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第百三十七話…… 『最終章、 下編・23』

崩れた路地を迂回して進んで行くと、 暫くして目の前に見覚えのある洞窟が見えて来た、 薄暗い路地の先に突然洞窟が口を開けて居るのは何とも奇妙だ


確か、 初めてこの洞窟に来た時、 そうだ、 彼女の両親の亡霊に行方不明になった娘を探してくれって頼まれて


正直どうするとか方法は無くて、 でも導かれる様にここに来たんだ、 そこで彼女、 雪ちゃんに初めて出会った


雪の様な艶のある白い髪と、 周囲を白蛇に囲まれていると言う事以外、 何処にでも居る様な女の子で


どうして自分は彼女を救いたいと思ったんだろう? 彼女の両親に頼まれたからか? それとも慣れないヒーロー面したくなったのか……


でも理由なんて何でも良くって、 自分は雪ちゃんが、 悲しまない様、 寂しい思いをしない様、 一人の人として自分の力で立てるまで最も傍に居てあげようだなんて、 何か思った、 それだけだ………


………


カタンッ……… カタンッ………


洞窟内に足音が木霊して行く、 空気を震わせ、 靴が地面を叩く音が洞窟内を子気味よく響く


不思議と落ち着いていた、 ここまで来たらやる事は一つだ、 何も迷う様な事はひとつも無い、 人生の歩の中で、 日暮の背を押した声が、 想いが力だ、 全ては力だ


魔王を倒す、 それだけだ……


………


暫く歩くと淡く光を放つクリスタル結晶がチラホラと目に付く様になり、 それは奥に進む程数を増す


やがて広く、 広間とも言える開けた空間が見えてくる、 そこは壁や天井にクリスタル結晶が淡い光を放ち、 これが意外と暗さを感じ無い、 光源として十分である


探す必要は無かった、 まるで待ち構えて居た様に、 彼女は真正面の岩に腰掛け、 日暮を見ると満面の笑みを作った


彼女が小さく手を振る


「お兄さ~んっ、 いらっしゃい~!」


まるで、 親戚の家の子供が叔父さんでも迎える様な気軽さを含む声だ、 思わず気抜して、 全てを忘れてしまいそうな程にその笑顔は明るかった


ザッ


日暮は、 魔王少女から一定の距離を取り止まる、 大丈夫、 それでも彼女を、 『魔王』を睨み付ける目は変わらない


魔王少女が岩の上から降りて砂汚れを払う、 無防備だ、 とても目の前の男が今、 自身の命を取りに来た存在だとは思っていない様に


だが


(……隙がねぇな)


あのゆったりとした少女の様な仕草は全て虚像だ、 不用意に飛び込めばあっという間に殺される、 それだけの力の差が有る、 過去の敗北は無駄にはしない


よいしょっ


そんな可愛らしい声と共に少女は日暮に目を合わせる、 はにかむ様な笑顔が眩しい様で、 その本質を知る日暮からしてみれば不気味な程の質の悪い仮面に見えた


とん…… とん……


魔王少女がゆっくりと歩く、 その歩みは真っ直ぐに日暮の傍に、 意図してとった距離を容易に詰めてくる無遠慮な物だった


一歩一歩、 足音が洞窟内に木霊する度に、 日暮の内側で何者かが記憶の蓋を開け、 彼女に対する物を並べ始める……


………


出会い、 雪ちゃんとの出会い、 日暮が人生で初めて人に手を差し伸べた、 一人の大人として、 目の前で涙する少女に手を差し伸べる事は容易で在るべきだとふと思った


彼女が初めて、 人に向けて使った能力は、 死者蘇生の能力だった、 死んだ人間が息を吹き返し、 それを美行として喜ぶ少女に、 日暮は言いようのない忌避感と恐怖を感じる


