第百四十話…… 『最終章、 下編・26』
リンリン………
風鈴が鳴る、 風が出てきた、 爽やかな風だ、 いつの間にか雨は止み、 紫陽花は花を散らし、 曇り空から光が刺す
中庭に一人顔の見えない男が立っていた、 その男からは妙にカラカラと、 何か骨の様な音がした
「……びっくりだねぇ~ 君は我の事が嫌いだと思ってたけど、 必死に我の欠片を集めてたった一秒でも意識として復活させた」
男は楽しそうに笑う、 その声を縁側に座り茶を飲む着物の女性、 和蔵は少しだけ怒った声で応える
「勘違いしないで、 私は貴方の事が嫌いだよ、 でも、 全ては日暮の為、 利用出来る物は全部利用して日暮を助けると思った、 それだけ」
ふ~ん
「不思議な物だね、 天閣の一柱である君が、 ただ一つの魂にくっついて、 その魂の宿る生命を見守り、 時に助ける、 一体何が目的なのか……」
コクリ……
お茶を口にして、 和蔵は少し間を置いてから口を開いた
「……目的なんて無いよ、 私の様に、 一つの魂に乗っかって、 その生命を手助けする同胞は沢山居る…… まあ、 強いて言えば…… 探し物かな」
ほう? 探し物とな?
男はこの残されたほんの小さな意識が間もなく消えると言う事を理解しながらも、 彼女の言う探し物と言う言葉が気になった
「詳しくは教えないけど、 まあ冥土の土産…… いや、 日暮を助けてくれたお礼、 知りたいなら少しだけ話をしてあげるよ、 私達、 天閣の昔話を」
男は女性の言葉に口角を上げる、 そんなもの知りたいに決まっている
「是非、 ご教授してくれよ」
………………
女性は考えを纏めてから、 一拍置いてから話を始めた、 それは昔昔、 大昔、 そして、 全く別の世界の昔話……
「……私達天閣は、 『概念』の具現体、 天閣の主は、 『想像』を司る神だった、 彼女はこの宇宙を作り、 この物語を始めた」
………
「……想像の神には、 彼女と同等の力を持つ対の存在が居た、 それは『破壊』の神…… 神々はそれぞれの概念に纏わる固有の力を持つ存在だけど、 意思はそれとは関係無く、 破壊の神は優しい神だった」
遠く、 懐かしむ様な顔で過去を語る和蔵の続く言葉を待つ
「これはこの世界でも、 君の居たこことは異なる世界でも無い、 ずっと昔に存在した全く別の世界での話だ、 その世界にも魔王の様な存在が居た」
どこも似た様な存在は居るものだと男は思った、 悪を働く者、 そしてそれと戦う正義の存在
「破壊の神は、 魔王との戦いに劣勢だった人間に、 自身の力の一端を授けた、 その力は絶大で、 ついに勇者は魔王を倒した」
ふ~ん
「一部の力と言えど、 それ程の名を冠す神の力、 その神は随分と安易な事をした物だね、 その神は自身よりも下位存在の愚かさを考慮して居ない」
……うん
「……そうだね、 まだ若かったんだよ彼も ……魔王討伐後始まったのは人間間の戦争だった、 そして、 破壊の神の力を持ってして行われた戦争は、 大地を消し飛ばし、 街一つを容易に破壊し、 一つの文明、 いや一つの世界さえ終わりに導いた」
魔王と言う共通の敵討伐の為に共闘していただけであり、 それが終わった後に始まるのは人間同士の戦い、 違いが有るとすれば、 絶大な力を知ってしまったという事
当然それを戦争に利用するだろう、 そうすれば戦争被害は絶大となる、 世界が破壊されると言うのも納得だ
「想像の神は、 破壊の神を天閣から追放した、 まあ、 実質神としての死さ、 その後最後と慈悲と言うべきか、 破壊の神は人間の魂が行き交う圏域に飛ばされ、 人間と同等の力に縛られた上で生かされてね」
「かつて破壊の神だった魂は、 別の世界で人間として生まれ変わった…… だが、 問題なのは破壊の神に宿っていた『陛廊頭石』の方だ」
