第百二十六話…… 『最終章、 下編・12』
シェルター警備員は、 元々シェルターの管理をしていた現役警備員達で構成されており、 避難当時、 初めからシェルターに居た者達が殆どだ
その内の一人、 警備員・笹部は、 主にシェルターゲートの常駐警備員である
今現在、 シェルターの周囲には巨大な壁がぐるりと周り、 囲っている為、 外敵が襲い来る事は無い
だが、 それ以前とは、 このシェルターゲートこそが、 恐ろしい外の世界との隔たり、 そして警備員・笹部こそがそれに最も近い位置に立つ者だった……
とはいえ…………
「最近はバタバタ続きだったからな、 今日こそ何も無い平穏な一日になるだろう…… うん、 このブラックコーヒーの様に、 シンプルで、 混ざり気無く……」
ごく……
「うん、 悪くない」
朝日を浴びると希望を感じる、 殆どの人がもうずっと陽の光を知らないだろうが、 警備員として笹部はゲートの入口に赴き、 チラリと外を伺う事は良くある
陽の光と風をシェルター無いに舞い入れると、 笹部は外の景色を覗いた、 高く聳える壁が目に入り、 つくづくこの世界は変わったと実感する
「……能力と言う奴か、 本当に不思議だ、 モンスターもそうだが、 未だに御伽噺の中の様で」
そんな世界で、 戦う者達が居る、 シェルターの調査隊だ、 彼らはこんな世界の外に出て、 恐ろしいモンスターと時に戦い、 この街の為に活躍している
最近では、 藍木のシェルターとひとつになり、 調査隊メンバーも一つに、 更に若者達が積極的に調査隊のメンバーに加わりその数も軒並み増えている
「確か今では百数十人が調査隊メンバーとして従事しているのだとか…… いやはや、 頼もしいな」
その中でも取り分け奇妙なのは、 不思議な力、 所謂能力を持つ者達だ、 彼ら彼女らは、 時に物理法則さえ捻じ曲げ、 人の力量を軽々超えた絶大な力を振るう
それが、 頼もしい反面、 理解不能と言う壁が、 無意識に恐怖心を誘う物
「ま、 それによって助けられた事は何度も有るのだから、 彼らは、 調査隊メンバーは我々シェルター避難者のヒーローだな」
そこに無償で懸けてしまう、 人が人を助け、 支える社会で、 それがそのまま、 このシェルターでも形を成し、 自分の命を、 大切な人の命を、 無遠慮に、 無責任に預ける
人は決して弱くは無い、 そして人は強くなれる、 戦う事が出来ると本能が知っている、 本当は誰もが戦士にも、 獣にもなれる
今はただ、 弱者に落ち着いているだけだ……
さて……
「そろそろ業務に戻ろうか……… ん?」
……………
カツン…… カツン……
?
何か音が聴こえる、 小石がぶつかる様な……
カラカラ…… コロコロ……
っ!?
様なじゃない…… 小石が降ってくる、 上から、 パラパラと、 何だ?
キラキラッ
遠くの空でギラギラと鈍く光を放った何かが、 大きく弧を描いて……
降り注ぐ
バンッ! バガンッ!
ドガッ! ドガァンッ!!
っ!?
警備員は目を見開いた、 小石なんて物じゃない、 拳大の岩がいくつもいくつも飛んでは、 シェルター施設にぶつかって落ちてくるのだ
そして驚く事に……
「壁の、 高い壁の向こう…… 外から飛んで来て……… まさかっ、 投石っ!?」
ッ、 ビュンッ!
っ
ビジャアアンッ!!
ぁっ!!?
「いだっぁあああっ!? いだいっ!? 顔にっ、 顔に当たったっ!! あぁっ!!」
警備員の顔が血に塗れ潰れる、 それを成した、 飛んできた岩が地面にごろりと落ちる……
何だ…… 何なんだ……… これは………
った………
「伝え、 伝えなくては…… 調査隊のメンバーに……」
ガチャンッ
急いで扉を閉めてシェルター内に入ると、 ドンドンと、 岩が打ち付ける音がシェルターの出口周辺にまで響いている
っ、 っあ………
ビガッ!
