お前らの負け…………」


うるせぇ、 もう話を聴く気は無いっ!


「ブレイング・バーストっ!!」


遮る様に叫ぶ、 そして更に踏み込むッ!


バッ!!


「ぶったギレろっ!! 牙龍っ!!」


グジャアアアアンッ!!!


振るったナタが傀儡を胴体ごと切り飛ばす、 口火を切った、 後は言葉なんて必要無い、 もう大丈夫、 戦えるっ


「はははっ! またお前と肩並べて戦えるなんて夢にも思わなかったよ鳥頭っ!!」


にや


「我もだ、 日暮っ!! 獄路挽は個体として弱いっ! 完全に弱体化しているっ! 一体一体は弱いが、 複数体で放つ術は強力だ!」


「破壊しても直ぐに新しいのを補充して来るっ! だがそれはつまり、 ストックの底が着く事を恐れて居ると言うことだ!!」


ああ、 なるほどね…… つまり


「我々の攻撃が、 奴の補充速度を上回り、 そうして最後の一体を倒した時っ! 我々は獄路挽に勝利するっ!!」


良いね、 単純でっ!!


バンッ!!


更に蹴る、 新たな傀儡へと刃を振り上げるッ


「最後まで笑おうっ! 我々の意志が、 闘志がっ、 亜炎天あえんてんまだ辿り着くまでっ!!」


はははっ!


笑いが重なる、 波長が合う様に、 目的地を共にした仲間の様に、 互いの牙が重なる………


「喰らえっ、 牙龍っ!!」



「手刀陣・忌来切っ!!」


キィィィィンッ!!! ッ


ビジャアアアアアンッ!! グジャアアアアンッ!!!


日暮の、 暗底公狼狽の刃が重なる、 常夜の地、 逃げ場の無い結界の中、 日暮と、 暗底公狼狽と、 獄路挽


三者三様、 無限とも思える肉体の再生と、 時間、 弱さを見せたら負けの削り合い、 血みどろに溢れた殺し合い……


さぁ………


「まだまだこれからだっ! 戦いはっ!! あははははははっ!!!」


どちらの笑い声だったろうか、 月帝の見下ろす静寂の空を叩き割る様な叫びと狂乱に酔った笑い声が、 存在証明を刻み付ける様に、 新たな風が吹くこの世界に響き渡った

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