第百二十九話…… 『最終章、 下編・15』
眠い……
体が重い………
一昨日の晩の、 魔国浮顕の展開、 勇者、 血魚の人、 白神・白従腱挺邪、 そして、 最後の最後、 夜明け寸前までこちらを苦しませてきた、 皇印龍・セロトポム
その他にも、 獄路挽に肉体の操作権を奪われ勝手をされたり、 その際に、 獄路挽を引き剥がす為、 白神が、 肉体の雪ちゃんに譲渡した、 『白従』が『魔王』の力を揺さぶったり
昨晩も、 大群を成すのに、 大量の魔力を使用し、 大規模の力を使ったが為に、 それらが鬱陶しい程に積み重なり、 祟っている
頭が重い………
(……うぅ、 ちょっと頑張り過ぎちゃったかも、 よく分かんないけど少しでも寝ちゃお)
目を瞑るとすぐに意識は夢の中へ、 すーすーと、 小さな寝息が洞窟内に溶ける様に消えていった……………
…………………………………
…………………
……
ゴボゴボコボッ
「うごっ、 うごぼぼっ……………」
どさっ
目の前で溺れる様にもがいて倒れた男、 完全に気絶し白目を向いている
「やりすぎたか…… でもこの人は他の人と違ってタフだったな」
顎に手を当てて、 まるでデーターでも取るように頷くのは、 シェルターの西側を一人で担当する、 村宿冬夜である
「ごめん、 気絶させるだけって少し加減が難しいかも……」
冬夜の隣に、 水の少女マリーがふわふわと浮いていた、 二人の周囲には数十人の人が同じ様に気絶していて、 それ以外のポイントを含めても、 既に三百人程は気絶させて来ただろう
ついさっき、 目の前に現れたのは背の高い男で、 雰囲気や、 動きも他の者とは全く違う様だったが、 何か特別な力を持っていると言う事も無く、 以外と呆気なく倒せた
一番の問題は……
「やっぱり思う様に進まないね、 もっと沢山の水があれば良いんだけど」
「う~ん、 川に行くのは少し遠すぎるんだよな、 土壌に含まれる水だけで戦ってくのは、 この数の敵に対して少なすぎる」
冬夜の担当する、 西側は、 甘樹街の中央を流れる、 『甘樹河』が距離的に近い、 水の少女マリーは水があれば負け無しだ
だが……
「本当にここを任されたのは、 川の方向だからってだけで、 他には何の特徴も無いんだよね」
わかっては居たが、 西側は戦闘の環境として何の特徴も無い、 どうにかして、 『甘樹河』を利用したい所だが……
(……河までの距離はざっと見積もっても七百メートル弱)
面倒なのは敵は軍隊であり目的があると言うことだ、 そして冬夜は一人、 敵にとっての注目度は低い
引き付けるにしても十数人が限界であり、 例え五千の軍勢でも河の付近ならば相手出来る自信が有る
だが、 五千、 いや、 数百の隊であっても河まで誘導出来る注目度が今の冬夜には無かった
「河を持ってくる、 ここに河の水を引いて来るって言うのは有りだと思ったけど、 時間が掛かりすぎる」
やっぱり、 ここにある物、 この一帯の環境を細かく細分化してみた方が良い……
「この辺って、 どんな所だったの?」
マリーの質問に冬夜は考える
「確か、 シェルターの開発に伴って道を整備したんだ、 道路が比較的綺麗なのは近年再編されたからだし、 俺達が今いる所もシェルターの大規模駐車場なんだよ」
固められた地面の質感、 しかし、 冬夜は今一度、 それ以前の事に頭を悩ませてみる……
そういえば……
「この辺も昔は田んぼや、 畑だった、 『甘樹河』から水を引いて居たなら、 この辺にも用水路が伸びていた」
冬夜は目を周囲へ向けると、 端の方に光を放つグレーチングが見えた
「アスファルトの大規模駐車場は、 水はけが悪いから、 排水溝を作るけど、 その際に昔の用水路を再利用したらしい」
その水も甘樹河へと流れていく道があるらしい………
「マリー、 お願いがあるんだけど……」
「だめ」
………
「マリー、 お願い」
冬夜の考えはこうだった、 マリーは水の神だ、 水の操作が得意でその力量は正に神と言えるほど……
そんなマリーに、 河へと向かってもらい、 排水溝に沿って河の水を逆流させようと言うのだ、 だがそれは……
「冬夜は一人でここに残る気でしょ?」
その通りだった、 だからこそ水の少女は首を横に振る
「この間、 私が居なかったせいで大怪我したところでしょ? 一人では戦わせられないよ」
尤もだ、 この間の甘樹シェルター攻防戦において、 水の少女の力が伴わない、 冬夜一人の戦いにおいて、 彼は敗北し大怪我をした
冬夜は頷く
「うん、 だからさ、 早めに戻って来てね」
っ!
