第百十九話…… 『最終章、 下編・5』
ちょっと今回何ですけど、 最後の方にくそとんでもでかい行間が空いてしまう現象が発生してまして……
初めは文章の真ん中に来て凄く困ってたんですけど、 位置をずらす事は出来て最後に持ってきました、 クソデカ空白が来たら今回の部はおしまいです。 迷惑をかけてしまい申し訳ありません。
「日暮さん!」
フーリカ、 お前は何時も眩しいな、 太陽みたいに、 明るい所だと眩し過ぎるし、 暗闇に居れば照らしてくれる
伸ばされたその手を、 躊躇いつつ日暮は手に取る……
「私の能力で飛びますよ!」
お前は何時だって……………
…………
「……あれ?」
?
「あれ? あれれ? 何で?」
ん?
「どうしたフーリカ?」
彼女の様子がおかしい首を捻って頭を抱えている、 一体何が………
「……使えません」
何が?
彼女の見開かれた目の、 自分の目が合う
「能力が使えませんっ!」
………………………
「は?」
何言ってんだ? と、 日暮は思った、 今、 何とかこの、 魔王少女が作り出した領域『魔国浮顕』から脱出しなくてはならない所で
フーリカの能力はそれを可能とする、 実際に侵入し日暮を助けたのだから、 やはり彼女の能力は凄い
のだが……
「え? 何で? こう、 何て言うんでしょうか? エネルギーが無いと言うか、 スイッチ自体はあって、 押せるんです、 カチカチ、 でも……」
まさか……
日暮は思い当たる事があった、 それは、 夕方の事、 両親を亡くしたあの時の事だ
牛見と言う夫婦が使う能力、 特に夫方が使う能力が確かその様な感覚だった、 エネルギー、 つまり能力発動に欠かせないミクロノイズを無くす力
あの時、 能力さえ使えれば、 日暮はもっと他に出来ることが………
「………日暮さん?」
っ
「……さっきまで能力使えたけど、 俺も確かめて見る、 ブレイング・バーストっ!」
し~ん…………………
やっぱそうだ…………
「どっ、 どどどっ、 どーして!? どうしましょう!?」
「あっ、 焦るな、 まだ何か方法が……」
………………
タンッ タンッ……
足音が、 軽やかで、 小さく、 しかし、 纏う存在感は大きく、 惹き付けられる程に強い
「無いよ方法何て、 皆、 もう何も出来ない」
チッ
魔王少女が歩いてくる、 角が生え、 目は真紅染まり、 自身の体の倍にもなるような槍を携えて
少女が前髪を鬱陶しそうに耳へ掛ける
「業魔刑・障杖灸忌、 指定領域内に大量に魔力を満たす事で、 ミクロノイズを押し出す、 つまりミクロノイズの存在しない空間を作り出す」
それ故に、 能力は発動しない
「業魔刑は私が指揮する魔王軍の中でも才能がある者が目覚める固有能力、 効果は様々、 牛見夫婦は凄いよね、 二人とも力を使えた」
でも、 だからと言って
「部下が出来て、 『魔王』に出来ないって事は無いでしょう? これ、
便利だよね、 能力者は手も足も出なくなる」
くそイラつく
「さ、 諦める気になった?」
魔王少女が日暮の隣、 フーリカに向けて笑いかける
「フー、 久しぶり、 来たんだ」
ふふっ
「貴方が来ても無駄なのに、 怯えて、 震えて、 助ける声に耳を塞いで、 ただ必死に、 無様に逃げてきた貴方が、 弱い弱い貴方がここに来ても、 ただの足でまといだよね?」
本当に…… 愚かしい
「おまけに、 唯一この状況を打破出来る能力も、 私の前ではなんの意味も成さない、 ねぇ、 貴方って居る意味有るの?」
隣のフーリカが震えるのが分かった
「無意味で、 無価値なお姫様、 あの時死んで居ても今と変わらなかったよね? 本当にフーは、 弱い………」
「フーリカは弱くねぇよ」
震える彼女の手を握る、 少し冷たい手を少し強いくらいの力で、 庇おうとかじゃ無い、 勘違いしてる様だから訂正しときたいんだ
「雑魚は居るよ、 何処にでも、 でもそれは、 偏った俺の評価だ、 本当に、 全ての視点から全部の人間を見下ろした時、 どんな事も力だ、 どんな奴にも力と可能性がある、 本当に弱い奴何て居ないんだよ」
日暮は隣のフーリカを一瞬見てから、 目の前、 魔王少女を強く睨みつける
「その中でもこいつは一際強い、 可能性も、 覚悟も、 想いも、 気持ちも、 優しさも、 眩しい位に、 俺なんかよりずっと」
ずっと、 手が届かない程に、 もうずっと……
「強いんだ」
握る彼女の手からも握り返される、 その力はやはり温かく、 眩しく、 強かった
「フーリカを執拗に追いかけ回して、 絶望と、 苦しみを与えた気に成っても、 こいつは何度でも立ち上がる、 それがこいつの強さだ」
「無様に逃げた? 違うね、 寧ろあの状況まで追い込んでおいて、 まんまと逃げられた時点で、 『魔王』の負け何だよ」
何故なら
「そのおかげで、 こいつのおかげで、俺は今、 こうしてもう一度立ってんだからな」
フーリカを見る、 だからさ、 そんな顔するなよ、 俺は、 お前が……
………
「……るいっ、 ずるいっ! ずるいっずるいっずるいっ!」
あ?
