第百十三話…… 『最終章、 上編・13』
眠い…… とにかく眠い……
どこか、 どこか眠れる所……………
街を彷徨う男、 明山日暮は今にも落ちる瞼を必死に持ち上げながら、 その重い体を引きずりながら、 ただ、 ふらふらと歩いた
昨夜…… と言うか、 一睡もしていないので時間の感覚も無いが、 シェルター前での戦いを終えた後、 シェルターを背に街を彷徨っている所だった
ここ五日間程、 日中はトレーニングで走り回り、 夜は無睡の護衛、 そして昨晩のシェルター攻防戦、 とにかく、 ただ只管に……
「疲れたぁ…… 眠い、 お腹空いた、 もう、 もう無理………」
ザッ
「っ、 うわっ」
不意に足がもつれ、 重力に引かれた体が地面に吸い込まれる
ドザッ……………
痛い……
「いや…… よく分からなくなって来た…… にしても、 アスファルト、 温かい、 もう、 寝れるならここでも良いや……」
元々多くを気にしない正確、 プラス何処でも眠れる体質、 そして襲う疲れ、 日暮は地面の熱を感じながら瞼を閉じた……
…………………………………
日は既に山の曲線から顔を出している、 時間としては七時前と言った所か、 以前日暮は徹夜でゲームした事あるが、 朝眠って、 起きたのは午後だった
おそらく今回もそうなるだろう、 既に意識は無い、 気絶する様な睡眠は、 奇々怪々で、 意味不明な夢を見せ、 心地は良くない
そして、 そんな日暮は気が付かない、 すぐ側に、 日暮を見つめる者が居た……
「あらら、 お兄さん、 こんな所で寝ちゃった、 も~ しょうがないな~」
少女だ、 幼い少女、 彼女は花が咲く様な笑顔で笑うと、 日暮に手を向けた
「魔国式結界……」
ふわり、 と、 日暮の体が浮く、 丁寧に、 優しく、 起こさない様に、 少女の笑顔は、 慈愛か、 端々にそう言った気遣いが感じられた
「私のお家に行こうね」
少女はふわふわと浮かぶ日暮を伴い、 道に迷う素振りも無く歩いて行く、 暫く歩いた所で目の前に赤い屋根のボロ家が見えて来た
奇妙な事に、 その家だけがまともに立っていた、 周囲の家や、 建物は悉く瓦礫と化して殺風景である、 その中にポツンと一軒
少女は躊躇うことなく家の扉を開ける
ガチャ
「だたいま~」
そう、 そこは少女の家だった、 ほんの少し前、 とても昔のことに感じる程だが、 それでも、 この家で、 優しい両親と、 幼い少女は暮らしていた
「よいしょ…… お兄さん、 ソファーで良い? な~んて、 道路よりは百倍は良いよね」
当の日暮はまるで起きる気配は無い、 昔からアレルギー性鼻炎持ちの日暮は、 点鼻薬も無い今、 アホ面で口を開けて窒息寸前の魚の様に眠っている
「ふふっ…… さて、 ふふふっ、 楽しみだな~ どんな顔するかな~ 楽しんでくれるかな? ふふふっ♪」
少女はある一方を向く、 家の中では無い、 外、 ついさっき、 まだ空が暗かった頃、 少女が見下ろして居た場所、 シェルターの方を向いていた
少女が人差し指をその方角に向ける……
「魔国式結界・炳霊咖彩」
その力、 それは不可能を可能にする力……
死者蘇生
昨晩、 シェルター内で多くの人が亡くなった事を、 外に居た日暮は知らない、 そして……
避難者就寝十五番室にて、 シェルター内の誰もが昨晩の出来事に無意識的に目を逸らす中、 その中で人知れず、 既に失われ死した命が息を吹き返す
ふふふっ
少女は笑う、 シェルターに向けた指は、 未だ下がらない
「魔国式結界・永榮鎖鞍」
息を吹き返した者達、 皆が一斉に、 導かれる様に、 息を揃えて、 同じ方角を見た、 その目は虚ろだ
あははっ
「きっと楽しくなるよ、 そうしたら私達、 また一緒に、 楽しく、 笑い合えるよね、 ふふっ」
少女は、 日暮の眠るソファーの空いたスペースに自身も腰掛け、 上機嫌に鼻歌を口ずさむ
その可愛らしいメロディーは、 時の止まった様なその家に、 あの日のままの家具や、 壁や、 柱に至るまで、 懐かしさに浸る様に染み渡った
…………………………………………
………………………
……
《午前九時過ぎ・甘樹シェルター・会議室》
会議室内には重苦しい空気が流れていた、 先程いつも道理の朝の挨拶から始まった会議だが、 見るからに、 誰の目にも覇気という物が無い
「昨晩、 このシェルターを一時的に出て行った方達ですが、 私と、 大望さんで呼び止めてシェルターに戻って貰いました」
土飼笹尾の話す言葉に誰も何も言おうとする気配が感じられない、 その静寂を破って奥野谷弦が発言する
「勝手に出て行った奴らの事なんかどうでもいい、 日暮はどうしたんだ?」
土飼は言葉に詰まる
「不明です、 朝日が刺す前に自主的にシェルターを後にしたと………」
「違ぇだろ、 そいつらに出てけって言われたんだろ? あいつら皆で噂を流してるぞ、 避難者の中じゃ朝からその噂で持ち切りだ、 日暮が人殺しの殺人鬼だってな」
奥野の声は荒々しい、 相当怒っている様だ、 何だかんだで情に厚い人だからな
「聞いたぞ、 外はモンスター共の死骸だらけだって、 あいつは本当に作戦通り一晩中たった一人でこのシェルターに向かってくるモンスター共と戦い続けたんだろ?」
「……恐らくは、 はい、 そうです」
バンッ!
