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第百十話…… 『最終章、 上編・10』

雨録さめろく、 あのね、 お母さんね、 気持ちはとっても嬉しいのよ? でも、 私は貴方のお母さんだから、 貴方のお嫁さんにはなれないの、 お父さんのお嫁さんだからね」


十歳の秋、 人生の長さと同じだけの長い片思いの際、 満を持して送ったラブレターは、 優しく、 少し照れた母の笑顔と共に突き返された


紅葉が見頃を迎え、 有名な紅葉スポットである公園に自然な流れで母を誘い、 秋風が紅色の葉を巻き上げる中、 想いを伝える計画は、 首を横に振られるまではとても上手く行っていたと思う


「お母さんは貴方の事が好きだし、 私を好きで居てくれる雨録の事も好き、 だけどね、 その好きと、 恋人の好きは違うのよ? 貴方も、 いつか分かるわ」


………………………


まあ確かに、 家族に恋をするのは変だ、 母は優しいから笑ってくれたけど、 自分の事を疎ましく思っている叔母さん辺りは軽蔑するだろうな


傷ついたし、 へこんだ、 でも納得の方が大きかった、 良かった、 大人になってから気づいても遅いから、 早い内に理解出来て、 一つ大人へ前進だ……


そんなこんなで十二歳の春、 小学校最後の日、 卒業式の日、 クラスの皆を見送る先生の元へ歩く


「ばいば~い! 皆元気で…… ん? あら、 雨録くん、 最後の挨拶に来てくれたの?」


優しい女性教師だった、 歳も若くて、 男子の中でも美人だって話題になってた、 素敵な人だと雨録も思う


「先生っ! 最後に伝えたい事があります! 聴いてくれませんか?」



「はいっ! 雨録くんどうぞっ…… ん?」


いそいそと、 雨録はポケットから認めたラブレターを取り出し、 先生向けて差し出す、 先生は首を傾げた


「先生っ! ずっと好きでした! 僕…… いえ、 私は先生の生徒になれて幸せでした! これから会えなくなると思うと胸が苦しいんです…… ですから、 受け取って下さい、 僕の気持ちです」


女性教師は、 ぽかんとした顔をしたが、 雨録の気持ちが本気で有ると分かると、 決して笑いはし無かった


その代わり、 手紙を押し返され、 またしても首は横に振られるのだった、 瞬間電撃が走った様は落胆に肩を竦める


「ありがとう、 先生、 すごく嬉しいよ、 でもね、 雨録くんの気持ちは受け取れ無いの、 ごめんね」


あぁ……


「それは…… 僕がまだ子供だからですか?」


女性教師は更に首を横に振った


「私ね、 もうすぐ結婚するの、 五年前から付き合ってる彼とね、 プロポーズを受けたのは先月の事、 びっくりしたな~」


あぁ、 そうなのか…… これは仕方ない、 どうしようもない事だ、 失恋、 また失恋だ……


「そんなに肩を落とさないで、 同じくらいびっくりしたし、 同じくらい嬉しかったよ、 だからありがとう」


その優しさに自然と涙が溢れてきた、 こんなに寂しくて辛いのに、 どうして彼女の声は、 優しい桜色をした春風の様に温かいのだろう……


「その真っ直ぐな心を大切にしてね、 なんだかんだ乙女はそう言うのに弱いんだから、 いつかまた恋をする時は、 ラブレター、 書いてね、 ふふっ」


………………


あぁ、 セピア色の思い出と言うか、 色褪せて尚美しい記憶だ、 結局中学生に上がっても、 その気持ちを引きずってしまった


気持ちを紛らわす為に始めた部活だが、 これはこれで中々に面白い、 そこそこやれたと思う、 朝練はキツイけど、 毎日充実してた……


………


そんなこんなで高校に入り、 早い物で三年生、 中学から続けて来た剣道、 雨録は強かった、 結構後輩からも慕われてた、 女友達も多かった


だが、 あの頃の様な恋心は再びは生まれない、 何か違うな~ と、 そもそも無理に恋し無くても良い訳で、 この日々が楽しくて充実してるなら、 何も問題は無い訳で……


そう思って居たが、 また、 またまた恋をしてしまう、 相手は一年生の後輩、 彼女も剣道部だが、 運動はからきしダメでマネージャーとなった


小動物の様な可愛さで、 剣道部の中でもマドンナ的存在として認知されていたし、 実際に可愛いと雨録は思った


だが、 剣道、 剣道、 剣道っ! 振り下ろす竹刀、 心は研ぎ澄まされて居る、 今がっ、 今が充実してるならっ!