魔王が槍をフーリカに向ける
「どうしてっ! どうしてフーには簡単にその手を伸ばすのっ、 その温かさを向けるのっ! 私には冷たくするのっ!」
もうっ! あぁ、 もうっ!!
………
「魔王、 確かに私は逃げました、 日暮さんはこう言ってくれたけど、 逃げる事しか出来なかった…… そんな私に日暮さんは手を差し伸べてくれた」
だから
「私には、 貴方の欲しがる温かさが分かります…… でも、 きっと今の貴方がその熱に触れても、 貴方には冷たすぎる」
何故なら……
「貴方の渇望は余りにも大きすぎるから、 貴方はもう、 どうやってもその熱を感じられない程に、 暗く、 冷たい所に居る…… そう、 どうやっても、 貴方は救われないと思います」
はぁ…… はぁ!?
「何なの? フーリカ・サヌカ、 貴方に何か分かるって言うの? 理解出来るとでも言うの?」
「分からないから言ってるんです、 貴方自身が何も分からなくて、 それを伝える術を持たなくて、 私も分からないし、 日暮さんも、 貴方が分からない」
ただただ、 何も分からない、 求めて居る温かさも分からなければ、 彼女自身、 触れられてもその温かさが分からない
「貴方は白紙の様です、 でも、 悲しい位にもう余白が無い、 『魔王』は、 始まった時には、 もう何もかも終わっているんですよ」
うるさいっ!
「どいつもこいつもっ! 消し飛べっ!! 閻魔弾っ……………」
…………
ブワァンッ!!
?
何か、 一瞬、 とてつもなく大きい影が通り過ぎて…………
「雪を返せっ、 魔王っ!!」
ッ、 ドジィァアアアアアアンッ!!!
グラグラッ!
!?
上空から巨大な声が降り注ぎ、 地面を叩き付ける、 足元が揺れ、 立っていられない程に
これは、 あぁ、 この姿は………
「白大蛇さんっ!」
雪ちゃんに初めてあった日、 あの洞窟の中でトグロを巻いていた巨大な白蛇だ、 雪ちゃんとは随分仲良くしていた様だったが………
落下し、 一度跳ねた地点から体を持ち上げ、 捻り、 その尾を鞭の様に、 魔王少女へと力任せに叩き付ける……
ドジィァアアンッ!!!
うわっ……
魔王少女は大蛇の出現を見て、 納得した様に頷く
「やっぱり出てきちゃうよね、 勇者のお兄さんに髪止めを壊されたのは痛かったな」
魔王少女は崩れる髪に触れる、 その思考はつい先程、 勇者ナハトの一撃で小鳥の髪止めを壊された時の事だ……
あれは、 ただの髪止めじゃかった、 魔王少女が魔力を流し、 強引に力を与えた事で、 アーティファクトとなる
効果は『檻』、 魔王少女はこの街に存在する、 自分にとって厄介そうな相手を予め何らかの方法で触れる事で対象化し、 檻の中に封印する術を構築した
魔王少女にとって魔力とは手や足と同義と言えるほど卓越した魔力操作を可能とし、この街の空気に混ざる魔力、 それにさえ触れれば対象と化せる
つまり、 この街は少女の支配下となっていた、 本当は勇者や、 他、 能力者もそうしたかったが……
(……まさか大きい存在から優先して封印してたら、 たった四体だけで容量がいっぱいになるとは思わなかったな)
ある程度、 封印出来る容量がある事は理解していたが、 それでも普通の人を百人封印してもちっとも圧迫しないだろう
それらくらいには大きく考えていた、 だが、 優先した四体はその存在の輪郭が肌で感じるよりも数十倍もでかかった……
目の前の大蛇がその内の一体、 大蛇が出てきたという事は他三体もここに向かってくるだろう……
つまり、 なるたけ早く、 この大蛇を倒してしまいたいと言うのが魔王少女の考え……
だが…………
ジジジッ………
「……白従腱挺邪、 前々から疑問だったの、 聖樹の守り手である貴方が、 どうしてこの子を守っているのかな?」
あれだけの破壊エネルギーを打ち付けたにも関わらず、 魔王の結界は悲鳴をあげるに留まり、 壊れない、 思いの外大した事無いだろうか……
内心笑う魔王は、 以前から思っていた疑問、 自分の、 その肉体、 雪ちゃんを指して大蛇に問う
「単純だ、 雪は、 守り手で有る余が、 守るに足る存在だからだ、 それ以上でも、 それ以下でもっ、 無いっ!」
ぐるんっ!
