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第百十八話…… 『最終章、 下編・4』

暗い、 光の刺さない場所、 何も無くて、 何も映らない所、 ただ、 押し殺す様に小さく声が聞こえる


すすり泣く様な声だ、 どこまでも幼く、 無垢で、 自分と似ている、 何も見えないし、 どうして泣いているか分からないけど、 自分と同じに泣いている


怖いのか、 寂しいのか、 悲しいのか、 何も分からない、 ただ、 寒い……


助けて欲しい、 優しく、 強い背中が、 自分の前から遠ざかる、 置いて行かないで欲しいのに、 どんどん、 どんどん遠くなる


手を伸ばしても届かなくて、 歩き出そうとしてもダメで、 ならいっそ、 全てを忘れてしまえば良いと思った……


だけど、 暖かい別の何かがそっと現れて、 深く、 暗い所から手を引いて、 外の世界へと連れ出してくれる……


そんな事があればどれ程良いのだろうか、 誰かこの寒さを奪って欲しい、 隣で一緒に温めて欲しい


欲しい、 欲しい、 欲しい……


優しさが欲しい、 温かさが欲しい、 ただ只管に貴方が欲しい……


あぁ、 皆、 同じ何だ、 ここに居る皆が自分と同じで、 寒くて、 震えて、 泣いているんだ……


あの日、 あの日、 あの日の、 差し伸べてくれた手の温かさと、 明るさが、 皆も欲しいんだ


今までそんな人が一人も居なかったから、 羨ましくて、 だから、 欲しいんだ


欲しい


欲しい 欲しい 欲しい……


………………………………



……………



……


「私は貴方が欲しいんだよ、 お兄さん」


内側から絶えず湧き上がってくる感情が、 『魔王』と言う力に注がれる事で、 新たな一つの意識が産まれる


魔王とは、 弱くてはダメだ、 強く、 圧倒的で無くてはならない、 必然的に、 脆く弱々しい子供の意識では力を振るう事は出来ない


その分を『魔王』と言う意思が補填し、 肉体の主導権を得、 すげ変わる、 初めの内は、 それもただ無機質で、 機械化されたように一方的だった


だが、 代を重ね、 多数の感情が入り乱れ、 捻れ、 溢れ出そうとした時、 『魔王』は変質し、その有り様は一変した


今まではそれでも関係が無かった、 何故なら、 魔王とは獄路挽ごくじびきの傀儡であり、 意思等無かったからだ


でも、 今回は違う、 初めて奴らの束縛から外れ、 自由を得た、 肉体の意思よりも更に大きく、 異質な『魔王』と言う名の意思は鎖を外され、 暴れ出す、 ただ、 己の欲望の為に………


…………


魔王少女が自身で展開した領域術、 『魔国浮顕』は魔王の心想世界を具現化し、 世界に干渉、 指定領域範囲に相手を閉じ込める一般的な結界術構成とほぼ同義である


目に見える構造物や風景は実感として存在しているが、 それらは代毎に違いがあり、 当代の『魔王』、 その受肉体のイメージが反映されると考察される


つまりこの景色は、 今第の魔王、 その幼体である雪ちゃんが、 『魔王』と言う言葉に無意識的に想像した景色であり、 御伽噺や、 ファンシー色が強い


つい先程、 勇者ナハトの能力で、 またしても逃げ延びた明山日暮、 だがここは彼女の領域内、 その位置は手に取る様に分かる……


「………あれ?」


筈だった


気配を辿り、 着いた地点にて少女は困惑する、 そこには……


ペチッ ペチッ


「……お魚さん? 何で? どう言う事?」


あっ


「そっかそっか、 私うっかり…… この領域に入ったのはお兄さんと、 勇者さんだけだと勘違いしてたんだ」


指定は曖昧だったが、 範囲は広くした、 ナハトの能力は瞬間移動が可能だから確実に閉じ込める様にそうした


だが閉じ込める対象は選択していなかったので範囲内に居た者は等しく閉じ込められている


「ちゃんとお兄さんの気配を追ってたつもりが、 他の気配を拾っちゃったか、 でも、 どうしてお魚さんが?」


無意識的に、 子供が興味のある物に手を伸ばしてしまう様に、 魔王少女は跳ねる魚にその手を………


ばしゃぁんっ!


