第百三十三話…… 『最終章、 下編・19』
さぁ、 目を開けて…………………
…………………
んっ………
ぅん?
目を開けると、 そこは相変わらず、 殺風景な留置所の一室だった、 長い長い夢を見ていた気がする
ぁぁ………………
はぁ………
日暮は寝起き一番大きな大きな溜息を付くと、 凝り固まった様な空気を更に吸い、 また強く吐き出す……
「行くか」
立ち上がると、 ぐっと背伸びをする、 マウンテンパーカーを羽織り、 雑に腕を捲る、 武器は豚箱にぶち込まれた時回収されてしまったが、 管理人室だろう
ドアを捻る
ガチャッ…… ギィ……………
「空いちゃうんだよね、 壊れてるから」
天成鈴歌が破壊して、 村宿冬夜も、 土飼笹尾も、 知っていた筈なのに何故報告しなかったのだろう?
まぁ良い……
薄暗い通路へ出ると、 随分久しぶりに外に出た様な気分で、 固まった肉体が解れていく感覚が心地良い
ここは牢獄では無いが、 あえて言うなら、 明山日暮、 易々脱獄である
暫く歩くと管理人室が見えてくる、 確かやる気の無さそうな管理人が一人、 ぐうたらと呑気してるだけだった記憶だが……
おっ
「相変わらずだな、 昼寝してやがる、 まあ、 こんな所の仕事なら、 俺だってそうする」
管理人室を見渡す、 目に見える所には無い、 ふと目に金庫が入る、 押収品ならばここの可能性は充分あるか
そう思い、 金庫のノブを捻る、 案の定と言うか、 当然だが鍵が掛かっていた
ちっ
「なんでこんな所ばっか真面目何だよ…… 鍵は……」
いや、 もういいや………
「探すのめんどくせぇし、 ぶっ壊すか、 ブレイング・バーストっ!!」
動きの乏しい空気が一気に流れ出す、 日暮の能力によりかき集められた空気が、 高圧縮され、 破壊エネルギーとなる
その破壊エネルギーを打ち出すっ!
ッ
ボガァアアアアアンッ!!! ガンガンッ!!
………………
お~
「派手に吹き飛んだな、 原型留めて無いよ、 まぁいいや、 見つけた」
日暮は捻じ曲がった金庫の中から自身の獲物、 骨が巻き付き歪に歪んだナタを取り出す
さてと、 これさえ手に入れば………
ザッ……
「……んっ? うるせぇな…… 何の音……」
警備員の目が覚めたか、 日暮は拳を握る
「………ん? あれっ、 お前っ、 明山ひっ……」
「もうちょい寝てろっ!!」
ドガッ!
……………………バタッ ………………
ぶん殴ったら、 上手く気絶した、 これで留置所の警備員とか務まるのかよ……
「今更か」
………………………………
日暮はそういうと警備員室を飛び出し、 一気に駆け出した、 時間が無いんだ、 大分ロストした
「急がねぇとな、 フーリカがもたねぇだろ……」
自分のせいだ、 日暮を庇ってフーリカは片腕を失った、 その上、 魔力傷と言う厄介な傷であり、 肉体の再生を阻害される
あの時ああすればとか、 もっと早く動き出せばとか、 後悔は幾らでも出てくる、 それでも、 今こうしてまた踏み出せてるのは、 間違いなくフーリカや、 両親、 今まで自分を生かした人から託された想いに背を押されたお陰だ
根源である魔王を倒せば、 魔力傷は消え、 その後なら傷を治す事が出来る、 それだけが今の、 彼女を救う希望だ……
タンタンッ タンタンッ
走る、 走る………
………………
『……もう、 勝手に居なくなったりしないでね』
………
(……茜には行くこと、 伝えなきゃな)
茜は今、 恐らく医務室に居る筈だ、 日暮は医務室から留置所へ運ばれたので大体の道がわかっている
(……確かこっち、 あの階段を登って……)
留置所方面には殆ど人は居ない、 だが、 そこを抜け、 人が普段ならば居る当たりまで来たのに、 今日は人に会わなかった
(……やけに静かだな、 何かあったのかな?)
