第百二十七話…… 『最終章、 下編・13』
ガヤガヤッ!
「急いでっ! 負傷者一名、 警備員さん! 顔面を硬いもので殴打しで損傷、 出血、 骨折あり!」
……………
甘樹シェルター内部、 医務室が幾つも連なるこの地点は今いつも以上の喧騒に呑まれて居た
今朝早朝だ、 負傷者が一人運ばれて来た、 彼は警備員の男だったが、 その負傷理由が敵による投石だと話すのだ
医務室にて医療に従事する医者や、 看護婦は困惑したが、 その後、 このシェルターの管理人である木葉鉢朱練から以下の事を指示をされた
一つ、 このシェルターがまたしても危険に晒されおり、 彼はその被害者という事
二つ、 それにより調査隊が結集し戦いに赴いた事
三つ、 簡易的な医療スペースを増設し、 受け入れの準備をする事
これはつまり、 新たな戦いが始まり、 多くの怪我人が運ばれてくる可能性が有るという事だ……
だが………
タッタッ……
「すみませんっ、 言われた通り倉庫からシートや、 布等持ってきて、 ホールに準備しました、 協力してくれる人も今の所私含めて三十三人、 もっと増えると思いますっ」
一人の若い女性が医務室に駆け込む、 医者や、 看護師は怪我人がから手を離せない為、 医療スペースを作る事に手を回せないのだが……
「ありがとう、 貴方名前は何と言ったっけ?」
「はい、 菊野和沙です! 藍木シェルターの調査隊事務員です、 協力してくれる人の大半も藍木シェルターの人です」
うん
「本当にありがとう、 そうしたらこちらから人を回すから、 医療スペースの設置はその人達から指示を受けてお願い、 あと、 できるだけ多くの清潔な水の確保も頼みたい」
医者の指示を受けるのは、 藍木シェルターの、 調査隊事務員、 菊野和沙だ、 日暮の中学からの友人でも有る女性だ
菊野は頷く
「分かりました、 軽度の負傷手当等は私達にも手伝えると思いますし、 勿論雑用でも何でもします、 どんどん私達を頼って下さいっ、 ではっ!」
菊野は医務室の中程にあるホールへと小走りで戻る、 何故こんな事をしているのか、 それは勿論……
「冬夜君も今戦ってる、 私に武器は持てないけど…… 武器を持たない戦いもここには有る」
彼女は以前も、 藍木シェルターが襲われた際に、 簡易的な医療スペースを作った経験が有り、 水面下で準備を進めていた
友達は、 いつもずっと前で戦っている、 でも、 自分が彼らより後ろに居るとしても
「私だって二人と戦いたいよ、 肩を並べられなくても、 ここにはここの戦いが有る、 私は負けない、 だから負けないでね、 二人共」
そう呟くと菊野はホールへと駆け込んだ
ガヤガヤッ……
「あっ、 和沙ちゃん! お医者さん達何だって?」
真っ先に菊野の声を掛けたのは、 同じ調査隊事務員の仲間で、 菊野より少し年上の女性、 綿縞朝乃だ
「はいっ、 この後ここに看護師さん達も来て設備の設置を指示してくれるそうですっ、 それとは別に清潔な水の確保も頼まれました! 二手に別れましょう!」
うん
「私は動けるから水の確保に走ろう、 和沙ちゃんもきっとそうだよね?」
「はい、 朝乃さんお願いします、 他にも体力に自身のある方は水の確保組に回って下さいっ」
そうして、 医療スペースの設置と運営組と、 資源調達組に別れた菊野達は怪我人を受け入れる準備を着実に行っていく
これで、 戦う者達も少しは安心して戦える、 背中を任せられる安心感、 皆で戦う………
…………………………………………
……………………
……
ビガガッ
「そう、 じゃあ私は目の前に見える『北軍』を攻撃して行けば良いのね?」
菜代望野は、 甘樹駅前の聳えるビルの屋上から、 無線越しに話をした
『……そうです、 ですがくれぐれも相手を死に至らしめる威力だけは控えて欲しい』
「分かってる、 私の攻撃は電撃だから、 軽く痺れさせるのは得意よ、 直ぐにでも打てるけど、 指示は?」
無線越しに聞こえる土飼の声は意外と落ち着いて居た
『……私達は、 菜代さんから見て左地点にある瓦礫郡を利用し、 敵の数を割く事にします』
大きめの瓦礫の塊が幾つも落ちており、 通行は難しいが、 何も土飼達は動き回る必要は無い、 狩場を設定し敵を嵌めればそれで構わないのだ
『……菜代さんには、 回り込む者を打って欲しい、 私達の前の敵は、 私達で何とかするから』
「わかった、 ここからは敵の動きを見やすい、 敵を打ちながら、 こちらも流れを伝えるわ」
ガッ……
通信を終えると、 菜代は眼科を見下ろす、 その目が怪しく光る
「うん、 見えるよ、 動きが……」
スッ…………
「サンちゃん、 遠距離狙撃モードで」
「はいよ~」
バジィンッ!
