第百二十三話…… 『最終章、 下編・9』
はぁっ! はぁっ! ………
はぁっ!
ダンッ!
背中に感じる熱は凄く小さくて、 それでもほんの少しだが肩に掛かる息には少しだけ温もりがあって、 それだけが自分を走らせた
ひび割れた地面も、 邪魔な障害物も、 全部が鬱陶しかった、 全部が自分の前に立ちはだかる障害だった
それでも足を止めなかった、 それでも走り続けた、 止まる選択肢は少しも無かったから、 諦めてはいけない、 皆がこの背を押してくれた、 その温もりが冷めない内は
絶対に止まる訳には行かないっ!
息も絶え絶えで駆け抜けて、 フラフラの足取りで、 それでも目の前に漸く見えてきた大きな建造物……
シェルター、 昨日の明朝、 逃げる様に飛び出して、 随分と久方ぶりに感じる、 その敷地を超えて行く
走って、 最後まで震える足を叩きつけて、 地面を蹴って、 そして……
っ!
ドンッ!!
漸く着いた、 シェルターのメインゲートを拳で思い切り叩き付ける
「誰かっ! 誰かっ! ここを開けてくれっ! 中に入れてくれっ!! 誰かぁっ!!」
日暮の声を警備員が聞きつける、 焦った様に開かれる扉
ガチャッ
「どうされましたっ…… って貴方は明山日暮さん!」
よく分からないがこちらの事を知っているらしい、 だったら好都合だ、 頼む、 頼むから……
「っ! フーリカをっ! 医務室にっ」
っ!?
背中のフーリカを見ると目を見開く、 右腕が肩の辺りから無くなっていた、 その際に溢れた血が衣服を汚している
「っ! お待ちをっ、 こちらメインゲートっ、 負傷者一名っ! 至急タンカーの準備をっ!」
っ……
あれ?
視界が霞む、 目を開けて居られない、 全身が疲れを思い出した様に、 やばい、 立ってられな………
ドザッ……
っ!
「大丈夫…… すか! 明や…… さんっ! おい! 負傷者…… もう一人っ………」
その声が耳に届かなくなっていく、 その内に日暮は完全に意識を失った………
………………………………
……………
……
きりりりり……… きりりりり……
ザッ
チュンチュン………
時が立っていく、 どれだけの犠牲も、 どれだけの涙も、 どれだけの想いも、 全てを知らない様に
星は周り、 雲は形を変え、 風は草木を揺らし、 空は色を変える、 夜明けだ
どんな世界にも、 等しく、 平等に光が降り注ぐ、 暖かく、 穏やかで……
目を瞑りたい程の現実を、 過去に葬った汚れた足跡を、 見ろと、 まるで掲げる様に、 重い瞼に飛び込んで、 辛く苦しいだけの憂鬱に目を向けろと、 照らしあげる
閉じても閉じても、 光はどんどん強くなり、 隠れる陰は燃やされて行く、 どうしてこんなにも生きるのは辛いのか、 どうしてこんなにも痛みを伴うのか
どれだけ考えても答えは出ない、 そう言う物だと達観する、 生きる事は、 死ぬ事よりも辛い事なのかもしれない
それでも………
夜は開けた、 暗がりに進む道は照らされる、 そうして思い出す、 自分は未だ、 道の半ばに立って居るのだと
ここまで、 多くの犠牲を乗り越えて、 道を固め、 喉を潤し、 心を潤し、 どれだけの想いに背を押され進んで来たのか
弱音は遠くに去っていく陰に置き去りのまま、 どこかへ行ってしまう、 すると急に光は、 温め照らす希望となる
進み、 進み続ければ、 今度はこの歩みを止める闇を怖がる、 光を欲する
暗くなれば止まれば良い、 休めば良い、 疲れたなら休憩すれば良い、 光が指したならゆっくりでも良いから歩めば良い
転んだなら立て、 それでもっかい歩き出せ
自分が、 託された想いを、 無駄にしたくないと思うなら、 まだまだ足を止めたくないと、 きっとあると信じる終着点が、 立ち、 睨みつける先に確実に辿り着くと願うなら……
さぁ……
目を開けろ、 朝だ、 その進む道が照らされ見えたならば、 立ち上がれ、 止まりたく無いのなら、 さぁ、 前進の一歩を踏み出せっ…………
……………………………………
……………………
……
んっ……………
霞む、 重い瞼を何とか持ち上げる、 見上げる天井は、 人工的な光を薄らと放ち、 その命を照らす
自分は生きている………
あっ、 あぁ……………
「こ、 ここは…………」
?