通信機を手に取る、 その通信機は特別製で、 特定のボタンを押すと、 その通信機を持つ者達全員に瞬時に発信される
警備員は痛みに悶えつつも、 自身もまた大切な物、 大切な人、 守りたい全てを思い、 声を張った
「っ! 敵っ! 敵襲!! 調査隊メンバーに至急伝達っ! ……何者かが、 壁の外から岩を…… 飛ばし…… て………」
バタッ……
警備員は地面に倒れた、 だが彼の有志は確かに、 次の者へと引き継がれた、 その声を聞いたもの達は立ち上がる……
この街の、 最後の戦いに向けて……
………………………………………
…………………………
………
っ………
その光景を見た時、 それが異常事態だと理解するのに時間は必要無かった、 今となってこの光景は異様が過ぎる物だったのだから……
「なっ、 何なのあれ………」
菜代望野は、 先程掛かった通信を聴い、 自信が普段から暮らす甘樹ビルの屋上へ上がり、 シェルター方面を見下ろした
通信先は全体へ向けられ、 その内容から緊急性のある物だと判断出来たが、 おそらく実際に何が起きているか、 それを目で見たのは菜代が初めてだったろう
「……これは、 一体どういう事なの? ……シェルターの周りを、 物凄い数の人が囲んで………」
どれくらいだろう? 数は分からなかったが、 中規模のライブ会場を余裕で埋める程の人がごった返す様に
そんな数の人の群れが、 まずこの街に居るはずが無いのだ…… 死人が起き上がる様な事さえ無ければ……
バサバサ……
菜代の上を旋回する雷鳥、 金轟全王落弩も、 その光景を見て驚いた
「驚いた…… まさか魔王の…… 始まったんだ、 予想よりずっと早く仕掛けて来た」
雷鳥の声に菜代は首を傾げる
「どういう事? ……魔王って、 昨日の会議でちらっと話してたけど」
「言ったでしょ、 確実に仕掛けて来るって…… 魔王は死者を蘇らせる能力を持ち、 蘇らせた人間を自分の支配下に置ける」
それってつまり……………
……………………………………
…………………
「数万人規模の軍勢がシェルターを囲んで居るだとっ!?」
土飼笹尾の声が、 シェルター南側の留置所、 その通路に響いて居た
通信の相手は菜代望野であり、 先程の警備員の緊急通信から五分程経った頃である
ビガガッ……
『……はい、 さっきの警備員さんの通信はこれで間違い無いです、 昨日の会議で話が上がってましたよね……』
う~ん…………
確かに、 昨日の会議には、 人語を理解する鳥や、 最早理解も追いつかないような神秘的存在も参加していた
彼ら彼女らの話す、 『一昨日の晩の話』や、 『これから近い内に怒るだろう魔王との戦い』等、 議題が最重要とした出たが、 事実それを理解出来る者はほぼ居なかった
そういった話を何度か聞いていた土飼や、 昔異世界なる場所へ行った事のある大望吉照等は何となく話を理解出来ていたが……
「この街でそういった力が水面下…… いや、 我々が知らな過ぎるだけか、 そういった力が働いているのは分かっている、 だが、 さっきも言ったが我々は知らな過ぎる」
ただでさえ人々の管理や、 モンスターとの戦い、 日々起こる問題の解決で忙しいのに、 そこに加えその様な事を言われても頭が混乱するだけなのが現実
しかし……
(……もう、 目を逸らしてばかりいられる状態でも無いんだ)
既に起こってしまったのだ、 こうして…… これからどんな事が起こるまるで分からないが、 この背筋を冷やす様な感覚だけは土飼にもわかった
「……その軍勢と言うのは、 今どう行った状況何だ?」
ガガッ
『……ぐるりと壁全体を囲んで居て、 それがちゃんと指揮系統が機能しているみたい、 百人程度に別れて居てそれが多様に展開してる』
以前見た漫画の、 攻城戦の様な……
そもそも……
「何故その人達が敵なのだと思う? 普通に…… 何処からか来た人というのは?」
『……土飼さん、 目で見れば分かります、 異様さが、 今だって投石器の類いを用いてシェルターが攻撃を受けてる最中なんです』
そうか、 この留置所は、 地下シェルターの下層に位置する、 上の状況が分からなくて当然だ
「わかった、 私も直ぐに人を集め対応する、 菜代さんは引き続きその地点から状況を伝えてくれっ」
ガガッ……
土飼は菜代からの無線を切ると、 先程まで居た部屋の扉を回す、 恐ろしい程空回りの無意味な扉だ
実は無線を受けるまでは、 ここに居たのだ、 それは………
ガチャッ……
日暮の部屋だ……………
「……すまんな、 急な通信で」
無意味に天井を見上げて居た日暮が、 土飼が再び部屋に入ってきた事を確認して顔を下げる
「いえ、 って言うか行った方がいいんじゃないですか? 緊急事態なんでしょ? 知らんっすけど」
「あぁ、 その通りだ、 あまり話が出来なかったがもう行く、 いきなり押し掛けて悪かったな」
そういうと土飼は持ってきた荷物等も手に持ち肩に掛ける、 徐に鍵を取り出した
「……しっかり閉めて行かなきゃな、 あぁ、 しっかり施錠しなくては行けないんだ」
?
