第百三十八話…… 『最終章、 下編・24』
タッタッ……
『……あの、 エバシさん、 エバシさんって勇者何ですよね?』
?
『……そうだよ? それがどうしたの、 鉢倉くん?』
兵舎の一角、 通路を歩いていた、 今日は前々からエバシさんに頼んでいた事、 騎士達の兵舎の見学をしに来ていた
この世界にやって来てからもうすぐで一ヶ月になる、 今までバタバタとして来たがそろそろ落ち着いて自身がこの世界に残った目的、 それを果たす時が来た
自分は騎士になりたい、 強い騎士になって、 偉業を成したい、 以前の世界では存在しなかった、 御伽噺の様な戦い、 地味に生きていくしか無かった自分が輝ける場所
今日の見学を経て、 自分は正式に騎士の訓練を受ける積もりだった……
案内をしてくれるエバシさんは勇者である、 騎士になった暁には自分の上司、 いやそこから斜め上にズレた立ち位置の凄い人だが、 そもそも彼女との縁で自分はここに居る、 案内も彼女がしてくれるようだった
それよりも……
『……エバシさんはどうやって勇者になったんですか?』
自分の質問にエバシは通路を進みながら答える、 特に悩む様な時間は無かった
『……どうもこうも無いよ、 勇者と言うのはその勇気を認められた者に与えられる称号だ、 各国の王様方に認められ、 この勇者の剣を賜った者が勇者となる』
へ〜
『……勇者って誰でもなれるんですね、 努力すれば俺でもなれるかな~』
ぷっ
自分の言葉にエバシさんは笑う
『……あははっ、 すまない期待させたね、 鉢倉くん、 それは無理だよ、 君がどれだけ努力しても、 勇者になれる訳じゃない』
首を傾げる自分に、 エバシさんは続ける
『……さっきのはあくまでも表向きの話さ、 勇者と言う絶大な力を恐れた王族達が、 勇者を縛る為の儀式に過ぎない』
儀式?
『……あのね、 勇者と言うのは称号では無く、 《勇者》と言う力何だ、 《勇者》と言う意思有る力が勇気を持つ物に宿り、 その者を勇者にする ……《勇者》は私を選んだ、 それだけさ』
えっ、 じゃあ……
『……王様から賜る勇者の剣は?』
『……ただのプレゼントさ、 勇者の剣何てのは無いよ、 《勇者》を宿した者には、 王様からじゃなく、 力の方から剣を授けられるからね』
そう言うエバシは手を前に構える
『……永剣相想・ミクティカルソード』
ブワンッ!
エバシが唱えると、 彼女の手に眩い光を放つ剣が現れた
『……これが本物の勇者の剣、 そしてこれが《勇者》の力だ、 要は王様達との謁見の儀式はそんなに意味が無いって事』
えぇ……
困惑する自分に、 しかしエバシは頭を悩ませ補足する
『……いやでも、 意味無いって言うのも酷いか、 《勇者》の力が宿ったかどうかは、 最初自分には分からないんだ、 自覚症状が殆ど無い』
え? ならば、 なぜ自分が勇者だと……
『……王様達には分かるんだよ、 勇者を探す魔法を持っているからね、 王様達が《勇者》の力の宿る者を探して回る、 実際に私も使者にその報を聞かされ気が付いたからね』
確かに、 王様達が居なければ自分でも気が付けないなら、 王様達の存在も無意味じゃないし、 無駄な儀式に付き合ってあげても罰は当たらないだろう……
『……でも、 無自覚だろうが、 目覚めた時点で勇者は勇者だ、 無意識的にも力を使って居たりする』
力?
『……そう、 この剣を出したりは出来ないけれど、 対魔王の効果を持った力を、 無意識的に肉体から発し続ける…… 特徴としては手に持った物が妙に光って見えたりするよ』
何だそれは……
『……私も担いだスコップが何時もよりもキラキラして見えて居たんだけどね、 流石に自分が勇者だとは言われるまで思わなかったけど、 奇妙な事はいくつかあったよ』
例えば……
『……少しだけ体力が増えて、 身体能力が向上したかな、 光るスコップで掘り続けて一時間経っても疲れを知らなくなった』
自分は驚いた、 勇者とは、 誰に認められずとも、 力に勇気を認められた時、 その者は勇者となるのだと………
……………………
例えば、 前代の勇者が死に、 『勇者』と言う力が新たな勇気有るものに宿った時、 その者は自身が勇者になった事を知る事は無い、 勿論『勇者』の力も扱えない
それでも、 『勇者』と言う力が宿った時点で、 無意識的にその力の片鱗が現れ、 漏れ出し、 刃が光る、 その光は確かなる『勇者』の力として、 魔王の結界を削る事を可能とする
…………………………………
……………………
例えば…………………
ッ
ダッ!