…………


「……先輩っ、 今日も一緒に帰って良いですか?」



「あっ、 あぁ、 良いよ、 一緒に帰ろうか…………」


彼女が笑う


「やったー、 それなら何処か寄って帰りませんか? 先輩が良いなら寄りたい雑貨屋さんがあって…… その、 シャンプー、 そこでしか売ってなくて…… そろそろ終わるから……」


っ…………………………


こっ、 これは…………………


ぶわっと、 風が吹いた、 彼女の髪が舞い踊って、 甘く柔らかな匂いが途端に鼻腔をくすぐる


うっ、 いや、 落ち着け、 焦るな、 決して焦るなっ、 ここは、 冷静に……


「良いよ…… 俺も丁度雑貨屋で欲しい物があったんだ、 その、 素敵な便箋とか、 あるかな?」


あっ、 焦るなぁっ!!!


…………


それからも毎日二人で帰った、 だが雨録は決して焦らなかった、 二人で図書館に行ったり、 食べ歩きしたり、 休日に待ち合わせして出掛けたり


そう言った確実なるターゲニングポイントを踏み、 彼女の気持ちを丁寧に確かめ、 同時に自分の心も確かめた


そうして考えに考えた末にたどり着いた答え、 それは、 相思相愛、 両想い……


あの日買った、 撫子の香り付きの便箋の封をようやく開ける、 無駄に高い万年筆を震える手で支え、 書いた、 真っ直ぐな想いを


八月の夜、 近くの神社で開かれたお祭り、 提灯と屋台を抜け、 彼女の歩幅で手を繋いで歩く


石段を上り、 赤い鳥居を潜った先にあるお社に人は居なかった、 今だ、 チャンスはこの今一瞬しか無い


彼女の方を振り向く、 薄ピンクの生地に紫の花が咲く柄の浴衣を来た彼女の、 ひとつにまとめられた髪と、 白いうなじに目が行く、 不意に目が合う


っ…… でも、 ここで逸らしてはいけない、 今ここでっ


ひゅ~ ばぁあああんっ!


その時大輪の花火が咲いて、 彼女がつられて空を見る、 その視線を追いつつ、 雨録は懐からラブレターを取り出した


「ねぇ、 こっち見て……」


彼女が声につられてこちらを見た所で、 ラブレターを彼女に差し出した


「好きです、 俺の想いを書きました、 良かったら俺と付き合ってくださいっ」


彼女は驚いた顔をして固まる、 上がった花火が二人を照らす、 彼女がはにかんだのをしっかりと目で捉えた


あぁ、 これは…………


「先輩って、 ラブレターとか書いちゃうタイプの人なんですね?」


……………ん? えっと?


「あっ、 いや、 今のは馬鹿にしたとかじゃなくて、 驚いて…… すごく嬉しいです、 ありがとうございます……… それでも………」


あれ? 何か、 知ってる流れ?


彼女はそれを受け取らず、 しかし伸ばした手で、 躊躇う様に、 でも確かにこちらへ押し返した、 その手は震えて居た


「ごめんなさい…… 先輩とお付き合いする事は出来ないです」


あっ、 あぁ………………


「そっ、 そう? そっか…………」


息も絶え絶えと言う奴だった、 まだ脳が理解出来ない、 ダメージが大き過ぎる、 理由を聞く気にもならない、 帰って寝たい


今思えば、 何か理由があったに違いない、 彼女の反応を見れば、 冷静に考えれば、 彼女が自分の事をどう思って居たかを想像出来た筈だ


でもその時の雨録には余裕が無かった、 あっ、 あぁ………


(……あああっ!? 早とちりだったっ!? 嫌われたぁっ!!?)


