第百三十一話…… 『最終章、 下編・17』
シェルター内、 人々の抱える不安や迷いは、 しかし、 一時的でもいい、 ほんの少しの助けになればいい
最前で光を放ち、 迷える者達を導く、 太陽の様な存在がそこに居るから
だからもう大丈夫だ ……
後は、 パワーバランスが不均一に傾いている地点は、 シェルターの外、 北川と、 東側だ
ここには、 特殊な能力を持つ者は一人も居ない、 作戦を練り、 それでも無謀な程の戦力差に愚直に立ち向かう者達の戦い
彼らの戦いこそ、 真に混沌を極めていた………
………………………………………
……………
はぁ…… っ、 はぁ……
一人のまだ若い男が走っていた、 瓦礫まみれの酷い道を走り、 目の前に見えた立体駐車場へと入って行く、 上がった呼吸と、 痛む横腹を抑え、 それでも走っていた……
東側、 雷槌我観率いる隊は、 能力者の助け無しで、 戦いを挑む苛烈な物だった
作戦はこうだ、 東側方面は、 比較的栄えた場所で、 それ故にビルや、 パチンコ屋等、 多くの人が出入りする大きめの建物が、 所狭しと有った
それらは、 度重なるモンスターの破壊行為により、 殆どが原型を留めて居ないが……
その一体において共通点があるとすれば、 立体駐車場が多いという事だ、 立体駐車場には必ず、 火事の際に消化をする装置、 粉末消火設備が備え付けられて居る
これらの粉は、 基本的に人体に無害なのだが、 その効果が、 相手を殺してはいけない、 と言う今回の勝利条件にはピッタリだった
基本的に無害と言うのは、 例えば少量を浴びた時に害が無いと言うのが基本、 それを一定量浴びた時、 単純に粉末状の物体を多量に浴びた時、 人に起こる効果は有る
目に入れば、 催涙弾の様に目を開けられなくなり鎮圧効果があるし、 吸い込めば暫く動けなくなる、 その他にも、 単純な煙幕としての効果も期待出来た
つまり、 粉末消火設備の、 消火粉末を利用し、 敵軍の風上に立ちそれらを流す
どれ程の効果があるかは未知数、 でも、 相手は五千人規模、 こちらは一般人が五十人、 百倍の規模の敵を前に、 出来ることはこれが精一杯に思えた
作戦は、 目標となる、 圧倒的な力の前に、 小さくても、 それでも戦えると震わせる刃になり得る
士気も上がる、 そして、 雷槌率いる隊は、 動ける若者、 血の気の多い奴らが中心に集められており、 白兵戦においても基本的に申し分無いと思われた
念には念を、 今の地理を細かく取ったデータは予め用意していた、 それが役に立った
それを見ながら立てた道程、 付け焼き刃にしては上々と思える程の作戦だった
目標の立体駐車場跡地は、 主に四箇所、パチンコ店、 商業ビル二棟、 そしてショッピングモール
これらの建物は、 風向きや、 放出位置や、 高さが敵軍に対して適切で有り、 遮蔽物も無く、 比較的上階が形として残っている、 つまり消火設備が生きている可能性が有る地点だ
五十人を四隊に分け、 それぞれ四地点を目指し、 消火設備を手に入れ、 定められた同時刻に、 敵軍へ向け一斉放射をする
この時の風向きは悪くなかった、 必ず広い範囲で敵軍に対して有効な物となると計算された
……………
だが、 そんな華々しい作戦会議と、 シェルターを飛び出した時間も、 もうずっと昔の様に感じる
はぁ…… はぁ……
タンタンタンタン………
必死に階段を登っていく、 自分が任されたパチンコ屋・『大吉ドリーム』、 その立体駐車場の階段を息を切らしながら走っていく
こんな筈じゃ無い、 こんな筈じゃ無かった、 どうしてこうなったんだ……
走る男はただ一人だった、 他にこのパチンコ屋を任された仲間は、 十人は居た筈だったのに
………………………
…………
『……俺達はこれから偉業を成す、 終えた時それを胸に高く掲げ誇れる程の偉業をだ! その栄光を目指し、 俺達は一つの槍となるっ!』
おおおっ!!