魔王に向け踏み込む日暮、 誰も日暮も、 魔王も気が付かない、 日暮の手に握るナタの刃が、 奇妙に光を放つ、 それはまだ弱く、 まだ小さな光だとしても……
っ
「ふふっ、 無駄だよお兄さんっ!! 閻魔弾っ!!」
ッ
ドガァアアアアアアアンッ!! ………
ザァ……
軽いステップ、 必要最低限の動きによって回避を可能とする、 もう目の前で十発以上打たれている、 流石に間合いも覚える
タイミングも、 ある程度の溜めの時間と、 打つ瞬間の独特な空気の流れの様な感覚で分かる、 ここまで来れば回避も容易
とすればっ……
ダッ!
次の踏み込み、 一歩で魔王少女を間合いに収める、 正直それでもダメだ、 この結界は破れない
そう思っても、 既に振り上げたナタの刃を止める気にはならない、 これは完全に失念していた事だ……
(……俺は勝てる戦いがしたいんじゃねぇっ、 全ての戦いに勝ちてえって言ってんだボケッがぁああっ!!)
弱い奴を倒して勝ちを誇る者は愚かだ、 誇れる勝利とは、 常に自分よりも強い物を打ち倒してこそ
どんな戦いだって、 強者との戦いは困難を極める、 簡単だった事は一度も無い、 死の感覚と絶望的な相手を前に、 それでも……
勝ちたい
(……このむかつく魔力量によるゴリ押し結界を力ずくでもぶち壊してえっ!!)
思い出した、 自分の気持ちを、 戦い始めた頃の感覚を、 だから、 そのバカバカしい程に幼稚で、 故に荒々しい闘争本能が牙を向く
っ
「おっらぁあっ!!」
ナタを全力で振り下ろす、 例え無意味としても、 それでも今自分に出せる全てを乗せた一撃をっ
一閃ッ!
ガァンッ!!
金属と金属がぶつかり合う様な衝撃音、 刃が弾かれる様な手の震えが……
(……もっとっ、 全力で押し込めっ!!)
ガガガッ!!
「あああああっ!!!!」
ッ
ビギィイインッ!!!
っ?
刃が結界の上を滑る様に、 力を込め、 抵抗を失った様に、 思わず前のめりになる体を反射的に抑える……
それよりも、 今の感覚、 さっきまでの弾かれる様な感覚とは違う、 刃が確かに結界に触れ、 表面を擦った様な……
あれ?
目の前の結界、 本の小さく、 うっすらと、 ガラスに釘を引きずった様に、 本の少しの傷、 それでも確かな傷がその強固な結界に刻まれていた
(……これ、 まさか通ったのかっ)
…………
っ!?
バァンッ!!
魔王少女も気が付いたのか、 明らかに動揺し、 慌てた様に飛び退く、 その反応を持って確信する……
(……俺の攻撃があの結界に通ったんだ、 小さいけど、 確かに……)
希望、 この小さな希望があるだけで、 さっきまでよりもずっと体が軽くなる、 息が整う、 やる事は一つ……
(……ぶっ壊れるまで叩き込むっ!)
バンッ!!
追撃、 走り込む、 魔王少女が焦った様に腕を持ち上げる
「閻魔弾っ!!」
ッ
ドガァアアアアアアンッ!!!
っ
ザザァっ……
前方に滑り込んだ、 背後で爆ぜる魔力弾の衝撃を全身に受け、 逆に利用する様に飛ぶっ
ギラッ
「てっらぁああっ!!」
ッ
バギィンッ!! ビジィッ!!
まただ、 やはりガラスを釘で擦る様な弟が響いて傷が付く、 しかもさっきよりも大きいっ
更に、 有無を言わせない高速の連撃、 返す刃から更に切り替えすっ!!
「てぇああああっ!!」
ああっ!!
ッ
ギンッ! バキィンッ! ビジジッ!
ビジャアンッ!!
一気に五連撃の猛攻、 目を見開く魔王少女、 彼女の見つめる一点、 小さくとも結界に傷が密集して行く……
ははっ
「あはははっ、 なんか良く分かんねぇけどっ!! 勝機って奴かよっ!!」
チッ
「こんな程度で調子に乗らないでっ!」
スッ
魔王少女が腕を上げる、 次弾装填、 狙いは心臓、 さっきから堂々の弱点狙いっ
(……狙いが単調なんだよっ!)
ザッ……
軽いサイドステップの為の体重移動、 その準備を………
クイッ!
「閻魔弾っ!!」
っ
魔王少女の指先が途端に下を向く、 余りにも単純、 だがその単純さがこの時日暮には効いた
下を向いた指先、 狙いは地面、 回避方向を誤った日暮の足元で、 魔力弾が爆ぜる
ッ
ドガアアアアアアアンッ!!!