「何? いきなり…… はぁ、 でも本当に落ち着かないよここは、 だってもう三人目だよ? 昨日の晩から立て続けに、 土飼さんも含めていきなりやって来たのは三人目…… 疲れるって」
三人?
「……さっき冬夜君が来ていた様だが、 他にもう一人来た人が居たのか? 誰だ?」
あっ………
日暮は悩んだ、 深夜に部屋に乗り込んで来たのは、 天成鈴歌だが、 果たしてそれを正直に言っていい物か……
いや……
「………間違えた、 二人だ、 冬夜と、 土飼さんの二人」
土飼は首を傾げる
「そんな間違いするか? ……いや、 そんな事は別に良い、 日暮、 お前は取り敢えずここで静かにしていろよ? 良いな? 何があっても」
へ~い
日暮はその言葉を受けて、 布団に崩れる様に倒れるこむ、 どうせ寝る以下にする事のない場所何だ……
「……はぁ、 だらしな過ぎる、 まぁ、 良い…… そうだ、 一つだけ聞かせろ日暮」
?
日暮は寝転がりながら首だけ土飼の方へと向ける
「……どうして冬夜と言い合いになった? 何を話して居たかは知らないが、 冬夜もお前の事を純粋に心配してただけだと思うぞ? 友達としてな」
日暮は言葉に詰まる
「……わかんねぇですよ、 何か、 何か上手く言葉に出来ないけど、 いつも道りで居ようとすればする程すれ違って、 それに苛立って……」
土飼は、 日暮の言葉聞いて小さく頷く
「何か悩みが有るのか? ……俺はきっとその答えを出せないが、 言葉に出して見る事で自分で答えを出す事も出来る」
思考とは永続的には行え無い、 意識は常に色んな物に向き続ける、 家鳴りの音や、 痛み、 痒み、 眠気、 空腹
思考には酸素が必要だが、 意識し、 考えれば考える程、 呼吸がおざなりになり、 結果的に酸素が欠乏し意識がぶれる
数学の勉強では無いのだ、 定められた答えと言う物は無いし、 結局最も落ち着く所を答えとするしか無いのだろう
そういった時、 一旦考えるのを止める、 または、 声に出して見ると、 以外と簡単に新たな道が見える事もある物だ……
「俺が聞き流してやる、 良かったらぽつりと悩みを呟いてみろ」
この時、 日暮は不思議と、 閉ざされた空間の中で、 不意に扉を見つけた様な感覚、 希望の様な光を感じた
だから、 気が付けば口を開いて居た
「……父さんと、 母さんが、 俺を守って、 俺の目の前で死んだんだ……」
っ……
土飼は、 日暮からその話が出た事に少し身構えた、 恐らくそうだろうと思った、 軽率に扱って良い話だとも思わない
今、 状況的に言えば、 とても時間が有るとは言えない、 しかし手短に済ませて良い話題では無い
聞いた以上、 責任を持つ、 土飼は腰掛ける様な事さえ無いが、 向けた背を扉に向け、 日暮に向き直った
「……そうか」
短くて良い、 本人の気持ちなのだ、 そこに余計な、 『他人』を取り入れさせては行けない、 純粋に、 自身の感じた感情に身を委ね、 答えを出さなくては意味が無い
「……俺が殺したのは、 柳木刄韋刈だけじゃない、 二人を助ける為…… いや、 俺は楽をしようとしたんだっ、 それで襲って来た人達を何人も」
「………その、 人達は何故、 日暮達を?」
日暮は呟く様に言う
「……『魔王』って知ってる? 異世界の」
「日暮は、 その異世界や、 魔王について詳しいのか? 私達も少しだけ、 昨日、 話を聞いている」
うん………
「魔王は、 俺を殺そうとしてるんだ、 恨みじゃないとは思う、 俺を手元に置いておきたいらしい」
手元に……
「そんな事を言ってた、 信じられないかもしれないけど、 魔王は、 死んだ人間を生き返らす事が出来るんだ」
そうだ、 その話は確かに聞いた、 異常であり、 そして更に恐ろしいのは、 生き返らせた人間の隷属化だ
「魔王は、 何らかの理由で、 お前を手に入れたい、 その為に殺すか…… それで、 続きは?」
「……俺を確実に殺す為に両親を利用したんだっ、 俺は切り抜ける為に、 何人も殺した」
多分、 後に生き返ったのだろうが…… 死はそれぞれに刻まれる物だが、 殺しは行った物に刻まれる物だ、 決して消えはしない