「だからっ! 行かないって!」
水の少女は強い口調で冬夜に食ってかかる、 だがその目を見て悟った….
「マリー、 お願い」
………………………………………………
はぁ………
「……無駄何でしょ、 何を言っても ……分かったよ、 でも、 少し時間が掛かるかもしれない、 少し話をしなくちゃいけないから」
話?
「そう、 私は藍木に住む水の神だから、 甘樹は本来なら管轄外、 水の神はそれぞれの地に沢山居て、 その大半が川や池に暮らしてる、 それは甘樹河も同じ」
別の神様がそこには居るって事か、 結構シビアな話なんだな……
「仲が悪いの?」
「………ううん ……でも、 この甘樹河を管理する神様は、 その、 ……私のお姉様なの」
へー、 神様にも家族兄弟が居るんだ………
…………………ん?
っ!
「まっ、 マリーのご家族っ!?」
「うん、 ちょっとお節介なんだよね、 私の事何時までも子供扱いしてさ…… ま、 そう言う訳だから行ってくるね…… くれぐれも無理はしないで」
冬夜は頷く、 すると水の少女は河の方へと飛んで行った……
無理するな、 か……
冬夜は敵の軍勢の方を見る、 今も流星の様に、 シェルターには投石が放物線を描いていた
その殆どが壁に当たっているが、 少なくない数が壁を越えてシェルターへ衝突している
投石による破壊エネルギーがどれ程かは分からないが、 シェルターに何らかのダメージないし、 怪我人が増えても不思議じゃない
更に、 今頃避難者達の集団避難が進み、 最も収容人数の多い、 一番室へと押し込められて居る頃だろう、 多くの人が不安に震えている
そんな中、 この間の戦いで、 自分は早々に退場、 負傷し、 人からの期待を大いに裏切った、 藍木山攻略戦の時だってそうだ
斥候として向かったのに、 敵の罠に掛かり、 攻略戦の際には助けて貰う立場となってしまった
自分はずっと、 何の役にも立てて居ない………
そう思えば、 やはり日暮は凄い、 めちゃくちゃで、 人に迷惑を掛けて馬鹿りだが、 直接的、 間接的共に助けられた人は多い筈だ
(……やっぱ凄いよ、 お前は)
突き放す様に、 一方的に怒って留置所を飛び出して来たが、 こんな体たらくでは日暮だって自分を頼れなかった筈だ……
(……いや、 そんな奴じゃ無いか)
そうだとしても、 日暮はこのシェルターを守る為に戦い、 人を、 敵を殺したのだ、 殺す他に選択肢が無かったと考えた時
(……どっちにしろ俺が普通に戦えてたら、 日暮の加勢に行けていたなら、 日暮の刃を止めてやれたのかもしれない)
だから……
(……マリーごめん、 やっぱり俺は、 一人で戦える様にならなくてはいけないんだっ)
ザッ!
冬夜は敵の軍勢に向けて走り出す、 やり方は師匠である親戚のおじさんが教えてくれた
最も弱いのは心だ、 あの時冬夜は自分の中に戦う力があったにも関わらず、 マリーと言う力を無くしただけで戦え無くなった
(……日暮なら、 能力が無くても、 ナタを無くしても、 その拳だけで戦える筈だ)
対等な親友、 また肩を並べて戦える、 そんな関係になれる様に……
ザッザッ!!