叩きつけられたしっぽが柔軟に、 少女を囲う結界に絡みつき拘束する、 大蛇がその身を捻る……
ブワンッ! ……ドガァンッ!!
巨岩へと叩きつけられた尾、 その衝撃は相当な物だ、 そのまま、 大蛇は更にその身を思い切り振る
「吹き飛べっ!!」
ブォオンッ!!
………
ドガァアアアアアンッ!!!
聳える魔王城に何かが叩き付けられ大きな土煙が上がる、 ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる
月明かりに照らされた城の崩れた外壁の上に、 小さな影が立つ姿が見える
「明山日暮っ!」
っ
大蛇が日暮を見る事無く、 それで居て向けられたその声は大きく、 強く、 思わず唾を飲み込む
「余はあの日、 お前を信じて雪を送り出した、 お前が雪に差し伸べた手に希望を感じ背を押した」
そうだ…… 結局日暮は、 彼女に何かをして上げられた事は無い、 守る事も、 傍に居ることも、 受け入れることも出来なかったと思った
だが……
「勘違いをするなよ、 雪が魔王へと変わる事は、 彼女が魔王の幼体へと選ばれた時既に決まっていた事だ、 物語の外に居たお前が、 何をしようと何も変わらない事だ」
「だから、 勘違いするな、 余はお前を責めるつもりでは無い」
その声は、 威圧的だとそう思ったけど、 違った、 どこか優しかった
「永い時を生きた、 あの世界で数千年と生きた余に、 あの日お前と出会ってから今日までの日々などほんの僅かだ」
大蛇がトグロを巻き、 体に力を入れたことが目に見えた、 地面が沈み、 その力の揺らぎを感じる
「あの日雪に差し伸べた手を、 感じた希望を、 余は今もまだ信じている、 だから、 ……雪を、 頼んだぞっ」
っ!
バッ!
ドッ、 ガァアアアアアアアンッ!!!
大蛇が土煙を上げる魔王城へと高く跳ねる、 そのエネルギーと、 風圧が真正面からぶつかる
そうだ……
(……俺は、 俺は勝手にあの手を離して、 置いて、 遠くまで歩いて来てしまったんだ)
勝手に手を差し伸べて、 勝手にその手を振りほどいた、 そこに託してくれた心があったのに
もう一度、 もう一度真正面から、 その手を何としても掴む、 俺は……
「日暮さん、 逃げましょう!」
「あぁ、 行こうっ!」
………………………………………………
……………………………
…………
ガラガラ…… ドサァンッ!
「埃っぽい、 ん、 魔国式結界……」
グワァッ!
ドガァアアアジャァアアアアアアンッ!!!!
魔王城がどんどん崩壊していく、 上がる土煙の中で、 ギラリと輝く大きな目玉
「大蛇さん、 実際どうなの? 大蛇さんって強いのかな? それとも、 でかくて、 名前だけ有名な、 お年寄り?」
シュルゥウッ………
低い、 洞窟に風が巻き込まれていく時の激しい様な嘶き、 単純な怒りや、 感情の乱れでは無い
壮年の、 洗練された濃い敵意、 戦う前からその身を締め落とし、 呼吸すら困難となる程の臨場感
これが、 『白神』とまで呼ばれた存在、 古龍すら頻繁に空を飛び交う魔境で、 数千年間に渡り聖樹を他種族から守った
これがどれ程凄い事なのか、 巨大な聖樹が毎年数億と言う種を飛ばし、 広い世界に聖樹の成木が、 それでも数百本と無い事を考えれば、 聖樹核と言う莫大なエネルギー源を狙う者の多さは計り知れない
そして何より、 白神・白従腱挺邪の守る聖樹こそ、 世界で初めての聖樹の成木であり、 最も巨大で、 それこそが真の聖樹であると謡う物も多い
……
「どこまで行っても、 貴方は上位の存在、 なら、 私に示してよ、 その力をっ!」
バゴォンッ!