神の資格、 陛廊頭石か………
「破壊の神を追放した時点で、 彼から陛廊頭石は抜き出されている、 それは想像の神の管理下で厳重に保管されていた…… 筈だったんだけどね」
「……それを勝手に持ち出した奴が居たんだ、 『混沌』の神、 かつての獄路挽の事さ、 奴は破壊の神の性質は混沌であるべきと解釈し、 破壊の神を崇拝していた」
当時から天閣内でも危険視されていたと言う、 だが、 長い下準備、 張り巡らせた画策、 最後には破壊の神の陛廊頭石を盗み出した
「獄路挽は追われ、 追い詰められ、 追放、 陛廊頭石を奪われた…… でも、 その時点で破壊の神の陛廊頭石は行方知らずとなっていたんだ、 獄路挽が隠した、 私達はそれを探してるの」
男は顎に指を当て考える、 それはつまり……
「その、 破壊の神の陛廊頭石が、 こちら、 君達で言う、 人間の魂の圏域に入り込んだと言う事か?」
和蔵は頷く
「陛廊頭石は神の資格だけど、 陛廊頭石こそが神本体と言う考えも有る、 人で言う魂の様に、 最も根底にあって、 目に見える概念的肉体や、 意思はすべて陛廊頭石の付属品に過ぎない……」
「そして、 ある時思い出した様に陛廊頭石が自身に新たな意思を宿す…… もうずっと昔に、 行方知らずとなった破壊の神の陛廊頭石は、 新たな『破壊』を司る神を生み出している」
「私の知っている彼では無いけど、 同等の力を持つ者、 そして恐ろしい程に何も知らないし、 彼と違って優しい意思を持っているとは限らない」
だからこそ厳重に保管されていたのか、 獄路挽がなぜ追放程度で済んで居るのか不思議な程だ
「……今も破壊の神の意思は、 私の様に何処かの世界の、 誰かの魂にくっ付いて輪廻を回っている…… 私達はそれを何とか回収しなくてはならない」
成程……
「随分壮大なミッションだね、 神様による神様探しか…… それで? 見つかりそうなのかい?」
……………………………
和蔵は何とも言えない表情をする、 それはもう長い事結果の尾も掴めていない事を示唆していると理解した
「……遠い日の使命だよ、 きっと私が彼を見つける事は不可能に近い…… 日暮ももう死ぬ、 そうしたらまた輪廻を巡って、 何処か別の世界の誰かに転生して……」
「その次の誰かもまた助けるのかい? どうしても日暮に固執している訳じゃ無いんだね? ……いや、 何か慈しむ様な感情を感じたから」
ふっ
和蔵は小さく笑った
「そうだよ、 今までの、 この魂の宿って来た命の中でも、 私が最も好きなのは日暮だ、 彼には、 優しさと強さを持つ素敵な心が有る」
心か……
「見ていて飽きなかったと言うのが理由だよ、 小さい頃から、 少しずつ成長して、 今やこんなに大きくなった…… 人の想いを背負って戦って、 勝利を掴んだ」
和蔵は優しく目を瞑る、 きっと外の、 日暮の視界を通して、 同じ景色を見て居るのだろう……
ふっ……
男は笑う
「……残念だね、 日暮は死んでも、 それは肉体の死、 死は日暮にとって通過点に過ぎない、 日暮の意思は死しても更に先へ進み続ける、 その景色を君は見れない」
………うん
「構わないよ、 残念でも無い…… その先は私の管轄外だし、 好きにすると良いと思うよ…… さて、 そろそろかな……」
和蔵の言葉に、 男も自身の手を見る、 崩れて来ている、 ほんの小さな欠片だったそれが、 完全に壊れていく
「我もそれそろ時間の様だ、 日暮には既にお別れをしている、 改めて言う必要も無いだろう…… それでは行くよ」
ビュゥ~!
強い風が吹くと、 男の体は軽い砂の様にどんどんと攫われて、 その輪郭を崩して行く、 和蔵はその残りカスに最後に声を掛けた
「日暮の背を押してくれてありがとう、 と礼を言っておくよ暗低公狼狽、 それじゃあね」
ブワァッ!