人としての、 生物としてのラインを越えた彼女を、 それでも何処にでも居る普通の少女として生きられる様に、 なんとしてでも彼女を守らなくては行けないと強く思った


誰に相談出来る訳でもない彼女の事、 フーリカとは共有出来た、 互いに肩の重みを分け合って隣を歩いて行くと約束する、 かけがえのない出会いだった


雪ちゃんが少しずつ忘れた記憶を取り戻して、 彼女はより日暮と言う人間を特別視し、 日暮は微力でも更に彼女の為に出来る事を探した


そんな緩やかに進む彼女との時も大きく変化する、 街の空に龍が飛んだ日だ、 日暮はその日街には居なかった


最も大事な時に日暮は彼女の傍に居なかったのだ、 彼女は『魔王』となった、 幼体と呼ばれていた頃とは比べ物にならない程、 その身に絶大な力を宿し


そして、 『魔王』と言う力に宿る意識が、 雪ちゃんを変えた、 まるで人が変わった様に、 力をひけらかし、 人を操り、 そして日暮を攻撃した


詳しく言うなら藍木山攻略戦にて日暮の中に蘇った、 暗底公狼狽あんていこうろうばいを彼女は攻撃した、 でもそれは日暮にとって既に自分の半分を占める部分で、 それが消し飛んだ日暮は一時植物状態の様になったのだ


フーリカに助けられた、 でもその後日暮は雪ちゃんの事を忘れた、 誰の記憶の中からも忘れられていた、 認識阻害の力を魔王少女自身が使いそうしたからだ


ずっと忘れてきた、 あれだけ守るとか、 人として生きて欲しいとか、 気の良い様な事を言って、 大切な事をすっかり忘れている内に、 彼女はもう後戻り出来ない所をまで行ってしまった


『……お兄さんは私を守れなかったの』


彼女に言われた言葉が蘇る、 何処にでも居る普通の少女ではもう無い、 この街に、 まるで夜の帳の様に落ちる混沌の、 今や中心に立つ者こそ彼女だ


彼女は、 『魔王』は混沌を楽しんだ、 イタズラに絶大な力を振るい、 人の心を壊し、 そうして、 日暮の両親を殺した


日暮はただその怒りを魔王にぶつける事だけ考えていた、 でもそれは停滞だ、 新たな風に触れ、 考え方を改めれば、 過去の選択に対する後悔と、 そこから伸びる新たな道が見える物だ


日暮は彼女を守れなかった、 もしかしたらどうにか、 彼女の戦いを、 彼女が背負った戦いを、 少しでも日暮が肩代わり出来たなら、 それだけの力を持っていたら何かが変わったのかもしれない


……日暮は託された、 雪ちゃんを人知れず守ってきた守り手、 白従腱挺邪はくじゅうけんていや


混沌を楽しむ魔王、 そしてその背後に居る獄路挽ごくじびきに一矢報いる、 血に染った覚悟を示した勇者ナハトに


魔王の領域内から日暮達を脱出させ、 自身は最期まで戦った、 最後はその戦いの報告、 魔王の位置、 そして大切な問いかけを日暮にしてくれた皇印龍・セロトポムに


娘の為に命を掛け、 死して尚その想いを残滓として世界に残し、 その意志を日暮へと繋いだ雪ちゃんの両親に


息子の為に命を掛け、 その身で息子を生かし、 言葉で息子を正し、 想いで背を押した、 日暮の心に寄り添ってくれた、 日暮の両親に


……日暮と、 この世界でただ一人、 その記憶も、 知識も、 言語も、 想いも、 恐ろしい程に共有し、 互いに支え合い、 互いの荷物を持ち合い、 隣を歩んで行く事を約束した


最後の最後まで、 日暮が目を逸らそうとする気持ちに、 それでも真っ直ぐに想いを届ける事を止めず


怒りと、 悲しみと、 自責と、 後悔に縛られ立ち上がれなかった日暮へ手を伸ばし、 日暮を庇い、 日暮の代わりに傷付き……


日暮にとって、 どんな形でも、 それを正確に未だ理解できなくとも、 確実に大切だと言える人、 もう一度戦う理由をくれた人


フーリカ・サヌカに


…………………


タンッ…… タンッ……


少女が歩く、 二人の距離が徐々に近ずいていく、 日暮は、 魔王少女に一方的に詰められる距離にまるで対応出来ないかの様に、 その場から一歩も動けなかった


ぶわぁ……


奇妙な空気の流れを感じる、 生温い風が肌を撫で、 うっすらと吹き出す汗が背筋を冷やす、 嫌な感覚だった


やがて魔王少女の距離が三メートル程になった時、 彼女はその歩みを止める、 一度足りとも目を離せなかった、 一歩二歩で交える二人の近さ


流れる様な動作、 静かで落ち着いた、 まるで銅像の様な、 冷たい殺意が肌感に触った時、 不意に魔王少女がその細い腕を持ち上げ………


スッ………


指を日暮に向ける、 蜃気楼でも起きる様に、 密度の高い魔力の流れが感覚として指先を揺らした事を知覚


日暮は、 それを知っている………


…………………



「閻魔弾っ!」



ドガァアアアアアアンッ!!!


