第百十七話…… 『最終章、 下編・3』
『……能力か、 忌まわしき天閣の兆しが我が元まで届いて居る様だな、 本当に不愉快な……』
初めて聞いた声は老いて嗄れた、 何か静かに怒りを燃やしている様なそんな声だった
だが、 初めて意識して見た景色は、 暗く、 埃臭く、 陰湿だったけれども、 自分にとっては全てが新鮮で、 澄んで見えた
『……忌々しいが、 折角だ、 使える物は利用するか…… 名前があった方が便利だな……』
そうだな………
『……ナハト、 お前の名前はナハトだ、 さっさと立て…… 着いてこい……』
こちらにまるで気を使う素振りもなく、 ただそれだけ言うと背中を向け歩き出した、 自分は体を何とか起こしふらつく足で言われるがままに追いかける
……自分は一体、 何をしているのだろう?
不意に振り返った、 今まで自分が居た場所を、 そこには、 所狭しと、 並ぶ
自分と同じ背格好の頃合に見える、 子供達の死体群だった
『……何をしてる、 早くしろ、 ……それとも、 そこに戻りたいのか? 折角、 使えないゴミがその活用方法を見出したと言うのに、 そこに転がるゴミに戻るつもりか?』
別に何も思わなかった、 そもそも何かを考える頭すら無かった、 ついさっきまで自分が居た所、 その冷たさ、 いや、 何も感じない……
背を追いかけ着いていく、 薄暗い通路をただ歩く、 追いかける背が止まり、 そいつの目の前にあるトビラに手をかける
ガチャ……
『……入れ』
そう言われ足を踏み入れた室内、 赤暗い光がぼんやりと空間を照らしている、 その中心に何かが有る……
いや……
誰か、 居る……
『……そいつは、 ゴミでは無かった物だ、 器としてとても相応しい、 こいつならば、 あの鬱陶しい勇者を殺してくれるだろう』
また子供だ、 自分と同じ歳の頃だろうか、 女の子だと分かる、 部屋の真ん中で奇妙な形の椅子に座った少女は目をつぶり眠っていた
『……器は既に完成している、 後は四十代魔王が殺され、 その力がここに戻って来るのを待つだけだ』
目の前に居るのは四十一第魔王、 その幼体なのだと、 老いた声の者は言った、 言われている事の殆どを自分は理解出来なかったが
『……おそらく、 まだ少しだけ時間が有る、 来る時が来るその時まで、 お前には少しだけ勉強をしてもらう』
さて……
『……その前に、 お前は何が出来るんだ? お前はどんな能力に目覚めた? 私の期待を裏切ってはくれるなよ?』
言われた事を何度か試している内に、 その能力と言う物の使い方を理解した、 難しくは無かった
……………………
『……おお! お前の能力は対象の座標を他所へと変換し、 物体を瞬間的に移動させるっ! 良いぞ! 素晴らしいっ!』
大したことはして居ない、 目の前に置かれた木箱を少し離れた位置に移動させた、 ただそれだけだった
だが、 老いた声はそれをとても喜んだ、 そうして力を使っていると、 不思議と自分の事を理解していった
自分への理解は、 それ以外の理解を手助けした、 乾ききったスポンジが一気に水を吸い込む様に
凄まじい速度で多くの事を知った、 多くの経験を手に入れた、 老いた声は、 それを満たす事が出来るだけの膨大な知識を持つ者だった
世界の知識を知った、 魔力やミクロノイズの存在とその知識を知った、 強大な龍やその他モンスターの事を知った、 『魔王』と『勇者』の事を知った
ある時だった
『……そろそろだろう、 私は準備に取り掛かる、 そうしたら暫くここには来ないだろう、 ナハト、 お前にはその間、 彼女の世話を頼む』
彼女と言うのは薄暗い室内で椅子に座り眠る少女の事だ、 ナハトがここに来てから一度足りとも目を覚ました事は無い
かろうじて生きて居るのだろうと言う事だけは分かる、 脈が有るからだ
『……世話ですか? 彼女はそこに座るだけで何もしない様ですが……』
『……お前が眠る頃で良い、 そこにある本棚の中から適当な物を選び読み聞かせろ、 私は何時もそうしている、 よく眠れるのだよ、 彼女は物語が好きらしい』