一際強い風が吹いて、 最後の骨の欠片を遠くへと飛ばしてしまう、 和蔵はそれが見えなくなるまで見送った……
さて……
「……日暮、 君の最後の決断を、私にも見届けさせておくれよ、 数百年と続いた、 勇者と魔王…… 愚かな天閣のその戦いのその決着を……」
そう言うと和蔵は再度目を瞑る、 日暮の視界を通して見た、 魔王との戦いのその行方は……………
……………………………………………
………………………
………
託された想いが、 分かち合った心が、 魔王少女へと触れた手から、 繋がった視線から、 理解する、 雪ちゃんと言う女の子の中に隠れる、 『魔王』と言う意思、 その輪郭を……
それが、 理解できたなら、 もう二つを分つ接点は理解出来た、 ならば、 これは、 共有したフーリカから貰った力……
「バウンダー・コネクト」
ッ
ビジャアアアアアアンッ!!!
っ………
血が出る訳でも、 手足が切断された訳ではない、 もっと深く、 確実に線を引いた、 雪ちゃんと、 『魔王』が接点を持ち、 切り離される……
ぶわっ……
すると、 少女の体から、 黒い何か、 それは『魔王』の魔力が煙の様に溢れ出し始めた、 吐き出される様に、 追い出される様に、 分かたれ、 元の姿へと戻って行く……
すぅ…………
髪色が、 深淵のような黒髪が、 元の、 雪の様な白髪に戻って行く、 懐かしさすら感じる、 初めてこの洞窟で出会った時の、 久しぶりに見る雪ちゃんの姿だ……
とさっ……
意識を失って居る様で、 そのまま倒れる体を日暮が支える、 軽い、 小さな命、 吹けば消えてしまいそうに弱い命……
だから、 守りたいと思う、 尊いと思う
「牙龍、 俺の腕を食って、 雪ちゃんの怪我を治せ」
グジャッ!
ナタに巻き付いた骨が日暮の左腕を抉り喰らい、 エネルギーへと変換……
ブスッ!
後に彼女に骨が突き刺さると、 髪留めが胸を貫いた傷を治した、 その傷が治るのを見る日暮の視界が霞む……
ぁぁ………
(……そろそろ限界か)
だが、 その前に……
日暮は雪ちゃんをゆっくりと地面に下ろすと、 雪ちゃんの体から出てきた黒い煙の塊、 『魔王』へと目を向ける
逃げるでも無く、 暴れるでも無く、 勿論雪ちゃんへと戻って行く様なことも無く、 ふわふわと力無く宙を舞っていた
「……俺の勝ちだな」
ジジジ………
空気が揺れる、 魔力の揺れが空気を揺らし、 鼓膜を揺らす、 小さく声が聞こえた
「……有り得ない、 訳が分からない、 今のは、 フーの力だった、 それに、 空気を集めたのは、 私が殺した筈なのに……」
日暮だって心は不思議と納得しているが、 頭では殆ど理解出来て居なかった、 どうして自分にフーリカの力が使えるのか、 死んだ筈の暗低公狼狽の意識が一瞬とは言え復活したのか……
それでも……
「『魔王』お前は負けたんだよ、 人の想いが積み上げてきた意思に、 これは俺一人じゃどうやっても届かなかった手だ」
今まで日暮を生かしてきた、 日暮に託してきた、 人や想いに背を押され、 限界まで伸ばした手が、 それでももう少しだけ遠くまで伸びて、 初めて届いた手だった
「お前は確かに強い、 強力な力を持つ奴だ、 でも、 俺は決着の瞬間、 その瞬間だけお前のデカさを上回った、 皆の想いが俺を強くしたんだ」
なにそれ………
「…………わかんない、 意味わかんないっ、 何っ、 なんなの! 人の想いって、 心って、 こんなに温かくて、 こんなに優しくて、 こんなに…… 私には無いの……」
泣き出しそうな声に聞こえた、 心が無いのは彼女が作られた存在であり、 心を与えられなかったからだ、 罪は消えないが、 そこに意思がある以上その全てを彼女に押し付けるのは大人じゃない……
「……なあ魔王、 俺にはお前の冷たさが、 苦しさが分からない、 お前の悩みに答えを出してやる事は出来ない」
それでも…… 応えてあげたいと思う
「……俺もな、 ずっと分かんなかった、 両親が俺に与える無償の愛や、 フーリカの想いとか、 それ以外のそこに付随する責任とか…… 俺には要らない、 ただめんどくさいだけだと思ってた」
ま、 そんなに考えは変わってないな…… でも無駄では無いと最近になって気が付いた
「俺をここまで連れて来たのも心だ、 人からの想いに押された、 俺の心…… ここまで二十一年生きて、 ここまでされて、 漸くその凄さが分かったんだ」
