第百二十二話…… 『最終章、 下編・8』
何が違うんだろう?
初めてこの手で殺した男、 柳木刄韋刈、 彼を殺した時、 自分はずっとずっと先に進めた、 そう思った
強くなったと思った、 少し前の自分では到底たどり着く事の出来ない新境地へと至ったと思った、 他に変えることの出来ない満足感がその身を満たした
だが……
魔王は、 死んだ人間を死者蘇生し、 生き返らせる事が出来る、 そうして魔王軍の兵士として戦わせる事ができる
そうなった人間を何人も殺した、 だが、 不思議とその時は何も感じなかった、 ただ退屈で、 詰まらなくて
今まで許容出来なかった、 人を殺すと言う選択肢を容易に扱える様になった事で、 ずっとずっと楽になっただけだった
殺して終わりなら、 それ程楽な事も他に無いのだから……
どうして、 ちっとも予想しなかったのだろう? 魔王が血も涙もない存在ならば、 こちらに関心もなく、 道徳も持ち合わせた存在で無いのなら
これは、 最も効率的で、 最も確実的にこちらの戦意を削ぐ事が出来ることだ、 逆の立場なら同じ事をしただろうと思う程に……
一体、 何が違うのだろう?
柳木刄韋刈と、 魔王軍の兵士になった人達と……
そして……………
……………………………………
………………
………
はぁ…… はぁ…………
目の前の……
はっ、 はぁ……… あっ、 ああっ!
「母さ、 おっ、 母さんっ!!」
目の前に、 血溜まりの海の中で、 地面に捨てられた様に崩れ落ちた母親と
一体何が違うというのだろう?
同じ、 命だ、 そこに、 何かを感じる事は無い筈だ、 そうだ、 そうだろ?
なぁ!
っ、 はっ、 は…………
「あっ、 あぁっ………」
手が震える、 今にも握ったナタを落としてしまいそうになるほど手に力が入らない
まだ、 まだ動いてる、 辛うじて、 まだ間に合う? 間に合うか?
その震えた手を母に力無く伸ばす、 手に、 ナタに、 夥しい程の鮮血が絡みつき、 ボタボタと落ちている
首、 首に側面からくい込んだ、 骨まで断った感覚が手に残ってる、 ぶった切られた頸動脈からバシャバシャと血が出ている
無理だ…… 反射だ、 筋肉の反射で僅かに動いているだけだ、 どっからどう見ても死んでる……
いや、 いやいやいや、 そもそも、 母は死んだんだ、 俺の目の前で、 魔王に殺された、 その怒りでここまで来ただろ?
あれだよ、 目の前のは、 その、 幻覚みたいな? 実態の無いと言うか………
ビジャビジャ…… ビクビク………
うっ……
「ぅおえっ………」
吐き気が、 違う、 死んだ人間だ、 死んだ人間を殺せる訳無いだろ、 ノーカンだろ
だいたい、 振りかぶったナタを急に止められる訳無いんだ、 仕方ないだろ、 そうだ、 これは事故だろ……
っ、 はっ、 はぁ、 はぁっ………
息が、 息が苦しい、 おかしい、 深呼吸しろ、 今まで何人か殺しただろ? 同じだよ、 それが母親、 母親の形をした何かだとしても関係ない
母はもう死んだんだ、 そうだろ? な? そうだろ?
…………………………
俺が…… 今………………………
「…………殺したのか?」
あぁっ……
スッ………………
「……愚かしいゴミめ」
目の前の、 魔王、 少女、 雪ちゃんの体を我が物顔で操り、 『魔王』から、 『真の魔王』へとなった
獄路挽、 魔王を作り出した世界の悪、 そいつが、 その伸ばした手が、 指が日暮の腹へ触れる
「死ね」
ボッ!
っ………………
腹が熱い、 このまま食らったら、 消し飛ぶかもしれない、 直ぐに避けなくてはいけない、 一歩引くか、 サイドステップで避けるか
さあ、 直撃を避けて、 少しでも身を捻ろ、 さあ、 動け! 動け! 動け!
動っ………
動けない…………… あっ、 あぁっ!!
圧力が腹に掛かる、 吹き飛ばす様な、 感じる、 直撃すれば死ぬと思う、 なのに………
(……ダメだ、 体が、 動かない)
なあ、 誰か教えてくれよ、 何でこんなに苦しいんだ? 他の奴と何が違うんだ? 俺はどうすれば良いんだ?
なぁ、 教えてくれよ、 母さん………
(…………あんた今、 怒ってるか?)
そんな事気にしても仕方無いのに………
…………………………………
………………
タッ!
足音が聞こえた気がした、 まるで答えの出ない問に、 応えを示してくれるような、 そんな声が聞こえた………
「日暮さん、 危なっ………」
………ドスッ!
っ!?
何だ? 体が横から押された、 体が倒れる様に、 転がる様に、 一体何だ?
何が、 いや、 誰が………………
………
ビジッ! …………
ッ!
ドビジャアアアアンッ!!
バガァアアンッ!!
……
爆ぜる、 腹が焼ける様に熱い、 でも、 かすっただけだ、 直撃を避けた、 突然突き飛ばされた、 そのお陰だ
生きてる、 息をしてる、 また、 生き残った、 まだ、 まだ生きている
生を実感する、 そこに希望を感じる、 虚無感が、 瞬時に怒りや、 悲しみへと変換されていく、 感情として浪費していく
生き残った、 その事が最も重要だ、 今生きてる、 死を前にしてそれを嘲笑う様に生きている、 生き延びだ
自分はまた、 生き延びた、 自分は強い、 自分は…………
…………
?