走る、 走る冬夜は、 荒く乱れる呼吸を一点に、 細く、 長く、 浅く、 独特な呼吸により、 全身の熱が急激に上がる
はぁ、 ふぅぅ……………………
っ
ボォンッ!!
膨れ上がる、 熱を帯び膨れ上がり、 膨張する、 肉体の精神が研ぎ澄まされた、 戦いの、 戦士の思考へと鋭く尖っていく
おじさんは言っていた、 この力は、 気高く、 武士の様な荒々しくも、 静かな川の流れの様に、 動と、 静の狭間、 中道の意思から来た
「陰陽術…… 『木葉流れ・渓流』っ」
陰陽師、 古代日本において、 占術、 呪術、 祈祷、 まだ人が神秘を肯定し、 畏れていた時代に存在した、 それらに対処する専門機関
彼等が最も活躍した時代より少し後、 華々しい時代は終わり、 世は戦火に呑まれていく、 人の願いや、 想いは溢れど、 それらは浄化される事無く新たな憎しみへと……
そういった時代、 細々と数を減らす彼等の居場所は、 様相を変え、 場所を変え、 戦場にあった
大軍の成す憎悪と怒りに、 ただ祈るだけでは何も変えられない、 自身達もまた戦場に出て、 戦を操る将と言う鬼を払わなくてはいけない
だから術士達は着物を脱ぎ、 鎧を着て、 その身に術を施し、 前線にて血の雨を浴び戦った
時代に伴って生まれる、 幾つもの『戦闘陰陽師術』とその流派、 その中でも有名なのが、 国村流の『格闘陰陽』
日本古来の格闘術と、 陰陽術の掛け合わせで、 流れる川の様に、 静かで、 しかし激しく、 妖魔にはもちろん、 対人に置いても強い
村宿冬夜は陰陽師の血筋の家系であり、 親戚のおじさんは、 国村流の正当な後継者、 国村流
性質は違うと言っていたが、 血筋を引く正当な国村の力を持つ冬夜に、 『格闘陰陽』が使いこなせない道理は無い
………
バッ!!
踏み込み、 飛んだ、 陣を成す敵の中にたった一人で、 しかし気が付かない、 まるで渓流を下っていく木の葉の様に静かに、 人知れず……
スッ……… グッ!
拳を握る、 全身の血が沸騰する様に熱くなる、 木の葉が今、 滝に吸い込まれるように……
インパクトの瞬間、 それは巨大なエネルギーの衝突となるっ!
っ!
ドガァアアアンッ!!
っ!?
敵は驚いた、 自陣の真ん中で突然仲間たちが弾けた、 急に熊でも現れたかのような存在感
誰もが冬夜を見た………
ッ
バンッ!!
「ギヒャアアアッ!!」
飛びかかってくる敵、 水の流れ落ちる、 無駄なく静かな動き、 更に引かれた拳、 次の瞬間……
バッ!
ストンッ………………… ドサッ………
飛びかかった敵が倒れた、 冬夜の拳が振るわれている………
さぁ……
「俺はここだっ!! 全員かかってこいっ!!」
ビジジッ……… バンッ! ドンッ! ボガァンッ!!
ヒュルゥ~
見える、 敵の動きが、 見える、 流れが、 感じる、 最適化解が………
ふっ……
ッ
すとんっ! すたんっ!
手刀、 二連撃、 崩れる敵を乗り越え更に……
ドサッ!
蹴りが敵を捉え、 飛んだ敵が別の敵にぶつかり崩れ落ちる……
「ごめんなさい、 少し手荒に行きますっ!!」
バンッ!
