第百十五話…… 『最終章、 下編・1』
その爆発は遠くからでも見る事が出来た、 世界を照らすほどの光と、 遅れてくる爆音、 更に遅れてくる爆風……
大きな黒煙が上がる嘗ての甘樹街は、 既に地獄の様な景色と成り果てて居る
「っ! 何だ、 今の爆発はっ!」
「怪我人は居ませんかっ!? 茜ちゃん、 無事かい?」
明山茜は現在調査隊メンバーと共に変わり果てた街を進んでいた、 調査隊の目的はシェルターを後にした避難者達の捜索であり、 その中に茜の両親と兄が含まれている為無理を言って同行させて貰ったのだ
たった今、 突如として起こった爆発、 少し離れて居たがその余波は凄まじく、 華奢な茜は爆風だけで飛んで行ってしまいそうな所を土飼笹尾に助けられたのだった
「あ、 ありがとうございます、 土飼さん、 これが、 今の、 この街の常識何ですかね…………」
「そんな訳が無い、 何かあったんだ…… 雷槌さん、 これは……」
雷槌我観、 甘樹シェルターの調査隊メンバーを率いる男、 元はプロの格闘家であり戦いの経験も豊富な頼れる男だ
雷槌は頷く
「こういう場合、 このタイミングで出ていった避難者達、 不可解なゾンビ集団、 そしてこの爆発、 無関係と捉えるのは少し難しいな、 何か関連が有るはずだ」
やはり……
「それに今の状況もだ、 俺達は完全に道に迷ってる、 それは街が変わり果てたからじゃない、 目印だって付けてるし、 避難者達の足跡も追えてる、 だが……」
そうなのだ、 調査隊メンバーは一時にシェルターを後にして既に一時間は経っている筈だが、 奇妙な事に進めば進む程道に迷うのだ
「同じ目印を何度も観測して、 真っ直ぐ進んでるはずなのにぐるぐると…… 土飼、 これは何か能力の影響だろ?」
「そうですね、 ですが…… これは精神に干渉するタイプの能力でしょうね、 方向感覚を狂わされて居たようですが、 目的地が決定した、 あの黒煙を目指せば良い、 更に進みましょう…… ん?」
あれ?
「茜ちゃん? 茜ちゃん!? あれ? どこ行った、 たった今ここに居たよね? あれっ!?」
「チッ…… 余計な手間掛けさせやがって、 全く子供は怖い物知らずでいけねぇな…… 多分向かったのは黒煙の方だ、 俺達も急ぎで行くぞっ!」
調査隊は顔を見合わせて目前に迫る大きな暗黒の黒煙へと歩みを更に進めた……
…………………………
………
正直調査隊の人達や、 土飼さんにはとても申し訳無いと思う、 でもいても立っても居られなくなってしまった
さっきの二人の会話を聴いて、 この爆発と、 家族達が無関係じゃないって事だ、 もしも、 父が、 母が、 兄が、 この爆発で……
嫌だっ、 嫌だ………
「絶対に嫌だっ!」
勇気とか、 覚悟とか、 愚かとか、 そんなことは少しも考えなかった、 最悪の想定をして、 その光景を速く否定したかった、 その光景こそ見たかった
(……きっとお父さんがあの黒い煙を指差して驚いてる、 お母さんも変な顔してる)
そうだ……
(……お兄ちゃんはきっと今も笑ってるんだ、 すげ~ とか言ってるのかな?)
