第百四十一話…… 『最終章、 下編・終劇』
今回のお話は少し長めです、 お茶でも一杯飲みながらゆっくりと読んで頂けたら幸いです。
……白い光を見た、 気がした……
閉ざされた病室を流れ、 カーテンを翻す様な風が一瞬吹いて、 白い光はベッドに横たわる彼女を優しく撫でる
私は目を大きく開いて驚いた、 未だに目が腫れて、 涙が止まらない、 兄に、 彼女の様子を見ていて欲しいと頼まれ、 私はここに居た
でも兄は間に合わなかった、 私は震える手で無線機を取り、 兄へと電波を繋いだ、 不安だった……
彼女が亡くなって、 そこまで関係が深く合った訳では無いが、 兄にとってはとても大切な人で、 別に私に何が出来る訳では無いが、 この報告をする事が兄にとってどんな想いをさせるのか不安だった
兄は、 消え入りそうな声と、 破裂の様な重い咳を繰り返し、 短く礼を伝えた、 ほんの少し私に言葉を言った後から、 通信は途絶えて居る
………私は、 その場から動けなかった、 医者は彼女の命の終わりを告げるとせせこましく次の患者の元へと向かって行った、 ただこの部屋に立ち込める重い静寂が肩にのしかかる
兄がどうなるのか、 送り出した時点でもしかしたら分かって居たのかもしれない、 私が知らないだけで、 これはそう言う戦い何だ……
後悔を重ねたって仕方が無い、 私はまた一人になってしまった、 父も、 母も、 兄も、 もう……… 私は………………
そんな暗い感情、 目の前の綺麗な屍、 呼吸すら億劫な倦怠感、 痛く、 熱を持った瞼をこじ開けて、 涙がボタボタと溢れる、 もう、 何をしたら良いのか分からなかった…………
………
……白い光を見た、 気がした……
そんな暗い方へとただ落ちて行く様だった私の横をすり抜け、 不意に吹いた春の風の様に綺麗な光が、 視界をくすぐった、 何か、 詰まっていた物が抜けた様に、 喉のつっかえが取れたように、 久しぶりに大きく息を吸った
言葉も出なかった、 ただ呆気に取られた様にぼうっとその光を見ていた、 光はベッドの上の彼女に優しく寄り添い、 触れた………………………
……………
っ
「…………あれ? え? ………あれ?」
光……… いや、 彼女……………
?
「…………彼女って、 誰だっけ」
一瞬前の事が、 まるで空白になった様に思い出せない、 私は何かを悲しみ、 何かに絶望し、 そして、 何かに驚いた……
目をひっきりなく動かしても変わらない、 目の前に有るのは、 シーツの崩れた空のベッドだけだ
まるで、 今まで誰かが眠って居た様な温もりを持ったベッド、 でもそんな記憶は存在しない……
私は……………
「……何を、 してたんだっけ……」
手に触れる硬質な触感、 無線機、 この無線機は木葉鉢朱練から連絡をする為に渡された物だ……
……………連絡?
……誰に?
「………私は、 明山茜…… お父さんと、 お母さんと………………………」
ジジッ……
………
『……茜、 お前は、 自慢の………』
ジジッ…… ジジジジジッ………
…………………………………
あれ?
「………思い、 出せない…………………」
目の前から何かが消えて、 私の心の、 記憶の深い所から何かが大切な物が、 ぼっかりと消えて無くなってしまった感覚
何かが、 連れ去ってしまった、 思い出せない、 何だ、 私は何を………
……………………………………………………
……………………………
………
…………………漸く、 見えた
白神・白従腱挺邪の根城の洞窟、 白神と、 少女、 日暮と、 そして私……
その四人でこの洞窟にて邂逅した、 私は日暮のリュックから顔を出し、 ここまでやって来た
そして、 今やここが、 『魔王』との最終決戦場なのだと聞く、 私は、 結局この世界に飛ばされてから何もかも中途半端だ
初めから何か多くの事が出来る体、 種族でも無いが、 私には力が合った、 しかし、 その力を振るえる瞬間と言うのは、 何時だって日暮、 お前が隣に居た時だった……
目の前の洞窟、 そのボッカリと空いた大口から、 空気を押し、 激しい轟音の応酬と、 地面の震えが聞こえる
この洞窟は、 もう間もなく崩れる、 だからこそ、 この瞬間で、 私がここに間に合って良かった……
(……日暮、 お前は私の目的に協力してくれた…… そのお返しをまだしていなかったな)
ッ、 ドガァアアアアンッ!!
崩れ落ちる洞窟、 彼はその低い視点から、 地を伝い、 今にも崩れ落ちる洞窟の情報を書き換える……
『箱』をイメージ……
「築工作書本・岩積箱」
小さな体だった、 灰甲種の櫓、 聖樹の苗木に弟を蝕まれ、 その弟を自身の力で屠る覚悟を決めた
聖樹討伐戦の際、 日暮と並んで戦い、 悪しき聖樹の苗木を討ち、 この街に平穏を齎した、 藍木と、 甘樹の繋がりを作った戦い、 それを導いた者の一人だ………
……ゴゴゴゴゴッ! ゴゴォンッ!!
直ぐに地鳴りの様な音がして、 創造の力が発動する、 洞窟全体を揺らし、 崩し、 新たに別の者へと作り替える
ゴォゴゴゴッ!! ………………………
やがて地鳴りは止まる、 レンガのような、 石垣の様な、 揺れ砕けた岩が積み上がり、 箱、 まるで石造りの神殿のようになる
築工作書本によって造られた建造物の形は、 創作者のイメージによる、 だがこの時、 不思議な事に出来上がった目の前の岩の箱の形は、 櫓の想像の範囲内から全く逸脱していた、 こういった現象は数度記憶にある
こういった場合、 櫓のイメージでは無い、 全く別の、 しかも上位存在からのの介入が有り得る、 この能力は度々そういった者達の依代となる事が有るのだ
(……このタイミングで介入されただと? 何か大きな意味合いを感じ………)
っ
不意に、 視界の端を、 一陣の風が吹く様に、 通り抜けた……
白い光…………
光は、 まるで神殿の様な形をとった目の前の建造物へと入って行く、 櫓は動けなかった、 立ち入り禁止と書かれた立て看板がある様に、 一歩も踏み出せなかった
光の招待は凡そ予想が付いた、 あれは……
(……天閣だとっ!? まさか直接介入するつもりかっ、 どうなっている、 彼は………………)
……………彼?
っ……
思い出せない、 自分は何かの為に、 誰かの為にここに居る、 共に戦った筈だ、 断片的に、 彼と並んだ姿が頭に…………
ジジッ……
まるで黒く塗り潰された様に、 その顔から黒が、 煤の様な黒が彼を覆って消えてしまう………
……………………
遂に櫓は何もかも、 光の事さえ分からず、 大口を開けた神殿を前にして一歩も動けず唖然と立ち尽くすだけだった………
………………………………………
………………………
……
目を瞑って居た、 気が付けば手には、 雪ちゃんの小さな手が強く握られて居て、 今となっては、 果たして、 彼女が差し出したのか、 日暮が取ったのかは思い出せない
まるで、 走馬灯が走る様に、 一瞬が永遠に引き伸ばされると言う奴だろうか、 どれだけ覚悟を決めたは良いが、 待てども待てども降り注ぐ瓦礫の衝撃は無かった
今に来る、 今に来る、 瞑る目と、 握る手が無意識的に強くなり……… 不意に、 違和感を感じる……
(……………あれ? 地響きと揺れが、 止まってる?)
………………
日暮は決心を決めて、 ゆっくりと瞼を開ける、 目に見えるのは一瞬後に襲う瓦礫の塊だ…………
と、 思ったのだが
……………?