老いた声の者は、 ナハトに対する接し方も時が経つ度に丸くなったが、 眠り続ける彼女には特に優しい様だった、 あの冷たい場所に転がる子供達に対する物言いとは程遠い
『……分かりました、 そうだ、 彼女の名前は、 何と言うのですか?』
『………………何だったかな、 いや、 そもそも知らないな、 好きに呼べ、 どうせ返事が帰ってくる訳では無い』
頷くと老いた声の者は満足したように薄暗い部屋を後にした、 残されたナハト、 普段の勉強ももう終わりと言う事だろうか
そう思いながら少女の所まで歩く、 相変わらずその瞼は閉ざされ、 一見して生きている様にすら思えない
『……よろしくね、 名前か、 そうだな……』
不意に一つの名前が浮かんだ、 勉強で習った訳では無い、 おそらく知らない、 だが名前だと思った、 思わず口ずさんで居た
『……チューリ』
その時、 僅かに少女の瞼が動いた気がした、 身構えたが目を覚ます訳でも無い
『……気に入ってくれたのかな? じゃあ、 これから君の事をチューリって呼ぶよ、 よろしくね』
それから、 ナハトとチューリ、 二人の奇妙な生活は始まった、 方や物言わぬ眠れる少女、 だがナハトは接すれば接する程彼女が何処か尊い物だと思うようになった
時には髪を櫛でとき、 様々に結い、 時には夜遅くまで多くの物語を読んで聞かせた、 少しでも何か、 彼女の為に出来ることを考えた
書斎にて勉強、 更に能力を使う練習も独自で行った、 この時既にどんな物であっても、 どのような位置にも瞬間的に移動させる事が可能となっていた
老いた声の者はあれきりなかなか現れる事は無く、 短い様で、 長い様な時を、 静かに、 停滞し止まった様でも、 それでも丁寧に過ごした
どれ程だろう、 書斎にある本を読み尽くし、 読み聞かせる本が無くなり、 自分で物語でも考えてみようかと思っていた矢先の事だった
ガチャリ……
扉が捻り開く、 入ってきたのは勿論老いた声の者だった、 暫くぶりに見た彼の姿は喜んで居る様にも、 焦っている様にも見えた
『……ナハト、 四十代が死んだ、 まもなく四十一代が目を覚ます、 準備をしておけ』
挨拶も無しだが、 自分が何をするかは理解している、 何度も教えられたから
四十代魔王が逃げ惑い、 勇者を人の街から遠く離れた辺境の地へと誘っている、 その隙に四十一代を目覚めさせ、 ナハトの能力で人の街の上に移動……
『……勇者無しの人間種等、 弱き分際、 忌まわしきエバシ・キョウカも所詮は人間、 背後を取られれば丸裸同然…… ははっ、 絶望にくれる顔が目に浮かぶっ』
恍惚と跳ねる老いた声は興奮した様に、 この様な姿を見たのは初めてだった
だが……
『……すいません、 予め指定しなくては、 未だに目に見えない位置に転移する事は出来ないんです、 行ったこともないセイリシアと言う街の上への転移は……』
『……良い、 それは既に対策済みだ、 目を瞑れ』
言われた通りナハトは目を瞑る、 すると深いシワの刻まれた手が頭に置かれるのが分かった、 その瞬間……
あっ!
『……頭に映像が浮かびます、 これは…… 街ですか?』
『……それがセイリシアだ、 セイリシアの上空に私の目を一つ置いて来た、 代わりは幾らでも有るからな、 私の目をお前に繋いで居る、 これで能力の発動は問題ない筈だ…… ん? 目を開けてみろ』
目を開けると街を見下ろす視線は無くなり、 当たり前の薄暗い室内が見えた、 老いた声の者が指さす所を見る
っ……
少女が、 その眠り顔しか知らない少女が、 目を開けている、 その目は怪しく光り、 何やら細かい文字が刻まれている
『……目覚めたか、 魔力に乗り魔王が帰って来た、 そしてそれは彼女に注がれる……』
初めて見る光景だった、 思ったよりも呆気なく、 でも感覚で分かった、 彼女が、 彼女で無くなっていく……
余計な声を出すべきでは無いと思った、 だがその思考をすり抜け、 一言、 漏れ出す様な声が小さく……
『……チューリ』
すっ……
何時も眠れる彼女に呼び掛けた名前、 その名前を聞いた途端、 彼女と目が合う、 彼女の小さな口が開く……
『……………お兄 ……ちゃん?』
え?