「うわっ!?」


べちゃっ


突如、 魚が弾け飛び、 その血肉、 内蔵を撒き散らす、 魔王少女にもそれは付着した


「何これ…… 最悪……」


ぐじゅくじゅっ……… ばちゃっ……


飛び散った血肉が更に跳ね、 膿んだ様に破裂していく、 熱を持つ、 強い酸性の物質に触れた様に、 熱く、 燃えるように………


バシャッ!


「痛っ…… はぁ…… そう言う事ね」


少女が躊躇いなく飛んだ血を拭う、 全身に魔力を巡らせることで弾き飛ばす


ベチャッ


周囲を見る、 気配が突然増えたと思ったら………


ギュロロッ…… バジャバジャッ………


空中を大量の魚が泳いで居る、 真っ赤な血の色、 いや確か、 これは本物の血で作られた……


ザッ ザッ……


「あははっ、 勇者さんの仲間の中で、 貴方の事は殆ど知らないよ、 お魚のお兄さん?」


鈍い銀色がちらりちらりと光を反射する、 そこに絶えず流動し続ける、 赤色の魚群、 夥しい数の魚群が渦を巻いて人型を作る


「俺は魚惧露ぎょぐろだ、 お前は、 魔王と言ったな、 破壊と、 混沌を産み、 愉しみ、 他者の絶望する姿を見、 笑う者……」


魚惧露、 彼の本体、 地字安村ちのじあそんは、 元連続暴行殺人事件の容疑者である


「お前は、 歪、 だ、 本来弱く有る筈の子供の肉体に宿り、 力を与え、 しかしお前自身に何か目的が有る訳では無い、 そうある様に作られた為か、 巨大だが薄っぺらい」


魚惧露の言葉は妙だった、 無機質で、 淡々と、 機械的で、 感情の起伏をまるで感じない、 機械音声と話している様な気分になる


「私はまだ自由になったばかりなの、 やりたい事や、 この力でしたい事は、 今考え中、 今はただ、 あの日差し伸べられた温かさが欲しい」


少女は、 その異質な存在を前にしても笑う


「それなのに勇者さんったら、 酷くない? 私を終わりにするんだって、 理不尽に人生を奪われて、 楽しく、 明るい日々を壊されて、 その苦しさがお魚さんには分かるよね?」


魚惧露は質問には答えない、 だが彼だからこそ、 言えることが有る


「お前は、 俺と、 同じだ」



「俺は、 俺の本体である、 地字安村の今際に残した意思に、 ミクロノイズが干渉、 焼け着いた様に、 生まれたのが俺だ」



「……それで? そんな貴方と、 私が同じって言うのは?」


魚惧露の周囲を徐々に、 イワシの群れが渦巻く様に、 血赤色の魚の群れがアクアリウムの様に、 月光を受けぬらりと光る


「地字安村は既に死んだ、 どれだけの怒りや、 暗い感情を抱こうと、 それはもう終わっている、 ミクロノイズと言う力に干渉さえしなければ、 俺は、 魚惧露は存在しない」


そして


「それが当たり前だ、 終わった者の意思を代弁し、 第三者が力を振るうのは、 有り得ない、 間違った行いだ、 俺は、 間違って居る、 そして、 其れはお前もだ」



「な~に? 何を言い出すかと思ったら凄く退屈だね、 代弁? 違うよ、 私は私、 既に一つの意思として完成してるの」


スッ


少女が指を向ける


「つまらない説教なんか聞きたくないよ、 お魚さん…… ばちぃん」


ドガァアアアアアアアンッ!!


巨大なクジラが大口を開け、 小魚の群れを一気に平らげる様に、 少女の放つ一発の魔力弾が、 魚惧露を木っ端微塵に吹き飛ばした


はぁ……


ため息を吐く少女、 つまらない様に目を瞑る、 さて、 他の気配を探る……


……


バチッ、 チィッ!



雷絶強糾らいぜつこうきゅう、 熱雷・青電志鳥刹せいでんしちょうせつっ!!」


バッ!


ィツ、 チィィイイイイインッ!!