「だったらっ、 何で一番頑張ってる奴がこんな事になってるんだよっ…… ちっ、 言っても仕方ねぇかも知れねぇがなっ!」
そう言って一方的な自問自答で着席しそっぽを向いてしまった、 言っても仕方の無い事では有る、 だが、 それはこの場に居る誰もの代弁ともなり得た
「……報告を続けます、 これは、 誰の責任と言う訳でも無いのですが…… いや、 まあ、 強いて言うなら私の責任……」
土飼は首を横に振る
「昨晩の戦いで、 村宿冬夜と、 威鳴千早季が大怪我をして現在医務室で療養中です」
更に
「菜代望野さんは敵の襲撃に合って、 同様に医務室へ、 天成鈴歌さんも、 昨晩、 シェルター内で適と対峙し、 同様に医務室へ」
ここに名前の挙げられた者達は、 皆それぞれ、 何かしらの能力を持っていて、 このシェルターの防衛において大きな力を持つ者達だ、 その筈だ
「日暮も居なくなった今、 ……いや、 はぁ…… 私達がこのシェルターを守るしかない、 その覚悟をもう一度固めなくては行けない時だと思っています」
どうもはっきりとしない話し方だと思う、 土飼は言葉を選ばざるを得なかった、 冬夜と、 威鳴に作戦の指示を出したのは土飼だ
昨晩の十五番室に一番最初に赴いたのは土飼だ、 あの時点で、 何か出来たのかも知れない
避難者達がシェルター外に出て行く事を止めることが土飼には出来た筈だ、 日暮が去る事を阻止出来た筈だ
外に出た避難者の方達は言っていた、 日暮が人を殺したと、 実際に、 地面に崩れ落ちた死体を指差して
それを見た時土飼は固まった、 共に外へ出た大望さんも頭を抱えていた、 妙に腑に落ちてしまった、 何時かは現実となる様な気がしていた
この会議で、 まだ、 報告出来て居ない、 大望さんが言うだろうか? それとも、 自分が報告した方が良いのか、 いや、 いっその事このまま黙っていれば良いのか
転がる首を見て直ぐにピンと来た、 柳木刄韋刈だと、 彼は有名人だ、 テレビに良く出ていた
この世界で、 悪さを働く能力者の若者達、 昨晩侵入して来た者同様、 ブラック・スモーカーと言う組織の一員である事は予想していた
日暮から話を聞き、 つい先日、 彼の話を日暮にした所だ、 何れもう一度刃を交える時が来る事は分かっていたはずだ、 決着を付ける事も分かって居たはずだ……
なのに……
(……俺は、 止められなかった、 日暮は、 彼を、 人を殺した、 何があったのかは分からない、 でも)
どうにかして、 止めることは出来た筈だ、 今までそう言った言動が無かった訳じゃない、 土飼自身、 出会ったばかりの頃に小指を切断され、 殺意を向けられた事が有る
言葉で、 どうにか彼を、 『人』に、 縛れていると思っていた、 凶暴でも、 社会で生きて来た常識と言う鎖で、 手綱を握っていると思っていた
違う、 どこまでも常識に囚われて、 彼の内面を理解出来なかった、 理解しようとしなかった
(……私のミスだ)
もう、 ここを去った彼が、 全く見えない程遠くに、 遠くに行ってしまった、 ここからは孤独だろう、 一人だ、 本当に一人、 それでも彼は進める、 強いから
(……彼を思うなら、 この世界は滅んだ形のままで有ると良い、 ……何て、 誰に言える訳では無いがな)
土飼は前を向く
「昨晩の報告は以上です、 ……私の他に、 誰か何かありますか? ……大望さんは、 どうですか?」
大望は大きく息を吐き出す
「そうだな、 シェルター内は今、 混沌に包まれている、 皆、 誰かを疑い、 距離を取り、 噂に踊らされ、 疲れ果てて居る」
「こう言うのは、 時間による感情の希釈、 それしか解決方法は無い、 だから、 少しでも皆さんが心休まる様に、 リラックスして生活出来る様に、 最優先は状況の報告と、 十五番室の措置が先決だと思う」
やっぱりか、 あの部屋をどうにかしなくては行けない、 だが、 誰が八十人に近い数の死体を片付けたいと思うのだろうか?