冬夜は更に踏み込み、 向かってくる敵を次々と真正面から薙ぎ倒して行った……
………………………………………
…………………………
……
ちょろろろろ………………
細い水が河へと落ちていく、 『甘樹河』そこに出た水の少女マリーは、 迷うこと無く気配を辿る
草がお生い茂り水に打たれ揺れる所に一匹のカエルがゲコゲコと鳴いていた
水の少女はカエルに話し掛ける
「こんにちは、 お姉ちゃんに会いたいんだけど、 何処に居るか分かるかな?」
ゲコ…… ゲコ………
カエルは口を開く
「これはこれは浅葱お嬢様、 お久しぶりに御座います。 睡蓮様ならば川藻の奥の深宮におりますよ。」
やっぱりそうか、 深宮は客を持て成す所だ、 自分の接近を知り、 迎えてがっつり持て成すつもりだろう……
(……お姉ちゃんには悪いけど、 そんな時間無いんだよね)
ぽちゃんっ………
川の底、 川藻へと向かって行く、 お世辞にも綺麗とは言えないこの川は、 街の真ん中を行く事から汚れ、 姉は宮に引きこもりがちになった
もしかしたら、 もしかするかもしれない、 だから急ぎたいのだ……
ばしゃんっ!
やがて川藻を避けて進んだ先に、 常人では立ち入る事の出来ない領域が現れる、 カニの門番がマリーをすんなり通してくれた
姉の気配を辿り、 応接室となる空間にマリーは入っていく、 その中では……
……………
がやがやっ がやがやっ
「浅葱お嬢様のおな~り~っ」
ひゅーー いえぇーーい!!
………………
うるさい程の従者一同がマリーを迎えた、 分かっていたけど、 既にお祭りムードで、 宴会会場の様だった
はぁ……
(……だから嫌なのよ、 ここは)
たったっ
一人の人影がこちらに向かって小走りで駆け寄って来る、 その人こそ……
「浅葱ちゃぁ~~~んっ!! あ☆ さ☆ ぎっ、 ちゃぁ~~~~~んっ!!! いらっしゃいっ!!」
姉だ
ギュッ
姉がマリーを抱き締める、 わんわんと泣き出しそうである、 見た目だけはとんでもない程美人なのに、 あんまりにも残念過ぎる姉なのだ
「……あの、 お姉ちゃん」
「うんうん、 よしよし、 分かるよ、 寂しくなって会いたくなったんだよね~ もう~ 浅葱ちゃんは可愛いな~」
……………………………
「お姉ちゃんっ!」
びくっ
大きな声を出すと姉は肩を震わせる、 従者達も徐々にその声を抑えた……
「どっ、 どうしたの? 浅葱ちゃんったら、 そんなに大きな声出して……」
驚い姉にマリーは言い放つ
「お姉ちゃん、 何時まで川底に引きこもってるのっ! この地の神様何だからもっと外の事に目を向けて!」
えっ……………
まさかそんな事を言われる思って無かったのか、 マリーの姉は言葉を理解するとしゅんとして、 借りて来た猫の様に大人しくなった
うっ…… うっ………
「……だっ、 だって、 だってぇ~ 人間さん達は酷いんだよっ~ 昔はあんなにありがたがって、 綺麗にしてくれたのに、 ゴミを投げたり、 汚い物を流したり……」
「っ、 見てっ! 私の髪だって、 こんなに泥んこみたいに汚れた色になっちゃったのよっ~ うぇぇんっ!」
……………
まあ、 確かに、 今の時代の甘樹河はとても綺麗とは言いがたかった、 一時は汚染物が垂れ流しの時代もあったと聴く
それでも……
「昔のお姉ちゃんは、 美しい水で、 色とりどりの花を、 命を育んで、 それに、 川辺で微笑み合う恋人を見守るのが好きだったでしょ? そんな優しいお姉ちゃんが人を見殺しにするなんて……」
うぇぇん…… うぇぇん…… うぇ………
ん?