いや、 何で生き延びた? どうやって?
押された、 突き飛ばされた、 咄嗟の瞬間に押されたから生き延びている、 直撃を避け、 命を繋いでいる……
……………誰に? 助けられた?
あれ?
さっきの声…………………
…………
そろそろ、 現実に目を向けろ………
すぐ目の前だ、 閉じそうな目を開けろ、 しっかり見ろ、 声を上げろ………
………
っ!
「っ、 フーリ……………」
「っ、 ぅああああああああっ、 ああっ、 はっ、 ああっ…………」
……………?
彼女の、 悲鳴が耳を刺す、 それだけで体が怯んでしまう程の、 無意識的に目を逸らしたくなる程の、 有り得ない
有り得ない、 有り得っ………
っ!
ダッ!
何とか、 体制を崩していたところから転がる様に立ち上がり、 彼女の元へ駆け寄る
「フーリカっ! おまっ、 っ! どうして………」
地面に倒れる彼女、 その右腕が、 いや、 肩から先が吹き飛んで居る、 焼け焦げる様な匂いが鼻につく
無我夢中で、 半身で伸ばした左手で日暮を押し、 残った右側に掠めた事は容易に理解出来た
なんで………
「ああっ! ぅっ、 ぁぁ……」
声が小さくなる、 とめどなく血が溢れ、 駆け寄った日暮へと染み込んで行く
それが、 少し暖かくて、 でも少しずつ冷めて居て、 命の炎が小さくなって行く様に感じられて………
あっ……
被った、 すぐ近くに転がる母の遺体と、 目の前のフーリカが被った、 もう母は、 肉体の反射すらやめ、 ぴくりとも動かない
嫌だ、 嫌だ嫌だ嫌だっ!
嫌だっ!
ザッ!
フーリカのおかげだ、 腹のかすった傷は既に治った、 そうだ、 日暮は傷を治せる、 何時だってそうやって来た筈だ
ココメリコでの、 始まりの戦いで得た戦利品、 肉体を喰らい、 エネルギーへと変換、 それを傷の修復へと使う
それは他人にも可能だ、 今までだって何度も死にそうな局面でこいつに生かされてきた、 今だってそうだ
エネルギーが足りなければ、 自分を喰うだけだ、 腕だって良い、 足だって良い、 何でもくれてやる、 だから、 だから、 だからっ!
フーリカをっ!
っ!
グサッ!
「っう……」
ナタに巻きついた骨がフーリカへと刺さる、 貯蓄されたエネルギーが消費され、 欠損部への回復効果を齎す
直ぐにでも、 新たに血肉が疼いて、 傷が再生を始める、 ほら、 明らかに、 断面の肉が盛り上がって………
ビシャビシャッ………
?
(……あれ? 何時もだったら最初に血が止まるのに、 中々止まらな………)
ベチャンッ!
っ!?
跳ねた、 盛り上がった血肉が弾けるよ様に崩れ落ちた、 盛り上がっては弾け、 盛り上がっては弾け、 エネルギーは消費し続けて居るのに、 一向に傷が無くならない
何で……………
………
スッ
っ
「ほんの少し寿命が伸びただけだったな、 どうせ死ぬなら何故女は死ななくては行けなかったのか? 逃げれば死も無駄にはならなかったろうに……」
愚か者のせいで………
またしても、 魔王の指が日暮に向く、 今度も動けなかった、 ただ少しづつ冷めて行くフーリカの手を気が付けば握っていた
頭の中で鳴り続ける自責と、 自問自答、 フーリカもだ…… 何が違うのだろう、 何でこんなにも胸が苦しく、 過呼吸のように動揺するのだろう?
分からない………
いや、 分からない筈が無い………
受け取ったからだ………
父も、 母も、 フーリカも、 くれたからだ、 その気持ちを、 邪魔物扱いして、 時には文句も言って、 時には目を逸らして
それでも、 きっと、 自分は、 この人達の事を…………………
(……好きだったんだ)
日暮は懺悔する様に目を閉じた、 それはまるで燃え盛って居た炎が、 弱くなり、 小さくなり、 今ついに、 消えてしまった様だった…………
…………………………
…………
……………………ドッ!
っ!
下を向いて居た日暮は気が付かなかった、 日暮に指を向けた魔王、 獄路挽がつられる様に明後日の方に目を向けた
何か、 大きな気配がぶつかった、 それは獄路挽と言う存在すら脅かす大きな存在の気配だった
日暮に向けられた指が………
っ
ビジャァアアンッ!!
「ぅんっ!?」
切りとんだ、 肘の関節の辺りから吹き飛び、 宙を舞った、 咄嗟の斬撃に獄路挽は目を向く
そこには…………
「たくっ! 勝手に諦めんじゃねぇよ、 明山日暮っ!」
流れる様な光を反射する刃、 大きく湾曲した曲刀、 ショーテル、 それを繊細で鮮烈な一太刀と共に振り抜いたナハトの姿だった
グイッ!
ッ、 ダンッ!!