日暮は自分の胸に手を当て、 小さな心臓の音が、 手を伝わり、 耳に届く、 深い間隔に沈む、 そうしてそこから得た命の感覚をその手に刻む
「生存本能は命を生かす為に心臓を作った、 そして命の鼓動は脳を周り、 脳の思考は、 やがて意思となり、 意思は、 心を作った、 心は、 自分達の事を人と呼んだ」
人、 人間、 自分は人間だ、 紛れも無い、 種の話では無く、 この星に生きる生命として、 新たなステージを進む者達が人間だ
「全部繋がっている、 全て、 人間と言う進み続ける意思が切り開いたステージ、 この地を進むこの足を、 手を動かす原動力こそ、 『心』なんだ」
日暮の目、 そこに有る強い心を魔王は見る、 そうか、 なるほど、 初めから持ち得ない、 自分は人ですらない、 そのステージを進む権利を持たない……
「……そう、 ならもういい、 私にはお兄さんの傍を歩いて行けないんでしょ…… もう良いよ …………私は、 もうこのまま消えて無くなる………」
魔力のエネルギーが弱く力無くなっていく、 四散して、 完全に空気に溶けて消えてしまったら、 彼女は何処に行くのだろう、 だからその前に、 日暮は生命の熱を刻むその手を、 魔王の魔力の塊へと伸ばす……
トプンッ………
粘土を持つ水の塊の様な感覚が少しだけ感じた、 その後空気を押すように軽く、 日暮は魔王の中へ手を入れた
「……………………何? 何のつもり?」
力無い魔力の塊に、 日暮と言う情報を与える、 それは縛りの様に、 彼女が無であると言う彼女の深くへ手を伸ばす
「……俺の手の熱が分かるか? これは俺の命の熱だ、 そして、 俺が人間として前へ進む以上、 これは、 俺の心の熱だ」
…………………
「………全然、 何も感じないよ、 やっぱり私は冷えすぎてるんだ、 お兄さんの熱を感じ無い程に…… 全部無駄だったのかな……」
「……なぁ、 魔王、 お前はこの熱を感じないとしても、 それでも、 お前はこの熱が何なのか…… 知りたいと思うか?」
…………………………
少しの沈黙があった、 それでも小さく聞こえた声は、 全てを諦めた声だった
「どうでもいいよ…… もう、 どうでも良くなって来た…… 何も思わない、 このまま消えて無くなりたい……………」
そうか……
それでも日暮は手を下げなかった、 それはどうしても自分の熱を彼女に感じて欲しかったから…… では無い
同じだって伝える為……
「魔王、 俺は今お前の内側に触れてる、 でも俺にも、 お前から温かさも、 冷たさも感じない、 何も……」
「……だから、 私には何も無いから……」
違う
「人は人の事を完全に理解できない、 それは人の心も、 想いもそうだ、 貰った熱、 託された想い、 それはな、 結局全部、 俺が勝手に解釈して語ってるだけ何だよ」
大切なのは理解する事じゃない……
「本当に大切なのは、 理解しようとする事だ、 知ろうとする事だ、 分からないからこそ分かろうとする心こそが、 人の想い何だよ」
そして
「お前には確かに有る、 だってそうだろ? お前はたしかに冷えきって、 心の無い存在だったかもしれない、 それでも」
いつだってそうだ、 魔王の戦う理由は……
「人の心を求めてた、 分からないからこそ、 手に入れて、 知ろうとしていた、 お前はずっと、 想いを抱いている」
今だってそうだ
「お前は分からないと言葉で言っていても、 心と言う目に見えない、 無とすら同義出来る質量の、 そこから俺の手に伝わる熱を、 必死に感じようと、 知ろうとしてくれてるだろ?」
それはつまり
「小さくても、 魔王、 お前自身が俺に抱いてくれた、 想い、 だろ?」
……………………………………………
ふっ……
「……………自意識過剰だね、 そんな事考えても無いよ、 自分でそんな事行っちゃう様な痛い人だったんだ」
痛い? ああ、 痛いね、 自分何言ってんだって、 心がドクドクとさっきからめちゃくちゃうるさいよ、 それでも伝えたいんだ……
「……そっか、 やっぱり人の事は理解出来ないな、 今のは勝手に俺が総思ってただけの決めつけだ」
でも
「……これは、 決めつけじゃない、 他の誰かの心でも、 言葉でも無い、 俺の、 俺自身の想いだ…… 魔王、 俺は今、 お前の事を知りたいって思うよ」
…………………………え
ドクン
?
