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第百三十六話…… 『最終章、 下編・22』

『結界構築の魔法、 その難しさについて……』


ある魔法使いがそんな話を解いた、 魔法学院に在学する見習い魔法使いの学生達に向けた初歩的な授業内容だった


結界構築の魔法、 その有用性については多岐にわたる、 例えば隔たり、 二者間を隔てる壁としての線引きや、 それを応用した防御結界の魔法


又は、 結界に術を組み込んだ上位の魔法系統に領域術等があるが、 その全てに共通点が有る、 それは、 完全に閉ざされていない、 要するに、 構築に不備があり結界に穴が空いていればそれは無意味と同等という事だ


初歩的な魔法、 そして見習い魔法使いの初歩的なミスと言えば専ら結界構築の不備による結界の穴だった……


………


話を解いた講師はある一人の学生を壇上に呼び、 結界構築の魔法を発動してみる様に言う、 するとその学生は得意顔で杖を振るった


フォンッ


目の前に可視化された結界、 綺麗な球体状の結界が構築される、 その結界は講師の目から見ても少しの不備も無く、 完璧な出来だった


『……うむ、 完璧な結界構築だな、 強度の保証は無いが、 何者をも通さないと言う守りの意思を感じる、 少しの不備も無い、 流石はヘーレェ家の子息だ』


講師からの賞賛に学生は胸を張るが、 続く講師の言葉に首を捻る事になる


『……では、 君は身を守る為にこの結界の中にその身を置く事が出来るかな?』



学生は言葉を詰まらせる、 やはり彼は素晴らしい、 まだ学習にて出題されて居ない魔法問題、 その法則についても実習済みらしい……


講師は笑う


『……ははっ、 済まない、 ここは二年生の内容だったか、 だが今回の内容と少し被るからさらっと解説するとだね~』


講師は学生の構築した結界に手を触れる


『……この結界は完璧だ、 何者もを通さない、 ネズミ一匹通さないと言った守りに対して最適解の結界、 だがそれ故に使用において適切とは言えない』


何故なら……


『……この結界内と外が実に見事に隔絶されている、 つまり、 どんなもの、 例えば呼吸の為の空気すらこの結界を通り抜ける事が出来ないからだ』


学生が言葉を詰まらせた理由も理解出来る、 守りにおいて最適だが、 使用において適切では無い、 一瞬足りともこの結界内に身を置く事が出来ないのだ


『……だが彼は優秀だ、 実際に模擬戦でこう言った結界の構築はしないだろう、 この結界は私がここに出して見ろと言ったから彼が作った物だ』


初めから自分が入る事を想定して居ないからこそ構築出来た結界、 そこに自分が入る事を想定してれば、 無意識的に自分にとって必要な物、 そうで無いものを脳が認識し、 適切な結界を構築する様に魔法使いならば出来ている


『……その無意識で行う結界内の環境効果を意識的に行う事、 又は領域術の修得こそ来年君達が勉強する所だ、 さて、 では本題に戻るとしよう』


講師は一つの木箱を用意すると、 その木箱を学生達に見える様、 壇上の一番真ん中に置いた、 そしてさっきの学生にもう一度結界の構築を頼む


『……今度はさっきと違いこの木箱に結界の隔たり部分が被る様に構築してみてくれ、 実際の戦闘でも身の回りには幾つもの障害物がある物だ、 これらの障害物を避け上手く結界を構築できるかな?』


学生は言われた通り結界を構築していくが、 今度は慎重な構築だった、 それもそうだろう、 結界の構築域に障害物がある場合方法は幾つか有る


障害物の形に合わせ結界の形を曲げる方法、 だがこれは結界の形が複雑に成り維持が大変になる為におすすめされない


それをきっちり理解しているからだろう、 学生の結界は木箱をまるで感じない様に、 まるですり抜けた様に見え、 綺麗な丸型をしている


講師は頷く


『……うん、 上出来だ、 因みにこの結界の木箱に被っている位置はどうなっていると思う?』


講師の質問に対して学生の応えはこうだった、 結界の外郭が木箱の外側に触れた地点で固定され、 止まっている


『……成程、 障害物に沿って結界の構築を終了させていると、 つまり私がこの木箱を破壊した時、 この木箱が被って居る部分には穴が空く訳だな?』


学生は迷いなく頷く、 この反応は間違いでは無い、 結界構築の魔法は慣れれば簡単で魔力の消費を少ない、 見るからに穴が空いたなら直ぐに補填出来るし、 直ぐに解除し新たに構築し直す事も十分可能だ