ザッ! ………
ナハトは地面を蹴ると、 日暮とフーリカ、 二人を器用に掴み、 数メートル跳び距離を取る
ゴロゴロ……
放り出される様に地面を転がった日暮はその身を起こし目を開ける、 ナハトの後ろ姿が見えた
「っ、 ナハト……… フーリカが、 フーリカの傷が治らないんだっ! おかしいんだよ、 俺のナタで傷を……」
「明山日暮、 よく聴け、 その傷は治らない、 お前のその力じゃ治せないんだ」
は? それは、 どういう……
「魔力傷だ、 人間は精霊との契約が無ければ魔法を扱えない、 それは魔力を操る回路が無いからだ、 それが結果的に、 大量の魔力は人間に毒なんだよ」
扱う度量が無いのは事実だが、 精霊との契約が無い時代に魔法を使う者も居るには居た、 だがそれは常に代償に命を払う、 魔法を使い続ける事は死ぬ事と同義だった
「お前のナタの再生は、 元々有る生物的な再生力の機構を利用したもの、 だが魔力傷の症状はそういった治癒力や、 免疫力を落としてくる」
更に
「魔王が意図的に引き起こす魔力傷は別格で、 今起きたみたいに体を蝕み、 腐食を引き起こし、 まるで虫に食われるように傷が広がっていく…… お前がどれだけエネルギーを注いでも腐食の方が速い」
そんな………
日暮は言葉を失った、 それは、 それはつまり………
「為す術無しかよ…… だってこのままじゃフーリカは……」
「希望が無い訳じゃない、 魔王を倒せば魔力傷の効果が消える、 そうすれば回復が出来る…… ま、 最も難しい所では有るけど…… 諦めるのを止める気にはなるだろ?」
っ………
まただ、 どんだけ辛くても、 心が何度折れても、 立たなくちゃ行けないんだ、 屁張ってる暇なんかない……
「取り逢えず今のままじゃほんとに死ぬ、 服でも何でも良い、 傷口をぐるぐるに縛り付けて止血しろ! 体温が低下しない様に気を付けろ! 後意識もな!」
ナハトはそう叫ぶと、 湾曲した剣を獄路挽へと向ける、 ナハトが軽い踏み込み………………
…………
っ
パギィイインッ!!
次の瞬間には曲剣は魔王を叩いて居た、 しかし、 流石に防いでいる、 その後も何度か甲高い金属音が震える
バギィンッ!! ビジャアアンッ!!
「ははっ! ナハト、 この様な剣を振るって馬鹿馬鹿しい、 勇者の剣はどうした? あぁ、 あれはミクロノイズ無しには発動出来なかったか……」
「るせぇよジジイっ! 俺は勇者だっ! 舐めるなよ俺の剣術をっ!!」
ビジャアアンッ!!
今この状況で、 勇者は、 勇者の固有能力を扱う事を封じられて居る、 だが、 ナハトの剣の技はその身に刻まれた物、 そして……
「冥邏がこの剣を残してくれた、 少し変わった剣だけど、 お前の首を取るには十分かもなっ!」
ふん
「ナハト、 お前に私は殺せない…… はぁっ!」
バギィンッ!!
振り、 叩き付けた曲剣、 それを絶妙なタイミングで発動した結界が弾く、 魔力で鍛えられた訳でも無い剣は……
バキバキ……… バリィンッ!
砕けた……
「はははっ、 脆い脆い、 魔力で鍛えられた剣ならまだしも、 観賞用目的で作られた剣と言った感触だ? そんな所だろ?」
笑う獄路挽、 自分の所から逃げ出したナハト、 その事を根に持って居る様だ、 ナハトと剣を交えその刃を破壊した時、 賢者は、 賢者らしからぬ程に恍惚と笑う……
だが………
そもそも…………
っ
あははっ……
「楽しそうだな…… だがあんたの負けだよ、 俺と言う個人に意識を取られ、 下らないやり取りにかまけた時点で、 あんたも感じただろ? さっきの気配を!」
っ!
そうだ、 先程、 ナハトに手首を切られる前、 明山日暮を殺そうとしていた時感じた大きな気配、 ナハトはあれから意識を逸らす為に………
気配、 気配の行方は何処へ………
バタバタバタッ………
…………上?
魔王は上を見上げる、 風が、 本来安定した環境設定の領域内に渦をまく様な風の流れ、 いや、 空気の流れ……
魔力の変換……… 魔王の魔力が、 そいつに吸い込まれる様に………
「ちっ、 出て来おったか、 厄介な……」
魔王は悪態を着く、 それは真の魔王へとなる前、 魔王少女が予め封印した四体の強力存在、 最も危険視した最後の一体……
そいつが笑う…………
しかし、 何故、 何故だ、 奴だけは他の者と違うプロセスを組み込み封印されていた、 何故出てくる事が出来た…………
……………………………………
……………………
……
《五分程前・魔国浮顕領域内》
はぁ…… はぁ……
腹が、 腹が熱い、 焼け爛れた様だ、 もう、 間も無く死んでしまう、 今は地面を這う事しか出来ない
男が一人、 地面を這っていた、 少し高い位置の崖の様に崩れた地形から、 眼下を見下ろせば、 先程地面を蹴り走り出した男が膝を付き下を向く、 そこに手を伸ばをす少女の見た目の者
その他、 それぞれが自分に取れる最適な動きをしていた、 その中で一人の女性が走り、 膝を付く男を押し飛ばす
その様を見下ろしていた
………………
地を這う彼には左腕が無かった、 腹は燃えるように熱く、 口からは血を吐いていた………
ここに来た時点でこうなる事は分かっていた……
「はぁ…… 内臓が焼け爛れ破裂し壊れたら、 っ、 こうもなる、 か……」
っ
……今、 魔王がこちらをチラリと見た、 気がした、 だが、 それを隠す様に、 ナハトが迫り魔王へ剣を振るう
はは……
「それで、 良い…… ナハト、 その剣は、 お前に渡す為にっ、 持ってきたのだから……」
さあ、 急げ、 集中しろ、 巡らせろ、 状況は理解出来た、 今、 自分が、 自分にしか出来ない事をしろ
(……それが、 少しでも罪滅ぼしとなるなら)
っ!