頭を抱える事しか出来無かった……


「………先輩、 その、 先輩の事が嫌いとかじゃ無くて、 だから、 今まで通り、 一緒に帰ったり、 出掛けたりしても良いですか? …………………先輩?」


ああああ……………


「ぁぁ…… ぃぃょ、 じゃぁ、 また、 ぁしたね……………………………」



「っ、 先輩っ、 待っ…………」


…………………………


彼女の顔も見れず雨録は帰ってしまった、 全く紳士的じゃ無い、 情けない事をしたと思う、 これじゃ本当に傷付けただけだ


彼女は部活に来なくなった、 そうしたら一気に会う機会は無くなった、 三年生と一年生、 接点が無ければそんな物だ


雨録からも会いに行く事も無かったし、 なんなら避ける様になってしまった、 すれ違っても目を逸らすのはいつだって雨録の方だった


………………


そんなこんなで、 高校生活も終わりを迎え、 大学生…… も特に何も無く過ぎ、 キャンバスライフも終わって


社会人、 一年目…… も特に何も無く、 どんどん大人になっていく、 会社は大手で営業マンと言う奴か、 ビシッと着こなしたスーツはブランド物でかなり決まっていた……


「部長、 〇✕製薬会社のβ店と、 Θ店に、 我社のスーパーエアコン『冷暖スゴ丸君』取り付けの契約完了しました」



「おー、 やったか雨録っ、 ったく俺が行った時はダメだったのによ、 お前は本当にやり手だよ」


いや、 そうでも無い、 当会社には、 うちのライバル社のエアコンが付いて居た、 部長が伺ったのは三年前、 その頃はまだ保証期間だったろう、 しかも家の商品に特筆する性能は無かった


「我社は研究に研究を重ね、 そして『冷暖スゴ丸君』を作りました、 苦渋を噛み締め踏み出した先で、 今日、 あの憎きライバル社に勝ったんですよ」



「はははっ、 中々熱い事を言ってくれるな、 いや全く、 お前のような奴が部下で良かった」


この時雨録は二十八歳、 まだまだ若手と言われる歳ではあるが、 しっかりとした大人になり、 早くも実績を上げ始めて居た


大学入学と共に実家を出て、 安いアパートで一昨年まで一人暮らしをしていたが、 今では2LDKのアパートを借り、 趣味に没頭する為の部屋を備えている


「雨録、 とっくに飯の時間は過ぎてるが、 まだ食えて無いだろ? どっかで食ってきて良いぞ」



「ありがとうございます、 それでは少しばかり出てきます」


見送る部長や他の社員を後目にオフィスを後にする、 取引先が遠く、 休憩を取る事が出来ない場合が多いうちの会社、 こんな事は日常茶飯事だった


コンビニでサンドイッチを買い、 近くの公園でに寄る、 ベンチに腰を下ろすと、 ネクタイをすこし緩め、 コンビニの袋を漁った


ジューシーハムサンド


雨録のお気に入りだ、 少ししょっぱく、 ピリッとするマヨネーズと、 きゅうりの食感、 ハムとのコンボ


「美味い…… 似た様なサンドイッチは各種コンビニにあるが、 やはりココのは一番だな」


空を見上げる、 寒空だ、 上からダウンを着てくれば良かった、 これでは寒くて早々に会社に戻る事になる


仕事が嫌な訳では無いが、 折角の休み時間が短いと言うのは心が寂しくなる、 この時間に、 周りが働いてるのに休む事も出来ない


「食べたら直ぐに戻ろう…… ん?」


目を引く赤、 ランドセルを背負った女の子が一人、 公園に入ってくる、 その歩みはゆっくりで、 下を向いた様は何か悩みを抱えて居るようにも見えた


(……珍しいな、 この時間はまだ学校だろうに、 ここは通学路も近いが、 他の子も見られないから早い時間の下校と言う事も無いだろう)


いや、 そんな事はどうでもいい事だ、 何か事情があったとしても自分には関係のない事なのだから……


そう思いつつ、 中々腰の上がらない雨録の元に、 不思議な事にその女の子は真っ直ぐ歩いてきた



彼女がすぐ目の前に来た、 目が合う、 首を傾げる雨録だったが、 次の瞬間には口を開けて呆けてしまう事になる


少女は、 長い髪を耳に掛け、 真っ赤に染まった顔でこちらに何かを手渡して来た、 それは便箋だった


っ!?