分からない、 どうして彼女は自分を見てそんな事を言うのだろう、 こんな話は聞いていなかった、 老いた声の者を見た……
『……何故、 ナハト…… お前が彼女の名前を…… いや、 まさか、 そうかお前は……』
チッ!
明らかに焦った声、 何が何だか分からない内に老いた声の者が彼女の元へ歩きその手を彼女へ向ける
『……起きろ』
うっ……
『……うああああっ!?』
っ!?
彼女が何かを強引にねじ込まれる様な、 苦しみに悶える声を出す、 目は見開かれて、 ナハトが結った髪を振り解く程強く頭を振る
胸が強く脈打つ、 何か、 似た様な光景を昔見た様な気がする、 分からない、 だけど、 痛い、 胸が痛い、 助けたい……
少し前のナハトならばそんな事も思わなかっただろう、 だが彼女を愛おしく思う気持は大きかった……
だが、 少し遅かった
ふっ…………
彼女の喚き声は消え、 見開かれた瞳は虚ろで光を映さない、 変わってしまった、 何処までも無機質に……
『……予想外だった、 これは運命なのか? お前に彼女の世話を任せたのは間違いだった…… いや、 あの日お前を生かした事が間違いだったのだ……』
?
『……だが、 お前には作戦を遂行してもらう、 さぁ、 彼女をセイリシアへと送れ』
向けられた手を無意識的に避ける、 老いた声の者がその顔を怒りに染める
『……腹が立つ、 ゴミの分際で、 やはり天閣の兆しを見に受けし下郎等、 懐に抱えるべきではなかったのだっ!』
ガシッ!
うっ……
強引に掴まれる、 細いと思っていた腕は以外に力強く、 ナハトは身動きが出来なかった
苦しい……
『……さぁ、 力を使ってもらう、 貴様の脳を弄り、 強引に能力を使わせて貰おう…… さぁ、 発動しろっ!』
っ……
『……うぁあああああっ!?』
内側が勝手に弄られ、 自分で意識し繋ぐ回路を強引に繋がれ、 エネルギーを流される、 まんまその感覚に悶える
その瞬間感じる、 能力発動の感覚……
強制的に流れるセイリシア上空の景色を振り払い、 何とか開けた片目、 目の前の彼女、 チューリを捉えた……
バッ、 シュンッ!
あっ……
能力が発動した、 本当に問題無く……
『……行ったか、 手間をかけさせおって…… さぁ、 魔王よ、 滅ぼせ、 人を滅ぼせっ!』
ドサッ!
っ!
不意に手を離され体が崩れ落ちる、 見下ろす老いた声の者の視線、 その目は怒りの炎が消えた燃えカスの様な感情を移している
『……お前は、 良く見ればあの男にそっくりだな、 早く気が付けば良かった、 彼女を背に守っていた幼子……』
嗄れた声が、 灰色の記憶を呼び起こす、 頭に映像が、 流れ出す……
田舎の村、 そこら中から炎が上がり消えていく、 そこから少し離れた家に斧を手に持った男性、 彼に手を向ける、 これは……
(……そうだ、 なんで忘れてたんだ、 この老いた男は……)
村に火を放ち、 村人を虐殺、 家に上がり込み、 母を、 次に立ち向かった父を次々と殺した
妹を守る為に、 必死に手を広げた…… これは自分だ、 いつの事だろう、 ずっと昔だ、 まだ体も小さい……
背に震え、 泣きじゃくる小さな妹、 そうだ、 彼女の名前こそ……
『……チューリっ』
『……もうお前の妹は居ない、 最後はその背をお前が押した、 はははっ、 面白い…… だが、 興もここまでだ、 お前はもう必要無い』
あの時、 父や、 母、 そして自分とその背の妹に向けた手を、 今また、 待っているのは死か……
…………いや
バンッ!
思い切り立ち上がり駆ける
『……無駄な事を、 逃げられるとおもうのか、 この私から、 お前の事は、 お前自身より把握しているぞっ』
逃げられない、 全てを知り尽くしているんだ、 自分の全てを、 思い出してきた、 あの冷たく、 子供の積み重なった場所に捨てられる前……
自分も、 一度だけ、 彼女の座っていた椅子に座り、 眠り、 不快で、 辛く苦しい夢を見る……
それを、 全てそれを行っていたのは、 全て、 こいつだ、 この存在だっ!
