表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

130/164

第百三十話…… 『最終章、 下編・16』

ボンッ ボンッ ボンッ!!!


次々と天から落ちてくる巨大な木の実、 地面に衝突しては弾け、 向かい来る敵を押し潰して居る


シェルターの南側、 威鳴千早季いなりちさきと、 その姉が担当する戦場はそこだけ世界観が違うようだった


「うふふっ! あははははっ! 見て千早季! 命が、 生命が、 愛が、 溢れて居るわっ!」


………………………


まるでジャックと豆の木の様な、 太い蔓が互いに巻き付き、 天へと向かい伸びている、 その木の付けた木の実が落ち、 地面を穿ち、 敵を押し潰していた


その状況を作り出した者、 威鳴の姉を名乗る者、 植物を操る神秘は、 この惨状を見て、 心底楽しそうに笑い踊る


それを、 瓦礫に腰掛けながら内心引き気味に見る威鳴は、 震えた声で尋ねる


「あの…… 姉貴よ? この人達を殺さない事が勝利条件何だけど…… 流石に死んでない? これ?」


威鳴は、 視線を大きな丸型の木の実、 そしてそれに押し潰されピクリとも動かない敵を見る


「ん~? ふふっ、 大丈夫、 大丈夫よ、 何も問題無いわ」


不気味に笑う姉、 ああ、 この笑みをする時はろくな事がありはしない


「千早季、 安心して、 愛は無敵、 愛は不滅、 愛は死をも越える…… ほら、 見て……」


バキバキ…… バキッ………


何か…… 木の実だ、 落ちた木の実の表面に亀裂が入っていく、 割れていく、 そうして……


とろとろ~ べちゃっ………


木の実の中から、 ドロドロとした液が流れ出る、 蜂蜜の様に琥珀色の果汁だ、 それは溢れ出て、 地面を這うと、 押し潰した敵にまとわりつく様に、 それが覆っていく…………


ピクッ…… ピクピクッ………


……………


押し潰され、 はみ出て居た敵の手が再び息を吹き返した様に震え出した、 その光景を見て威鳴は思わず目を瞑る


そうこうしている内に、 一人、 また一人と、 果汁に触れては動きを取り戻す者達、 その数は瞬く間に増え、 押し上げる力が生まれる


バキバキッ…… バキンッ!


木の実が割れると、 その下からワラワラと、 起き上がった者達が立ち上がる、 その目は虚ろで、 光が無い


だが、 これはまさか………


「ふふっ、 不死の軍団には、 不死の軍団をぶつける、 こういうのって、 凄く楽しくなぁい?」


はぁ…………………


威鳴は、 予想が的中し大きな溜息をつく、 敵の『死者蘇生』の力によって兵とされた者達を、 更にもう一度殺す事でその情報を更新し、 姉の『死者蘇生』の様な力で再補填しやがった


「……俺、 知ら~ね」


混沌を極めて行く南側戦場、 不死の敵軍の内側から、 徐々に食い破る様に、 不死の味方軍が襲いかかり次々と倒していく


阿鼻叫喚の地獄絵図と言う奴だろうか、 威鳴はその喧騒から目を逸らし、 温かな陽の光を浴びながら目を閉じると、 それはどんな幸福にも引けを取らない程の快適なうたた寝に浸ったのだった………


