第百二十四話…… 『最終章、 下編・10』
はぁ………
ひゅ~
今日は風が少し強い、 雨こそ降って居ないが、 雲が多く、 点々と覗く青を遮っている
背の高いビルの上、 甘樹駅前に聳える、 甘樹ビルの屋上にて、 空を眺めながら、 深い溜息を零す女性が居た
菜代望野だ、 彼女は昨日も此処で、 こうして何もしない時間を過ごして居た
それは何故か……
そんなの決まってる、 帰りを待ってるからだ……
「……サンちゃん、 何時になったら帰ってくるの? ……このまま私を一人にする気? そんなのって酷いよ……」
普段はお姉さんを演じる彼女だが、 周りに人が居ない時、 彼女の心は一人の少女の様になる……
一昨日の夜、 甘樹シェルター攻防戦、 大量のモンスターがこのシェルターを目指し襲いかかって来た大事件
彼女は、 ここ、 甘樹ビルの屋上から、 主に危険な鳥型モンスターを排除していた
実際、 対空には弱いシェルターにおいて、 鳥型モンスターの討伐を可能とする菜代はとても強力な存在だが
それもこれも、 菜代と普段共に過ごす一体のモンスターの協力無しには成し得ない功績である……
しかし、 その戦いの最中、 突如現れた血色の魚群、 人の形をした何かによって彼女の言う、 サンちゃんこと、 鳥帝士族・金轟全王落弩は連れ去られたのである
「……サンちゃんは強いから、 無事何だよね? 私は信じてるよ、 だから、 早く帰って来てよ」
彼女の願いは、 ビルの屋上に吹き抜ける、 強い風に攫われる様に溶けて行ってしまうのだろうか……
…………
いや、 風が運び、 届けてくれたようだ……
バサッ バサッ……
羽音、 懐かしさすら感じる、 この………
「望野は周りに人が居なくなると話し方が可愛くなるよね…… 相変わらず」
っ……
顔を上げた先に、 雷光を纏い、 滞空する一羽の雷鳥の姿があった、 紛れも無い……
「サンちゃんっ!」
「……や、 帰ってくるのが遅くなったよ、 ただいま、 望野」
雷鳥に雲間から光が指す、 菜代望野は重い腰を上げ、 光指す所へ歩く
っ!
「サンゃぁあああああんっ!!!」
泣き腫らした顔で飛び付く菜代、 その姿はまるで子供の様だ
「あははっ、 情けないな~」
…………
その後暫くそのまま泣いて、 その後落ち着いて、 一息着くと、 菜代は取り繕う様に冷静さを醸し出した
「………おかえり、 遅かったね、 全然心配して無かったけど……」
「あはは…… はいはい、 ただいま、 ちょっとゴタゴタに巻き込まれてね」
ふーん
「解決したの? そのゴタゴタ……」
雷鳥は笑う、 そして首を横に振る、 否定だ
「違うよ望野、 これからだ、 これからもっと事は大きくなる、 僕達は昨夜、 魔王を止められなかったんだからね」
?
「何? 何か始まるの?」
雷鳥のただならぬ気配に、 菜代は警戒感を強める、 それは彼女が多くの戦いを経験して、 培われた感覚からそう思った
「勝っても負けても…… 最終決戦だよ、 この街の、 いいや国の、 ううん、 この世界の命運を掛けた……」
えっ………
「望野、 話は後だ、 取り敢えずシェルターに行こう、 多分、 向こうも向こうで、 主要メンバーは揃ってる筈だから」
? 主要メンバー………
「………まあ、 良いわ、 こう言う時は考えずに言われるがままにするのが一番、 えぇ、 行きましょう」
「うん、 そうしよう、 急いで始めないとね、 魔王に勝つ為の、 作戦会議を………」
菜代望野は、 雷鳥との再開の喜びも冷めぬうちに、 二人歩き出す、 目指すは甘樹シェルター、 会議室だ……
……………………………
……………
……
う…………… ん………………
何やら、 赤黒い様な、 色の果実、 やたらと甘い匂いを放つそれは、 獲物を誘う為の罠にしか見えない
これを………
「ねぇ…… 本当にこれで冬夜が助かるの? 食べさせて大丈夫なんでしょうね?」
空中に、 水の塊がふよふよと浮いている、 良く見れば小さな少女の形を取っているそれは、 水の妖精、 この世界に昔から存在する神秘、 その一体だ
彼女は、 今手元に有る果実と、 そしてベッドに横たわる重症の傷を持つ親友、 村宿冬夜を交互に見た
「ふふっ…… 怪しいでしょう? 私は行為で行って居るだけです、 でも疑うのも仕方の無い事…… その果実を冬夜くんに食べさせるかどうかは、 親友である貴方におまかせします」
この女………
水の少女と話すのは、 一見どこにでも居る女性で、 見た目は知的で大人っぽく見えるお姉さんだ
だが、 この怪しげな果実を渡して来た張本人であり、 この女を信用出来ない理由は、 この女が昔、 人を騙し喰らう、 悪性の妖怪だった事だったからだ
「以前も言ったでしょう? 私は千早季以外は愛しては居ません、 これはただのよしみである貴方の為の情けです、 うふふっ」
……………
ったく
「そう言う貴方は、 その彼に挙げないの? 果実を」
慈愛の神とも呼ばれていた、 果実を渡した女性、 彼女が寄り添い、 その身に触れる男、 威鳴千早季
女性の言う通りなら、 姉弟になる関係の筈だが…… かくいう彼も共に目を覚まさない様だ、 しかし、 その果実を食べさせる素振りは無い
「ふん…… えぇ、 もう死んでますからね、 千早季は」
え?