空を飛ぶ雷鳥が弾け雷へと成り、 菜代の手元へと吸い込まれる様に、 雷は大きな弧を描く大弓の形を作る
「今回は何発も打つからね、 ちょっと疲れるかもしれないけど……」
「望野も目が疲れちゃうかもね、 今晩は熟睡出来る様に頑張ろう」
声を掛け合う菜代と雷鳥、 その二つの生命は、 協力し、 互いが互いの能力を最大限に引き出す
菜代の目、 それが淡く光を放つ、 彼女の能力は視力強化による遠視、 そして、 動体視力の超強化
菜代は理解している、 自分一人では何の力にも成らない、 ただ遠くの物が見えるだけの一般人だと
雷鳥、 金轟全王落弩の力は雷撃、 自身の肉体に製雷器官を持ち、 それによる電纏状態での攻撃や、 高速移動が得意である
しかし、 欠点として、 放電威力の調節が不得意で、 どんな相手にも必要以上の力を放ってしまう事に頭を抱えていた
だが、 自身を帯電状態の雷とし、 弓と言うシンプルな形を取る事とし、 それを操る者、 菜代による強弱の操作や、 狙撃による正確性
そして何より、 飛ばす矢は、 雷鳥自身から切り離された意思のこもる雷撃矢、 互いに力を合わせる事で、 安定した威力の雷撃を、 確実に当てる事が可能になったのだ………
ザッ!
菜代が大弓を構える
ギヂヂィィィィッ…………
引かれる弦、 そこに雷撃矢が装填される、 矢を番える時の感覚は何時だって、 過去に置いて来た、 あの時の感覚、 そのままだ……
でも……
「今はもう、 何にも負けないっ! 」
過去現在を持って……
「私達は、 未来を切り開くっ!」
ピンッ!………
「サンダルフォン・ショットッ!!」
ッ
バヂヂヂヂジィィイイイイインッ!!!
未来を照らす、 光の矢が、 地面へと吸い込まれて行く
その先では………………
…………………………………………
………………………
……
「おらっ! 来たぞ来たぞっ!!」
………
土飼達、 『北軍』との戦闘メンバーは、 ゴロゴロと地面に落ちる瓦礫郡が何層にも重なる地形にて戦いを挑む事にした
正面切って戦いを挑む、 村宿冬夜や、 威鳴千早季は、 ヘイトを自身に向ける為に、 正面から存在を誇示する様に出て行ったが
他二隊はそうもいかない、 囲まれたら終わりだし、 特に、 雷槌我観率いる東側は存在を気取られては行けない任務となる
つまり、 正面扉とは異なる、 他の通路を通り敵の視界の外から、 シェルターを囲う壁の外へ出る事になった
そうして、 予め予定していたポイントに布陣、 準備を足早に済ませ、 数人の先発班を出しこちらに引き付ける……
………
『……恐らく、 先発班はほんの数人が良いだろう』
これを言ったのは雷槌だが、 土飼もそれにある程度同意出来た
『……相手は殺す気でこちらに襲いかかって来る、 確実に制圧出来る数でな、 五倍から~ 十倍って所か』
『……成程、 十人向かったら、 最悪百人隊が向かって来る事になる……』
雷槌は頷く
『……地味だが、 確実に数人ずつ削るしかない、 大人数の掃討は菜代に任せてな』
つまり、 足の速い二、 三人程の先発班が、 敵大隊を突く、 相手はこちらに制圧出来る数の兵を走らせるだろう
『……相手が何を考えて居るか知らないが、 隊列と言うのはそう簡単に崩せる訳じゃ無い、 だから少数精鋭を向かわせる事になるだろう』
そうした時、 先発班が逃げ、 走った先が、 土飼達本陣が構える狩場であり、 そこで向かってきた敵を制圧する
理想はこれの繰り返しだ、 酷く地味で、 しかし確実性は有ると言える
そして………
……………………………
ダッ! ダッ!