あれ?
空洞、 ただ広い空洞に、 日暮は居た、 崩れた岩の痕跡も無い、 違和感しか無かった、 全くさっきまでと景色が違う
遺跡の中の様な、 石垣の様に積み上げられた建造物の中に、 それでも面影を残す様に、 光るクリスタルが覗き、 内部を淡く照らしている
(………これが死後なのか? こんな感じなのか? なら、 ここが、 亜炎天?)
いや、 そんな訳が無い、 手に伝わる少女の熱、 そちらを見れば、 日暮と同じ様に、 彼女も目を硬く瞑っていた……
「……………雪ちゃん、 これ」
?
彼女が恐る恐ると言った風に瞼を開ける、 その震えた睫毛が花の様に開かれると、 彼女は首を傾げた
「………? あれ? どうして……」
訳も分からず、 日暮と雪ちゃんは目を合わせたまま固まった、 だが、 そんな沈黙を破る様に、 日暮の視界が捉えた……
白い光………
っ……
もう間もなく死ぬ肉体とは言え、 それでも生きた生存本能が、 光を見た途端警戒感を示す、 本能が言っている
あれは、 全く格の違う存在だと…………
言葉を失っていた、 光はフワフワと漂うと、 ある地点で止まる、 こちらを見た、 ただの光だが、 そう思った……
………ガッ
…………………ガガガガガッ …………
ガチャンッ……………
何か、 レバーを下ろしたような音が聞こえた、 情報が書き換わった、 存在を更に内側を、 あの光が改変している、 まるで領域術の様に…………
ッ
バァアアアアンッ!!!!! ……………
っ!?
……………………………
光が弾けた、 眩しい程に、 でも目が痛くない、 寧ろ優しい光で、 驚きの連続なのに、 声も出なくて………
閉じた目をもう一度開けた時、 日暮は今度こそ自分の目を疑った、 本当に死んでしまったかと錯覚した、 今度、 見た景色は……
混じりの無い、 ただ白、 一色の空間だった、 どんな色もそこには無い、 今までに見たどんな白よりも白い空間……
「………………は?」
思わず声が出ていた、 隣の雪ちゃんも驚いてやはり固まっていた、 もう頭が追い付かない、 本当だったら今頃死んでいる所だった筈……………
………スッ
布が擦れる様な音が聞こえた、 優美な音だ、 日暮も、 雪ちゃんも一瞬で視線を奪われた、 その方向には、 いつの間にやら、 一人の女性が立っていた
っ …………
綺麗だった、 神話に出てくる、 天使や、 女神様を想像する様な、 そんな立ち姿で、 一瞬で心を奪われ、 同時に同じだけの警戒感が沸いた
ふっ
彼女が笑う、 今までに見たどんな芸術よりも綺麗で、 夕焼けや、 星空、 紅葉や、 海原、 そういった神聖さを秘めていた
彼女が口を開く、 すっと耳に入った、 清らかな水のせせらぎのような声が、 耳の傍で、 とくとくと鳴った……
「……こんにちは、 明山日暮さん、 眉葉雪さん…… 今日、 この場で、 こうして会う事が叶って、 とても嬉しく思います」
っ………
名前を呼ばれたと言う事が、 何を意味するのか、 息が詰まる程に苦しい、 勝手に湧き出す喜びの様な感情を必死に叩いて隠す
「……あら、 申し訳ありません…… 人様達には、 私達の纏う、 『天閣』の威光が苦しく感じると聞きます…… 突然の事で驚いて居るのでしょう、 どうぞ深呼吸をして……」
っ、 はぁ…… はっ、 はぁ………
気が付かなかった、 自分は息を止めていたんだ、 許されて、 初めて呼吸をした、 荒い息が整っていく……
隣を見れば、 雪ちゃんも震えて居た、 しっかりしろ、 いつまで這いつくばって居るつもりだ、 どんな状況でも立てっ
うっ…… っ!
何とか体を起こす、 まるで重力に押し付けられる様な体を起こす、 何とか、 何とかあの訳の分からない女を…………
………………
っ
「……大丈夫ですか? ゆっくりで構いませんよ、 そう、 力を抜いて、 ゆっくり呼吸をして、 ………そう」
無理やりに起こして居た体を、 女が触れて、 日暮を介護する様にその背に手を回し、 介抱してくれていた、 日暮はそちらを向く事も出来なかった
いつだ? いつ近ずいた? いつの間にこの距離まで近付かれた? 見えなかった、 知覚出来なかった、 日暮の中に有るどんな物も、 その動きを感じる事が出来なかった
「よぃしょ………… はい、 辛いだろうに、 申し訳ありません…… うん、 随分無理を成されましたね、 肉体がもう、 死を認識し始めて居る」
それに………
「ふふっ、 あら、 どうやら懐かしい、 和蔵ちゃん、 お久しぶりです……」
………………スタッ
和蔵の名を呼んで、 女性が振り返った方から足音が聞こえる、 そこには日暮の内側、 魂にて暮らす『天閣』の一柱、 和蔵が立っていた……
彼女は、 再会を喜ぶでも、 拒絶するでも無い、 そこまで感情の無い顔をしてから口を開く
「……久しぶり、 理夕、 君があの世界の神だったんだね、 うん、 君は神らしい神だ、 世界を統括するには適しているだろうね」
ふふっ
理夕と呼ばれた、 突然現れた白い光の女性は小さく笑う、 何となく理解して来た、 以前聞いた話を元に考察すると、 二人とも『天閣』と言う存在で、 有り体言えば神なのだ
「あら、 これでも大変なんですよ、 特に、 私の管理する世界には獄路挽が居ますからね、 天閣からの追放を受け、 落ちた先の世で、 あの老体の起こした惨劇…… 事の顛末が今、 正に彼等の行く末となった……」
優しい顔、 そして何処か申し訳なさそうな顔をしている、 優しい、 母親の様な熱で、 日暮を、 雪ちゃんを撫でる
っ………
気恥しさよりも、 恐ろしさの方が勝った、 全身の痛みが急激に引いてきたからだ、 これは、 まさか……
「痛いの痛いの飛んで行け~ ふふっ、 どうです? 貴方の肉体は元通りに戻して起きました、 もう走ったり飛んだり、 勿論死も免れました」
…………!?
え?