つまり、 そこまで気にする事じゃない……


『……ふむ、 だが、 それこそが結界の不備となるのだ、 既にこの結界には大きな不備、 穴が空いている、 どこだと思う?』


学生は考えたが分からなかった様だった、 講師はそれを示す為に自身の杖から煙を出す魔法を唱えた


ふわふわと白い無害な煙が講師によって操作される……


『……結界の障害物の間には少しの隙間も無い、 少しの段差や凹みにもきっちりと結界が補填している、 木箱は壊れやすい物だが、 これが例えば石の壁だったなら十分だろう』


だが……


そう語る講師が押し込む様に手を動かすと、 漂う煙がまるで木箱に吸い込まれる様に消え、 少しすると煙は結界内に被った木箱の端の方から放出された


講師はそれを杖で指し語る


『……これは木箱だからこそだが、 木材は繊維質で呼吸をしている、 それに根から吸った水を末端の葉へと運んでいる、 つまり、 目に見えなくとも木箱の方が穴だらけなのだ』


学生は納得した様に頷く


『……結界構築の魔法を上達して行けば、 普段の何を入れ、 何を拒むと言った構築した結界の情報操作で、 それらの細かい不備を気にせず構築出来るようになる』


結界の構築に最も必要なのは、 外郭の揺らがない存在性、 柔軟な固定力だと講師は語った


『……特に、 常に流動し続ける物に対して結界を強固に固定しようとすればする程、 砂漠に長い棒切れを指すように、 その流れによって情報体が崩れて行く結果になる』


大切なのは柔軟性、 柔軟性こそ不備の無い結界構築の魔法に最も大切な事だと講師は語り授業は幕を閉じた……


初歩的な知識、 だがそれを知らぬ者は得意げに失敗をし、 それに気が付かないと言う愚行を犯す


最も悲惨なのは、 そのミスを自分より早く、 自分の敵に感ずかれた時であると、 首に刃の冷たさを感じ理解する………


………………………………………………



……………………



……


バンッ!


はははっ!


「くらえっ!!」


日暮が路地を駆け、 構えたナタを大きく振りかぶる、 そのまま目の前の砂人形に叩きつけた


ボフッ!


無意味の感覚、 敵、 牛見妻は自身の能力の条件下にある物質を砂状にし、 粉塵を操る事で攻撃してくる


先程の攻防で一時能力が解除され石像となっていた砂人形だが、 日暮が引いたことでまたしても牛見妻そっくりの砂人形へと戻っている


だが何度やっても同じだ、 それは能力で操られたただの砂に過ぎない、 何度切り付けても無駄だし、 その砂人形は崩れ粉塵の刃をもって襲いかかってる


日暮は返す刃を更に振るい……


ガチッ!


カァンッ!!


っ!


牛見妻が能力を解除すればそれは元の硬質さを取り戻す、 日暮の二撃目、 狙い透かした様に牛見妻はナタのインパクトの瞬間、 能力を解除した


硬質な石の塊をナタが叩き、 その衝撃は手首全体を揺らす


(……っ、 手首痛めたかっ)


はははっ


「あははははははははっ!!! 明山日暮っ! 馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込んで来て、 それは無駄だって学習しないの?」


日暮は煽る様な牛見妻の声を聞き、 苛立ちを顔に出すが、 内心では実は笑っていた


さっきまでの牛見妻は日暮を必要以上に警戒し、 言葉を話す事すら忌避し、 完全に息を殺して潜んで居た


大方日暮が無策で突っ込んで来た事に硬く結ばれた心の紐が緩んで来たのだろう、 それで相手の位置がわかる訳では無いが、 そういう所からボロは出る物だ



「クソっ! 拉致があかねぇ! お前が砂人形を使って俺を倒そうとしてるのは分かりきってるんだ! 舐めやがってっ、 正面から戦う度胸もないのかババアっ!」


くはっ、 くははははははっ!!