「あぁっ! テンリ・サライっ……」
その能力は、 自身の肉体を他の物質へと変換する能力、 その能力者は、 冥邏だ
「俺のっ、 俺の姿形はっ、 異界門っ!」
ぐわんっ!
何かが開く、 自分の内側で………
異界門とは何か、 読んで字の如く、 異界へと繋がる口、 それを門とした時、 それに当たる物だ
冥邏の能力、 テンリ・サライは、 自分の肉体を全く別の物質へと変換する能力、 その際、 再現する物に対して相対的に近しい部分が他物質となる
冥邏が今まで再現した物、 龍を呼び寄せた、 神の資格、 陛廊頭石は、 感覚的には頭部、 脳の辺りに石の当たりを感じたので、 頭の中の何かだと思う
シェルターにモンスターを呼び寄せた、 聖樹核は、 冥邏の目に発現した、 これは聖樹核が、 聖樹と言う樹木にとって目になり得る事を表すのか……
そして、 冥邏の能力の特徴の一つとして、 冥邏が死ねば解除され効果を失うが、 死なない内は、 能力で変換され、 他物質へと成った部位が切断し、 切り離されたとしても能力が解除されない事である
これによる、 再現した物質の、 他存在への譲渡が可能である、 実際にこの戦いでも、 それは見受けられる
空を飛ぶ雷鳥が今一時的に持つ、 強力な雷撃は、 冥邏が、 以前街を襲ったかの龍、 空帝・智洞炎雷侯の製雷機関を再現し、 譲渡したものだ
智洞炎雷侯の製雷機関は翼にあった、 今冥邏の左腕が無いのは、 腕が翼になったからだ
そして、 さっき、 魔王の放った強力な一撃、 それを相殺した者、 あれは冥邏の様に見えて、 別人だった
ここに来る前に仲間の一人、 森郷雨録に会ったが、 その時彼が能力で呼び出した、 別世界の冥邏らしい
魔王は魔力等のエネルギーで人を視る事が出来るが、 存在の輪郭としてとても近いので、 一瞬ならば区別がつかないのだろう……
雨録は彼を上手く使えと渡してくれた、 本当はもっと上手く利用する予定だった、 だがここに来た時既に状況は最悪な所まで進んでいた
だから、 彼に渡した、 冥邏のパーカーと、 ナハトに渡すように曲剣と、 そして、 智洞炎雷侯の発炎機関を……
智洞炎雷侯の発炎機関は、 体内、 内臓機関だった、 だから、 今冥邏の内臓は無いし、 そのエネルギーに耐えられず燃え尽き破壊された痛みが冥邏に戻ってきた
冥邏は思う、 シェルターにて死んだ彼等の仲間の一人、 炎の能力を扱う男、 遠太俱ならば、 この炎をもっと上手く扱えたかもしれないと……
そして、 今、 腕を無くし、 腹の内を無くし、 死の間際にて、 再現した、 異界門、 冥邏の体が、 無理やりに引っ張られる
骨が軋み、 皮が伸ばされるように引かれ、 力任せに捻じ曲げられ形を変える様に、 そうか……
っ!?
(………異界門は、 この身、 全てで再現されるのかっ)
グジャッ! ビジャァッ!!
バキバキッ!
体が折れ曲がり、 伸ばされる、 やがて四角い枠の様な形へと整形されて行く、 その間の痛みは不思議と感じなかった
だが、 その身で、 ある種無機物である『門』と言う物になる時、 人間と言う意思が僅かに薄らいだ様に感じた
だが、 だがこれで言い、 魔王少女は最後の四体目、 奴を自身の結界と、 別に構築した異界に二重で封印した
魔王少女の構築した結界は、 彼女の髪留めにその存在を固定していて、 ナハトがそれを破壊したから、 白大蛇も、 二体の神秘も出て来た
だから、 後は冥邏が異界へと通じる門となり、 最後のもう一体を外へと出すだけで良い、 その為なら、 この命等惜しくは無い
ボォンッ………
ガチャンッ……………
さあ、 完全に異界の門はその扉を開けた、 外の空気を感じるならば、 今ここに出てきてくれ……
さぁ…… さぁ…… さぁ…………
…………………………
………
バシュンッ!
門を何かが通過する、 それは、 あの日、 この街の空にやって来た龍、 あの存在を見上げた時に感じた生命の圧迫感を確かに感じた
あぁっ、 もしも、 もしも、 最後にこの目で見る事が叶ったのなら良かったのに………………
…………
「…………くりゅふっ、 いや、 いやいや、 しゃい後くらい見にゃよ、 しょの目でさ…… しゃあ、 肩の力ゃを抜いて、 リリャックス………」
しゅんっ…………
四角い門の形が崩れ、 その姿は元の人間の輪郭へと戻って行く
バタッ………
っ
はぁ…… はぁ…………
冥邏は、 物を思わない門と言う無機物でなく、 死に絶える寸前、 それでもその命はまだ動いている、 人に戻る事が出来た
「ありがとうにゃ…… 君のおかげで助かったりゃ…… さて、 それりゃ、 私は行くよ…… またにぇ」
バダバタッ………
ッ
バダァンッ!!!