足音が聞こえる、 薄いカーテンがレールを走ると、 一人の男が顔を覗かせた、 確か医者の男だ
「あぁ、 目が覚めたかい? 明山日暮君、 君も良く医務室に来るねぇ、 どうだい? 体は」
体…… いや、 特に異常は無い、 全て治っている、 ナタに巻きついた骨が異常なく傷を治すから、 自分は無事だ……
自分は…………
っ!
「フーリカはっ! フーリカはどうなったんですかっ!」
医者の男は、 誰にも平等な、 怒りも、 楽観も含まない、 医者の目で日暮を諭した
「正直厳しい…… 何があったかは分からないけど、 吹き飛んだ右腕から恐らく大量の血が流れただろうし、 断面も腐った様に成っていた」
っ………
「でも、 不思議と血は止まって居るし、 苦しんでも居ない、 意識も暫く戻らないだろうけど、 今は点滴を打って居る所だ、 弱弱しいが息もしてる、 後はもう運かな……」
はぁ…………
「…………俺のせいです、 フーリカは俺を助ける為に………」
「うん、 勘違いをしないでくれ、 私は医者だ、 ただ患者助けるだけ、 それが善良な人でも、 悪人でも、 君の罪を聴くのは私じゃない…… 今暫く休みなさい」
軽く日暮の心臓の音や、 瞳孔を見ると、 人に声を掛けてくると手を挙げて去って行った、 日暮は無機質な白い壁を見つめる
ただ、 何も考えたくないと、 疲れと憂鬱さが肩にのしかかる、 倒れてしまう様な重圧に
それでも……
ガチャンッ………
医務室の扉が開く、 そこから顔を覗かせた、 その目が日暮を捉えると固まる
日暮も呼吸が止まるかと思う程に、 全身が硬直した、 何度覚悟を塗り固めても、 いざ目の前にすると全て崩れ落ちてしまう
あっ……
口を開けど、 喉につっかえて出てこない言葉、 どんな言葉も嘘くさくて、 そんな日暮よりも先に、 彼女は口を開く
「お兄ちゃんっ!」
っ……
そう、 呼ばれただけで、 日暮は震えた、 何故なら、 日暮は彼女を、 茜を置去りにした
冷たい言葉をぶつけ、 背を向けた、 泣き叫ぶ妹を、 更に傷付ける様に、 言葉が刃になるなら、 あの時茜は心から傷付いたという事は今なら分かる
自分は、 どうかしてた………
………
無意識的に目を逸らしてしまった、 本当に情けなくて、 それでもその目を見ていられなかった、 本当は自分から声を掛けて謝らなくては行けないと、 分かっていても…………
たっ…… たっ……
足音が、 近づいてくる、 躊躇う様に、 距離を測る様に、 その間が重苦しかった
ぎぃ……
備え付けの丸い椅子が引かれ、 茜がそこに腰を下ろした事が横目でも分かった……
日暮には、 勇気が無かった、 だから、 またしても先に口を開いたのは妹だった
「………お兄ちゃん、 ………どう? その…… 体は? …………」
溢れ出して来る言葉を、 濾して、 更に濾して、 丁寧に、 角を無くして、 出てきた様な言葉だった、 少しの沈黙の後に、 日暮は唾を飲み込む
「………あぁ、 何とも無いよ、 その……」
日暮はやはり、 単に言葉が出なかった、 何を言ったら良いか分からなかった、 医務室の中には重苦しく、 しかし、 他の誰にも感じる事が出来ない二人だけの空気が漂っていた
「………………そう、 ………あのさっ、 あの ……… あのさ………… お父さんとっ、 お母さんの事、 何だけどさ………」
裏返った茜の声が、 日暮にはしっかりと届いた、 それはそうだ、 茜は実際に二人を見てない、 日暮の嘘かもしれない
だからこそ、 傷付ける事になっても、 嘘だけは付かず、 苦しくても、 真実を伝えなくちゃ行けないと思った
はぁ………
「……二人は、 死んだんだよ、 っ、 俺を助ける為にっ…… 二人は最後まで、 死んでまで…… 俺を……」
ぐっ……
拳を強く握る、 思い返すだけで、 あの時の事が鮮明に思い返される、 鼻につく血肉の焼ける匂いと、 魔王少女の笑顔、 父や、 母の言葉……