「……みっ、 見殺し? え? 私、 そんなに酷い事した? あれ? もしかして河が氾濫した? それとも干上がった? え?何? 私何かしちゃった?」
ぽかんと呆気に取られる姉に、 頭を抱える、 やっぱりそうだったか………
姉は、 この街の現状をちっとも知らないんだ、 引きこもって、 外界と遮断し百余年、 変わり行く世界を見ていない……
「……異界から、 異形の存在がこの街に溢れて、 百鬼夜行みたいに人を貪り殺して回った、 この街はもう跡形も無い程に滅んで居るよ」
っ…………
「…………………何? 何を言ってるの浅葱ちゃんっ、 ! 冗談よね? そうじゃなきゃ怒るよ! 私の好きなこの街が……」
ガラ…… ゲコゲコ………
扉が開かれ、 一匹のカエルが中に入って来る、 それは先程マリーが話しかけたカエルだ
「睡蓮様、 浅葱お嬢様の言う通りにございます、 外の世に出てください、 世界は渇いております」
っ…………
姉が震える、 知らなかったとは言え、 姉はこの街を守る神で、 そしてこの街が誰よりも好きだった
「どうして、 どうして誰も言わなかったの? どうして…………」
そんな事は本人が一番分かって居るはずだ、 ここに居る従者が全て、 姉の作り出した幻影である事は、 マリーがここに入った時点で分かっていた
姉は、 昔からただ一人、 孤独だったのだ……
「……そっか、 私が外界からの情報を拒んだから、 言いたくても言えなかったんだね、 ごめんね…… うっ、 ごめんなさい………」
さっきとは違う、 深い後悔と暗い涙、 姉はこのままでは荒神になってしまうかもしれない
だが、 だからこそマリーは声を掛ける
「お姉ちゃん、 泣くのは後だよ、 お姉ちゃんは知ってるでしょ? 人はね強いの、 何も終わってない、 人は弱い力で、 震えながら、 それでも戦ってる、 お姉ちゃんの好きな街を、 人を守る為に戦ってる人達が確かに居る」
それに………
「無茶しないでって言った、 でもわかってる、 きっと今頃、 私の大嫌いな明山日暮に並びたくて、 私の大好きな人は一人で戦ってる……」
姉はマリーを見る
「今からでも間に合うよ、 一緒に戦ってこの街を今度こそ守ろうよ! ひとを守ろうよ!」
ねぇ、 お姉ちゃん
「私の好きな人が戦ってる、 だからっ、 お姉ちゃん力を貸してっ!」
その言葉に、 この街を守る神、 水の神『睡蓮』は震える、 伸ばさなかった手を、 あまりに遅すぎるその手を、 それでも、 まだ間に合うのなら……
今、 この力を……………………
……………?
プルプルプル………………
っ!
「今っ! 今っ! 今っ! 浅葱ちゃんっ! 好きな人ってっ…………」
嘘だ、 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……
「嘘だぁああああっ!! 浅葱ちゃんに好きな人だぁああっ!? 私の可愛い可愛い妹にっ!! 手を出した男が居るだァっ!?」
はぁ………………… ま、 良いや……
「うん、 両思いだよ、 後ね、 その人は私の事を、 アクアマリンの様に美しい、 マリーって呼んでるよ、 ふふっ」
は? は? は? は? は?
……………………
「………どっち? その男が戦ってるの、 どっち?」
あはは、 冬夜ごめん、 でも、 作戦通り水は引けそうだよ……
「あっち」
バッ!
「ぃよぉぉぉおしっ!! 待ってろ泥棒男っ!! ぶっ飛ばしてやるっ! 私直々にっ!! 私の妹をかぶれされる害虫がぁあああっ!! 後悔しろぉおおおっ!!」
……………………………
ッ
ボガァアアアアアアアアアアアンッ!!!
ドォオオオオオオオッ!!!
水面が弾けた、 ちょろちょろと流れていた河が、 突如轟々と荒れだし、 ボゴボコと水が膨れ出す
重力に逆らう様に、 大量の水が吸い寄せられる様に天へと向かって伸びていく
川は、 龍に例えられるが、 正に、 龍が天に昇って行く様に、 濁流の水の流れが、 空を飛び戦場へと向かっていく
(……少し作戦と違うけど、 ま、 いっか)
水の少女は笑って、 自身もその水の流れに身を任せた……………
…………………………………………
…………………………
………
スッ…… ドッ!