なんて事の無いように言うので驚いてしまった、 確か脳死の状態と言う話だった筈だが…………
「この肉体は既に腐って居ます、 例え意識を起こしても、 以前の様には行かないですから…… もういっその事新しい物に変えた方が良いんです」
新しい…… 物?
「ふふっ、 千早季、 起きて、 もう朝よ」
……………
ゴリゴリッ…… バキバキッ………
!?
威鳴の耳元で、 朝の訪れを誘う小鳥の様な囀りで、 命を吹き込む様なその言葉が鳴った後、 直ぐに、 生命は躍動する様に
威鳴の腹が膨らみ、 グシャリッと、 突き破って何かが出てくる、 それは木だ、 威鳴の、 肉体を栄養として生えてくる
ガランッ……
大きな果実を付けている、 ここまで来たらだいたい理解出来る、 この果実の中身は………
ベチャッ………
果実が落ちて、 実が潰れる、 その中から顔を覗かせる……
「おはよう、 千早季」
「あぁ…… おはよ、 姉貴」
威鳴千早季だ、 生き返り…… いや、 生まれ変わりか? 何にせよ……
っ………
「きっ、 もっ!? きも! きもきもきもっ! うっわ最悪っ! 最低最悪の妖怪のままじゃないっ」
あら?
「酷いですね~ 良いじゃないですか、 愛は不滅って言うでしょう? 私は何時までも、 何時までも、 ずっと……」
ふふっ
産まれたばかりの、 一糸まとわぬ威鳴の身を、 慈愛の神は撫でていく……
「この子の、 姉、 ですから…… うふふっ~」
「はっ! 触んなクソ姉貴っ!!」
産まれたばかりは意識が朦朧としているのか、 威鳴は自分を取り戻した様に姉を遠ざけ始めた
「…………まあ、 良いわ、 力の証明にはなったもの、 ありがたく使わせて貰うわ」
グシャッ……
水の少女が果実を潰す、 意識の無い冬夜の口に運ぶにはこれしか無い
潰れた果実の汁が水の少女に混ざって行く、 果実水の少女となった
「私がこのまま冬夜の口の中に入れば解決ね、 じゃあ行くよっ!」
ばしゃんっ………
果実を取り込む、 その果実が、 肉体を作って行く、 補填して行く、 大怪我がみるみる内に治る
ごぼごぼっ…… ばしゃんっ!
「! どう? 冬夜っ! 目が覚めた? ………」
口の中から飛び出して来た水の少女、 焦った様にベットへ横たわる冬夜を見下ろして……………
ピクピク……
瞼が痙攣した様に震える、 小さな唸り声を上げて、 彼の目は世界を捉える、 天井…………
?
「あれ…………… ここ、 は…………」
!
水の少女は冬夜の視界へ侵入し、 クルクルと舞って見せる、 冬夜の目がそれをしっかり追い、 笑い口角が上がる
「ははは…… 機嫌が良いみたいだね…… マリー、 おはよう」
ぅっ!!
「!!! 冬夜っ!!」
バシャンッ!