魔王の、 小さく残った、 暗い所へ落ちていくだけだった意思が、 最後に疑問を抱いた、 なんだろう、 今一瞬、 内側で何かが跳ねて……
…………………………………あれ?
あれ? 何だろう、 何だろうこれ……
これは…………
魔王は、 全然分からなかった、 内側で何かが跳ねたと思った瞬間、 流れる様な小さな力を感じた、 それは熱さでも、 冷たさでも、 音でも、 信号でも、 光でも、 知っている何かでは無く
でも、 一つだけ言えるとすれば、 少しだけ温かく、 全く知らないその何かを、 少しだけ、 本の少しだけ
知りたいと、 思ってしまった……
ドクン………
ぁぁ…… ぁあ…………
ねぇ、 ねぇ…………………………
「……お兄さん、 本当? 私の事を知りたいって ………本当?」
日暮は確かに頷く
「本当だよ、 俺は、 魔王、 お前の事を知りたいと思ってる、 これが今の、 お前に対する最大限の想いだ、 まだ超冷たいだろうけどな」
…………うん、 そうだね、 まだまだ冷たい…… でも、 体を小さく縮めて、 ぎゅと強く握り合わせた両手の中で、 ぼんやりと胸の奥にほんの小さな熱を感じる
「全ては繋がってここに来た、 想いが俺の心に宿ってここまで連れて来てくれた、 でも終わりじゃない、 その想いは、 今度は俺の想いとして、 お前の心に繋がって行く…… 大丈夫、 消えないよ」
…………………………
初めてだ、 初めての感覚だ、 自分が迎えるのは死ですらない、 破片も残さない消滅…… それでも、 今はただ、 この小さな種火を、 大事に、 大切に、 想って、 いつかきっと大きな火に育つ様に……
「魔王、 俺はお前の事を忘れない、 まあ、 いい意味でも、 悪い意味でも忘れようが無いけど…… でも、 何にせよ忘れない」
それに……
「これが最後だとも思わない、 俺も前へ進み続けるから、 お前も止まるなよ、 そしたら、 またいつか、 俺たちの進む道が一瞬でも交わる時が来るかもしれない」
小さく、 小さく、 いつの間にか、 魔力の塊は、 伸ばした日暮の掌に乗る程の大きさになってしまった、 気が付けば声も返って来なくなってしまった
でも大丈夫、 ちゃんと想いが伝わってるよ、 だから……
「またな」
…………………ふわ ………………
最後まで聞き届けた様に、 魔力の塊は日暮の掌の上から風に吹かれた様に消えていった
目にはもう見えなくなった、 それでも、 そこに『魔王』と言う力に宿った小さな意思があった事を、 日暮は絶対に忘れない
全てが力だ、 少しも無駄にしない、 この目の前に伸びた終わりの見えない道を行く力、 彼女の存在も確かに日暮にとっての力になるから……………………
……………………………………………
……………………
……
『……ゆき、 ゆき、 ねぇ、 雪ちゃん』
?
ずっとずっと暗闇で、 目を瞑って居た、 ここには楽しい事は何も無い、 あるのはただ苦しい心だけ
もう、 目を開けたく無い………
『……雪、 そろそろ、 目を覚ます時間だぞ』
………………………
あれ?
この声は、 お父さん? お母さん?