「ギギャッ……………」
ドサッ
敵が倒れる
はぁ…… はぁ………
息が荒く切れる、 苦しい程に肺が熱い、 敵を次々と無力化していく冬夜、 だが、 術の使用にも限度がある、 肉体が悲鳴を上げ始めるのだ
もう何体だ? 分からない程倒した、 全て気絶させて来たが、 その加減が神経を削る
倒れた敵の数は既に数百となっていた、 何体が強い個体が居たのも体力の消耗に拍車を掛けている
(……少ない、 他の人に比べたなら何て小さな規模だろうか、 もっと、 もっとやれる筈なのに……)
はぁ…… はぁ……
敵陣のど真ん中、 既に中程に進み、 四方八方敵に囲まれている、 普通こんな無謀な戦い方を冬夜はしない
でも、 まだ、 まだ戦える……
いや……
「戦わなくちゃ…… 行けないんだよっ!!」
叫ぶが、 虚勢に過ぎなかった、 既に底を着いた体力に、 体は石の様に重くのしかかり始めた
不格好に構える冬夜に……
「アギャアアアアッ!!」
飛びかかる敵、 その数は多い、 もうダメだ、 最後にカッコつけて叫んで、 体力もそれまでだった………
(……ごめん、 日暮、 帰ったら謝ろうと思ってたんだ、 ごめんマリー、 骨だけでも拾ってくれ)
冬夜は最後まで目を閉じ無かった、 冬夜の叫びは虚勢に過ぎず、 何かを揺さぶる程の力は無かった
…………………………
ポタッ
ポタッ ポタ…………
だが、 その声を確かに聴いた者は居た……
上に………
ポタッ………
雨?
いや……………
っ!?
龍だ、 水が、 長く尾を引いて、 まるで龍の様に…………
「村宿冬夜っ! てめぇかぁああああっ!!!!!」
っ!?
水が下を向く、 まるで滝が叩き付ける様に……………
ッ
バジャアアアアアアアアアンッ!!!!
地面を穿ったっ!
ドガァジャアアアアンッ!!
「ギャギャアアアアアッ!?」 「ウギャアアアアッ!?」
吹き飛ぶ敵……
「うわぁぁぁっ!? うげぇっ!?」
吹き飛ぶ冬夜、 だが、 水が降ってきた時点で、 冬夜は理解した、 間に合ったんだと………
ぽちゃんっ
「冬夜、 遅くなってごめんね? 大丈夫? 立てる?」
マリーだ
「……うん、 ありがとう、 マリー………」
ボガァアアアアンッ!!
またしても地面が弾ける、 その音を聴く、 そして声も聴く
「だぁあああああああああれの妹が、 マリーだってぇ!? 浅葱ちゃんを誑かすクソがぁあああっ!! てめぇを殺すのは最後してやるっ!! っらぁ!!!」
ボガァアアアンッ!! ドガァアアンッ!!
……………………
「あれ、 お姉ちゃん」
やっぱり……
「随分と怒ってるみたいだね………」
「ふふっ、 でも少し楽しそう」
そうなんだ………
さて……
「冬夜、 一人で無茶しちゃダメだって言ったよね? めっ、 だよ」
ごめん………
「……うん、 だから、 ここからは二人で無茶しよう、 お姉ちゃんに認めて貰えるように、 二人で戦おう」
冬夜には、 彼女がやはり、 アクアマリンの様な、 優しさと、 友愛を持つ、 美しい光に写った
うん……
「じゃあ行こうか、 マリー!」
「うんっ! お姉ちゃんに負けない様に戦うよっ!!」
バンッ!!
二人はかけ出す、 水の圧縮、 それがバネの様に弾ける、 冬夜の筋肉を強く弾けだす
二人で最強、 もう何者にも負けない、 その強い波動がシェルターの西側には濁流の様に流れていた………
………………………………………
………………………
………
ひゅ~
「明山日暮が動き出す兆候は今の所無い、 最悪シェルター内にて手ずから殺しに向かおうか……」
いや……
「それではダメだ、 万全な状態の奴を倒さなくては何も意味が無い……」
女が一人、 戦場を見下ろしていた、 それは魔王軍四天王の一人、 牛見妻だった、 彼女は以前の戦いで日暮に敗北している
ギリッ
「早く出てこい明山日暮、 そうでなくてはこの余興もつまらない物となる、 魔王様も退屈だろう……」
ん?