「あはははははひっ!! 笑わせないでっ、 あれ? 貴方ってこんなに弱かったかしら? ふふっ、 それとも私が強くなった、 何故なら私は魔王軍四天王っ! 今の貴方じゃ到底及ばない存在っ!」


日暮は内心で頭を巡らせる、 主張だ、 どんな方法でもいい、 ここで相手には自身を主張して貰いたい、 その為には何を言えばいいか……


(……自分が何を言われたら腹が立つか、 又は上機嫌になるか……)


「……もう勝ったつもりかよ、 この間まで主婦やってた様な奴が、 魔王軍四天王だ? 厨二病かよっ、 お前の力なんてちっぽけ物さ、 お前には誰も殺せないっ!」


(……さあ、 掛かかれ、 とにかく俺を嘲りたいだけの今のお前なら、 きっと)


にやぁ……


牛見妻の砂人形が大きく笑みを作る


「うはっ、 はははっ、 いはははっ! 私には誰も殺せないっ? あははっ、 おかしいな、 私に身体中を刻まれて無様に死んだ男が一人居た気がするけれど~」



「誰だったかなぁ~ 息子の為にのこのこ着いてきて、 何にも出来ない、 少しの力にもならない様な雑魚が、 私に豆腐みたいに刻まれて死んだよねぇ~」


誰だっけかな~ あっ


「そうだった…… お前の親父だ、 明山日暮っ、 お前の両親は無様だったよなぁ、

お前が家族に対して腹が立つのも理解できる程、 死んでせいせいしただろ?」


良いね、 挑発して完全に饒舌で下が乗ってきた、 まじでムカつく……


チッ


舌打ちをしてグッと抑える、 その様を見て、 感情を抑えた様に牛見妻には見えただろう、 実際に夢で両親に出会わなければ感情的にブチ切れて居たかもしれない……


(……大丈夫だ、 クサいセリフだけど、 両親の想いは、 俺の心の中で生きてる、 両親が生かしてくれたから、 俺は今こうして立ってる)


もっと二人を誇って良い、 誰に何と言われようと、 だから、 大丈夫だ……


そして………


(……そろそろだ)


日暮は悟られない様に心を隠す、 主張する様なあからさまな感情表現も全て水面下でのやり取りを目の前の牛見妻から隠す為……


日暮は牛見妻を睨む


「……そうだ、 父の仇何だよなお前、 ははっ、 お前の倒し方も、 位置も良く分かったぜ、 こんだけ近ずいてダラダラ話したらよぉっ!」



日暮は大きく笑う、 これは完全に日暮の嘘である、 だが牛見妻が心を主張していたから伝わって来た……


(……俺の嘘に少し焦ったな)


焦りが空気を伝い振動として肌で感じた、 砂が大きく動く、 日暮はナタを握りこんだ、 敵の位置は……


ヒュンッ!


狭い路地、 その右脇のビルの壁面にナタを向ける


「お前が砂状になってどんな形にもなれるならっ、 お前はこの外壁の表面となりっ、 潜伏しているっ! 証拠は壁面にヒビが一つも無い事だっ!」


左のビルにはコンクリートにヒビが走っているのに比べ、 右のビルにはそれが無い、 牛見妻が全体に伸び、 数ミリほど壁を厚くしたとして誰もそれに気が付かないだろう


この考察は初めから持っていたが、 そもそも日暮はここに来た事がある、 前回も同じ景色だったからこの説は早々に捨てている、 大ハズレだろう


その予想を正解だと言わんばかりに牛見妻の腹を抱えた様な大きな笑いが路地を揺らす……


「あっはははははっ!! ふはっ、 いはははっ!! マヌケがァ! 全然違うっ!」


っ!?


日暮は大袈裟に驚き顔を見せ、 振りかぶったナタを壁に叩きつける


カァァンッ………


鉄が石を叩く音がした、 その馬鹿らしい音と、 震える手首を抑える日暮の仕草に、 牛見妻は更に笑う


「げははっ! 壁叩いてどうしたんだぁ? 私の位置が分かったんじゃ無いのかぁ? はぁ…… お前、 ほんとに弱くなったな~」


ザザザザザッ


砂が大きく動く音がする、 これは決着を狙っているな……


「明山日暮、 今の私にはお前がちっぽけで矮小な虫けらにしか見えない、 魔王様がどうしてお前の様な命が欲しいのかもさっぱりだ」


「しかし、 魔王様の左腕となった今、 私は魔王様の御意思を何よりも尊重したい、 だから、 そろそろお前を殺す、 殺して魔王様にその首を持っていく、 そして褒めて貰うんだっ!」


ギャッ


砂人形の口が大きく裂け、 喜びを隠せないと言ったように大きく腕を広げる……


「明山日暮っ、 死んだ後、 魔王様によって生まれ変わるお前はきっと、 私との戦いの敗因を求めなくなるだろう」


だから……


「今際にて、 それを開示してやるよっ、 私の位置はっ! …………」


砂人形が腕を掲げ指を天に向け指を指す


「上だ」


上?