まるで水面にダイブするかの様な、 喜びに満ち溢れた音と共に、 水の少女マリーは、 冬夜に飛び付く
………
その後駆け付けた医者により二人の無事は隊員へと伝えられ、 順に、 土飼へと伝わった
二人は、 歓喜の顔を涙で濡らす土飼のおっさんに少しヒキつつも、 再会を喜んだ……
村宿冬夜、 威鳴千早季は目を覚ました、 さぁ、 今こそ……
「……二人とも、 目が覚めて直ぐで済まないが、 作戦会議を行おう、 今回は、 二度と悲劇を起こさぬ様、 徹底的に……」
そして、 その後会議室には、 この街の行く末を担う、 錚々たるメンバーが久しぶりに、 一堂に会し、 作戦会議を行うのだった……………
……………………………………………
…………………………
………
シェルター内の南側に、 殆ど人の使用しない空間が有る、 電気は最低限で薄暗く、 決して汚くは無いが、 掃除が行き届いて居ると言う訳でも無い
「ホコリが落ちてる…… 俺の部屋と一緒だな、 まるで気にならない」
そこは留置所だった、 悪い事した奴が行く所だ、 ここを管理しているのは警察機関では無いけど、 この街では調査隊が治安機関何だから似た様な物だ……
いや、 しかし………
「暇」
暇だった、 部屋も簡素な机に、 椅子、 布団、 床は畳だ、 良いものを使ってるのか少し香る
トイレはわざわざ外に出ないと行けないのがネックだが、 部屋の数下水管を伸ばすのも大変だろうからこんなもんだ……
あぁ……
「眠る以外にする事が無い……」
ここに入れられ数時間? 時計が無いので不明だが、 それくらいは経ったと思う、 物凄い静寂なのに、 落ち着かない
ここに入る位だったなら、 殺しなんてしなければ良かったと本気で思いそうになる程の苦痛だった
って、 言うか……
「これ、 殆ど無意味だよな…… だって俺だったら余裕でぶっ壊せるもん、 この扉……」
能力を使えば良いだけだ、 扉どころか部屋ごと吹き飛ぶかもしれないが、 破壊は今更すぎて何とも思わない……
でも………
「大人しく、 大人しくしとくか……」
寝転がり、 目を瞑る………
……………
煩い
静寂の空間の中で、 だからこそ頭の中が煩い……
『……どうか娘を助けてあげて下さい』
願い
『……お兄さん♪』
怒り
『……人の社会は現存している』
縛り
『……人殺しっ!』
誰かの声
『……生きて』
託願
『……私は、 お兄ちゃんが生きてて良かったって、 思うよ』
許し
『……わりぃ、 後は頼むぜ、 日暮』
継承
『……私、 日暮さんが好きです』
これは………………
………
目を開ける、 やっぱりダメだ、 寝る以外にする事が無いのに、 とても眠れる気がしない
はぁ………………
無意識的にナタに手を伸ばす、 何時もと変わらないナタだ、 骨が巻きついた事で歪に湾曲している
「………なぁ、 なんだと思う?」
まさか、 ナタに話し掛けて居るのか? だが、 良く思えば、 このナタが、 日暮とずっと共にあった事は確かだ
日暮の牙であり、 闘争心や、 殺意を向ける際のその発する場所でも有る、 日暮が浴びる血は、 このナタの浴びる血でもある
それとも、 もしかしたらこの巻き付いた骨、 その元の持ち主、 始まりの戦いの、 暗低公狼狽へと問うているのかもしれない
しかし、 その声も届く事は無いだろう、 あの鳥頭は既に旅だった、 この骨は、 既に日暮の一つとして完成している
「……俺は、 どうすれば良いんだ、 今の俺に何が出来るんだ? 俺は………」
タンッ…… タンッ………
足音だ、 存在感を感じる様な、 日暮は思わず体を起こす、 そうしている内に足音は、 日暮の居る部屋の前で止まった
コンコン………
「……………はい? 誰ですか?」
日暮の問いかけに、 足音の主は一拍置いて声を発した
「やぁ…… 私だりょ…… 皇印龍セロトポムだょ…… 覚えてりゅかい? 昨晩にょ………」
この声、 それに話し方、 昨晩、 魔王の領域内にて現れ、 日暮達を領域の外へ出してくれた人だ……
「あぁ、 はい、 覚えてますよ…… えっと、 あ、 でも…… ごめんなさいここは外鍵で、 内からは開かないので……」
「はは…… 良いよ、 声だけ聞いてくりぇりぇば…… しょの方が良いかも」
?
扉越しになる話、 それ抜きにしても、 皇印龍セロトポムの声は小さく、 弱く聞こえた
「……少し、 無様にゃ格好をしていりゅかりゃね…… 早速だけど、 昨日にょ、 あにょ後の事を話しょう」
確かにそうだ、 あの後領域内ではどうなった?