「叩き潰れろっ!!」
ふふっ!
「またそれっ! ただの質量攻撃じゃ、 私には効かないよっ!」
振り下ろされる尾、 それを結界が防ぐ……
バコォアアアアンッ!!
やっぱり
(……これくらいの力なら耐えられるかな、 流石に連撃でも喰らえば堪えるけど……)
そうも行かないでしょう?
「的が大きすぎるもんねっ! 閻魔弾っ!!」
ドガァアアアアアンッ!!!
「ギギャアアアアアッ!?」
少女の向けた指先から放たれる魔力弾、 結界に触れている尾を中心に大きく吹き飛び、 身は大きく欠損、 大蛇の悲鳴が響く
「はははっ! やっぱりっ! 無駄に歳とっただけの木偶の坊だねっ! おばあちゃんは、 そろそろ隠居したらどうっ!」
あぁ……………
ドザァアンッ!!
力無く崩れ落ちる大蛇の目には何が映る、 少女の笑い声、 それは大蛇には届いて居なかった……
……………………………………
…………………
……
『……おはようございます、 私の声が聞こえて居ますか?』
?
それは、 木漏れ日の様な優しい声だった、 心の底まで癒える様な、 草原を撫でる風の様に澄んだ、 声
『……貴方には、 守り手として、 白従の元に、 貴方は白従腱挺邪、 それが貴方の名前、 この種を護りなさい』
……………………………
………
っ!
目を覚ました時には見知らぬ景色を見ていた、 自分が何故ここに居て、 何をしているのか、 前後の記憶が全く無い
周囲をキョロキョロと見渡す、 見知らぬ景色、 冷たく茶色い地面と、 自分よりも遥かに背の高い草木、 そして……
「おはよう白蛇さん、 大丈夫? まだ怪我が痛む?」
人間の子供だ、 自分のすぐ側に、 女児だろう、 金や銀、 色とりどりの宝石、 質の良いだろう衣服を纏っているが、 彼女自身がその衣服に見劣りする程痩せ細り、 顔も疲れきっていた
「……何だ、 お前は、 ここは何処だ?」
「うわっ、 白蛇さん、 人の言葉が喋れるの?」
驚く少女、 しかし、 確かにそうだ、 言葉以前に、 自分は人という種族に出会った事は一度も無いし、 見聞きした事も無い
驚く声を上げた少女だったが、 その顔が少しずつ曇る
「大丈夫? ごめんね、 私、 手当がもう少し上手かったら良かったのに……」
そう言えば怪我がどうたら言っていたが、 自分の体を上から下まで見ると、 顔下のすぐ下辺りに布が巻かれている事が見て取れた、 その辺に痛みは無い
「人の子、 心配するな、 おそらく傷は既に直っている、 手間を掛けたな、 感謝する、 この布ももう要らぬ」
?
首を傾げた少女が恐る恐る伸ばした手で自分に巻きついた布を取る、 布に確かに血は着いて居たが、 皮膚の方は既に癒えて居た
「うそ…… 昨日は血が止まらなくて…… もう直ったの? 凄いね白蛇さん」
笑いかける少女、 何だろう、 この温かさは、 何も分からないと言うのに、 彼女の声を聞くだけで、 荒波が引く様に、 ずっと彼女の傍に居たいと思う程……
だが……
「人の子よ、 お前は何故こんな所に居るのだ? お前のような子がいる場所では無いだろう? ここは……」
少女がその笑顔を曇らせ下を向く、 そうして身に纏う豪華絢爛な衣装を少しはだけて見せる
それを見て、 目を見開いた、 と同時に声を、 自分の使命を思い出した、 そうか、 自分は、 彼女を守る為にここにいるのんだ
とても健康的とは言えない白い肌の上を、 木の根の様な物が蜘蛛の巣状に走っている、 それらはドクドクと脈打ち、 まるで彼女の命を蝕んで居るようだった
「……それは、 そうか、 お前が聖樹の……」
「うん…… これはね、 使命なんだって、 村長が言ってた…… 空のお星様から声が聞こえて、 こぼれた星が一つの種になったの」
少女はそんな有り触れた様な御伽噺を暗い表情で淡々と言葉にして行く
「私の家に落ちたんだよ、 私がまだ赤ん坊だった頃の話なんだけどね? 家が潰れて、 おじいちゃんも、 おばあちゃんも、 お父さんも、 お母さんも、 二人のお姉ちゃんも、 死んじゃったの、 顔も覚えて無いけど……」
それからも少女は語る、 唯一瓦礫の下から生き残ったのが少女で、 その後村長の家に引き取られ育てられた事、 空から降り注いだ種は少女に宿った事