きっとそうに違い無い、 皆無事で私と同じ事を思っている、 手に取る様に分かる、 家族だから……
走るのは久しぶりだ、 でも苦じゃない、 体が久しぶりに健康的な汗を流し、 老廃物を吐き出すので、 走れば走る程飛び済まされる様に心地よくなる
(……良かった、 スニーカーで避難して来て)
本当はお気に入りのシューズで出掛けたかった、 そう、 お出掛け気分だった、 自分は何も分かっていなかった
(……スニーカーにしろってお母さんがうるさいから嫌々履いてきたけど、 今なら分かる、 ありがとうお母さんっ)
黒煙はどんどん近くなる、 その度に濃くなる、 何やら不快な匂い、 肉の焼けた様な、 でも焼肉屋さんで嗅ぐ様ないい香りじゃない、 もっとグロテスクな……
怖い、 最悪の状況を想像すると怖い……
でもそんな時は父を思い出す、 父は気が弱い時もあるが、 好きな物になると急に図太くなって一歩も引かないのだ、 昔はその情熱の様な物が嫌いだった
(……それでも、 私にもお父さんの血が流れている、 好きな物にはとことん真っ直ぐ…… 私もそうだよお父さんっ)
はぁ…… はぁ……
タッタッ タッタッ
スニーカーがアスファルトを切る、 目前に控え、 絶対に一つだけ確信を持って言えることがあった
(……お兄ちゃんだけは絶対に無事だ、 多分今頃涼しい顔してる、 お父さんも、 お母さんも、 釣られて笑ってる、 うちの家族は皆強いんだっ!)
誇りに思う、 こんな世界だからこそ、 有難みを知る、 その美しさを、 強さを、 その内の一人である事に、 ただただ……
(……ありがとう)
さあ、 崩れたビルの残骸を、 後は迂回しつつ進むだけだ
(……熱い、 とっても、 でも……)
茜は黒煙が立ち上る目的地まで、 後本の百メートル程を全力で駆け抜けた、 大切で、 大好きな、 家族に会う為に……
………………………………………
…………………………
……
…………………………………………………………
広い海原、 遠くに見える水平線、 眩しく反射する砂浜は素足では焼ける程に熱い
シーズン真っ盛りの人気海水浴場は人でごった返して居る、 海の青、 砂浜の白、 黄色、 灰色
乱立するタープの色、 光を反射する色とりどりなビニールシート、 海の家の目を引く赤やら何やら、 そこらじゅうから上がるいい匂いの煙
青、 今居るのは青の上、 揺らめいている、 浮き輪の青、 海の青、 海水パンツの青、 その上に浮かぶ人肌の色
あぁ……
(……結構流されてる、 誰か気づいてくれないかな、 浮き輪ありで泳ぐの大変だし…… 浮き輪捨ててったら怒られるかな?)
これは子供の頃だ、 海がめちゃくちゃ遠い日暮の家は、 三時間以上一般道を走らせ、 山を超え、 海にたどり着く、 勿論年に三度来れば沢山来た方だろう
海での泳ぎ方何か知るはずもなく、 下手くそである
実際この時、 日暮はそれ程遠くを泳いで居た訳じゃなかった、 だがその時は日暮と同じ当たりを泳ぐ人は居なく、 浅瀬で遊ぶ人ばかりだった
ポツンと一人海に浮かぶ、 見上げれば青い空、 刺すような夏の太陽、 遠くの入道雲、 嫌いじゃ無かった
距離感を狂わせる、 青だけの空間、 遠くに浮かぶオレンジの玉が近くに感じる、 遠くの船は漁船だろうか……
あぁ…………………
ボンヤリと砂浜を眺めている、 ちょっと遠い、 家のタープはどの辺だったろうか……
(……そろそろ本気出して帰ろうかな)
そんな事を思っていると……
バシャァンッ!!
っ!?
すぐ近くで水が跳ねた、 巨大魚か? サメか?
期待する日暮、 だが違った、 そこにはシュノーケルを付けた……
「日暮っ、 離れた所まで来たな? そのまま流されてどっかに行っちまうぞ?」
父だった
「いや…… もう流されて自力じゃ戻れないから諦めてたんだけど……」
「まじっ!? ……来て良かった本当に…… あ、 あと、 バーベキューの準備出来たぞ?」
まじ?
「よっし、 肉食いに行こっ! お父さん、 浮き輪持ってきてねっ!」
バシャッ!