バリバリバリッ!!


っ!?


魔王少女は目を見開く、 唐突だった、 余りにも気配を感じなかった、 一瞬の内に世界が真っ白に、 貫く力……


バリィインッ!!


結界の崩壊、 砕け散る様な、 これは、 電撃?


バチバチッ……


……


「おおっ、 これが、 素晴らしい威力だ、 同じ属性種として、 やはり異次元と言えよう、 空帝・智洞炎雷候ちどうえんらいこう


その声は上から降り注いだ、 空を飛ぶ、 それは……


「いたたっ…… 鳥帝志属・金轟全王落弩こんごうぜんのうらくど……」



「おや、 僕の事を知っている何て光栄だね、 君からしたら僕程度目にも映らないと思っていたが、 何時までも下らない所で立ち止まっている君にはね、 ははっ」


明らかな挑発だった、 必要以上に怒ることは無かったが、 視線は光り輝く黄金の鳥に吸い寄せられていた……


だから……


ぶわっ……………


血棘窮底けつきょくきゅうてい腐魚獸冶ふぎょじゅうじ……」


グリュッ!


血赤色の魚、 鮫の如き巨大魚が突然現れ、 百メートルも加速して来たと思う程の強力な力で少女に衝突


「うっ!?」


ただ、 それだけでは無かった、 電撃で破壊された結界、 その構築はまだ完成して居ない


その間に、 鮫は膨張………


グッ、 バジャァアアアアンッ!!


大破裂、 派手にその血を撒き散らす……


ジュゥ……… ベジャァ………


「なに、 これっ! 魔力循環っ!」


ギュルルルルッ!!


魔力波が少女の周りを高速で循環、 全ての血を巻き込み弾け飛ぶ……


バシャァンッ!!


…………


ギラリンッ!


光る、 目の前が血赤色に覆われたその一瞬、 その間を抜い光が迫る……


慧尺けいしゃくたち綺來麗きくるりっ!」


これは…… 勇者の………


ッ、 ビシャアアアンッ!!


バギィンッ!


っ!


正確に振り上げられた光の剣、 今代の勇者、 ナハトが笑う、 音速にすら迫る剣が顔を掠めつつ、 少女の髪を飾る、 黄色の可愛らしい髪留めに触れ


破壊する


「っ、 お母……」



「ははっ、 お前のじゃねぇよっ! 慧尺の断・玥広罫津げっこうけいづっ!!」


畳み掛ける様なナハトの攻撃、 少女は結界を再展開する事を諦める、 閻魔弾、 その際指先に溜めるエネルギーを限定せず、 全身から放つ


閻魔爆扇えんまばくせんっ!!!」


膨らむエネルギーの膨張、 自分を中心に全方位に対する爆発、 接近したナハトも巻き込まれ……


「魚惧露っ!!」



「一歩引けっ! 血棘窮底・暴嵐泳血ぼうらんえいけつっ!」


バジャバジャッ!


グリァリャリャアアアッ!!!


爆発的に増幅、 暴れ狂う嵐の勢いで渦を巻く魚群、 少女を取り囲み抑え込む……


…………


ッ、 ボガァアアアアアアンッ!!!