ガガガンッ!!


………


突然として破裂、 爆発を起こす魔力弾、 それは既に魔王少女の指先にエネルギーが貯められていた事を示す


試合開始の鐘の音がある訳では無いが、 余りにも突然の暴力、 洞窟内に爆音が木霊し、 クリスタル結晶が揺れる……


笑う魔王少女、 それは勝利を確信したからか……


いや、 寧ろ、 その逆を確信したからこその笑、 爆炎を生ぬるい風が押し広がる、 その広がりに隠れる様に……


ダッ!



ふっ……


息遣い、 一瞬の短い呼吸、 ギラリと光る刃、 明山日暮の牙……


「せっ、 らぁあっ!!」


……ブゥンッ!!


ギィンッ!!


っ!


魔王少女は自身の感じた希望、 明山日暮と言う人間に確かに感じたその鮮烈な感覚に対して、 間違って居なかったと再認識する


そして笑う


「あはははっ、 今の良く避けたねっ」


完全なる不意打ち…… いや、 果たして……


「あんなもん、 これから打ちますって宣言してる様なもんだろっ、 牛見のババアと言い、 少しは殺意を隠せっ!」


ギギギギチッ!!


日暮は魔王少女の魔力弾を避けつつ、 煙に自身の身を隠し、 側面からできる限り殺意を殺し、 牙を叩き付けた


だが、 魔王の結界は既に構築されていた、 ナタの刃が魔王に届く前に、 まるで金属と金属が激しくぶつかり合うような音を立て防がれていた


魔王の結界、 その強度の仕組みは単純ではない、 力が強ければ良い訳では無い、 まるで細い糸を解く様な、 綿密な細さの集結、 簡単に破壊する事は出来ないし、 破壊出来なければ魔王少女に攻撃は届かない


ギチッ! ガァンッ!!



ナタが弾かれる、 日暮がその衝撃を利用し一歩下がる、 魔王少女は日暮の二撃目に合わせたカウンターの手を下ろした


ふぅ……


「お兄さん良く来たね、 あんなにボロボロにしたのに、 何度でも立ち上がる、 正直私は人間の心の強さを舐めてたよ」


その言葉には少し共感出来た、 正に今日暮がもう一度ここに立ち魔王を前に立ち向かえているのは、 紛れも無い人の心の強さ故だ


「……そうだな、 魔王、 お前は舐めてた、 お前はずっと、 相手を殺せばそれで終わりだと思っている」


でも


「白大蛇さんが、 ナハトが、 皇印龍が、 てめぇの殺した俺の両親が…… そいつらの想いは俺の心に宿って消えない、 俺はその想いに背中を押されてここまで来た」


シュンッ……


日暮が魔王少女にその手に握るナタを向ける、 そのナタは日暮の牙だ、 そして牙に巻き付く骨は、 暗底公狼狽の物だ


そうだ、 あの日、 奴は日暮に歩んできた軌跡のその先、 進むべき道のその先を託し去っていった


あいつとの始まりの戦いが、 日暮をここまで連れてきた


(……あいつの想いも確かな俺の武器だ)