……………
ゆっくりと首を上げた、 まだ暗闇だ、 それでも、 さっきまでとは違う、 今ここには、 確かな温もりが残って居る……
『……雪ちゃん、 おはよう』
両の肩に触れる手、 温かさ、 強さ、 優しさ……
ああっ……
「お父さっ、 お母さんっ!」
二人は小さく微笑んだ、 お母さんが頭を撫でてくれる、 その優しさに気が付けば大粒の涙が溢れ出ていた
「ぅっ、 ぁぁんっ、 お母さんっ、 ぅぅ、 お父さんっ!」
二人の熱に触れて、 もう離れたく無い、 離したくない、 もう二度とどこかへ居なくなったりして欲しくない……
でも……
「……雪、 見て、 皆、 空に旅立つみたいだよ、 ようやく」
父の手が、 涙を掬い、 指さした先には、 温かな景色が広がっていた、 ここに居るのは皆、 歴代魔王の宿った肉体の意思、 力に縛られた絶望を吐き続けるだけの屍
でも、 漸く解放されたのだ、 分厚い暗幕が開け放たれ、 明るい光が空には見えた、 皆同じだ、 子供達の意思に寄り添う様に、 温かな影が傍に立ち、 光指す方へと向かっていく
一人、 また一人、 笑顔を灯して、 大切な人の影に引かれて、 翼が生えた様に空へと羽ばたいて行く
見上げる皆の姿、 気が付けばその場に伏せるのは自分達だけになっていた、 ああ、 温かい、 自分も早く、 あの場所へ……
スタッ……
二人が立ち上がる、 優しく微笑みかける、 気が付いた、 自分は立ち上がれない、 自分だけ動けない
まっ……
「待って、 待ってよお父さん、 お母さんっ! 置いてかないでっ! 私立てないよっ、 行かないでっ!」
二人は首を横に振る
「……大丈夫、 雪を置いてかないよ、 待っているから、 ゆっくり来なさい」
父が手を振る
「うん、 雪ちゃん大好き、 可愛い…… 雪ちゃん、 いっぱい走って、 いっぱい悩んで、 いっぱい笑って、 いっぱい恋して、 そうして、 いっぱい楽しんで生きてね…… 大丈夫、 私達また合えるからね」
やだ、 嫌だ、 嫌…………………
でも………
どれだけ泣いても、 どれだけ辛くても苦しくても、 時間制限がある様に、 二人も羽が生えた様に、 飛び立ってしまった、 ここには私一人、 生きた私一人が残る
暗い、 暗いよ……
誰か、 誰か私を……………………
…………………………………
…………
さらぁ………
…………?
優しい、 草原を吹き抜ける様な風、 心地のいい風が髪を揺らす、 温かい春の風の様な…… これは……………
んっ……………
目を開けた、 そこには温もりがあった、 優しい風の様に、 髪を揺らす、 優しく撫でてくれる……
ぁぁ………
「…………お兄さん、 日暮お兄さん」
彼は声に反応してこちらを向く
「おはよう雪ちゃん、 久しぶり…… になるのかな?」
うん、 凄く久しぶりに感じる、 私はそんなに彼の事を知らないけど、 でも伸ばされた手の温もりは誰よもりも知っている
ぅっ……
涙が頬を伝う、 心の中がごちゃまぜだった、 辛いし、 苦しいし、 冷たいし、 でも温かくて、 その熱が嬉しかった……
彼が差し出した手を開くと、そこには青い小鳥の髪留め、 母と色違いの大切な髪留めが握られていた
彼がそれを慣れない手つきで、 髪へ留めてくれる、 それが指し示す事も分かっていた、 全部見えていたから……
「……まだ、 持ってても良いよ」
ううん
「返すよ雪ちゃん、 ありがとう、 雪ちゃんの想いには何度も助けられたから……」
最後に、 これだけ、 ちゃんと正面から返さなくちゃ行けなかった、 そして最後の目的が終わった途端、 力が抜けた………
うっ………………… ドザッ…………
ぅぁぁ…………
気が付けば倒れて居た、 もう限界だ、 冷たい洞窟の地面、 それよりももっと冷えた自分の内側、 間に合って良かった……
っ
「お兄さんっ! っ……」
倒れた日暮を心配する様に手を伸ばした雪ちゃんだったが、 つんのめる様に、 日暮の上に倒れ込む
ぼすっ
「ぅぇっ……………… 大丈夫?」
「……ぅ、 うん、 体が上手く動かなくて」
魔王が肉体を動かして居た弊害か? 体の動かし方を一時的に忘れてしまった様に足が重く動かないと言う……
(……はぁ、 くたばる所、 見られたく無いから先に洞窟から出て貰うつもりだったんだけど…………)
と、 そこまで考えて、 地面を転がる日暮の体は奇妙な振動を感知する、 目の前の砂利の粒が震えている、 その揺れを雪ちゃんも気が付いたみたいだ
何だ、 これ…………
……………………
ッ
ドドドドドッ ゴゴゴッ!
