第百十四話…… 『最終章、 上編・終劇』
「私も連れてって下さい! 土飼さんよろしくお願いします!」
そう土飼に頭を下げたのは、 明山茜、 日暮の妹だった
「お兄ちゃんを追いかけて、 お父さんも、 お母さんも出てっちゃったんですよね? なら、 私も行きます」
「いやいやいや、 駄目だよ茜ちゃん、 そもそも外に出る事は推奨して無い、 皆勝手に出て行ってしまったんだ」
土飼は焦っていた、 時刻は十二時を過ぎている、 会議室でシェルターを飛び出した避難者を追う為に準備を開始した土飼だったが、 勿論外の世界を甘くは見ていない
瓦礫の街と化したこの街の事は、 それを調査してきた甘樹側の調査隊メンバーの方が詳しい、 そこで、 甘樹側の調査隊メンバーの実質リーダーである、 雷槌我観に話をしたのだ
雷槌も事態を重く受け止め準備の行動を起こしてくれた、 だが、 調査に出掛けると言うのはとても準備のかかる事だ
人数が必要だが、 トレーニングに身を入れていた隊員達を、 そのまま連れていく訳には行かない、 多少休んで貰う必要が有る
『……出発は一時だ、 急を要する事は理解してる、 だが、 だからこそだ、 焦れば更なる被害を産む、 言いたい事が分かるよな?』
土飼は頷くしか無かった、 本当は一人でも飛び出して行きたい所だが、 それは感情に振り回されて居るからに過ぎない
少しばかりのお昼ご飯を食べ、 今は休憩をしている所だった、 そうして食堂の椅子に座る土飼に話しかけて来たのが茜だった
「……私は以前、 ただ逃げるだけでした、 今の私も、 あんまり変わらないけど…… でも、 もう、 兄の背中を見送るだけなんて嫌だ、 家族の事で逃げるだけなんて嫌なんです! だから、 私も連れて行って下さい」
ああ、 両親は彼女の事を誇って良い、 その強い目は、 優しく、 日暮の妹だと分かる、 だからこそ
「駄目だ、 どんな理由にせよ同行は許可出来ない、 これは私達の仕事だ、 君はまだ学生だろ、 こんな事はしなくて良い」
「年は関係ありません、 家族ですから」
感情に流されては行けない、 それは更なる大きな不の結果となり得る、 強い意志を持って断る
「駄目だ、 なんにせよ駄目だ、 君の家族は我々が責任を持って連れ戻す、 だから君はシェルターで待っているんだ」
「……わかりました、 もう連れてってくれなんて言いません」
ほっ……
土飼は内心胸を撫で下ろす、 こう言っちゃ何だが、 これ以上の面倒事は正直御免だった
「避難は強制じゃないって話は本当ですか? シェルターを出て行った人が言ってたって聞きました」
「それはそうだな、 避難は任意だ、 誰に強制出来る物では無い、 まあ、 そこをつつかれて強引に出て行くとは思わなかったけどね、 実際」
頭の痛いの様な顔をする土飼、 その話を聴き茜は覚悟を決め、 大きく頷いた
「分かりました…… それでは……」
「ん? あっ、 ああ、 ……因みに何でそんな事を聴いたんだい? ……まさか」
既に土飼に背を向け、 食堂の出口へと一歩踏み出した茜の背に声を掛ける、 何だが目が気になった、 強い目だ、 日暮がよくする様な……
「土飼さんでも私を止めることは強制出来ないって分かりました、 別に助けは要りません、 わがまま言ってすみませんでした、 家族の所には私一人で行きます」
っ!?
「いやっ、 まって、 まっ、 止まってっ、 一旦落ち着いてぇ!」
現役女子高生を必死に止めるおっさん隊員の切実な悲鳴は、 暗い雰囲気のシェルターに響き渡った
それでも意志を曲げない茜を何とか説得したが、 子供のわがままにしては強靭な意志と瞳をしている事を見て、 その後土飼は折れた………
……………………………………
「はぁ…… 良い? 茜ちゃん、 絶対に隊員達から離れない事、 万が一にも勝手に何処かに行かない事、 どんな物を見ても冷静でいる事、 感情的にはならない」
午後十二時五十分、 準備を終えた隊員達が作戦開始の時間をいまかいまかと待つ中、 動き易い格好に着替えた茜に土飼は言葉を掛けていた
今にも一人で出ていってしまう茜を必死に説得し、 妥協した、 本当はこんな事をすれば、 最悪な結果が待っている可能性があるという事は分かっている
だが、 そんな土飼に対して、 雷槌はそこまで反対はしなかった
「勝手に出ていかれるより百倍はマシだ、 ただし、 土飼の言う様に勝手な行動は謹んで貰う、 俺達はお前の兄貴と違って能力なんて持ってない、 もしもの時は頼ろうなんて考えるな?」
「はい、 分かってます、 それでもよろしくお願いします」
ふっ
「ちゃんと明山日暮の妹だな、 覚悟が有るならよし…… そろそろ時間だ、 お前達! 出発の準備だっ!」
調査隊はシェルターの外、 危険溢れる外の世界を目指す、 既に空高く上がった陽の光を浴びながら、 昨晩の爪痕の痛みを伴いつつ、 彼等はそれでも進むのだ
………………………………
………………
……
『……どうか娘を助けてあげて下さい…… どうか………』
………………
「雪ちゃん………」
唖然とした、 目の前に立っている少女を見て、 ずっと探していたのとは違う、 忘れていた、 まるで初めから知らない様に、 出会い等無かった様に
「ふふっ、 久しぶり、 お兄さんっ♪」
どうしてこの笑顔を忘れて居たのだろう、 らしくないと思っていても、 約束したから、 この笑顔を守りたいと思った筈だ
暗い洞窟の中で出会って、 日暮が連れ出した、 彼女を助けたいと思ったからこそ手を差し伸べた
少女は魔王の幼体だ、 彼女がその力で過ちを犯さない様、 彼女が人で居られる様
……両親を無くし、 それでも生きている彼女を傍で守る様、 日暮も覚悟を……
なのに、 腰に回した手が握る、 日暮の牙、 骨の巻き付いたナタ、 その殺意を向ける先は、 少女へ……
(……俺、 何やってんだ)
日暮は硬直した、 直前までの闘志が嘘の様に引いていく、 その手をナタから外した
「……雪ちゃん、 俺は、 何を……」
「ふふっ、 あんまり気にしないで、 お兄さんは忘れていたの、 お兄さんだけじゃ無い、 皆んなが私の事を忘れて居た、 それだけ」
まあ、 忘れて居ただけ、 確かにそうだ、 普通なら有り得ないという事を除けばそれは単純な事だった
「仕方無かったの、 空帝・智洞炎雷候との戦いで私は人々からの注目を集めすぎちゃった、 それで皆私の放つ魔力に充てられてしまったの」