……………………………



ガジャアアアアンッ!!!


っ!?


牛見妻の言動に釣られ、 上、 路地から覗く狭い空を見上げた日暮、 その行動を嘲笑う様に、 地面がから一気に巻き上がり、 畝り形を成した粉塵の刃が日暮の足に食い込むっ


クジャッ グジァッ!!


「っ、 いだぁっ!?」


バキバキッ!


深くくい込んだ、 刺し、 切りつける様な痛みを残しつつ、 能力の操作を解除された粉塵が元の硬質な石へと戻っていく


日暮は足元を見る、 ズキズキと熱する様な痛みを発しつつ、 足が完全な硬質で重鈍な石の塊に閉ざされた


動けない………


ぷっ うくくっ……


「だっぁはははははっ! いひひっ、 あははははっ! まっ、 まさかこんな簡単に引っかかるとはなっ! 砂が地面を這って足元に進んで居た事に気が付かないのかっ!!」


牛見妻が腹を抱えて転がり回っている様な声で笑う、 成程、 位置を教えると言うのは嘘、 上を意識させて、 日暮の下を攻撃したか……


「お前に私の位置は死んでも教えないっ! そしてえっ!! お前は勘違いをしているっ!」


勘違い?


「私の能力は、 少量が肉体内に侵入した時、 内側から切り付けるのに時間を要するとっ、 だがそれは、 全身をくまなく切り付ける為に、 粉塵を身体中に回しているから時間がかかるのだっ」


つまりっ!


…………



ビジャアアアンッ!!


日暮の右手首が内側から急に弾ける様に、 前兆を感じさせない、 完全に隠された切断、 手首が切り飛ぶっ



「いっだぁああああっ!?」


カランッ………


「いよぉしっ! ナタを落としたっ!! 一部分をピンポイントで、 小規模の斬撃を起こすのは少量の粉塵と少しの時間で可能なのさぁっ!」


あぁ………


日暮は血の吹き出す右腕をナタに向ける、 届かない……


「これにてっ! 明山日暮一貫の終わりぃっ! 私の勝ちだっ! ぶち死ねっ! 明山日暮っ!!」


砂人形の広げた両腕が崩れ、 粉塵が巻いその切断領域が日暮に向いた時、 日暮が自身の命の終わりを悟り、 それを敗北として顔に出した時……………


届かない?


いいや


「届いたねっ」



日暮がナタへと伸ばした切断され血の吹き出すもう治すことの出来ない腕……


いや、 意図的に治していない腕、 その腕を今度は日暮が空に向けて掲げる、 そうして日暮は笑う


「いいやっ、 上だっ!」


っ?


「……何を言っている?」


警戒し、 一瞬動きが止まった牛見妻は気が付かない、 日暮のナタ、 地面に落ちたナタに骨が巻き付いて居ない事に……


骨は今…………………


……………



バリィイイイインッ!!!



突如ガラスが割れた様な盛大な音が路地に響き渡る、 この特徴的な音は、 結界構築の魔法により構築中の魔法が、 第三者によって破壊された場合、 又は術者本人の意識が途切れ結界構築が継続出来なくなった時に発生する消滅音


日暮の掲げる腕の指す方、 路地に切り取られた狭い空、 牛見妻は釣られて見ざるを得なかった


空に、 いや、 夫が構築した結界が、 は回された、 その消滅する魔力粒子がキラキラと降り注ぐ


これは牛見夫に何かがあったと言う事、 目に見えない路地の先、 牛見妻は一瞬、 魔王軍四天王の魔王の左腕としての認識を忘れ


大切な家族、 何十年寄り添った夫の事を想う妻としての思考が心の底から出て来て、 心配により、 全ての行動が停止した


だからっ


路地に吹き抜ける空気が変わった、 発想を変える、 牛見妻は見つけられない、 ならば、 目的を牛見妻の発見から別の物、 結界の破壊にあの時点で日暮は切り替えた


そうして、 結界を破壊した事により、 路地に、 絶大な強さを誇る風が吹き抜けるっ


日暮が叫ぶっ



「ブレイング・バーストォッ!!!」


ボォォォォォオッ!!!