っ!
「釣れたかっ! 皆準備しろっ!」
「はいっ!」
足の速い若者達がこちらに向けて走って来る、 その後ろに続く……
?
「なんか、 多く無いですか?」
多い…… たった二人の若者を追うのに……
「四十…… 四十八です! 多分っ!」
隊員ひとりが叫ぶ、 まさか、 初めからこの作戦がバレて………
「いや、 落ち着け! こちらと同数だ! 一人が、 一人ずつ気絶させろっ!」
予想以上に多かった、 だが、 多すぎな訳じゃない、 何とか対処出来るっ
(……瓦礫地帯に入った、 明らかに突進の速度が落ちている、 よしっ)
「テーザー銃部隊、 敵側面に向け発射っ!!」
ッ
バシュンッ!! バチンッ! ビジィンッ!!
バジヂィイイインッ!!
「ぎゃああああっ!!!?」
「テーザー銃命中っ!」
よし!
不安定な足場で動きを阻害し、 更に動きが遅くなった所に、 制圧用のテーザー銃を持った数人が打つ
敵は初めから統制が取れているとは言えない状態だったが、 この地形での戦闘はさらなる分断が狙いでもある
先ず打ったテーザー銃は、 敢えて前進する敵の先頭ではなく横腹を打つ、 そうする事で中程で倒れた敵に躓いた後続の者が現れる事で、 流れが止まる
そして、 先頭を走る者は少人数で、 自身達が大隊から切り離された事に遅れて気が付く、 想定の位置に待機していた者が叩く
ザッ!
「おらっ! 眠ってろ!!」
ガンッ! …………バタリッ
男が一人踊り出て、 一人、 また一人と殴っては気絶させていく、 もはや昭和の鉄拳男
藍木シェルター調査隊の、 奧野谷弦だ、 建設会社の親分的立場で、 その体は分厚くでかい
そして、 藍木シェルターが襲われた際も、 その身一つで能力者と戦い、 生き延びて居る、 その経験が彼を更に強くしている
ドスッ!!
「おらぁっ!! よっし! 前方は叩き伏せたぜっ!!」
後続隊に目を向けると、 徐々に立ち上がり、 または迂回する事でこちらに向かっていた、 だが、 一体感は無く、 一人一人が離れバラバラに……
(……ここだっ)
「皆さん! 今だっ、 敵の背を打てっ!!」
ドザッ! バッ!!
待機していた半数の人材が、 敵の後ろから、 何故なら彼らは既に狩場に入り込んで居るのだから……
一人、 更に一人と、 どんどん意識を失い倒れて行く、 上手く行っている……
まず、 敵に知性を感じられない、 こちらが少し頭を使うだけで、 簡単に対処出来る
それに、 戦闘の経験が皆無で、 肉体の動作も一般人並、 それに比べて調査隊メンバーは皆鍛えて居る……
……ザンッ!!
「っ! 土飼! そっちに一体行ったぞっ!!」
「はいっ! 分かっています!」
無思考的に突進してくる一体、 指揮を出す土飼を狙っての物か、 何も考えて居ないのか……
何にせよ………
「ガァアアアッ!」
「ふっ! 腰を捻ってっ!」
グッ! …………
ブワッ!
手を伸ばした土飼、 突進して来た相手の腕を掴み、 腰の捻りと共に投げ飛ばす
ダンッ!
「ウギャアッ!? …………………」
ふぅ………
気絶した相手を見下ろし、 土飼は息を吐く
「雷槌さんに合気道を習っておいて良かった、 よし、 俺達は弱くない、 戦えるっ」
何度も何度も戦ってきたんだ、 敵と戦っいたのは冬夜や、 威鳴、 そして日暮だけじゃない
「俺達だって、 戦えるんだっ!」
顔を上げる土飼、 今やって来た五十人弱の敵を次々と、 既にもう制圧し終わっている
「よし! 全員縛り上げろっ……」
ダダダッ!!