日暮は何だがはっきりとしない記憶を深堀して、 記憶を探る、 そう言えば日暮が藍木山攻略戦から帰ってきた時
壇上に立つ少女と、 それに、 まるでライブ会場か、 教祖の集会かと思う様な、 誰もが熱狂していた
「私の力で皆の頭から私を忘れされた、 そうしなきゃ皆暴れ出して大変な事になる所だった」
下を向いて肩を落とす少女、 色々と言いたい事はある筈だが、 少しずつ理解し、 日暮が少女を怒ったりする事は無かった
「そう言えば、 あいつも空帝が何とか言ってたな、 ……そうだそうだ、 思い出して来た、 あの巨龍と戦ったのは雪ちゃんなんだよな」
「うん…… 怖かった」
一歩近づく日暮、 それよりも早く少女はその場から小走りで日暮へ近づいて飛びかかる様に日暮の腰の辺りに抱き着いた
ボフ……
「それでね、 皆が怖いくらい私を褒めてね、 それで仕方なく力を使ってね、 私、 今まで一人この家で閉じ籠ってた」
日暮は屈むと少女を抱きしめた、 慣れないと思ったけれど、 人の心がそうさせるのか、 幼い少女を撫でる
「うん、 ありがとうね、 大丈夫、 雪ちゃんのおかげだよ、 皆、 今生きていられるのは」
諭す様に言葉を放つ日暮は分からない、 日暮の胸に顔をうずくめる少女は、 その震えた声とは対象に、 大きく笑っていた
「……そう? 皆、 私を許してくれる? お兄さんも怒ってない?」
怒る? 何を…… ああ、 あれの事か
「雪ちゃんは、 俺にくっ付いた暗低公狼狽をやばい奴だって思って落としてくれたんだろ? 」
少女は小さく頷く
「うん…… お兄さん、 悪い物に憑かれたみたいに怒って、 怖くて、 きっとあれのせいだと思って、 上手くあれだけ落とせると思ったの、 でも、 失敗しちゃった……」
日暮という人間は、 暗低公狼狽と言う存在とその肉体を半分ずつ共有する事で、 藍木山で強力な力を有し、 藍木山を根城とする猿帝を打ち破った
始まりの戦い、 その時の敵対関係を経て、 二つの存在はここに手を取り、 互いに目的地を同じに、 共に戦った、 そこには、 初めには無かった、 友情の様な物すら芽生えていた
だが、 どこまで行っても、 既に奴は日暮の半分だった、 特に脳と言う部分に宿る意志、 その半分だった、 そして少女はそれを攻撃した
日暮は、 突如、 脳の半分を失う事となった、 倒れ、 その後停止した脳でかろうじて命を繋いだが、 植物状態の様になってしまった
暗低公狼狽が残した保険、 ナタの骨が脳の物理的欠損を治し、 フーリカの能力で以前共有された日暮の記憶等の内部の欠損を補う事で、 日暮は回復する事が出来た
夢の中で、 暗低公狼狽と話をした、 別れを告げた、 飛び立っていく奴の姿を遠い空の彼方へ見送った
もうそれは、 日暮にとって乗り越えた事象だ、 そして、 日暮が後退することは無い、 どんな事柄も前進、 強さの糧だ
だから……
「大丈夫だよ雪ちゃん、 本当に有難うね、 実際あいつは俺の中で何か企んでるかも知れなかったし、 まあ、 また助けられたって事だよ、 今は元気だしね」
「そう? 怒ってない?」
日暮は少女の黒髪を撫でる、 以前は眩しい程の白髪だった筈だ、 それが黒く染まっている、 魔王としての力からだろうか……
「ふふっ、 はぁ…… そうだお兄さん、 ご飯どうだった? 美味しかった?」
「全部食べたよ、 ご馳走様、 美味しかった、 雪ちゃんが作ったの?」
少女が笑う
「それは良かった、 うん、 あれはね、 お母さんの味だよ、 レシピ道り、 食材は冷蔵庫に入ってたし」
………………え?
「それって……」
「大丈夫、 私の能力で生き返らせてから、 改めて殺して調達した食材だから、 とっても新鮮だよ、 死んだばかりの」
食材を生き返らせる? 生き返らせる…… 死者蘇生…………… あれ?
ふと思った、 死者蘇生、 藍木のシェルターで、 見た奇跡、 最近その話題をした、 それは数日前、 天成鈴歌が星之助聖夜に襲われた時
鈴歌は言っていた、 殺した筈の敵が何度も蘇り、 襲って来た、 何度も殺したと……
あれ…………………
「雪ちゃんさ、 星之助聖夜って知ってる?」
少女が一瞬固まるのを感じた
「……どうして?」
「知らないなら良いんだけどさ、 雪ちゃん、 その死者蘇生の力で、 何度もそいつを生き返らせて、 天成鈴歌襲わせたりしてないよね?」
有り得ない、 と、 思おうとした、 そんな疑いを向けるべきではないと、 でもさっきから妙なのだ、 少女を懐へ入れ、 ナタから手を離した事をとても後悔している
何故だ、 何故自分はこんなにも……
目の前の少女が恐ろしいと思うんだ? 何を怖いと思うんだ? 有り得ない、 内心心臓が強く震えて居るのが分かる
この黒髪の少女…… そもそも、 彼女は本当に雪ちゃんなのか?
それは日暮の生存本能だった、 本能が理性を叩き、 目を覚まそうとしている、 何だが、 頭がはっきりとしない、 視界が煙巻いて霞んで居る……
「……あんまり、 深く考えちゃだめだよお兄さん、 ねぇ、 私怖かったよ、 一人で辛かったよ、 もっと強く抱き締めてよ、 ね?」
少女の言葉に脳が痺れた、 何か甘い様な香りがした、 日暮は完全に麻痺していた……
だが、 それは、 岐路にて選択を拒んで居た時の日暮、 その残滓の部分だ、 昨晩、 一歩、 大きく踏み出した地点から客観的に日暮を見る、 もう一人の日暮が居る様な、 そんな風に思った
気が付けば……
ドンッ!
「うわっ!?」
少女を押していた、 力を込めて、 無意識的に押し飛ばしていた、 少しでも距離をとる様に、 そうして見た、 少女は泣いてなんか居なかった
心底、 楽しむ様に笑って居るのが一瞬見えた、 生存本能が知っている、 生きる為に同族殺しは有りだと、 昨晩を経て、 経験を経て、 瞬間的に決断する
殺した方が良いと、 その刃に手を伸ばす……
……………
グシャッ!
っ!
ベチャベチャ……
感覚的に少し引っ込めた、 そのおかけでまだ肉で繋がっている、 だが、 突然腰に伸ばした腕が割れる様に裂けた、 骨まで切断されている
滴り、 地面を赤く染める血、 日暮は足に力を込めて後方へ一気に蹴る
バッ!
ブワンッ! ジャギィンッ!
風きり音が一瞬まで自身の居た位置に鳴ったのと、 日暮が後方へ回避したタイミングは正に紙一重だった
シャンッ!