爆発、 一歩距離を取っていたナハトは爆風に巻き込まれるが、 魚惧露のおかげでそこまではダメージをおっていない


やがて爆炎が晴れる


魔晶印ましょういん形成…… 魔国式結界・閉透唱掾鬼へいとうしょうぞうきっ!」


魔王顕現


「ちっ、 そう来るよな、 この領域内なら、 魔力は満ち溢れてる」


閉透唱掾鬼は『魔王』の使う魔国式結界の術の中でも多くの魔力を使用する、 効果は『魔王』と言う概念に対する絶大さ、 その全開放状態を意味する


使用中も大量の魔力を消費する為おいそれと使える訳では無いが、 効果発動中はバフの様に、 全ての術や、 魔力操作の精度や速度は数十倍にまで跳ね上がる


『魔王』の固有結界、 魔国浮顕まこくゆうげんには超緻密な魔力操作が必要となる為、 魔国浮顕に、 閉透唱掾鬼は必須である


寧ろ、 魔力操作で他を上回る『魔王』と言う存在が、 魔国浮顕の術の発動以外で閉透唱掾鬼を使う事は稀


つまり……


「本気になってくれたって事かな? 魔王?」


角が生え、 真紅に染めた瞳で、 魔王は周囲を見渡す


「みーんなこそ、 そんなに私を殺すの本気になっちゃって…… 総動員って感じだよね?」



「元々、 俺達で魔王を倒すつもりだったんだ、 人員は減ったが、 これくらいはやるさ」


空を羽ばたく雷鳥が笑う


「僕は違うけどね~ まあ良いよ、 次期鳥帝を狙う身として、 人間共の小競り合いに少し興味あったんだ~」



「それは良かったよ! でも君はモンスターだから、 魔王に操られないよう気を付けてよ!」


ナハトの言葉、 分かりきった様な言い口に少女は少し苛立つ、 雷鳥は笑う


「はははっ、 不思議だよね、 魔力ってさ、 以外にも実態と言うか、 物質的と言うか、 その挙動は物理法則を越えられないんだ」


バチィンッ!


「強すぎる雷撃は物理法則すら捻じ曲げる、 押し寄せる魔力波が屈折して、 僕を避けて行く、 ま、 自前でこれくらい強い電撃が出せれば良いんだけど」



「……やっぱり、 所詮族帝未満の力しか持たない貴方の力がこれ程強力な訳が無い、 しかもこの雷撃、 空帝・智洞炎雷候の物に似ている、 何をしたの?」


雷鳥は答えない、 だが実際にその通りである、 雷鳥の雷撃、 それはかの空帝・ 智洞炎雷候のものであった


何故そんな事が可能なのか、 それを可能にしたのは、 ナハトのもう一人の仲間、 冥邏めいらの能力、 テンリ・サライである


テンリ・サライの能力は、 自身の肉体の一部を、 全く別の物質に変換し、 その効果を再現する、 その再現度は完璧で、 この街にかの龍を呼び寄せた実績がある


テンリ・サライで作られた能力は、 本人が死ねば解除され効力を失う為、 本物であり、 偽物とも言え、 それを相手に譲渡する事は基本的に出来ないと思われていた


だが……


『……俺の物質変換は、 俺が死ねば解除されるが、 俺が死なない内は解除されない、 それが例え、 俺から切り離されて居ても』


………


それは意外な提案だった、 冥邏の作り出した物を、 冥邏から切り離し、 雷鳥へ一時的に譲渡する、 それが可能とした時


甘樹街上空で行われたあの戦いを見ていたナハトが、 冥邏へ頼んだ物、 雷鳥が受け取った物、 それは


空帝・智洞炎雷候の製雷器官、 名前を関する炎と、 雷は、 かの竜の内臓器官から発生するもので、 内燃機関と、 製雷器官を持っている


そして、 あの戦いで、 智洞炎雷候の放つ雷が、 魔王の結界を破壊する事を知っていた


扱う物は誰でもいい訳では無い、 それは、 産まれた時から帯電体質であり、 雷撃を得意とする、 雷鳥、 金轟全王落弩しか有り得なかった


「シェルター襲撃の時、 いきなり連れ去られた時には驚いたけど、 良いよ、 協力しよう」


雷鳥の一撃と、 ナハトの勇者の力、 共に魔王の結界を破壊するだけの力有り得る


そして何より……


(……お魚のお兄さんの血の爆発、 あれをまとも食らったらダメだ、 あれは現象として異質すぎる)


未だ渦を巻くだけで実態感の無い魚惧露、 初めの爆発で消し飛んだかに思われたが、 まるで攻撃が当たる感覚は無い


(……物理的攻撃は効かないとなると、 私の持つ手札の中で一番効果が有るのは世界を切り裂く杭かな、 あぁ、 もうっ)


魔王少女の放つ世界を切り裂く杭、 駁至咩仍はくしびじょうは、 文字通り世界を切り裂き、 多次元的な介入を可能にする正に異次元の術


おそらく魚惧露相手に物理攻撃が効かないのは、 存在する次元的要素にズレが有るからだろう、 だが


駁至咩仍は空間を切り裂くと言う性質上、 展開した領域、 魔国浮顕ごと切り裂いてしまう


領域術を展開する事による効果は様々だが、 全てに共通して言える事は閉じ込める事で、 内側と、 外側に空間として大きな違いを生み出すという事だ


それによる隠蔽生による限定こそ、 領域術の存在定義とも言える、 しかし、 それが破れ、 外界との接点を持った時、 内と外は混じり合い、 効果は中和、 領域はその体を成さない