…………
男は思い出す、 少し前、 作戦開始の為に四隊が別れる地点、 雷槌の号令が隊員を震わせる……
その時だった………
突然影が落ちた、 上空を、 誰よりも早く雷槌が見上げる、 そして叫んだ
『……っ、 お前ら散れっ!!! 散れっ!!』
っ!?
男は隊の比較的外側に居た、 散れと言われてもどうすれば良いか分からなかった、 でも作戦のお陰で、 目標をそのままパチンコ屋に足を向けて走った……
ドシィンッ!!
大きな音がする、 走りながら振り向いた、 そこには………
っ………
大きい、 馬の様な生き物、 大型トラック程の大きさだった、 思った、 これがモンスター何だ……
注目すべきは、 馬の背に籠の様な物、 小屋程のサイズの物が背負われている……
ヒュン
誰かが何かを振るった、 すると籠を繋ぐ紐が切れ、 籠が落ちる
ガシャアンッ………
壊れた籠、 その中から、 わらわらと、 敵が這い出てくる、 百人以上か、 詰め込まれて蓋をされていた様な……
馬の頭上に人影が有る、 上背のある男だ、 反対に鈍く湾曲した特徴的な大剣を背負っている
その者が口を開く
『……人間共ォっ!! 俺は魔王軍四天王が一人ィっ!! 笹原だァあああっ!!』
……魔王軍四天王?
『……お前らァ!! 追えェっ!! 皆殺しにしろォぁあああっ!!』
何なんだ……
バンッ!
背中を叩かれる、 振り返るとそこには、 同じ隊の先輩が隣を走っていた、 先輩は最近調査隊に入ったばかりの自分と違って経験が豊富な人だ
『……止まるなっ、 不測の事態だが、 俺達のやる事は変わらない! 振り返らず走れっ!』
はいっ
頷く、 前を向く、 他の仲間達も上手くやる筈だ、 ここに集められたのは、 雷槌さんに力を認められた凄い人ばかり何だ
だから……………
………
ッ
ドザァンッ!! ……………………
?
パチンコ屋方面に走っていた、 先輩と共に、 だが、 後ろから二人の頭上を越え、 何かが飛んで来た
土煙を立てて、 思わず足を止める、 隣の先輩も足を緩めて、 少し前に転がる、 土煙を立てる何かを見る
それは……………
『……は?』
見知った男、 高い背と、 頼れる大きな背中、 強い言葉と存在感、 目の前に転がるそれが………
っ
『……雷槌さんっ!!』
この隊のリーダーにして、 甘樹シェルター調査隊のリーダー、 雷槌我観だった
有り得ない…… 有り得ない、 有り得……
ザッ……
すぐ側に誰かが立つ、 そいつの方を見る……
『……あぁん? 今のが敵将かァ? 弱ェなァ~ ハズレくじ引いたぜェ』
っ………
さっき、 馬の頭上に居た男だ、 そいつが雷槌の体を踏みつけ、 笑う
何者何だ、 こいつは………
とん
『……作戦は続行だ、 俺はここでこいつを食い止める、 お前は作戦通り大吉ドリームに行って任務を遂行しろ』
先輩が肩を叩く、 そんな、 そんな事……
『……作戦が遂行すれば、 俺達皆んなの勝ちだ、 お前が俺達の勝利のその栄光を、 高く掲げてくれよ』
っ……
先輩は、 こちらに目も向けようとすらしない敵に向かい足を一歩出す
『……勝てよ、 七津橋っ!』
…………………………………………
………………
ああああっ!
先輩の言葉が重い、 ずっしりとのしかかって苦しい、 自分に出来るのか?