日暮はナタを抜くと立ち上がり構える、 前方には、 押され未だ地面に腰を着く少女と、 それを庇う様に立つ一人の女性が居た
「おのれっ! 魔王様に対して何たる無礼っ! 優しく慈愛を向ける魔王様を押し飛ばし、 地につけ汚すとはっ! その首を落とし断罪してやるっ!」
は? 何言ってんだこいつ、 魔王様?
目の前の女性の手には小柄なナイフが握られて居る、 あれがもうちょっと刃渡りの大きな刃物だったら今頃日暮は切断されてた
傷は癒えている、 治りは悪いがこれくらいの傷ならまだ何とか治るみたいだな……
「牛見おばさん、 止まって、 私は大丈夫だから、 よいしょっと」
牛見? どっかで聞いた様な名前だが、 そう呼ばれた女性の後ろで少女が立ち上がる
「そんな事より皆はどうしたの? ここに連れて来てって言ったよね?」
「はい、 ですから連れてきました、 もうすぐそこまで来ております、 夫に先導を任せ私は先に駆け付けました、 要らぬ事をしました、 すみません」
少女は頷く
「意外と時間かかったね、 結界の影響かな? 複雑でごめんね?」
「いえ、 こちらこそ遅れて申し訳ありませんでした、 それで、 そこの男、 どうしましょうか?」
ナイフを向ける女、 日暮も構えるが、 少女の声はそんな中にはまるで居ない様に朗らかだ
「う~ん、 戦いたいの? 牛見、 殺さないって約束出来るなら、 少しだけ戦っても良いよ?」
「……そうですか? そうですか、 分かりました、 はははっ、 お前、 お前っ! 魔王様の興味を一端に引きやがって! 羨ましいだろうがァ、 死に晒せっ!」
バァンッ!
地面を蹴る女、 速い……
カァンッ!
速いけど、 軽い、 日暮はナタでナイフを受け、 その間に持ち上げた足で女の足を踏みつける
グッ!
「ブレイング・ブーストッ!」
ボォオンッ!!
空気圧に強く押され加速したナタ、 足を踏まれ、 後退しようとした体を一瞬絡め取られた女の胴体にナタが食い込む
ッ、 ビシャアアアンッ!!
「ゲッ!?」
ベシャッ……
落ちる胴体、 それを強く踏みつける
ドシャッ!
「クソ雑魚女がっ! 雑魚は死んで当然なんだよボケッ、 チッ」
豹変、 一瞬の攻防だったがそれだけで日暮という人間は変わる、 宿した戦闘の思考が、 その訛った体に戦いを意識させる
人の皮を脱ぎ捨てる、 その牙は、 少女へ向く
「あれ~ 怖~いっ、 お兄さん、 私怖いよ? もう抱き締めてくれないの?」
チッ
「お前誰だよ、 俺の知ってる雪ちゃんはそんな風には笑わない、 と言うか、 なんだよこの女、 魔王様? 何やってんだよっ」
くすくすと少女が笑う
「ダメか~ まあそうだね、 冷静に考えれば分かるよね、 あのね、 お兄さんは私を守れなかったの」
は?
「私はもう人間じゃない、 あの龍との戦いで、 私は魔王となった、 人間を滅ぼす魔王に、 今はね、 色んな人使って遊んでる所、 星之助お兄さんもそうだよ、 やられちゃったけどね」
飄々と、 悪びれる様子も無く自白する少女、 少女が倒れた女性へと手を向ける
「こんな風にね、 魔国式結界・炳霊咖彩」
少女の手から溢れた光が、 女性の体に群がる様に、 女性の体が痙攣する様にビクリと動く
「アアアアアッ! よぐもっ! 死ねぇあああっ!!」
ビシュンッ!
寝転がった体制から振り上げたナイフ、 日暮は距離を取る様に回避する、 怒りに染まった女性の顔を睨み付ける
「あ~ はいはい、 死者蘇生ね、 やめろって言ったよな? いや、 言ってねぇか、 言っとくけど、 本当にこのまま続けるならその女は死ぬまで殺すし、 お前も殺すぞ?」
同時に少女を睨み付ける日暮、 少女は笑う、 それはもう楽しそうに
「あはははっ、 出来るかな~ あの綺麗なお姉さんは三回殺した頃には心が折れてたよ? お兄さんは大丈夫?」
天成鈴歌は確かに心が折れてた、 彼女の言っていた通りだ、 死者蘇生、 たとえ生き返るとしても、 実感として殺した感覚が残る、 不快な程をに付きまとう、 人殺しの感覚
でも、 日暮は明らかに鈴歌とは違った
「そもそも、 ウザイ奴でも殺しちゃ行けないってルールがおかしいんだ、 殺して解決するなら簡単だろ、 実は命を生き返らせる行為に心が折れそうなのはお前の方何じゃ無いよな、 クソガキッ」
ふふっ
「ぜーんぜん、 でもそんな強がり本当に続くかな~ 私知ってるよ? お兄さんは優しいんだって」
「あ? 他人の優しさに甘えるなよ、 俺はウザイ奴に優しく出来るほど出来た人間じゃねぇ」
ふふふっ
少女は大きく手を広げる
「そうでしょ? でも、 うざくない人にはとことん甘い、 好きな人は好き、 わかってるよお兄さん、 だからさ……」
ザッザッ ドタドタ……
日暮は足音に気が付く、 少女の背後から鳴り響く足音、 少し意識を狭くし過ぎたか、 気が付かなかった
ダッ ダッ
百人程の人影が少女の後ろに立つ、 まるで控える兵士の様に、 その顔は虚ろであるのに、 逆に何かに支配され、 昂る様に生き生きとしていた
「皆、 ようやく辿り着いたんだね、 待ちくたびれちゃった~ な~んて、 嫌味を言っても仕方無いよね、 ご苦労さま」
「時間が掛かり申し訳ありませんでした、 我ら魔王軍ここに馳せ参じました」
魔王軍?
ザッ!
背後で足音…… 女かっ
「余所見してんじゃねぇっ!」
「余所見しててトントン何だよてめぇはッ! 死ねっ!」
持ち上げたナタをカウンターで叩き付ける、 その完璧なタイミングで吸い込まれた刃は……
しかし……
日暮は視界の端、 魔王軍なる集団の中に、 チラリと知っている姿を見た気がした、 悲鳴の様な、 困惑を含んだ声が耳に響く
それは……
「日暮っ!」
っ!?
紛れもない母の声だった
(……っ、 なんでここに)
その思考は、 体を鈍く固める……
ッ、 ビシャアアンッ!!
っ
バンッ!
女が日暮の腹を割いて、 飛び距離を取る、 少女の隣へ、 母と、 その隣り、 父は日暮に駆け寄った
「日暮っ! 大丈夫かっ!」
何で……
腹が熱くなる、 大丈夫だ、 無意識的に体が反応した、 傷は浅い、 これくらいなら回復出来る……
そんな事よりも……
「あんたらっ、 こんな所で何やってんだよっ!」
「それはこっちのセリフよっ! 勝手に、 いきなりシェルターを飛び出してっ! 心配させてっ! 何やってるの!」
クソ……
睨み付ける少女の顔は本当におかしい物を見たように、 堪えられず笑っている
「日暮、 今、 何しようとした、 そのナタで何をしようとしたっ、 まさか、 傷つけようとしたのか? 牛見さんを」
「うるせぇな、 状況分かってんのか? 敵なんだよ! また良い気になって説教か? アホ何じゃないの? どっか行け……」
バシンッ!