もう死ぬ覚悟を決めていた、 どうしようも無いから死を認めていた、 にも関わらず………
(……俺は、 また生き残ったのか? 生かされたのか? ……………)
余りにも唐突だった、 唖然とする日暮から、 理夕は一歩距離を取り笑う
「うふふっ、 和蔵ちゃんが膨れて居るのでこれくらいで…… それは私からの貴方への報酬…… いえ、 恩返しでしょうか」
日暮は立ち上がり、 体を動かして見るが何の違和感も無い、 完全に傷も、 失った内蔵も、 左手も戻っていた……
そんな日暮の元へ和蔵が歩み寄る、 彼女は日暮の手を取り、 調べるように触れる……
「日暮、 大丈夫? ……肉体のダメージの方は心配無いよ、 彼女の使った治癒の力は生物的に違和感無く、 元の肉体に対してそれ以上でもそれ以下でも無い……」
それよりも……
「理夕、 私達が人間の、 しかも個人に対して必要以上に接触する事は余りにいい事じゃない、 分かってると思うけど、 その者の意志や、 魂にさえ鑑賞し、 運命の道程すらねじ曲げかねない」
「……えぇ、 分かって居ますよ和蔵ちゃん、 ですから、 これは一度きり、 本当に私から、 明山日暮さんへのささやかな恩返しなのですよ…… それに、 和蔵ちゃんだって彼が死ななくて嬉しいでしょう?」
はぁ………
和蔵が頭に手を当てる
「……理夕は、 またそうやって…… でも、 助かったよ、 これで私も、 まだ日暮と一緒に居られるから…… ね?」
和蔵がこちらを見て笑いかける、 よく分からないが、 やはり自分は生き残ったらしい、 この道程は、 まだまだ先へと続くのだ……
そうなったならば、 やはり希望が、 未来に対しての希望が、 光が見えて来る、 これから先の、 どんな景色も、 どんな選択も、 人生のどんな場面も……
(……きっと、 俺なら楽しんで歩める)
日暮は拳を握り前を向いた
「えっと、 ありがとうございました、 助けていただいて…… 貴方が来なかったら俺達二人、 洞窟由来の墓石の下でしたよ、 あはは……」
理夕は日暮に微笑む
「いいえ、 感謝をしたいのはこちらの方です、 だって、 貴方のおかげで、 『魔王』を回収できましたから、 獄路挽の最強の手札を手に出来た、 これはとても大きな事です」
そうか、 ナハトの作戦道り、 異世界で、 しかも『勇者』によって倒されなかった『魔王』は漂い、 そして目の前の理夕が回収してくれたのだ……
「……彼女は、 『魔王』はどうなるんですか? 」
日暮は咄嗟に質問していた、 彼女の処遇を考えればまず何のお咎めも無いとは思えない、 今までのあの力は多くの命を奪い、 混沌を呼んできた
だが、 日暮の今の思いは、 そういった背景や、 日暮が魔王から受けた多くの出来事に対する悪印象を、 今回の戦いによって超えた
かわいそうだと思った……
「………ふふっ、 成程、 貴方の想いは分かりました、 それが判決に左右する訳では有りませんが、 貴方の心配する様な決定にはならないと言っておきましょう」
それは………
「彼女には明確な意思がありますから、 獄路挽との繋がりをこちらで完全に切除した後は自由に、 離してあげますよ」
そんな魚の放流みたいな………
「ふふっ、 そんな感じです、 ご存知ですか? 魂の流れには意思が有りますが、 『魔王』と言う力の形は人の内側に入る特性を鑑みても、 魂の形によく似ているんです」
?
「『魔王』も、 元は何らかの形で獄路挽が手に入れた魂、 又は類似品と言う事でしょう、 ですから、 彼女の処遇はこうです、 悪い膿を全部出したら、 人間の魂の圏域に送り静かに人として生きてもらいます」
人として…………
「生きる事は簡単ではありません、 今まで自分が奪ってきた命も確かに生きていた、 その実感を持って初めて罪の意識を持ち彼女を裁くことが出来る、 チャンスでも有ります、 それを彼女が掴む事が出来るのならですが」
日暮は頷く
「そっか、 良かったよ、 あいつはただ、 何も知らなかった、 知らなかっただけ何だよ……」
そうなれば、 後は最も大切な事だ、 『魔王』は回収された、 ならばその根源……
「獄路挽はどうなるんだ? ナハトの計画なら、 そっちはあんたがどうにかしてくれる予定何だけど……」
ナハトは言ってた、 『魔王』と、 獄路挽は魔力で繋がっている、 本来獄路挽が『魔王』を操る事で、 手足の様に扱って居るが、 ナハトの作戦によりそれを抜け出した
獄路挽の支配下にない『魔王』が暴れ、 魔力を使う、 その魔力は獄路挽と繋がっているので、 隠れ姿を表さない獄路挽を探すセンサーの様な役割を果たすと
そして、 それを天閣は認識し、 必ず、 混沌の根源、 獄路挽を探し、 打ち倒すと、 そうナハトは言っていた……
理夕は頷く
「……確かに、 勇者ナハトの無謀な作戦を、 それでも無駄にしないよう、 私は最善を尽くしました、 獄路挽の位置を割り出す事に成功しています」
後は、 叩くだけ…………
「……しかし、 相手はあの獄路挽です、 いざと言う時の為に張り巡らされた術式が多すぎます、 私は獄路挽よりも概念的にも弱いし、 借りれる手を使っても決定的では無い…… どうせならば逃がしたくは無い」
多くの犠牲を払った戦いの終わりだ、 絶対に失敗は許されない、 確実に獄路挽を打ち倒さなくてはいけない
「奴は劣勢になれば逃げる選択肢を容易に取る、 そして、 今度こそ、 探し出す事は不可能となる、 また、 別の地、 別の世界へと烈火が広がる可能性すらある」
これは一世界の問題では無い、 奴が『天閣』から追放された時点で、 全ての世界、 全ての神々、 全ての生命体に関係する事である
「……獄路挽は確実に倒します、 ですが力が必要になる、 奴を倒す事に適した力を開発しました、 それを持って奴の根城へと飛び込む、 そこに私供が強力な閉じ込める結界を張る」
つまり、 理夕やその仲間が、 獄路挽を閉じ込める結界を張り逃げれない様にする、 後方へ回る、 実際に戦うのは、 力を持つ物が正面から叩き潰すと……
(……随分と脳筋な戦法だな、 いや、 実際それが確実と言う訳なのだろうが……)
日暮は拳を握る…… だが、 理夕はそれを首を振り否定する、 その視線は、 日暮の隣で、 訳も分からず首を傾げるばかりの少女、 雪ちゃんへと向く
「……力を与えるのは彼女です」
………………?
言葉を理解出来ない日暮を置いて、 理夕は雪ちゃんの傍まで歩くと、 彼女に目線を合わせる
「眉葉雪ちゃん、 この力は貴方の為に作りました、 一時的とは言え『魔王』を肉体に宿して居た貴方には、 精密な魔力機構が構築されています、 この力を上手く扱える筈、 どうか、 獄路挽を倒してくださいませんか?」
今度こそ、 その笑顔が怖くなった、 何を言っているのか分かっているのか? まだ幼い少女に、 自身が語ったのだろう、 全ての世界に関わる責任、 最前で戦う者が、 雪ちゃんだと………
「ちょっと待ってくれ、 別に雪ちゃんである必要は無いだろ、 彼女には何の関係も……」
「………無い、 でしょうか?」
は?
「確かに、 何処にでも居る幼い少女、 この責任を彼女のみならず、 人様方に託す事自体心が痛む程です、 ですが、 関係が無いとは言えないでしょう? 彼女が適切でもある」
その言葉に驚く日暮と、 少し怯えた様な雪ちゃんを置き去りにして、 理夕は更に続ける
「だって彼女は魔王じゃないですか ……魔王とは、 果たして力の名前でしょうか? それともその地に混沌を呼ぶ者? 後者であった場合、 既に力を宿さずとも、 彼女自身が、 歴代の力を有した者達こそが、 魔王でしょう」
何を…… 言ってるんだ…………
「幼いと言うのは関係ない、 これは責任を負う者の選出です、 ね、 雪ちゃん、 貴方は魔王ではありませんか? 死んで行った人達を殺したのは『魔王』と言う力でしょうか?」
チッ
日暮は流石に看過できない、 舌打ちをし理夕へと一歩踏み出した………
……………………
ピンッ!