怒りが、 今までそうしてきた様に、 忘れない、 苦しみを記憶し、 何度も思い出す事で、 乗り越えていく、 怒りが、 湧き上がる様な怒りが…………
怒り………………
いや、 違う、 あの時もそうだった、 怒りより先に溢れ出す感情があった、 溢れ出す熱があった
でも、 それが溢れ出してしまったら、 二度と立ち上がれないと思った、 だから、 叩き付けて、 沈めて、 無理やりに怒りで誤魔化して、 地面に張り付いた体を叩き起した
怒りだけがこの身を前に進める事が出来た、 勇気? 違う、 逃げる為だ、 結局怖かったんだ、 誰かに責められる様が
だから茜にも冷たく当たった、 非難されるよりも速く、 強く、 突き放さなくては行けないと思った
最低だ、 勝手に出て行って、 勝手に笑って、 殺して、 両親が心配して来る事だって今となってはそんなに不思議な事じゃない
殺すのに笑って、 殺されらば怒って、 自分が非難されれば弱いふりをして、 他人のせいにして、 皆同じ世界で、 隣合う人達と肩を縮めながら譲り合って生きてるのに
自分だけ、 自由を謳って、 他人の迷惑も考えずに振り回して、 叫んで……
「二人が死んだのは、 俺のせいだ、 俺の身勝手で二人は死んだんだ…… お前が怒るのも当然だ、 許せないのも当然だ……」
当たり前の事だ……
「俺は、 自分で勝手に描いてた強くて、 凄い存在なんかじゃ無くて、 俺は、 何処までも弱い、 弱いんだっ」
「父さんや、 母さんの方が、 余っ程強くて、 俺はそれを否定したかったんだ、 父さんや、 母さんだけじゃない、 俺以外の人間は、 俺よりも皆強くて」
「だから、 俺は戦う事にしたんだ、 だって皆戦えないから、 これは俺だけが出来る特別な事だって思ったから」
「この世界では、 俺が一番強くて、 誰にも負けないって…… でも違った、 結局強かったのは、 俺以外だったんだっ」
自分の弱さが、 人を殺すんだ、 自分の弱さが、 父や、 母を殺したんだ
分かりきった事だ、 分かりきった、 醜悪さ、 軽蔑し、 距離をとる程の、 思わず身を引く程の
汚くて、 穢らわしいくて、 そんな存在、 誰もが距離を取る、 誰もが忌避する、 この世のどんな汚れも、 自分には綺麗に見える程
「俺のっ、 俺の心が弱いんだっ、 最低最悪な俺だ、 俺が二人を殺したんだ」
さぁ、 わかるよ、 お前の気持ちがわかるよ、 こんな、 クズで、 クソみたいな兄貴は嫌になるだろ?
最低最悪の、 ヘドロみたいなゴミは、 頭に来るだろ?
さぁ、 お前の次の言葉が分かるよ、 お前の思いが、 分かるよ
だから、 自分が、 先に、 その言葉を言ってやるよ………
「………二人じゃ無くて、 俺が死ねば良かったんだ」
………………………………………
…………………
長い沈黙だった、 少し以外だった、 予想では、 今頃殴られて、 罵詈雑言が飛び交い、 妹は、 医務室から飛び出して行く筈だったのに……
あれ?
何、 してんだ? 何で動かないんだ? 何で何も言わないんだ? 何で?
今、 どんな顔してる?
日暮は、 荒い息のまま、 横目で茜を見る、 茜は………
っぅ……………
泣いていた、 ただ、 静かに泣いて居た、 拭う事も無く、 大粒の涙が頬を伝って、 顎先から落ちていく
涙が作ったシミが、 ラフな洋服に、 大きく広がっていた、 今泣き出したんじゃない、 ずっと泣いてたんだと、 分かった
ふと、 今、 この医務室で、 こうして再開して、 始めたしっかりと目が合った
今度は、 逃げられなかった、 逸らす事が出来なかった、 妹がゆっくり口を開く、 逃げられない事が怖かった、 どんな事を言われるのか、 結局怖いだけだった………
そんな日暮に、 茜は、 純粋で、 穢れも微塵も無くて、 そして……
母の言葉を思い出す様な、 優しさを感じる声で言った
「……そっか、 大変だったねお兄ちゃん……」
……え?