驚く雨録に、 震えた女の子の声が耳に届く、 その声はいつか感じた、 紅葉の、 春風の、 空に咲く大輪の花火の、 あの光景を思い起こさせた


「うっ、 受け取って下さい…… わたっ、 私の、 想いですっ……」


は?


「いや、 いやいやいや、 君は何を言って……」


ぐいっ


押し付けられる様に渡された便箋、 誰も一度たりとも受け取ってくれなかったそれを、 今度は雨録が思わず受け取ってしまう


「っ! それじゃぁ!」


えっ


女の子は凄い勢いで走り去ってしまった、 置いて行かれた雨録は呆然したまま手元の便箋に目を落とす、 ほのかに香る金木犀の香りがした


………………………………………


どうやら彼女は近くの小学校の生徒だそうで、 下校中にも良くあの公園に寄って遊ぶらしい


それだけなら普通雨録とは出会わない筈だが、 この子はどうやら普段から良く昼帰りを繰り返して居るそうだ、 特殊な事情があるのだろう


そこで今日の様によく自分を見かけると言う、 恥ずかしい事に、 一目惚れだと書いてあった、 かっこいいと……


雨録は手紙を読み終えて、 初めて母や、 先生、 後輩のあの子の気持を理解した、 丁寧に、 傷付け無いように断らなくてはならない


次の日も、 お昼にくると書いてあった、 今日は少し待たせてしまった事になるのかもしれない


床に付いて、 夜は更け、 朝日が上り、 また新しい一日が始まる、 いつもの変わらない日々の筈だ、 なのに……


(……自分は一体何をこんなに焦って居るんだ? 変わらない日常の中で少しあの子と話をするだけ、 今後もう二度と会うことは無いだろう)