っ………
……………………何だ? 体が、 動かない……
「動かないで下さい、 明山日暮さん、 貴方はよくやってくれました、 私が肉体の再生と言う報酬を与えた程に…… ですが、 ここまでです、 貴方の戦いは終わりです……」
「関係無いのは貴方の方ですよ、 本来、 この物語に貴方と言う可能性はありませんでした、 貴方と言う登場人物は登場しませんでした、 とても感謝はしています、 ですが、 もう良いでしょう?」
すっ……
理夕が日暮から目線を外す、 そしてもう一度、 理夕は雪ちゃんを見る
「……きっとこの先、 貴方は苦しむ事になる、 自分が殺してしまった命を想い後悔する、 ですから、 これはチャンスです、 悪の根源を打ち倒し、 罪滅ぼしとしましょう…… これが、 貴方が、 貴方自身を許せる最後の手段です」
日暮は必死に体に力を込める、 まるで、 蚊帳の外、 対岸の火事、 日暮には関係無いと、 日暮の意思以外が言っている
ふざけるな………………
一歩も動けない日暮を他所に、 話は進んで行く、 まるでそれが決定事項であり、 とても魅力的で、 それ以外に無いと思わされる、 選択肢の無さ……
やめろ…………
雪ちゃんの顔を見る、 彼女は怯えの中に道を見つけた様な顔をした、 彼女は今、 自身を天秤に掛けている、 そしてその天秤は容易に傾くだろう、 彼女は選択する……
「……やります、 それが、 私に出来る唯一の償いなら、 この胸の苦しさが、 少しでも軽くなるなら……」
だめだ、 そんな理由で戦いを了承してはいけない、 言葉に責任が伴う、 その責任の大きさは戦いの大きさに比例し、 更に心は苦しく重くなる一方だ
どこまですれば許されるなんてそんな事は無い、 本当に許しを得たい人達はもう居ない、 優しい彼女は何をやっても自分を許せない
あの女はそれを分かってない、 人の心は機械じゃないんだ、 コマンド操作で変化する訳でも、 奴の意思に反したらバグな訳でもない、 辛くて、 苦しくて当たり前何だよ
生きるのは辛い事だ、 苦しい事だ、 打ちのめされ、 自身の歩んだ道、 選択を懐疑し、 深い後悔の海の底で、 水圧に潰されそうな程に苦し悶える事も時には有る
自分の意思では無かった、 でも手に残った感覚が、 人を殺したのだ張り付いて主張する、 同じだ、 同じ感覚を日暮だって知っている、 分かっている
どうにか、 許され、 楽になれるならば、 なんだってしたいと思う、 そして不意にその道が示された時、 容易に踏み出そうとしてしまう気持ちがよく分かる
でも、 違う、 違うんだ、 それは楽になりたいんじゃ無くて、 楽をしたいだけだ、 本当に許されたいなら楽な道を選ぶな、 責任に向き合って苦しめ
苦しんで苦しんで、 死ぬまで苦しんで、 絶対にその苦しみから目を逸らさず、 その手で殺めてしまった命の事を一時も忘れるな
一瞬でも長く生きて、 一瞬でも長く苦しんで、 許されるのはその後で良い、 死んだ後で、 その人達がその苦しみを見てくれていた時、 初めて許され、 自身を許して良いんだ
楽しようとするな、 受け入れるなっ!
………
……………そう言って、 雪ちゃんに伝えて、 本当に彼女の事を思うなら、 それこそ日暮の本心で、 それを伝える事で、 彼女の天秤を壊してあげられたかもしれない
のに……
日暮は、 言葉に詰まった、 声すら上手く出なかったが、 不格好でも叫ぶくらい出来た筈だ、 でもそれすら出来なかったのは
まだ幼い彼女に突き付けるには余りに残酷な言葉だと思ってしまった、 残酷な現実だと思ってしまった、 かっこつけた弱さが、 躊躇いが、 日暮を一歩引かせてしまった……
……不意に雪ちゃんと目が合う、 その目には、 覚悟が決まって、 天秤が落ち、 もう後戻りのできない道の歩に、 一歩目を投じる決意が見えた
日暮の中途半端な躊躇いが、 逆に彼女の背を押してしまった、 彼女は……
「……お兄さん ……大丈夫っ」
っ
やめろ、 やめろよ、 止まれ、 一歩踏み出せばもう本当に後戻りは出来ない、 行くな、 立ち止まれ、 立ち止まってくれ……
そんな日暮を他所に話は更に前へ進んで行く
「……ありがとうございます ……ではこの力を、 眉葉雪ちゃん、 貴方へ」
理夕は掌に、 いつの間にか光る球を持っており、 それを雪ちゃんへと手渡す、 雪ちゃんはその光に一瞬目を閉じて、 受け取る前に口を開いた
「その前にお願いを聞いて……」
理夕は頷く
「……今回の、 モンスターが世界にやって来たり、 魔王が…… 私が暴れたりして亡くなった人を、 全員生き返らせて欲しい」
理夕は首を横に振る
「それは不可能な願いです、 死は特別ではありません、 どんな形でも、 死は死、 死した命から魂は抜け、 既に魂の圏域で再配分されています、 死した人は元には戻らない……」
ですが……
「魂が『魔王』の力によって保存、 固定されている物に関しては話は別です、 所謂、 死者蘇生の力、 魔国式結界・炳霊咖彩によって触れられた魂は、 『魔王』回収時に、 共に回収、 まだ私の手元に有る状態……」
「その人達なら生き返らせれますよ…… その中に、 彼、 明山日暮さんのご両親も混じっています…… 生き返りますよご両親は」
ほんの少しだけ、 こちらにも声を届ける、 この言葉は、 日暮にとっても、 雪ちゃんにとっても希望となる、 更に踏み出す為の希望に……
やめろ………
『会いたい』 『会って謝りたい』 『もう一度話がしたい』 『父と、 母と、 妹と、 下らない話がしたい』…………
っ、 黙れ
内から湧いてくる、 違う、 そんなのは希望でも何でもない、 死んだ人間が生き返るのはおかしいんだって言ってるだろ………
そんな日暮の耳を通り、 更に心を擽る言葉が聞こえる……
「……その中に、 フーは居る?」
「居ませんよ」
っ ……………………………………………
居ないのかよ………… そんな落胆が急激に湧いて来た、 そんなに期待してたのかよ……
「……フーも、 生き返らせられない?」
…………………
「……いいえ、 そもそも彼女は死んで居ません、 勘違いで殺してはいけませんよ」
………………っ!?
耳を疑った、 雪ちゃんも驚いて居る様だが、 理夕はこう続ける
「私はこの世界、 この街を覆う結界を構築し被害の拡大を抑え閉じめ込めた、 認識阻害の力により他所からの介入も同時に不可能となりましたが、 融通の効かない物でして、 私自身も介入出来なかった」
「介入には結界の解除が必要で、 それ自体は何時でも可能でした、 しかし、 根源となる『魔王』を中に閉じ込める結界ですから、 魔王討伐前に解除しては意味が無い」
「ですが、 先程魔王は倒された、 私は結界を解除し、 今こうしてここに来たのです、 その際にフーリカ・サヌカさんも回収して居ます」
…………いや、 いやそもそも、 フーリカは死んだ筈………
「いいえ、 人は死の定義を心臓の鼓動の有無で確認します、 それは殆ど正しいですが、 私達からしたら、 命とは、 もう少しだけ生きている物です、 言うなれば、 命の炎の、 その余熱……」
それで充分……
「そこから生き返る事はほぼ無く、 死への最後の一歩である事は確かですし、 医療でどうこうなる物ではありませんが、 私達はそれをまだ生きていると定義しますし、 力を使えばそこからの再生も可能です」
「……そういう意味では、 明山日暮さん、 貴方は間に合ったんですよ、 『魔王』を倒し、 魔力傷の効果の消滅、 そして今言った様に私による介入、 だからこそ貴方はよくやったと、 私は言うのです」
ぁぁ……………
信じられない、 フーリカが死んだ時点で、 日暮は一度戦う理由を喪失し、 死を連想した、 でも……
間に合った、 そう言われれば……
っ
(……諦めなくて良かったっ)
日暮は拳を握る……
「……わかった、 それでいい、 ありがとうお兄さんももう辛く無さそう、 だから、 その力を私に」
雪ちゃんの言葉に日暮は、 はっとした様に顔を上げる、 だが言葉を発する前に、 余りにも簡単に、 余りにも呆気なく……
すん……
差し出された力、 光の球は雪ちゃんへとすんなりと、 なんの抵抗感もなく、 入って行った………
あっ……………
「……はい、 これで眉葉雪さん、 貴方に力が宿りました、 この力は私が、 貴方専用に作った力、 初めから貴方にしか扱えない代物です」
まるで言い訳を与える様な言い口だった、 だから仕方ないと、 そう思えと暗に言われているのだと気がついた……
「この力があれば絶対に…… その獄路挽? って人に勝てるの? 逃げられたりしない?」
「逃げる事は不可能です、 そういう結界を張りますから、 隠れる事もしないでしょう、 勝率は九十九・九パーセントと言う所でしょうか? ほぼ勝てます」
……
「………もし負けたら?」
「大丈夫です、 力は成長し続けます、 やられても何度でも立ち上がって挑み続けて下さい、 そうすればいつかは勝てます ……万が一、 諦める事さえしなければ…… ですが」
……は?