少なくとも土飼は御免だった、 もう一度あの部屋に行く事を想像するのさえ忌避される、 そんな非情な事を言葉に出来ないが、 顔を見ればここに居る皆、 同じ事を思っている様だった
かと言って、 説明を求められても言葉に詰まる、 何故なら前提として、 避難者は多くの事を理解していないからだ
混乱を避ける為に情報を絞った事も関係するが、 同時に、 避難者達も最低限の生活を守るのに必死で、 現状を知ろうと思う者は居なかった、 知ってしまえば後には引けないから
そのバランスはある意味正解だが、 状況は変わった、 今まで押し留めてきた物が一気に押し寄せてきた、 今まで道理止める事は出来ない、 世界に残った最低限の人間社会すら壊れてしまったのだ
人はようやく理解した筈だ、 常識は壊れ、 気が付く、 これからは、 何でも有りだと
これまでモンスターに怯え、 自身の命を他人任せにしていたからこそ、 このシェルターは回っていた
でも、 生きる為には、 生かす為には、 何でもしなくては行けないと直ぐに思う、 そうすれば収拾は付かなくなる
(……俺達は、 どうすれば良かったんだ…… 力があれば何か変わったのか?)
何やら言葉を話す大望だが、 土飼はその言葉を遠くに、 下を向いて、 もう殆ど聴いては居なかった、 頭の中でぐるぐると思考は巡る、 不要な思考ばかりである
(……力があった所で何も変えられない、 私達は、 人には備えが無かった、 まるっきり世界が変わった時の備えを何一つ持っては居なかった)
シェルターを去った日暮の事を思う
(……そう言う意味では、 やはり、 日暮は凄い、 御伽噺の様な世界を夢想し、 現実となった今、 見事に適応してみせた)
自分が知っている者の中で、 今を、 最も真剣に、 真っ当に生きているのは日暮だ、 自分は、 あんなに強くはなれない
はぁ………
「………であるから、 土飼君、 ……土飼君? 聴いているかね?」
え?
「あっ、 はい、 はい…… 何ですか?」
大望が怪訝そうな顔を向ける
「珍しいな、 いや、 無理も無いか、 十五番室の措置、 その指揮を頼みたいのだが…… 無理そうかな?」
っ……
「いっ、 いえ、 大丈夫です、 覚悟はしていました、 私に出来る事はやりますよ、 やりますとも」
「本当に大丈夫かな? 君の事は信頼しているが、 やはり昨夜の今日だ、 敵に切りつけられた傷も有ると言うし、 痛むだろう? 誰か他の者に任せた方が良いな」
…………………
「まあ、 そう肩を落とすな、 適材適所、 そして適時と言うのも有る、 少し休みなさい………」
また、 また自分は人任せにしてしまうのか…… それで、 後悔したばかりでは無いのか………………
「人手が必要だが、 精神的に参っている物は休むべきだろう、 覚悟の必要な作業となる、 半端な気持ちで行うべきでは無い」
半端………
ああ………………… 憂鬱だ、 これからの世を思うと、 これからの時を思うと、 酷く暗く、 残酷で、 冷たく
もう、 もういい、 眠ってしまおう、 言葉に甘えて、 休んでしまおう、 このまま、 楽で、 暖かい方へ……
……………………
だが、 そうはなれなかった、 状況が、 土飼を、 調査隊のメンバーを、 避難者達を、 更に深い暗闇へ、 不安の底へ突き落とす……
ガチャッ!
「木葉鉢さん!」
っ!
突如荒々しく開け放たれる会議室の扉と、 駆け込んでくる若者、 若者がまず木葉鉢の名前を読んだという事はこのシェルターの調査隊か、 焦った様に走って来た所を見るに相当の事態
避難者のトラブルか、 喧嘩か? それともまた外に出ようとしている者が居るのか?