頬を熱が駆け抜ける、 振るったのは母だった、 少し日暮は驚いた、 母は絶対に暴力とは無縁だと思っていたからだ
「いい加減にしなさい! あなた、 シェルターの中で人殺しだって噂になって居るわよ! どうして人にナタを向けるのよっ!」
は?
「私は、 貴方が戦う姿なんて見たくない、 それでもっ、 貴方が人を助ける為に戦うって言うから、 誰かの為に戦うって、 だから、 私は貴方がそのナタを振るう事を許可したのよ?」
許可?
「何言ってんの? 要らねぇよんなもん、 俺はあんたの子だけど、 ガキじゃねぇんだよ、 それに、 敵を殺して何が悪い? アンタらは俺の敵も助けろってか? 自分の言ってる事分かってる?」
そうは言っても日暮は何となく理解していた、 目の前に敵が居て、 戦いを許容された世界で、 この素晴らしい世界で、 戦いたい、 敵を殺して、 殺して、 殺してっ
強くなる、 その為に戦う
その止められない戦いへの好奇心、 不死の軍団を前に、 自分が戦えるのか、 あの少女を殺せば良いだけだ、 殺せ、 と、 内側が騒ぎ立てるのを理解していた
誰の為でも無い、 自分が戦いを楽しむ為に、 目の前の敵を、 殺すと、 日暮は思っていた……
でも、 それは、 日暮の両親には到底理解する事の出来ない事だった、 凶暴な息子を前に、 噂を確信し、 それでも彼らの持つ解を投げかける
「だったら、 逃げれば良いじゃない! 敵が現れたなら、 逃げれば良いでしょ! 誰も笑う人なんか居ない、 そうでしょ?」
ある訳無いだろそんな選択肢は……
「そうだ、 お母さんの言う通りだ、 日暮、 逃げよう、 ここから、 逃げよう!」
「逃げたきゃ逃げろ、 勝手に行け、 お前らを強要するな、 そうやって何からも逃げ続けてれば良い、 無様にな」
押し退ける様な日暮の鋭い言葉、 両親の悲しみに暮れた顔等今更何とも思わない、 弱いのが悪い、 戦わせなく無ければ……
自分の意志を押し付けたいなら、 日暮がそうしている様に、 相手より強く突き通せば良い、 下らない感情に足を止めるから弱い
「あははっ、 ひど~いっ! あはははっ! でもっ、 それだと困るんだよね~」
少女が合図をすると軍団が散り、 瞬く間に日暮達の周りをぐるりと囲む、 退路を塞がれたか
チッ
「おい、 何が目的だよ、 関係の無い二人連れて来て、 巻き込んで、 何がしたいんだよ」
「私は、 楽しい事がしたいだけ、 それに関係無いって事は無いでしょ? だってお兄さん、 明らかに同様してるじゃん、 さっきから」
本当に頭に来る、 何でこんなにムカつくんだ……
「牛見さん! これはどういう事なの? どうして私達を閉じ込めるの?」
「ははっ、 息子さんが怒るのも理解出来る程鈍いですね、 今際の際と言う奴ですよ、 あなた達は、 これから息子共々我々に殺されるんです」
真っ青な顔をしてヒステリックに叫ぶ母と、 震えた足で不格好なファイティングポーズを取る父が妙に頭に来る
(……だからさっさと逃げろって言ったんだ、 そもそもこんな所まで何しに来たんだよっ)
ああもうっ!
「くそうぜぇ、 逃げるぞ二人とも、 アンタらが居たら俺もまともに動けないから、 シェルターまで走れるか?」
日暮の言葉に二人が振り向く、 顔に怯えはまだある、 それでも目を見開くのは、 息子が今目の前で戦いを諦めたとそう思ったからだろう
二人にとって本当に恐ろしいのは、 今この状況では無く、 息子が他人に牙を向ける事だったから
「逃げられるとお思いですかぁ!?」
「うるせぇよババァ、 二人とも、 俺が合図したら全力で走れっ!」
日暮の声、 それに焦った様につられた軍団、 先頭に立つ牛見が手を振る
「血祭りに上げろっ!」
ははっ……
「分かりやすくて助かるよ、 ド素人がっ!」
ダッ!
日暮が踏み込む、 囲む輪、 日暮は見ていた、 本当に少しの差だが、 統制の取れていない軍団らしい、 一箇所薄い所が有る
そこに退路を作り出すっ!
「ぶっ飛べ雑魚どもっ! ブレイング・バーストッ!」
日暮の踏み込みに焦って、 単純な狙いで飛び込んだ相手が意図せず固まる、 そこを食い破る
全てを一発に掛ける、 純粋な力をぶつける攻撃、 触れた者達を尽く……
ボガァアアンッ!! バシャアアンッ!!
ぶっ飛ばすっ!
「あははっ! 軽い軽いっ! おら! 今だ! 穴が空いたぞ! 全力で走り抜けろっ!」
っと、 横から向かってくる敵だ……
「殺意ただ漏れなんだよっ!」
ブンッ!
ビシャァアアンッ!!
ベシャッ!
神がかった感覚派の日暮のカウンター、 振り向きざまに切り付けた刃は向かってくる敵の喉を正確に切り付け、 骨が追加ダメージを産み、 抉り飛ばす
あははっ!
「無双ゲームも偶には面白いよなっ!!」
バギィッ!
次に振るったナタが更に迫った男の頭蓋をそのまま叩き割る、 頭部の抉れ飛んだそいつは倒れ死んだ
(……あれ? 弱いな、 こいつらこのまま全員殺せるんじゃねぇか? いや、 死者蘇生があるんだった、 まあ、 このまま殺り続けても負ける気はしない……)
ん?
棒立ちで、 驚愕に目を見開き硬直、 口を大きく開けこちらを見る両親、 その足はまるで動く気配は無い
おいおいっ
「何やってんだよ! 早く逃げろよっ、 お前らが行かなきゃ、 何時までもこのままだぞっ! 待たなくて良いから先行けよっ!」
日暮の声何か届いて居ない様に、 二人は過呼吸気味に震え、 涙を流して居る
え?
ダッ! ダンッ!
二体接近……
タッ!
大きく一歩、 距離を取る、 そして大袈裟に踏み込むと、 一体に接近、 直前で大きく体を捻る……
「おらぁっ!」
ドンッ!
後ろ回し蹴り、 距離をとる様にテンション掛けた足で思い切り吹き飛ばす
その間、 近づくもう一体……
「おらっ」
バシャッ!
ナタに巻きついた骨が伸びて敵に突き刺さる、 抉り食らうと、 日暮の傷が癒えて行く
「あれっ? これ何度も死者蘇生して貰ってこれ繰り返せば、 回復エネルギー貯め放題じゃんっ! そうと分かればどんどんっ……」
ドンッ!