そいつが羽ばたきこちらに背を向け飛んで行く、 ああ、 これは、 ずっと憧れた、 祖父が見上げた景色
龍、 空を悠然と飛ぶ、 龍の姿…………
冥邏は気が付かない内にその目を閉じていた、 肉体はボロボロだが、 その表情はどこまでも安らかなまま………
いつか見た、 空に引かれた飛行機雲を白竜と勘違いしたあの日の、 戻りたくとも戻れない日々を想いながら…………
ブラック・スモーカー構成員の一人、 冥邏、 死亡
…………………………………………
……………………………
…………
バチィッ バヂッ……………
っ!
空を飛び、 魔王が呼び出した魔国獣、 参色烏とジリ貧のドッグファイトを続ける雷鳥、 金轟全王落弩は目を見開いたら
(……っ、 智洞炎雷侯の雷撃、 それを生み出す製雷機関が消えた!?)
それは、 それを作り出した能力者本人、 冥邏が死んだ事を意味する
一時的とはいえ、 その身に宿した強力な力を失ってしまった…… いや、 そんなに悲観することでは無い、 そう思った
状況は刻一刻と変化している、 そして地上から感じる、 変化の風が、 ならば、 上空は上空の風を起こして見せよう!
っ、 バシュンッ!!
雷鳥は羽ばたき、 一気に旋回する、 三つの首を持つ烏も中々の動きだが、 小さい分、 雷鳥はもっと速く……
ははっ
「さっきまでは、 じゃじゃ馬な雷撃能力に振り回されて居たからね、 もう必要なさそうだし、 無いなら無い方が、 この身を百パーセント制御出来るよっ!」
バサンッ!!
ピョ~ルロロロッ!!
雷鳥が空に向かい鳴く、 魔国獣は一体が族帝並みの力量と言われている、 かくいう雷鳥は族帝候補筆頭、 両者の力は拮抗している
そろそろ……
「本気を出せる様になったんでね、 決着を付けさせてもらうよっ!!」
烏へと向き直り、 二つの鳥は上空で激しくぶつかりあった………
一方、 その地上では…………
……………………………………
…………………
………
っ
バタバタッ………
奴の身に纏う襤褸が風にはためき、 まるで龍がその翼をそうする様な音が響く
魔王は、 いや、 その内の獄路挽は舌打ち混じりにその名を吐き捨てる
「チッ、 面倒なのが出て来おったか、 皇印龍セロトポム」
名を呼ばれた者は笑う、 細い、 骨が見えそうな程に細い体の少年に見えた、 肌は異様に白く、 そこに浮き立つ血管が赤黒く主張している、 その上から襤褸を纏う姿
目をよく見ると、 二つの目の中に、 三つずつの眼球が除く、 六つの眼球はそれぞれ違う形の瞳孔と色を持ち怪しく光を放っていた
見るだけで、 その存在の核の違いを思い知らされる、 何故ならこの龍は、 皇印龍は、 あの、 空帝と同時期に生まれた最も古き古龍なのだから
「にゃははっ、 やあ獄路挽、 ましゃか君とこんにゃ所で会えりゅとはね…… いや、 所詮君も本体の意識、 しょの複製でしか無いのだりょうけど……」
はぁ……
「貴様こそこんな所で何をしている? 龍狩りに討たれその命を散らしたと聞いていたが? そのような姿になってまで、 さっさとあの世に行けばいい物を」
ふふん
明らかな軽蔑を含む獄路挽の声を、 やはり龍は笑って返す
「しょんなに私が怖いかにゃ? へへっ、 龍狩りを使い私を殺した一大計画、 君も一枚噛んでいりゅんだりょ? ……」
スタッ
皇印龍は話しながら地上に降り立つと、 地面に倒れ痛みに悶えるフーリカの所へと歩く、 そこでは日暮が慣れないなりに止血を行っていたが、 その気配に顔を上げる
「初めましちぇ、 明山日暮、 もっと早く君とは会う筈だっちゃが…… まあいい、 君にゃそのまま止血を続けてくりぇ」
そう言うと有無を言わせない雰囲気で、 皇印龍はフーリカへと手を伸ばす
「ふむふむ、 成程、 魔王にょ、 魔力傷にょ術構成、 プロしぇスは…… そうにゃってるのか、 にゃらこの力の向きを反対に……」
ビシャッ………
っ!
「血が止まったっ」
見るからに血が止まったフーリカの傷、 さっきまで蝕み、 腐食する様に広がっていた傷も止まった様に見える
だが……
「ん、 すまにゃい、 ぬか喜びをさせたかもしれにゃい…… 私でもこにょ魔力傷を完全に癒す事は出来ないにゃ、 ごめんね」
?