呑気な物である、 留置所にてぐーたらと眠っていた日暮は、 このシェルターを取り巻く戦いを知らない……
そのままぐんぐん進んで行くと、 医務室周辺が慌ただしい事に気が付く、 医務室のある通りに行くには小ホールを通らなくては行けないのだが………
がやがやっ がやがやっ
「っ、 それこっち持ってきて! 早くっ!」
「水が足りないっ! 誰か水を倉庫からっ!」
がやがやっ がやがやっ…………
……………
え?
喧騒、 余りの喧騒に驚いた日暮は、 恐る恐る小ホールを覗くと、 戦々恐々、 見ただけで理解した
(……大規模な戦いでもあったのか? 怪我人が治療されてる、 カオスだな)
思わず隠れる様に小ホールを覗いていた日暮、 そんな日暮を怪訝そうな顔をして近づく人物が居た
たんっ……
「あの…… どうかしました?」
?
女性の声だ、 背後から話し掛けられた、 まあ、 当然か、 傍から見れば不審者だ……
あれ、 でもこの声、 どっかで……
「……あれ? もしかして日暮くん?」
あっ、 この声……
「優香さん……」
振り返った所に居たのは、 日暮が初めてこの街に調査に来た時に助けた女性だ、 藍木山攻略戦後、 共に助けた美里さんと、 二人の友人、 新那さんには再開したが、 彼女とは最初の調査以来だった
以外にも話し掛けた彼女自身が、 日暮よりも驚いて居るようで、 あわあわとした顔で、 顔を赤くしている
?
「久しぶりですね優香さん、 ……どうかしました?」
っ
「ううんっ! 何でも、 何でも無いのっ! …………あの、 日暮くん?」
彼女が下を向く
「日暮くん、 ごめんね、 私……」
ん?
「優香さん、 それ、 何の謝罪ですか?」
あっ……
「その…… 日暮くんの悪い噂、 流れてるじゃん? 私、 私ね、 昔から噂に流され易くて…… 噂を信じてたの ……日暮くんには、 助けて貰ったのにっ、 私は日暮の事………」
あぁ…… そんな事もあったな
「気にしてませんよ、 でもこうして面と向かって、 正直に、 伝えてくれてありがとうございます、 俺もあの噂には少し苦労したので、 何か許されたのかなって、 思えるから」
っ…………
優香は、 日暮の言葉を聞いて思い出す、 怖くて踏み出せなかった自分を、 他人に迷惑を掛けていた自分の手を引いてくれた、 彼の優しさが心に突き刺さる
(……本当に、 私って単純だな)
ごくりっ………
目の前の彼女が大きく唾を飲み込んだ音が日暮にも聞こえた、 顔を上げた彼女と目が合う、 その目は凛としていて、 何故か綺麗に見えた……
「ねぇ、 日暮くん、 いきなりこんな事言ったら迷惑になるって分かってる、 それでも伝えたいの、 私の想い」
……………………
やめろ
やめろ、 やめろ、 やめろ……………
言わせるな、 否定しろ、 その言葉を喋らせるな、 今すぐに黙らせろ……
自分の輪郭が、 大きく捻じ曲がるぞ……
………………………
(………いいや、 違うね、 人の想いは力になる、 今までは覚悟が無かっただけだろ、 真正面から想いを受ける覚悟が……)
日暮は、 躊躇う優香の言葉を受け入れる様に、 ゆっくりと頷いた……
「っ…… 私…… 私っ! 前は言えなかったっ、 その上日暮くんの事否定しちゃった、 ……こんな私が、 こんな想いを抱くのはおこがましいって分かってる、 でもっ!」
突き刺す様に、 空気がひりついた、 心臓が速く、 強く打つ、 吹き飛びそうな見えない衝撃、 これが、 人の心、 人の想い………
「私、 日暮くんが好きっ ……助けて貰った時から、 ずっと好きですっ!」
っ……………