「……話してくれてありがとう、 お兄ちゃんがどれだけ辛くて、 悲しい想いをしたか、 私には少し分かったよ」
なんだよ…… 何言ってんだ、 違うだろ、 普通、 こういう時に掛ける言葉って、 そんなじゃないだろ……
あれ? 何だ…… 目が、 霞む、 熱い、 何なんだよ………
「ふぅ…… お兄ちゃん、 あのね…… お兄ちゃんがどれだけ自分を許せなくてもね、 自分の事を責めてもね…… 私は、 お兄ちゃんが生きてて良かったって、 思うよ」
っ…………
何で……………
「んでだよっ…… 俺が二人を殺したんだぞっ! 俺がっ! お前は俺にそんな事言うべきじゃ無いんだよっ!」
茜が、 少し寂しそうな顔をする
「お兄ちゃんが…… 私に、 くれたんだよ? 自分で考える事をやめて、 人の言いなりになって、 ただひとりで苦しんでた私を、 お兄ちゃんが連れ出してくれたんだよ?」
だから、 何だよ、 そんな事………
「……お兄ちゃんが決めないでよっ、 私の気持ちを、 決めつけないでよっ!」
っ………
「………それでも、 普通優しくしないだろ、 こんな兄貴の事何か……」
「……こんな兄貴じゃない、 私の大切なお兄ちゃんなのっ! 大好きな家族なのっ、 だから辛いなら、 苦しいなら助けるよっ」
だって……
「お兄ちゃんっ、 さっきから泣いてるじゃんっ! ずっとずっと、 悲しそうな顔で泣いてるじゃんっ!」
……………は?
泣いて? おいおい、 嘘だろ………
下を見れば、 気が付けば敷かれた白い布団カバーにはシミが広がっていた、 今泣き出したって感じじゃない、 ずっと泣いて居た?
「……お兄ちゃんが二人を殺した何て言わないで、 二人がお兄ちゃんを生かしたんでしょ?」
あっ………
そうだ、 そうだよ、 どうして直ぐに忘れるんだ、 どうして曲解して、 人の想いを歪めてしまうんだ
違うだろ、 二人はもっとシンプルだった、 母が、 日暮に最後に言った言葉……
…………………
『生きて』
………
あぁ…… そうだ、 漸く分かった……
俺は、 二人が目の前で死んで、 ただ、 シンプルに、 怒りよりも、 悔しさよりも先に、 悲しかったんだ………
目を固く粒ると、 ボタボタと熱が頬を落ちて行く感覚を実感した、 そして、 触れる熱を
目を開けると、 茜の手が伸びて、 日暮の涙を拭っていた、 あぁそうか、 日暮が茜を突き放したから、 涙を脱ぐわなかったんじゃない
涙を拭ってくれる人が茜には居なかったんだ、 一緒に涙を流してくれる人が居なかったんだ………
そうだ、 母の言った、 本当に最後の言葉は、 『茜をよろしくね』だった、 思い出したよ……
今度こそ、 日暮はあの時伸ばせなかった手を、 茜へ伸ばす、 茜も漸く、 自身を受け入れて貰った事を理解した様に、 二人は抱きしめあった
同じ、 血を分けた兄妹として、 再開の喜びを、 苦しさを、 辛さを、 両親を失った悲しみを、 互に共有する様に……
………
そんなに長い間では無かった、 暫くすると、 自然と涙が止まった、 凍えそうに震えてた体も、 心の芯に温かさを感じた
そうだ、 今更だけど、 今更になってようやく、 やっと言える……
「茜、 ごめん、 あの時傷付ける様な事言ったよな、 突き放す様な事したよな…… 本当にごめん」
「……うん、 私、 結構怒ってる、 絶対な許さないぞっ、 思うくらいに、 私悲しかったし、 寂しかった」
うん……
「……でも、 こうして、 無事に帰って来て、 生きて、 会えた、 だから、 気が変わった、 許すよ、 お兄ちゃんの事」
そっか………
「…………だから、 許すからさ、 もう、 勝手に居なくなったりしないでね、 もう何度も失った苦しみを味わいたくない」
そうだ、 藍木シェルターでは、 日暮がシェルターに行かなかったから、 家族はその時点でこの苦しみを感じてたんだよな……
はぁ………
「俺って、 つくづく親不孝だな」
「家族不孝ね、 私を省かないで、 それにすっごい今更…… でも、 二人が死んじゃった事は、 やっぱり自分を責めないで欲しい」
表情でバレたか……