「私に出来るにょは、 ほんにょ少しの延命に過ぎにゃい、 今すぐには死にゃにゃい、 でももう、 生きるにょに大切な物を失にゃい過ぎてる」
それを聴いて、 日暮は崩れ落ちそうになる、 だが……
「方法は有る、 しょれは、 魔王を完全に殺しゅ事だ、 魔法は術者本人が死ねば、 しょの術も消える、 しょうして完全に魔力傷が消えれば、 君にょそれで治しぇる」
っ………
「何時だって諦めては行けにゃいよ明山日暮、 君がここに居るにょは、 君を生かした人達、 君が心にょ中で大切に思う人達にょ想いのお陰だ、 君はしょれに応えたいと思っていりゅだろ?」
日暮は目を瞑る、 相変わらず、 そこには誰かの顔や、 言葉が煩いくらいに鳴っていた
うっ…… とさっ………
あっ……
小さく呻いて居たフーリカが完全に意識を失い、 力無くその手が地面に落ちる
「眠りゅ事は、 体力を温存し、 回復しゅると言う実に合理的にゃ行為だ、 彼女は今も生きようともが居て居るんだよ」
っ、 そうだ、 その通りだ………
「うん、 顔を上げて、 今は彼女を安全にゃ所へ、 ここから逃げなしゃい…… ここは私に任しぇて……」
そう言うと皇印龍セロトポムは、 魔王へと向き直る
「随分と行儀よく待って居てくれたじゃにゃい、 獄路挽、 何か策でも弄して居るのかにゃ?」
魔王は腹だたしいと言う感情を隠しもせずに、 龍を睨みつける
「だからお前は嫌いなのだ、 皇印龍よ、 貴様は何時も弱き人間の味方馬鹿りしている、 馬鹿馬鹿しい…… だからお前を殺したのだ」
のにも関わらず
「死霊となってまで私の眼前に現れるとは、 忌々しい、 お前は厄介なのだ……」
「あははっ、 お褒めに預かり光栄だにゃ~ 、 あと、 一つ帝政しとくと、 人間の味方じゃにゃくて…… 天閣の味方、 にゃんだよね、 君の嫌いにゃ」
ちっ……
「まさか…… そうか、 皇印龍セロトポム…… お前が、 天閣と繋がって居たのか……」
はは…… ははは………
魔王は頭を抱え、 過去を振り返る様に乾いた笑いを漏らす
「……だが、 良い、 ならば尚更だ、 貴様、 生命エネルギーに、 魔力では無く、 ミクロノイズを利用しているのだろう?」
魔王がにやりと笑う、 たった今確信した、 皇印龍の存在、 その不思議な程の小ささ、 それならば、 今このミクロノイズが存在しない空間での結果ならば納得出来る
そして……
「ピンポーンッ、 大正解…… 君も一人にょ探求者にゃら、 この世界を知るには、 魔力よりも、 ミクロノイズにょ方が至当的だと本当は気が付いたいりゅんだろ?」
あぁ……
「そうだ…… 忌まわしき天閣が、 ミクロノイズと言う新たなエネルギーを生み出してから、 私の研究はそれに適応した者よりも遥かに遅れ出した…… だが」
魔王は、 いや、 獄路挽は大きく笑う
「今、 この状況に置いていえば、 それが項を奏したと言えるだろう、 魔力しかないこの空間で、 魔力操作において優れて居るのは私の方、 はははっ、 今更お前に勝ち目は無い………」
にゃはっ、 にゃははっ………
っ!?
不気味に笑う皇印龍、 おかしい、 圧倒的な有利は変わらない筈なのに、 獄路挽は気圧されていた、 何故………
何故だ、 何なのだ、 この、 力の畝りは……
「勘違いしてりゅみたいだかりゃ、 教えて挙げりゅよ、 君があと千年掛けても知る事の出来ないだろう気づきを……」
あのね……
「空帝・智洞炎雷侯が不死身と呼ばれる所以、 あの瞬間的な超速再生力、 あれは…… 能力だよ」
っ!?
獄路挽は大きく目を見開いた、 今まで謎だった事が、 一瞬にして解にたどり着いたと言う鮮烈な驚き
だが、 そんなに単純な事ならばもっと早く答えにたどり着いて居る、 それは有り得ないと否定出来る
「適当な事をっ、 頭がイカれたか皇印龍…… 空帝の超速再生力は、 かの龍がまだ若かりし頃から備わって居たと言う」
そして
「能力を発現するミクロノイズは、 比較的近年、 魔王と勇者の戦いにて、 劣勢だった人間の為に、 天閣が創り出した新たなエネルギーと言うのは揺らがない事実っ」
「空帝の若かりし頃等、 遥かに太古の事だ、 その二つには時間的な矛盾がある…… はは、 そんな事は子供でも説明すれば分かる事だ、 驚かせおって」
へー
「随分と頭が固いにぇ~ その過程を自身で体感し、 見てきたかりゃか…… 愚かにゃ程に偏屈だ…… にゃら、 見せてあげるよ」
はははっ
皇印龍は大袈裟に、 手を伸ばすと、 虚空に、 まるで空気でも掴む様に手を広げると、 触れる
大気に混ざる、 魔力に触れる、 まるで、 勝手を知っている様に、 容易いように、 その構造を、 その回路を、 組み替える
魔力を、 全く違う物質へと……
そして、 解き放つっ!
パァアンッ!!
………
っ!?
「………なっ、 何だ、 有り得ない…… 貴様、 皇印龍、 貴様の手から溢れ出して居るそれ、 それはまさかっ!」
はははっ!
「ミクロノイズだよっ!」
「有り得んっ! それは天閣の主しか知り得ない秘匿された情報っ! ミクロノイズは、 魔力の形を変換し創り出した新たなエネルギー、 だがそのレシピは明かされて居ないっ! 誰にもっ!」
まさか、 その域に達して………
「あははははっ! 君もそんにゃに狼狽するんだねぇ~ 愉快愉快、 不思議かい? このエネルギーが、 何故その秘匿された式を私が知っていりゅのか…… ヒントは、 逆、 だよ」
っ! っ!?