日暮は耳を疑った、 ちょっと待て、 そんなのって有るか? そんな食器洗剤のCMじゃないんだから ……これは絶対に勝てる戦いじゃ無いのか………
「絶対に勝てる戦いなんて無いですよ、 よく分かって居るでしょう? ……でも、 限りなくそれに近い、 いつかは勝てます」
「私達も直ぐには勝てると思って居ません、 最初は手痛くやられるでしょう、 辛く苦しい思いもします、 ですが諦めず挑み続けて下さい、 大丈夫、 獄路挽は逃げられません」
「少しだけ長期の戦いになると言うだけです、 九十九・九パーセントと言う値も、 大体百年の時を要して達する域であり、 それよりもうんと早い可能性もありますから」
こいつ………
現実が残酷なんて、 そんなレベルじゃ無かった、 こいつらは、 人間には残酷過ぎるほどに、 感覚がズレてやがるっ
にこにこと変わらない優しさの有る笑顔で語る異常、 雪ちゃんも決意の表情が崩れる程、 そうだ、 戦いは残酷な物だ、 きっと彼女はもっと簡単な物だと勘違いしていたんだ……
「安心して下さい、 結界の中でおばあちゃんになってしまう様な事はありません、 能力がある程度の傷も半永久的に回復してくれるし、 後は心さえ強く持ってくれれば絶対に勝てます」
「心が折れそうになった時は、 大切な人の顔や、 会いたい人の事を思い出して下さい、 力が湧いてきますから」
要は自分が戦っている理由を思い出せと、 償いも、 罪滅ぼしも、 達し無くては得られない物で、 自分が選んだ選択で、 そこにのしかかる責任で
逃げられないのは獄路挽じゃない、 寧ろ背負わされ戦いに向かう彼女こそ、 後ろでベッタリと監視され、 背を向ければ押され、 逃げる事が出来ない
「……これは本当に誰でも出来る事じゃ無いんですよ、 最も獄路挽を倒すのに高い確率なのです ……例えば、 明山日暮さんが貴方の代わりに戦いに向かえば、 獄路挽に勝てる確率は万に一つも無いでしょう」
「どれだけ時間がかかっても勝てない、 明山日暮さんは獄路挽に疎まれて居るでしょうから、 それはもう苦しむ事になる、 九十九・九パーセントと、 万に一つ、 雲泥の差でしょう?」
貴方が戦わなければ…………
……容易だった、 どんな決意の、 どんな覚悟を経ても、 彼女の選択は考え無しだったと言わざるを得ない……
……………
スッ
理夕が彼方を指差す………
「さぁ、 あちらに扉が見えますね? あの扉の向こうが、 獄路挽の居所です、 力は渡しました、 後ろも任せて下さい」
さぁ
「お行きなさい、 振り返らず、 真っ直ぐに……」
っ……
雪ちゃんの手足が小さく震える、 それは恐怖だ、 でも、 一歩、 更に一歩、 止まることは許されて居ない、 震える足で歩んでいく
その姿は正に、 断頭台へと向かっていく、 希望有る戦いとは思えない、 何処に希望も無く、 のしかかる重さ、 歩幅を精一杯に狭くしても、 直ぐにたどり着く……
だから…………………
(……やめろって ……………)
何で言えなかったんだっ……… もう手を伸ばしても遅い、 届かない、 もう何もしてあげられない
日暮は、 この物語に必要無い……………
スッ………
理夕が雪ちゃんの進む道と真逆の道を指し示す、 ようやく日暮を見た
「明山日暮さん、 貴方はあの扉を通って下さい、 ついさっきまで居たあの形を変えた洞窟に出ます、 帰りを待っている人達、 妹さん、 そして、 ご両親も待っています」
二人は、 死んだんだ…………
「大丈夫です、 記憶の齟齬や矛盾は、 私が少しだけ手を加え違和感なく繋げます ……その過程で貴方は雪ちゃんの事を忘れてしまう、 誰の記憶からも彼女は消えてしまう…… ですが、 これが最も綺麗なストーリーです」
物語…… 『物語』の神、 『運命』の眷属、 彼女は物語描くのが好きだ、 ハッピーエンドも、 バッドエンドも、 バランス良く、 全てに救いが有り、 全てに報いが有る
バランスの良い世界、 美しい時の流れと、 清らかなシナリオ…… 彼女は既にそれを書き終えて居る
もう、 覆りようも無い……………
「日暮、 行こっか」
ずっと無言だった和蔵が日暮の背を押す、 日暮は抵抗することなく一歩踏み出した………
果たしてこれが………
「……正しいのか?」
「…………ごめん日暮、 少なくともここでは、 正しいよ、 ルールを作るのは彼女だ」
なんて事ない事だ、 そこには意味が有る、 責任を果たしに彼女は反対を目指す、 戦いの結末を見届けに日暮は現世へと戻る
ここまでだ、 日暮の戦いは…………
………そうだな
(……両親にあったら何て謝るか考えとくか…………)
日暮は目を逸らす様に、 示された道を、 一歩、 踏み出した……………
…………………
これが物語で、 もしこれが映画だったなら、 今、 エンドロールが流れ出す……
~ これにて、 この物語はお終いだ、 悪は裁きを受け、 戦った者には報酬と未来が約束された
突如として始まった明山日暮の長く短い戦いのストーリーもこうして完結である
だが、 彼の人生はまだまだ続く、 やり残した事、 帰りを待つ人々、 彼がこれから歩んで行く道程で出会う数々の困難と選択
語られる事の無いその軌跡は、 後は皆の思いに委ねよう、 彼の事を好いたなら、 いい感じに、 嫌いなら最悪な人生を想定して、 見えない所で物語は続いていく
だがこのお話はこれでお終い、 挨拶の時だ、 お別れでは無い、 また何かの形できっと出会う
だから言葉は、 さようならでは無く……
またね
と言おう………………………………………………
……………………………………………
……………
………………………………………………………
ほんの少しだけ
ほんの少しだけ時間が有るのなら、 足を止めて、 一言だけ言っていいのなら…………
……………………………………
タッ ……
「……日暮?」
日暮は足を止めた、 やっぱりどうしても引っかかって、 一言言わずにはいられない
振り返ると、 笑顔で手を振る監督気取りに、 日暮は一発で喉を潰す程に腹を使わない、 濁音だらけの大声で叫んだ
っ
「クッソつまんねぇええええええっ!!!!」
ぇぇぇぇ……………………
白い空間に木霊した日暮の声に、 監督もどきの顔にヒビが入る、 遠くで彼女も足を止めた
やっぱりだめだ、 どうしてもだめだ、 面白くない、 ちっとも面白くないっ
「おいクソ神、 てめぇ監督降りろ、 才能ねぇんだよ、 気取りやがって、 評価の伸びねぇネット小説家かよ、 誰に向けて書いてだてめぇは、 アぁっ?」