何にせよ……
(……何だ、 今度は何だと言うのだっ)
名前を呼ばれた木葉鉢は立ち上がり若者の方へと向かう
「どうしましたか? 何か問題が?」
会議室中の目が若者へと降り注ぐ中、 呑気に息を整えた若者が、 ポツリと言葉を零す
「……っ、 はぁっ…… 居なくなったんです……」
居なくなった? 何が……
疑問が頭に浮かぶ中、 更に続いた若者の言葉で、 土飼を含めたそこに居る誰もが頭を捻る事になった、 その言葉は……
「十五番室の死体っ、 ご遺体が全員居なくなったんですっ!!」
…………………は?
頭のおかしくなった自分の聞き間違いだと思った、 だが誰もが首を捻るのでそれが、 言葉のままの意味だと、 そう伝えようとしているのだと分かった
だとしても……
「何を馬鹿な……」
…………
そんな風に実際に言葉を漏らした自分を直ぐに殴りたくなった、 頭に疑問符を浮かべながら、 十五番室へとたどり着いた土飼達は見た
「なっ…… 何だ、 これは…… 空っぽじゃないか…………」
昨晩の光景がフラッシュバックし重なる、 足元を埋め尽くす人の死体、 濃密な死の気配……
痕跡はそのままだ、 血痕が至る所に飛び散って居るし、 臭いも酷い物だ、 だが肝心の死体が、 その部屋には一つも無かった
「何処に行った? 何処に行ったんだっ!?」
「分かりません、 俺も今、 ふと、 中を覗いたらこれで……」
何が起きて居るんだ? 誰かが片付けた? それは無い、 片付けのは自分達の仕事だ、 他にやる者は居ない
ならば、 一人でに歩いて何処かへ行ってしまった? ゾンビ映画の様に?
ははは……
(……何だ、 勝手に片付いたなら良かったじゃないか、 楽だ……)
何を最低な事を思って居るんだ自分は…… それでも、 空っぽになった十五番室と同じくらい、 土飼の心も軽く……
……………
ダッダッ!
「土飼さんっ! 土飼さん!」
通路を走って来る足音、 自分を呼ぶ声……
ああ……
「今度は何だっ!?」
「それが、 おかしいんです! 避難者達や、 それに調査隊のメンバーまで、 一部の人がここから出て行くって!」
え?
「ここから、 出てく? シェルターからか?」
今しがた来た隊員が頷く、 彼は藍木側の調査隊だ、 調査隊内では土飼の部下になる人だ、 しかし、 なんでまた……
「噂が原因か? それともまた何か別の理由か?」
「いえ、 それが分からなくて、 皆急に出てくって、 それに変なんです!」
変?
「少なくとも俺が知ってる中で、 出てくって言い出した人は、 調査隊メンバーも含めて、 皆、 藍木シェルターから引っ越してきた人達ばかりなんです!」
は?
「皆で止めてる所何ですけど、 集団でぞろぞろと、 それに止めようとすると暴れて掴み掛かってくる様な人も居て、 異常ですよ!」
本当に……
「何なんだ…… 何が起こっているんだ……」
土飼は顔を手で覆って強く目を瞑ったが、 直ぐに首を振って再起する
「分かった、 君、 十五番室の事は大望さんか、 木葉鉢さんに指示を仰いでくれ、 俺は避難者を止めてくる、 ……さぁ、 行くぞ!」
頷く甘樹側の若者隊員を空っぽの十五番室の前に置いて、 土飼は気怠げな体を引きずり、 通路を走り出した……
……………………………………
…………………
……
「どういう事なの? 日暮がこのシェルターを出て行ったって、 それに、 何であんなに酷い事言われて居るのよ……」
日暮の母、 明山彩乃は頭を抱えて居た、 それは今朝の事だ、 明け方の騒動は詳しくは知らない、 だが、 シェルターの中に殺人鬼が出ただとか、 シェルターを出た人が居ただとか
そう言った話をちらりと聴いて、 不安に思いながらももう一度床に着いた、 そして目が覚めて、 話は更に拡大し、 そこにまたしても自分の息子が巻き込まれて居ると知り、 酷い胸騒ぎがした
日暮の父、 明山壱道は、 今、 情報収集の為に話を聞き回っている為、 ここには居ない
娘の茜も、 鈴歌のお見舞いの為に医務室へと行っている、 今ここには彩乃しか居なかった
「…………………本当に、 日暮は人を……」
考えて頭が痛くなる、 当の本人は何処へやら、 思い出すのは藍木シェルターで戦う日暮の姿、 日暮は笑いながら戦う、 そこに躊躇いは無い
どうしても、 手放しに噂の可能性を否定する事が出来なくて、 母親として失格だと思った、 自分は息子を信じる事が出来ていないんだ……
「……そもそも、 なんなの、 一晩中外で戦ってたってのは本当なの? あんなに恐ろしい化け物と? どうしてなの……」
分からない、 昔から難しい子だった、 流れに乗らない、 決まり事を嫌う、 人の居ない所へ行こうとする
「何があったのか、 ちゃんと話してよ、 日暮、 今、 何処に居るのよ……」
歳のせいか、 心が弱った様に思う、 郵便局員として働いて居たので笑顔と元気には自信があったのだが……
もう、 最近は録に笑えて居ない、 と言うか、 誰も笑えてない、 当たり前だこんな状況で、 誰だって笑顔の人なんか居ない……
どうして……
「どうして日暮は、 ……笑えるのかしら」
息子の笑顔は、 こんな世界になって初めて見る程、 輝いていた、 子供が笑顔で笑っている、 それを忌避する親である事が当然の様で、 嫌にも感じた
はぁ……
「本当に、 何処に行ったのかしら、 バカ息子は……………」
「知ってますよ、 どこにいるか」
?