「そうは言っても…… でも、 茜、 ありがとう、 お陰で軽くなったよ、 あれは二人の想いだとしたら、 それを俺のせいにするのは傲慢だし、 二人の覚悟も踏みにじっちまう……」
「うん、 そうだよ、 二人は仕方なかったって、 前に進む為に、 今はそう思う事にしよう?」
あぁ、 そう思って良いんだって、 妹のお前が思ってくれるからこそ、 日暮は罪悪感から、 自分を許せるのかもしれない……
「……お前、 母さんに似てきたな、 あと、 父さんにも似てきた」
「お互い様、 私は二人のいい所を、 お兄ちゃんは悪い所をって感じだよね~」
この野郎……
あははっ はははっ…………………………
ま、 でも、 今なら……
「どっちにしても、 悪い気はしないな……」
何だが、 今、 同じ所で、 肩を並べてるって感じがする、 うん、 頭も大分冷えて来た
ぐぅぅぅ………
っ!?
「ぷ、 あははっ、 お兄ちゃん、 お腹の音でかっ!」
「るせぇよ、 腹減ってんだこっちは、 さて、 体も万全なんだし、 さっさと飯食いに行っても良いかね~」
腹を摩りながら、 日暮はこの医務室を満たす静寂さが、 冷たい物でも、 重苦しい物でも無く、 静かで、 優しい物に感じ初めて居た…………
…………
ガチャッ………
不意に、 医務室のドアが開く、 音に寄せられる様に、 日暮の、 茜はそちらを見る
入って来たのは先程の医者だった、 彼はこちらに手を上げると、 後ろに続く人物を招き入れる
あっ………
「………土飼さん」
土飼笹尾、 市役所職員の男で、 調査隊では日暮の上司に当たる人物
更に、 土飼の更に後ろに、 この甘樹シェルターの方の、 調査隊のリーダー、 トレーニング室でも散々世話になった、 雷槌我観も続いて入って来た
二人の様子、 それを見て、 穏やかなお見舞いでは無いと日暮は察した、 土飼が口を開く
「……日暮、 体の方はどうだ? 体は動きそうか?」
「……ええ、 問題無さそうです、 動き回ったりした訳じゃ無いですけど、 俺は傷は治るので」
そうか……
その話を聞いた土飼は頷くが、 それを割る様に後ろの雷槌が前に出てくる、 大の男が並ぶので、 妹の茜は圧に押され端の方に避けて居た
「悪いな療養中に…… 日暮、 単刀直入聴くが………」
「っ、 雷槌さん、 いきなりその話は…… せめて場所を変えませんか? ここは医務室ですしそんな話をする所では無いでしょ? それに……」
?
そんなやり取りを行う土飼と、 雷槌の二人、 土飼は何処か茜を気遣う様な素振りを見せているが……
「好都合だ、 どうせ直ぐに知る事になる…… それに、 噂程度ならもう知っているんじゃないか?」
噂、 その言葉を聴いて茜はビクリと身を震わす、 何だ? また変な噂でも流れてんのか?
雷槌が日暮を睨む、 勿論それで気圧されるような事は無かったが……
「日暮、 正直に応えろ、 今お前には、 柳木刄韋刈殺害の容疑がかかっている」
あっ、 あぁ………
「調査隊は武器を振るう、 大偽名分が無ければ危険人物の集団だ、 だからこそルールがある」
「武器を人に向け、 万が一人を傷付けたならば、 それ相応の対応をする、 我々は警察機関では無いが、 治安維持という名目では同義だ」
「人を殺した場合、 シェルターの南側にある部屋に閉じ込める事になってる」
さながら牢獄か……
「お前は正確には藍木の調査隊であり、 このルールには適応されないが、 ここは甘樹シェルターだ、 自分は関係無いとは言わせない……」
これに関して、 日暮は返す言葉も無かった、 その沈黙は既に応えとなり得たが、 しかし雷槌は問う
「お前が殺したのか?」
………………
日暮は悩んだ、 勿論事実だ、 紛れも無く日暮は、 柳木刄韋刈にトドメを指したし、 普段だったなら悪びれも無く即答したろう
殺した、 と……
だが、 心配そうな顔でこちらを見る茜、 その視線の前で日暮は言葉がつっかえてしまった……
はぁ……
「一昨日の夜、 日暮、 お前がシェルターの外でモンスター共と戦って居た頃だ、 実はシェルターの中に侵入者が居た」
初耳だった
「そいつとは俺たちが戦ったが、 そいつはそれ以前に、 七十四人もの一般人を殺害していた」
っ!