馬鹿な、 馬鹿な、 馬鹿な、 馬鹿なっ……
まさか………
「天閣よりも先に、 貴様がミクロノイズを生み出して居たっ!? そんな馬鹿な事がある訳……」
「いや、 正解だよ、 しょの通り…… まあ、 少し語弊がありゅとすれば、 真っ先にしょれをやったのが空帝・智洞炎雷侯だ」
智洞炎雷侯は、 魔力と言うエネルギーの、 非効率性に早い段階で気が付き、 無駄の無い、 一定して高い出力の新たなエネルギーを求めた
そうして、 それは偶然に近かったが、 取り込んだ魔力を自身の内側でべつのエネルギーへ変換するプロセスを創り出した
皇印龍はそれを知り、 その偶然を研究した、 そうして、 魔力と言うエネルギーを細分化、 形を組み換え、 今のミクロノイズと言われるエネルギーの機構をレシピ化したのだ……
「だが、 しょれは常に、 自分の内で呑み完結しゅる様にした、 便利しゅぎるし、 研究にょ結果を安安と譲る気は無かった」
でも……
「獄路挽、 ある時君が、 天閣に対応しゅる為にょ力として、 『魔王』を創り出した、 しょれは実際強力で世界のパワーバランスを大きく偏らしぇる程であり、 天閣は危機感を抱いた」
そこで……
「天閣は私に頭を下げて教えを乞うた、
魔力変換の式、 ミクロノイズにょ精製方法を……」
だから…………
ボワァンッ!!
物凄い速さで、 領域内を満たす魔力がその情報を更新され、 皇印龍を起点にミクロノイズが溢れ出して行く
勇者が、 その手に光の剣を構える、 血なまぐさい魚達がまた渦を巻き始める……
「………ミクロノイズだ、 魚惧露っ! 君ももう一度ここに出て来れたんだねっ」
勇者が笑う
「………冥邏が死んだ、 あの崖の上だ、 その龍を解放してな ……存外悪い顔はして居なかった」
やっぱり、 さっき燃え尽きたのは冥邏じゃ無かったか…………
「うん…… なら良かったよ、 さて、 勇者として、 俺も命をかけて戦うよ」
「俺もだ…… 遠太俱と、 韋刈と、 そして冥邏…… この戦いを共に戦ってきた仲間達の分まで、 俺も戦う」
グリョリョッ!!
血色のアクアリウムが渦を成して、 人の形を作って行く、 これでまた戦える……
「皇印龍、 悪いけど、 この領域壊せたりするかい?」
「ふふん、 勇者君、 ……少し時間を稼いで来りぇ、 壊せにゃいけど、 一時的に穴を開ける事は出来るだりょう」
そう言う事なら………
「明山日暮っ! それとここに残る気の無い奴は準備しとけ! もうすぐここから出るぞっ!」
ふっ、 はははっ
「笑わせるなぁ、 これで、 この程度で私を追い詰めたつもりかっ! 逃げられはしないっ! ここが天閣の作った結界が、 お前達を閉じ込める檻だ!」
「何も変わらない、 変えられはしないっ! 何処に逃げようと、 殺して見せる! 支配してみせるっ! この私が、 獄路挽がっ! この世界を支配してみせるっ!」
長い長い時間稼ぎの様な時間だった、 全ての会話等無意味、 何故なら……
ボォンッ!!
もう一度、 さっきのエネルギー弾をもう一度、 既に組んで居るのだ、 既に出来上がって居るのだ
「ここで、 貴様らを吹き飛ばしてくれるわァっ!! 今度こそお前らを木っ端微塵にっ!!」
ドドドドドドッ!!!!
「ぶっ飛べっ! 獄魔卿添っ! ・獄魔弾っ!!」
ドォオオオアオオッ!!!
轟々と膨れ上がったエネルギー弾、 先程は炎とぶつかり相殺されたが、 この力をまともに喰らえば……………
いや…………
ガチャンッ………………
っ………
皇印龍は笑う
「気が付かにゃいのかい、 獄路挽、 それが、 見えにゃいのかい?」
何を、 それとは、 一体何を言って………
うっ
ボファンッ…………
突如、 魔力弾が四散する、 まるで初めから無かった様に、 または、 何か鎖で締め付けられた様に、 獄路挽の力が弱まる
これは一体…………
ジャラララッ…… ガチャッ……
「白神・白従腱挺邪、 あにょ白き大蛇が自ら捨て、 しょして最後に、 君に、 いや、 その体、 雪ちゃんに譲った力」
『白従』
「っ! 何だと…… 何故、 何故私の中に天閣の縛りが絡み付いて居るのだっ! 何故っ!」
ガッチリと、 まるで蛇が絡みつき息の根を止める様に、 ただ世界を崩し破壊するだけの強力なエネルギーを『白従』の元に縛り、 白神とまで呼ばれる程の神聖さを固定した
天閣の主が、 蛇に与えた力、 それは、 常に少女に寄り添い温めた、 あの蛇が最後に残した温もり、 そして、 同じ体を共にする獄路挽にとっては最大の毒となり得た
「うおっ、 おぉおっ!! あの蛇めがぁあああああっ!! この程度、 この程度の縛り等………」
ッ、 バンッ!!
「慧尺の断・綺來麗っ!」
ハッ………
ビジャアアアアアンッ!!
「っ、 あああっ!? おのれ勇者めがぁああああああっ!!」
「言っただろ、 逃げる事は出来ないって! 獄路挽っ! こうなる事な決まっていたんだ、 お前が何れ敗れることはなっ!」
目にも止まらぬ程の速さで振るわれた斬撃、 勇者の剣は魔王特攻、 まともに入れば……
「うぁぁぁぁっ!? 忌々しいっ! 魔力が、 四散して…… おのれがっ」
ビッ……
っ
魔王が、 勇者の二撃目に備え上げた手が、 不意に何かにぶつかる、 それは、 赤黒い魚……
「血棘窮底・腐魚獸冶っ!」
ベジャアアアンッ!!
血の魚が弾ける、 その血に触れれば、 肉は溶け崩れ落ちるだろう、 だが、 それは分かっている、 避けるのは容易い……
しかし、 目眩しとしては友好だった
チャキッ!