ギラッ


魔王少女を睨む、 貼り付けた様な笑は消えないが、 日暮と言う人間の強さを内心理解し、 改めて警戒度を高めた


「あ~あ、 お兄さんまでそう言う事言うんだ~ 愛とか、 友情とか、 努力、 勝利とか……」



「当たり前だ、 男ってのはな小さい頃から結局そう言うのが好きなんだよ、 俺はそのまま大人になったガキだからな」


ふっ……


魔王少女が小さく笑う、 少しだけ楽しそうに……


「良かった、 さっきはいきなり会話も無く攻撃しちゃったけど…… 無意味だと思ったの、 どうせ殺した後に私の都合よくお話させられるんだもん、 おままごとみたいに」


でも……


「こうして、 ありのままのお兄さんと少しだけ会話してよく分かった、 私怖かったんだよ……」


魔王少女が俯く


「私は、 殺した人間を生き返らす事が出来る、 そうした、 今まで手を伸ばしても手に入らなかった温かさ、 家族の様な物を作ろうとした、 お兄さんはその一人」


「……お兄さんのお父さんと、 お母さんもそう、 そう思ってたの、 でも……」


彼女が少しだけ申し訳なさそうな声を絞り出して呟く


「獄路挽がお兄さんにした事…… お兄さん自身の手で、 お兄さんのお母さんを殺させた事は、 全然私の意思じゃなくて…… そう言う酷い事はしたくなかったの」


だから……


「ごめんね、 お兄さん」


…………


日暮は、 この時不思議と落ち着いていた、 彼女を許すとか、 獄路挽を恨むだとか、 そんな事は今はどうでも良かった


確かに、 魔王はいつだってシンプルで、 強大な力を持っている故に思考が単純で幼い、 倫理観はイカれて居るから人殺しも平気でする、 それでも、 その後その人を生かすし、 何より……


(……魔王に生き返らせられ、 魔王軍として立っていた奴の殆どが、 魔王に対して忠誠を誓っていたし、 何より魔王を慕っていた)


それは単なる支配では無く、 人の心を纏めるだけの敬愛、 言い換えるならばカリスマが確かに魔王には備わっていた筈だ


狂った優しさがそこにはある、 それに比べ、 あの時、 魔王を操った獄路挽から感じたのは、 どこまでも独善的で、 他者を何とも思わないただ冷えた感覚


『魔王』と言う意思も、 勿論それの宿る肉体も、 それによって引き起こされる甚大な被害と、 死にゆく人々にも何も思わない、 それらは奴にとって方法に過ぎないのだろう


獄路挽にとって『魔王』は、 日暮にとってのナタと同じだ、 だが扱いは酷く手入れもされて居ない、 サビに蝕まれ腐り落ち、 それでも振るわれる刃


日暮は素直に思う


(……哀れだ)


『魔王』は哀れだ、 本来存在する筈の無い、 生み出された力に宿った意思だ、 力が大き過ぎるが故に


又は、 今まで魔王となり、 獄路挽の操り人形として、 絶望的な苦しみと、 破壊と混沌を生み出した子供達の意思が、 今の『魔王』を生み出したのかもしれない


ただただ哀れだ、 膨大な知識と、 絶大な力を有するにもかかわらず、 肉体に意識が引っ張られるかの如く、 幼稚で、 子供だ


まるで、 度が過ぎた子供のイタズラだ、 加減と言うブレーキが壊れ、 自身が嫌う筈の獄路挽と同じ様に人を殺す


しかしその内側は、 当たり前の、 人の温もりや、 優しさ、 想い、 人の心を求めている


最も哀れなのは、 きっと彼女は日暮を殺して支配下に置いても満たされない、 自身が満たされるまで人を殺し続け、 例え全人類を支配下においても彼女の渇望が満たされる事は永遠にない


本当の温もりも、 想いも、 優しさも、 全て、 人の心だ、 命を生かす心臓の様に、 人を生かす心こそ、 彼女の求める物だ


その支配下、 『魔王』として在り方から解放されて尚、 人を殺す以外に方法を知らない彼女に、 生きた人の心に触れる事は出来る筈が無い


彼女自身それを理解できない、 どれだけ語っても、 どれだけ説明しても、 プロセスが初めから組まれて居ない様に、 彼女には理解出来ない………


哀れだ


「……別に、 母さんを殺したのは『魔王おまえ』じゃない、 獄路挽でも無い…… 俺だ」


他人のせいにしても変わらない、 手に張り付いた骨を経つ感覚と、 執拗にまとわりつく生温い熱は、 今でもこの手に残っている、 消えはしない


だが、 それに怯え、 何時までも震えている暇は無い、 立ち上がったのはやはり、 その母が、 父母の想いが背を押したからだ


あの時は、 息子に殺された母が、 日暮をどう思って居るのか、 そんな事が気掛かりだった、 怒って居るか、 憎んで居るか……


でも、 きっと違う、 受け取った想い、 確かに日暮の心に在る母の想いは言っている……


「……家の馬鹿な母親は、 きっと怒ってねぇよ…… そう信じてる」


だからもう良い、 そうじゃ無くても、 『魔王』は両親を殺してる、 その恨みは在る、 でも、 恨みに突き動かされるだけが日暮の前進じゃない


日暮の今までの人生の歩みが、 軌跡が、 その過程で出会った人達が、 背中を押した人達の想いが……


そして……


(……魔王を倒して、 フーリカを助ける)


今は、 それだけ……


………


ザッ!