そして、 その症状が強く、 色濃く出始めた頃に、 この使命の話を聞いたと……
「私は、 このままじゃ村の皆を危険に晒しちゃう、 遠く遠く、 誰も居ない所まで旅に出て、 そこで使命を全うしなさいって」
自分には理解出来た、 聖樹の種は、 今も少女の命を吸い、 成長を続けている、 このままではそう遠くない内に少女はその生命力を全て奪われ死に絶える
そして、 成長して行く聖樹、 その守り手こそ我が使命、 必然的に自分は、 目の前の少女の命も同時に見届ける事になる
少女は納得とは程遠い、 覚悟では無く諦め、 何とか受け入れて、 涙も流し飽きたと言う様な心持ちだったのだろう
「……何故君は余を助けた? 見知らぬ地で、 見知らぬ命を助け、 君に何がある訳でもあるまい、 何故だ?」
少女は困った様に、 それでも少し微笑んで、 なんの悪意も無く、 通り抜ける風の様に心地よい声音で言った
「だって、 すごく寒そうだったから…… 私もね、 一人で寒くて、 でも、 白蛇さんを助けたら、 何だか私まで温かくなってね」
「きっと、 初めて誰かに手を差し伸べて、 私自身、 初めて誰かの手の温かさを知ったんだと思う、 白蛇さんは、 凄く温かかった、 私、 寂しがり屋だから……」
少女が伸ばした手が自分に触れる、 確かに、 温かくて、 自分に触れた少女が笑うのが嬉しくて……
彼女を、 守りたいと思った、 彼女の傍で、 守り続けたいと思った
…………
いっぱいいっぱい話をした、 ともに遊んだりもした、 敵が近づいて来たら立ち向かった、 たまにコテンパンにやられる事もあったけど、 彼女が触れるだけでどんな痛みも苦じゃ無かった
互いに聖樹の種の守り人として、 使命を全うするもの同士、 自然と心の距離は近かった
少女と白蛇は、 肩を寄せ合い、 温め合い、 言葉を掛け合い……
……それでも、 やはりそんな日々はそう長くは続かなかった………
遂に、 少女の命が果てる時が来たのだ、 その頃には聖樹は完全に苗木として背を伸ばし始めていた
どんどんと痩せ細っていく彼女、 最後の方は殆ど寝ている時間の方が長かった、 それでも最後の最後、 か細い声で話をする事が出来た
「………ねぇ …………白蛇さん、 私ね、 思うの、 私は産まれた時からこうなる事は決まってたから、 どうして私だけこんな風になるのかなって…… でもね」
少女が力無い様にか細く目を開く、 薄らと覗いた瞳はやはり美しく、 とても優しかった
「………私の使命は、 白蛇さんに出会う事だったんじゃないかなって…… ここで、 こうして出会って、 触れ合って、 寄り添いあって、 笑いあって、 それがとても幸せだったから、 そんな風にね……」
思うの……………
白蛇は力無く項垂れる少女に絡みつく、 ゴツゴツと感じる木の根が鬱陶しく、 徐々に彼女の熱を感じる事が出来なくなる、 それが悲しかった
「うん…… 温かいよ、 白蛇さん、 この熱に触れる為に、 私はここに来た、 これが私の使命……… 白蛇さんもそう思わない?」
はぁ………
「思わないな、 君の使命は聖樹の宿命だし、 余の使命は聖樹の護衛だ、 互いの使命に、 互いの出会いは関係ない、 余たちの出会いは偶然だ……」
「……………ふふっ、 そうだね …………そうだよね…………」
あぁ、 そうだよ
少しずつ閉じられて行く彼女の目、 そんな少女を見つめて、 白蛇はその身を震わせる
だって……
「………そうじゃなきゃ、 おかしいよっ」
少女の瞼が僅かに震えた
「そんなのは…、 先に行ってしまう君の勝手な妄想だよ、 それで君一人が満足して死んで行ったて、 余は……」
白蛇は理解していた、 自分の存在を、 種としての強さを、 その身に満ち溢れる生命力を……
「余の使命は聖樹の守り手だ、 きっとこの先、 何百年でも、 下手したら何千年もここで、 この聖樹を守る事になる…… 同じだけの時を生きる事になる」
余りにも永い時を生きるだろう
「余の永い命の中の、 君と出会ったこの数十日、 比べてみれば本当に僅かな間の出来事が、 君と私の出会いの意味だなんて、 あんまりじゃないか……」