七津橋圭吾は、 それでも目標の、 パチンコ屋・大吉ドリームの立体駐車場の階段を駆け上がっていた
息が大きく乱れる、 自分の運動不足を恨んだ、 彼はつい最近、 調査隊に入ったばかりだったのだ
そのきっかけと言えば、 以前、 街の空を龍が飛んだ頃、 シェルター内に侵入した男が居た、 男が侵入したのはシェルターの倉庫内
七津橋は、 仲間の若者達と、 人通りの少ない倉庫前通路にてたむろしていた、 本来なら敵に襲われても不思議は無い距離、 だが彼等は無事だった
何故なら、 侵入者を食い止めた者が居たからだ、 戦って逃げる時間を稼いだ者が居たからだ
それは、 フーリカ・サヌカだった、 七津橋はその前に彼女ナンパを掛け、 嫌われる様な事をしたが、 それでも結果的に命を助けられた
後からそれを知り、 一方的に恋情を抱く、 今までの怠惰で、 生産性の無い日々を振り返り
そんな自分を変え、 いつか彼女が振り返ってくれるその時があるならと、 自分を磨く為に、 調査隊へと入ったのだ………
……………
タンタンタンタン………
はぁ…… はぁ………
走った、 走って走って、 先輩が時間を稼いでくれたからだ、 遂に……
「はぁ…… はっ、 はぁ…… っ、 着いたっ」
大吉ドリームの立体駐車場屋上、 損壊が激しい部分も有り、 崩れ落ちて居る所もあるが、 作戦に必要な位置、 そして適切な位置の粉末消火設備を確認した
「よしっ! これでっ、 作戦を遂行出来るっ………」
タンタンタンタン!!
っ!
階段を駆け上る複数の音が聞こえる、 そちらを見る、 ゾンビ人間共だ、 数は……
「四人か…… ちっくしょう! 舐めんなよっ! ここ数日間の、 地獄の特訓の成果見せてやるよっ!」
七津橋は、 雷槌や、 先輩達の教えを思い出す、 流れで、 まずは叩き込まれた構え、 カウンターで、 受けるように、 重心は低く……
バンッ!!
「ギャアアッ!!」 「ジャアアッ!!」
二人、 飛び込んでくる、 七津橋の手には、 警棒、 迎え撃つ様に敵へ向ける
目の前まで迫った敵………
「ギャアアアッ!」
ビュンッ!!
振られた敵の拳………
フッ…… タッ!
七津橋、 引き付け、 最初の敵が拳を振るいきり、 身が流れる所に、 半歩バックステップ……
バンッ!
「おらぁあ!」
ベシンッ!!
「ギュアッ!? ………」
ドサリッ………
バックステップ後、 狙い済ました、 敵の顔面側方を叩く、 気絶し敵が倒れる
「ごめんね…… さっ、 次っ!」
バッ!
「てらぁっ!」
ベンッ!!
次に迫ったもう一体も返す連撃で打つ、 良い、 正確に入った
(……雷槌さんには、 対人での戦いを叩き込まれたっ)
……………
『……これからの敵はモンスターだけとは限らない、 対人での、 効率よく敵を昏倒させる術をお前らに叩き込む』
……
確かに、 実際、 今この状況で、 モンスターと戦う様な力は要らない、 大切なのは細かく、 繊細な一撃………
……?
(……もう二体、 しまった、 何処だ、 後ろかっ!?)
ばっ!
七津橋が背後を振り返る、 一体、 迫っている、 その敵の伸ばした手……
(……顔面狙い、 なら…… 確か、 敵の腕を、 肩で受け……)
ザッ!
伸ばされた敵の手が、 七津橋の肩の上を滑る、 そのまま七津橋は前方に踏み込み……
「おらあっ!!」
ドサッ!
敵の胴にタックル、 押し倒す……
「ごめんッ! 今は寝てろっ!」
ドスッ!
そのまま軽い力で叩き付ける、 気絶する、 よし、 あと一人………
立ち上がり、 周囲を見渡す、 何処に……
あっ!