「……それだけじゃない、 昨晩俺は…… 俺は魔王と戦ってたんだっ、 でもあいつっ、 魔王は、 直前で、 母さんを生き返らせてっ…… 盾に……」
っ!? まさか………
「俺がっ、 俺が母さんを殺したんだよっ! ……茜には言えなかった、 茜は俺を許してくれたのに、 それでも信じてっ、 言えなかったっ ………どんだけ拭っても消えないっ! 消えないんだよっ……」
話された内容は、 土飼が直ぐに理解する事の出来ない物だった、 ただでさえ情報が渋滞しているのに、 日暮は、 実の母を殺して居る?
掛ける言葉を失って居る土飼の内心を知らない様に、 一度溢れだしたら止まらない感情が日暮から漏れ出す
「頭の中をぐるぐると、 問いかけが巡ってんだよっ、 俺は、 俺は柳木刄韋刈や、 俺を襲った奴らを殺してもなんにも思わなかったんだっ」
それなのに……
「俺はっ、 ひとたび母さんを殺した時、 人の命を奪ったって、 ようやく理解したんだ……」
何故だろう、 どうしてだろう
「土飼さん…… 俺の悩みはそれだよ、 俺が、 なんとも思わなかった人達と、 母さんは、 一体何が違うんだ? 何で母さんを殺して、 こんなにも俺は……」
土飼は納得した、 日暮が、 冬夜にこの話を出来なかったのは、 妹の茜にこの話を出来なかったのと同じ理由だ
日暮と言う人間が、 どれだけ周囲よりもずば抜けて異常で、 戦いを好み、 その牙が時に同胞に向くことすら有る問題児でも……
『嫌われたくない』
その気持ちは当たり前に持っている、 いや、 当たり前だ、 日暮は強く、 人を求めない様に見えても、 それでも日暮は人の世で生きる事を受け入れた
いや、 元はと言えば、 土飼自身が、 日暮を調査隊に誘ったのではないか、 人の社会を諦め、 一人の人から、 ひとつの単一生命へと成ろうとする日暮を、 責任を与え社会に縛ったのは土飼だ
日暮は、 それに従い、 捨てなかった、 家族や、 友人、 築いてきた人間関係や、 人からの想いを
こうなって、 悩んで当然なのだ、 彼も、 一人の悩める若者に過ぎないのだと改めて理解した
そして、 今、 この話を土飼に話したのは、 嫌われても良いからでは無い、 土飼の解釈次第だが、 日暮と言う一人の人間が、 信頼し、 その責任の一端を負う者として、 土飼を頼ったのだと……
………………
「………日暮、 さっきも言ったが、 改めて言うぞ、 ……俺はお前の問いに対する答えを持ってないし、 聞いて改めて、 『答え』を出せる話では無いと思った」
ふっ……
「あぁ…… 分かってる、 これは俺が一人で答えを出さなきゃ行けないんだ、 もしかしたらその答えをもう、 既に持っているのかもしれ無いけど……」
なんにせよ
「『応え』てくれてありがとう…… あ、 そうだ、 代わりに、 もう一つ聞いても良いか?」
土飼は静かに頷く
「……魔王に、 二人を殺された時、 俺、 めちゃくちゃムカついて、 怒って、 怒らなきゃ、 立ち上がれなかったんだ」
そのせいで、 茜を突き放し、 置き去りにしてしまった、 だが……
「本当は、 怒りよりも先にっ、 両親を目の前で殺されたのにだぜ? 普通怒るよな? 当たり前だよな? 許せない…… 筈なのに」
最も、 一番最初に出てきた感情が、 怒りでは無かった
「悲しかったんだ、 立てない位に悲しくて…… 俺、 おかしいよな? 両親を殺された怒りより先に、 悲しくなるなんて……」
………………
土飼は日暮に背を向け、 ドアノブに手を置く、 少しだけ振り返って言う
「お前がどうかは俺には分からない、 これはあくまで俺の感想だが…… 普通両親が死んだら、 悲しくて立ち上がれない物だ」
ガチャ
「じゃあ、 また来る、 お前はここでゆっくりと答えを出せば良い」
ガチャン…………………
………………………
…………
それだけだった、 本当に何かを示す様な事は出来ない、 だがこれで良いんだ
「日暮、 お前は今までも自分で答えを出して、 自分なりに前へ進んで来た、 お前にはその力が有る」
そうだ……
「常に力が無いのは俺達だ……」
つくづく最近思う、 自分の力の無さを、 その責任の全てを明山日暮と言う一人の若者に押し付けただけでは無いのか?