ボガァアアアアアアアアアンッ!!!


「あははははっ!! ぶっ飛べっ!!」


ベキベキベキベキッ! バギバギッ!!


抑圧されたエネルギー、 破壊のエネルギーが狭く、 空気の逃げ場のすぐない路地にて放出される、 絶大な威力を損なう事が無いまま、 圧縮された空気はビルの壁面を強引に削り剥がして破壊し、 通り抜けて行く


バザァアアンッ!!


砂人形が風に攫われ崩壊、 崩れて四散して行く、 日暮を殺そうと迫った粉塵も全てなぎ払われていく様だった


ギギギギギッ……


バゴォァンッ!!!


一際大きな瓦礫が地面に落ち衝突音が響き渡った時、 立ち上った土煙が、 切り取られた路地の狭い空を覆うと、 その中にキラキラとした粒子が混ざっている様に見えた


そう思い日暮はもう一度空を見上げる、 キラキラとした粒子が集まり路地の入口、 日暮の入ってきた方へと向かっていく


そこには牛見夫が居た地点だ、 夫を確認しに行ったとしたなら、 あのキラキラと光る粒子が牛見妻本体……


さてと


「牙龍、 俺の両足を喰らって切断しろ、 そして直せっ」


クジャッ バジャッ!!


指示する、 ナタに巻き付いた骨はナタを離れ日暮の元にずっとあった、 見えないように隠したが、 牛見妻はナタに骨が巻き付いて居ない事にも注目しなかったが……


ドスッ


「いたっ」


尻餅を着いて転がるが、 なんにせよ拘束は解ける、 固定された石の中を、 カニの足でもすすって食べる様に、 骨が血肉を喰らいエネルギーに変換する


切断された自分の部位を再利用しないともうカツカツ何だ、 足が治ったなら、 右手首を……


…………よし


「拘束解除と完全復活」


カラン


ナタを拾うと、 ナタに骨が再度巻き付いて行く、 さてと、 追いかけるか……


ダッ!


日暮は路地の進んで来た道を走り戻る、 路地を抜けるとそこには、 倒れる夫に駆け寄る牛見妻が居た、 夫に触れ深く息を吐いている


ははっ


「生きて居た事にほっとしたのか? おかしいなぁ? 魔王様様に頼めば生き返れるんだろ? なら例え死んでたとしても心配する必要はねぇよなぁ?」


ギラッ


牛見妻が路地を抜けて来た日暮を睨み付ける、 そこから滲み出てるんだよ、 家族を想う人の心が……


「おいババア、 これは俺の予想だが、 お前ずっと空にふわふわ舞って居たな? あの他とは違う粒子は路地の上で砂人形を操りながら、 俺を見下ろすてめぇだった」


だが、 結界が壊れるまでそれが認識出来なかった、 つまり結界の方にそれなりの作用があったのだろう、 例えば


「あのキラキラは、 鏡の粒子の様に、 周囲を反射し映す、 つまり空と溶け合い保護色になっている、 しかしこの時間帯、 太陽光でさっき見たくキラキラ光るから隠れようが無い」