「俺は勇者じゃねぇ、 けどな、 てめぇに挑むだけの勇気は持ってきたぜ、 魔王、 俺はここで、 お前を倒すっ」


ふぅ…………


息を吐く、 次に息を吸う時、 日暮は叫ぶ、 『魔王』という存在に挑む為に神々が人を想い授けたこの力……


『天閣の祝詞』


さぁ、 叫べっ!



「ブレイング・ブーストッ!!!」



ボォガァアアアアンッ!!


加速っ、 地面が弾ける、 踏み込むその前進を更に速く、 更に強くっ!


接近ッ!


「せっらぁああっ!!」


握りこんだナタ、 牙、 日暮の牙が魔王に迫る、 その速度、 魔王少女の反応速度よりも格段に速かったっ


ブンッ! ……………


カァンッ!!



「速っ……」


でも


ギヂヂヂヂッ


「どれだけ速くてもお兄さんじゃ私の結界は壊せないでしょッ! 閻魔弾っ!!」



ボガァアアアアンッ!! ………


ダッ!


(……っ、 ぶね)


接近していたからこそ、 小さな避け幅で済む、 魔王との戦いは近接で戦う事が最適だ、 魔王は中遠距離の攻撃法を多様に持っている、 逆に距離を取ればあっという間に殺られる……


そして日暮は考える……


(……魔王は今、 ブーストの速さに驚いて居た、 つまりそれは、 魔王の結界が常時効果を持ち展開されている結界と言う事)


結界の貼り方にも種類が有る、 小規模の結界をヒット部分にピンポイントで展開する方法、 敵の攻撃に全て反応しなくては成立しないが、 魔力消費が少なく済むと言う利点が有る


(……魔王が反応出来なかったのに結界に遮られた、 つまりそれは常時展開型の結界っ)


それは守りに対して最適で、 全てを囲う事は守備に関して最強に思うが、 全ては足し引きだ、 設定がある以上完璧は無い


(……確か一般的な全方位展開型の結界は、 継続的に魔力を消費するから長時間の展開には適してない、 だが目の前の『魔王』に対して言えばそれは適応外だ)


日暮は考える、 この知識は勿論日暮の知る所では無い、 これは全て知識共有したフーリカの知識だ


勇者と魔王の戦いは以前から続く、 しかし基本的な魔王との戦いによる記録は御伽噺の様な物語馬鹿りで、 魔王の魔法術式や、 種類は基本的に開示されていない


噂程度に流布する物を除けば、 その御伽噺にて公開を許可された類似的魔法の効果のみで、 真実を知るのは魔王と戦う勇者の面々と、 知識を持つ権力者だけだ


だからフーリカの知識を持っても日暮に分かるのは、 学院にて教わる基礎知識までとなる、 そして基礎知識を元に思考すると……


(……あの結界は常時展開型の結界、 そしてそれを成立させる魔力量は『魔王』故か…… 最悪のパターンだ)


つまり絶大な力と力量のゴリ押し、 その上で細やかな細工が有る、 成程、 人間側が圧倒的に不利になる筈だ……


(……結界術だけでも、 人間じゃ天地がひっくり返っても魔王には敵わないって事ね)


その為にミクロノイズによる能力、 そして『勇者』と言う力があった、 勇者の能力は魔王の結界を容易に斬り裂いた、 対魔王特化と言うのがよく分かる


そこで考えるのは………


(……勇者の力も元は同じミクロノイズ、 ならば俺の能力との違いは何だ?)


…………


最もたる思考、 だが……


「閻魔弾っ! 動きが遅くなってるよっ!!」



ドガァアアアアアンッ!!


ちっ


ザザッ!


日暮は舌打ちを刻みながら転がり回避する、 魔王少女はその視線で日暮を追うが、 不格好な日暮に対する追撃は無く、 一瞬で立ち上がり日暮は走る


ダダッ!