「え? っておい! 全然余裕で泳げるじゃねぇかよっ! まてっ、 って、 浮き輪持ってると泳ぎずらっ!?」
さっさと浜に上がると、 感覚だけで自分の家の領土を探す、 安っぽいタープだ、 母と妹が椅子に座って楽しそうに話をしている
と、 母がこちらに気が付いた
「日暮~ こっちこっち! いっぱい泳いで来た? 楽しかった? ん? あれ? お父さんは?」
「置いてきた」
その後子供用の浮き輪を抱えハァハァ帰って来た父と、 笑う母、 つられて笑顔になる妹と、 肉を貪り食らう日暮……
懐かしな…… こんな事もあったな……
…………………………………
……………
グジャッ…………
グジャクジャッ………
グジャアアアァンッ!
…………………
空を見上げていた、 まあまあ晴れてる、 青い空だ、 少し前まで雨が多かったから本当に梅雨が開けたのかな
………………
眩しい…………………………
目を瞑っても、 明るい光は瞼を貫通して刺してくる、 あれだ、 この暖か様も嫌いじゃ無かった
何だろう、 凄く懐かしい感覚だ、 昔の夢でも見たのだろうか、 寝起き特有の働かない頭で考える
………………………
ん?
自分は一体、 こんな所で何をしているんだ? どーでも良いか、 そんな事……
はぁ…… 何か、 疲れてるな、 動きたくない、 悪くない、 悪くないけどちょっと眩し過ぎるな……
あぁ………………………………………
視界が霞む、 光が伸び、 瞳の中で乱反射する、 あれ? 何で……
涙が、 出て来るんだ? 欠伸もして無いのに、 何で止まらな……
あぁ、 あぁっ
…………………………
『生きて』
………
っ
「あぁあああああああああっ!!!!!! あああっ!!」
うっ
「あああっ! ああああっ!!」
思い出して来た、 この苦しさは、 この気持ちは、 これは………
っ!
怒りだ
「ああああああっ!! ざけんなぁああっ!! ふざけんなぁあっ!! あああっ!! ふざけっ! ふざけやがってぇっ!!」
喉が痛い、 まるで赤切れの様に、 腫れ上がり血が滲む様な感覚、 震える声帯、 湧き出すような怒り……
『……日暮』
『……日暮っ!』
…………
『……ふふっ、 お兄さんっ♪』
チッ!
「ぶっ殺してやるぅっ!! あのクソガキィッ!! クソガァッ!! クソガァッ!!! ふざけるなぁっ!! ぶっ殺すっ! ぶっ殺すっ! ぶっ殺してっ…… げほっ、 けぼっ……」
うぁ……
心の、 心と言う物が有るのなら、 その奥底から何か感情が湧いてくる、 それは辛く、 苦しく、 痛く、 悲しく、 寂しく……
それを叩いて、 叩いて、 叩いて、 必死に叩いて奥底に沈める、 違う、 そんな物は必要ない、 流れるな、 流れ出るな
只管に叫べ、 下を向くな、 敵を睨め、 流れるなっ!
っ!
「ああああっ!! 絶対に許さねぇっ!! 絶対っ、 許さねぇぶっ殺してやるっ! はぁ…… はぁ…… うぁああっ!!」
グッ……
立ち上がる、 まだ立ち上がれて居ない
立ち上がる、 ……まだ立ち上がれて居ない
立ち上がる………
ドスッ!
「立てっ! 立ち上がれっ!」
自分で自分の足を強く叩き付け、 何とか体を起こす、 肩にのしかかる重さは、 知らない感覚で、 今までに感じたことの無い重力だった
体は、 回復してる、 あの爆発に吹き飛ばされて、 でもナタが吹き飛ぶ端から治して、 繋いだんだ
この血肉は……
「なに、 やってんだよ…… あんたら何やってんだよっ…… あんたらが死んで、 俺が生きて…… 俺は、 俺は……」
手で頭を押さえ付ける、 自分は生かされた、 ナタが、 父を喰らい、 母を喰らい、 その二人分のエネルギーが、 日暮を生かした
日暮はそこから五分間程静止した、 地面のただ一点を無意味に見つめ、 動く事も、 声を発する事も無く……
そうして今度こそ立ち上がった、 ゆらゆらと歩く、 ナタはいつの間にか握り締めていた、 ナタも自ら回復する、 刃こぼれひとつ無い
傷は治っているが、 体中焦げて居る、 服も焦げてボロボロ、 笑えて来る
「あははっ、 真っ裸じゃなくて良かった、 あははははっ!」
はぁ……
笑うか、 怒るかしてないと、 直ぐに這い出て来てしまう、 ダメだ、 そうなったら、 もう立てない
「どこ行った、 あのクソガキ、 探すしかねぇ、 直ぐに見つけ出して殺してやる、 舐めた事しやがって、 後悔させてやる……」
日暮は目の前に見える道を、 更に一歩、 確実に踏み出していく、 もう、 以前の自分の立っていた所は遥か遠く、 見えない程に……
………………
タッ タッ!