あぁ、 認めるよ、 これが人の強さ何だろ、 人の想いの強さ、 今まで一度だって覚悟をして来なかった自分には、 余りにも眩しく、 痛々しい程に……
(……やっぱり、 俺以外の奴は凄いよ、 平気でこんな事してるんだ)
打ち付ける様な、 覚悟をすり抜け穿つ衝撃、 それは、 心を温める事が出来るとそう思った
それでも………
「……優香さん、 ありがとう…… でもごめん、 優香さんの、 その想いを、 俺は受け取れない」
「っ……… どっ、 うっ、 ……理由を、 聞いても良い?」
日暮の進む道、 いや、 進みたいと、 歩みを向ける方向に、 彼女の事を想う可能性は無い
ザッ
日暮は、 医務室の方に目を向ける
「俺には今、 行かなくちゃ行けない場所が有るんだ、 何を差し置いても、 やらなくちゃ行けない事が有る、 それは、 俺の命を懸けるのと同等の大事な事だから」
優香は、 言葉に詰まりながら、 か細く喉を震わした
「……日暮くん、 他に、 好きな人が居るの?」
どうだかな…… よく分かんねぇんだよ……
でも……
「大切な人なんだ、 今の俺にとっては何よりも、 だから、 もう行くよ」
惜しむ事無く、 日暮は医務室への通路へと足を踏み出す、 背中からは、 小さく鼻を啜る音が聞こえた……
………………………………………
………………………
コンコン
女性専用医務室、 ここに来るのは何度目だろう、 無断侵入したとか、 入り浸ってるとか、 無いような、 ある様な噂も流されたっけ……
コンコン……
「管理人のおばさん居ねぇのか? あの人の許可が無いと入れねぇんだけどな……」
日暮は、 妹の茜が居るだろう、 女性専用医務室の扉の前で立ち呆けて居た、 入室には管理人のおばさんの許可が必要だからである
だが……
「居ないなら仕方ない、 諦めてもう行くか………」
そんな事を思っていると……
……………
「……入りなさい」
?
声が聞こえた、 小さく、 嗄れてい居て、 聞き間違いかと思ったけど、 その声は、 再び聞こえた
「入りなさい、 竹子さんは今居ないから、 私は構わないから、 どうぞ入りなさい……」
おばあさんの声だ……
ガララッ……
「あ、 失礼しま~す」
医務室内に入ると、 中はガラッとしていた、 静寂に満ちている、 その中で、 ベットにうつかる一人の老婆が見えた、 ベット脇に名札が入っており、 『粼かち乃』と書かれている
「こんにちは、 本当に入っても良かったんですか?」
「おう、 あんたは良くここで見るよねぇ、 鈴歌ちゃんや、 フーリカちゃん、 茜ちゃんのお友達だろ?」
まあ、 やっぱ何だかんだここには来てるからな、 確かにこの老婆は、 いつもここに居る気がする……
「茜は俺の妹ですけどね、 ……あれ、 妹が何処にいるかってご存知ですか?」
老婆はゆっくりと首を横に振る
「そう言えば見ていないね…… でも、 フーリカちゃんなら、 一番奥の、 カーテンが掛かったベットだよ」
…………
日暮は医務室の奥を見る、 一箇所だけカーテンが掛かり、 中が伺えない様になったベット、 日暮はここに来て少し迷ってしまう
(……フーリカは、 俺の事どう思ってるんだろうか、 やっぱり、 許せないだろうか……)
どうせ考えた所で答えは出ない、 本人に聞く以外知る術は無い、 時間も無いのだ、 一刻も早く魔王を倒しに向かうべきだ……
それで、 全てが分かる………
踵を返して、 出口へ足を向けた日暮、 しかし、 そんな日暮を、 嗄れた声が呼び止める
「これ、 顔くらい見て行ってあげなさい、 友達なんだろ? そうじゃぁなきゃ、 寂しいじゃないか」
………………
「……良いんでしょうか、 どうしても、 全てが遅い気がして、 フーリカは、 俺の事何て……」
ばんっ!!
っ!?