本来なら


「夫の張った結界には光の波長屈折させる効果があった、 空がこんだけ晴れてるのに、 結界内は曇りの日の様に薄暗かった」


しかし日暮は初めから薄暗い路地に居る、 薄暗く感じようとも、 結界を通した空が青ければ疑問を抱かない、 そして


「お前は上を指さした、 本当にお前はそこに居るのに、 お前は砂人形を使って自分の位置を教えた、 そしてそれを嘘と設定し俺に騙された屈辱と共に刷り込んだ」


真実を嘘の中に上手く隠した、 実際に日暮から牛見妻の粒子は目に見えなかったし、 それを牛見妻の嘘だと思い、 足の痛みと共に忘れた


「中々良いやり方だったんじゃないの? まあそれも、 夫の方に敗因が無ければだけど?」


牛見妻は日暮の考察に顔を歪める、 正解と言う事だろうか、 まあこうして目の前に出て来た以上既に隠す必要も無いだろう


「……正解だ、 流石は魔王様が認めるだけは有る」


牛見妻は夫の元から立ち上がると、 そのすぐ側、 蓋の空いたマンホールに目を落とす


「明山日暮、 お前、 路地のマンホールから、 このマンホールへと骨を伸ばして、 夫の首を背後から絞め落としたな?」


日暮は頷く、 だが


「何故だ、 夫の結界は物理障壁だったし、 マンホールの下にも結界は届いて居た、 何故お前はここまで骨を伸ばす事が出来た?」


そこは牛見妻も気が付いて居ない、 いや、 夫すら気が付いて居なかった


簡単だ


「水が流れてたから、 物理障壁が機能してるなら水はどんどんそこに溜まっていく筈なのに、 流れてたから」


流れる水に、魔法作用で適応して居ない、 柔軟性がない故に形が崩れた、 日暮は魔法に対する知識等無いが、 感覚でそれを理解し秘匿した


「ずっと這わせてたのは俺の方、 お前を見つける事は無理だと早い段階で諦めてたからな、 夫の方をどうにかしようと考えたんだ」


シャギィンッ………


語る日暮の目の前で、 牛見妻がその手に銀色の刃を構える、 結界有りきの戦法だったのか、 それを失い日暮が能力を解禁した今、 もう隠れるつもりも無い訳か……


カチャッ


日暮もナタを構える、 互いの刃が、 殺意が睨みを効かせ合う、 その意思を試す様に、 攻防が始まる前以前に、 首筋を鋭い刃が舐める様に、 冷たい何かが通り抜ける


死の気配、 良いね……


「……どうしてだろうな、 明山日暮、 お前を討ち取る為の作戦は、 ずっと考えていた事だ、 卑怯な戦いだが、 魔王様の為と思えばそんな事は小さな事だと思った」


にも関わらず


「それをお前の力でねじ伏せられ、 こうして引きずり出され、 もう一度目前で刃を交えることになった事が、 心の底から喜んでいる自分が居るんだ」


へ~


「同感だな、 決着を付けるって戦いじゃなかった、 俺も真正面からもう一度叩きのめす事を考えてたから、 逃げだす気が無いようで良かったよ」


タンタンッ


日暮は靴のつま先を同感覚で地面に打つ、 まるでタイミングを測る様に、 路地中で不安定に揺れた瓦礫が崩れ落下する


その落下の衝突と、 日暮が地面を打つ音が完璧に重なり合う瞬間………


……………タンッ


ガジャアアアンッ………………


…………



ザザザザッ!!


業魔刑ごうまきょう麗転誅伐りてんちゅうきっ!!」


パジャンッ!


銀色の刃が砂状に砕ける、 それが真っ直ぐに伸び日暮に迫る、 だがまだ距離は離れている、 日暮はこの能力の射程距離を正確に覚えている


(……二歩分後ろっ!)


ダッ! ダンッ!


後ろに体を回転しながら飛ぶ、 振り返った時、 刃は射程距離の地点で止まる……



ズジャアアンッ!!!


ドグジャッ!!


「っ、 うげぁっ!?」


は?


牛見は動いていない、 にも関わらず射程距離外であるにも関わらず……


(……まだ詰めて気やがった? 何故?)


いや、 そうか……


堂々とその粉塵状の刃を振るう女、 牛見妻は、 まさか


(……射程距離の能力停止は演出かっ! 奴は俺の目の前で射程距離の長さの情報を俺に与え、 それを偽った)


射程距離が有るとしたらもう少しだけ長い所を、 あえて短い様に見せて、 それを正確に測ろうとする日暮に対して偽り刺した


「とった! このまま体内から食い破って………」


………



「ブレイング・バーストッ!!」


ボッ、 ボガァアアアアアアアアンッ!!!


バサバサバサァンッ!!!


粉塵の刃が吹き飛び四散する、 牛見妻の能力は粉塵と言う性質上空気の流れに作用される、 そして日暮の能力は空気圧を打ち出す力


そう、 分かっていた、 初めから貼っていた射程距離によるブラフも、 役には立たない、 触れた瞬間、 確実に殺せるだけの力が無くては明山日暮は殺せない……



ダンッ!


日暮が四散した粉塵の中を通り抜け、 一直線に駆け抜ける、 速い、 数秒後には到達する



「死ねぇっ! 近寄るなぁっ!!」


ザザザ ザジュンッ!!