「っ! 土飼さん! 第二陣、 こちらを既に補足し向かって来て居ます!」
早い! いや、 こんなものか……
「了解っ! ここからが本番だ! 予定通り陣を組め、 縛りの隊は速やかにっ、 足だけで良い素早く縛れっ!」
数人、 予め決めておいた素早く、 手の器用な数人が出て、 腰に装着した紐巻きから適長の紐を取り、 簡素的で、 しかし丈夫に巻いていく
よし、 このペースならば直ぐに終わるだろう………
「もう間もなく瓦礫地帯に入りますっ! ……あっ!? 土飼さん! 更に敵、 右から回り込んで来ます!」
何!?
「同数程です! 正面、 側面共に来たら、 流石にっ………」
いや、 大丈夫だ、 この時の為の……
ビガッ!
空が光る、 光の矢、 そうだ、 以前からも、 藍木シェルターに居た頃からも、 この光の矢に何度も救われたのだ……
ッ!
バヂヂヂヂジィィイイイイインッ!!!
雷の如き鮮烈な光が、 地面に突き刺さり、 周囲を呑み込む……
光が収まった時、 残った物は……
っ!?
「五十人規模の敵の隊が、 たった一撃で…… 全滅しています!」
凄い…… これが………
ガガッ!
通信だ、 土飼は無線機を構える
『……こんな感じでどんどん打って行くから、 少し予定が狂うかもしれないわ』
?
『……ごめんなさい、 この程度相手にしていく位なら、 全然余裕だからっ!』
ピンッ!
ビジャアアアアアアアンッ!! バゴォオオオオンッ!!
ドジャアアアアアンッ!!
っ!?
空に幾つも幾つも光の矢が走る、 これ程の力を、 これ程の制度で連打出来るだなんて……
「……菜代望野さん、 貴方は一体……」
『……ふふ、 私がこうして今、 誰かの為に弓を番えられるのも、 全部日暮くんのおかげなの、 だから私は戦えるっ』
ピンッ!
ビジャアアアアアンッ!!
ドガァアアアンッ!!
……………
着弾する度に、 敵の軍形に穴が空いて行く様に見える、 既にこちらに向かう敵の流れもあるが、 それも同時に打たれていく
残ったのは残党兵の流れのみ、 そういう事か……
『……撃ち漏らしはお願いするわね』
「はい、 任せて下さい!」
ガッ!
「よぉし! 皆っ! あの光は菜代さんの、 希望の光だ! 彼女が撃ち漏らした敵はこちらに向かってくる! それをどんどん倒していくぞ!!」
おおお!!
よし、 士気は高い、 このままっ!
…………
その後は、 目の前にやってくる敵をどんどん倒して行く、 怖いくらいに上手く行っていた
北軍との戦いは苛烈を極める、 普段は大人しい調査隊員達も、 戦いの鼓動に熱くなり、 誰もが獣の様に暴れ出す
普段、 『人間』という仮面の下に隠した凶暴な野生、 人もまた一種の獣なのだと思い知らされる程
人が、 法にて暴力を封じた理由がよく分かる、 内から溢れ出る力は際限なく、 どんどん大きくなっていく
おらぁ!
ドスッ! ボンッ!!
誰だって、 人を殴ったり、 傷付けたく等無いだろう、 しかし、 世の為人の為、 守る為戦うという大偽名分
それが何時にか、 言い訳では無いか? と思い始める、 それ程に内から湧き上がる、 暴力に対する高揚、 平気で人を殴り倒す感覚に、 忌避感は薄れ、 徐々に楽しくなってくる
だからこそ………
「おい! 前に出すぎるな! 深追いは必要無い!」
それを操る、 『将』の実力が試される、 土飼の声は不思議と人の心に届く、 剥がれ掛けた仮面を、 土飼の声がもう一度固く縛る
この状況下にて、 思いの外時間の経ちは早く、 既に戦闘を初めて一時間弱が経とうとしていた
調査隊のメンバーが既に二百人以上を、 菜代だけで千人程を倒しているのだと思う
流石に息が切れ、 集中力も切れて来て居た、 大きな怪我をした者こそ未だ居ないが、 肉体の疲労は早くも底が見えて来た
はぁ…… はぁ……
「土飼、 正直この戦いきついぞ、 菜代の能力が強いから俺達の負担は比較的少ないが、 そもそもこういった戦いは慣れてねぇ」
その通りだ、 調査隊は軍人では無い、 それに一番の問題は……
「終わりが見えない事ですね、 一番きついのは、 目標が希薄なんだ」
だがそうも言っていられない……
「土飼さん! 敵十人程こちらに向かって来ています!」
絶えず敵が向かってくるのだから
「迎え撃つぞ!!」
そうは言っても、 いつかは終わる筈だ、 今は何とか持ち堪えるだけで良い、 それだけで………
……………
…………………あれ?