っ!?
(……しくったっ! 左足抉れっ……)
支え足を失った様に崩れる日暮、 そこに魔王少女の追撃、 彼女がその細い腕、 小さな掌を握る
「てやぁっ! 吹っ飛んでっ!!」
っ
(……魔力波を纏ったパンチっ!?)
グワンッ!
まさか少女の格好で、 不恰好と言えどパンチを放って来る何て、 攻撃方法としては予想外……
予想外でも、 適応内だっ!
グッ!
「舐めんなぁクソガキがァ!! ブレイング・ブラストッ!!」
ブォンッ!!
「ああああっ! 遅いよお兄さんっ!!」
ッドグジャアアアッ!!
っ!?
魔王の拳が胸に刺さる、 これはまずいダメージ、 それでも………
(……当たりゃいいんだよっ!)
日暮のパンチ、 その狙いは、 一番最初の小さな傷から合わせて七撃、 その傷は交差する様に一点に密集している、 被せる様に狙い叩きつけて居た
そして拳はその中心っ
これでっ!
「ぶっ壊れろォっ!! オッラァアアアッ
!!」
ボォンッ!
ッ
バゴォアアアアアアンッ!!!
拳の中に膨張した空気圧が、 拳の衝突と共に破裂し、 絶大な威力が叩き付ける
ビギィッ!!
っ
決定的な音が聞こえた、 不恰好な体制、 左足の支えを失い倒れ掛けながら、 それでも放った左のパンチ
勢いに飲まれる様に、 日暮は地面を転がる
ゴロンッ……
ばっ!
大丈夫、 まだ傷は治ってる、 足も胸も、 まだ大丈夫だ、 直ぐに立ち上がれる、 それよりも結界は……
っ
ヒビ、 魔王の結界、 傷が密集し、 ブラストの拳が叩き込まれた地点には細かなヒビが蜘蛛の巣状に走っていた
正直……
(……ダメージに見合ってねぇ! ぶっ壊れても良いと思ってたのにっ)
内心落胆しながらも必死に内側に隠す、 焦りを見せれば一気に畳み掛けられる、 魔力枯渇と言っても少しぐらい保険を残してある事も想定しろ
グッ
傷が治った、 でも絞り出す様に治りが悪かった、 目薬の最後の一滴を出す様なエネルギーの消費だった
(……ははっ、 結局死ぬまでまでダメージ喰らう戦い方は止められそうに無いな…… 次ダメージ喰らったら終わりだ)
はぁ………
魔王少女を囲う結界、 そのヒビは消えない、 魔力枯渇が原因なのか修復する素振りは見せない、 だがいつ振り出しに戻るとも分からないんだ、 今はとにかくあの一点を叩き続ける事だけ考えろ……
感覚を研ぎ澄ませ………
ヒビ…… ヒビ……
ヒビッ!
ダッ!!
日暮は踏み込み走るっ
グリッ!
拳を握る、 もう一発ブラストだ、 何としてもブラストをあのヒビに叩き付ける、 今度こそ叩き割れるっ!
「ブレイング・ブラストっ!!」
叫ぶ、 木霊する程の声でっ
「そろそろ死んでよっ! 閻魔弾っ!!」
魔王少女が日暮に向けた右腕、 伸びた指先、 魔力弾が来る事は分かっていたっ
「単調なんだよっ!」
ザァッ!
日暮がヒビの方に周りこむ様に地面を蹴り、 魔力弾の軌道から逃れる、 このまま叩き込む………
スッ
不意に、 魔王少女の掲げる右腕とは反対に、 降ろされた左腕、 隠すように主張をしない左手、 その指先だけが日暮を追っている事に遅れて気が付いた、 まさか……
右を高々と掲げて注目を集めての……
「閻魔弾ッ!!」
ボッ!!
右手に魔力の流れが無い、 右で打つと思わせての隠した左で打つ、 日暮の思考を読んで、 ヒビ狙い、 しかもブラストを使う為に接近する事は予想できた
右腕を掲げる事で、 ヒビ方向に最短で迎える回避方向を敢えてつくる事で、 日暮を誘った
こいつ……
(……戦いが上手くなっているっ)
魔王少女は度重なる戦いで少しずつ戦いを学ぶ、 日暮を欺く為にこの道筋に日暮を進ませた……
ああ、 だからこそ………
ッ
ボカァアアアアアンッ!!
魔力弾が着弾し爆破する、 こう言うのは気持ちの問題だ、 戦いのど素人だからこそ、 完璧に、 思い描いた通りに物事が進んだ時
まるで初犯の犯人が現場に戻る様に、 設置した罠にかかった獲物の姿を執拗に目に焼き付けようとする様に……
魔王少女は爆破地点へ無意識に視点を固定する、 そこに日暮の気配を感じない、 吹き飛んだから?