だからこそ魔王は反省せざるを得なかった、 この効果はナハトの想定の外にあり、 完全に魔王本人の甘さが生んだ効果だった


ナハトの想定では、 天閣の主がこの街に下ろした結界、 あの内側を一掃した後、 邪魔をする物が居なくなった時点で、 丁寧に『魔国浮顕』の領域を作り始めると思っていた


だが、 今代の魔王は特別製、 少し馬鹿り雑でも魔国浮顕をある程度の形として完成させ展開する事を可能としていた、 それが今の状況で、 ナハトの想定ミスだった


しかし、 魔王のミスにもなり得た、 今までの魔王とは、 獄路挽の傀儡、 自身で考えない操り人形だったからこその絶大さ、 つまり獄路挽の策略の強さとも言えた


だが、 その支配下から外れ、 初めて魔王は自分の意思で力を振るう時、 それは余りにも未熟で稚拙


実際に今回の『魔国浮顕』の発動は、 目の前の日暮と、 ナハトを閉じ込める為に後先考えず使用したと言う側面が強い


感情に流され、 出来ると思ったから使ったと言うのは、 動機として幼稚であり、 その代償がこの状況だと考えると魔王少女としては頭の痛い話で有る


(……『魔国浮顕』の発動は予想外でも、 それなりの下準備の末に最適解を引いて、 結果的に今この状況か……)


ジジッ


記憶が波打つ、 そうか、 常にそうだった、 人と言うのは、 いや、 勇者という存在は常に、 実力で、 奇跡を引き寄せる……


「だから言った、 お前は間違って居ると」


魚惧露だ


「既に終わった者、 その意思を、 感情を言い訳に、 この世に張り付き息をする、 俺も、 お前も間違って居る」



「うるさいなぁ、 なんなの貴方は? 分かった様な気になって、 皆私の中で生きている、 求めている、 その意志を失わず持っている、 貴方とは違うよ」


それを勇者ナハトが笑う


「だから、 そんな事言って無いんだよ、 ただ皆、 終わりを知らない、 理解出来てないだけだ、 魚惧露の言葉借りるなら、 終わった意思を変質させたのは正しく『魔王おまえ』だ」


死んだ、 勇者に首を切られた時点で、 終わったのだ、 しかし、 『魔王』と言う力にその意思が保存される事で、 終わりを理解出来ず、 その意思は果ての無い程の渇望状態へと成る


それこそ『魔王』と言う力の強み、 代を重ねる毎に力を増す、 その性質こそが強みで、 彼ら彼女らを縛り苦しめる強固な鎖となっている


誰かが、 その楔を壊し、 囚われた魂達を正しい輪廻の流れへと返してあげなくてはならない


そして、 何より……


「お前が宿る、 その肉体の少女は今も生きている、 その子だけは終わった現象では無い、 終わった者が、 今を生きる者を縛るな、 今を生きる者の力こそ美しく、 尊く、 強いのだ」


その言葉は魚惧露だった、 正直意外だ、 連続殺人犯の容疑者として、 世間から、 マスコミから、 そして最後には両親からすら憎悪と嫌悪を向けられた彼が……


いや、 だからこそなのか、 彼は死した時、 何を考えたのか、 地字安村は死んだ時、 怒りを抱き死んで行った筈だ


勿論、 魚惧露はその意思を継ぎ、 その怒りが生んだ存在と言えるだろうが、 ある意味生まれ変わった彼は、 そんな存在になったからこそ、 命や、 人の精神について考えた


その結果、 魚惧露自身の歪さに、 魔王と言う存在の歪を重ね、 そこに捕われる少女の事を想った、 魚惧露にさえ分からないが、 それは既に終わった、 地字安村と言う彼の本体、 その人間の優しさ、 正にそれだった……


「どいつもこいつも…… 私を否定するね、 他人に作られて、 良いよう扱われて、 今回だってそう、 私を作ったのは勇者さん、 貴方なのに」



「終わらせる為にそうしたんだ、 他に方法が分からなかったからここに懸けたんだよ、 その為に覚悟はしている、 だから魔王、 お前もそろそろ覚悟するんだな」


……


あぁ、 ああっ、 もうっ!