「………君達が、 領域にょ外へ出た後、 私と、 血魚君で魔王と戦ったんだ、 勇者君は死んでいたかりゃね」
ナハト、 死んだのか………
別に悲しむ様な間柄でも無い、 日暮からしたら出会いは突然だったし、 特段仲が良くなった訳でも無い
世界の真実を、 この騒動の真実を、 自身が犠牲にして来た、 そして切り開いた今と言う瞬間を、 ナハトは日暮に伝えた、 それだけ……
ただ、 一つだけ言うなら、 ナハトの血に染まった覚悟を、 日暮は無下に、 下らないと笑う事は出来なかった、 確かに継承された意識だった
「しょれで、 血魚にょ彼と粘って粘って、 戦い続けた、 でもごめん、 逃げらりぇた…… しょの上、 流石は特別製にょ魔王、 私も削られた……」
そうか……
「居場所は分かりゅ、 でも、 私はもうダメりゃ…… 私はもう死んでいりゅんだよ」
?
説明によると、 今ここに居るのは、 藍木シェルターのリーダーを務めて居る、 元議員の、 大望吉照の能力である降霊術による物で
前に能力の話は聞いたが、 死した魂を呼び、 生前の存在定義を与える能力出そうで、 基本的に呼ばれた存在は言われなければ死人だとは思わない
大望さんの傍にいつでも仕えるメイドさんも、 その能力により呼び出された存在なんだとか……
そして、 その能力の性質として、 呼び出す存在はランダムであり、 降霊者が壊れれば、 存在定義も破棄され消えてしまうと言う
「こりぇでも、 結構凄い龍にゃんだけど、 流石に生前にょ様には行かにゃくてね、 だかりゃもう間もにゃく消えるよ」
そうか……
「血魚にょ彼は、 しょの後姿を消したし、 まあ、 何処かに居りゅと思うけど……」
声が弱くなっていく
「明山日暮、 君は、 例え、 この扉にょ外へ出た時、 もう一度、 魔王と戦う覚悟はありゅかい?」
ある、 と、 即答したかった、 でも直ぐに声が出なかったのは、 別に怖いからじゃない、 勝てないと悲観している訳でもない
答えが出ないからだ……
「……なぁ、 俺は、 何を思って魔王と戦ったら良い? 戦いが楽しいからか? それとも両親の復讐か? ナハトの悲願を果たす為か? この街で暮らす人々や、 妹の為か? ……フーリカの為か? 分からないんだよ」
みんな、 日暮の背を押し、 ここまで日暮を連れて来た物だと、 分かっている、 でも、 元々進み続けた道があった
進みたくて只管に歩み続けた道があった、 分からない、 果たして、 皆に背を押され、 どんどんと進んだ半ばで、 今、 道の上で疑問に思った
「……俺は、 今の俺が居るのは皆のおかげだ、 でも、 俺が戦えるのは、 俺の進む道の為だ」
分かる、 きっと激しい戦いになる、 最後の決戦になる、 それが分かっていて、 だがらこそ……
「俺は、 俺が戦いの果てに辿り着く為の、 かの地に行き着く為の戦い、 その道を進む俺と言う命の戦いじゃなくて」
「皆の想いを背負って、 背を押され、 声に生かされ、 それは全然違う道何だよ、 俺には分かるんだ、 この道を進み、 辿り着く場所は、 亜炎天じゃない……」
亜炎天は、 血が沸き立ち、 戦い、 戦い、 戦い、 戦った先で、 死しても尚、 その戦いの意思が消えること無く、 最後に辿り着く究極の戦場だ
一般の魂では辿り付く事の出来ない、 天国でも、 地獄でも無い、 人の心を死と共に捨て、 苦しみを怒りへ、 怒りを闘志へ、 闘志を笑いと喜びへ、 同じ者達と只管に殺し合い、 最強を決める
邪気血みどろ溢れる、 戦士達の楽園……
日暮の戦う理由はそこに行き着く為だ、 これは覆し様もなく、 変わる事無く固定された強い意志
全ての戦いが、 日暮にとって、 亜炎天の地に辿り着く為の道程に過ぎない
だが……
他者の意志を代弁し、 掲げ、 想いに背を押され、 人の為に、 誰かの想いの為に、 戦う事は、 そんな日暮の思い描く戦いとは大きく足を踏み外した戦いだ
その戦いに勝ち、 心を燃やして、 犠牲になった、 そして今を生きる希望有る人々の為に刃を振るった時、 日暮が辿り着くのは亜炎天では無い
天国や、 地獄と言った有り触れた所だ、 退屈で、 つまらない、 慈愛も、 罪と罰も、 生きていたって有り触れてる
死んだって、 変わらない景色が目の前に広がっていると思うだけで吐き気がする、 戦いを望み、 戦いのない世界に絶望し、 戦いに焦がれた日暮にとってそれは最低最悪の死だった
「……でも、 簡単には捨てられないんだ、 父に生かされ、 母に生かされ、 フーリカに生かされ、 ナハトに生かされ、 俺の人の部分が背負って戦えって言うんだよ」
こんな事を誰に話したって、 伝わる訳は無い、 理解する物等居ない、 ある人からすれば、 悩む必要の無い事で、 ある人からしたらそんな選択肢は端から無いのだろう…………………
静まり返って居た、 元より顔を合わせて話していた訳では無い、 初めから独り言だった様に
ただ静寂の、 鋭い様な空気が日暮の耳を刺した、 耳鳴りがしている、 煩い程に……
………………………
待てども、 待てども……………
…………
いや
諦めそうになった時、 漸く声は返ってきた……
「君は、 しょの答えを既に理解して居りゅだろ?」
………え?