いいや……
バタバタッ!
布のはためく音、 上から……
「だから単調だって言ってんだよっ!!」
っ!
魔王少女が視線を上げる、 日暮は上に回避していた……
日暮が回避した方、 そこには岩があった、 クリスタルとは違う、 黒っぽい洞窟本来の素材の岩で、 この薄暗い洞窟内では良く意識していないと陰の様に同化してしまったりする
(……岩があったのか、 三点飛びで上に回避ね)
魔王少女が指を日暮に向ける、 計算でいけば着地と同時に再度閻魔弾を打てる様になる……
日暮の拳は握られたまま……
(……きっと殴る能力は着弾まで拳の中だ、 それを打つまでは再度能力を発動できない、 加速技で回避出来ないと分かっていればっ)
考察、 その考察が正しいからこそ、 正しさの中に隠される物が有る、 目を向けなくては行けないことはもっと他にも有るのだ……
例えば……
魔王少女の思考を、 日暮もまた読み、 その上で作戦を既に練っているとしたら、 その作戦が数歩前、 魔王少女の思考よりも前から綿密に組まれた物だったとしたら……
タァンッ!
着地、 目の前、 二人の距離は三メートル、 魔王少女の指先に魔力の流れ、 日暮は次の瞬間には更に地面を蹴るが、 結界に出来たヒビの面を庇う様に背後に隠した
そこへ踏み込むよりも、 魔力弾の発動の方が速い、 完璧な計算……
日暮の体が傾く……
ダッ………
ッ
「閻魔だっ…………」
……………… ボッ!
?
言い切る前に、 日暮の姿がぶれた、 まるで残像だった様に、 一気に体が加速した……
加速?
違う、 拳に空気圧が込められている、 込められた以上それを発動するまで、 再度能力の使用は不可能、 空気圧による加速はできない…………………
いやでも、 聞こえた、 聞き間違いかと思って脳が勝手に音を弾いた、 まさか、 いや、 まさか………
(……お兄さんの拳の中に、 空気圧の能力は本当に握られて居るの?)
例えば、 魔王少女自身が行った様に、 右腕を掲げ注目を集め、 隠した本命の左で魔力弾を打った様に
あの時点、 その前の段階で、 魔王少女の動きを読み、 思考を読み、 彼もまた、 欺く為に、 偽の注目点を作り出したとしたら
それは……
『……ブレイング・ブラストッ!!』
あれだ、 能力の発動は無し、 技名をただ叫んだだけだとしたなら、 結界のヒビに執拗に注目し、 その視線から魔王少女の思考を操ったのだとしたら……
今、 脳が無意識に弾いた、 日暮の体がぶれた、 空気圧が彼の背を押し出した、 加速、 加速の技を叫んだ
叫んだっ
遅れて鼓膜を、 再び揺らした………
………
っ
「ブレイング・ブーストッ!!」
ッ
ボガァアアアアアアンッ!!!
はっ!?
もう、 魔力弾の間合いからずっと遠くへ、 後ろ側に回したヒビの地点へっ
ザァッ!
空気圧に押された衝撃を殺す事なく、 足で掛けたグリップ、 そこから回転する様に、 高々上げたナタ、 破壊するなら刃側よりも硬質なナタの背、 大上段で叩き付けるっ
ッ
ガァアアアンッ!!
バギィンッ!!
っ!?
ビギビギッ!
……ヒビが、 広がる、 正確に逃す事なく叩き付けるられている、 そこにダメージは蓄積して行く、 魔王少女は焦っていた
(……魔国式結界・弥弥戸羅俱はその強固さを出す為に術式を複雑化し、 その上で構築をオートマ化しているっ)
複雑化し、 構築をオートマ化していると言う性質上、 部分的な補習が難しいと言う欠点が有るが、 本来それは苦を感じる様な事は無い
いつもならば溢れる程の魔力量のゴリ押しで強引に穴埋めをしてしまうのが魔王のやり方だった、 しかし
(……魔力が枯渇している今、 結界を再度張る余力も、 修復に掛ける時間も無いっ)
日暮の予想は大正解だった、 現在魔王は所謂魔力枯渇という症状に陥っている、 原因はこれまでの無茶な戦いの連続
白神・白従腱挺邪との戦い、 本来容易に屠れると予想した相手が、 遙か上位の存在だと突きつけられた、 最後の大爆発は一歩間違えば本当に死んでいた
勇者・ナハトとの戦い、 彼の中間との共闘もあり、 混戦を極めた、 対魔王の天から与えられた能力なだけは有る、 あれは確実に『魔王』と言う存在を削ってくる
獄路挽からの支配、 その支配下での戦闘、 肉体に芽生えた意識の情報を一時的と言えど強制的に切断され奴がこの力と肉体を操った、 そこに生まれた齟齬が悪さをしている
皇印龍・セロトポムとの戦い、 何とか間を作り逃げ出したが、 あれはまさに化け物だ、 領域と言うある意味自分の世界、 その中で他者の奴が事象を改変し、 法則を捻じ曲げ、 ミクロノイズまで生み出した、 削られた
そして、 最も苦しいのが、 白神が、 肉体の少女、 雪ちゃんに継承した『白従』、 世界を破壊する化け物を、 一柱の神へと縛った天閣の力、 それが『魔王』と言う力を拒み続ける……
そして、 やはり………
(……お兄さんの力っ、 まだ弱いけど私の結界を確実に削るこの感覚はっ、 これは確実に……)
『勇者』
ギラッ!