「もうやめろっ!」
?
突如、 父親が日暮にタックルを仕掛けてきた、 ぶつかった所で吹き飛びはしないが、 危うく敵同様カウンターを叩き込む所だった
それにしても……
「何? あんたらまで、 何やってんの? 早く行けよ、 死にたいの?」
「日暮っ! やめろっ! やめろっ!! 何をしたか分かってるのかっ! 見ろっ!」
父親が指を指す、 地面に倒れる死体……
「今、 お前が殺したんだぞっ!」
…………殺した?
それは人だぞ? と、 自分の中で声がした、 まだ居たのか人の部分、 その部分が、 父の言葉を勝手に耳の奥で反芻し、 何かとんでもない事をしたかのように、 今更騒ぎ立てる
人を、 殺した……………?
(……ちっ、 うるせぇな、 何を今更…… 生き返るんだからノーカンじゃん、 実質殺した事にはなんねぇだろ……)
………………
『なるわ……、 八回殺した、 生き返ろうが、 私の手には今も錫杖で貫いた感覚が生々しく残ってるのよ、 消えないわ』
…………
手に残る感覚ね…… 確かに、 あぁ、 本当にお前の言ってた事は正しいよ天成鈴歌、 でも……
(……やっぱり俺は気にしねぇな、 しない自分でいる事が出来る)
「で? 何時になったら逃げてくれる訳? そんな事言ってもアンタらが行かない限り俺は殺し続けなきゃ行けないんだけど?」
「もう、 自分一人で戦う何て言わなくて良い、 一緒に逃げよう、 一緒に戦おう、 皆で解決しようっ!」
面倒くさくなって来たし、 ここは適当に話を合わせておくか………………
……いや
「邪魔、 無理だよ、 お前らじゃどう足掻いても俺の歩みを止められない、 二人でさっさと逃げ………」
ダンッ!
……………
はっ!?
一瞬、 視界を駆け抜けた一人の敵、 日暮を抜け、 更に先…… 固まって動く事の出来ない母へ、 敵の拳が母へ向かう
チッ
(……だから邪魔だって言ったんだよっ!)
グッ!
踏み込む日暮、 だが、 それよりも速く………
ボォンッ!!
「彩乃に近づくなぁああっ!!」
ドガァンッ!
っ!?
日暮は驚いた、 普段から何かと体の痛みがどうとか、 硬いのがどうとか弱音を吐いて居た父が、 日暮より速く踏み込み
とてもその細腕から出たとは思えない力で、 敵を殴り飛ばした、 殴られた奴は鼻の形が変形している
ぶはっ
「あはははっ、 めちゃくちゃ良いパンチッ!」
「彩乃大丈夫か? 俺が道を開くから、 後ろを付いてきてくれっ、 日暮もっ! 協力してくれ、 逃げるために、 でもっ」
あぁ、 はいはい……
「わーったよ、 ぶん殴れば良いんだろ、 ナタを使わないでよっ!」
ドスッ!
目の前に飛び込んできた奴を殴りつける、 拳で直殴ると、 逆に凶暴性が増す様で、 理性が削れるからあんまり良くないけど……
(……あの父親が、 あんなパンチ見せたらなぁ~)
ちょっと、 負けられないかも?
ははっ
「父っ! 俺がバーサーカーするから、 あんたは母さん引きずってここから出るぞ! おらぁっ!」
ボコッ!
拳が一人に食い込む、 腹を抑えて倒れ込む敵、 二人は二人三脚の様に、 肩を抱えて走り出した
「日暮っ!」
「ああっ! わかったから、 一旦距離を取るぞっ!」
二人を追いかける、 ここから無事に出る事を考えよう、 今は、 ただそれだけを……
………………
「それは困ります~」
スタッ
牛見だ、 女が二人の前に立つ、 その後ろに居た日暮には、 牛見の予備動作が見えた、 軽く跳ね、 地に足が付くと、 体重移動……
スタンッ!
っ
ビシャアアアッ!!
牛見の手に持つ銀色が光を翻し、 ブレる、 母の肩に腕を回す父、 その腕が、 宙を舞った
グルングルン……
ベチャッ………
っ
「うぁあああああああああああああああっ!?」
絶叫、 吹き出す血栓、 血柱、 速い、 日暮でも目で追えなかった、 牛見の女の方、 こいつは明らかに……
ダンッ!
「業魔刑・麗転誅伐っ!」
ナイフ、 その刃が銀色の光を放つ様にぶれる、 そのまま砕ける様に、 風に揺られ飛ぶ粉塵の様に、 銀色の粉状の刃……
接近……
「ブレイング・バーストッ!」
空気圧で四散させる、 そうしてこの女ももう一度殺す、 その後……
父の絶叫と、 母の悲鳴、 こいつら、 こいつ、 あのガキ……
絶対に許せねぇっ……
能力で四散させた後は、 目の前の牛見のババァを叩き切る、 もう一度抜いたナタ、 その一撃を既に構える体制に…………
……………
「魔王様、 準備が整いました」
「うん、 ならやっちゃって」
…………
ブワッ………
?
妙な感覚、 空気の四散……
能力発動の、 失敗………
直前の、 耳に届いた会話、 牛見の夫と、 少女の会話、 その方向を横目で見る
「業魔刑・障杖灸忌」
牛見の夫の能力、 術を構えたその姿、 何だ、 その効果は、 能力の四散は……
ギランッ!
っ!
バギィンッ!!
「余所見なんて、 舐めてくれるじゃないっ!!」
刃をナタで正面から受ける、 物理的衝撃がしっかり体重ごと乗っている、 しかし、 そのまま、 通過する様に、 粉塵の刃は散り日暮の首元へと……
グッ!
「うっ……」
引くの蹴り、 半自動的に感覚で引かれた足、 引き付けて近距離で放たれた蹴りが接近した牛見の腹に突き刺さる
「ああっ! 刃よっ! 切り刻めっ!」
「ブレイングッ…… ちっ、 やっぱダメだっ!」
ガギィッ!
能力発動の起こりを感じられない、 やはり、 牛見夫の能力は対象の能力の制限に違いない、 大袈裟なそれっぽい構えと、 その場から動かな所を見ても相手へのデバフ要因って所か……
舐めやがって……
フッ!
ガギッ!
「無駄だっ! 強力な能力に頼りきったお前はっ! そのナタ一本で私の攻撃をどうにも出来ないっ!」
あぁ、 そうかもしれない……
「ははっ! 死ねぇっ、 明山日暮っ!」
牛見妻の大振りな攻撃、 日暮は体制が悪かった、 だが、 受けるしか無い……
ガッ!
衝撃……………
ははっ
スカッ! グルンッ!
伝わる衝撃の瞬間、 日暮は受けたナタを自ら手放した、 見るからに大振り、 勝ちを確信した最大火力、 だからこそ、 あえてこちらを弱く、 威力を逃がした
「っ! しまっ……」
受けの軽さに二の足を踏んだ牛見妻、 躓いた様に日暮の懐へ、 日暮はその場で踏み込みながら目の前の牛見妻の頭部を鷲掴みに……
「おっらぁっ!!」
ベギイッ!!