………………………………………



…………………………



………


その後、 威鳴が鼻ちょうちんを膨らませている間に、 威鳴姉の力で敵軍の将は打ち倒される、 その内能力の様な力を持った者も倒された


西側戦場で戦う村宿冬夜むらやどとうやも、 暴れ狂う水の脅威を目の当たりにしながら、 敵軍が壊滅する様を共に戦いながら目にした


敵戦力の数を物ともしない圧倒的な力が暴れる中、 それでも、 そうでない者達の戦いは続く、 北側でも、 東側でも……


そして、 戦いとは常に、 戦場のみで起こって居る訳では無い、 シェルター内にて、 怪我人を治療し、 癒す医療班


生きる為に、 誰かの為に、 走り、 物資の調達や、 シェルター内の設備を整える者達


外で戦う調査隊に変わり、 微力でありながらも、 大切な人達を守る為に、 シェルターを巡回する警備員……


ここにはここの戦いが有る


そして、 それは、 無力な避難者達を守る、 このシェルターの管理人達にも言える事だった


……………………


《シェルター施設内・一番室》


一番室は、 シェルター内の最も奥に位置し、 最も強固で、 大人数を収容出来る、 大規模な防衛室である


予想を遥かに上回る災害や、 それに順ずる事柄が発生した時、 避難者を守る為、 皆を一箇所に纏める、 いわば甘樹シェルター最後の砦である


以前この場所が使用されたのは最近の事で、 この街の空に巨大な龍が飛んだ日、 あの日も人々はこの広くて狭い、 一番室に閉じ込められた


薄暗く、 冷たい静寂さが支配するこの一番室は、 今、 それを覆す程の怒りと、 不安が埋め尽くす、 ある種の熱が蔓延する、 カオス漂う喧騒に包まれていた


それは………


「おいっ! 俺達はいつまでここに居れば良いんだ! なんの説明も無しに閉じ込めやがって!! 大望議員でも、 木葉鉢さんでも出て来て説明くらいしたらどうなんだっ!」



「もうなんなのっ! っ、 まさかまた人が殺されたのっ!? 殺人鬼がこのシェルターに出たのっ!?」


不安に駆られ、 焦りを帯びた声は、 大きく響く、 空間を震わせ、 次々と別の人々の不安を煽る


不安定、 何時崩れても不思議では無いゴタついた足場、 柱の劣化した吊り橋、 人々は疑心暗鬼に呑まれていた


シェルターでの窮屈な避難生活は既に二ヶ月程になる、 日々モンスターと言う恐怖存在に震え


更に、 最近では、 シェルター内の侵入者による大量殺人と、 主に明山日暮を中心とする悪質な噂


抑圧された心が悲鳴を上げ、 薄い酸素の中で必死に荒い呼吸を繰り返す様に、 窒息寸前の人々が声を荒らげていた……


そんな一番室には、 多目的様のステージ、 一段高くなった場所が最前に設けられて居る、 何らかの説明をするのには必須だし、 通常時のライブ会場としの案もあったからだ


そのステージの奥、 準備室として存在する部屋の薄暗い一室にて、 一人の男がその体を地面へと付け、 蹲る様に頭を垂れていた


その様は、 正しく土下座である、 準備室には静寂が落ちており、 部屋にはその男が一人居るだけだった、 男は虚空に向け頭を下げている……


男から呟きが漏れる


「お願いしますっ、 お願いしますっ、 お願っ、 お願いしますっ!」


懇願だった、 その男の名前は、 大望吉照たいほうよしてる、 政治家である、 人を纏め、 同じ方向を向かせ、 導く


そして、 このシェルター内で行けば、 管理人である木葉鉢朱練このはばちあかねと並んで、 いやそれ以上に、 言葉に力の有る人物だった


何故、 人を導く立場の彼が、 混沌を極める一番室にて、 その役割を全うせず、 こうして誰も知らない所で地を舐めて居るのか……


彼にはある能力が有る、 それは『降霊術』、 こことは異なる世界から死せる魂を呼び寄せ、 この世界へと召喚、 肉体等の生存定義を与える事で、 死者を、 死以前の状態で呼び寄せる事が可能


そして、 馬鹿馬鹿しい話だが、 その能力の発生条件こそ、 懇願、 土下座なのだ


初めこそ一笑に付す様な物だったが、 それは、 降霊による、 出会いや、 本来果たす筈の無い再開を経て、 大望にとって大きな力となっていた


だが、 大望は滅多にこの力を使おうとしない、 それはこの能力の事を内心嫌っている、 それは単純に性質、 『死者蘇生』と同義であり、 世界の法則性を大きく歪曲した力だから


そして、 もうひとつに、 『色分』という最も嫌う性質があった


能力が、 その者の魂を、 色分し、 グレードを付けるのだ、 色は三色あり、 青色ならば、 一般人、 村人や、 一商人、 戦いに置いては一般騎士や、 狩人、 冒険者等、 どこにでも居る普通の人達


その上が紫色、 何らかの卓越した技術を持ち、 組織の幹部や、 達人、 そしてメイド長と言う例も実際に有る


そして最高位は金色、 これは人の域を超えた力を持つ者、 またはそもそも人で無い事もある、 勇者や、 その仲間だったり、 一国を統べる王だったり、 または龍という事もあった