老婆が台を叩く、 台パンである、 びっくりした……
「あんな兄ちゃん、 ばばあの言葉を聞きなぁ? 大切な人の顔な、 見れる内に見れるだけ見とかなきゃ後悔するでぇ? 見れなくなってからじゃ、 一生見れねぇんだからなぁ?」
た、 確かに……
「ぜーんぶ、 後からじゃ遅いんだぁ、 今、 こうしている内に、 出来ることはやっとけ? でなきゃ、 老いてから後悔するよ?」
私みたいにね
老婆は最後にそう続けた、 その言葉が重くのしかかって、 結局日暮は、 医務室奥、 フーリカのベットへ向かう
ザッ……
カーテンをめくると、 そこには……
っ
「フーリカ………」
腕の切断面にはがっちりと包帯が巻かれ、 逆の腕から点滴が打たれている、 顔は蒼白としており、 一見して生きている様には見えない
うっ……
「ごめん…… フーリカごめん」
震える手で彼女に触れると、 じんわりと熱を感じる、 それが、 彼女が今も必死にその命を燃やしているのだと思い胸を打つ
彼女はどう思って居るのだろう、 何を思って居るのだろう、 不思議だ、 今はそれが知りたい、 知りたいと言う想いを伝えたい
こんな……
「言葉の通じねえ状態になって、 初めてこんな事思うなんて、 笑い話にも何ねえけどな……」
……………
ドクンッ……………
?
フーリカの熱を感じる、 触れる手に、 何か脈打つ様な繋がりを感じた、 これは、 この感覚を日暮は知っている
二度味わった、 繋がり、 フーリカの能力、 混じり合う筈の無い二つの物をひとつにする力
フーリカと日暮は、 互いの記憶を過去に二度共有し、 言語知識や、 経験、 互いの世界の事を知った
そこに、 本来ならありえない程の繋がりが、 二人には出来てしまった……
手で触れただけで、 そのまま溶けて一つになってしまうのでは無いかと、 背筋が冷える程の感覚
だが……
「………想いはよく分かんねぇな、 当たりまえだ、 でも、 どうにか伝えられるなら、 この繋がりの感覚が、 フーリカ、 お前が俺を嫌い、 拒絶していないと言う事なら……」
日暮はフーリカの顔に手を伸ばし、 前髪をかきあげる、 逆の手で自分の前髪もかきあげた
知識共有、 プラリズム・コネクトは、 互いの脳に近い部分、 おでこをぶつけ発動する能力だった
もしかしたら……
躊躇う、 こんな事をしていいのか? 動き、 抵抗する事も、 口をきく事も無い彼女に、 こんな一方的な繋がりを求めて良いのか……
「……ふっ、 言い分けが無ぇよな、 だからごめんな、 目が覚めたら改めて伝えるから、 今は……」
コト………
自分に対する忌避感を押さえ込み、 日暮は自分のおでこで、 彼女のおでこに触れる
(……フーリカ、 俺は今、 お前の事を知りたいって思うよ、 今はただそれだけの想いだけど、 それが今の俺の想いだっ)
日暮が、 彼女に共有する想いを、 強く思い浮かべる、 それが今の日暮の精一杯………
………
その想いを、 まるで快く受け入れる様に、 スっと、 何かが頭から抜け出し、 トレードする様に……
彼女からの想いが強引に押し込まれるっ!
ドォンッ!!