光を放つ刃、 その光量は一撃ずつ大きくなって居る、 その度に力は増し、 無意識とはいえ『勇者』と言う力がその力を宿す物に与える肉体に対するバフは目に見えて日暮の動きに作用する
ザッ
一度踏み込めば………
っ
「てらぁああっ!!」
バギィンッ! ガァアアンッ!!
更に叩き込む二発、 速い、 この距離感では魔王少女は日暮の速度に対応出来ないっ
(……距離を取らなきゃっ!)
魔王少女は足に力を込める、 その方向が日暮には分かる、 単純だ、 知らないから隠せない、 ステップは体重移動、 足の設置方向、 その傾きで予想できる
バッ! ………
ザッ!!
全く同じ方向に、 同じタイミングで踏み込む、 焦る魔王少女を逃す積もりは一切無い、 ここだ、 ここで完全に殺し切るっ
ガッ!
グリップの効いた靴底、 そこから反動を利用する様に素早く、 そして力有る一閃っ
ガァアアンッ!!
ビギッ!
っ
「閻魔弾っ!!」
………見える、 最早脅威ですら無い、 目標が明確化した時、 意識は思考を単純化し、 それに合わせ無駄を省き動きを最適化する
強固な結界による防御だよりの護りに回る戦法にて、 その強固な結界に対して破壊攻撃が有効となった今、 五秒間事に炸裂する単純な軌道の魔力弾をまるで警戒する必要が無い
『勝てる』そう思った、 つまり勝ち方が出来上がった時点で、 後はそれを丁寧になぞるだけ………
ッ
ドガァアアアアアンッ!!! ………
ギラッ
刃の光は深い、 屈伸の動きを利用した下方への回避、 そして強烈なかち上げッ
ガァアアアッ! ………
返す振り下ろしッ!!
ガギィアアアアンッ!!
バギッ ビギィッ!
みるみると、 初めは小さな傷だったそれは、 明確なヒビとなった時、 それはどんどんと大きく広く、 そして脆くなっていく
正確、 天才的な程に攻撃の重ね方が結界破壊において適切だった、 もうほんの数撃、 それで完全に穴を開けられる事は焦りに染まった魔王少女の顔から容易に想定出来る
だから………
早く、 もっと早く、 早く、 早く、 一秒でも早くッ
ッ
バギィアンッ!
更に振るった刃、 魔力弾のクールタイムを考えればリスクの高い追撃だった、 だが今の魔王少女は完全な焦りの中……
彼女にとってこの結界が破壊される事は全くの想定外だからだ、 そしてこれが本当に予想通り『勇者』の力による要因だとするなら、 そして日暮がそれに気が付いて居ないならば……
(……なんとしてでもっ)
殺される訳にはいかなかった、 何故なら、 それは前代の勇者、 ナハトが魔王を殺せない理由と同じである
獄路挽は前前代の勇者、 エバシ・キョウカの絶対的な力に次々と魔王を殺された事態を重く受け止め、 措置をした
『勇者』と言う力によって『魔王』の宿る肉体が破壊された時限定で、 『魔王』は瞬間的に、 そしてそれが例え異なる次元、 世界に囚われて居ようとも、 獄路挽の元へ力が帰還する様な……
ある種の条件下における瞬間移動魔法の機構を組み込んだのだ、 これは『魔王』が概念体だからこそ出来た事で、 弱くとも『勇者』の力を宿した日暮の攻撃に倒されれば『魔王』は獄路挽の元へ帰る事になる
それはナハトの作戦を根本から崩す事になり得、 それに従う日暮にとっても最悪の結果になる、 そして何より……
(……絶対にあそこに帰りたくは無いっ! 嫌だっ、 せっかく自由になれたんだっ!)