ズカズカッ
日暮は示された道程を、 描かれたストーリーを無視し、 それを書いた者を冒涜する様にその道を戻る
「ひっ、 日暮っ! …………はぁ、 こうなったら止まらないよね……」
背後で和蔵が頭に手を当てる、 いいね、 流石、 よくわかってるじゃん
仏の顔が、 天然から貼り付けた様な物へと豹変して行く、 女神も怒るんだな~
「……明山日暮さん、 どうされました? 進む道は逆方向ですよ ……それとも、 雪ちゃんを止めに向かうつもりですか?」
日暮は一歩、 遮る様に前に出る理夕へと向く、 気が付いたら恐怖はどこへやら、 やっぱ叫ぶって大事だ、 証明だ、 関係の無いストーリーを横からぶっ壊す、 存在証明
「……雪ちゃんの所に向かう前に、 まずは監督、 お前だ、 俺はお前に文句を言いに戻ってきた」
「…………? 文句ですか? 生憎、 監督は文句を言われる箇所が思い付きません、 何処ですか? この完璧なストーリーの何処に……」
ストーリーね………
「そうだな、 第一に面白くない、 これを面白いと思ってるなら、 それ、 書けた気になって一人でニヤニヤしちゃってるだけだから、 本当にネット小説家ならそれで良いけど、 人の意思に関わる運命を描いてるって言うならやっぱり笑えない」
………………………
「……別に私は遊びでやっている訳ではありませんが? 流石に頭に来ます、 こんなに頭に来るのは何千年ぶりでしょうか? 戻ってこなければ全部綺麗に終わったのに、 台無し」
アホくさ
日暮は笑う、 心底嘲笑う様に、 ならもっと怒らせようの精神で、 逆撫でする様に笑う
「ぁはははっ、 っ、 ひっ、 ははははっ、 くっだらねぇ~ 綺麗な物語にしたいなら初めからそう作れ、 お前がやってんのは汚い色の上に、 隠す様に必死に新しい色塗りたくってるだけじゃん」
「………例えが良く分かりませんが? ごめんなさい、 私も長い間人と話をしていないので逆に脳が追いつきません、 もっと分かりやすく話をして下さい」
日暮は大袈裟に腕を組んだり、 顎に手を当てる動作をしてみる、 良いね、 いい感じにムカついてるみたいだな……
「お前は言ったよな、 俺はこの物語に関係の無いカスモブ以下だって、 俺の力は想定外で、 それはきっと最終的に無くても何とかなったって言いたいんだろ?」
「……そこまで言った積もりは無いですが、 概ねその通りです、 それでも感謝しているのは綱渡りの様な作戦、 その綱が明山日暮さんが加わったおかげで少し太く丈夫になり、 結界勝てたからですが」
居なくてもいつかは何とかなったと言う事だ、 そう言いたいのだ、 だがやはり、 どうしても引っかかる……
「お前、 さっきから綺麗な顔に皺をシワシワに寄せてブチギレてるけど、 俺の力何て無くてもどうにかなった何て言う割には、 全部俺程度の力に左右されてるよな、 運命ってのはもっと、 不変で絶対な物だろ」
日暮は大した存在じゃ無い、 自分でもそう思う、 だが、 大した人間じゃないそんな日暮がのらりくらりやりたい事やってたら運命変わってました何て笑えない冗談だ
「俺が思うに、 お前が運命をどうこうする仕事やってるとしたら、 お前がやる事…… いや、 お前に出来ることは運命を作る事じゃなくて、 見守る事、 それだけだ」
人は意志を持った、 誰かに導かれずとも、 自身の思考で選択を取り、 小さくとも一歩踏み出す生き物だ
「お前にがっちがちに縛られて、 逃げ場を無くして、 進む以外の選択を奪って…… そんな事をしなくても、 雪ちゃんは前に進めるよ、 お前に導かれる必要なんて無い」
そんな物に押されなくても、 自分で足を前へと進める力が人には有る
「想いだ、 想いは力だ、 人には心が有り、 心には想いが宿る、 想いは人に寄り添い、 暖め、 そして踏み出す力になる」
種の強みでは無い、 人はそう言った次元を超越した、 心を有した、 『人間』の強み、 漸くそれが日暮にも分かった……
「……心に宿る想い、 それこそが人間の強さだ!」
日暮には消えずに残っている、 心に、 父の、 母の、 色んな人の想いを背負って日暮はここまで進んで来た
それは雪ちゃんだって同じだ、 彼女を生かした両親や、 白大蛇 ……そして何より、 日暮自身の想いがある筈だ
「女神だが何だか知らねぇが、 こんな奴の薄っぺらい言葉で、 受け取った想いを忘れるなっ、 目を逸らすなっ……」
最も大切な事だ
「自分の意志から目を逸らすなっ!!」
自分と言う意志は、 周囲の人や、 環境によって作られる、 自分の意志から目を逸らす事こそ、 今まで自分を支えて来た全ての人の想いから目を逸らす事だ
そうだ、 彼女には不格好にかっこつけた姿を見せれば良いんだ、 剥き出しの現実でも無ければ、 彼女を忘れ置き去りにする事でもない
やっぱり……
(……俺は、 雪ちゃんを、 あの子を助けたい)
どんな、 例え世界が、 神が、 運命が、 彼女の意志を捻じ曲げて、 彼女の行く末を、 暗い、 絶望の方へと押しやるなら
そんなもん、 ぶっ壊して、 ぶっ飛ばして、 ぶん殴ってでも、 何とかしてあげたいと思う
それこそが、 日暮の意志だからっ …………
…………………
睨む、 理夕は少しだけ考えて居た、 だが表情に大きな変化は無い、 何故なら彼女の根底を揺するには余りにも芯が大き過ぎたからだ……
「言いたい事はよく分かります、 でも綺麗事だけでは生きられないでしょう? どれだけ言葉を重ねても、 人は弱いじゃないですか、 果たして貴方の様な運が良いだけでイキがれる人ばかりでしょうか?」
ムカつく、 舌打ちが漏れ出そうなのを必死に抑える、 弱さを見せるな、 着飾ってなんぼ、 一時でも良い、 並べ、 目の前の存在に並んでみせろっ
「人は弱いんじゃねえ、 弱さが有るだけだ、 でもその弱さこそが心を作った、 そして心は人の強さだ、 人は最強だ」
「……果たしてそんな言葉で語れる様な話でしょうか? では貴方が、 人が強かったとして、 彼女はどうなのです? 彼女は弱い、 だからこそ私が彼女に力を与えた、 弱さ故の失敗と責任、 その追求の結末がこれですよ」
理夕は腕を組んで胸を張る、 相当自分の描くストーリーに自信が有るらしい、 それ以外の選択肢を完全に見ていない、 最も確率の高い物を選択する、 まあな、 その気持ちも分かる
でも………
「九十九・九パーセントだったか? 言っとくけど、 雪ちゃんが百年戦おうが、 千年戦おうが……… その0・一パーセント、 ぜってえ勝てねぇぜ?」
………?