すぐ側に人が居た、 腰を下ろす彩乃を見下ろす様に立つ一人の女性、 彩乃は彼女をよく知っていた
「牛見さん…… えっと、 知ってると言うのは?」
牛見と言う女性は、 日暮の同級生の母親で、 ママ友と言う奴だろうか、 と言っても日暮が学生の頃なのでこうして会うのは久しぶりだ
「それは勿論、 日暮くんの居場所の事ですよ、 さぁ、 行きましょう」
「……どうして牛見さんが、 日暮の居る場所を知っているんでしょうか?」
奇妙だった、 勿論直ぐにでも着いていきたいと思う気持ちも有る、 それが本当か、 嘘か、 それを確かめる必要も無い、 藁にもすがる思いと言うやつか
だが、 この時、 妙に疑問の方が先に引っかかった、 牛見は昔のままの優しい笑顔で笑う
「うふっ、 確かに、 私も別の人から聴いたんです、 その人って言うのが昨晩シェルターの外に出た人、 つまり日暮くんを追い出した人なんだけど……」
…………………
「追い出した人なら、 どうして日暮の居場所なんて知っているのか、 すごく不思議何ですけど?」
牛見は彩乃を見下ろしたまま、 ふと思い付いた様に笑う
「怖いのかしら、 日暮くんに会うのが」
は?
「そうよね、 噂が本当なら、 その事実を確かめなくちゃ行けないものね、 息子が、 人殺しなのか」
っ
「分かります、 親だからこそ、 知りたくない子供の一面と言うのはあります、 目を逸らすなら、 それも、 有りかもしれませんね」
ふふふっ……
牛見の笑いに彩乃は久しぶりに頭に来ていた、 どこからどう見ても挑発だ、 でも、 聞かなかった事には出来ない、 決して降りる事の出来ない挑発だ
彩乃は家族が好きだ、 夫の事も、 日暮の事も、 茜の事も、 大好きだ
どきり、 としてしまった、 牛見の言葉に、 内心、 図星なのだと気が付かされた、 無意識的に避けて居たのかもしれない
それを、 何がなんでも否定しなくちゃ行けない、 大好きな家族の事からは、 絶対に逃げたくなかった
「……行きます、 牛見さん、 日暮の居る場所を教えて下さい」
「ふふっ、 そう、 心配だものね、 良いわ、 私に着いてきて……」
彩乃に迷いは無かった、 立ち上がると先を歩く牛見の背中をおっかなびっくり、 それでも確かに追いかける
………………………
暫く歩いて行くと、 それはシェルターの出口へと向かって居るのだと気が付いた
「あの…… もしかして外に出るの?」
「当たり前でしょ? 日暮くんは追い出されたのだから、 外に居るのは当然、 今からそこに案内すると言っているのよ?」
まあ、 言われればそうなのだが……
「大丈夫、 モンスターは居ないわ、 知ってる? 昨日、 一晩中日暮くんはモンスターと戦い続けた、 外はこれ以上無いほど安全よ、 現にほら」
牛見の指指す方、 出口の付近には意外にも多くの人が詰めかけて居る、 皆、 シェルターからの外出の為出口へ詰め掛けて居るようだ、 ざっと見ても百人程だろうか
「それに、 ああ、 ほらあそこ」
牛見は更にその中、 ある人物に向かって手を振る、 こちらに気が付いて手を振り返したのは、 以前何度か見かけた事のある牛見の夫だ
そしてその隣に……
「あっ、 彩乃!」
えっ
「あなたっ! どうしてここにっ」
「それはこっちのセリフだよ」
それは夫、 壱道だった、 互いに目を見合わせて驚いて居る、 そこに牛見の夫が割り込む様に話し掛けて来た
「久しぶりです日暮君のお母さん、 壱道さんとは先程食堂で会いまして、 日暮君を探していると言う事でしたので」
「牛見さんを信じて着いていく事にしたんだ、 実際それ以外に情報は無くて、 だから、 俺が確認しに行くから彩乃はシェルターで待ってろ、 茜には道すがら声を掛けて来たけどお前の事は伝えてない」
彩乃は首を横に振る
「いえ、 私が行かない訳には行かない、 ごめん、 でもどうしても直ぐに日暮に会いたいの」
流石、 長い事二人で支え合ってきたからか、 そう答えるだろう事は分かっていた様に壱道は頷く
「分かった、 でも絶対に傍を離れないでね」
「ええ、 それじゃ牛見さん、 お願いします」
牛見夫婦は頷く
「はい、 承知しました、 さぁ、 着いてきて下さい、 向こうも待ちかねて居るようですから」
?