見つけた、 階段の付近だ、 残りの一体が叫んで居る、 まさか、 誰かを、 呼んでいる………
……………
ドサッ ドサッ………
「ふぅがぁ……… 分かったよ、 そぉんなに大きな声で呼ばぁんでも聞こえてるぅよぉ……」
っ……
叫ぶ敵が見る先、 階段の下から登ってきたのは、 余りに醜い程に肉が膨れ、 腹が十段程に重なった脂肪の塊の様な化け物だった
ドシドシと、 動きが遅い、 だが、 今までの敵とは違うと、 本能で理解出来る……
「ふんごぉ…… ほぉっ…… おんぅ? なぁんだぁ? なぁに見てんだァゴラァ?」
肉の塊が七津橋を睨みつける、 気が付けば、 足が止まっていた……
「あっ、 おま…… お前は何だっ……」
声が震える
「あぁん? 化け物でもぉ、 見た様なぁ反応だぁなぁ? 俺はぁ、 東側の将、 岡伸だぁ…… ひょこひょこぉ、 逃げ込むネズミをぉ……」
殺しに来た……
そう答えた、 敵の動きは遅い、 走ればぶっちぎれる……
そう思ったのに……
がくがく……
?
(……んでだ? このデブの、 俺は何がそんなに怖いんだ?)
ふぇふぇふぁっ……
「お前はぁ、 賢いでぇあぁ…… 本能がァ、 動いたら死ぬってぇ、 教えてんだぁえ?」
何、 言ってんだ………
動け、 動け、 時間が無い、 他の皆は無事にそれぞれ四地点を制圧してる筈だ
後はきっとここだけ何だ、 先輩から託された、 こんな奴ぶっちぎって、 早く走れ、 屋上に走れ………
……………っ
ベチャッ…… ドチャッ……
理由が分かった、 動けない理由が、 もう見えていた、 奴の体がおかしい事が……
ベチャベチャッ………
「いひぃひっ! 業魔刑・皮崫泥奇」
奴の垂れた腹が、 もっともっと、 重力に引かれる様に垂れ落ち、 ぼとぼとと溶ける様に地面に、 まるでヘドロの様に落ちている
既に、 奴から垂れ落ちるヘドロは、 七津橋の足元まで広がっていた、 そして、 見れば、 それがただのヘドロでは無い事は分かる
蠢いて居るのだ、 何やら盛り上がっては、 くねくねと蠢く、 それらは、 まるで捏ね上がる様に、 何かの形を取る
それは、 動物の様な形を取っていた
「おらぁ、 昔から泥んこ遊びぃが得意でぇなぁ? おらぁの泥んこは、 どんな物でも形造れる、 そしてぇ」
カタカタカタカタッ!
「それを動かしぃ! 操れるぅ!! 呑まれろっ!!」
ヘドロでも作られた多種多様な動物の様な動きをする物体達が、 一斉に七津橋に飛びかかる……
終わった…………
(……すんません、 先輩、 これも、 今まで俺がのうのうと、 無意味に生きてきた代償、 償いなのかもしれません)
七津橋は目を瞑った、 せめて楽になれる様に………………
………………………………………
…………
ヒュンッ!
ッ
バシャァアアアアアンッ!!!
…………
っ!?
突然だった、 風圧と言うか、 揺れと言うか、 勢いと言うか、 なんと言うか……
衝撃が、 七津橋の立つ、 駐車場地面を大きく揺らし、 弾け飛ばした!
「うわぁ!? なんだっ!?」
バリバリバリィンッ!! ベチャッ!!
衝撃で、 立ち上がった泥像達が吹き飛ぶ
「ああぁんっ!? んだぁ!? おらぁのぉ!! おらぁのぉ仲間達がぁああっ!?」
ドザァアアンッ!!
っ!
音と共に、 誰かが降り立った、 七津橋の前に立っていた、 彼は、 槍を持っていた
(……誰だ、 この人)
カタンッ!
槍の柄が地面を叩く……
バサンッ!
「待たせたな、 ここに、 槍の名手、 三国時代より蘇りし、 我、 趙雲、 青年よ、 助太刀するぞ」
何だ…… いきなり……
マントを翻し、 後ろで結んだ長髪が揺れる、 高い背に、 構えた長槍は、 確かに、 物語の中から出てきた様な風格……
(……味方?)
っ!
「おまぁえっ!! ぉまぁえっ!! 同じぃ魔王軍の将だぁろっ!! こぉんな所でなぁにやってのぉっ!!」
泥使いの敵、 岡伸が叫ぶ
ブンッ!