飛び膝蹴りが牛見の顔面に食い込む、 横目で粉塵の刃の起動を目視、 視界を遮って居る内に一歩敵の側方へ……
「ふっ飛べっ!」
ブンッ!
ナタを振るう、 それに釣られた様に反応を示す牛見妻、 不格好な振り上げ……
カンッ!
ナタが弾かれる、 弾かれた、 ただのナタが……
骨は既にナタから外れ、 右腕から這い進み、 左腕へ……
グイッ
左手で牛見の首を掴む
「喰らえ牙龍っ!」
グジャアアアッ! ビシャアアンッ!!
「うげっ!? ………」
そのまま首が抉れ飛んで首から下が崩れ落ちる、 荒い断面の首を夫の方へ投げ捨てる
左手で右のナタへ触れると骨はナタに戻る、 ナタを牛見夫の方へ向ける
「舐めた事しやがって、 これからてめぇもゴミ見たく死ぬ訳だが、 自分で招いた結果だからな? 死んでから後悔なんざするなよな?」
日暮は殺意を込めた睨みを伴い、 踏み出して……
「ふふふっ、 お兄さん何か忘れてな~い? ほら、 そっちそっち」
あ?
不意に聞こえた少女の声で周囲の音が鮮明に聞こえた、 自分はどうも視野が狭くなりがちだ、 少女の指さす方、 何が……
…………………
母が蹲っている、 その傍らには地面に横たわる父の姿、 さっきまでの痛みによる絶叫は聞こえて来ず、 奇妙な程に静かだ
母のすすり泣く音だけが嫌な程耳に届いた、 いやまさか……
いやまさか有り得ない、 そんな訳が無い、 無い、 有り得な……
母が少し動いたからか、 日暮の位置から一瞬チラリと横たわる父の顔が見えた、 その目はつぶられて居る、 閉じられた瞼から鮮血の涙が溢れ出ていた、 父の赤が母を汚している
明らかに………
「………は?」
これは明らかに、 死んで……………………
……………
「ふふっ、 やっぱり、 お兄さんは家族の事が好きなんだよね、 そこに甘さがある」
ッ
ビシャァアアンッ!!
…………
ベヂャベチャ…… ベシャッ……………
「うっ…… うえっ………」
横腹から刃が生えている、 刺さっているのとは違うんだと思う、 感覚的にはそんな感じだが、 身体中が痛む、 それは血管の構造すら理解させる程……
その粉塵状の刃は、 切りつけると瞬時に体内、 血管に侵入し、 内側から食い破る様に
切り付ける
ビシャッ! ビシャツ! ベシャァンッ!
「あああっ!? いっでぇああっ! あああっ!」
突然全身に数百を超える切り傷が走り一気に血液を掻き出す、 くらりと視界が暗転する
ドザッ……
チッ……
(……傷が、 回復しない…………)
日暮は初めて経験した、 元々の枯渇、 今の傷を、 今食ったエネルギーで何とか直して戦って居たが、 ここに来て初めて底を尽きたらしい
効力を失った様に、 スイッチを押しても着かない電気の様に、 無いものは無いと言う様に、 無慈悲にも肉体は死を意識し始める
まだ……
まだだ………
(……腕、 どっちの腕でも良い、 一時的に一本ナタに喰わせる、 そのエネルギーで致命傷を直して……)
ビシャンッ!
あっ……
ナタを持つ腕が内側からきり飛ぶ、 想定外の、 意識の外からやってくる斬撃、 一度体内へ入れてしまえば永遠と血管を泳ぎ全身を回る、 切り刻まれる……
牛見妻は死んでいるが、 先程の攻防で少し切られた所に蓄積で…… 少量だからこそ時間をかけて切り刻まれた
父親も、 同じ様に切り刻まれたんだけど…… これは……
「ウラァッ!」
ドスッ!
敵ひとりが突進、 崩れた日暮が更に大きく体制を崩す、 そこに畳み掛ける様に次々と
「ウァッ!」 「ギャアアッ!」 「ジネェッ!」
ドスッ! ドンッ! ドッ!
ドザッ……
完全抑え込まれた、 敵の一人が日暮の腕をたたっ蹴る、 無意識的に力が抜ける
ガランカランッ……
地面を滑ってナタが飛んで行く、 やばい、 骨が巻き付いたままだ、 本当に今それを失うのは不味い……
「ふふふふっ~♪ お兄さんはさ、 決して強い訳じゃないんだよね、 この世界で戦える人が珍しいから目立って見えるだけ……」
は?
「強力な能力を封じられ、 致命傷状態で頼みの回復、 そのナタも失って、 大の大人数人に組み伏せられて退かす力がある訳でも無く…… 」
「あははっ、 凄くこっけい~♪ 見てて最高のエンタメだよね~ 弱い人が必死に、 無意味に藻掻く姿ってさ」
力任せに後ろに腕を引かれ、 地面へと押し付けられた、 おでこが地面に叩きつけられ血が出て来る
腹が立つ、 ただただ腹が立つ
「クソガキがぁああああっ!! てめぇは何がしてぇんだよぉっ!! なんの為にこんな事をしやがんだクソがっ!!」
地に頭を垂れ無様に吠える日暮をくすくすと見下ろして少女は口を開く
「言ったでしょ~ 楽しい事がしたいだけだよ~ 今はね、 お兄さんといっぱい遊びたい、 それだけ」
は?
「この後、 殺すでしょ? そうしたらお兄さんには私の絶対従順の傀儡になってもらおう、 周りの人も同じだよ、 でもお兄さんには特別な地位をあげる」
傀儡? ふざけた事を……
「ここに居る人たちはお前の玩具じゃねぇぞ、 今どきのガキはおもちゃ屋に行った事も無いのか? 人間が売ってたか? あ?」
「なにそれっ、 あははっ! 知らないよ、 でも、 死んだ命は本当だったら終わり何だよ? それを生き返られせたんだ、 ならその命、 私が自由に扱っても良いよね?」
少女はお腹を抑えて本当におかしい物を見た様に笑う、 とてもはしゃいで居る
「だいたい何なの? 急に正義面? さっきまであれだけ楽しそうに殺しておいて、 無理でしょ、 今更そんな事叫んでも、 お兄さんはもう、 ただの殺人鬼だよっ!」
うるせぇよ…… うるせえ、 うるせえうるせえうるせえっ!
頭の中がうるさい、 さっきまで影も感じる事の出来なかった常識性が、 急に顔を出して日暮を責める
人殺し
「あいにく、 そんな事は微塵も気にならねぇなっ」
「そう? ならどうしてお父さんが死んで怒るの? お兄さんのお父さんと、 お兄さんが殺した人達、 一体何が違うの? どちらも同じ重さの命だよ?」
違うだろ、 そう答えようとして言葉に詰まった、 否定する事は出来る、 でもその続きは持っていなかった
「お兄さんはお父さんが死んで悲しくて怒ってるんだよね? じゃあお兄さんが殺した人に、 その人の死を悲しくて怒る人は居ないの?」
え?