『魔王』と言う力に意識が生まれた時点で、 それが獄路挽を拒絶するのは当然と言える程に、 『魔王』にとって獄路挽からの支配を抜け、 異なるこの世界にて自由を得た今が、 漸く呼吸が出来た様に心地よかった
だからこそ………
スッ!
「閻魔弾っ!!」
少しの隙に乗ってくる、 それはもう日暮の想定内、 いや、 日暮に乗せられただけだと瞬時に気がつけない、 彼女はまだ子供だ……
ガァッ!
大袈裟を限りなく捨てた、 閻魔弾のヒット範囲を完全に無意識で知覚し、 究極の紙一重による回避、 ほんのコンマ数秒のその時間が、 日暮にとって喰らい着くには十分過ぎるッ
ガゴォオンッ!!
強く打つ、 刃が沈む様な感覚、 ガラスの板が衝撃にたわむ様に、 それが決定的であるという事がわかった時、 日暮は喉を震わせる
早く、 早く、 もっと早くっ!
(……フーリカの為にっ!!)
日暮を動かす理由、 彼を今戦わせる、 刃を、 牙を振るわせる理由、 それが、 初めから拒絶等せず、 対する事もなく、 受け入れる
日暮の意識を、 戦う理由を、 闘争心を、 その根源である、 内側で睨む者、 内側の獣は容易に受け入れる
(……そうか、 お前も戦う理由が欲しかったんだな…………)
ならばっ!
ッ
ガァンッ!
結界に更にナタを押し込む様に、 左手でナタの尾を強く押し込む、 脆くなった地点に、 トドメを刺すように一点、 日暮が叫ぶ
早く、 速く、 最速のっ!!
「ブレイング・ブーストッ!!!」
軋む結界、 最もエネルギーが溜まるその地点へ、 打ち付けたナタを、 更に空気圧が弾け押す、 ゼロ距離から強い推進力を産み、 更に深くッ
バギバギバギバギィッ!!
もう少しっ
「ああああああっ!!」
ビギィッ!
あと少しっ!
「あああああああっ!!!!」
押し込む、 深く、 もっと深くっ、 全てをここに、 全ての歩みを、 ここまで自分の背を押してきた、 連れてきた全ての力をこの一点にッ!!
ああああああっ!
「ぅらあああああああああっ!!!!」
ッ
バギィァンッ!!!
グッ! …………
……………
ッ、 バジャアアアアアアンッ!!!
っ!
その刃が通り抜ける様に沈む、 遂に、 結界に穴が空いた、 それを認識すると同時………
バァンッ!
っ!?
「ちっ!」
押し返されたっ、 最後の最後、 悪足掻きの様に、 少しでも距離を取る様に、 相打ち、 破壊と同時にこちらの体幹も崩れた
(……あとっ、 もう少しっ!!)
ザァッ!!
少し無理にでも、 体を強く捻って、 ほんの少し絞り出した体の余裕、 そこを詰める様に、 執拗に追いかける刃が、 逃れようとする魔王少女を……
ビシンッ!
研ぎ澄まされた殺意が、 結界に空いた穴を通して、 魔王少女を刺す、 既に切り飛んだ様に冷たい感覚、 後はそこをなぞる様に……
ッ
「うらあぁっ!!」
ブォンッ!!
短い振り幅内で、 最速、 そして最高の突き出す様な一振、 糸の上を進む様に、 冷たい殺意が描いた起動を刃が滑る
振るった刃が、 突き破った結界の穴を通り抜け、 真っ直ぐに、 止まることを知らない様に
っ
(……殺すっ!!)
一瞬の思考により改めた覚悟の構築、 殺す、 殺せる、 その意思が示される様に、 刃を握る日暮の右手が結界内へと侵入して………………
…………
?
ほんの違和感、 もう殺したも同然だと強い決定、 単純化した思考が、 どうしようもなく、 覆し様の無い結果だと仮定した脳に小さな警戒感を示す
それは小さな変化で、 大したことは無いと自分の中の九十九パーセントが訴える中、 残りの一パーセントが気が付いた……
魔王少女の顔、 さっきまでは焦りに顔を歪めて居た、 確実に無意識的に敗北ヅラへとなっていた、 日暮の勢いに呑まれていた彼女の顔が……
生きている
その目が、 まだ死んで居ない、 ギラギラと………
日暮と同じ……
土壇場で…………………
(………覚悟が決まった顔だ)
小さな違和感……………………………
……………………………
その瞬間感じた、 正確に言うならば、 一瞬だけ感じる事の出来た、 身を押す様な……
抵抗感…………………
……………
ッ
っ!?
ドガジャアアアアアアアアンッ!!!!
ガジャアアアンッ!
……………………
ガラガラ………… ガラッ………………
………………………
???????
?
(……………?)