魔王の周りを距離を図りながら走る、 隙は無いし、 例えあっても結界に阻まれる、 ジリ貧だ、 だが一つだけ確信して言えることが有る、 それは……


(……さっきから打ってくる魔力弾、 魔王の閻魔弾には溜めが必要なんだ)


魔王の閻魔弾、 シンプルな攻撃方法で、 指先に溜めた魔力の塊を打ち出し爆発させる、 その特徴として、 溜めの時間を取れば取る程、 又は一定の詠唱を繰り返す事で威力が上がる


街の空を飛んだ巨龍の首すら吹き飛ばした威力、 溜めれば溜めるほどあれだけの攻撃力を持たせる事が可能……


(……これまで魔王に撃たれた閻魔弾は八発、 適当なタイミングで打っているからか威力はバラバラだが、 そのどれもが打つまでに三秒から、 五秒の間が有る)


数秒間の溜めが必要、 そして狙いが単調だからこそ避け易い、 シンプルに威力の高い攻撃は、 シンプル故の欠点を持つ……


もっと分析しろ、 もっと多くに疑問を持て、 例えば………


(……魔王がここで打った閻魔弾は三発、 だが、 逆に言えばまだ閻魔弾しか使っていない)


確かに、 魔王はこの閻魔弾を多様する傾向が有るが、 彼女が言っていた様に彼女の目的は日暮を殺す事、 以前の戦いで日暮は閻魔弾を避けている


日暮にとって閻魔弾を回避する事は難しくないと理解しているならば、 そして決着を急ぎたいならば、 初見の技、 又はあの領域術、 魔国浮顕まこくゆうげんを展開すると言う方法も有る


だが魔国浮顕は大量の魔力を使用する大技、 あのタイミングでの使用をナハトが驚いて居た事からまだ使用できないと課程できるが、 何にせよ他にも方法がある筈だ……


思い出せ……


領域内で魔王は槍を扱って居た、 日暮はそれに一瞬で腹を貫かれて居る、 そう言えば頭に角を生やす術も使って来ない


(……あの槍、 魔王はあの槍を、 魔国式結界・弥弥戸羅俱ややどらぐと言っていた)


流石に何度も聞いたから覚えている、 それは正しく魔王を守る結界、 あの強固な結界術の名前だ


(……あの槍の正体が形を変えた結界とした時、 そう言えば多分あの時、 魔王は自身の周囲に防御結界を貼っていなかった)


これはつまり……


(……魔王は、 弥弥戸羅俱による結界を二つ同時には展開出来ない?)


だとしても魔王にとってそれはそこまで問題じゃない、 実際当たりさえすれば閻魔弾でも十分日暮を殺せる


魔王を倒すには何にせよ情報が足りない……


(……少し試して見るか)


ダッ!


日暮が踏み込む、 魔王少女がそれを目で追う


「間合い取りはお終い? だったらそろそろ全部無駄だって気が付いてよねっ、 閻魔弾っ!!」


魔王少女の指先、 魔力が溜まるそれが日暮を目指し追尾する様に向く、 日暮は走る、 大きく柱の様にせり上ったクリスタル結晶、その陰に身を滑り込ませ……



ドガァアアアアアアンッ!!!


バキバキバキッ……


クリスタル結晶が砕ける、 力に押され倒れそうなクリスタル結晶を逆側から、 魔王に向けて打ち出すっ


「ブレイング・バーストッ!!」


ボッ!


ボガァアアアアアンッ!!


空気圧に押し出され、 大きく傾き吹き飛んだ結晶の塊が魔王へと倒壊していく


「質量攻撃? 無駄だよこれくらいっ」


ドガジャアアアアンッ!!


真正面から結界に打ち付けた大質量のクリスタル結晶、 日暮の予想通りならば全くの無傷だ、 だが衝撃で立ち上る土煙や、 周囲を覆う瓦礫を見る


(……魔王の結界には不備による穴が無い、 牛見夫の物とは違う、 立ち上る煙や、 周囲を覆う瓦礫にも結界は適応している)


きっちりと弾いて居る、 ぶつかる物を押し返して居る証明だ、 それならば……


ダッ!


更に踏み込む


「まだ逃げるのぉ? 潔く正面から向かってきた方がいいんじゃないっ! 閻魔弾っ!!」


ボガァアアアンッ!!


打った、 ここから……


(……一、 二、 三)


日暮は数を数えつつ、 今度は真正面から魔王へ向かう、 勿論そうなれば魔王にとって狙い易い、 つまり溜め時間の最速で打ってくる……


(……四、 五………)


スッ


「閻魔弾っ!!」


(……きっちり五秒っ、 避けっ!)