『……何だ、 その目は、 恐怖の中に、 押し殺し、 研ぎ澄ました怒り、 それは…… 勇気とでも言うつもりか?』
逃げる事をやめ、 老いた声の者に向き合う、 その目を睨みつける……
『……お前を、 許さない、 こんな事をしてっ、 ここに俺が居るのは運命だ、 お前の動揺は必然だっ、 全て出来上がった流れだっ!』
無機質な瞳がナハトを睨む、 だが、 心を熱くする、 喉を震わせる
『……運命の刃が、 必ずお前の首を裂くっ! 絶対に逃れる事は出来ないっ! 覚悟していろっ! ……』
その名前は、 本人からは聞かなかった、 だが、 何処か、 記憶の遠くで聞いた、 目の前の者を表す名前だと理解した
『……獄路挽っ!!』
ナハトに向く、 老いた声の者、 獄路挽の手に高濃度の魔力が溜まる、 しかしそれよりも前に、 本の数瞬、 脳に焼き付いた光景を強く思い浮かべる、 感覚を思い出す……
『……インビコール・ムーブっ!』
セイリシア上空、 妹が行った所と同じ所へ………
フォワンッ! ……………………
自分に能力を使ったのは初めてだった、 肉体が流出レベルまで崩れる様な感覚を味わった、 そのすぐ後、 ナハトはセイリシアの街を見下ろしていた
既に、 花の都は、 そこら中から火の手が上がり、 その災禍の渦を作る存在、 魔王の姿をナハトは見たのだった……
………………………………
…………
『……能力を自身に向け、 転移としたか、 忌々しい、 私は追えん、 ここから出、 身を外界に晒せば、 必ず天閣が私を補足するだろう』
だが……
『……無駄無駄、 虚しい程に、 そこに居るのは嘗ての妹では無い、 魔王と言う力、 ただそれだけ、 ナハト、 お前はこの程度で、 私の元から逃げ延びたつもりか? それこそ、 無駄だ……』
運命か……
『下らん、 天閣も、 それが導く運命等、 下らんゴミ以下…… 腹立たしい』
怒りの声、 しかしそれ以降その薄暗い空間には何者も存在しない程静寂に満たされた、 初めから誰も居なかった様に……
………………………………
………………
……
そうだ……
忘れない、 もう二度と、 忘れはしない……
「そろそろ眠って貰おうかっ、 魔王っ!」
ナハトの光放つ勇者の刃、 踏み込み、 放たれる雷の如き光の剣……
魔王の展開した結界に触れ……
「無駄でしょっ!」
ガギィャァアアアンッ!!
っ
思わず耳を塞ぎたいなる程の不快な音、 強固な結界をそれでも切り込んで居ると分かる
ヒュンッ!
「ははっ! 慧尺ノ断・穿什潮裟っ!!」
つぅ………
まるで水の雫が流れる様な、 小さく静かな動きに気が付かない様に、 速く、 正確な軌道を描き、 振り下ろされる……
ッ! ビガッ! ビシャッ!
バシャッンッ!! ビシャアアンッ!!
………
ビジィイイッ!!
魔王少女は目で追う事が出来なかった、 勇者の斬撃、 光り輝く剣先がブレた思った、 その瞬間には十撃、 叩き込まれていた
大きくヒビ割れた結界、 まさかこれ程とは……
「……今代の勇者、 良いね、 この間は本気出して無かったでしょっ! ははっ、 閻魔弾っ!」
笑い、 指先を向ける少女、 エネルギーが指先に溜まり……
「それじゃ、遅すぎるよっ!」
シュゥンッ!!
ビジャァアアアアンッ!!