牛見妻は、 先程激しい音が響いたシェルター西側戦場を見る
「『業魔刑』の覚醒者が二人、 倒された、 それ程の力の持ち主、 何者だ? ……この気配、 神秘か、 厄介な……… ん?」
………南側、 ここからでは見えないが、 何やら大きな気配が、 まさか、 馬鹿なこっちの方でも………
ッ
ボガァアアアアアアアアンッ!!!
っ!?
牛見の目に写った、 戦況の伺えない南側から、 爆音と共に立ち上る高い土煙、 風が土煙を吹き飛ばした時にそこにあったのは……
「……何あれ、 天まで伸びる蔓?」
ジャックと豆の木で見た様な、 爆音と共に地面から出たのは正にそんな巨大な蔓だった
(……確か、 水の神秘と、 植物の神秘が居ると魔王様から聴いて居たが、 まさかあれが………)
………………………………
ボンッ ボンッ ボンッ………………
何かが空から落ちてくる、 木の実か? 良く見えないが落ちた木の実が地面にぶつかる衝撃音が次々と響いている
(……何が起こって居るんだ? これは…… 規格外だ、 魔王様の敵となるかもしれない、 確認に行こう)
たんっ……
牛見は植物の蔓が天へと伸びる南側へ向かう為に、 見下ろすビルの屋上から飛び降りた、 体が重力に引かれ落ちる………
………………
ギラッ!
?
自分よりも上、 陽光を反射して、 一瞬だけ何かが鈍く光を放った……
それが自分の心臓を一突きに狙った、 槍先の反射光だと気が付く事は、 牛見には出来なかった…………
ッ!!
ビジャアアアアアンッ!!!!
うっ!?
「っ、 ぅげぁっ!?」
防御する暇も無く、 無遠慮に胸に突立つ槍、 そのまま落加速の末に……
ガジャアアアアンッ!!!
「ぅがぁあああっ!?」
地面に穿たれた、 視界が酩酊して、 呼吸系、 肺や、 背骨、 周辺臓器が諸々破壊力される
(……何が起きた?)
状況を確認する為に周囲を見渡す牛見、 しかしそれより早く、 自身を槍で突き刺した者の声が降り注ぐ
「四天王殿、 その命貰い受ける……」
槍を携え構える、 まるで物語の中から出てきた様な佇まい、 彼は甘樹ビルの戦いで正義の為に戦う事を誓った
蒼也だ
ブオンッ……
槍の回転、 大振りでありながら無駄が無く、 尚も地面に背を付く牛見妻へと、 再度強烈な刺突っ!
ボガァアアアアンッ!!!
土煙が立つ、 陥没した地面、 そこに牛見妻は居ない………
はぁ…… はぁ………
少し先で荒い呼吸がして、 そちらを見る、 牛見妻がこちらを睨み見ている
「お前っ! お前お前お前っ!! 魔王軍の者だろォ? てめぇっ! 何私が魔王軍四天王としりながらこんな事してやがんだぁっ!!」
叫ぶ牛見、 それに応える様に蒼也は更に槍を振るう……
「上司殿、 今日で魔王軍からは足を洗う、 所詮つまならい低俗な集まりだ、 今俺には戦うべき場所が有る、 魔王様には伝えといてくれ……」
グルン……… シャギィンッ………
「あの世でな」
ふっ……
「ふざけるなっ! 魔王様を裏切る行為は絶対に許さないっ! だいたい、 一『将』如きが、 『四天王』に勝てると思うのかァっ!!」
牛見妻はその手を蒼也に向ける
「業魔刑・麗転誅伐っ!」
ビジャアアンッ……………
ゆらゆらと、 粒子状に、 はらはら砂の様に空気中を舞う、 ナイフ、 切り付けた時その粒子状の刃は肉体へ侵入し内側から切り付ける………
「逆らった事を後悔しろ下っ端がっ!!」
バンッ!
粒子状の刃が蒼也に向く、 四天王・牛見妻は強い踏み込みで一気に接近、 その刃を蒼也の首筋へと流れる様に……………
ッ、 バシッ!
っ!?