「魔王殿に対する忠義は無い、 私は、 菜代殿に対する忠により戦い、 この東の戦場に馳せ参じたまで」
菜代と言えば、 北川の狙撃手の名前だ、 やはり仲間なのか……
「くそぉう! 許せなぁい!! フソン丸! 来いっ!! おらぁの、 フソン丸っ!!」
ヘドロデブが、 何やら叫ぶ、 フソン丸とは? ………
?
「っ!? フソン丸っ! 何故来ないっ! オイラの、 巨大戦馬のフソン丸っ!!」
馬? そう言えば、 さっき、 作戦開始時に、 東隊を襲った巨大馬が居たが……
槍の男が、 槍を光らせる
「あの馬は、 不遜と言うのか、 いい馬だったが、 襲われたのでな、 首を跳ねた、 許せ」
っ!?
なっ……
敵将、 岡伸が震える、 これは怒っている、 だが、 こいつ、 見れば見る程幼稚だ、 まるで赤子……
………………
「うぎゃんぁあああっ!? 酷ぃぁぁぁんっ! 許さなぁいっ!! くらえ! 死ねっ! しねぇっ!!」
(……っ、 泣き出した? しかもガキの泣き方だ、 まさか本当に……)
っ!
ボコボコ ボコボコッ……
またしても、 奴から溢れ出たヘドロが地に落ち、 何やら形が作られる
「俺のぉ!! 無敵の軍隊っ!! 突撃っ………」
岡伸が言い切る前だった……
ブゥンッ!
バッ!!
「消し飛べっ! 異形の軍勢よっ!!」
ボッ!
ッ!
ガァアアアアアアアアンッ!!!
立体駐車場全体が揺れる程の、 槍男の踏み込みと同時に振るわれた槍、 その衝撃波が、 岡伸に正面からぶち当たる
「ぅがぁああああああああっ!?」
ベシャアアアッ!!
…………………
そこに残ったのは……
っ
「……まだ子供ではないか、 能力でヘドロを纏って大きく見えて居ただけ……」
気絶し、 地面に倒れているのは、 少しぷっくらとした男の子だった、 まだ小学生だ、 まさかこんな子供が……
ブンッ
「魔王軍の将の殆どが、 シェルターの十五室で惨殺された者達だ、 俺も、 その中には子供も居た……」
そうか、 わけも分からないが、 聞いた話通りなら、 敵は死人、 目の前の男も、 今息をしているそこの子供も、 皆既に一度死んでいるんだ……
気絶している子供を、 槍男が抱き抱え壁に背を預けさせる、 彼はさっきまでの戦士の顔を消し、 子供を見て笑う
…………
「なぁ、 あんたは何者なんだ? あんたも敵なんだろ? どうして俺を助けたんだ?」
グルン……
「……今、 それは必要なのか? お前にはお前のやるべき事が有る筈だ、 忘れるな」
その通りだ、 俺達は今、 未来の為に戦って居るんだ、 一度は死を覚悟したけど、 自分は今まだ生きてる
まずすべきなのは、 そんな意味の無い質問では無い、 七津橋は改めて槍男に向き直り、 頭を下げる
「助けくれてありがとうっ、 俺は先輩から託されたんだ、 それを全う出来る、 だからもう行くよ」
七津橋は顔を上げ、 目的の消火設備まで踏み出して行く、 人の強さ、 想いを背負い、 苦しくても前に進む、 人間としての強さ、 それが七津橋の背には見えた
ふっ……
(……暴力で全てを台無しにした俺とは違う、 この世界ではお前こそが戦士だ)
………
「おいっ、 俺の名前は、 蒼也だっ、 俺は魔王軍だが、 今はお前達の味方だっ」
七津橋は、 背から話し掛ける蒼也に向く
「そうなのかっ! お前みたいな強い奴が仲間なら百人力だぜっ! 俺には俺の出来る事をっ、 だから!」
あぁ
「お前の仲間は俺に任せろ、 ……ついでに四天王殿の首も戦果に掲げて見せようっ!」
「っ! だめだめ! 人殺しは無しだぜっ! 首チョップで良いんだよ、 とん、 でよっ」
面白い奴だ……
「冗談だ、 俺も行く、 ではなっ!」
バンッ!!