呼び出す者の凄さを、 能力がランク分けし、 色を付ける、 まるでソーシャルゲームのガチャの様に、 この性質が、 大望にとってどうしても許せなかった


確かに凄い奴と言うのは居る、 上には上が居ると言う言葉どうり、 その上にも更に凄い奴は居る


反対に、 日々を何もせずに生きる者、 誰か無くしては生きられない依存者、 他者の功績を語る者


言葉にしてしまえば、 凄い奴と、 そうでない奴と言うのは目に見ても、 実際に居る、 これは事実だ


だからと言って、 それぞれが皆生きている、 大望はそんな全ての人々を導く為に政治家になった、 だからこそ、 その命に順位を付ける様な事は忌避するのだ


……………


にも関わらず……


「金色っ! 金色来いっ! 来い! 金色よ来いっ!」


この時、 大望は、 下らない『色分』にとても拘っていた、 それは何故か、 理由は単純だ


自分を無力だと思って居るから……


「お願いしますっ! 私は戦えないっ! 敵が、 敵が迫って居るのです! 誰かっ! 誰でも良いっ、 助けてくれっ! お願いしますっ!!」


圧倒的な数の敵がシェルターを包囲し、 無謀にもそれに勇気を持って挑む者達が居る、 しかし、 大望には戦う力が無い


ならば、 強い力を呼び出すしかない、 強い力を持つ者を呼び出し、 戦況を覆して貰うしかない


それしか、 自分にはできない…………


大望は懇願した、 自分の無力さを嘆き、 一人狭い部屋で、 頭を垂れた……


それに反応し、 彼の持つ能力が確かに答える、 空気が代わり、 地面が眩い光を放つ


青色の光だ…………………


っ……


ぁぁ…………………


(……自分は、 こんな時に何故、 こんなにも無力なんだ、 どうして力になれないんだ………)


嘆き、 そのまま地面に突っ伏す大望、 青色の光が収まると、 そこに一人の男が立っていた、 彼は周囲を見渡すと目に入った大望に声を掛ける


「……すまない、 そこの紳士よ、 何故に地を舐める、 まさかこの私への服従を示しているのか? はは、 悪くない」


その声に大望は顔を上げ、 その男を見る……


……………………


ぽんっ!


小馬鹿にした様な破裂音がして、 大望の眼前に花が咲いた、 見た事のない小さな花で、 はらはらと落ちる紙吹雪と共に大望を彩った


この男、 独特な喋り方や、 胡散臭いスーツ姿にマント、 そして頭に乗っけたシルクハット、 どこからどう見ても……


「奇術師めっ………」


大望は拳を握った、 こんな時に目の前に現れたのが、 こんな馬鹿げた男だと思うと腹が立つ


怒りをぐっと抑え、 紙吹雪を頭から払うと、 大望は立ち上がり、 その手を男へと向けた


その動きに反応し、 花を差し出す奇術師、 その手を強く弾くと、 再度その手を男へ……


「演者め、 お前の下らないマジックに付き合っている時間は無い、 早々で悪いが消えてもらう」


大望の能力の性質は、 大望自身を強化する訳では無い、 そのリソースは他の部分に消費される


出現する魂の色次第では、 とてつもない力を手に入れると言っても過言では無い破格の能力であるにも関わらず、 この力にはクールタイムが無い


一つあるとすれば、 大人数を呼び出すと大望に対して過度な疲労が溜まる為、 一度に呼び出せる数は二人までと自身で設定している


一人は、 メイド長の幽霊レイリア、 彼女と再び離れる事は全く考えて居ない、 折角再開したのだ


だから、 大望にとって、 常に呼び出せる数は一人となっている……


そんな大望の想いも露知らず、 男は受け取って貰えなかった花を仕舞うと、 バサリとマントを翻した


「ふぅ~む、 分からん、 何故そんなに憤慨しているのか…… 何故に笑わないのか…… ほら、 にこぉ~ っと、 笑ってくれよぉ~ 人を笑わせる事が私の仕事なのだよぉ~」


ちっ


大望の舌打ちに大袈裟に驚いた様な姿に、 ますます頭に来て、 言葉が強くなる


「腹が立つと言っているんだっ、 今このシェルターでは、 人々の未来を掛けた戦いが繰り広げられて居るんだよっ、 強い力を持ち、 戦える者が必要なんだっ!」


ギラリと、 睨み付ける大望の目に、 男はビクリと肩を震わせる、 そこに畳み掛ける様に言葉を重ねる


「全線で戦う者達が、 圧倒的な戦力差を前にそれでも戦っているんだ! 今が最も大事なんだっ! こんな状況でふざけて居る様な奴はっ、 お呼びじゃないんだよっ!!」


はぁ…… はぁ……


言いたい事を一方的に叫び、 息を切らした大望は、 男に向けた手に力を込める


「……だから、 さっさと目の前から消えてくれ…… 能力解除………………」


遂に、 その言葉が、 能力解除の為の力の起こりを観測する ……それよりも前に、 男が口を開いた


「ふむ、 君はどうやら勘違いをしている様だな」


………………………………………


………何だと?