「慧尺の断・綺來麗っ!」
速い、 勇者の固有能力、 光の剣を生み出す『永剣相想』には慧尺の断と言う型が存在する
綺來麗はこの型の中で最速の斬撃で、 振り上げ、 振り下ろし、 全ての方向からの斬撃に対応し、 斬撃の瞬間的な速度は音速に迫る
穿什潮裟は連撃の型であり、 結界を構築する魔力比に若干のムラが存在する事をナハトは看破していた
比較的、 最も魔力濃度が低い地点に叩き込んだ連撃、 そして最速の切り上げは連撃ダメージの乗る一点に正確にぶつけた
ヒビの入った結界が強引に砕かれる、 魔国式結界・弥弥戸羅俱が破壊されたのは少女にとって初めてだった
「すごっ! 速すぎて全然見えないんだけどっ! あははっ!」
シュンッ……
「慧尺の断・玥広罫津っ!」
最速の綺狗麗は連撃が出来ない、 轟速が肉体に大きなダメージを与えるからであり、 綺狗麗の後は、 速度と連撃を捨てる攻撃を選択せざるを得ない
玥広罫津は全型の中で最も出力が高く大ダメージを繰り出す、 一瞬のタメと、 相対的に遅い斬撃、 だがこの距離なら……
…………
ブッ!………
ビジッ……
っ
光の剣が結界を破壊された少女に迫った一瞬、 それは物理的に最も距離が近付いたからか、 ナハトの耳に短いノイズの様な物が走る……
バッ!
少女が大きく距離を取る、 少女も耳を抑えている事からノイズは両者に聞こえた物と理解出来た
「……あれぇ? 何だろ今の、 あぁ、 成程、 この記憶は、 四十一代の…… へぇ、 あははっ、 なんだなんだっ」
笑う少女、 何が……
「お兄さんも私達と同類何じゃんっ! 魔王の幼体、 その候補の一人、 獄路挽のジジイに連れ去られ実験を受けた哀れな子供の一人っ! あははっ」
ふぅ……
「そうだよ? 四十一代の、 チューリの記憶を読んでるのかな?」
「……そっか、 獄路挽に両親を殺され、 兄妹共に連れ去られた、 妹ちゃんは魔王になって、 へぇ、 そこで貴方は能力に目覚めた、 数年越しに再開」
何でも分かるってか……
(……やっぱり、 『魔王』と言う力に全代の魔王となった子供達の記憶が一つの意識として存在しているのか)
「元魔王候補の貴方が、 妹を追いセイリシアへ…… あぁ、 言ってたよね前代の魔王の首は貴方が切ったって、 ふふっ、 悲しいね、 実の妹の首を斬るのはっ、 とっても悲しいっ、 あははっ」
「はぁ…… 相変わらず頭に来るガキだよ、 でもそうだ、 俺が勇者となってチューリを殺した、 なぁ? 妹は何て言ってるよ? 恨まれたりしてるかなぁ?」
少女は一瞬面白い様な顔をしたが、 暫くするとつまらなそうな顔に変わった
「え~ ……何も、 何も言わないよ、 特に四十一代は、 他は今すぐに殺せって騒いでるけどっ」
スッ
少女は指をナハトに向ける、 先程溜めた力は解除されず、 既にエネルギーは溜められている
「でも以外、 どうして、 元魔王候補だった貴方が、 今こうして勇者として、 私に刃を向けて居るのかな?」
そんな理由はただ一つだった、 あの時の気持は忘れない、 獄路挽と言う悪の存在に、 何も知らず生かされ、 知識を教わり
守るべき妹に何もしてやれなかった上に、 魔王として覚醒させ、 セイリシア呑みならず周辺の街や、 隣国すら焦土と化す、 虐殺の王としての背を押してしまった
許せない、 獄路挽が、 あの悪の親玉が、 そして、 それよりも、 何よりも……
「俺は自分自身を最も許せない、 あの時誓った、 他のどんな物を犠牲にし、 破壊したとしても、 どんな方法を取ろうとも……」
「必ず、 獄路挽を殺すっ、 奴らの下らない思惑を粉々に砕き、 もう二度と、 『魔王』も『勇者』も生まれない、 この不毛な戦いに今回で決着を付けてやるっ!」
それは、 形の歪み、 何処までも自分勝手で、 多くの屍の上に立ち、 血にまみれ、 汚れ……