これには日暮も正直驚いた、 それはかなり多い数だと素直に思った、 それを聴いて茜も絶句している
「その男は、 以前から話の出ていた、 ブラック・スモーカーと名乗る集団の一人だった、 深くフードを被った男だ」
日暮には見覚えがあった、 昨夜の戦いで、 魔王の強力な力に割り込み、 火を吹き相殺、 日暮達を守った男だ
雷槌は話を続ける
「柳木刄韋刈もまた、 同じ組織の人間だった、 奴の遺体から、 それを証明する物が出てきた、 つまり、 柳木刄韋刈もまた、 シェルター内で大量殺人をする予定だったのだろう」
まあ、 そうなんだろうな……
「……それにお前は気が付いた、 大量殺害を食い止める為に、 お前は、 柳木刄韋刈と戦った」
………へ?
「……戦いは混沌を極め、 視界不良の夜闇にて、 互に生きる為に必死に戦い、 その結果、 お前は柳木刄韋刈の命を奪ってしまった…… と、 こんな所だろう?」
いや、 違うけど…………
そう、 答えるのは簡単だったが、 この人がこんな、 まるでシナリオでも描く様な話をする訳が無い
その目を見れば分かる、 そう言う事にしろって事か?
正当防衛、 仕方なかったって奴か、 そんなんじゃない、 俺は戦いたかったから戦ったんだ、 以前付かなかった決着、 それを付ける為に……
だが……
茜を見れば分かる、 雷槌の話を聞いて胸を撫で下ろして居る、 同じ最悪なら、 多少は良い方を、 正当防衛の上に、 結果的に人も救う事になっている、 そう言う話だ……
「……さぁ、 応えろ日暮、 応えは、 はいか? いいえか……」
はぁぁ……………
「その通りだよ…… でも、 結果は変わらない筈だ、 どんな理由があってもな……」
「その通りだ、 明山日暮、 着いて来てもらおう」
雷槌は腰から縄を取り出す、 正直抵抗もする気は無いが、 これもまたルールの内か……
そう思っている所に、 ずっと黙って居た医者が割って入る
「彼はまだ私の患者です、 ここでは私の許可を最も優先して欲しいですが……」
医者の男を睨む雷槌、 全く迷惑だな……
「お医者さん、 良いから、 このとおりっ、 ピンピンしてるよ、 俺もう行くから……」
よいしょ……
日暮は布団をかき上げるとベッドから立ち上がる、 それっぽく前に出したてに縄が巻かれる
っ……
「お兄ちゃんっ……」
茜の不安そうな声が漏れる、 そんな顔すんなよ……
「茜、 大丈夫だ、 今度は戻ってくる」
…………
「………うん、 分かった、 待ってるから、 勝手に何処かに行かないでね?」
縛られた手を挙げて挨拶すると、 日暮は雷槌に引かれ、 医務室を後にした…
……………………………
……………
連れて行かれる兄を見送った茜は深く息を吐いた、 その隣にて残った土飼は優しく話し掛ける
「茜ちゃん、 あぁ…… 日暮の事は我々に任せてくれ、 ずっと会えないと言うこともないと思うから」
茜は少し不安そうな顔で、 それでもしっかり頷いた
「……大丈夫です、 私は兄を信じてますから、 もう、 私には兄しか居ないので……」
やはり、 詳しく話を聞いた訳では無いが、 ご両親は……
「……誰か他に頼れる人は居ないだろうか?」
「……おじいちゃんと、 おばあちゃんは一緒に居ないし…… でも、 鈴歌さんが一緒に居てくれます」
このシェルターは、 老人や、 傷病者等に配慮した施設が設置されており、 そこに加入する事が出来たなら、 介護施設の様な物で中々会う事は無い
明山宅は、 祖母が認知症を患い、 主に祖父が面倒を見る事で、 そのスペースへと加入している
バリアフリーは完璧だし、 多くのサービスも、 そちらの方が充実している為、 ある意味幸せとも言えるが