「っ! 慧尺の断・玥広罫津っ!!」
ッ、 ビジャァアアアアアンッ!!
大きい一撃、 それは、 多大な縛りと、 ここまでの積み重ね、 地を固めた犠牲の数々、 どれか一つとして欠けたならば入らなかったであろ
最高点の一撃だった!
「うあああああっ!? こんな、 こんなことがッ! こんな事がぁああああっ!! 参色烏っ!! 私を助け……」
ドザンッ!!
っ!?
「悪いけど…… ドッグファイトは僕の勝ちだよ、 譲らない空の戦いはねっ!」
クソ、 クソこんな事が……
「っ! みんにゃ! いまかりゃ五秒後に領域に穴が開くにゃっ! その穴に飛び込むんだにゃっ!!」
っ!
5……
雷鳥が羽ばたき降りてくる、 打ち倒した敵を振り返る事無く
4……
水の少女と、 慈愛の神が、 互に想う者を頭に浮かべ、 準備をする
3……
日暮が、 フーリカを抱え、 一気に踏み込む、 まだ微かに残る温もりを決して消してしまわない様に
2……
皇印龍セロトポムが握った手を前に掲げる、 それが合図だと誰もが思った
1……
勇者パーティは残る決意をした、 そこに一切の迷いは無かった
0……
「行くよっ!」
皇印龍が握った手を思い切り開く……
ブワァンッ!!
っ!
ボッカリと空間に穴が開く、 外からは夏を前にした、 しかし夜の少し冷たく清らかな風が肌に当たった
「先に失礼するよっ!」
バサンッ!
雷鳥が一目散に潜る、 二人の神秘もその後に続く様に、 通り抜けていく
日暮も地面を蹴る、 目の前、 その穴はもう、 目の前に………
グリッ!
バァンッ!!!
っ………
後ろから何かに音がした、 弾ける様な音、 地面が抉れる程の踏み込み、 何だこれは………
チラリと、 危機感が無意識的に首を捻らせる、 ……見えた、 そこには、 自分のすぐ背中、 後ろに、 魔王……
最後の最後、 力を一点に溜めた踏み込み、 そして本の少しの魔力弾、 装填は終了している、 固執する様に、 執拗に日暮に向けて、 その指は向いていた
「貴様だけでもしねぇぁあああっ!」
不味い…… これを喰らえば、 日暮諸共、 フーリカも、 死んで…………
っ!
ドジャアアアアッ!!
!
破裂する様な、 打ち出されたエネルギーの塊、 それは、 日暮の背中へと吸い込まれる様に……
…………
バンッ!!
あっ………
ドジャアアアンッ!!! ………………
あっ、 あぁ………
それは身を滅ぼした、 それでも、 日暮は無事だった、 生きていた、 またしても生き残った
本のあと一瞬の、 紙一重で、 魔力弾と、 日暮の間に………
っ!
「ナハトっ!!」
ナハトの右半身がボッカリ吹き飛んで居た、 強引に割り込んで、 剣で弾いた、 エネルギーは起動を逸れている
ははっ……
どんっ!
ナハトが後ろ手に日暮の背を押す、 最後に目が合う、 ナハトは笑っていた……
「わりぃ…… 後は頼むぜ、 日暮……」
っ…………
ぐっ!
更に踏み込んだ、 領域外の、 ボッカリ空いた穴まで、 最後の一歩を踏み込んだ
父が、 母が、 フーリカが、 ナハトが、 日暮の背中を押す、 諦め、 止まってしまいたくても
それでもっ!
「あぁっ! あああああっ!!!」
ダンッ!
穴へとその足が踏み込んだ、 止まること何か許されてない、 何故なら、 時分が、 自分自身が、 それを許せないんだからっ
その想いを、 背中に伝わる熱を、 託された、 今度こそ、 絶対に命を無駄に投げたりはしない
日暮は……
(……生き抜いてみせるっ!)
噛み締めた歯が音を残した、 その強い、 前進の一歩が、 アスファルトを強く叩いた…………
フォンッ!
………………………………
……………
全員を通し終わり穴が閉じる、 皇印龍セロトポムは魔王へと向き直る
はぁ…… はぁ……
大きく息を吐く魔王、 どさりと地面に崩れ落ちるナハトを見下ろし肩を上下させていた
ナハトの目には色が映っていない……
「……あれが最後にょ力だったかにゃ獄路挽、 勇者を殺して逝くにゃんて執拗にゃ、 でも、 ようやく戻って来れたのかにゃ? 『魔王』」
魔王が、 いや、 獄路挽は力を使い果たして魔力の流出として消えていった、 所詮概念体だ、 『白従』の縛りが効いたのだろうが……
『魔王』が、 魔王少女が振り向く……
「はぁ…… はぁ…… 最悪、 な気分、 まさかこの世界であのジジイの支配下にまた置かれるなんて……」
それに……
「私、 今日はもう疲れたかも………」
「? しょれは困ったねぇ、 これからもう少しだけ疲れて貰うつもりにゃんだけど?」
赤黒いアクアリウムがナハトを悼む様に渦を巻く中、 その細い拳を握った皇印龍セロトポムが、 魔王少女へと向かう
はぁ……
「……みんな大嫌い」
魔王は早速効果を殆ど失った領域内にて、 上位存在の龍と、 もう少しだけ長い夜の最後の戦いに向けて魔力を練り始めた
誰もが、 この長い長い夜の、 夜明けを今か今かと、 待ち侘びている、 この闇を照らす光を、 待ち侘びている……