話をして、 改めて思った
「俺達は生きている、 自分の命で生きている、 生かされて居る訳じゃ無い、 自分の力で、 自分の選択で生きているんだ」
それはどんな時でもそうだ、 どんな状況だって、 自分の命を生かすのは、 他でもない自分自身だ
だが、 人の社会とは、 弱きを助け強きをくじく、 力を持った者は、 弱い者に手を差し伸べ助けなくてはいけない事になっている
それは良い、 美しい事だ、 日暮も人を何度も助けた様だが、 それは彼の心から来る物で、 他人に強制された物では無いだろう
問題なのは、 力を持たない弱い者が、 それを言い訳に、 自分で生きる事を端から諦め、 力を持つ強い者に助けられる事を当然とした時だ
生かされる者の数が多ければ多い程、 その数だけ、 責任が力有る者へとのしかかる
柳木刄韋刈含め、 ブラック・スモーカーと言う悪の結社は、 このシェルターの人間を皆殺しにする事を企て実行した者達だ
それはつまり、 このシェルターにて暮らす、 全ての人の戦うべき敵と言う事になる筈なのだ
にも関わらず、 多くの者が、 自身の弱さを言い訳に、 初めから戦う事等しなかった、 知ろうともしなかった
日暮は、 柳木刄韋刈を殺して、 留置所に閉じ込められたが、 結果的に、 柳木刄韋刈と戦い、 その殺戮を止められるのは日暮しか居なかった事になる
本来ならば、 皆んなが、 それぞれが背負うべき責任、 自分の命の責任を、 他人に無条件に背負わせる縮図
その責任の形として、 日暮は狭い留置所に入れられて居る、 だが、 日暮が他の誰かの命を顧みず、 一人で、 自分が生きる為に戦うだけならば、 他の誰の責任がのしかかる事は無かったに違いない
日暮の悩みを聞いて、 土飼は歯痒い思いをせざるを得なかった、 何故なら……
「俺は、 モンスターも、 魔王も、 異世界も、 能力も、 俺の命を脅かすこれらの事を、 何も知らない……」
知らない所で、 日暮はいつも一人で戦っていた、 知らない所で、 いつもこれらの脅威から、 この命を守られて居る
ずっとずっとそうだったんだ、 日暮が街へ向かい、 一人の少女を連れて帰って来たあの頃から
それらの力は、 誰もの脅威足りうる力は、 全て、 流れ着く所の決まった様に、 明山日暮に向かい続けて居たのだ……
土飼が、 声を掛けた、 明山日暮と言う人間を動かし、 まるで広い空に飛び立つ鳥に鎖を結ぶ様に、 調査隊に入隊させた
日暮は、 日暮なりに、 他人とどれだけ異なって居ても、 入隊後には人としての責任を持ち戦って居たのだ
だから……
「ゆっくり、 ゆっくり休んで居れば良い、 お前なりの答えが出るまで少しずつ考えれば良い」
今は……
「私達が戦う、 私達が、 何より私達それぞれの命を、 大切な者を守る為に戦う、 皆で戦う、 その為に準備してきたんだっ!」
ガチャッ
会議室へと辿り着いた、 その扉を開け放つ、 そこには、 このシェルターを守り戦う、 調査隊のメンバー達が揃っていた
「土飼君! ようやく来たかっ!」
まるで叱責でもする様な勢いの男、 大望吉照に頭を下げる
「すいません、 日暮の所に行き、 話をしていました、 遅くなってすみません…… 皆さん揃って居ますか?」
会議室をぐるりと見渡すと、 何時もの会議を行うメンバー達が揃っていた、 皆がこちらを見て頷く
よし
「状況は?」
「ここに用意してある、 見てくれ」
会議室の中央に置かれた机の上には、 簡易的な作戦盤が置かれており、 作戦盤の中心に描かれた丸がシェルターの外壁であり、 赤の印で敵の位置が示されて居る
しかし、 これは……
「菜代さんからは、 数万人規模の軍団と聞いておりましたが……」