っ!? ……………………
触れていた額が物理的に吹き飛ぶ、 曲がっていた腰がまっすぐになる程の衝撃が脳にぶつかる
う……………
頭が熱い、 それを必死に抑え、 転びそうになるのを必死に耐え、 深く息をつく
ふぅ…………………
………
大分落ち着いて来た、 さっきまで打ち付ける様に煩かった頭の中が、 整理された様に静かになっていく
あぁ………
あはは…………
思わず笑ってしまう、 全く馬鹿なやつだな………
「はははっ…… フーリカ、 お前って、 何にも変わらないんだな、 前に貰った想いと、 全く同じ気持ちが、 今も届いたよ……」
しかも、 前よりも沢山………
はぁ……
「待ってろ、 直ぐに魔王をぶっ倒して、 その傷を治してやるからっ」
ザッ
彼女に背を向け、 カーテンを引くと、 今度こそ出口に向かい歩く、 ちらりと老婆の方を見ると、 うたた寝をしていた
「サンキュー婆さん、 伝えられて良かったよ」
ガチャ……
…………
女性専用医務室を後にし、 小ホールを抜けてシェルター出口の方へ向かう、 小ホールに見た限り優香さんは居なかった、 会ったら気まずいから良かった
足早に歩いて行く、 茜に一言言うつもりだったが、 出口に向かうまでに会わなければそのまま出ていくつもりだった
三度目の共有、 脳は全てと繋がっている、 本来記憶を共有する能力が、 二度目には想い、 そして三度目には、 彼女の肉体情報すら紛れ込んでくる
(……フーリカはもう限界だ、 今は落ち着いてるみたいだけど、 今日中にその命の、 最後の小さな炎が消えてしまう可能性が大きい)
別に日暮は医者じゃない、 でも自分の体の事は、 自分が一番分かっている物だ、 フーリカ自身、 その意思が限界を理解してる、 だから、 それが日暮には理解出来た
早歩きが、 どんどんと急かされる様に、 腕を振り、 足を動かし、 シェルターの通路を、 気がつけば走り出していた、 出口まではもう直ぐの所
シェルターの管理人室、 木葉鉢朱練の事務室の前を通りかかる所で、 内側から扉が開く
………………
「……びっくりしました、 私達、 同じ名前だったんですね~」
「私もびっくりです、 同じ『あかね』だった何て、 でも、 朱練さんの名前はかっこいいですよね」
……あかね?
あっ
そんな声が聞こえて、 管理人室から出て来たのは、 何の偶然か、 妹の茜だった
「茜っ!」
日暮が咄嗟に読んだ名前、 それを、 妹の後ろに続いた、 朱練さんが反応し、 振り向く
「はい? ………っ! 明山日暮さんっ! 何故ここにっ!? ……何故呼び捨てっ!?」
いや違ぇし……
「あー 用があるのは、 妹の方です」
驚いて固まっている妹を指さすと、 木葉鉢さんは頷いた
「えっ? お兄ちゃんどうしたの? 本当に何でこんな所に居るの? お兄ちゃん今投獄中でしょ?」
う、 うん………
日暮は明後日の方向を向く、 そう言えば……
「茜の方こそ珍しいな、 木葉鉢さんと一緒何て、 あんまり見ない組み合わせかも」
「うん、 その、 じっとしてると落ち着かなくて、 ……やる事探してたら、 木葉鉢さんに声を掛けて貰って」
木葉鉢さんが頷く
「はい、 私は今、 一番室を大望さんに任せ、 医療従事者や、 ボランティアの方達を纏め、 管理しています、 茜さんには其のお手伝いをしてもらっている所です」
そうか…… と言うか、 一番室? 確か何かあった時に皆が集まる場所だ
「……さっきも大勢の怪我人を見ました、 皆調査隊の人達でした…… 何かあったんですね?」
日暮の問に、 木葉鉢は頭を悩ませる様に考えてから、 質問で返した
「……その前に、 さっきの妹さんの質問ですが、 日暮さんはどうしてここに? 今は留置所に居るべぎ筈ですが」
彼女は語気を強め問いかける、 日暮は、 一度息を吐くと、 木葉鉢に向けてピースを作り向ける
「脱獄して来ました!」
おぅ…………
やっぱりかと、 木葉鉢さんの顔に影が指す、 頭痛でもするのか頭を抑えると、 暫くしてこちらを見る
「留置所に戻って下さい、 現在日暮さんにこのシェルターを気軽に出歩く権利はありません、 日暮さんはこのシェルターの目の上のたんこぶです、 誰の目にもつかない所で静かにしていて下さい」