土飼は何か違和感を感じた、 それは一体何か、 いやそう言えば………
(……さっきから、 光の矢が止まって無いか?)
絶えず地に打ち込まれて居た菜代の光の矢が、 最後に打ってから比較的に時間が経っている気がする
菜代の役目は土飼達に対して回り込んで来る敵を打つ事、 それが、 止まって………
っ!
土飼は周囲を見渡す、 自分達は今、 敵を誘い込む為の狩場に、 瓦礫の乱立する環境を選んでいる
それは常に自分たちの姿を隠し、 奇襲攻撃を可能にする反面、 常に考えなくてはいけない、 相手も同じ状況だと言うことを………
ザッザッ……………
っ!?
(……しまったっ)
敵の姿が背後に見えた、 それは瓦礫の影から、 ぬらりと現れる
何体も、 何体も、 次々に瓦礫の影から姿を表す、 光の矢が止んでから、 既に回り込まれていた
そんな馬鹿な……
「全員一旦集まれっ! 周囲を既に囲まれているっ!」
叫ぶ土飼、 その声で状況を初めて理解した者も居たのだろう、 驚きと戸惑いの感情が肌を焼くように迫ってきた
(……何時からだ、 何時から、 さっきまでずっと上手く行っていたはずなのに)
ちっ!
ガガッ!
土飼は無線機を手にとり菜代へと繋ぐ
カガッ…… ガッ…… ガガッ……
っ………
無線機のノイズが一向に繋がる気配は無い、 一体何が…………
ドスンッ!
っ!
大きな足音に、 土飼は顔を上げる、 目の前、 ぐるり全方位を囲まれた敵の中から、 一際体の大きな者がこちらに向かって来る
ニィっと、 不気味に笑いながらただ一人向かって来る様は恐ろしかった、 そいつが口を開く
「捕まえたぞネズミ共…… ちょこまかちょこまかと、 我が兵を打ちおって……」
こいつ……
土飼は驚く、 先程までの大量の敵は、 姿形こそ人間だが、 中身はまるで知性のない、 ゾンビの様だった、 言葉も唸る事しか出来ない程低俗だったのに……
(……こいつは、 他の奴とは違う)
土飼は内心冷や汗をかきながらも、 グイッと前に躍り出た、 そいつと目が合う
「はっはっ! お前がこの小隊の『将』か? 俺の名前は央田中、 この隊の『将』だっ!」
それは偽り無い彼の名前だろうが、 その風体、 とても一般人とは思えない
「……私は土飼だ、 お前達は何者だ? 何故こんな事をする?」
土飼は内心無駄と思いつつも、 言葉でならばと言う希望にかけ、 大男、 央田中に話し掛ける
「簡単な事だ、 お前達の命を魔王様がお望みだからさ、 全ては魔王様の為に」
魔王…… 何者なんだ、 いや……
(……何様のつもりなんだっ)
ふつふつと怒りが湧いていた、 ただ力のままに好き勝手を働く魔王という存在に
「央田中と言ったか? お前だって誰と同じ、 ここに居る人達と同じ人間だろ? 何故こんな事をする? 何故魔王に忠誠を誓う? 何故だ? お前にだって今までの人生、 積み上げて来た『自分』って物があっただろ?」
ふははっ
「違うな、 俺は確かに央田中であり、 実はほんの少し前このシェルターにて避難していたのだ…… 俺は、 避難者就寝十五番室にて殺された一人だっ」
っ!