「その通りだ、 流石に数万人の敵駒は用意していなかったから、 敵の布陣は赤枠で囲んで居る、 敵の数は凡そ二万人だそうだ」
その布陣を見るに、 攻城戦に基づく様な戦術的配置には思えないが、 円型の壁に対し、 外縁の弧にそう様に隊を分け、 円を当確に四点へと分けた時、 それぞれを起点に左右へと『へ』の字に隊を置いている
「今現在、 シェルターが受けている攻撃は主に投石、 我々のシェルターは地下シェルターである為に、 殆ど機能して居ない上階にぶつかるのみだが、 ひとたび外に出れば集中砲火を食らう可能性が有る」
実際に既に負傷者は出ていると言い、 真っ先に通信を行った警備員の男性が投石によって怪我をして医務室に運ばれたと言う事だ……
「今現在、 シェルター在中の調査隊メンバーは、 百十二人、 初めの頃の二倍に増えたが、 敵の数はこちらの二百倍……」
多すぎる……
「こういった時、 史実などによれば、 隊を管理する将を打ち倒せば、 指揮系統が乱れ動きが弱くなると聞いた事がある」
土飼は頭を悩ませる
「俺達は篭城戦の訓練を詰んだ兵隊でも、 将軍首を取りに行く特攻兵でもありません…… 俺達に出来る事は最低限ですよ」
う……ん
誰もが話を聞いて土飼と同じ様に頭を悩ませるだろう、 果たしてそんな事が出来るのか? 誰がやるのか?
………
「俺は出ますよ」
……そう思っている所へ、 切り込む様に声を出したのは村宿冬夜だった
だが、 彼はまだ目を覚ました馬鹿り、 本当ならば医務室に寝ていて貰わなくては行けない所だが……
「俺もっす、 俺と冬夜君で、 四軍の内、 一軍ずつ、 相手にするってのはどうです? 他二軍は任せる事になるけど」
っ!?
そんな馬鹿げた提案をしたのは、 威鳴千早季だ、 二人とも強力な力を持って居る事は知っている
だが……
「単純計算でも一人五千人だぞ!? 流石に無理に決まっているっ!」
それに、 数日前、 この甘樹シェルター攻防戦にて、 二人の力を信じ送り出し、 その結果、 二人は大怪我をする事になったのだ
土飼が震える、 責任だ、 自分には年下の部下を守る責任が有る、 もう二度と、 あんな思いは………
「一人じゃないです、 あの時とは違う、 俺にはマリーが居る、 二度と負けません」
「俺も~ 姉貴となら天下だって取れるよ、 普段は鬱陶しいけどな~」
水の少女と目を合わせ頷く冬夜と、 姉にダル絡みをされる威鳴、 藍木山攻略戦での彼らの戦いを思い出す、 その強さを……
「もう一度、 俺達を信じて送り出してくれませんか?」
冬夜のその言葉に、 威鳴も合わせ頷く、 土飼は拳を強く握る……
「わかった…… 雷槌さんも、 二軍は四人に任せても構いませんか?」
戦闘において最も経験があるのは、 甘樹調査隊の雷槌我観だ
「ふん、 あの藍木山での戦いを見てれば文句も無いな、 だが、 俺は以前の敗北を無かった事にはしないぞ」
甘樹シェルター攻防戦での二人の敗北は、 『魔王』によって、 二人の神秘が封印され、 更に認識阻害の力により、 その事に気が付かないまま戦いに出た事に由来する
雷槌は、 冬夜と、 威鳴の目を順番に見て頷く
「今回は俺達も全員で戦う、 だから、 何かあったら直ぐに言え、 決して無理だけはするな、 命の掛かる戦いにおいて失敗はイコール死と思え、 この間は運が良かっただけだ」
「はいっ」 「わっかりましたっ!」
二人の返事に納得が行った様に頷く雷槌、 作戦盤を睨む
「おい土飼、 長引く戦いには俺達でゴールを作ってやらなきゃ行けねぇ、 俺達はどうやったら勝ちだと思う?」
う~ん……