ピタリ


大望の力が止まった、 その言葉が、 実は大望が内心感じている感覚に対する、 解の様にも感じてしまった、 図星だったからだ


「……今、 何と言った? ……勘違いだと? 何がだ、 私が何を勘違いしていると言うんだ?」


男は、 またしてもバサリとマントを揺らす


「簡単な事だ、 君はこう思っている、 戦いとは戦場でのみ起こる事柄であり、 自身はその場に立てないから、 無力である、 と……」


その通りだ


「事実だ、 だがそれのどこに勘違いが有ると言うんだ?」


気が付けば大望は男に向けた手を下げていた、 本当なら聞かなくてもいい様な戯言に、 問を返す


「私は確かに、 ここの状況を知らないし、 戦力が必要だと言うならば、 私は戦えないし、 不相応と言われても仕方が無い」


だが……


「君の勘違いはそこだ、 君にとっての戦場とは何処の事なのだ?」



「外だ、 この建物の外を『魔王』とか言うふざけた奴の仲間が囲い、 このシェルターを危機に陥れている」


大望の言葉に、 男は一瞬肩を震わせた


「……魔王か、 奴は私の故郷も焼いた、 成程な…… だがな、 それはあくまでも君の視点に過ぎないのだよ」


視点?


「……ここにはどうやら多くの人が居るらしいな、 人がそこに居れば、 人の数だけ、 それぞれの視点が有る」


「怒る者、 叫ぶ者、 思案する者、 刃を振る者、 色々だ、 色々な視点がここには有る」


バサリ、 またマントが揺れる、 大望は不思議と彼の声に耳を預けていた、 彼の一挙手一投足を見ていた


「君には見えていな視点から、 君には見えていな人の心が有る、 聞こえていない声が有る」


「よく聞きたまえ、 君の勘違いとはね、 君が遠くの戦場にばかり目を向ける、 ここにある心から目を逸らし続けている事なのだよ」


それは、 どういう…………


「ここにはここの戦いがある」


っ………


大望は唾を呑んでいた、 男が音を聞く様に、 耳に手を当てる


「君も耳を傾けてみなさい、 良く聞き分けてみなさい」


言われるがままに、 大望は耳に手を当てる


ギャー ギャー


叫ぶ声、 喚く声、 声声声………


誰もが不安の中で、 自身に備え付けられた小さな防衛本能と言う刃を闇雲に振るい、 声を荒らげている


………………………



………


その中で、 確かに聞こえた


っ、 ぐすっ……


「うっ、 パパ…… ママ…… どこ………」



「……どうして、 どうして……」



「誰か…… 誰か助けて………」


……………


力を持たない弱き者達が、 溢れる喧騒に押し潰されながら、 隅の方で縮こまって泣いている


振るう刃の存在も知らず、 自分に少しの力すら無いと決め、 立ち上がる事すら出来ない弱き命


愚かな者達と、 呼ぶ声がある


それでも…………


……………………………………



…………


「………私は、 この声を、 下を向く者を、 余さず導き、 前に進める為に ……私は政治家になったんだ」


当たり前過ぎて、 目を向けない内に気が付けば忘れてしまっていた、 自分にとっては当たり前の事


混沌の嵐の中、 狼の潜む草原で、 迷える羊達を正しく導く、 羊飼いの声が、 ここには必要だった


そして、 大望は、 自分こそが羊飼い足り得ると、 覚悟を決めたからこそ、 政治家になったのだった………


バサリっ…… マントが大きく翻る


「聴こえた様だな、 そして理解しただろう? ここにはここの戦いが有る、 君には君の戦いが有る…… ならば、 君の戦う戦場とは何処で、 君の戦いとは何だ?」


それは、 分かり切った事で、 そして、 今強く、 再認識した事だ


「俺は、 人々が犇めき合うこの混沌せんじょうで、 人々の歩む道を照らす光に成りたいっ!」


いいや


「そう在る事こそ、 俺の仕事たたかいだっ!」


うん


奇術師の男は、 ゆっくりと頷いた


「ここの人達は疲れている、 辛く苦しく、 笑っている者が一人も居ない、 大人が叫び、 誰にも忘れられた様に子供が静かに泣く」


否定できない惨状だ