「私が欲しいのは、 お兄さんだけ」


フォンッ! …………


目の前から魔王少女の姿消える、 領域内を転移したか、 明山日暮の位置を特定したのだろう


「ナハト、 少女が消えたぞ」



「あぁ、 追おう、 明山日暮を転移させたのは俺だ、 場所は分かってる」


バサバサッ


「もう少し付き合ってやろうか、 望野もう少し帰るのが遅くなる」


魚惧露と、 雷鳥は、 走り出すナハトの後を追い掛けた、 逃げ出した魔王を追う、 明山日暮が死ねば、 全てが終わりだと、 ナハトは思う


「せいぜい生き延びてくれよ、 明山日暮、 恐らく、 お前が唯一の、 『魔王』を倒せる奴なんだからよっ」


………


そして、 かく言う日暮は……


……………………………



………………



……


『……お前の両親を殺したのは雪ちゃんじゃない、 『魔王』と言う力、 その意思だ』


……そんな事言われても………


『……あの肉体を操り笑ってるのはあの子じゃない、 あの子は今も怯えている、 助けを求めている』


……………そんな事、 言われても……………



………


「何か、 分からなくなって来ちまったな…… 魔王を倒せって言ったり、 雪ちゃんを助けろって言ったり…… 雪ちゃんが魔王なんじゃねぇのかよ」


意思って、 何だよ……


「俺の両親を殺した事に変わりはねぇだろ…… 説明が足りないんだよ、 分かんねぇ……」


何で、 何で今更………


「……俺は、 両親を殺したのが雪ちゃんじゃ無かったら良い何て思ってるんだ、 この期に及んで、 あの子を助けたいなんて思うんだよ」


あの笑み、 違うだろ、 両親を殺して、 日暮を笑った笑みと、 初めて雪ちゃんに出会って、 彼女が日暮に見せた笑み、 それは違うだろ……


「俺は…… どうすりゃ良い、 俺は何でここまで来たんだ? 何でもう一度立ち上がったんだ?」


怒りだ、 怒りが日暮をここに連れて来た、 怒りが日暮をもう一度歩かせた、 両親の仇、 それを討つ為に……


なのに……


ナハトが、 この世界を、 いや、 そんなに大きな範囲じゃ無かった、 街二つ分ぐらいな物、 だとしてもそれがまるっと滅んだ


この際、 外の奴らなんか関係無い、 まるでカプセルを半分落とされた様なあの迫り上がる透明な壁で区切られ、 放たれたモンスターは人を殺した


この世界にモンスターを放った事だって、 ナハトにして見れば意味があった、 人は大勢死んだが、 モンスターを一定数放たなければ天閣はこの事態に気が付けなかったろうと言っていた