「そもそも相手は人です、 話通りならば既に亡くなった方達が、 『魔王』の力で操られている、 ですが、 パニック映画のゾンビとは訳が違う」
土飼の話をそこに集まる者達は頷き聞く
「大前提として殺してはダメだ、 モンスターとは違う、 どんな理由があり、 どんな状況でも、 私達が人でいる為に、 その線は守らなくては行けない」
「だが恐らく話が通じる様な事は無いぞ? 生前の理性が残って居るなら、 投石なんて事を仕掛けてくる筈が無い」
その通りだ、 完全にこちらを敵として認識し攻撃を仕掛けて居る、 このシェルターの避難者を見れば分かる、 戦い等、 彼らの中には存在しない、 戦える者は居ない……
「はい、 戦う事は避けられないですが、 二人はその辺大丈夫か?」
「はい、 相手を無力化するならどんどんできると思います、 勿論時間は掛かりますが」
冬夜と、 威鳴の方は大丈夫だ、 問題なのは……
「モンスターを倒すのとは違う、 人を制圧する必要が有るが、 最も効率的な武器はやはりこのシェルターにも有る麻酔針や、 テーザー銃だろう」
「だが数が無い、 球数だって用意はねぇぞ、 この規模だとさすがにな、 他はもう接近して殴るしかねぇ」
それは流石に現実的では無いだろう
「調査隊を二つに分けても約五十人ずつです、 囲まれればあっという間に呑まれてしまう、 それにそうは言っても、 制圧武器もある程度近付かなくては意味が無い」
他に何か方法を考えなくては行けない、 傷付けず、 一網打尽にする方法……
「雷槌さん、 この敵の四軍ですが、 布陣する位置によって環境が若干異なる筈です、 この辺はもうほぼ更地の様ですが、 何か環境を利用出来ませんか?」
そうだな……
「よし、 先ずはこの作戦盤に周囲の環境を足して行こう……」
そうしてマジックペンで環境を書き足して行く、 甘樹駅の方面を『北軍』とした時、 含め四軍の状況を書いて行く
「先ず『北軍』だが、 甘樹駅方面で、 菜代の狙撃がここに届く、 実質ここは菜代の狙撃でどんどん数を減らせるだろう、 だから、 村宿と、 威鳴はそこ以外が良い」
確かに、 そうすれば少なくとも三軍に対して、 能力者を一人ずつ配置出来る
「『西軍』方面には村宿を当てる、 ここは環境的に言えば最も特徴がなく攻略が難しいが、 ただ一つ、 方面的に川が近い」
街の真ん中を流れる『甘樹河』が近い、 甘樹河は今も止まらず水が流れ続けて居る
「他と比べ土壌も水を含んで居るはずだ、 お前は水があった方が強い筈だ」
冬夜は頷く
「はい、 マリーは水があれば誰にも負けません、 意義はないです」
うん……
「ならば任せる、 そして次に『南軍』、 ここはシェルターに隣接した公園で、 植物園としても有名だった」
殆どの植物は以前の龍との戦いで燃え尽き無くなってしまい、 今となっては更地に近い、 しかし
「この植物園には、 アネモネや、 ユリ科の植物等、 球根植物も有名だった、 恐らく地面の下の球根は生きている物も多い筈だ」
「良いね、 新しく植える事も出来るけど、 元々の根っこが残ってるならそっちの方が断然良い、 行けるよな姉貴?」
威鳴が笑い、 その姉が余裕そうな表情で笑う
「よし、 そして最後に『東軍』方面だが、 こちらは繁華街に程近く、 ショッピングモールや、 パチンコ施設等が並んでいた」
そして
「それらの有る場所には漏れなく、 立体駐車場がある物で、 実際この周辺の施設は殆ど立体駐車場だった」
確かに、 あの辺は建物間も狭く、 ビルが多かったイメージで、 勿論、 立体駐車場が殆どだった
「立体駐車場は、 当たり前だが大量の車を収容する、 だが恐ろしいのは火災だ、 車は漏れなく燃料等の可燃物を搭載しているから、 立体駐車場で火災が起きた際は迅速に消化する必要がある」