「人々に笑顔の花を届け無くてはいけない…… そして、 ここがそういった場所ならば、 ここで、 私は最も適した存在だとは思わないかね?」


奇術師、 演者…… いや、 マジシャン……


「……出来るのか? お前に、 このホール全体を笑わせる事が、 本当に出来るのか?」


にやり


男は笑う


「出来るともっ、 花の都セイリシアにて、 最も人を笑わせてきたこの私、 大道芸人、 セコ・イッヌ・パラダ・リコーフヌならばなっ!」


男はその身を翻すと、 その歩みを壇上、 ステージへと向ける……


「……だが、 私一人の力では手から零す者も居るかもしれない、 言葉の大きな者の力が必要だ、 ふっ、 何をしている、 君も立つのだぞ、 二人で、 ステージにっ」


あぁ…… ああっ


「分かった! やってるっ、 避難者達を笑顔にできるなら、 今を生きる希望を与えられるならばっ! なんだってやってやるっ!」


ふふ……


「よぉし、 その意気だ、 それでは行くぞ! 大望吉照っ!」


っ……


何故、 自分の名前を、 まだ名乗って居ないのに………


「……昔、 まだ駆け出しの頃に、 一人の青二才と、 メイド嬢が私の公演を見に来てね、 小さな街の路上で、 誰も見物客の居ない私の芸を二人は楽しそうに見てくれた」



「ふっ、 それが私のきっかけだった、 それだけさ、 では行くぞ、 混沌の地に、 大輪の花を咲かせようでは無いかっ!」


うん


頷く大望、 だらしなく来たスーツを払い、 ネクタイを締め直すと、 準備室を飛び出し、 喧騒渦巻く一番室、 その最前ステージへ……


…………………………………………



…………………………



……


船路ふなじさん、 そっち側持てますか?」



「おうよっ!」


シェルター内を駆け回り、 主に医療班へ物資を運ぶボランティアは、 つい一時間程前に、 藍木シェルターの菊野和沙きくのなぎさによって集められた……


大きめの箱を片方ごと持ち上げる二人、 船路と呼ばれたおじさんと、 もう一人は峰鳥羽晃みねとばあきらと言う男性である


彼ら二人は、 そのボランティアの話を聞いて、 真っ先に立ち上がった人の内の二人だった


彼らにはある共通点がある、 それは……


「よっせっ、 そういや、 峰鳥羽の兄ちゃんはどうしてボランティアに参加したんだ?」


ふっ


「そんなの決まってます、 船路さんだって同じでしょう?」


わっせわっせと、 重量のある箱を息を合わせ運ぶ二人……


「俺は日暮君に命を助けられました、 家族にも再開出来たし、 それに、 奈々ななかにも生きて再開出来ました」


峰鳥羽晃は、 彼女である奈々歌を失ってしまった悲しみに暮れて絶望の日々を過ごしていた、 だが日暮に助けられ、 避難したこのシェルターで彼女と再会を果たした


「今度は、 俺が誰かの助けになれる様に、 微力でも、 この手を伸ばしてみたいんです」


うん


「同じだ、 俺もそうさ、 俺は昔から声がでかい事だけが取り柄なんて言われてた、 でも実際に化け物を前にした、 震えて声も出なかったんだ」


そんな船路の前に現れたのが日暮だった、 モンスターを叩き伏せ、 その後家族全員が無事にシェルターへ避難する事ができた


「変わった若者だけど、 良い奴だ、 日暮君が、 守って良かったと、 そう思える様な事がしてぇ」


確かに、 偶に声が大きすぎる事が玉に瑕だが、 この人の声には力があって、 峰鳥羽は好きだった


……………


その後二人は医務室のある通り、 そこに繋がる小ホールに行き着く、 そこにはせせこましく走り回る人や、 怪我人、 そして軽い手当をする女性達がいた


ここは、 医務室がパンクしない様に、ここで軽度の負傷者の手当をボランティア達が行っているのだった


その中に見知った顔を二人見かけ、 おもわず船路は声をかける


「おう、 美里みさとちゃんに、 新那にいなちゃんじゃねぇか」


その声に顔を上げたのは、 若い二人の女性だった、 互いに見知った顔であるので、 向こうも笑顔を向ける


女性の内の一人、 美里も、 船路や、 峰鳥羽と共に、 日暮から助けられ、 シェルターへと避難した者だ、 そこで親友の新那に再開した