それでも、 思いを、 怒りを研ぎ、 あの日の悔しさを、 苦い味を、 重さを引き摺り、 地面の底から必死に、 天に向けて伸ばした手……
そこに、 確かに輝きを見出した……
『勇気』
それこそ、 最早拭う事すら諦め、 絶えず降り注ぐ血を浴びながら、 それでも、 彼を勇者たらしめた、 彼が確かに持っていた素質だった
「明山日暮っ! よく聞けっ!」
忘れられて居たかのように立ち尽くして居た日暮はナハトの声に反応する
「お前らの世界の、 例え小さな範囲であろうと、 俺が破壊した事に代わりは無いっ、 モンスターに殺された人達には申し訳なく思うよ」
それでも
「今、 ここしか無いと俺は思った、 魔王と言う災害を生み出す、 全ての根源っ、 獄路挽を殺す為にはっ」
何年も時間を掛け全てを結集して作り出した最高傑作の四十一代魔王、 彼女が最強の勇者、 エバシ・キョウカを殺した時、 導かれる様に、 そうなる事が分かっていた様に
ナハトはその勇者の力が自分へと注がれる感覚に身を委ねた時、 不思議と理解出来たのだ
「『魔王』は奴の最大の武器であり、 世に姿を現す事の出来ない奴の依代でもあった、 それが世界を超え今ここに居るっ」
これは示された道だ、 勇者となった時、 見えた道だ、 可能性が見えた、 奴の首に刃が届く
「魔王が奴の意識と関係なく力を使い続ける以上、 世界を跨ぐ魔王と獄路挽の大きな接点を辿り、 必ず天閣が奴を補足する」
ならば……
「俺が今第の勇者として、 責任を持ち、 全ての力を持ってして、 魔王、 お前を今代で最後にしてやるっ、 全てを終わらすっ」
そうか、 懸けてるんだ、 今に、 今回と言う時間に、 今しか無いから、 ここに全部を懸けているんだ……
「あははっ! 必死だな~ なら別に良いじゃんっ! 今のままでっ! この世界にいる限り獄路挽が死のうがどうなろうが私は私で居られる、 完璧じゃんっ」
少女が笑う、 笑ったのは覚悟だ、 自分勝手に多くの犠牲を出し、 それでも今と言う瞬間に懸けたナハトの覚悟を笑っている
「同じ、 獄路挽と言う悪に苦しめられたよしみじゃ~んっ? もう良いでしょ? せっかくならさ、 楽しもうよ……」
「黙れ」
?
「そろそろ黙れよ魔王、 言わないんだよ、 妹も、 それ以外の魔王となった子供達も、 皆、 痛くて、 苦しくて、 悲しくて…… 楽しみたい? 嘘つくなよ」
ナハトは耳に手を当てる
「勇者にも聞こえんだよ、 死んで行った、 『人間』としての皆の声がな、 いつまでもその魂を縛り付けてないで、 そろそろ解放してやれよ、 なぁ、 『魔王』」
ここ数日の間、 魔王少女と共に時間を過ごし分かった事が有る、 彼女の意識、 それは悲劇に殺された魔王達の声でも、 今第の幼体であった雪ちゃんの物でも無い
幼体が魔王へと成長した時、 その意思は塗りつぶされ、 歪に歪んだ『魔王』がその肉体の支配者となる
「明山日暮、 お前の両親を殺したのは雪ちゃんじゃない、 『魔王』と言う力、 その意思だ、 あの肉体を操り笑ってるのはあの子じゃない、 あの子は今も怯えている、 助けを求めている」
ナハトはしっかりと日暮の目を見て言った、 日暮は何か言おうとしたが喉に引っかかって出てこなかった
そんな日暮を、 ナハトを、 少女は笑い飛ばす
「あはははっ! もう、 笑わせないでよっ! なに正義面してるの勇者さん? 聞こえてて、 その声にあなた達が一度でも手を差し伸べた事は有る? 無いよね? 剣を振りかざすだけ、 そうでしょ?」
「そうだよ、 勇者何て所詮肩書きさ、 俺がなれるくらいだからな…… でも、 それももう終わりだよ、 答えは変わらない、 お前を殺す……」
……
ドッ!
「ばっちぃんっ! ふふっ!」
ッ、 ドガァアアアアアアンッ!!!