彼女が懸命に伸ばした手を、 悩んだ末に自分は触れた、 支える様に、 その温もりは確かにそこにあった
「……………………忘れちゃう? ………私の、 事……………」
「……かもね」
少女が苦しそうに、 でも、 どこか可笑しそうに笑う、 ほんの少しだけど口角が上がったのが見えた
「………………私は、 忘れないよ、 ……忘れない…………… きっと…… またいつか、 逢えるよ、 いつか……」
互いに忘れないで、 ずっとずっと、 生きていても、 死んでいても、 ずっと覚えていよう、 と……
「……私はこの温もりを、 忘れない………… だから、 ねぇ、 今、 覚えて…… 私の熱を、 覚えて、 忘れないで……」
そんな事、 言われたって………
そう思いながらも、 気がつけば白蛇は彼女の手に自分の体を強く押し当てていた
「……ふふっ、 うん、 うん…… 覚えた」
「…………余も、 君の熱を、 覚えたよ、 忘れない様に、 してみる……」
少女が頷く
「……………きっと ……またね」
「あぁ、 また、 ね……」
フッ……… ドサッ……………………
彼女の手が落ちた、 どんどんと、 残った熱も冷めていく、 それでも消えていく彼女の温もりを必死に記憶した……
………………
少しの間に、 肉体は崩れ、 腐食するよりも前に血肉の一欠片に至るまで成木の根に食われ
それでも、 彼女の衣服に触れた、 少しでも、 温もりのほんの少しでも残っているような気がして
どんどん擦り切れて、 風化して、 嵐が吹き荒れて、 雨が地面を叩きつけて、 それでも……
何時しか自身の体はとても大きなものとなった、 それ以上に聖樹は巨大な物となった、 その木の根は大地を抉り、 地中に膨大な量のエネルギーを蓄える
鉱石の様に光り輝き、 ほのかに温かさを感じる様なもの、 この輝きと熱、 その発生源はあの少女だ、 あの少女の命を食い産まれた生命力なのだから
だからこそ、 守るのだ、 そこらじゅうからこの木を睨み、 その生命力とエネルギー源である、 聖樹核を狙い
だが、 それは絶対に忘れない、 どんなモンスターも、 たとえ龍だろうと、 噛み付く、 絡み、 捻じ切る、 殺す……
ここに絶対的な不落の成木が生まれた、 最強の守り手、 白従腱挺邪が生まれたのだ、 絶対に奪わせない、 この温もりを、 絶対に………………
…………………………
…………
この世界で雪と初めて出会った時、 感じたのは懐かしさだった、 遠い昔の、 か細い記憶の彼女より少し幼い様にも見えたが、 雪を守ろうと思ったのは、 この子が彼女と被って見えたからだ
あの日触れた温もりが、 熱が、 優しさが、 それは同じ年頃の少女だからか、 それともそこに、 確かな共通点があったのか……
かつて『白神』とまで呼ばれた蛇が、 産まれも遠きこの地にて、 一人の少女の守り手を始めたのは、 似ているから、 ただそれだけであり
やはり、 『使命』と言う言葉で誤魔化すことの出来ない、 大切な温もりを奪われた事に対する密かな怒り
そして………
『……もう、 二度と奪わせない』
もう、 遠い日の、 記憶の中でのみ感じる事の出来る温もりを、 奪わせはしない、 二度と、 『運命』には奪わせはしない
だから、 だからこそ………………
この世界で、 どんな手を使ってでも………
『使命』を、 捨ててでも
……………………………………
……………………
……
ガララッ
崩れ落ちた魔王城の瓦礫が僅かに揺れる、 その音に今にも立ち去る準備をしていた魔王少女は後ろ髪を引かれる様に振り返った
「……何だろ? まだ少し息があったかな? まぁ、 どっちにしろ変わらないよね、 はははっ…………」
…………
ドガァアアアアアンッ!!
!?
瓦礫群が思い切り、 大きな音を響かせ弾け飛ぶ、 空まで届くかと思われる程飛び上がったそれらは………
「………え?」
ピタッ………
現実離れした光景、 数十t、 数百tともなるだろう瓦礫達が、 空中にて固定された、 月明かりをまばらに遮り、 不可解な影を濃く作る
ビチャビチャビチャッ!