やがて人の列が進み、 ようやく明山夫婦が外に出た時、 二人は変わり果てた街を刮目し、 その驚きは、 その場から暫く動けなくなる程だった
顔を見合わせた二人と、 二人を先導する牛見夫婦、 そして、 奇妙にも、明山夫婦はその大きな違和感に気が付かなかった
シェルターを囲う城壁の出口へと向かう四人の後ろ、 そこへ列を成して、 まるで百鬼夜行の様に、 出口の付近へたむろしていた百人に近い人々が続く
一列に、 まるで一匹の毒蛇の様に、 誰もが同じ所を目指して歩く、 その歩みはゆっくりだが、 確かに……
そう言えば……
「牛見さん、 もう体は良いんですか? 確か、 以前、 藍木シェルターが襲われた時、 巻き込まれて怪我をしたって聴きましたけど……」
ふと思い出した、 それは深谷離井と、 日暮の戦いがシェルター内で勃発した時、 思い出しただけで鳥肌が立つ程、 多くの人が怪我した……
怪我……………
「ああ、 ご心配なく、 この通り、 今では傷ひとつ残っては居ませんよ、 はい、 寧ろあれから体の調子が良い位だ、 生まれ変わった様な感覚と言いますか、 あははっ」
「ははは…… そ、 そうですか、 なら良かったです」
嘘だ、 目を逸らしていた、 牛見さんが巻き込まれた時、 丁度彩乃は二人を視界に捉えていた
糸の様な物が迫った後、 二人の首から上が急に宙を舞って……
(……有り得るはずが無いわ、 二人は現にこうして生きているんだから)
次々湧いて出てくる疑問を抱きながら、 その歩みは止まらない、 真っ直ぐに一直線に、 日暮の元へ進む
「ふふっ、 本当に生きている事に感謝しなくては行けませんね、 全く本当に」
その不気味な笑みを、 明山夫婦はいつしか、 不気味とも思わなくなっていた、 流れに乗ったと言う様に、 彼らの行軍は止まらない………
……………………………………
…………………
……
「えっ! 人を通したって? その人達は既に外に出たんですか?」
甘樹シェルターの出口周辺から驚愕に染まった声が聞こえる、 それは土飼の声だった、 息は荒く切れており走ってここまで来た事が伺えた
「はい…… 何度も止めたんですが、 やはり昨晩シェルターの外に出た方が居たからか、 何分避難を強制している訳では無い以上、 拘束力と言うのは持たなくて……」
土飼は頭を抱えた、 出口を見張る警備員は今にも頭を下げそうな様だが、 別に彼が悪い訳では勿論無い
そこで、 ふと、 警備員の詰所に置かれた書類に目が止まる、 書かれたインクが真新しいく写った
「あの、 そちらの書類は? 今しがた書かれた様に見えるのですが……」
「ああ、 はい、 直ぐにでも飛び出して行きそうでしたので、 せめて外出する方は名前を記入してくれと、 百人ほど居たのですが、 私の見た限り皆さん名前を記入して下さったと」
土飼が頷く
「済まないが、 そちらに目を通しても?」
警備員は書類を手元に持ってくると土飼に渡した、 ペラペラと書類を捲っていく度に土飼の顔は驚きに満ち、 そして固まった
「……あの? どうされました? 何か変な所があったでしょうか?」
「……いや、 すいません、 この書類一旦お借りしても良いですか、 少し木葉鉢さんに尋ねなくては行けないかもしれません」
木葉鉢の名前を聞いて警備員は大きく頷く
「ええ、 どちらにせよ木葉鉢さんの所に提出する予定の物でしたから、 大丈夫です」
それを聞くや土飼は、 またしても走り出した、 会議室に居るだろうメンバーの元へ、 ここに書いてある事が本当なら……
「やばいぞ、 何かやばいっ」
……………
会議室のドアノブを捻って中に入ると、 中はまた別の慌ただしさがあった、 土飼へ視線が向けられる
「土飼さん、 十五番室はどうでしたか?」
「えっ、 ああ、 本当に空っぽでした、 ですか、 取り敢えずこの書類を確認して下さい」
首を捻る木葉鉢、 土飼の持ってきた書類に隣の大望も同時に目を通す、 土飼は十五番室の現状を見た後の事を話した
「それで、 これがシェルターを後にした人達の名前ですか…… え?」