…………


「あ、 船路さん、 それに峰鳥羽さんも、 二人もボランティアに?」


美里の問いかけに頷く


「おうよ、 まさか二人もあれか? 日暮君に助けられた事を思い出して、 居ても経っても居られなくなった感じか?」



「ふふっ、 そうですよ…… でも、 それだけじゃ無いんです」


美里の言葉に、 隣の新那が頷く


「はい、 実は今、 一番室で、 なんだろう、 マジシャン? みたいな人がとんでもなく凄いマジックを披露してるんですよ」


マジシャン?


「……こんな時にか?」



「こんな時、 だからこそですよ…… そう思いました、 その、 一番室って、 凄く居心地悪かったじゃないですか?」


確かにその通りだ、 大の大人が声を荒らげて、 誰もが窒息寸前の魚の様に、 必死に狭い水槽の中で口をパクパクと喘いで居るようだった


「正直私、 全然周りが見えてなくて、 自分の事ばっかりで…… でも、 急に大望議員と、 そのマジシャンの人がステージに出て来て、 マジックを始めたんですよっ」


余りに急な事だった、 誰もが呆れた様に口を閉じ、 黙った、 だが、 悪質な流れが立ち消え、 そこからはステージ上に立つ、 二人の領域だった


「大望議員が体を張って、 見た事も内容な凄いマジックを始めるんです、 見ている内に段々引き込まれて……」



「本当に凄かったよね、 私、 初めてああいうので感動したかも」


共感する二人、 その震えが話から伝わる、 その時の感動は本当に言葉では言い表せ無い感情だったのだろう


「そうしたら、 すぐ側で子供が立ち上がって、 笑ったんです、 マジックを見て、 でもその子、 泣き腫らし顔をしてて」


きっと、 マジックが始まるまでずっと泣いて居たのだ、 すぐ側に居たのに、 ちっとも気が付かなかった


「子供達が笑顔になる度に、 周りの大人達が理性を取り戻した様に、 次々と子供達を前に、 ステージが見える位置に連れてって」


本当に素敵な魔法マジックだった、 そこには知り合いとか、 友だちとか、 そんな物は無かった、 誰もが平等に笑っていた


「大人達もそれにつられて笑って、 一気に空気が変わったんです、 笑顔の花で溢れて、 皆自分を思い出した様に……」



「そうだったのか、 俺も見てみたいねぇ~ そうだ、 なら、 秀介しゅうすけ達もそこに居るのか?」


新那は頷く


「はい、 五人兄妹で仲良く、 お母さんと六人で並んで笑って居ました…… それで、 その笑顔を見て、 ふと、 私にも出来ることがある筈だって思ったんです」



「うん、 だから新那と二人でボランティアに志願したんです、 それにやっぱり、 日暮くんにいい所見せたいし」


うんうん


「良いねぇ~ 感動したぜ! なら女房に任せて来ちまったが、 俺の家族も大丈夫そうだな」



鉄次てつじさんや、 桜花おうかさん、 も一緒にマジックを見て笑ってましたよ」


皆、 あの日、 明山日暮に命を救われた者は、 日暮が歩んだその前進の一歩を追い、 歩を進めて居た


「……後は、 優香ゆうかがそろそろ、 目を覚ましてくれると良いんだけどな」


美里は、 ここに居ないもう一人の親友の名前を呟く、 共に生き延び、 日暮に救われ、 シェルターにて新那と再会し、 その喜びを分かちあった親友


隣の新那も頷く


「うん…… でも多分大丈夫だよ、 あの子は強いから」


そうだね、 ねぇ、 優香…………


…………………………………



…………………



……


ガヤガヤ…… ガヤガヤ……


「あはははっ! ビシャッ! ビシャッ! 大望議員が輪切りになってしまいました~」



「ぶはっ、 やめれっ、 あの曲芸師も大真面目にやってんだからさっ、 はははっ!」


男達の下品な笑い声が、 通路に響いて居た、 彼らは遠ざかって聞こえる一番室の喧噪と、 一瞬だけ目にしたマジックを心の底から馬鹿にして笑っていた


五人の男女、 女性は一人である


「あははっ! やるにしてももっとまともなマジック見せて見ろってなっ、 あんな種も仕掛けも大ありの下手くそなマジック、 誰が見るかってのっ、 なぁ? 優香もそう思うだろ?」