「お兄ちゃんっ!」
?
後ろから、 自分を呼ぶ声が聴こえた、 これは…………
「茜…… こんな所で会う何て、 何しに来た、 危険だから早く帰れ」
すぐ側まで走って来た茜、 息を切らす彼女にそう言い放つ、 だが、 日暮の言葉何か聴いていない様に茜はこちらに更に一歩踏み出す
「お兄ちゃん、 良かった、 無事で…… ねぇ、 お父さんと、 お母さんは? 一緒じゃ無いの?」
っ…………………
「……………大丈夫だ」
「え? お兄ちゃん? 二人とも無事って事? 何処か別の場所に居るの?」
何も知らない、 純粋で穢れの無い彼女の質問は、 今の日暮にとって、 まるで責め立てる様に尖って聴こえた
「……だから、 大丈夫だ、 お前は帰れ」
「……何? 大丈夫って何が? 私は二人が無事かどうかを聴いてるのっ、 答えてよっ」
チッ
「無事じゃねぇよっ!!」
日暮の叫ぶ様な声に茜は一瞬肩を震わせて縮こまったように目を閉じる、 まるで叱られた子供の様に、 でも直ぐに言葉の意味を理解する、 脳裏に、 最低最悪な予想映像が流れ出す
確かめずには居られなかった、 聞かずには居られなかった、 二人は……
「二人は………」
「死んだよ…… 二人共っ! 俺の目の前で死んだよっ! 俺を助けようとしてなぁっ! 今っ、 今、 俺が生きてるのはっ……」
茜は、 何を言われているのか分からなかった、 聞き間違いか、 兄の言い間違いか、 嘘か……
だが、 兄の目を見て、 本当なんだと理解出来てしまった、 急にお腹が熱くなる
うっ
「うぉえっ…… うっ、 うっ、 ぁあ……」
ポタ ポタ……
茜が蹲り嗚咽を吐き涙を流す、 ただそれだけを見下ろした、 正確には動けなかった、 何をしたら良いか分からなかった
だから日暮は目を逸らす様に、 茜に背を向けた、 日暮が、 躊躇いもなく一歩を踏み出す
茜は、 震える声で手を伸ばした……
「まっ、 待ってよ…… どこ、 行くの…… 」
日暮は更に踏み出すっ
「ねぇっ! 待って、 待ってよっ!」
ダッ
躓きそうになりながら、 それでも地面を蹴って、 伸ばした手で日暮の背を掴む
「待ってっ! ……置いてかないでよっ、 私、 一人…… 置いてかないでよっ! ねぇ、 お兄ちゃんっ!」
日暮が振り向く、 首だけこちらを見る、 あれ? 逆行のせいだろうか、 真っ暗で、 全く顔が見えない……
「大丈夫だ…… お前は帰れ」
「……だ、 から、 何が、 何が大丈夫なの?」
グリッ
日暮がナタを強く握る、 茜は思わず日暮から手を離した
「二人の仇は俺がとる、 絶対に許さない、 あのクソガキを殺して、 その首を二人への手向けにしてやる……」
っ……
茜は怖かった、 目の前に居るのが、 とても兄とは思えなかった、 根本的に大きく何かが変わってしまった様な
まるで逃げる様に後退った
ドサッ
瓦礫にもつれ尻餅を付く、 痛みに気を取られ目を瞑った隙に、 既に日暮はどんどん歩き出して居た、 心配する声も何も無い、 ただ冷たい
それでも……
「……行かないでっ、 行かないでよっ! 止まってっ! お兄ちゃんっ!」
この世界で、 数少ない、 大好きな家族だったから……
もう届かない背に、 無意味と分かって居ても手を伸ばした、 それでも、 日暮は、 もう二度と振り返る事は無かった……
…………………
その後泣きじゃくっ茜を、 追い付いた調査隊員達が発見、 保護されたが、 立ち込める死臭と、 焼けこげた死体の山は照合する必要のない程、 調査隊が捜索していた避難者達だった
日暮を追うべきだと、 土飼が提案したが、 雷槌がそれを否定した、 茜の事も有ったし、 何より時間の問題もある
日照時間の長い季節ではある、 夜の7時頃までは明るいだろう、 だがここにたどり着くのは本来ならもっと早い予定だった