そこで……
「殆どの立体駐車場には『粉末消化設備』があり、 まあ文字を読んで如く、 粉末を大量に噴射し、 熱に触れる事で炭酸ガスを起こし消化するものだが…… これを利用する」
雷槌は、 東側にもくもくと煙の絵を描き、 『東軍』に向けて矢印を描く
「この消化装置の粉末は、 基本的には人体に無害だが、 口や目に入ったり、 多量に浴びた時は流石に異なる、 ま、 例えるなら催涙弾みたいな物か……」
「つまり、 消化設備を利用し、 大量の粉末を『東軍』方面に放つと?」
雷槌は頷く
「季節的な風の向きも悪く無いし、 最悪、 催涙効果を発揮せずとも、 視界を遮る煙幕としては十分に効果を発揮する筈だ」
確かなそれならば、 誰にも大きなダメージを与える事無く、 制圧する事は出来るし、 正面から戦う必要も無い
「それに、 最悪時間稼ぎになっても構わない筈だ、 他三地点の制圧が終わるまでの時間稼ぎさえ出来れば俺達の勝ちだ」
確かに、 冬夜や、 威鳴等の力をフル活用すれば、 運良く言えば制圧も早く終わる可能性はある、 そのまま東側に回って貰う事も可能
難しい作戦だ、 大量の人数を二人ずつで制圧する冬夜や、 威鳴も、 その他二点も恐らく想像を絶する程激しい戦いになるだろうと思う
だが、 白紙の紙に描かれた、 細く、 小さくとも、 ここに道標、 作戦が示された
やる事が明瞭となり、 誰もの手足に力が入るのを感じる
ガチャリッ!
不意に扉が開いた、 会議に参加していない調査隊メンバー達であり、 見れば分かる
「全員、 準備を完了しました、 指示を頂ければ何時でも動けます」
雷槌は頷く
「土飼、 お前は北側の将に付け、 お前は切れ者だ、 菜代と連携を取り、 確実に数を減らして行け」
土飼は頷く
「分かりました、 北側は任せて下さい、 藍木の調査隊リーダーとしてきっちりと成果を出します」
「ああ、 俺は東側に付く、 消化装置による作戦は任せろ、 必ず成功させる」
これで、 不格好で、 不安要素だらけ、 それでも戦いに向ける意識は固まった
「土飼君、 雷槌君、 村宿君、 威鳴君、 調査隊のメンバー達よ、 外は任せる、 中は、 私と、 木葉鉢君に任せてくれ」
大望吉照が一人一人に目を向け声を掛ける、 凄い、 彼の声は力が有る、 まさに人を導いた政治家、 このシェルターの王だ、 力が入る
「はい、 戦ってきます…… ははっ、 泣き言や弱音は吐きません、 絶対に勝って来ます、 だから、 中は任せます」
うん
これは、 誰の戦いだ?
俺か? 彼か? 何処かの誰かか?
違う、 皆だ、 皆の戦いだ、 皆が力を合わせて、 皆が息を合わせて、 大きな円になって戦う
誰か一人に任せてはいけない、 皆で、 皆で……
「皆で勝ちましょう! 皆で勝利を、 大切な物を、 守るべき人を、 街を、 守りましょう!」
土飼は気が付けば声高々に人々を鼓舞していた、 誰もが心中に、 悔しさ、 悲しさ、 怒り、 そして人としての想いが有る
誰だって譲れない物が有る、 その為に……
「おーっ! 戦うぞっ!」 「絶対に負けないぞっ!!」 「俺がみんなを守るんだっ!」
…………
これが、 人の強さだ、 支配では無い、 それぞれが、 それぞれの意思で手を伸ばし、 皆が皆でひとつになる……
かくして戦いは始まる、 武器を持つ者は仲間を纏め、 シェルターゲートへ、 人を導く者は、 その声をあげ人を纏める
もう、 これ以上奪わせない、 これが……
「俺達の、 最終決戦だっ!」
誰がその拳を天に向け、 勝利を心に強く願った……………