一人の男に尋ねられた女性、 優香は貼り付けた様な笑と共に頷く


「……うん、 全然つまらなかったよね~ 退屈だった~」


そういう言葉とは裏腹に、 優香は心の中では少しだけ後悔をしていた


(……ぅぅ、 もっと見ていたかった、 物凄く楽しかったし、 めちゃくちゃ凄かったのに)


五人は一番室を抜け出して来たのだ、 理由は、 優香に話しかけた男、 正広まさひろと言う男が提案したからで、 彼がこのグループのリーダであり、 優香の彼氏でもあった為だ


その歩みは、 何時も彼らがたむろしている遊び場に向かっている、 人気が無く、 他者の介入しないそこは、 彼らにとっての秘密基地の様だった


「にしても馬鹿馬鹿しいよな、 大の大人が、 敵だっ! 化け物だっ! って、 モンスター? 野犬みたいな物でしょ?」



「な、 俺の元カノの、 友達の兄貴何て、 牛殺し何て呼ばれる人居たぜ? 今更そんな獣、 怖くねぇってのっ、 あははっ」


笑う男四人、 優香は笑えなかった、 四人は真っ先にシェルターに避難した組で、 モンスターと言う存在をそもそも殆ど知らないのだ


だが優香は違う、 美里と二人で、 肩を寄せ合い震えて、 モンスターに怯えて生きていた


毎日が怖かった、 自分よりも遥かに大きな化け物が、 数メートル先を歩く様を、 息を止めて見ていた事だってある


思い出すだけで背筋が冷える…………


……………


『……大丈夫、 ゆっくりで良いから進みましょう、 俺が着いてますから』


…………


そんな日々を、 変えてくれたのは、 一人の男の子、 少し年下の、 明山日暮だった


わがままで、 ウザがられて、 人に迷惑ばかり掛ける自分に、 優しく、 温かな手を差し出してくれた、 その熱が今も忘れられない


でも、 最近流れる悪い噂、 それは、 殆どが明山日暮に対する物で、 侵入や、 窃盗に、 人殺し等、 反吐が出る様な、 強い忌避感の滲む様な内容ばかりであった


優香は昔から、 そういった噂を全て真に受けて仕舞うタイプだった


(……はぁ、 そんなクズみたいな男じゃ無かったら、 私は今でも彼の事が好き何だろうけど)


幻滅した、 それは心の底から、 今は、 マサくんと、 仲間達と一緒に、 だべって、 楽しく過ごす時間が楽しい……


そのはずだったのに……


な~んか………


(……退屈)


こうして笑いかけてくれることも滅多に無い、 何時も怖い顔してるし、 融通も効かないし、 どうでもいいみたいに構ってくれないし、 こっちの事何か何も考えて居ない


そう思えば、 思う程、 噂の彼は真逆だった、 どこか、 こちらのアプローチを流されて仕舞う間隔もあったけど


例えそれが演技だったとしても、 笑ってくれて、 優しくしてくれて、 ちょっとした雑談に付き合ってくれて、 守ってくれて



(……やっぱり私、 まだ好きなのかも)


相変わらず単純な女だと自分でも思った………


「おい、 優香、 なにニヤけてんだ?」


っ……


「な、 何でも無いっ、 本当に、 ある意味面白いステージだったよね~」


そんな事無い、 ちゃんと面白かった、 こんな事、 陰口でも言いたく無い……


「な、 ……っとそうだ、 そういや優香、 お前、 前に明山日暮がどうとか言ってたろ?」


っ!?


どきりとする、 心でも見透かされて居たか、 無意識に言葉に出して居たか、 声が震える


「ふぇっ!? なっ、 何? 急に……」


…………………………


「どした? まあ良いや、 あいつ人殺しの噂流れてるじゃん?」


彼は何を考えるでもなく、 ただ事務的に聞いた話をするだけだ、 何時もそうだ


でも、 この時、 優香の心には大きくそれが作用してしまう事になる……


「色んな噂流れてるけどさ、 本当らしいんだわ、 人殺し、 実際にそれを見た人が居るんだとか」


………………………


「でも、 それ以外? 女性専用医務室に無断で侵入したとか、 女性の下着を盗んだとか、 そういうのは本当に噂らしくて、 実際はそんな事無いらしいぜ~」


………… え?