あっという間にその身は遠くへと、 力強い跳躍、 駐車場全体が揺れる程
何か………
「かっけえなぁっ、 俺も槍とか振るって強かったら、 フーリカちゃん、 俺の事見直してくれるかな~ なんてね」
っと
「そろそろ時間だ、 使い方は教わったけど……」
七津橋は急いで、 目に留まる赤い箱の元へ走る、 良かった、 結構頑丈に出来ているらしいけど、 ちょっと汚れて居るくらいで使えそうだ
「確か、 圧縮空気の弁を開いて、 次に噴射口のを開いて、 っと、 どの辺だ、 確か自販機のある向こう側が…… よし、 この辺だな」
少し遠くに、 東側の敵軍が見える、 わらわらと、 シェルター周りに群がる敵、 そこに、 消化器を向ける
配られた電池式時計を見る、 後十秒、 ギリギリだった
(……敵なんて呼んでるけど、 別に俺達は敵なんかじゃないんだ、 本当なら、 だから皆、 俺達が傷付け合わなくても良い様に)
今は、 倒れてくれよ
「3、 2、 1、 よし! 消化器発射っ!」
両手でどっしりと構えた消化器を敵軍に対してしっかりと向け、 レバーを握る
強い振動………… 作動音
っ
バシュウウウウウウンッ!!!!
白色の粉末がに向き吹き出す、 いい風だ、 背を押す様な強い風向きは、 希望を感じさせる程の追い風だ
「届けぇっ!!」
ぶわぁああああっ!!
舞い上がった白い粉末、 七津橋はそれを目で追い、 次に、 周囲を見渡す……
少し先の二棟の商業ビルから、 主張するようなショッピングモール跡から、 同じように………
ぶわぁあああああああっ!!!
粉末が四箇所から舞う、 作戦通りに、 四箇所から高く、 強い風に乗った粉末が、 徐々に空気を霧の様に白く染めて行く
「っ! 皆っ! 間に合ったんだ!」
七津橋は、 今までに感じた事の無い程に胸が熱く、 まるで他地点にも誇る様に、 高く白粉末を打ち上げた
粉末は、 強い追い風に乗り……………
…………………………………………
…………………………
………
ぎゃーぎゃー わーわーっ
「うぐぁっ、 何だっ、 この白い粉はっ! 目に入るっ、 口にもだっ…… ダメだ目を開けてられないっ」
ゲボゲボ……
東軍の将の一人が膝を付き咳き込む、 周囲の兵達も皆、 混乱と困惑の中に倒れていた
たった今、 自分達を打ち付けるように吹いた強い風が運んで来た白い粉末は、 最初人体に対して無害であるかに思われたが
細かい砂の様に、 目や口に入ると、 とてもじゃ無いが立っていられない程の状態になる
また、 更には空気を白く染め上げる程に、 煙幕としても機能し、 砂嵐の中の様に視界を奪われた
(……くそう、 隊が乱れている、 どうせこの白い粉末は後少しすれば無くなるだろう、 それまでの辛抱………)
………………
ダダダダダダダダダダダダッ!!!!
?
遠くから足音が聞こえる、 大軍の迫る様な足跡だ、 何だ? この足音は一体……
……………………………
……………
「ふふっ、 千早季、 東側の敵軍が見えて来たわよ、 さ、 皆に突撃の号令をするのよ」
えぇ………
「……何で俺が、 さっきまで眠りこけてただけだったのに、 気が付いたら……」
威鳴千早季は自分の後ろを見る、 最前の自分と姉貴が乗った仮造の荷車を引く、 ついさっきまで南側戦場で力を振るっていた敵将、 そして今は姉の駒
っ
ドダドダドダドダッ!! ダダダッ!!
壮観だった、 まるっと、 五千人の敵軍を結局、 姉は味方にしてしまった、 心底闇の深い笑みで笑う姉の隣で……
よっこいしょ……
「これが、 将軍の景色か……… よしっ」
何だかんだ張り切って、 威鳴は腕を掲げる、 そのぶつかる熱を確かに感じる
白の煙幕が薄れて行く、 いいタイミングだ、 混乱の中で、 大軍の接近を感じさせなかった、 それだけでも……
(……いい仕事だったぜ、 東隊っ)
ははっ
「お前らぁっ!! このまま敵軍を側面から食い破るぞっ!! 全軍っ、 突撃だあああっ!!!」
うおおおおおおおおおおおおっ!!!!