目を通す木葉鉢の書類を捲る音が一瞬止まり、 今度は速くなる、 視線も斜め読みで忙しない
「ありえない…… どういう事ですか? ここに書いてある名前、 一致している、 土飼さん、 十五番室は空っぽになっていたと言いましたよね?」
その反応で土飼も、 やはりか、 と内心頷く、 ここに名前の書かれた人物達は……
「昨晩殺された筈の、 十五番室の避難者達ですよっ、 そんな、 それじゃあまさか……」
「死者が蘇り、 自分達で名前を書き、 シェルターを出ていったか…… これは何らかの能力者の仕業じゃないのかね?」
流石、 自身が能力者だからか、 大望の理解は早い、 土飼もそう思っていた所だ
「度々存じない名前が書かれて居ますが…… これはもしかして」
「藍木シェルターからの避難者です、 しかも私の記憶が正しければ、 いぜシェルターが襲撃された際、 皆さん何かしらの怪我を負って居たはずです」
何だが頭がはっきりとしないが、 大きな怪我だった様な気がする、 それこそ命に関わるような…… だが勿論皆生きている
「おい、 ここの八人、 藍木側の調査隊メンバーだぜ? しかも確かこいつら、 死ぬような怪我を…… あ? 何か記憶が曖昧だ」
奥野さんだ、 それは土飼も思っていた、 確か四人は土飼の目の前で………
「皆、 死傷した者達と言う事か…… ん? 待てよ、 土飼君、 ここ見てくれ、 子の名前っ」
大望が焦った様に指指す所を見て大望は目を見開く……
「明山壱道、 明山彩乃…… この二人、 日暮の両親じゃないかっ!」
何故……
「どうします? やはり調査隊を動員して連れ戻すべきでは?」
「そうすべきだ、 外は何があるか分からないし、 もう、 誰もが知っている街とは違うんだ、 それに、 日暮君と何か関連がるかもしれない、 土飼君、 準備をしてくれるか?」
土飼は頷く
「はい、 奥野さんもお願いします、 雷槌さんにも声をかけて人を借りようと思います、 それでは出動の準備をしてきます!」
会議室から飛び出して行く土飼と、 奥野を見送った他メンバーの顔は不安に満ちていた、 頭がキレるからこそ、 この先に起こる更なる恐怖を感じて居るのかもしれない……
…………………………………
…………………
……
ん…… ぅぅん………
「ぁぁ…… 怠い………… 眠い………」
重い瞼を開けた日暮は、 直ぐに閉じようとする瞼を何とか開けて、 天井を見上げた、 真新しい様な最近の家って雰囲気だ、 少し埃臭い様にも感じるが……
いや……
何処だここ………
日暮はゆっくりと記憶を辿る、 街を歩いてて…… そう言えば道路の上で寝た様な……
「なんでこんな所に…… ? あれ、 なんか知ってる気がする様な…… 何処だっけかここ…… うっ」
何とか体を起こし熱を持った様な額に手を当てて目を瞑る、 この怠さが嫌なんだよな………
「ああ、 目が開かない…… 今、 何時だ?」
チ チ チ……
何処か近くで時計の針が動いて居る音が聞こえる、 電池式の時計だろう、 電池が新しければ大きな狂いもないだろう
薄目で壁を這う様に視線を巡らせると、 光の差し込む窓辺の直ぐに近くにパステルカラーのシンプルだが可愛らしい壁掛け時計が目に入った
時計の針は十一時四十九分を刺している、 本格的に昼前の時間だ、 お腹も大分空いている
と、 何処からかいい匂いがする、 お腹が音を立てて鳴り、 立ち上がる、 少し歩いてやはり思う
「知ってるな、 この家、 ……そうだ、 街に調査に来た時、 この家に来たんだ、 何か家族で孤立してて、 でも…… あ~ 寝起きのせいか? あんまり思い出せねぇよ……」
記憶と匂いを辿り歩くと、 キッチンの傍にある机の上に料理が並べられている、 このご時世とは思えない程豪華で、 量もしっかりある
「美味そ~ しかもまだ暖かい、 ラップが湯気で少し曇ってるもんな、 誰だよこんないい者食ってるの、 野菜炒めは豚こま肉にシーフードまで入ってる、 ごくっ」
炊飯器が傍に置かれ保温と言うボタンが赤く光を放っている、 伏せられた茶碗と、 お椀、 キッチンには湯気の立つ鍋がかかっており中は味噌汁だ