この間の甘樹シェルター攻防戦の最中、 シェルター内に侵入した男、 ブラック・スモーカーの冥邏によって七十人以上の人が殺された
目の前の、 央田中はその一人だと?
「俺はそこで死に、 そして魔王様のお力によって生まれ変わったのだっ! 我が命は魔王様の物、 それが最上の誇りにして、 我が喜びよ」
話が通じる様な相手では無いか……
「菜代さんはどうした?」
「狙撃手の事か? あれは別の仲間が向かった、 既に死んでいるかもな」
っ!
「ふはははっ、 怒るか? だが憤慨した所で状況は何も変わらないぞ? だが一つだけ提案をしよう」
?
「負けを認めろ、 そうして魔王様の所へ行くのだ、 そうすれば苦しむ事無く一瞬の内に死、 その後この喜びを得る事が出来る」
なんだと…………
土飼は拳を握る、 何なのだろう、 この怒りは、 この腹正しさは、 苛立ちはっ
っ!!
「舐めるなよっ! お前らが何者なのか等知らんっ! 魔王もっ! 後からやって来て大きな口をしやがって! 降伏しろだっ?」
ふざけるなっ!
「お前を倒しっ、 この状況を覆すっ! 一騎打ちだ! 央田中っ! 俺と一騎打ちをしろっ!」
くっ
「ぶはっ! ぶははははっ! 良いぞ土飼っ! 面白い事を言う奴だ! いいぞ! そう来なくではなぁ!!」
土飼は一歩前に………
「いや待てっ、 土飼、 てめぇ死ぬぞ」
その歩みを奧野が止める、 土飼の足は少し震えて居た、 それが見えたのだろう
「ゥん? 何だ? 戦わぬのかァ?」
「ちげぇよ馬鹿野郎、 この土飼はな、 知将何だよ、 戦っても全然強くねぇぞ、 お前はそれを任して勝った気になるのかぁ?」
ふぅ………………
「そういう事か、 では…… この中で最も腕の立つ者、 前に出よっ」
だが、 果たしてこの中に我こそはと前へ出る者は居るのか? いや……
「勿論俺が出る」
奧野が、 土飼を越してぐんぐんと前に出る、 全くこの人は……
「ほう、 お前がっ、 体の硬そうなオヤジにしか見えんがな?」
「ぬかせ、 俺は今まで、 俺より若い奴に負けた事は一度もねぇっ」
グハッ グハハッ!!
っ!
バゴンッ!!
「では初めてを我に捧げてみよっ!! しねぇああああああっ!!」
いきなり襲いかかってきた、 一騎打ちのルール等知らないが、 この戦いに関してはそれを審判する者等初めからいやしない………
グッ!
「喚くなっ! オッラァッ!!!」
バギィアアアンッ!!
っ!?
央田中が大きく振りかぶった拳を、 奧野が側面から叩きつける、 央田中は大男だ、 にも関わらず……
バゴンッ!!
「うがぁあああっ!?」
弾かれ大きく体制を崩す央田中、 その顔は驚きに染まっている、 正直土飼だってびっくりした
真正面の力勝負で、 何とか奧野は敵を負かしたのだっ!
「俺はっ! 建設会社で何年も働いてんだっ! 俺が相手してるのはお前より何倍もでかくて、 重い鉄塊やコンクリートさっ!」
長年の経験で、 奧野は目に映るものを無意識的に目測し、 質量を求めようとする癖が有る、 大男の体重は約百キロだが、 それを支える筋肉や、 骨格は少々体重に対して不十分であると答えが出ていた
大男の軸、 バランスの感覚も目測で凡そを求め、 適切な位置、 適切なタイミングで弾いたっ!
今にも倒れそうになる体を引き、 無意識的にその身を倒れまいと維持しようとする、 所謂、 固定の体制に入った敵、 その顔面に既にニの鉄拳は向かっていた
ッ、 グジャアアンッ!!
拳がめり込む、 固定する力は、衝撃を受けた際、 その破壊エネルギーを分散すること無くフルで伝えてしまう特性が有る
「ウガァギャアアッ!?」
ドザンッ……
央田中が崩れ、 膝から地面に落ちる、 それを奧野がギラつく目で睨み付ける
「さぁ、 どうする? 『将』さんよぉ? 降伏するかい? もっかい立つかい? どっちでも良いけどよォ…… 何度やっても勝てねぇぞ、 てめぇじゃ」
うおおおおおおっ!!