何だ? 音、 肉が疼く音だ、 ハンバーグでも捏ねているかのような、 粘土を持った音だ、 これは………
不意に、 白い肌が瓦礫の下に見えた、 体を負傷し倒れた白大蛇だ、 その肉体は今も地面に横たわって…………
いや、 何かおかしい、 僅かな風に揺られ、 ビラビラと、 軽い、 まるで風に舞うビニール紐の様に薄っぺら……
……そうか、 これは、 脱皮した、 蛇の皮だ……
その納得が、 無意味で、 生産性の無い思考だと気が付く前に、 まばらに見えた月明かりが遮られ、 完全なる闇が、 影が魔王少女をおおった
シュルルッ……
魔王少女は上を見る、 空中に張り付いた瓦礫群を這い、 何かが移動している、 暗闇に紛れる様に、 暗殺者の様に、 巨大なのに、 目で捉えることが難しい程に……
(……何? 大蛇さん? それにしては、 気配が違う……… さっきよりも、 大きい……)
スッ………
「閻魔弾っ!」
ドガアァアアアンッ!!
「ばんっ! ばんばんっ! ばちぃんっ!」
ドガァアアンッ! バァアアンッ!! バゴォオオンッ!!
ドォガァアアンッ!!
………
シュルルッ…………
(……外したか、 適当に打ってたんじゃキリが無いけど、 取り敢えずこの瓦礫を全部落とせば移動出来ないでしょ)
少女の放つ魔力弾は確実に宙を浮く瓦礫を破壊していく、 一定の形を崩れした瓦礫は重力に従い落ちていくので、 このまま打ち続ければ良い
魔力が無尽蔵に使える、 それも固有領域、 『魔国浮顕』の強みだ
「ばんばんっ! あははっ、 ほらほらっ、 逃げ惑ってないで、 さっさと出てきなよ死に損ないっ!」
バァンッ! ドガァアアアアンッ!!
ん?
………
バジィンッ!
瓦礫群の中から大きな影が飛び出す、 まるでこちらに飛びかかる様に、 頭上から喰らうかのように大口を開けて……
「無駄だって! さっきも言ったでしょっ、 的が大きすぎるって!」
すっ………
「閻魔弾っ!」
魔王少女の指から放たれる魔力弾、 そのエネルギーが解放されるその時……
ドザンッ!
っ!?
突然、 足元が無くなる、 体が空中に投げ出される、 これは、 やられた……
(……私の足元の瓦礫を浮かせたのか)
背中から地面に吸い込まれる……
いや
ピタッ
(……私は空中に浮けるから、 無意味だけど、 さぁ………)
ドッ!!
っ
ドザァアアアンッ!!
魔王少女は驚く、 浮き上がった体が、 しかし、 地面に叩きつけられる、 物凄い重力……
あぁ、 そういう事ね
(……重力魔法か、 精霊を媒介にする人と違って、 大蛇さんならこのレベルの魔法も余裕で打ってくるか)
でも
「魔力操作でっ! 『魔王』に勝てるわけ無いでしょッ! さぁっ! 殺ろうっ! ばぁちぃんっ!!」
眼前に迫る大蛇、 その肉体に、 確実に、 魔力弾がヒットし、 弾ける
バジャァアアアアンッ!!
吹き飛ぶ大蛇の顔面、 ほんの少しだけ違和感を感じた、 悲鳴すら上げなかった事にでは無い
(……何? この生命力は、 とても首が無くなったとは思え………)
グジャラッ、 グジャッ!!
ベジャアアアアンッ!!
っ!?
生えた、 新たな首が、 ほんの一瞬で、 この再生速度の速さ…… 空帝・智洞炎雷候に匹敵する……
……………
ドガジャァアアアアアアンッ!!
ボガァンッ!!
バンッ!
魔王少女は足元に空力を作り蹴った、 ほんの紙一重、 大蛇のアギトがすれすれを通り過ぎる、 そのまま地面を衝突……
ゴゴゴゴッ…………
地点を見ると、 巨大に地面がえぐれていく、 大蛇の姿は見えない、 まさか……
(……地中を泳いで居る?)