強い言葉だった、 管理人が務まっているだけは有る、 部別の付く人なのだ、 だが、 正直、 人を驚かす言葉にしては、 日暮には弱すぎた
「無理、 俺には行かなきゃ行けない所がある、 やらなきゃ行けない事が有る、 戻る? 無理だね、 時間がねぇんだ」
日暮のその言葉、 木葉鉢に向けた言葉だったが、 彼女よりも早く反応したのは、 妹の茜の方だった
「っ、 お兄ちゃん、 何処か行くの?」
一気に不安そうに曇る顔、 さっき茜は言っていた、 じっとしていると落ち着かないと
きっと、 何もしていないと、 死んだ両親の事ばかり考えてしまうからだろう、 立ち止まったままだったさっきまでの日暮と同じだ……
(……いや、 どんな理由でも、 茜は前に進んでたんだよな、 すごい子だ)
日暮は、 茜に向き直る
「魔王を倒してくる」
………………
「……は?」
まあそうだよな、 茜は知らないだろう、 急にそんな訳の分からない事を言われたなら困惑する事は分かっていた
それでも、 木葉鉢さんの方には話が通じた様だ、 彼女は基本調査隊の管理管轄から外れて居るが、 勿論現状を理解している人物ではある
木葉鉢さんが首を横に振る
「ダメです、 明山日暮さん、 貴方は今調査隊としての権限も剥奪されています、 これは私達皆の戦いです、 そして調査隊こそ、 我々の戦う牙です」
自分はもう調査隊ですら無いのか、 と日暮は自嘲気味に笑う、 だが、 それで構わない、 それがこの人達には鬱陶しく、 煩わしい存在だとしても……
「木葉鉢さん、 あんたと初めて話をした時言っただろ、 あんたは俺を助けなくていい、 どんな形でも同じ集団の一人と思ってくれなくて良いよ、 俺は自由だ、 自由な牙だ」
木葉鉢さんが腰から無線機を取り出す、 日暮を取り押さえる人を呼ぶ為だろうか
「木葉鉢さん、 調査隊じゃ魔王を倒せない…… いや、 倒せたとしても時間が掛かりすぎる、 今直ぐに倒す必要が有るんだよ」
…………………
「……その理由は? 急いては事を仕損じると言います、 この戦いは長引くと言うのが我々の予想です、 それを覆してまでどうして日暮さん一人で行く必要があるのですか?」
日暮は医務室の方向を指さす
「……フーリカを助ける為だ、 フーリカの傷はただの傷じゃない、 自然治癒力を阻害し、 肉体を蝕む『魔力傷』だ」
木葉鉢さんは初めて聞くだろう情報に怪訝そうな顔をするが、 有無を言わせない様に続けて日暮は言う
「『魔力傷』を消すには、 それを引き起こした元凶、 魔王を倒す以外に方法は無い、 いいか、 魔王を倒せば俺のナタの力で瀕死でもダメージを再生出来る」
「でも完全に死んじまったらダメだ、 もうどうにも出来ない…… だから急いでんだ、 フーリカにはもう、 時間が無い」
木葉鉢は日暮の目を見て、 情報に嘘が無い事、 そして日暮のフーリカに対する想いを看破した
「……そうですか、 ……一つだけ教えて下さい、 日暮さんは、 魔王に勝てるんですか?」
知らないね
「俺は今まで戦って来て、 戦う前から勝てると思った事は一度も無い、 命を懸けた戦いはそういう物だ」
でも……
「勝つよ、 絶対に勝つ、 勝ってフーリカを助ける ……そうすりゃついでに戦いも終わるしな」
「魔王の居場所を我々は特定していません…… 日暮さんはご存知なのですか?」
それは、 留置所の中で、 皇印龍・セロトポムから告げられた、 日暮は木葉鉢の質問に頷く
「それを我々にも教えて頂けませんか? 勿論もう邪魔をする気はありません、 何か手伝いが出来る筈です」
一転したな……
「人助けの為です、 日暮さんは以前より変わった様に見えて、 その実、 本質の部分は変わっていません、 私にはそう見えます」
「貴方には優しさと、 人の為に戦おうと言う意思が有る、 私達が初めて会い、 話した時にも感じた希望を、 今でも感じます」
木葉鉢は、 やれやれと言った感じで笑う
「私は、 あの頃から変わっていませんよ、 使える力は最大限使う、 それがこのシェルターの平和に繋がるなら」