気が付けばそれを見ていた調査隊メンバーは声を上げていた、 たった今、 目に焼き付いた勇姿が、 調査隊の士気を最高潮に引き上げた
凄い、 流石だ、 何時だって冷静で強く、 日暮や、 冬夜、 威鳴等に目が行きがちだが、 この人は初めからずっと強い……
「奧野さんっ! あなたと言う人は凄いですよ! 俺達はこのまま、 この戦いに勝て………」
土飼の声に振り向く奧野、 だからそれは土飼には見えた、 膝をつき下を向いた央田中が、 地面に触れると、 地面が小刻みに揺れ始めた…………
(……何だ、 何かを仕掛けている)
何だ?
そのコンマ数秒の思考を後悔する事になる、 もしかしたら、 警戒の一言でも言う事が叶ったのかもしれないからだ
だが、 もう遅い…… 何故なら
………………………………………
………………………
………
カタン……
「ねぇ、 牛見、 『業魔刑』の力に目覚めたのは、 今の所どれくらいの数居るのかな?」
暗い洞窟の中で、 魔王少女は、 傍に居る女、 牛見に問いかける
「はい、 今の所私と、 夫を除いて、 『将』の中から八人、 力に目覚めております」
「……ふ~ん、 八人か、 二万人規模の軍にしては少ないね、 そもそもの戦いに対する気持ちが無いから仕方ないとは言え…… ま、 でも」
魔王少女は笑う
「業魔刑は、 能力と同じだけの出力が有るから、 相手するのが能力者じゃ無い限り、 まず負けないだろうけどね………」
業魔刑の力の形はある程度決まっている、 適正のある物に継がれるシステムになって居るのだが
しかし、 個人毎に若干の個性が出る事も有る、 魔王少女は何時もそれが楽しみだった
「ふふっ、 さぁ、 この世界で初めて発足した軍隊だからさ、 このまま快勝してよね、 魔王軍っ♪」
……………………………………………
……………………………
…………
業魔刑、 それは魔王軍として、 魔王の支配下に置かれた者が、 魔王の魔力に体が反応し、 そして発現する力
シェルターを覆う二万の軍勢、 その中で業魔刑の力が発現したのはたったの八人だが、 それでも能力と同等の力を持った者が八人……
それぞれ、 戦いの地にて激戦を行う調査隊メンバーの前に、 立ち塞がった……
……………
敵軍の数を物ともせず、 常に圧倒し続ける村宿冬夜と、 威鳴千早季の前に
消化装置を利用した作戦を遂行中の、 雷槌我観率いる、 東側を戦う調査隊の前に
そして…………………
…………
地面に手を着く大男、 その周囲が小刻みに震え上がる、 チリや、 土埃が譲られる様に、 小石がカチカチと遊ぶ
何か、 来る………………
大男が叫ぶ
「っ!業魔刑・重虫逸起っ!!」
ゴッ!
振動が強くなった、 奧野の足元が震える、 そしては土飼には見えたし、 奧野も気が付いたと思う
咄嗟に引こうと動いた様に見えた、 でも本当に数瞬の事だった……
地面がバキバキと盛り上がる、 そこから何かが履いでる様に………
………………
ッ
バゴォオオオオオオンッ!!! ドォオオンッ!!
っ!?
まるでゆっくりと流れて居たような視界が、 音が、 通常に戻る、 地面から何かが出た、 地面が弾けた
そして………………
っ
「奧野さぁんっ!!」
打ち上げられる様に、 奧野が宙を舞っていた、 高い、 体制が悪い上に、 その高さは八メートル程は打ち上げられている
声も、 体も、 どうしようも無いほど遅く震え、 動き出した、 だが……
奧野の体が吸い込まれる様に、 地面に打ち付けられた
ベギッ! ベジャンッ!!
あっ、 ああっ!
明らかに、 やばいと分かる音がした、 動かない、 奧野が動かないっ!
「奧野さんっ! 奧野さんっ!」
奧野の元まで駆け寄る、 地面に転がる奧野に触れようとして手が止まる、 足が、 左足が無い、 脛の辺りから強引にねじ切られた様に………
………
ギャラララララララッ……………
っ……
何の音だ?