引き連れた南軍と、 東軍共に五千人が、 真正面から…………………
…………
ドガジャアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!
ぶち破るっ!
「あははははっ! 敵を蹂躙しろぉっ!!!!」
敵を操るのは姉の力である、 つまり命令権も姉にあるのだ、 その為、 叫ぶ威鳴の声に合わせて、 姉が静かに命令を出してあげてると言う本人が知ったら赤面確定の事実
まるで父親が竿に魚が掛かった状態で子供にバトンパスし、 釣り上げる楽しみを教えてあげようとニヤニヤする様に
そんな温い優しさに、 威鳴は大人になっても気が付けず、 全力で声を張り上げ、 まるで大将軍にでもなったかのように戦場を荒らしに荒らしまくった
…………………………………
その後、 南側の軍勢も乱戦の末に壊滅する、 それを、 栄光を掲げて、 立体駐車場にでも作戦を遂行した者たちも見ていた
「……よく分かんねぇけど、 これで俺達の勝ちですよ、 雷槌さん、 先輩、 俺が二人の分も、 この栄光を掲げ続けます、 だから見ていて下さい」
七津橋は空を見上げる、 そこにはぼんやりと、 まるで、 かげおくりの様に二人の去っていく姿が見えた
涙が頬を伝う、 それでも……
「……二人とも、 俺、 頑張ります、 だからっ、 だから………」
……………
たんっ たんっ………
「おい、 てめぇ七津橋、 勝手に死人扱いとは良い度胸だな?」
………………?
「酷いよ、 頑張って生き残ったのに、 後輩に殺されてた、 どう思います雷槌さん?」
え?
声が聞こえて振り返る、 そこには………
あれ?
「いっ、 雷槌さんっ! それに、 先輩っ!? えっ、 生きてるじゃんっ!?」
「都合でも悪かったか? 生きてるとよ……」
あ…… あはは…………
その後、 七津橋は一発雷槌にぶん殴られる事になる…………
………………
「………俺はあのクソ強い大剣を持った男に吹っ飛ばされた時、 意識的に気絶したんだ、 知ってるか? 人は意識を失う事で余計な力を抜き、 ちょっとしたダメージの緩和をする事が出来るんだ」
へー ………意識して気絶?
「出来ませんよ、 普通」
先輩である、 雷槌さんの意味不明な発言に首を捻ったのは自分だけでは無かった事に少し安心である
「ま、 無論無傷じゃないが、 死ぬ程の怪我じゃなかった、 声掛けれる奴には声掛けてきた、 お前も行くぞ」
七津橋は頷く
ん?
「あの敵の強い大剣使い、 四天王? はどうしたんすか?」
あぁ……
雷槌が耳に手を当てると、 ある方向を指差す
「あそこだ」
?
「あそこ…………………」
…………………
ッ!
バゴァアアアアアアアンッ!!!
ドガジャアアアアアアンッ!!!!
っ!?
雷槌が指を刺した先に立つ半壊のビルが、 突然吹き飛んだ、 鉄筋のコンクールを突き破り、 キラキラとガラスの残骸が宙を舞う
なっ……
「なんだっ!? ………あっ、 あの人、 槍の人っ!」
槍を振るう蒼也が弾けたビルから落ちていく、 上を見、 槍を空に向ける、 それを追う様に、 逆反りした大剣を肩に構えたあの男、 確か、 四天王の笹原が飛び降りる
…………………………
「あはははははははっ!! もっとだ! もっと俺を楽しませろっ! コスプレ野郎っ!!」
笹原が叫び、 宙をで剣を構える、 着地した蒼也に叩き付ける様に、 振り上げた大剣を叩き付けるっ
バギィアアアンッ!!
ギッ!