バラバラァ……
っ!?
地面から砂の粒が震え落ちてくる、 危機感が嫌でも理解させる、 これは……
「っ、 揺れてるっ、 洞窟全体が…… はっ、 やばいっ、 崩れるっ!!」
うっ …………
チッ
(……ダメだ、 やっぱり立てねぇ……)
クソッ
「雪ちゃんっ、 出口に向かって走れっ! 洞窟内は危険だ! 速くっ!」
ぇっ…………
不安そうな彼女の顔が見えた、 泣きそうな顔だった
「おっ、 お兄さんは、 お兄さんも逃げないとっ!」
彼女の小さな手が倒れる日暮の腕を掴み引っ張るが、 当たり前の様に日暮の体は彼女の力では動く気配も無かった
「俺の事は良いからっ、 大丈夫、 俺には回復も有るから、 取り敢えず雪ちゃんが先に行って!」
っ………
「……治って無いじゃん、 どうしてそんな嘘つくのっ、 お兄さん、 もう……」
流石に分かる嘘か…… それでも、 ここまで来た理由、 最後に残った理由なんだ、 最後の最後、 彼女を助けて、 そうすれば全てが綺麗に終わる………
「雪ちゃんはっ、 生きなくちゃいけないんだよ! 雪ちゃんが生きる事を望む人が、 想いが有るんだっ、 だからっ……」
「そんなのお兄さんも一緒でしょっ! 勝手に終わろうとしないでっ!!」
っ……
雪ちゃんの目を見て、 そこに有る気持ちを感じて、 日暮は自分の言葉が、 自己中心的で薄っぺらな物であり、 軽薄だと感じた
彼女が唇を震わせながら口を開く、 洞窟は揺れ、 砂が降り注ぐ中、 そんな時間は無いと、 突き放す事が日暮には出来なかった……
「……私は、 私には記憶が残ってるの ……魔王としての時間が、 お兄さんのお父さんとお母さんも、 フーも、 それ以外の色んな人達も…… 私が傷付けたんだ……」
下を向く彼女は、 そうだ、 歩けないんだ、 歩き出せない、 止まっていた、
今朝までの日暮と同じ目をしている
「……私は生きていちゃいけないんだ、 私に生きる権利なんて無いんだ…… そこに、 お兄さんも居ないなんて…… そんなの辛すぎるよ……」
だから………
雪ちゃんは、 伸ばした手で日暮の手に、 握られたナタに触れる……
「もう、 いっその事、 私を食べて、 お兄さんが生きてよ…… あげる、 私の全てを………」
伸ばされた手、 ダメだ、 それだけは絶対にダメだ、 何故なら…… 雪ちゃんの手は震えて居るから……
日暮が何とか動かした手で、 雪ちゃんの手に重ねる、 震えを取る事は出来ない、 それでも伝えたい……
「……この震えは、 君が、 死にたくない、 生きたいって思ってる証明だよ…… 雪ちゃんの方が嘘つきだ…… そんな事思ってない、 必死にもがいて息をしてる」
………………………
「……………でも、 そうだとしても…… お兄さんが居なくちゃ…… 私は……」
ああ、 そうだ、 必死に戦って彼女の命を例え生かしたとしても、 それは真の救いじゃない、 命を生かすのは心臓だが、 雪ちゃんは人だ、 人の、 一人の女の子だ
人を生かすのは心だ、 心を救わなれば、 真に彼女を救った事にはならない、 どうにか、 もう一歩、 大人何だ、 もう一歩だけ踏み込んだ、 何か……
終わりじゃない、 まだ、 まだ終われない、 最後の最後、 残った物全部振り絞って………
それでも………………… 時間は待ってくれはしなかった、 日暮が口を開いた時、 それを遮る様に……
ッ
ドッ
ガジャアアアアアアアアンッ!!!