敵の死を悲しむ人?
いや、 まてよ………
そもそも、 この人達は、 自分にとって、 本当に敵なのか?
………………
「……な~んてねっ、 私は別にお兄さんを責めたい訳じゃ無いよ、 だって私はお兄さんの事好きだから、 落ち込んじゃったかな? ごめんね?」
少女が抑え込まれる日暮に指を向ける、 すると傍に居た一人が日暮に近づく、 その手にはまるで処刑人の様な分厚い刃が握られていた
「やって」
ガラララララッ
大きく分厚い刃が持ち上がる、 地面から垂直に空に向かって立ち、 砂利や土を落としながら堂に入った構え
ブワンッ!
重量を感じるそれが振り下ろされる、 狙いは日暮の首、 押さえつけられ下を向く日暮はどれだけ抵抗しても拘束を振り解く事が出来ない
刃が首に迫る感覚を空気の動きか何かで何となく捉えた日暮は考える
(……たとえ俺が死んだとしても、 俺が殺した命と、 それに関連する人は生きていくんだよな……)
そんな事を考えている時点で日暮は結構諦めていた、 切り刻まれた身体中の傷が致命傷になり得て居る事で、 とどめは形だけの物に過ぎないと思った
傷は直らないし、 頼みの能力は使えないし、 それに……
(……見たくねぇな、 父親の死に顔と、 悲しむ家族の顔、 うわぁ、 これ俺のせいだよなぁ……)
じわじわと、 弱い心に蝕む様に、 さっきまでの熱が冷め、 理性が今更責め立てる、 後悔と言うなの自責
(……死んで楽になるなら、 良いか)
最後は抵抗するのを止めて、 せめて首に刃がすんなり通る様に、 全身の力を極限まで抜いた……
目を瞑る………………………
……………
「なにすんのよっ、 バカっ!」
ドシンッ!
………
?
すぐ側で声がした、 何かがぶつかる音、 日暮は顔に地面の熱を感じながら何とか目を開けて上を見た………
へ?
母だ…………
母が、 分厚い刃を持つ男にタックルをした? いや、 タックルとも呼べない様な不格好もいい所な突進だけど、 その非力、 しかし、 剣先が僅かに振れ……
ガシャアンッ!
刃が地面を叩く、 日暮の顔面スレスレを叩き付ける、 思わず目を瞑る、 その目を再び開けた時……
「日暮っ! 大丈夫?」
っ……
何とも言葉に表せない気持ちが湧き出てくる、 普段と変わらぬ優しさに、 それは懺悔か、 目頭が熱く
「あなた達、 息子を離して! 日暮っ、 お母さん、 直ぐに動けなくてごめんねっ、 逃げましょう! 何としても!」
チッ
「動けねぇよっ! ……あんただけでも逃げろっ! 茜を一人にしちゃダメだ! 頼むから一人で、 俺の事を置いて逃げてくれっ!」
頼む……
「それは、 出来ないっ! お母さんだって、 私だって、 譲れない物が有るのよっ!」
母は強しと言うが、 あれは精神力に由来すると思う、 精神力は覚悟を固める、 生きてきた人生の道程が心を作るなら、 その覚悟はまさに、 明山彩乃と言う一人の女性の命の輝きだった
母が不格好にも拳を握る
「離しなさいっ!」
トスッ!
日暮を押さえつける一人の男にその拳は当たる、 笑ってしまう程に弱いパンチ、 くっそ、 だからさ……
(……目の前で見せられて、 負けられないって思うだろうがっ、 あんたらにそういう事されるとっ!)
フッ!
グワッ!
日暮は自分から体を更に沈める、 それは腕の関節を押さえつけられる事で固定された体、 その拘束の為、 足を抑えられて居ないと言う状況があっての事だった
日暮は土下座の様な格好から、 少し跳ねる様に、 そして足を伸ばす事によって体の位置を沈めたのだ
押さえつける力は下に向かうが、 だからこそ本の少し、 下がったその差に、 押さえ付けるもの達の体は下に引かれる、 不可抗力の動き、 その瞬間反射的に体は抗う様な反対に引かれる
日暮を起こす様な力の向きが一瞬……
そこに合わせるっ!
バンッ!
「おっらぁっ!」
ベキッ!
地面に伏せた格好から、 垂直に一人の男の足、 脛を狙って蹴りつける、 不格好だからこそ、 力の要らない急所攻撃
(……俺にもまだ、 出来る事が有るよなぁっ!)
一人が体制を崩す、 二つの足では人を支えられない椅子の様に、 抑える力の向きが偏る事で、 パワーバランスが崩壊
その瞬間、 日暮が再び躍動するっ!
バッ!
手を地面に着いたまま、 地面を蹴る、 逆立ち、 戦いの中で逆立ち?
一人が咄嗟に日暮の足を掴む為に手を伸ばして……
バンッ!
「ははっ! 足場になってくれてありがとうっ!」
浮いた足でその敵の手を蹴り、 手で地面を押す、 反対向きに飛び、 浮いた体が本来の向きを取り戻し着地
ザーッ
ビギッ!
っ
全身に切り刻まれた痛みが走る、 傷は治ってないんだ、 既に限界を迎えている、 手首だってぶらんとしていて頼りなかった
でも……
(……ありがとう母さん、 まじで諦めて終わる所だった)
「負けられないんだよ…… 戦いで、 死にそう? 今更だろっ! こっちはいつだって命かけてんだよっ!」
死ぬ? 当たり前だっ! 負けた時は死ぬ、 でも……
「負けてねぇっ! まだっ! 負けてねぇ!!」
バンッ!
「いっ! ああああっ、 ぶっ飛べっ!」
ベギッ!
近くの男を側面からたたっ蹴る、 死の間際、 全ての動きに対して掛かるストッパーが一時的に壊れ、 それは予想以上の威力となった
バゴォンッ!!
男が地面を転がし瓦礫の山に吸い込まれる、 日暮は振り向く、 大きな分厚い刃を持つ男、 そいつが構え直す
「お前で俺が殺せるかッ!!」
ギャランッ!!
振り下ろされる刃、 日暮はギリギリまで引きつける、 重い刃、 単調な振り下ろしが相手の限界、 重力に引かれ、 落下地点が定まった時点で……
「遅せぇっ!」
バンッ!
引くが地面を蹴る、 ジャンプ、 空中で体を捻る、 銅を捻って、 足を狙い通りに運ぶ、 体重移動っ!
「おっ、 ラァアアッ!」
ガギィンッ!
日暮の飛び蹴りが男の顎を捉える、 ふらつく男、 その体が崩れ落ちる
ドザンッ……
ははっ……
やった、 勝った…………
………
「っ! 日暮っ、 後ろっ!」
え?
ドグサッ!
っ……
「うっ、 うぁあ……… あああっ……!」
すぐ側、 熱を感じる程の傍で、 母の悲鳴が聞こえた、 痛みに悶えた様な声だった
は?