何らかの力によって道に迷いやすくなっている、 実際にここに辿り着くまでに一時間半近くの時を要している、 本来なら二十分掛からないエリアだ
それに、 この地点の事、 さっきの爆発の事、 それを調査しなくては行けない、 それが調査隊の仕事でもある
もちろん雷槌も日暮の命を軽んじてその様な判断をした訳では無いが、 感情に流された土飼の言葉を、 雷槌は却下するのは至極懸命な判断だった
「ここの調査を手短に済ませたら帰還する、 万が一にも暗くなる前にはシェルターに帰る、 良いな?」
「わかりました…… ですが、 明日、 いや、 明後日でも、 日暮の捜索の作戦をお願いします、 勿論私も同行します」
雷槌が頷く
「あぁ、 木葉鉢にも話を通しておこう、 だが、 土飼、 あんまり明山日暮の事を背負おうとするな、 奴はお前が思っている以上にでかいぞ」
「はい…… ですが、 彼よりも、 自分は大人ですから、 調査を行い次第帰りましょう」
その後周囲に落ちる死体達が、 昨日の死体となった避難者達だと照合した所で彼等は準備を整えシェルターへの帰路を進んだ
もう既に、 彼等の常識性は壊れ、 それでも理解の追い付かない、 何時からか殆ど考えること無く、 淡々と、 調査の時は機械の様に行う事をするだけ
帰らぬ人は、 やはり帰らず、 帰る者は、 自身の住処へ戻り……
ただ一人、 帰る気の無い者が、 誰とも違う道を進むだけ……………
……………………………
………………
……
どれくらい歩いただろう、 景色が変わって来た、 どちらかと言えば隣町に近い、 この間の龍との戦いより脇に離れたと言えば良いのか、 建物や、 ビル何かも形を残して居る
考えは無かった、 なんにせよ場所を探る術を持っては居ない、 だがどこを目指すでも無く、 まるで導かれる様にここに来ていた
ん?
「服屋だ、 ブレイング・バーストっ!」
ボォンッ!!
バリィイイインッ!!
ボロボロ……
「能力も問題なく使える、 やっぱり牛見夫の能力が相手の能力潰しか、 クソ…… せめて能力が使えれば……」
日暮は店内に侵入すると男物の服を一セット乱雑に選んで着替える、 ボロボロになった服たち
母から貰った御守りは一体何処へ行ったのか、 もしかしたら藍木山攻略戦の時には既に無くして居たかもしれない
友人の菊野和沙がくれたミサンガは、 その痕跡も感じられない程に吹き飛んで居る、 悪い事したな……
ポケットの中に何か感触を感じる、 何だったかと思い漁ると、 出てきたのは可愛らしい小鳥の髪留め、 これは……
日暮がそれをあらあらしく掴む
「っ! 何でこれは残ってんだよっ!!」
それは以前、 この街で初めて雪ちゃんに会った時に、 彼女が御守りとして日暮に渡した彼女の髪留めだった……
日暮はそれを叩き付けて壊そうと思い切り振りかぶった、 怒りを、 この怒りをぶつける様に……
でも……
ピタッ…………
大好きな母親と色違いのお揃い、 あの日雪ちゃんは、 日暮が彼女の家から持ってきた母の形見である黄色い髪留めを受け取り、 代わりに彼女の青い髪留めを渡した
ついさっき、 見た少女の黒髪には、 その時のまま、 母親の形見が飾られていた……
日暮はその掲げた腕を振り切る事が出来ず、 服を着替えると、 結局ポケットにまたしまった……
後は……
最後に撥水効果付きのマウンテンパーカーを選んで羽織る、 正直これさえ羽織ってれば下は適当な物でも構わないのが日暮だった
「少し休むか、 でも服屋はな、 悪いイメージが有るからな……」
あんなにキショイ、 腹の立つ虫との戦いなんて嫌だ、 それにあの時はひとりじゃなかったし、 フーリカがキショイ虫を何かどうにかしてくれた、 けど今は一人だし………
「チッ、 一人かどうか何て関係ねぇよ、 隣に誰も要らねぇ、 人は一人で居る時が一番強いんだ、 なぁ、 母さん」
生きろ?