あの半球状の結界こそ、 ナハトが欲していた、 『魔王』をこの世界に閉じ込める為の結界、 その為にこの街を終演に導いた……


その結果を初めから理解していながら、 それを行った、 そのどこまでも狂った覚悟を、 日暮は馬鹿にする事も、 軽蔑する事も出来なかった


ただただ、 無駄にしては行けないと思った、 日暮は、 自分が楽しいから牙を持ち、 自分の楽しいの為に戦っていると思っていた


でもいつしか、 人は日暮に懸ける、 ナハトもまた、 日暮に懸ける、 自分だけの戦いは、 いつしか自分だけの物では無くなり、 形を変えた


そんな物、 振り払ってしまえば良いと思った、 簡単に振り払えると思った、 でも、 厄介な事に自分の心はそれを受け入れようとしている


変質した、 いつしか、 あの怒りも、 両親の仇を取ると言う行動も、 未来の為と、 あの子の為に、 助ける為に変質した


何を考える必要は無い、 心はもう答えを出している、 助けろと言われたから、 助けたいと思ったから


「…………俺は、 雪ちゃんを助ける、 その為に…………」



「……私を殺すの?」


いつの間にか目の前に少女が立っていた、 魔王少女だ、 日暮は驚く事も、 必要以上に警戒する事もしなかった


ただ純粋で、 穢れなく、 何処までも清らかな想い、 殺意を込めた目で彼女を睨んだ


「……どうして、 ねぇ、 どうして? この子には手を伸ばしじゃん、 温かい、 優しい、 なのに、 どうして『魔王わたし』にはそんな冷たい目をするの?」


日暮は最早何を答える必要も無いと思った、 ナタは既に抜いている、 だが、 彼女に今勝つ事は出来ない、 何もかも足りない、 今はただ、 この領域の外へ逃げる事、 それを考えていた


「あ、 お父さんと、 お母さんの事? 怒ってるんだよね? 大丈夫だよ? 生き返らせられるよ? 安心して?」


ふぅ……


「お前、 わざと怒らせようしてるだろ? そんなに俺の気を引きたいか? 珍しい奴だな、 暇潰しに全力になるなよ」


魔王少女は途端に真顔になる、 とても演技とは思えなかったさっきの悲しげな表情は影も形も残っていない


「傷付いてるのは本当何だけどな、 やる事変わらないからかな? お兄さんを殺して私の物にする、 受け入れようが、 拒もうが、 でも、 私が欲しいのは本当にあの時の温かさ、 それだけだよ」


日暮は、 その温かさと言う物を求める感情が分からなかった、 でも、 知らない訳じゃない


朝から夜まで、 そこらじゅうの浜や漁港遠征して、 竿を投げて、 投げて、 投げまくったのに、 ボウズだったあの日


釣れなくても楽しいって言葉だけで相殺した気になろうとした徒労感に、 帰り父に誘われて寄ったラーメン屋のスープ


あれが温かさだ


小さい頃から毎年毎年、 変わらずに、 バレンタインデーには高かろうが、 安かろうが、 チョコを渡してくる母の


あれが温かさだ


………


一つだけ言えることが有るとすれば……


「多分無理だよ、 俺を殺して、 お前が俺を良いように操ってままごとしても、 そこに温かさは生まれない」


それは温かさを求めない日暮、 だからじゃない、 あの温かさは、 心の熱だ


「お前の話はナハトから少し聞いたよ、 だからお前が一番よく分かってるだろ? 誰かに操られ、 そいつの良いように動かされても、 そこに絶対に、 心は生まれない」



「……私には心が無いって言いたいの? 私には温かさを感じる事は出来ないって言いたいの? ……もう良いよ」


スッ


「閻魔弾っ!」


ドガァァアアアアアアンッ!!


土煙が大きく上がる、 これで終わり、 これで………


(……心、 冷たい目、 本当にお兄さんは、 私を温めてくれないのかな)


確かめるしかない、 生き返らせて………


ゴロンッ……


「あっぶねぇっ! あははっ、 見切れた見切れた、 乱用し過ぎ」


外した


「その力、 溜めれば溜めるほど威力が増すだろ? でも力の強弱を意識せずに適当に打ってる、 どれだけ力が強くても、 それじゃ、 俺は殺せないぜ?」


何で………


「どうしてそんなに強気なの? 貴方は私に勝てないよ? 勇者さんが助けに来るから? それとも他の理由? 一撃避けただけなのに……」



「そんなの決まってるだろ、 戦いだからだよ、 命を懸けた戦い」


互いに一つの命、 それを天秤に懸けた時点で、 どんな力の差も、 どんな逆境も全て覆り、 全ては平等となる


相手が自分を殺すとき、 こちらも相手を殺せる、 どんな状況だろうと変わらない、 これこそが、 戦いにおける日暮の覚悟だから


「……まさか、 覚悟出来てない何て言わないよな? 冗談じゃなく、 殺すぜ、 お前を」


あぁ……


どんな絶望を与えても、 どんなに苦しみを与えても、 戦いになれば貴方は笑う、 その笑顔は眩しい様で


決してこちらに向かない気持ちだ、 求めているのはそれじゃない、 いらない、 見て欲しいんだ、 差し伸べて欲しいんだ、 そんなに遠くからじゃ手も届かない


ジジジジジジジッ……………


不快な音が耳でした、 蝉が鳴くような、 電磁波が鼓膜を揺らす様な、 それは一瞬で日暮の背を冷やした


魔王が、 本気になったのだと理解したからだ、 その途端思った


(……勝てないんだった、 今の俺じゃ)


…………………


ドグジャアアアアアアアンッ!!!!