一人残されたこの子には少し寂しい生活になるかもしれないが……
「天成鈴歌さん、 彼女は凄く頼りになる子だね、 茜ちゃんも孤独じゃ無いなら良かった」
茜は下を向く……
「最近は頼ってばかりです…… でも、 今はそうも行きません、 本人も疲れている所に、 フーリカさんのあの怪我を見て、 相当堪えたみたいで……」
昨晩、 日暮がフーリカさんと共にシェルターに帰ったと報告を受けたのは朝方だった、 互に医務室へ運ばれたという報告だったが
フーリカさんは、 重症で、 右腕が無く、 肌は白く、 体温も低下していたらしい
今は何とか、 その命を繋いで居ると報告を受けて居るが、 目を覚ますのも神頼みだそうだ……
天成鈴歌が、 フーリカや、 茜と仲がいい事は知っている、 彼女も常に二人を気遣い、 まるでお姉さんの様に振舞っていたが……
そんな状態で帰ってくれば、 傷付くのも当たり前だ……
「ずっと傍から離れずに、 フーリカさんの所に居ます、 私も、 どうしたら良いか分からなくて……」
そうか………
「………あの、 土飼さん」
?
茜は、 震える様に言葉を紡いだ
「私達は、 ここでこうしてずっと避難して、 シェルターで何とか生きて居ます、 大変で、 辛くても、 一日、 一日、 丁寧に、 生きています」
でも………
「何時まで、 このまま何でしょうか? 何時までも、 このままで良いんでしょうか?」
っ………
まだ、 高校生になったばかりの女の子が、 生きる事や、 命の不安、 明日の不安ばかり考えて震えている
良い訳が無い…… そう言うのは、 大人の役割だ、 だが……
「最近、 一気に色んな事が起きすぎてますよね、 闇の中から恐ろしい目が覗いている様な…… 不安になるんです、 私達は何時になったら、 明るい所へ、 光指す所へ戻れるんでしょうか?」
………………
大人になれば、 偏屈になればなるほど分かる、 この世の中に、 こんな世界になる前でも、 そんな場所は無かった
恐ろしいのは、 モンスターが初めてじゃ無かった筈だ、 人だって恐ろしい、 生きる事は恐ろしい事だった筈だ……
でも、 土飼は言葉に詰まる、 きっと彼女の言う、 明るい所には、 笑顔の、 父や、 母、 兄が居るだろう
そうして思い描く、 明るい所には、 もう二度とたどり着けない等と、 そんな血も涙もない現実を伝える事は出来なかった
…………
「ごめんなさい、 土飼さんにだって分からないですよね…… 」
悔しい程に無力だ、 何を言ったって、 今まで戦ってきたのは自分では無い、 切り開いて来たのは自分の力では無い……
自分は………
…………
ガチャッ
「っ、 土飼さん!」
……?
医務室のドアが開き、 一人の隊員が飛び込む様に入ってくる
「おい、 ここは医務室だぞ、 もう少し静かにできないのか…… それで、 慌ててどうした?」
問いかける土飼に、 隊員は口を開く
「たった今、 村宿冬夜君と、 威鳴千早季君が、 目を覚ましたそうです!」
っ!
「本当かっ!」
思わず大きな声が出る、 二人が、 重症で倒れて居た二人が……
「二人とも不思議なくらいピンピンしてるようだって、 土飼さんを呼んで欲しいっと言う事だったので」
よし、 よしよしっ!
「……茜ちゃん、 下ばかり向いちゃダメだ、 切り開かれた道は常に前に向かって伸びてる」
道を切り開く、 力有る者達へ……
「最前を行く者を、 もっと信じて欲しい…… だから、 私は行ってくるよ」
茜は頷く
「はい、 ありがとうございました、 私も、 私に出来る事を頑張りますから」
二人は互に頷くと、 茜は、 医務室を後にする土飼を見送ったのだった………