迂回する様に日暮の側面から迫る粉塵の刃、 日暮は止まらない、 さらに踏み込むっ


バンッ!


ザシュッ!


少しだけ日暮の背をかすった粉塵の刃、 しかし、 そこから更に迂回しその背に追い付く事は出来ない


何故ならっ ……もう遅いから


グッ


ナタを握り込み、 大きく構える



ブンッ!!


振るわれるナタの刃、 体を粉塵状にし逃れ無くてはっ………


ギラッ!


っ………


この近距離で、 全てを掛ける土壇場で、 牛見は見た、 日暮の目を、 日暮の目にには、 今まで歩んできた道程と、 これから進むその先、 そして辿り着く地


常人では辿り着くことの出来ない、 血を浴び笑う戦士の楽園が、 見えてしまった


ぁぁっ………


どれだけ気がざっても、 どんな力を手に入れても、 そうだ、 わかってた筈だろ、 何が魔王軍四天王だ、 何が……


ガァアアアアアアアアッ!!!!


牛見に迫る刃は、 獣の牙だった、 鼓膜を突き破る咆哮すら幻聴で聞こえる程、 無言の冷たい圧力は、 心臓を押しつぶす程に


(……勝てる筈が無いっ)


………………………………………………



…………………


『……今日の試合、 お母さん見に行くから、 託海たくみの活躍する所バッチリ応援するからね』


朝、 まだ朝の六時前だが、 部活の、 しかも大会となれば移動も有る、 息子に合わせて自分も早起きをする事になるのは仕方の無い事だ


それでも良い、 息子の青春の助けになるならば、 今しかない輝きを、 その背を少しでも押せるのなら……


『……無理だよ、 別に応援に来なくたって良いよ、 どうせ勝てない』


え?


朝のしつこい程の通販番組、 その端に示された時計を息子は暗い顔で睨む様に見ながら、 準備した朝食にも手を付けていない様子を見た


『……どうして?』



『……分かるだろ、 今日の相手は毎年全国行ってる学校何だよ、 内は今年始めたばかりのへっぽこ弱小チームだ、 何もかもが違う』


そうなのだ、 人数も少ない上に、 練習時間も少ない、 親が必死に応援しても、勝てない試合は勝てない、 勝った経験も殆ど無い


何もかもが遅すぎたのかもしれない、 青春の全てを注ぐ息子にとって最後の大会の一番最初の相手が、 その強豪校だ


相手からしてみたら負ける筈がない、 こちらからしたら勝てる筈も無い、 得点係や、 審判すら簡単で楽なんて思われる様な試合になる……


そんな事は応援に行く親でも、 そして実際に戦う子供達、 息子が一番分かりきっている事だ……


諦めるな、 最後まで戦え


そう言うのは簡単だ、 だがそれは押し付けにしかならない、 息子は立て無いんだ、 その背を何度押したって転んで転がってしまうだけ……


『……勝てないって諦めてるの?』


息子は震えた後に、 暫くしてもう全てを投げ出した様に頷いた


そう……


『……それでもお母さんは応援に行くけどね、 凄く楽しみにもしてる』



『……なんでだよっ、 勝てねぇのに楽しみ? それとも母さんは俺達が負けるのが見たいのかよっ!』


感情的になるのはよく分かる、 自分も幼い頃はそうだった、 この時期と言うのはどうしても、 自分住む世界はとてつもなく大きく、 壮大で、 日々とんでもない事が起こっていて、 それに一喜一憂する


首を横に振る、 違う、 大人になれば分かる、 世界は、 更に大きいと、 でも自分も大きくなったと、 自分も歩んで来たと


だから……


『……違うよ託海、 お母さんが楽しみなのは、 託海が最初で最後のインターハイを全力で楽しんで居る姿』


知っている、 息子は純粋にバレーが好きだ、 練習中や、 練習試合でも顔を見れば分かる


どんな逆境でも、 どんなに強い相手を前にしても、 それが、 バレーと言う息子にとって笑顔になれる土俵の上なら、 きっと今日の試合、 負けるとしても……


『……どうせ試合に負けるって諦めてるなら、 もう勝ち負けは捨てて、 貴方がずっと楽しみにして来た今日を、 その試合を、 全力で楽しみなさい』


誰よりも、 強豪の最強チームよりも、 楽しんでしまえば良い、 だって、 息子はバレーが誰よりも好きなんだから


『……だから、 応援してるっ』


バンッ


息子の背中を叩いた、 きっと母の言葉を今はまだ正確には理解出来ないだろう、 試合が始まれば焦り、 勝ち負けに囚われ、 涙を流すのだろう


でも、 人生はそれで終わりじゃない、 バレーを続けようが、 やめて別の事をしようが、 その青春の日々が、 この日、 大敗でも、 確かに戦ったと言う戦歴が、 力となり人生の歩を前へと進める