少女が構えた力を放つ、 地面が抉れ吹き飛ぶ、 空気が暑く、 煙が膨らみ昇る
だが、 爆音の中で聞こえた……
………
「インビコール・ムーブ……」
………
黒煙が晴れた時ナハトと日暮の姿は消えていた
「無駄なのに…… 逃げても無駄なのに、 私の魔国から逃げ出る事は出来ない、 ここは私の結界、 その領域内なんだから」
少女は目を瞑る、 全てが見える、 全てを感じる、 この空間を展開した時点で、 この中に閉じ込めた時点で、 『魔王』は絶対的となる
でも、 少女は口角を上げる
「楽しませてくれるんだよね、 私を、 ふふっ」
ふわっ………
瞬き程の一瞬、 優しい風が通り抜けたと思った時には、 その場所に少女の姿は影も形もありはしなかった………
…………………………………
……………
……
えっ…………
驚きの声が漏れ出て心が酷く震え揺れたのが分かった、 今抱いた感情が何だったのかも忘れてしまう程……
「……日暮さん、 帰って来ないんですか?」
聞いたのはフーリカだった、 日暮が明け方、 このシェルターを出て行った事は知っていた、 そして、 それを連れ戻す為に調査隊は調査に赴いた筈だ
報告に来たのは土飼笹尾だった、 彼は酷く申し訳なさそうな、 そして何より疲れた顔をしていた
「力及ばずすみません、 俺達は結局当初の目的を何も達成する事が出来ず帰還する事になりました、 しかし、 明日、 明朝からもう一度調査隊を発足し調査に出る事になりました」
頭を下げる土飼にフーリカは思わず驚き慌てる
「いっ、 いえいえ、 私も責めるような言い方になってしまいました、 本当にすみません、 ……これは誰かのせいじゃなくて、 日暮さんのかってですから……」
いや、 しかし……
「……日暮さんには全く会えなかったんでしょうか? まあ、 この街も広いので不思議ではありませんが……」
土飼は頷こうとして、 一拍置いてから、 首を横に振った
「私供は日暮に会うことが叶いませんでした、 ですが、 同行した茜ちゃんは日暮と会い話をしたようです、 ですが……」
日暮の妹、 茜の事を思う、 彼女は先程医務室に運ばれて来た、 その事を知っているのはフーリカ自身が医務室に居たからだ
昨晩、 友達の天成鈴歌が因縁の敵との戦いに決着を付けた、 しかし彼女はここ数日精神的に凄く参って居たので医務室で休んで居たのだ
フーリカはそんな彼女の元に一日付き添って居た、 勿論早い内に昨晩シェルターにて起こった出来事が噂としていくつも耳に流れて来たが、 鈴歌を不安にさせたくないと思い彼女の傍を離れなかった
そのかいあってか、 お昼を食べた頃には鈴歌は凄く落ち着いて、 いつもの気丈さを少し取り戻した様に見えた、 その事がとても嬉しかった
のだが……
夕方頃、 今度医務室に来たのは茜だった、 今は医務室の外、 通路で説明に訪れた土飼から状況を聴いている所だった
「フーリカさん、 それに天成さんにも頼みたい事だ、 茜ちゃんの事を頼みたい、 彼女は今とても傷付いて居る」
土飼は少し躊躇ってから、 首を振り続きを話す
「……こんな事を言えば少し非情かもしれないが、 日暮を見つけるには少しでも情報が必要だ、 日暮と会い話をした茜ちゃんから話を聴きたい」
未だそれが叶っていない状況だった、 茜は心を閉ざした様に口も閉ざして居る、 何があったのか、 何を話したのか……
いや……
「……やはり今のは忘れてくれ、 日暮は必ず連れ戻す、 それが茜ちゃんにとっても一番の筈だ、 だから、 やはり今は彼女が少しでも安心出来る様に傍に居てあげて欲しい」
フーリカは頷く
「分かりました、 私に出来る事なら何でもします、 ですから、 日暮さんをよろしくお願いします……」
少し、 そう言って起きながら少し煮えきらなかった、 人任せにする事を心が拒んでしまう
勿論茜の事は好きだ、 日暮の妹だからと言う理由抜きに、 彼女は母親似でとても優しく、 何より共有した日暮の心が彼女を特別に想って居る、 だから同じくくらいフーリカも彼女の事を想って居る
でも、 それでも……
頭を下げて去っていく土飼の背中を追いながら、 どうしてもフーリカは思ってしまう
日暮が、 今どこかで、 何かと戦って、 傷付いて、 例え本人が苦に思わずとも、 例え誰とも違う道を歩み、 その背が見えずとも……
(……それでも、 傍に居たい)
手を伸ばすならば差し伸べたい、 少しでも苦しんで居るなら助けたい、 いや、 それよりも……
感覚で分かる、 二人の距離は今も、 どんどんと離れていってしまっている、 二度の共有、 それは心すらも共有してしまう
「置いてかないでって、 言ったのに……」
今すぐにでも飛び出して彼の元へ行きたい、 何か、 凄く嫌な予感がする、 何か……
嫌な感覚が……………
…………
《同時刻・魔王が自身の領域を展開する術、 魔国浮顕を発動する》
………
ゾクッ
その瞬間背筋に鳥肌が立った、 この感覚、 薄ら寒さ、 背筋に氷で入れられた様な鋭い気配……
途切れていた記憶の回路はもう一度繋がり、 溢れ出る様に、 無意識的であり、 当たり前で忘れる筈の無い言葉が頭をよぎった
「………魔王」
っ……
あれ?