牛見妻の動きは確かに速かった、 だがその踏み込みも、 刃の起動も、 殺意も真っ直ぐすぎた
蒼也が何も難しくは無いと言った涼しい顔で、 牛見妻の腕を掴んで居た、 ヤイバは届いて居ない………
チッ
はらはら………
粒子状の刃が舞い、 形を変える、 その刃を伸ばす様に、 掴まれた状態から更に首筋に向けて………
ビシュンッ!!
ははっ
「腕を掴んでどうにかなると思ったかっ!!」
狙いは首筋、 それが当たり前に、 蒼也には読めた
「……悲しい程に戦いの才覚が無いな、 上司殿」
グルンッ!
腕を掴んだ状態から体を捻り、 一瞬牛見妻に背を向く、 その時点で首筋と言う、 狙いがずれた事に牛見妻は焦ってしまった
しかし遅い……
ぶわんっ!
「っ、 うわっ!?」
牛見妻の体が大きく浮く、 蒼也に腕一本で投げられた、 空中に飛ぶ慣れない感覚に体中がひっくり返った様に吐き気が出る
それでも牛見妻は更に粒子状の刃の形を蒼也に向けて操った、 意地、 四天王として矜恃の為に
だが、 それがあまりに無意味で、 矮小で、 稚拙な思考だと理解する
ブンッ!
ブワンッ! ブンブンッ! ブォンッ!!
回転する槍、 それはまるで大扇風機の様に、 ヘリコプターのプロペラの様に、 回転する槍の速さを牛見妻の目が捉える事が出来ない程に
空気が動く、 大きな風圧共に、 轟々と空気が畝ねる、 粒子状の刃が空気の軌道に巻き込まれる
そう、 牛見妻の刃は、 いい意味でも、 悪い意味でも軽く、 空気の流れに左右されるのだ
それを一瞬で看破された……………
ブォンッ! ギラリンッ!
槍がこちらを向く、 ドサリッ! 宙を舞った身体が遂に地面に落ち、 打たれる、 タイミングも完璧だ、 とても直ぐに立ち上がれない………
あぁ………
牛見妻は理解した、 明山日暮だけじゃない、 この世界には、 元々頭のネジが外れた異常者、 社会に適合せざるを得ない、 人間の仮面を被った獣が沢山居たのだ
自分は違う、 ピアノや、 漫画家に憧れ、 野犬や、 凄惨な事件に怯え、 温もりを求め恋をして、 夫と出会って、 子供に恵まれて、 温かい家庭を築いて……
どこにでも居る普通の少女、 普通の女性、 普通の奥さん、 普通のお母さん……
目の前の、 槍を持つ男を見て、 その普通の部分が怯える、 目の前の獣を見て、 そいつのオーラ、 震える様な空気を前に息が詰まる
そして疑問が湧く……………
ジジッ………
………あれ?
(………私、 一体何をしているんだろう? 夫は? 子供達は? あれ?)
自分は一体………… ジジジジッ!!!
っ!
バゴォンッ!!!
蒼也の踏み込みで地面が弾ける、 その槍が、完全に牛見を捉え…………
ッ! ……………ボファンッ
っ!?
捉えたかに思った、 だが、 その体が砂の様に崩れる、 刃だけでは無い、 自分の体も粒子状に崩せるのか……
バッ!
取り込まれる、 それを警戒して素早く蒼也は距離を取った、 しかし牛見妻の目的は追従ではなく、 逃走の様だった
「覚えてなさい、 『魔王様』を裏切った事を後悔する日が必ず来るっ」
ボフンッ!
捨て台詞を吐くと、 牛見妻は粒子状となったまま、 近くのマンホールの小さな穴の中へと消えて行った………
ふぅ………
「逃がしたか、 四天王を仕留めれば軍全体の士気も下げられると思ったが…… ならば仕方ない、 切り替えよう」
蒼也はシェルター東側に方向を向く
北側は菜代望野が狙撃を再開した、 西と、 南は圧倒的優勢へと傾いた、 ならば、 後は東側だ
「助太刀に向かう、 待っていろっ!」
バァンッ!!
街を震わせ蒼也は消えて行った…………