そうして、 今よりもずっと大きな世界へと飛び出した時、 母の言葉を思い出して理解する、 それがいつか、 彼の子供や、 更に先にまで繋がって行けたらどれだけ嬉しいだろう


かつて、 学生時代に、 母の母が、 その母から言われたと言うこの言葉が、 血を分けた未来を生きる命に、 受け継がれて行けたらどけだけ嬉しいのだろう


だから、 送り出すのだ、 勝ちにこだわる必要は無い、 人生の勝者は、 最後に心の底から笑っていた奴だ


だから………………………………


………………………………



…………


ふっ……


迫る刃を前に、 牛見妻は微笑む


日暮は、 笑っていた、 この戦いの中で、 こいつは強い、 人生を楽しんで居る者だ


(……はぁ、 馬鹿らしい、 私らしく無い)


そこにはもう、 魔王軍四天王の牛見は居なかった、 彼女は最後の最後に、 自力で魔王からの支配を断ち切った


強い人間の心で、 自分と言う人間と、 大切な者を思い出したのだ……


(……最後は笑って)


牛見妻は目をつぶる、 その刃が…………


…………


ッ …………



目を開けると最初に飛び込んで来たのは拳だった


「おらあっ!」


どすっ!



牛見の意識が衝撃によって遠退いて行く、 殴られた? 何故……


「ぶっ殺したら調査隊の負けだって、 土飼のおっさんがうるさく言うから、 殺さねぇよ、 そこで眠ってろ、 俺が魔王をぶっ倒して全て終わらせてやる」


バサッ


吹き抜ける風を真正面から受けて、 路地へと足を向けた日暮のマウンテンパーカーが大きく揺れる


それをぼやける視界で牛見は見送ると、 意識を手放した…………


日暮の右手にはまだナタが握られて居た、 あれは彼の牙だ、 そして、 遂に、 その牙が向かう地点にて……………


………………………………………



……………………



……



独特な感覚で目を覚ます、 暗い洞窟だ、 頭が重く熱い、 魔力循環機構が焼け着いた様に弱い


うぅ……


「……笹原さん、 彩ちゃん、 牛見夫妻、 魔王軍四天王がやられた」


ぁぁ……


「まぁ、 急造で作った彼等じゃ無理も無いか…… ぁぁ…… まだ頭が働かない、 けど……」


来る


「……お兄さん、 意外と早かったな、 せっかく向こうから会いに来てくれるんだもん、 万全で迎えなきゃ……」


魔王少女は石の様に重い体を持ち上げ、 立ち上がると歩き出す、 暗い部屋を抜け、 洞窟内のエネルギーが淡く光を放つ、 光源のクリスタルの広場まで出向く


洞窟を進んでくれば最初にここに辿り着くのだ、 白神・白従腱挺邪はくじゅうけんていやの住処


そして……


「……この肉体の少女、 雪ちゃんが、 初めてお兄さんに出会った場所、 再びここで邂逅するんだね」


チラッ


磨かれた様にその表面が鏡面とかしているクリスタルに自分の姿が映る、 魔王少女は服のシワを伸ばすと、 寝癖の付いた髪を手櫛でとかす


あっ……


「……白髪だ、 若白髪だなんて嫌になっちゃう」


それを隠す様に整えると魔王少女は広間の中心へと歩んで行く、 堂々と、 待ち構えて居るような演出が良い


(……そろそろだ、 どんな顔してるかな、 お兄さん)


…………


やがて…………


カタン…… カタン………


洞窟内に足音が響くと、 少女は無意識的に頬が上がってしまう、 ダメだ、 堂々と………


ふふっ


「お兄さん、 どうやって殺してあげよう~ ふふふっ」


魔王少女は笑う、 さあ、 今にも始まる、 魔王と、 人類の未来を掛けた、 最終決戦、 その火蓋がまもなく落ちようとしていた……………

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