………………………
それだけだった、 その後ついぞそれ以上の声は返って来なかった、 もう居なくなったのだと理解する頃
日暮はまた布団に横になった、 目を瞑る、 目を瞑ると、 さっきまでの静寂は嘘だった様に色んな音が、 声が耳に付く
だが、 答えが出た筈では無いのに、 日暮はその頭の中の煩い音を、 今度は噛み締める様に、 反芻する様に繰り返した
それは、 答えを出す…… いや、 選択する覚悟を、 人知れず固めたからだった……
…………………………
………………
……
それから、 その日は何も無く過ぎていった、 誰にとっても、 まるで普通である事を誇示す様に、 ただ過ぎていった
その過ぎていく日々の中で、 目を覚ます人、 再開を喜ぶ人、 これからの行く末を倦ねる人、 何も知らず変わらぬ日々を過ごす人
色んな人がここには居る、 また日が暮れる、 闇が迫ってくれば震える、 闇の暗さに目が慣れて来れば、 小さな光に集まり語る
皆足を止め、 進む事を止める、 それで良い、 進めない時に無理に進む事は無い、 今は、 そう、 誰にとっても休む時なのだ
養え、 体力を蓄え、 明日、 日が登ったならば、 また、 歩き出せば良い……
………………
だが、 闇の中でこそ、 動きを活発にする物、 暗くなって初めて行動を始める、 息を潜める物は居る……
サァ………
「……魔王様、 どうやら皇印龍はこの世界から消滅した様です、 明山日暮に最後何かを伝えた様ですが、 内容は定かでは有りません」
うん
「ありがとう、 牛見おばさん、 そうだ、 生き返らせるのが遅くなってごめんね?」
魔王少女だ、 その傍には、 日暮の父を殺した女、 一度死に、 魔王によって生き返らせられ、 服従を誓い、 魔王軍の一部へとなった女、 牛見が居た
「いえ、 その様な事で謝る必要はございません、 夫共々、 また魔王様の為に戦える事、 嬉しく思います」
そっか……
「じゃあ、 そろそろ始めようか…… ねぇ、 牛見おばさん、 この街近辺にどれだけの人が暮らしていたか、 知ってる?」
「はい、 確か凡そ十万人強と言った所でしょうか?」
そうなんだ……
「今回の騒動で沢山の人が亡くなったよね、 どれくらい亡くなったかな? 一万 二万?」
「さぁ…… 分かりませんが、 統計ですので、 結界の外に居た者、 又は、 どこかでひっそりと生きている者が居るでしょう、 しかし、 そうとしても結構な数かと」
うんうん……
「皆、 生きたかったよね? 死にたくなかったよね? 生き返れるなら、 生き返りたいって皆思うよね?」
「はい、 魔王様の仰る通りです、 一度死した私が言うので間違い有りません」
ふふっ……
魔王少女は笑う
「そうだよねっ、 そうだよねっ! だったらさ、 皆、 み~んな、 私の力で生き返らせようよ! そうしたら素敵だよね!」
ぱちぱちぱちぱち……
牛見がこれみよがしに手を叩く
「その通り、 その通りです! 魔王様の慈悲深きお心、 この牛見、 今にも涙がこぼれそうです……」
ふふっ
「と、 言うことで、 やろうか……」
二人は外に出る、 外の空気を浴び、 暗闇の中にて浮かび上がる、 それは洞窟だった
「大蛇さんが、 この子と一緒に暮らしてた洞窟、 お兄さんがこの子に手を差し伸べた洞窟、 二人の出会った場所……」
タッタッ……
「魔王様、 各地点で準備が整いました、 何時でも開始出来ます」
外で待機していた牛見夫が魔王へと話し掛ける、 魔王少女は彼に微笑みかける