「ぅげぇぁっ!?」


腹を貫く、 槍、 槍何て何処から出した?


「魔国式結界・弥弥戸羅俱ややどらぐ・輪変、 虚討槍きょとうそう


結界の形を圧縮し槍状に整形した物が日暮の腹を大きく貫いて居る


その衝突のエネルギーと圧が内臓をペッシャンコになるまで潰しにかかる


全部出る……


ちっ


「ああああっ! ブレイング・バーストっ!!」


圧縮した空気圧、 魔王少女に向けて放つ………


スッ


「閻魔弾っ!」


空気圧と、 魔力弾の衝突………


ボッ、 ッドガァアアアアアアアアンッ!!!!


っ!


ドザァアアッ…………


吹き飛ばされた、 最近よく地面を転がる………


「死んでっ!」


影、 膨大な殺意…………


「寝てる場合じゃねっ……」


ドガァアアンッ!!


ドザァッ!


「わぁっ……」


さっきまで寝転がってた場所が抉れ飛んで居る、 臓物がピョロピョロと出ているがその内治るだろう、 まだ何とか……


「閻魔弾っ!」


え?


ボガァアアアアンッ!!!



ごろごろごろ………………


あれ?


「強くね?」


魔王少女が日暮に向けて歩き、 寝転がる日暮を見下ろす、 その槍を振り下ろ…… してたもう


速い


グジャァアアンッ!!


「うげっああっ!?」


スッ


日暮に向く指先、 あっ、 これは……


「これで最後ね」


この目、 この魔王少女は、 いつだってそうだった、 笑っているのだ、 何が楽しいのか、 笑っている


それが、 不気味で、 退屈だと思った


でも……


(……ははっ、 まじの目になってんじゃん)


見下ろす目は睨め付ける鋭さ、 確かな殺意と、 鬼気迫る程の緊張と死の実感


確実な死を前に日暮は満足する、 大きな力を持っている物が強い訳じゃない、 強さとは、 必死さだ、 死に物狂いで、 全力で取りに来る奴が強い


(……俺の、 負けだよ)


日暮は目を瞑る


「閻魔弾っ!」



ボォガァアアアアアアアアンッ!!!!


……………………………



…………



空を見上げていた、 これが死? いや、 これは、 生き残った生の実感、 何で……


「ほ…… 危なかったですね、 ギリギリセーフでした…… 日暮さん」


は?


「おまっ…… 何で」


当たり前の様に、 当然の様に、 疑問で頭が埋め尽くされる日暮と反対に、 なんの疑問も無く、 なんの違和感もなく


彼女は日暮の元へ来た


「そんなの、 当たり前ですよ、 貴方の隣に居たいからです」


お前は何時でも眩しいな……


まるで太陽の様な眩しさと、 心の位置さえ理解できるほどに主張する温かみを必死に抑えながら、 日暮は彼女、 フーリカ・サヌカを見る


「馬鹿だな、 こんな所まで来る何て、 本当に、 状況分かってんの?」



「日暮さんには言われたく有りませんが…… 状況はさっぱりです……」


でも……


「日暮さんの隣で戦いたい、 その気持ちはもう理解出来ているから、 さ、 立ってください」


伸ばされた手、 日暮は息を吐いてその手を取る、 何度だって良い、 どんな要因だって良い、 それが叶う内は……


もう一度、 立ち上がる


日暮の隣に、 フーリカが居て、 何故か、 どうしてか、 日暮は、 その足で立てた、 支えなんて必要ないと思いながらそれでも


立ち上がる、理由足りえた、 さぁ、 目の前、 共に並んで見ろ、 立ち上がったならば、 もう一度……


「走れるか? フーリカっ!」



「日暮さんこそっ! 転ばないで下さいよっ!」


全力で逃げろっ!

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