日暮は浮かれていた、 今際の際で、 消えそうな炎を再度煽り、 自身の命を刈り取るはずだった存在をこちらが倒した時、 日暮は昂っていた……
背後から、 刃渡りの長い包丁を持った女が、 走り出していたのだ、 母はそれに気が付いて咄嗟に……
おい……
おいおいおいっ!
「おいっ! 大丈夫かっ…… あっ…… ちっ、 てめぇどけっ!」
ドスッ!
包丁女を殴り飛ばす、 その反動で女は後ろへ引くが……
ベチャベチャ……
手に持った包丁をしっかり握ったまま後ろへ引きやがった………
ベシャッ……
「あっ…… ひっ、 日暮…… 逃げて……」
っ、 っ!
「何やってんだよっ! 何で俺を庇って! 手で、 傷抑えろっ! ほらっ、 歩けっ! 逃げるぞっ!」
日暮の声は上擦っていた、 明らかに焦っていた、 まさかこんなに動揺するとは自分も思っていなかった
ずっと考えてた、 自分の命こそが自分にとって大切で、 それ以外は何とも思わない、 関係ないと……
冗談じゃない……
日暮は母に肩を貸すと、 引き摺る様に一歩歩みを……
「うん、 そろそろ良いよ、 長引くと冷めてくる…… お兄さん、 終わらせよう」
少女が日暮に指を向ける
「界縛」
ビシュルルッ!
「うっ……」
ドザァッ……
少女の指先から紐の様なものがゆらゆらと出ている、 結界の紐による拘束、 速い、 気が付けば日暮の体は縛られていた
母共々地面に倒れ込む、 母のうめき声と荒い息遣いが聞こえる、 ただただ焦りばかりが先行する
「楽しいかもって始めた茶番だったけど、 そろそろお終いの時かな、 初めからこうすれば良かった何てつまらない事は言わないでよね?」
プツンッ…… シュルルッ
結界の糸が切れて、 完全に日暮を縛り付ける、 ちっとも体が動く気配は無い
「おいっ!! ふざけんなぁ!! 解けっ!! ざけんなぁあああっ!!」
「しーっ、 皆、 万が一にももう動かない様に畳み掛けて、 私がトドメを指すから」
バンッ! ダンッ! ドンッ!
ドダッ! ドダッ! ドダンッ!
うっ……
数人の男達が日暮達に飛びかかりのしかかる、 のしかかる、 どんどんのしかかり重さが増していく、 十人ものしかかる頃には押しつぶされる程の圧迫を感じた
「よし、 まあ、 皆後で生き返らせてあげるから~」
ふわりっ
少女の体が宙に浮く、 ふわりふわりと舞い、 その人の山を見下ろす高さにまで、 少女が指を更に向ける
スクラムでも組む様にがっちりと抑え込まれた人の山の下の日暮、 その姿は見えないけれど、 関係ない、 全て吹き飛ばす……
笑う少女の口が、 力の名を…………
……………………………………
…………
苦しい、 苦しい、 全身が痛い、 重い、 死の気配、 確実な死の気配、 それは自分の物か、 それとも隣で倒れて居る母の物か……………
微かに、 声が聞こえた、 人の山の下で、 掠れた声が耳元で聞こえた……
「日暮……… 大丈夫?」
は?
「……んな訳っ、 げほっ、 げほっ、 うえっ」
腹が熱い、 全身が熱を持っている、 息が止まっている、 肺に溜まった全てを吐き出したからついぞ次の呼吸は出来ない
その人の山の下では見えていない、 笑う少女も、 少女の指先に力が溜まりつつある事も、 その苦しい暗闇には、 小さな伊吹と囁き声、 母も息子、 二人だけの空間が僅かにあった
「………………日暮、 ごめんね」
は?
「押し付ける様な事ばかり言ってごめんね、 縛り付ける様な事ばかりしてごめんね、 ……一緒に背負ってあげられなくて、 一緒に進んであげられなくて、 隣を歩いてあげられなくて……」
「いらねっ、 げほっ、 ねぇよっ…… んな謝罪は……」
ふ……
小さく笑い声が聞こえた、 こんな状況で何が面白いのだろう? それとも聞き間違いか?
「……じゃあ、 代わりに…… ありがとう、 私の所に産まれてくれて、 ありがとう、 私の息子になってくれて……」
っ……
「聴いたわよ…… 色んな人に、 貴方、 この街で沢山の人を助けたって、 多くの人の命を、 笑顔を、 家族を助けたって……」
ふふ……
「やるじゃないっ、 凄く誇らしく思います、 お母さんは、 話を聞いてて泣いちゃった、 日暮…… 貴方は自慢の息子です」
何だよ…… これ、 この気持ちは…… これじゃあ、 本当に、 俺は、 家族の事が好きで好きで堪らないみたいじゃないか……
日暮は奥歯を噛み締める
「日暮…… やっぱりひとつ謝らせて…… 辛くても、 苦しくても、 楽しくても、 ここじゃない世界で笑ってても……」
それでも…………
ザクッ!
っ!?
突如痛みが走る、 何かが突き刺さる痛み、 だが知っている、 この痛みを知っている、 この熱を知っている、 何で……
「生きて」
これは……
うっすらと差し込む光に照らされ照り返る、 日暮のナタ、 骨が伸び日暮へ突き刺さり、 その刃を母が握っている
「拾って来ちゃった…… 私、 もっといい方法がいっぱいあったんだと思うけど、 貴方みたいに上手くは動けなくて…… 最後にこれしか残ってなくて、 だからごめんね……」
ドクンッ!
心臓が脈を打つ、 傷が回復している、 母をナタが喰って、 そのエネルギーを変換し、 日暮の傷を癒している、 そう理解できる
やめろっ……
「私だけじゃない、 お父さんもここに居る、 二人分のエネルギー…… これで足りる?」
嘘だろ…… 有り得ない…… この母親……
「やめろっ! やめっ」
ビガッ!!
外から眩い光が差し込む、 何だこの光は、 このここまで伝わる熱量は、 これは、 不味い……
「日暮、 茜をよろしくね」
あぁっ!
「やめっ、 やめろぉおおおおおおっ!!」
………………
ふふふっ……
「消し飛べ…… 閻魔弾ッ!」
ビガァアアアアアアッ!!
ッ!
ボガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッアアアンッ!!!
ドゴォアアンッ!!
………
凄まじい爆音と熱が拡散し周囲一帯を消し飛ばす、 立ち上る程の黒煙が全てを覆い尽くす程に濃く立ち込める
その中に木霊した一人の男の悲鳴は、 爆音に掻き消され、 既に欠片も響いては来なかった
「……さて、 ここは一旦このままにしておこうかな~ もしかしたら、 もしかするかもしれないし」
少女は黒煙の中でも紛れる事の無い程の更に黒い髪を揺らし、 爆心地を一瞬見て少し笑い、 今にもスキップを始めそうな心持ちでその場を去って行った……