…………
ぁぁ? ……………ぁあ??? あれ?
(………ぶっ飛ばされて……… る?)
ガラガラ…… カランッ………
瓦礫、 小さな破片がボロボロと落ちる、背中が熱い、 肺が、 いや骨、 内蔵、 分からない、 脳が揺れて………
っ!? ………!?
いや、 いや、 いやいやいやいやいやっ
グッ!
痛み、 血が滲むほど奥歯を噛み締め、 混濁する意識を引っ張り上げる、 背中に感じる質感、 これは………
(……岩壁?)
っ
「ゲホッ、 ホッ、 ぅえっ、 ゲホッケホッ……… ぁぁ………」
苦しい…… 分からない、 何が起きた?
魔王は?
っ
カタン………
足音
何とか持ち上げた首、 痛みに歪みながらも何とか睨んだ先に、 魔王少女、 その顔は初めの物とは違う、 覚悟の先に見出した勝者の笑み携えて居た
「……お兄さん、 正直私凄く驚いたよ、 うん、 認めるよ、 お兄さんは強い」
………
カタン…………
一歩近づく、 すると妙だった、 彼女が一歩踏み出した時、 空気が揺らぎ、 圧縮される様に苦しさを感じた
カタン…… カタン………
もう一歩、 更に一歩、 更に歩みを進める度に、 間違い無い、 マウンテンパーカーが、 髪が、 空気が、 ドッと押し寄せる様に、 まるで圧縮される様に……
これは、 やっぱりそうだ、 間違い無いっ
これはっ……
「魔国式結界・弥弥戸羅俱・在変、 超反発する結果…… 勁撥乱爻寓っ」
……超反発型の結界?
くっそ……
吹き飛ばされたんだ、 日暮の手が結界内に侵入した時点で、 破壊された結界を捨て、 新たな法則性を持つ結界を構築し直した
マズった
(……結界の再構築もできない程に、 魔力枯渇に蝕まれていると勘違いしていたっ)
まだ離れて居る、 視覚効果を持った結界で、 中心に近く成程黒味掛かって認識出来る、 にもかかわらず、 目に見えない程薄らと届く効果に、 軽い服や髪、 空気が軒並み岩壁へと押し付けれている
苦しいっ…………
痛みやダメージだけが立ち上がれない理由じゃないっ、 引力に引かれる様に、 原理としては反対だが、 背後の岩壁に押し付けられている
ググググッ
バァンッ!
脆い岩壁の表面に亀裂が入っていく、 魔王少女がゆっくりと一歩ずつ歩く、 その距離が近づく度に、 その力は増す、 真正面から風圧に押し込まれる様に、 胸が再度膨らむ余地もない程に……
ぁあっ…………
喘ぐ事も出来ない、 ビジビジと音を立てて、 岩壁に当たる服が力任せに切れ、 下の皮膚にくい込んで行く
グジャッ!
っ
日暮が吹き飛びそうな意識を、 下唇を噛み何とか繋ぐ、 既に骨が軋む程の強さで日暮の体は岩壁に押さえ付けられていた……
どうして…… さっきまでの魔王には力が………
カタンッ……
ッ
ドォオッ!!
ベギィッ!
っ!?
肋が折れくい込んだ、 悶絶する事も出来ない、 肉体がミンチになるっ……
ふふっ……
不意に笑いが聞こえた、 魔王少女が笑う
「お兄さん、 私が魔力枯渇な事に気が付いて居たでしょ? でも、 警戒はしてた筈だよね? それを勝利の前に少し見失った」
「……私に溢れるこの魔力は、 いざって時の、 言うなれば、 私が私に掛けておいた保険って奴かな?」
っ
確かに、 それを警戒する思考はあった、 だが勝ち方を決め、 思考を単純化した時、 それは追いやられた、 どんな事でも対応出来ると思った、 にも関わらず……
(……初見殺しじゃねぇかっ!)
カタンッ……
ベギベギッ!!
っ………
柔い肉体が、 強固な岩壁を破壊しうる程の力で押され続ける、 関節部から強引にねじ曲がって行く
ふふふっ
笑っている、 そうだ、 初めからこいつは、 楽しむ事しか考えて居ないっ
この状況を楽しんで居るっ
ぁぁ………
ダメだ、 もう、 ここから、 もう術を持ち得ない、 もう…………
(……っ、 意識が)
手放したら終わりだと、 吹雪の吹き荒れる雪山に立っている様に、 ただ苦しく、 ただただキツイ、 意識を手放した方が楽だと、 何処からか気持ちが湧いてくる
勝手に、 眠気が………………
………………
ガガッ…… ビガガ……… ガァ…… ガガガッ………
?
(………無線?)
…………………………
ッ
ドガァラァアアアアアンッ!!