「ま、 そんな奴の事、 どうでも良いかっ、 わりわり、 よし、 今日もダーツしようぜ、 勿論何か賭けてな」


人殺しは本当、 でもそれ以外の最低最悪な外道行為は全部、 誰かが流した噂? 本当はしてない?


一つだけ、 こんな事を思ってもとても今更なのだが、 一つだけ思った事があった


(……日暮くんが人殺しだとしても、 彼は何の理由も無く、 人を殺す様な無責任な人じゃない)


何か、 理由があった筈だ……


………だったら何なのか、 自分はどうしたいのか?


(……理由を聞いて怖くなるかもしれない、 でも、 私は、 そうだ、 今まで私は、 訳を聞こうとすらせずにただ目を逸らして居ただけだったんだ)


何故だろう、 今とても、 彼と話をしたい、 彼の心、 本当のところを知りたいと強く思ってしまった……


ガララ……


何時もの秘密基地、 無断で使用するこの部屋の扉を、 正広が開く、 中に入るとダーツの矢を手に取った


「負けた四人が、 勝った奴の言う事を何でも一つ、 絶対に聞くってのはどうだ?」


その言葉に仲間内でも緊張が走る、 何でも、 四人の突き刺す様な目が、 痛い程に優香に突き刺さった


優香は、 ダーツないし、 これらのゲームがとても下手で、 一度も勝てた事は無かった


「……正広、 何でもってのは?」



「あぁ…… 何でもだよ、 何でも、 ゆうかもそれで良いだろ?」


ごくりっ……


誰かの唾を飲み込む音が大きく聞こえる、 目付きが変わった、 漸く理解する、 こんな自分に、 この四人が仲良くして来たのは、 初めからこれが理由だったからなのかもしれない


「ゲーム内容は単純、 五回ずつ投げて、 集計ポイント一番高かった奴の勝ちだ」


そういうと、 早速正広は矢を次々と投げて行く、 その内の三本がど真ん中を指す、 彼は上手い


仲間三人も血走った目で矢を投げるが、 正広の得点を越えられず、 落胆した様に肩を落とした


「さ、 優香だぜ、 投げろよ」


ジロジロと、 無遠慮に注がれる視線、 一挙手一投足を見、 動きを阻害する様に、 緊張が指を震わせる


負ければ、 何を言われるのか、 分かって居た、 恐怖が、 心臓を強く打ち付ける……


でも、 少しだけ不思議だった、 その恐怖の感情よりも、 もっと大きな想いが心の中にあった


それは……


(……私も前に進みたいっ)


前、 進むべき前、 人生の道は紆余曲折するのに、 優香には馬鹿みたいに、 真っ直ぐの、 少しの曲線も無い道筋が目に見えていた


だからこそ、 心も、 起動も、 指の震えも、 恐怖も、 全部、 彼女の心は真っ直ぐな槍の様に、 前しか見ていなかった……


フッ…… トスッ


ど真ん中


「ひゅ~ 中々やるじゃん、 まぐれでも凄いよ、 優香ちゃん……」


フッ…… トスッ


っ………


二本目も真ん中、 軽口を叩いたおとこは絶句した


更に……


フッ、 フッ………… トスッ トスッ


更に二本、四本……


そして……


フッ…………… トスッ


五本目、 全てが真ん中に綺麗に吸い込まれた、 この時点で勝者が誰なのか一目瞭然だった


チッ


舌打ちが漏れる


「……やるじゃん、 それで? 優香の願い事は何だ? 何でも言ってくれいいぜ~」


そっか、 それなら……


今、 私は、 彼にどうしても会いたい、 彼と話がしたい、 だから……


「正広くん、 私達別れよっか、 あ、 これは命令だから…… 私、 もう行くね」


くるり


優香は背を向けて部屋を出て行く、 余りの突然の変化に、 唖然と口を開く馬鹿りで、 男四人は立ち惚けたまま、 彼女の背中を見送ったと言う


………………


その後、 優香は、 久しぶりに、 美里と、 新那、 二人の親友と会い、 優香もボランティアへと参加するのだった


ここにはここの戦いが有る


シェルターに生きる人々の数だけ、 確かにここにな戦いが有り、 誰もが苦しくても、 小さな刃を振るうのだった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