「……どうして今まで忘れて居たんだろう、 忘れる訳が無いのに、 そうだここ数日感に感じて居た違和感は、 そうだ私は……」
魔王はフーリカにとって、 故郷を滅ぼし、 家族を殺し、 友人を殺し、 なんの罪も無い国民も殺し
最後は、 たった一人になったフーリカも魔物に襲われ、 逃げて、 逃げて、 ひたすらに逃げ惑って……
(……私はこの世界にやって来た、 そうだ、 私のせいでこの世界は滅んだ、 のに……)
自分が嫌になる、 何で、 そんな事を忘れて居たんだ、 忘れたままで、 意気揚々と暮らして居るのか……
今の感覚は……
(……魔王だ、 魔王の領域だ、 魔王…… そうだ、 今第の魔王は、 雪ちゃん、 あの子だっ)
連鎖的に思い出す記憶、 これは確実に認識阻害の力に充てられていたのだとフーリカには理解出来た
魔王がそう言った力を使う事は『伐魔伝』と言う勇者と魔王の戦いを描いた最も有名な物語の中にも出てくる
雪ちゃんは魔王へと成った、 きっとそれは今に始まった事じゃない、 もう既に魔王へと成り、 その力を何度も振るっているだろう……
(……私は気が付くのが遅すぎた、 雪ちゃんの事で、 日暮さんを責めて、 最後には私が彼女を魔王にならない様にって、 約束したのに)
フーリカは居てもたっても居られなくなっていた、 雪ちゃんが魔王へと成り、 力を振るって居るなら、 確実にそこに日暮も居る
「行かなきゃ……」
ガチャッ
「ダメだよフーちゃん、 行っちゃダメ」
不意にドアが開いて、 医務室の中から鈴歌が出てくる、 その目は鋭い
「……聞こえてましたか?」
「龍はね、 凄く耳が良いの、 だからね、 聞こえてた、 行っちゃダメだよ、 絶対に」
…………………
「……鈴歌さんは、 いつでも優しいですよね、 お姉様にているかもしれません、 年は少し離れてたけど、 優しくて……」
鈴歌は鼻を鳴らして胸を張って見せる
「良いよ、 今日からお姉ちゃんって呼んで、 さ、 戻ろ? 仕方ないから私もあの男が帰って来るのを待ってあげる、 三人で待とうよ」
フーリカは笑う
「そうですね…… はい」
ガチャッ
鈴歌が内開きのドアを押して医務室の中に入る
「さ、 フーちゃん入った入った」
中でドアを抑えて居る、 彼女と目が合う……
フーリカも扉へ一歩踏み出す、 その医務室へノ敷居を跨ぐ瞬間……
「バウンダー・コネクト……」
フーリカ能力、 その発動を鈴歌の耳が確かに聞き取った、 咄嗟に伸ばした手、 フーリカは笑う
「鈴歌さん、 大好きです! 私、 行ってきますねっ」
「フーちゃんっ、 まっ……」
フュンッ …………………
鈴歌の視界からフーリカが消える、 そうだ、 彼女の能力は、 遠く離れた空間同士に接点を作り出しワープする事が出来る、 そういった時こういうドアを能力の接点として利用するのだ……
急いで通路の外を覗く、 勿論そこにフーリカは居ないし、 通路の中から、 医務室を覗いても当たり前の気色しか映らない
やられた……
「……もぅ、 フーちゃんのばかぁ~っ」
頭を抱える鈴歌、 それでも……
「……私は行けないよ、 明山日暮、 あんたのせいなんだから、 無事にフーちゃんを連れて帰って来なさいよ」
そう呟いて鈴歌は医務室へと戻って行った……