ドガァアアアアアンッ!!


ゴロンッ……


派手に転がり回避する、 次だ、 日暮は今度、 わざと直ぐには立ち上がれない振りをする、 足を抑える


小さく……


「チッ、 足がっ……」


必要以上の情報は要らない、 そうでなくても直ぐに回復する事、 それでも数瞬の間日暮が立ち上がれない事は理解する筈だ


スッ


指が狙いを澄ませた様にこちらを向く、 立ち上がれない日暮、 指を向ける魔王少女


奇妙な一瞬の間………


「っ、 閻魔弾っ!!」


ボガァアアアアアアンッ!!


まただ、 日暮は前転の要領で回避し、 そのままの勢いで立ち上がる、 そして思う


(……きっちり五秒、 閻魔弾の溜め時間は最速で五秒掛かる、 そして何より)


ここまで来れば、 この馬鹿げた妄想の域を出ない想定も現実味を帯びてくる、 それは……


(……魔王は、 攻撃に閻魔弾しか使って来ないっ)


日暮が知るだけでも多くの攻撃バリエーションを持っているし、 牛見夫婦が使った様な、 業魔刑ごうまきょうと言う能力も使って来ない


(……あれは魔王自身も使用可能だし、 牛見夫の、 能力を使えなくする力を使えばずっと楽に戦えるのに)


それをしないという事は、 勝利を手早く掴みたい今の魔王からすれば愚策、 そして単純にこれらの理由を考えるとすれば……


(……魔力枯渇か?)


フーリカの知識によると、 魔法使いは一定以上の魔力を一度に大量に使うと、 肉体に負荷が掛かり、 過度な疲労と共に、 魔力操作の覚束無い状態になる、 それを魔力枯渇と言う


そして、 魔王がそうかは知らないが、 これらは人間だけでなく、 モンスターにも同様の症状が見られるというデータが有る様だ……


思い当たる節は有る……


絶大な領域術、 魔国浮顕の発動、 魔国浮顕内での、 白従腱挺邪、 勇者、 皇印龍等との度重なる戦闘


そして今回の大規模な魔王軍発足の為の、 大量の死者蘇生、 彼女自身ここまでの魔力消費が想定外だったのか、 やはり考え無しの幼稚さがまたしても祟ったのか……


何にせよ


どうやっても届かない様に思えても、 絶大な力を前に膝を付き、 戦えないと嘆き下を向いても、 良くも悪くも状況は変わる


何時しか、 この状況になってみて初めて思う……


(……殺せるっ、 今なら、 いや、 今だからこそ、 今しか殺せない、 このタイミングを逃したら先は無いっ)


勇者ナハトが、 獄路挽を打ち倒す為に血みどろの、 屍の上に立つ覚悟を下した、 そこから始まったこの、 異なる世界の戦いで


ナハトの覚悟が確かに導いた今と言うこの状況、 勇者の覚悟が今確かに、 魔王と言う存在を前にして、 臆すること無く、 立ち上がり立ち向かう日暮と言う人間に対して……


勇気


確かな勇気が、 日暮と言う人間に宿る、 打ち倒す、 心に強く誓った時、 日暮から恐怖は消えた……


日暮は魔王を睨む、 魔王に向かって歩んで行く、 日暮の歩み、 魔王はその上に立つ障害だ、 ならば打ち倒し乗り越えるだけ……


(……まだ肝心の結界の破り方は分かんねぇけどっ)


ギラッ


刃が光る…………


無謀にも挑む、 日暮と言う人間、 小さな人間、 小さな命、 それでも……


称える様に、 祝福する様に……


……………


日暮も、 魔王も気が付かない、 『魔王』と言う力が肉体の死後、 次の魔王候補を探し、 新たな肉体に宿る様に


『勇者』と言う、 既に前代を失った力、 天閣の祝福もまた、 ミクロノイズと言う力の波に漂い、 魔王へと挑む、 勇気有る戦士を探しているのだ……


…………


日暮の握るナタ、 その刃が映す輝きは、 クリスタル結晶の放つ淡い光の反射よりも、 強い輝きを放つ事に、 この時まだ誰も本人も気がつく事は無かった……

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