地面が大きく揺れる、 まるで立っていられない程の地震、 地面が次々陥没して行く、 まさか思わなかった、 蛇が地面を泳ぐなんて……
そもそも、 ここは魔王少女の領域内、 目に見える景色や建造物は実態として存在こそするが、 それらは魔力で作り出された仮想体に過ぎない
その瓦礫に重力魔法をかけたり、 その地面を揺らし泳いだり、 魔力で作られた仮想体に、 更に魔力を掛けるのは事象の改変だし、 この揺れだって、 この領域内で正常な物理法則を作り出す事も妙だ
つまりこれは……
(……私の領域内で、 誰か他の領域術が発動している、 私の領域がその分圧迫されている、 誰が……)
ゴゴゴゴッ………
いや、 やはり、 今この状況で最も可能性があるのは……………
…………
ッ
ドゴガァァアアアアアアアンッ!!!!
地面が大きく爆ぜる、 持ち上がり全てが天地が入れ替わる程、 地面が空へ投げ出される
ゴボゴボゴボッ!!
ボォオオンッ!! ボガァアアンッ!! ドガァアアアンッ!!
バゴガァアアンッ!!
熱、 これは溶岩、 赤黒く光と熱を放つドロドロの液体が爆発を引き起こし、 吹き上がる
(……こんなに深くまで潜って、 いや、 違う、 やられた)
上を見る、 空は見えない、 空に舞った地面が重力魔法で空中に固定されドーム状に球体の壁を作っている
すり鉢状に陥没、 抉れた地面から吹き出すマグマが薄暗く、 恐ろしい程熱く、 この空間を照らし燃やす
完全な球体、 閉じ込められた……
やはり、 これが、 この内側がもう既に…………
………
「造形・崩形、 創廻・暴壊、 生転・死点、 大地は畝り、 想像と破壊を繰り返す、 星命ある限り……」
ゴボォアアアンッ!!
吹き出し登る火柱、 これは地中深くに居るからじゃない、 ここが、 既に、 閉じられた
「地星膨転・琉硫已炎灯核っ!」
(……大蛇さんの領域何だっ)
ドドンッ!
地の畝ねる様な音、 地、 地面、 その下は、 誰も見たことの無い領域、 目に見えない星の核、 見通すことの出来ない黒底
『魔王』という力すら引きずり込まれる程の強力な世界の躍動、 地震、 火山活動、 地脈、 エネルギーの源
誰かが言った、 目に見える物が世界では無いと、 感じる事の出来る物はとても小さな世界だと
誰かが言った、 空が、 海が、 地中が、 想像出来ない程広い世界で、 想像も出来ない程大きな次元で、 生態系は構築される
そして、 そこには必ず帝王が居る、 全ての領域に、 それぞれ絶対的な力の支配を可能とする帝王が居る
人は、 まだ見ぬその想像すらつかない強力な者達を、 世界の帝王、 『世帝』と名付け、 空に、 実際に目にした巨大な龍に恐れをなし、 海に、 地中に、 同様の存在を仮想し、 三体の世帝を畏れた
比較的目撃例の多い『空帝』と違い、 『海帝』と『地帝』は殆ど目撃例は存在しない、 全て眉唾である
だが、 そんな眉唾話の中にこんなに物が有る、 曰く、 地中を総べる『地帝』は……
その暗底の中ですら眩い程美しく、 まさに世界想像の力の結晶の如き力強さを持つ、 白色の巨大白蛇で有ると
……………………
あぁ……
溶岩が照らす、 息も苦しい程の地中深くで、 その僅か光をそれでも強く跳ね返す程の白蛇、 その強大さがようやく理解出来た……
白大蛇、 白従腱挺邪、 聖樹の守り手として『白従』の元に縛られ、 『白神』として聖樹と共に崇められたその蛇の正体は、 数千年前、 かの地にて産み落とされ産声をあげた……
『地帝』、 瞑底創壊官の帝童、 溢れ出る存在感は、 世界創成の頃、 地を削りかの世を造形したとまで謳われる神にも近き大蛇、 その血を分けた子供なのだ
ごくりっ……
思わず唾を飲み込む、 空帝・智洞炎雷候と戦った時、 魔王少女は圧倒的な力の差を感じた、 彼が退いたのは運が良かったからだ
『白従』を捨て、 使命を、 守り手を、 出会いを、 温もりを、 その生きてきた証を捨てた大蛇……
ギラリッ
ははっ………
あの時と同じ感覚がする、 握り潰されそうな程の圧迫感、 自信の小ささを感じる程の威圧感……
さて……
「わくわくして来たっ、 確かめたい、 私が何処までやれるのか、 ああっ! あははっ、 楽しもうよっ!」
魔王少女の笑い声が地中深くで木霊する、 大蛇がその身をくねらせ力を込める、 今宵、 その巨大すぎる二つが真正面から衝突しあう
それを止められる者等いやしない……