やっぱりこの人は話の通じる人だ、 この人が欲しいのは結局理由なんだ、 意義の有る理由
「我々の方でも魔王探しの為の別働隊を動かして居る所何ですよ、 私からそちらに連絡を…………」
……………
木葉鉢がそんな事を言いながら無線機を構えた時だった、 彼女の隣で震えて居た妹が、 口を開く
「………ってに、 ……勝手に決めないで下さい」
その声は小さかった、 でも、 小さな声がはっきりと聞こえる程に力を持っていた
茜の目が、 牽制する様に木葉鉢をかすった後に、 日暮に突き刺さる
「ねぇ、 待ってよお兄ちゃん、 また行くの? また置いていくの? っ……待ってよ、 行かないでよ」
あの時、 両親が死んだ時、 冷たく突き放したあの時と変わらない震えた声で、 妹は訴えた
そんな妹に、 日暮は手を伸びし、 その頭を撫でる、 茜が鬱陶しそうに歪めた顔を見て笑う
「茜、 大丈夫だ、 お前は俺よりずっと強い、 前にグングン進んでる、 ……俺もな、 前に進む覚悟がようやく出来たんだよ」
茜が、 日暮の手をすり抜け、 膨れて言う
「……嫌い、 だって、 私が何を言っても止まってくれないし、 私も止められ無いし…… 約束して」
あぁ
「絶対帰ってくる、 一人にはしねぇよ、 帰ってくるから、 留守番しててくれ」
はぁ……
茜は未だ不安そうな顔をしたまま、 それでも、 あの日とは違う、 確かに目の前の兄の言葉に頷いた
「留守番何て子供に言い聞かせる様な言い方はやめてよ、 私に出来る事は有るんだ、 ここにはここの戦いが有るんだから」
そうだな、 中々いい事を言う……
日暮は、 言葉にはしないけど、 妹の強さに誇りを感じ、 少し躊躇って口を開く
「………なあ、 茜、 お前を信頼してるからこその頼みが有るんだけど」
茜は首を傾げる、 やはり、 これをこの子に頼むのは酷が過ぎるだろうか……
「……手が空いたらで良い、 フーリカの事を見ててくれないか? ……何かあったら連絡が欲しいんだ」
「………それは良いけど、 『何か』って?」
日暮は、 やはり言葉を撤回しようとした、 だが、 妹の目から逃れられる事は出来なかった
「……体調に変化があった時だ」
違う、 間に合わなかった時だ、 連絡を寄越してくれ何て、 冗談でも頼める筈が無いんだ………
「悪い、 やっぱ今の無し………」
「分かった」
…………………?
は?
「……お前、 分かってんの?」
「分かってるよ、 お兄ちゃんの想いは、 大切なんでしょ、 フーリカさんが、 今の戦う理由なんでしょ?」
……………
戦う理由、 今までその必要性がちっとも分からなかった、 そうじゃなくても戦えるから
でも、 戦いって言うのは、 人の戦いは、 心の戦いなのかもしれない、 理由を求めるのは、 心なのだ
(……俺は心無き獣じゃない)
正直理由の必要性は今でも分からないが、 理由が今存在する事は分かる、 きっと必要性に気が付くのは、 失ったその時だ
戦う理由を戦いの最中失ったらどうなるのだろうか? 分からない、 戦えなくなるのかもしれない、 それでも……
これが、 彼女に向き合う覚悟だと、 日暮は解釈した
………
「それでも私、 そんな報告したく無いから…… 絶対その前に何とかして」
下を向く妹を、 再度乱雑に撫で回すと、 「やめろっー」と、 威勢の良い声が出て避けられたが、 それでも、 その顔を見て
帰ってくる、 理由になると思った
想いは力だ、 日暮は今、 その力を生まれて初めて、 最も強く実感しているかもしれない……
背を押す力、 だからこそ……
「行ってくる」
日暮は二人に背を向ける、 その背に木葉鉢の声が掛けられた
「……日暮さん、 武運を祈ります、 後、 すみませんが、 出口を出たら、 真正面から壁の外に出て欲しいんです」
?
「土飼さんが丁度戦っている方角何ですが、 連絡がつかないと、 今報告を受けいます、 何かあったのかもれません……」
っ
「分かった、 様子を見てから行くよ、 じゃっ!」
日暮は再び地面蹴り、 出口へ向かって走り出す
「行ってらっしゃいっ! 絶対勝ってねっ!」
茜の背を強く押す声が、 地面を叩くシューズの速く打ち付ける音と共に、 通路に木霊して行った………