机に付箋が貼ってあり、 丸文字でメモが書かれている
『お腹いっぱいになるまで食べてね、 お兄さん…………』
不思議だ、 メモに目を通した瞬間、 頭の奥で声がした様に、 ここに書かれたお兄さんとは自分の事だと理解出来た
「食べて良いんだよな…… えっ、 じゃあ、 遠慮なく…… 頂きます」
ご飯と味噌汁を器に盛り、 席に付くと手を合わせる、 お客様用の箸は今までに使われた形跡がないほどに綺麗だ
なんて事の無い料理だ、 だが、 とても懐かしい味だ、 とても美味しい、 凄く久しいまともな料理と言う感じ……
「いや、 これが思いやりって奴なのかな、 温かい、 幸福さを感じる様な、 美味しいよ」
久しぶりの温かいご飯に箸が止まらない、 そのまま全て平らげた所で満腹となった、 とても考えられている
さて……
お皿を流しに入れる、 蛇口を捻るが水は出ない、 横を見ると水の溜められた桶は濁っている、 だが、 水と言えばそれぐらいしか無かった
「……え? ご飯炊くのにも、 味噌汁作るのにも水必要だよね? ……これしか無くない? えっ…… 考えるの止めよ」
黒くカビの生えたスポンジを恐る恐る掴み、 洗剤を大量にぶっかける、 濁った水で皿を洗うと、 それらしい所に立て掛けた
「よし、 このくらいはしとかないとな…… さて、 そろそろ出て行くか」
日暮は一旦考える事を止めていた、 お腹は実際に空いていたし、 自分の為に作られた物だと思ったからだ、 どうやってここに辿り着いたのかも今は考えない
答えは、 外に出れば分かる、 と何かが語っている、 今はただ体を休める時間だったのだ、 まだ怠さは有るが思ったより頭ははっきりしている
「食後の休憩が出来たら一番だけどな、 ナタは…… よし、 行こう」
ナタの所在を確認し歪な輪郭と巻き付いた骨のゴツゴツとした質感を確かめる
ある程度覚えている、 荒れた家具と、 染み付いた血痕、 それでも未だ残る生活感、 廊下を歩き玄関で綺麗に揃えられた靴を履く
「ふぅ…… お邪魔しました~」
ガチャッ……
ドアを捻る、 急激に刺す日差しが暑い、 もうすぐ夏本番だ、 果たしてこんな世界で人々は夏を乗り越えられるのだろうか?
すっかり太陽は真上に上っている、 ご飯を食べて居て時間は十二時三十分程だった、 色んな事柄があって、 でも素早い動きで時は進む、 気づけばずっと昔の事のように何もかもが感じられる
数歩歩いて振り返る、 赤い屋根の家だ、 既に更地の様に、 瓦礫だらけのこの街で、 違和感を感じる程にこの家だけ形を残している
不意に小さな足音を聴いてそちらを振り向く……
「このお家だけは守れたよ、 無意識的に結界を強くしてたみたい、 大切な物がいっぱい詰まってるから」
少女だ、 深い黒髪を腰程までに伸ばした少女、 日暮は違和感を覚えた、 知っていると思った、 でも名前が出てこない
「ああ、 そっかそっか、 私の事を皆忘れてるんだよね、 私がそういう風にしたんだけど、 無理と分かって居ても、 お兄さんには思い出して欲しかったな、 ほら、 愛の力? みたいなのでさ」
無意識的に睨み付けていた、 この時は言葉は必要無い物だと思える程、 やり取りが不毛であり、 感覚的か、 本能的か、 目の前に立つ少女を敵だと認識した
「あれ? お兄さん怖~い、 ふふっ、 でも、 また私に興味持ってくれたみたいで嬉しい♪ これで構って貰える~」
この少女は…………
「この力もそろそろ良いかな、 皆がここに着くまでもう少し時間掛かるみたいだし、 それまでお話しようよ~」
ぱちんっ
少女がウインクをした、 ぶわっ、 と風圧の様な物を感じ、 微量のエネルギー粒子の波動を感じ、 それが魔力だと思った
その瞬間には腰のナタに手を回していた、 所謂、 臨戦態勢と言うの格好を取った、 そして……
……………
「あれ? ………雪ちゃん」
少女は、 日暮が今までに見たどんな子供達も、 過剰に表現されたアニメや漫画も、 どんな演技のプロだろうと、 一度も見た事が無いほど……
「ふふっ、 久しぶり、 お兄さん♪」
眩しい程の笑顔で、 優しくはにかんだ……