凄い、 あれだけの質量攻撃を蒼也は槍を振るい受け流す、 既に互いに二の手の予備動作に入っている
そんな戦いを、 少し遠くから七津橋達は見た
……………………
あはは……
「なんなんすか、 化け物っすね……」
「私も七津橋君を行かせた後、 実は必死に逃げ回ってたんだけど、 あの槍の人が来てヘイトを買ってくれたからこうして無事だよ」
先輩だ
「よし、 もう行くぞ、 合流したら即撤退する、 作戦は成功した、 後は俺達の戦える様な土俵じゃねぇ」
二人は頷く、 その後、 激化する笹原と、 蒼也の戦闘音にビクビクしながらも、 東側は何とか全員が合流、 雷槌の迅速な判断によって散り散りに逃げた隊員に死者は居なかった
だが、 五十人中、 四十二人が負傷し、 骨折や、 肉体の一部損傷の有る者は九名、 その内の二名がすぐにでも治療が必要だった
「よし、 全員集合できたのは奇跡だ、 だが終わりじゃないぞ、 すぐにでもシェルターに戻る、 バディを組み、 撤退に支障のある物をバディが支えろ」
そうして、 その後は混沌の戦場を抜け、 それでも皆、 やり切ったと言う想い、 戦い抜いたと言う強い満足感を胸に、 無事シェルター内へと帰還した
……………………………
…………
初めはどうなるかと思った戦いも、 人々の想いが重なり、 大きな力となりぶつかる、 手を取り会う事で、 強固に繋がれた揺らがない心が、 果てしない力を生む、 人間と言う種の強みだ
西側、 南側、 東側、 そしてシェルター内部にも、 今朝の時点では無かった希望そこにはがあった
残された戦場は北側、 菜代の狙撃が戻り、 西側の冬夜が水の少女と共に既にそこに向かっていた
だが………
まだここに、 希望は無かった
………………
「土飼さんっ! もう止めてくれっ! 死んじまうよっ!」
敵に抑え付けられ、 身動きが取れない仲間達がそれでも暴れ、 叫ぶ
彼等が見る先、 敵が円を作り、 逃げられない様周囲を囲んだ、 敵の包囲のバリケードは、 菜代の狙撃が止んだ後にさらに分厚い物となった
その中心で、 地面に額を付け、 ガックリとその身を地に貼り付ける人物こそ、 北側の調査隊リーダー、 土飼笹尾である
その正面に立つ男、 北側の将の一人、 名前を、 央田中、 数十の巨大ミミズを操る能力、 業魔刑・重虫逸起を継承した者
だが今は、 その能力であるミミズは何処にも見えなかった、 即死級の巨大ミミズの攻撃は今の所無い、 土飼相手に使う必要が無いからか
だが、 だからこそ残酷だった、 何故なら……
「おい、 立て、 もう終わりか? 俺を殴り倒すんじゃ無かったのかボンクラ、 あぁんっ?」
央田中が土飼を見下ろす
「終わりなら、 今度は他の奴らを殺すぞ?」
っ…………
ピクピク……… ザッ………
はぁ…… はぁ……
土飼は何とか顔を上げる、 その顔は赤く腫れ上がり、 何発も殴られた事は容易に理解出来た
正直、 息をする事さえ辛い、 このまま気絶して、 意識を失ってしまえばどれだけ楽だろう
だが……
(……俺が、 俺が倒れたらダメだ、 時間を稼ぐんだ、 菜代さんが、 他の誰でも良い、 加勢が来る筈なんだ)
っ!
「っ、 ぅおおおぉっ!」
気合いでもう一度立ち上がる、 殴られて手は倒れ、 また立ち上がり、 何度繰り返しただろう
でも、 この敵は完全にこちらを下に見て舐めてる、 だからこそ良いんだ、 土飼が倒れさえしなければ、 この地獄の様な時間さえ乗り切れば、 この後は……
焦点の合わない目で、 それでも土飼は敵を見る、 口内の不味い血が、 閉まらない口から無意識によだれと共に垂れていく
それでも、 まだ土飼は立っていた、 そこには、 仲間を導くリーダーとしての責任に加え、 土飼自身の内に渦巻く物
これだけ、 ここに土飼を立たせるのは、 最後に残ったのは、 折れそうで、 中々折れない、 土飼の意地だった