「俺は今を最も強く生きてるよ、 誰よりも、 強い、 誰よりも確かに、 そうだろ? なぁ……」
店の外に出る、 歩くと腹が立つ程目を引く建物があった、 ギラギラと目立つそれはカラオケ、 全国どこにでも有るらしい
「ここか…… ここでも良いか」
夜通し営業、 持ち込み可、 学生にも優しい料金設定、 駅から少し歩く事は難点だが、 高校生の頃友達と数度来た事が有る
「おっらァっ!」
バリィイインッ!
ボロボロ……
《STAFFONLY》
ガチャッ
「何かねぇかな、 お菓子とかで良いからさ、 乾き物なら持ちそうだし、 何か無いか…… お、 キッチンだ」
冷蔵庫は開けない、 後悔するから、 開けるなら傍の棚だ、 棚に手を掛ける
チュチュッ!
「わっ…… ネズミか、 生物はな、 ちょっと…… おっ、 お菓子っぽい缶見つけた、 何だろ」
パカッ
「……濡れせんべい、 これ従業員用のオヤツだな、 濡れせんべいって乾き物か? ギリセーフか?」
賞味期限は今年の十月と記されている、 良かった、 本当に問題無い、 その他にも料理に使うだろう缶詰類があったので軒並み持って行く
「えぇ…… 絶対殺すから、 三文字取って、 イコロ、 156…… 一階五十六番室…… は、 流石に無いわ、 一番で言いや、 一番近いし、 一番だけに、 あはははっ」
ガチャッ
暗い、 いや、 まあそうだろうと思って、 予めスタッフルームから懐中電灯を見つけ出して居る
カチ
「良いね、 歌う元気はねぇけど、 ここだったらある程度潜める、 休憩しよう」
どっかりと椅子に座り、 濡れせんべいを貪る、 まあまあ美味い、 しょっぱめだし……
はぁ……
その間、 特にどうという事は考えなかった、 ただ食って、 食える物を食って、 少しでも食って
「寝る」
目を瞑る、 全面黒のスクリーンに昔の事、 最近の事、 さっきの事、 グルングルンと目まぐるしく思い起こさせる
色も、 音も、 新鮮で、 リアルで、 臨場感があり、 懐かしい様で…… 思い出したく無い……
「うるせぇ…… 寝させろ……」
強く目をつぶって居るうちに、 映像は何だか意味不明な物に、 奇々怪々で何処かおかしく、 そんな事に疑問を抱かなくなったうちには日暮は寝息を立てていた
……………………………
目を開ける
「……よし、 行くか」
少し目を瞑っていた、 それだけで大分疲れが取れた、 立ち上がる、 気分もそんなに悪くない……
懐中電灯を手に持つ、 通路を歩き外に出る、 外は夕日が落ち始めていた
「………結構寝てたな、 もう夜じゃねぇか、 さてどうすっかな…… いや、 行くか」
何だろう、 やはり何かに導かれる様に、 感覚的な物だが、 まるで手招きされて居る様に、 進むべき方向が分かる
その先に、 刃を向ける者が居るのだと、 何となく理解する
(……向こうから誘ってやがるのか? 上等だ、 後悔させてやるよ…… )
ん?