「……何故です? 最も確率が高いですよ? 私がそういうシナリオを引きました、 そもそも、 勝てないと決めつける貴方こそ、 彼女の弱さを肯定しているのでは?」
強さと弱さ、 そうだ、 どうしても勘違いしそうになってしまう、 人は何も弱肉強食の世界に生きている訳ではない、 野生から独立し、 社会と言う、 ある意味自分たちの世界を作り出した
それは良く思えば領域術に似ている、 独自のルールがあって、 独特の法則があって、 奇妙な生態系が組まれ、 おかしな奴らが暮らしている……
だから……
「違うね、 雪ちゃんが勝てないのは、 そこが彼女の戦場じゃ無いからだ……
誰にだって得意不得意が有る、 どれだけ強力で、 他を圧倒する力を持った野球選手だって、 サッカーで競ったら普通に負ける、 そういう事だよ」
雪ちゃん、 日暮の知ってる彼女は、 元気で、 笑顔が眩しくて、 可愛くて、 寂しがり屋で、 泣き顔が似合わなくて、 両親の事が大好きで、 優しい心を持った……
「彼女は、 社会と言う世界で、 胸を張って誰にでも自慢が出来る程、 『人間』だ、 お前が言う彼女の弱さこそ、 あの世界で、 百パーセントの力を持つ、 あの世界最強の特攻力、『心』 の強さだっ!」
腕っぷしの強さは必要無い、 心の豊かさこそあの世界では強さだ、 九十九・九パーセントの確率は所詮、 力の値、 残りの埋まらない0・一パーセントこそ雪ちゃんの力不足で、 たしかに弱さなのかもしれない
でも、 そんな強さ社会じゃ要らなかった、 日暮が求めても求めても、 手に入らなかった戦いを、 心躍る戦闘も、 冒険の様な日々も、 存在しないのだから……
「なあ理夕、 お前の計算は、 所謂変数って奴を省いているんじゃないのか? 変数を省いて正確性を出そうとしてる」
「………貴方がその変数だと?」
いいや……
「お前が結局の所人を操る事が出来ない様に、 俺が、 雪ちゃんが、 『心』を宿す全ての生命の躍動が、 お前の省いた変数だ」
日暮は深く刺す様に、 理夕の、 目の前の女神の目を見る
「俺を信じろ…… 俺と言う変数を信じて送り出せ、 俺が、 獄路挽をぶっ殺して来てやるっ」
っ……………………
確率と言うとは信じられる値、 その筈だが、 裏切られた事は千や二千じゃ済まない、 逆に、 もっと深い所で後悔した事は何度も有る
信じる、 可能性と言う、 不安定で頼りない物が確かな勝利を掴む瞬間を目撃し、 信じて見れば良かったと後悔した事は山程あった……
………そう言えば、 面と向かって、 『信じろ』と、 言われた事も初めてだ……
……………
「…………あの力は彼女専用です、 説明した様に強力で精密な魔力機構も持っているからであり、 同様の力を作ったとしても貴方には使えない、 明山日暮さんの勝率はどれだけ計算しても……」
万に一つ…………………… 分からない、 万に一つ無いと確定が無い、 万に一つくらいならあるのかも知れない、 だがそこまで小さいのなら大差の無い事で………
っ
理夕は逆に日暮の目を見て、 背筋に鳥肌が立った、 存在の格はこちらが圧倒的に上、 にもかかわらず、 根底から覆しそうなこの感覚………
知っている、 これは…………
「万に一つ有るか無いか? ははっ、 充分過ぎる、 上等だろ、 そんぐらい余裕で勝ってやるよ…… 俺は、 亜炎天を目指してるんだぜ?」
……っ!?
今度は理夕が耳を疑った、 言った、 確かに言った、 その地の名前を口にした……
何故…………
「……何故、 その地を知っているのですか……… どうして………」
理夕は脳を鮮烈に揺らす衝撃に、 昔、 大昔の記憶が熱を持って蘇る……
………………
嘗て、 二人の男が居た、 方や世界を救う正義の剣、 方や世界を貶める悪の剣……
だがその物らは死に、 片や生前の善性が認められ天国へ、 片や生前の悪行が咎められ地獄へ……
天国への導き手、 天使が羽ばたき、 その手を差し伸べる、 地獄の管理人、 裁判官が罪状を突きつける
全く異なる状況、 全く異なる道程を歩んで来た結末、 その果てにあったのは……
奇妙な程に同じ結果だった
互いに、 死した肉体に宿った意志、 互いの前に居るのは絶対的な世界の上位者、 拒む事も、 抗う事も有り得ない……
ッ
力んだ、 そんだけだった、 それだけで……
ドザッ…………
天使の、 裁判官の、 首が落ちた……
全てが止まった、 その瞬間に、 意味に縛られた牙、 どちらも器と言う拘束具を外し、 そこにのしかかる意味を捨てた時、 根底にあるのは同じ、 自由な牙だった
そしてその牙は、 生前、 絶大な程に高められており、 死してその意志から拭い取る事は出来なかった物
自身の行く末を、 自身で導いて来た力を持つ物は、 目の前で立ち塞がる者達を見て、 敵と認識した、 自分よりも格上、 自分よりも強い
戦ってみたい………………
天使三人と聖天騎士七人、 獄界裁判官上位下位合わせて九人の殺害、 全世界が戦慄した
天閣はその者らを酷く警戒し、 その者らを強力な力で閉じ込めた、 何も無い、 赤茶けた大地が永遠と果てなく続く地、 何も無い、 何も………
いや、 その地で、 二人は出会った、 目が合った、 瞬間牙を剥き、 殺し合いの戦いが始まった、 そこには戦士のみが知る快楽があった
どんな時代にも、 同じ様な奴が現れ、 天閣はその者らを、 その地へ送る、 その地の名前こそ……
亜炎天なのだった…………
……………
「っ、 ダメです! あの様な場所を目指してはいけませんっ! あそこには生前の善行を労う事も、 悪行を捌く事も無い、 生前の自分を完全に否定した、 何の法も無い最低最悪の地」
あそこは……
「ゴミ箱なんですっ、 私達には管理の出来ない意志を閉じ込めた、 正にゴミ箱…… わかって居るのですか? 貴方は………」
っ
いや、 やっぱりそうだ、 目の前にして、 この肌がヒリつき、 その首に刃が掛かっていると錯覚する感覚
正にあの日の、 鮮烈さの片鱗、 それを明山日暮の目から感じた……
その刃が、 神にすら届くと恐れられたその牙、 もしかしたなら、 その牙ならば、 本当に殺し得るのかもしれない……
ふっ
明山日暮が笑う
「ゴミ箱だろうがなんだろうが構わないね、 俺は俺の力を信じてる、 俺の進む道を信じてる、 俺なら笑って戦える」
…………………………
「………眉葉雪ちゃんと話をしてきて下さい、 どちらが行くのか、 決定は二人に委ねます」
理夕が一歩引く、 日暮が通り過ぎる一歩を踏み出す時、 耳打ちのように彼女が呟く
「……フーリカ・サヌカさんは傷を癒し、 既に自分の意思で元の世界に戻っています…… 貴方がそちらを選ぶ事を分かって居たからでしょうか……」
……なら、 いつかは会えるな
少しだけ笑う日暮に、 理夕が続ける
「……それと、 私は神ですが、 心は人間の女の子と対して変わりません…… 馬鹿にされたり、 皺がどうこう言われると、 普通に傷付くんですよ?」
……………………
振り返り見る、 そう言えば怒られる為に色々言ったな、 普通にめちゃくちゃ失礼な事を………
「ごめん、 全部冗談…… で済む話じゃねぇけど…… 全部嘘だよ、 あんたは綺麗だ」