「牛見おじさん、 ありがとう、 じゃあ早速………」
ふわぁ………
魔王少女が浮上する、 その高度はどんどん高く、 この街を見下ろせる程の位置へ、 月にその影が被る
キラン キラ
魔王少女へ向けた魔力の流れが光の様に捉える、 それはこの街の各地に散らばった彼女の部下、 即ち生き返った軍団、 魔王軍の者達からの合図だった
「例え『魔王』でも、 その規模の魔法を扱うのは骨が折れる、 それに非効率的だ」
だったら
「皆と、 私を繋げる、 街に散らばった百人前後の部下を起点に魔法を発動すれば良い」
魔力を練り、 形にするのは魔王がやるが、 それを繋がった部下達に、 発動として託す事により、 無理なく行える
「ま、 昨晩の戦いのせいでも有るんだけどね…… さて、 皆と繋がれた、 うん、 この街全てを覆うに足りるね」
さぁ……
スッ…………
魔王が手を前に、 掌を街に、 下方に向け、 魔力を捏ねあげる、 それは、 モンスターが溢れ出し、 この街で蹂躙し、 無惨にも殺された人々達に向けた……
「魔国式結界・炳霊咖彩」
死者蘇生の力、 唱えた途端、 魔王少女から溢れ出す光、 それは、 魔王少女へと繋がった部下への魔力線を伝い、 見下ろす街へと降って行く
倒壊したビルの根元で、 潰れた住宅街の真ん中で、 集合団地で、 学校や、 体育館、 停止した道路、 地下空洞に至るまで
ありとあらゆる場所に、 光は注がれて行く、 それはどんどん広がり、 街全体を飲み込み、 照らしあげる程に
光は地を這い、 まるで執拗に獲物を追い立てる様に、 嗅ぎ当てる獰猛な獣の様に、 そこには死体がある
どれだけ腐食していようが、 どれだけ崩れてい居ようが、 蝕まれて居ようが、 食われ骨や、 血肉となって居ようが
そこにほんの少し、 生きた肉体的証拠があるのなら、 光は群がり、 もう一度、 生を与える………
「さぁ、 起きて、 私と一緒に戦おう…… 魔国式結界・永榮鎖鞍」
ギョ……
二万程かもしれない、 今、 屍と化し、 風化し、 誰からも忘れ去られた人々の、 肉体が再生し、 魂が引き戻される
次々と体を起こした人達へ、 魔王少女が服従させる、 超大規模な魔王軍の結成……
あぁ……
「皆、 聴こえる? 元々起きてた、 魔力発動の起点となった百人には『将』の位を与えるよ、 付近の兵を纏めて」
魔王少女は指示を出すと地面へと降りていく、 地面にて迎えた牛見夫婦へと笑いかける
「二人には、 『魔王軍四天王』の二席を与える、 他二人は当てが有るけど、 まあ何にせよ、 二人には『将』への指示ををお願いするね」
っ
「御意っ!」
「御意のままにっ! 必ずや魔王様の描く世界をっ、 そして、 明山日暮の首を取って参りますっ!」
………………
うん
「お兄さん…… そうだね、 お兄さんは必ず来るよ、 ここに、 でも、 そこまで言うならお兄さんの命は任せようかな、 私を後悔させないでね?」
「はっ! 必ずや!」
魔王少女は夜の空を見上げ、 笑う
「ふふっ、 それじゃあ、 明朝、 全兵力を持って、 シェルターの陥落、 そして避難者の殺害を行う」
牛見夫婦が頷く、 町中の至る所から承認の信号波が届くのを確認した
「では、 それまで各自、 明日に備えて休んでね、 それじゃ、 おやすみ」
そう言うと魔王少女は洞窟の中へ歩く、 まるで知っている様に、 思い出すように、 そこで彼女は眠りに着く
恐ろしい夜が明けるまでは、 まだまだ長い黒の時間、 帳は降りたばっかりだ……