……………………
決定的な何かが崩れた、 積み上がった戦いの余波が、 既に主人を無くし、 存在定義を失った空き家の様に、 急に、 魂が抜けた様に崩壊を始める、 それは………
ぁぁ…………………
「……………まじか、 出口が…………」
瓦礫が崩れ落ち、 出口が塞がる、 この洞窟の出口は一つしか知らない、 余りにも呆気なく、 こちらの事など知らないと言わんばかりに……
無情だ、 余りにも急で、 反射的に出た言葉に続く物は無く、 何処か期待したようだった雪ちゃんも口を開けて呆気に取られた様に固まって居た
言葉も、 想いも、 心も、 覚悟も、 人の証明はいつだってちっぽけで、 時間と言う、 膨大な力の前に、 尽く風化し散っていく、 何処かそれを忘れて少しゆっくりし過ぎたのかもしれない………
はぁ……………………
「…………ごめんなさい、 私のせいで…… そもそも、 私なんかを助けようとしなければ、 お兄さんは……… ぅぐっ!?」
下を向く雪ちゃんの、 小さくもごもごと動く口を、 日暮が伸ばした手で挟む、 そんな顔が可愛く、 尊い……
うん、 もう見れば分かる、 二人とも立てない、 生きる意思も、 力も、 振り絞る時間も、 二人には無い…… だから、 もう良い………
「……ははっ、 もう良いよ、 時間も無いんだ、 言い争いしてても疲れるだけだ…… 最後何だ、 なんか楽しい話でもしようぜ」
日暮は深い息を吐くと、 仰向けで天井を見上げる、 傍にちょこんと座る雪ちゃんに視線を合わせる
「……雪ちゃん、 どっか行きたい所とか有る? Dzニーとか、 うーSじゃーとか ……俺はキャンプ行きたいな、 海釣りも行きたい、 あ、 でも一番はラーメン食いに行きたい…… ね? 雪ちゃんは?」
ぇ…………
「……私は、 私っ…… 私は家族皆で、 公園に遊びに行きたい…… 前に、 お父さんと、 お母さんと、 花公園に行って、 走り回って…… そこに、 お兄さんも一緒に居たら…… もっと、 楽しい……… のに」
そっか…………
「それ良いな、 俺も綺麗な花を見たり、 体動かすのは好きだ…… いつか行こうぜ、 一緒に、 約束」
「……もう、 死んじゃうのに?」
雪ちゃんの頬を涙が伝い落ちる、 だから笑いかけ、 震える手で小指を立てる
「指切りしよう、 想いは心に、 心は意思に、 死んだぐらいじゃこの繋がりは消えないよ…… だから」
雪ちゃんは、 少し納得が行かないと言った顔をしたが、 それでも自身の小指を日暮の小指と絡めた
「なんたらかんたらしたら、 どうたらで…… 指切った……」
「ぷっ、 ふふっ…… どうしてそこを省略するのぉ? ……うん、 でも、 なんか何とかなりそうな気になって来たかも……」
ねぇ………
「…………絶対約束ね」
最後に見えた彼女の顔は、 少しだけ笑顔を思い出して居た、 ようやく笑ってくれた、 笑顔が見たかったんだと、 気が付いた……………
……………
ギギギギギギィッ……………
ッ
バゴォンッ!!
あぁ、 これで最後か……………………
そっか…………
(………以外と、 悪くなかったな)
そんな風に思った、 それが本当に最後の最後、 ほんの少し残された思考で、 さっきの音が天井が崩壊した音だと同時に理解した…… 目を瞑る…………
………………………
ッ
ドガァジャアアアアアアアアンッ!!!
バゴァアアァアアアアアンッ!!
…………
ドジャァアアアアンッ …………………
………
質量が織り成す破壊音がその地を揺らす、 そこに残ったのは視界を覆う土煙と、 そこに確かにこの地の未来を掛けた戦いの痕跡だけだった…………