理夕の口角がささやかに上がる、 それに見送られ今度こそ日暮は、 足を止め、 こちらを見る雪ちゃんの元へと進んで行く……………
タッ……
「………お兄さん、 どうして?」
日暮は雪ちゃんの元へ歩くと、 泣きそうな少女の目に目線を合わせる、 日暮は約束したんだ、 彼女の両親と、 託されたんだ、 彼女を守った白大蛇に……
『あの子』を助ける、 日暮の両親の残した想い、 それはフーリカであり、 『魔王』でもあり、 そして雪ちゃんでもある、 日暮がそう思っている
「これは私が…… 私がやらなくちゃ行けない事で、 私の責任で、 私の罪滅ぼしで………… 私、 の……………」
今にも涙がこぼれそうな彼女に、 日暮は手を伸ばす、 それは彼女の心に宿る想いだ、 恐怖も、 後悔も、 それを隠さなくちゃ行けない責任も………
なら
「それを俺に託せば良い、 俺が雪ちゃんの抱えきれない責任、 想いを背負って戦ってくる、 だから」
一歩、 日暮が雪ちゃんに並ぶ、 軽々しい一歩だった、 更にもう一歩、 容易に彼女を抜かした
日暮が、 雪ちゃんが互いに振り返る、 完全に向きが反対になった、 託される想いが有るなら、 今度は日暮が彼女に託そう
「雪ちゃん、 俺の家族や、 親友、 俺の周りにいる人達は皆いい人だ、 だから、 俺のあの人達に対する想いを、 雪ちゃんに託すね」
っ………
日暮が、 選択しなかった、 日暮の為に示された道を指さす、 今度は日暮が指し示す
「雪ちゃん、 君はあっちの道を行くといい、 俺がこっちを進むから……」
雪ちゃんの目からついに涙が零れてしまう、 それは懺悔か、 感謝か………
「っ、 ぅぅ、 本当はっ、 お兄さんと一緒に居られたら、 本当は良かったのにっ…… もう、 どうやってもありえないんだね………」
ふっ……
本当に良い子だし、 可愛い子だ………
日暮は雪ちゃんの頭を撫でる
「大丈夫、 俺には雪ちゃんの想いがちゃんと背を押してくれる、 きっと俺の想いも、 雪ちゃんに……… あるよね?」
雪ちゃんが日暮の手を両手で掴み、 その熱を確かめる様に目を瞑る、 やがて頷いた
「……うん、 あるよ、 温かい」
そっか、 なら………
「……俺も雪ちゃんともっと一緒に居たかったよ、 でも離れてても、 忘れてしまっても、 心にこの熱が有るなら、 きっと大丈夫だから」
さぁ……
バサンッ!
まるで羽ばたくような、 日暮が進む道を振り返り、 羽織ったマウンテンパーカーが翻り、 強い一歩を踏み出す
「行こう」
うん…………………
少女も振り返った、 互いに背を向けあって、 互いの進む道は真逆、 二人の距離はどんどんと離れ、 大きくなっても
確かに想いは、 温もりは消えなかった、 だから更に一歩踏み出せるっ!
……………………………
「……全く、 どうなって居るんですか彼は」
「理夕、 あれが日暮だよ、 悪く無いでしょ?」
ふっ………
「知りません…… 知らない感情です…… さぁ、 貴方も行きなさい和蔵ちゃん、 置いて行かれてしまいますよ?」
「うん、 またね理夕」
古い友人が彼の元へ駆けていく、 交差する少女に手を振り、 小走りで追い付いた彼と並ぶ
やがて少女が、 理夕の所へやってくる、 理夕はただ一言だけ声を掛けた
「信じて見ましょう、 人の、 可能性と言う物に、 ふふっ」
少女が笑った、 確かに、 彼女には笑顔の方がずっと似合っていた……
互いに、 進む、 どんどん進む、 そして辿り着く、 日暮が戦いの扉へと、 雪ちゃんが人の世界への扉へと
振り返る事は無かった、 互いにドアノブに手を掛け、 その扉を捻った
ぴかぁああああっ!!
っ……
眩い光が少女を包んだ、 臆する事なく、 託された想い、 宿った熱、 背中を押す、 だから一歩踏み出せる
一歩を、 前進の一歩を、 今…………
タンッ………
踏み出した……………………………
…………………………………………
……………………
……………………………………
…………
んっ………………
っ
目を開けた、 視界が揺れている、 私は誰かの背中に背負われていた、 私の小さな声で私を背負う女性が横目でこちらを見る
「あ、 起きた? 全く無理するんだから…… ん? 何を無理したんだっけ?
……まあ良いわ、 びっくりしたわよ、 漸くしつこい龍を倒して洞窟に向かったら、 中で倒れてるんだもん」
知らない声だ、 彼女は私を知ってそうだが、 私は彼女を知らな…………
ジジッ
っ
いや、 知っている、 そうだ、 彼女は私を…………
「……殴ったお姉さん?」
「いつの話してんの……… あれ? 流石に私だって貴方みたいな幼い子を殴ったりはしない……」
………何だ? 知っている様な知らない様な、 断片的な記憶が自分の物では無い様な、 それでも自分の物の様な……
あっ
女性が小さく声を上げる、 それにつられて顔を上げる、 そこには……
「皆、 総出でお出迎えみたいね」
そこには瓦礫にまみれた街と、 人々を守るシャルターと高い壁、 そして帰りを迎える多くの人達の姿があった
「お~い! 鈴歌ちゃ~ん、 こっちこっち~!」
上機嫌なお兄さんが一人こちらに声を掛け、 鈴歌と呼ばれた女性は面倒くさそうに、 しかし何処か受け入れる様に笑った
……ん?
「ほらあそこ、 貴方の家族よ、 もう自分で歩けるでしょ?」
地面に下ろされる、 この地に生を受けたその足で、 私は地面に降り立つ、 覚束無い様な、 それでも確かに……
歩いて行く、 こちらに手を振る人達の元へと歩いていく、 そこには……
日…………
ジジッ
お兄…………
ジジッ
……………………………………
私の………
私の家族、 が、 私の、 お父さんが、 私のお母さんが……
そして、 向こうから、 こちらへ向かってきてくれる、 私を送り出してくれた、 大切な…………
お姉ちゃん………
「雪ちゃんっ!」
「茜お姉ちゃんっ!!」
不思議だった、 そこに有るのはどうしても不思議な感覚だった、 それでも、 胸に残った温もりが、 この気持ちを肯定してくれている
私は………
明山雪は、 こうして無事に、 大きな冒険を終え、 自分の帰る所へと帰り着いたのだった
すっかり梅雨は開け、 もう目の前に本格的な夏の雲が空高く聳え立っている、 伝う汗を拭って、 これからも彼女は、 この世界で生きていく
確かに滅んだこの世界に、 それでも懐かし夏蝉の鼓膜を揺らす様な鳴き声が強く響いてみせた………………
後書きでも失礼します、 作者のおきみやです。
実は今回のお話はある意味この物語の完結となるお話でした。 最終章と題して上編・下編に分け描かれたお話は、 実は想定よりも遥かに長い物と成りっており始まった時点で作者自身のこの物語の完結を常に頭に浮かべておりました。
今回の141話を書いている頃に成りますが、 初めて作品に対する感想を頂きまして、 それが凄く嬉しくて、 頑張ろうって気になりますよね、 小説家になろう、 ここは昔から変わらず本当にいい所です。
そんな事を言っても、 実は後日談的な話がまだいくつか続いたりもしますので、 最後の最後の挨拶はまた今度、 その時に……
それではここまでの読んでくださった方に最大級の感謝と、 もう少しだけ続くこの物語の続きをお楽しみ下さい。