っ!?
ドザァアンッ!!
………………………………………………
……………?
……………………………………
……あれ?
何だ? ……………まだ、 まだ意識が……
苦しく無い、 何だ、 大きな音がして、 更に吹き飛んだ…… 岩壁は?
…………………………
ボワァ………
立ち込める砂煙、 ボロボロと崩れる岩壁、 魔王少女は少しの驚きと、 納得に頷く
「……岩壁の向こうは空洞になってたんだ」
硬い岩壁は、 しかし薄く、 日暮の肉体の破壊より先に、 岩壁が崩れた、 崩れボッカリと開いた穴の薄暗い向こう側に日暮は転がっていた
スッ……
魔王少女が転がる日暮に指を向ける、 追撃、 最後の最後、 地面を転がる日暮に向けて、 決定打を……
…………………
ガガガッ…… ビッ、 ガガッ…………
…………ピクッ
日暮が震える手で無線機へと手を伸ばす、 それは果たしてただの気まぐれか、 別に直ぐに殺しても良かった、 でも……
………………
魔王少女は指を下げる事無く、 それでも既に溜まった魔力の塊を弾丸として射出する動きを止めた
やがて、 漸く無線機を顔の近くまで持ってきた日暮が、 電波を繋ぐ……
…………………………
ビッ……
ビガガッ
………
『………っ、 ぅっ、 ぉっ、 お兄ちゃんっ……………』
薄暗い、 深い洞窟内へ届いた電波が届けたのは、 消え入りそうな泣き声、 啜り泣く妹の茜の声だった
ぁぁ…………
『………ごめっ、 ごめんねお兄ちゃんっ、 すっ、 直ぐにお医者さん呼んでっ、 お医者さんがしっ、 心臓マッサージとかっ、 してくれた、 でも………』
………………………………そうか ……………
このタイミングで、 無線が掛かってきた時点でその内容は分かりきっていた、 妹の泣き声が聞こえた時点で、 頼んだ内容の報告だと分かった
……ごめん、 謝るのはこっちだ、 結局この連絡をさせてしまった、 結局自分は
間に合わなかったのだ………
ぁぁ…………
「………………ぁ、 茜、 っ、 ゲホッ、 ホッ、 ゲホゲホッ」
苦しい、 まともに言葉が出ない……
それでもっ………
「………ゎ、 分かった、 ケボッ、 もう分かった、 ありがとう、 茜っ ……ごめん、 な…… 俺間に合わなかっ、 ゲホッ」
ぁぁ、 ああっ、 あぁ…………………
間に合わなかった、 間に合わなかった、 間に合わなかった……………
それは、 つまり……
(………フーリカが、 死んだんだ)
はぁ…………………
(………クソだ)
日暮は目をつぶり、 もう一度開ける、 傷が治らない、 いつ死んでも不思議では無い程のダメージ、 体が冷たい
これは、 似ている、 始まりの戦い、 暗低公狼狽との戦いで、 まだナタに巻き付く骨が無かった頃だ
空から自由落下して、 奴をクッションにして衝撃を殺し、 何とか生き延び地面を転がった時の、 瀕死
あの時の冷たさだ…………………
ぁぁ…………
「………茜、 ありがとう …………ゲホッ、 ホッ……」
ガガッ
『…………お兄ちゃん? ……ねぇ、 どっ、
どうしたの? さっきから、 凄く苦しそうだけど……………… まっ、 待ってっ、 ねぇ! お兄ちゃん今どうなってるのっ!』
茜の声が一気に焦りを帯び、 上擦った様に、 少しキンキンとする悲鳴の様な声で、 ヒステリック気味な時の母に良く似た感情表現だった………
『……お兄ちゃっ』
「……茜、 ……俺は、 二人の事が、 好きだったんだ…… ぅっ、 お前はそんなっ、 二人のっ、 ゲホッ、 ぃ、 い所をちゃんとっ、 ゲホゲホッ…… 受け継いでる…… ごめん ……でも、 お前は、 大丈夫だ………」
はぁ…… はぁ……………
日暮は喉を震わせだ、 一方的に、 もう何かを考える程の思考能力を乏しかった、 一方的に伝えたい事を、 想いを彼女へと伝える
「…………ありがとう、 ゲホッ、 ゲホゲホッ……… っ、 お前は、 昔から、 いい子だ………… 自慢の、 な…………」
ガッ ガガガッ………
電波がぶれる、 その向こうから必死に兄の声を呼ぶ無線機の繋がりを切ると、 振り絞った力で放った
ガチャンッ…… カランッ………
はぁ……………………………
日暮はただただ深い、 そして重い溜息を零すと、 最後の抵抗とばかりに開いていた目を、 今度はしっかりと瞑ったのだった………………