敵の方を見る、 直ぐに分かった、 地面の中から出てきたのだ、 あれが………
「巨大ミミズ………」
巨大なミミズだ、 長さだけで五、 六メートルは有りそうだし、 人を丸ごと飲み込める程に太い
そいつが、 央田中の体を履って居る、 そのガチャガチャと整いの無い嫌悪感程抱く程汚い巨大ミミズの口から、 奧野の足、 指が見えた
っ…… はぁ…… っ………
過呼吸になる、 土飼は今にも吐きそうな感覚を必死に抑え奧野を再び見た
「……誰か、 奧野さんに応急処置をして、 医務室に運べ、 まだ息が有る、 急げっ!」
もう睨み付ける様な土飼の声に、 固まって居た他の調査員が慌てて動き出す、 奧野を抱え離れて行く
奧野さんは凄い、 地面が弾ける瞬間、 一瞬早く、 地面を蹴って居た、 そうでなきゃ丸呑みだった筈だ
「ふはははっ! 大将戦は俺の勝ちだっ!」
ふざけるな、 力で、 負けたくせに、 真正面から負けて地面に手を付いたくせに……
「一丁前に勝ちを誇るなっ!」
土飼が、 央田中を睨みあげる
「お前は負けていた、 それを認めろっ! 奧野さんはお前に圧倒的に勝っていた!」
ビギッ
央田中の顔に青筋が濃く現れる
「何だと? 何を言うか、 お前も見ただろう! 俺が、 俺の力で奴をぶっ飛ばした所をっ!」
「ああ見たさっ! 力で負けた時のお前の情けない面と、 それを認めたくなくて力を使った事もなっ!」
土飼はズカズカと歩く、 何時だってそうだ、 自分は人を信じてしまう、 信じるということは任せる事だ、 任せる事は責任の一旦を負わせる事だ
(……俺は何時だって)
もう、 他人任せに出来ない、 俺は俺自身を信じて戦う、 戦うんだっ!
「本当は力を使うつもりが無かったのだろ? だが、 予想外に奧野さんは強かった、 だから焦ったんだ、 この腰抜けがっ! 全力を出さなくては負けると思ったんだろっ!」
舐めやがって、 こっちは初めから何時だって全力何だ、 何時だって本気で生きてるんだよっ!
央田中は震えた居た、 怒りからか、 だが、 不意に笑う
「ふはは…… 全力? これが、 この程度が俺の全力だと言いたいのか? 全力を、 俺の全力が見たいならば、 そんなに見たいならば見せてやるっ!!」
っ、 何を………
「業魔刑・重虫逸起っ…… んっ! スペシャルっ!!」
ゴゴゴゴゴゴッ!!
っ!?
地面が大きく揺れる、 立って居られない程に大きく……
ボゴッ! ボゴボゴッ! ボゴゴッ!!
さっき、 奧野を吹き飛ばした際の、 地面が弾けるあの衝撃が、 幾つも、 幾つも、 大量に弾け出る
ボゴォンッ!!
っ……
「こんなに大量に………」
数十、 一瞬で奧野さんの足をちぎり、 吹き飛ばした巨大ミミズがこの数……
だが……
「怯むと思ったかっ! もう一騎打ち等は存在しないっ! お前らっ! 戦うぞっ!!」
………………………
?
クハッ
「クハハハハッ! 良く見ろ、 まともに動けるのはどうやらお前だけの様だぞ?」
何だと……
後ろを見る、 さっきまでの熱すら冷めきった様に、 誰も動けそうに無いほどに固まっている
周囲を見渡せば、 いつの間にか、 自分達を囲む敵の包囲の輪は縮まり、 穴は無い、 そして分厚く逃げ道が無い程に積み重なっていた
奧野も応急で手当をされているが、 これではシェルターの医務室に連れて行く等到底不可能だった
あれ…………
これは、 まさか…… 漸く立ち上がった、 漸く自分の足で前へ、 自分の命を自分で、 戦う為に前に出たのに……
「もう遅い、 何もかもが、 お前達の負けだ………………」
はぁ…… はぁ……
土飼は目の前が真っ暗になる様な、 足元から崩れ落ちる様な感覚に沈んでいった……