…………
不意に、 視線を感じて、 そちらを見る、 人影が立っている、 気さくに手を振る姿が目に入った
男だ、 線の細い様な男、 向かってくる、 歩く姿からはまるで隙が伺えない、 こいつは何者だ?
「やっ、 初めまして、 明山日暮君で合ってる?」
こっちの事を知っている……
「あぁ、 あんたは? 俺はあんたの事を知らない」
「まあ、 警戒するなよ、 俺はナハト、 よろしく」
ナハト、 と名乗った男が手を差し出してくる、 握手だろうか、 だが日暮はそれには応えず、 代わりに腰に手を回す
「警戒するなって……」
……………スタッ
っ
目の前からナハトが消えた、 と思った時には日暮の横に並んでいた、 腰のナタに伸ばした手をナハトが触れている、 抜こうにもナタは抜けない
シュッ
首元に逆の手が伸びている、 少し届いていない、 間合い的には剣でも持っている様な……
「届いてないとか言うなよ? 俺は剣士だ、 剣さえ持ってたらお前の首は飛んでるって意味、 抜いてないのは戦うつもりで来た訳じゃ無いからさ」
変わらない、 どっちにしろ目で追えなかった、 その時点で日暮の負けだ
日暮は両手を上げると、 ナハトは日暮から離れた、 警戒しない訳じゃ無いが、 今は素直に従おうと思う
「良かったよ、 時間を無駄にしたくは無いからね、 さて、 俺がここに来たのは、 明山日暮、 君に見て欲しい物が有るからさ」
はぁ……
「分かった、 着いて行くよ」
「おっけー、 それじゃあ行こうか、 ちょっと俺に捕まって、 場所を変えるから」
そう言ってナハトが道の先を睨む、 それ方向は日暮が導かれる様に感じる、 その方向だった
?
「なんでも無い、 それじゃあ飛ぶよ…… インビコール・ムーブ」
ナハトがそう唱えた瞬間、 本の一瞬、 まるで自分と言う存在が粒子の様に砕け、 風に溶けたかのように感じた……
スタッ
「っと、 着いたよ、 一瞬だったでしょ?」
その声に反応し、 辺りを見る、 そこは……
「どこ? 何か、 知ってる様な……」
「隣町の繁華街の方さ、 隣町の駅前に近い、 建物も大分健在だろ?」
あぁ、 そっちの方か、 美味いラーメン屋が駅前に有るから二度くらい来た事ある
「でもこの辺りに何が有るんだ? 別に大したものは無さそうだけど?」
「まあまあ、 えっと、 そうだな、 そこの狭い路地が有るだろ? その路地通って向こう側に抜けてみてよ」
?
なんでまた……
「良いから良いから、 これはとても大事な事なんだよ、 取り敢えずさ、 疑いを持たずにどかどか進んでみてよ、 さ」
仕方ない、 ここでも悩んで居ても、 行けと言われたなら行くしかないか……
「通り抜けたら声でも掛れば良いか?」
「いいや、 ある程度したら迎えに行くよ、 さ、 行ってらっしゃい」
怪訝な顔をしてナハトを見たが手を振るだけだ、 日暮は振り返り路地の先へ歩き出す
この先に一体何があるのだろうか、 分からない、 分からないからこそ多少好奇心が刺激される
日暮は路地にその身を進め、 その先、 向こう側へ歩みを進めて行くのだった……
………………………………………
……………………
……
「も~ 勇者のお兄さん、 邪魔しないで欲しいんだけど、 せっかく、 あと少し歩いてくれば私が直接迎えに行ったのに……」
暗闇に少女の声が小さく聴こえる
「向かったとしたらあそこかな…… さて、 お兄さんはあれを見て、 どう思うのかな?」
ワクワクする、 どんな顔をするのか直接見る事が出来ないのが惜しい、 やっぱり会いたい……
「ふふっ、 生きててくれてありがとう、 お兄さん、 私達、 きっと直ぐに、 また会えるよ、 いや、 会いに行っちゃおうかな~ なんて」
一人、 少女楽しそうな声だけが暗闇の中に木霊していた………