そう思うと、 思えば思う程…… 仕事が手に付かない……


休憩時間になる、 良かった、 通常通りのお昼休憩だ、 長話になるかもしれない、 ダウンを羽織出掛ける


その足取りは早い、 コンビニで買い物を済ませ、 足早に公園を目指す、 何時ものベンチ、 そこに座る女の子の姿


ごくっ……


「やっ、 やぁ、 また、 待たせてしまった様だね、 もうお昼は食べたかい?」


女の子はこちらを見ると笑う


「ううん、 私も今来た所っ、 ご飯は食べて無いよ、 給食を食べる前に帰っちゃうから……」


そうか……


手に持つコンビニの袋の中には、 サンドイッチが二つ入っている、 バカバカしい、 何をやっているんだ自分は……


「帰って食べるんだろ?」



「うんん、 帰っても食べる物は無いよ、 お母さんも居ないし、 でも私はあなたと話ができるだけで嬉しいっ、 来てくれてありがとうっ」


っ……………


複雑な感情だった、 勝手に上がる口角を必死に抑える、 何を喜んで居るんだ、 何をほっとしているんだ……


「よっ、 良かったら食べないか? つい買いすぎてしまってね、 嫌じゃなければだが……」



「良いの? えへへ、 じゃあ食べる」


かっ、 かわ……………


雨録は彼女の隣に腰を下ろし、 ビニール袋から取り出したサンドイッチを渡す、 何をしている、 しっかりしろ……


「……ねぇ、 君、 やっぱりね、 私達は恋人にはなれないよ、 一晩考えたが、 無理な物は無理だ、 私は大人、 君は子供だ……………」


女の子がこっちを見る、 その顔は嬉しそうに笑って、 面食らう


「読んでくれたの? ありがとう…… 捨てられちゃうとばかり思ってた、 私の事何て相手にもしてくれないって……」


っ……


「子供でも女性だ、 小さくても心だ、 無下には扱わない、 それが大人だ」



「そう? 私を無視して、 怒鳴って、 いじめるのが大人じゃ無いの?」


小さな声だった、 不意に吹いた風によってよく聞こえず、 雨録は首を傾げる


「ううん、 何でもない、 これ、 美味しいねっ」



「あっ、 ああ、 そうだろ? おじさんのお気に入りなんだ、 気に入ってくれて良かったよ」


ふふっ


「おじさんって歳じゃないでしょ? お兄さんじゃ無いの? そうだ、 名前教えて?」


あぁ…… 妙だな、 断って終わり、 その筈なのにな……


「森郷雨録、 君は?」



実音璃みおり、 苗字は倉勿くらなし、 雨録お兄さんだね」


………………


「ねぇ、 雨録お兄さん、 私もね分かってた、 恋人になれない事、 だからさ、 お願い、 一度だけで良いから、 恋人みたいにデートしてみたいな」


断れ、 断れ断れ断れ断れ断………


…………………


「…………………それで、 君が満足するなら……………」



「ありがとう、 今週末の日曜日、 駅前の砂時計台の前集合で良い?」


初めから、 考えて居たような、 分かって居たのか、 すらすらと彼女の喉から言葉が出てくる、 迷いは無いみたいに


「良いよ、 とても楽しみだよ」


……………………


仕事を淡々と進めた、 いつも道理の日々、 すぎて行く時間、 スーツじゃ固いだろうか、 紳士服屋に行き出掛けの服を買った


色んなお店を調べた、 高校生時代に行った雑貨屋が今もある事を知り、 でも違う様な気がしてやめた


そうこうしてる内に週末になった、 待ち合わせの時間より三十分早く指定の場所に着いたが、 既に彼女は居た


素敵な服だった、 季節に合った物だ、 暖かそうで安心した、 いつもは少し季節にしては薄い服を着ている様な気がして居たから


「またまた、 待たせてしまったみたいだね、 体は冷えて居ないかい?」



「うん、 大丈夫、 ねぇ、 お兄さん、 やっぱり寒い、 カフェに行こうよ」


雨録はカフェには詳しかった、 一時期モーニングに拘った事があった時に調べたのだ、 彼女を連れて隠れ家の様なカフェに入る


雨録はコーヒーを、 彼女はミルクティーを頼んだ、 マスターとは久しぶりだったが、 出会い頭に言われた言葉は、 結婚したのかい? だった


まあ、 娘…… でもおかしく無いか? いや、 それだといささか早婚過ぎるな、 年の離れた兄弟の方がしっくり来る


だが、 マスターには兄の娘で、 少し預かっていると適当に話した、 最も現実的だと思う


温かい店内で話を弾ませた後、 カフェを出た二人は、 映画を見た、 その時間にやっていた適当な映画で、 心を欲しがるロボットに機械の心を作ってあげる発明家の話しで、 機械の心は、 心と呼べるのか、 心とは何か、 そんな内容だった


昼食を取り、 併設されたショッピングモールを冷やかして歩いたり、 せがまれてプリクラも撮った、 気恥しさに笑う事が出来無かったが、 加工された顔を見ておかしくて笑ってしまった


暗くなる前に帰ろうと店を出た、 少し薄暗くなった世界、 街路樹がイルミネーションの装飾を施し光を放つ


さっきから小さく雪が舞っている、 彼女が冷たそうに手を擦って居るのを見て、 雨録は手を伸ばした、 手を繋いで、 白い息を吐きながらゆっくり歩いた


朝待ち合わせした砂時計台でお別れだ、 ウグイスの鳴く様な青信号を渡りきれば終わり、 二人はもう二度と会わない


あぁ……


隣を歩く小さな彼女が、 とにかく、 とにかく、 可愛い…… やはり、 断るべきだった、 あの時受け取るべきでは無かった


やはり、 自分の心に嘘が付けない、 自分は、 彼女の事が好きだ、 まだ、 間に合うだろうか、 別れてしまう前にこの想いを打ち明けても良いのだろうか


バカバカしいと分かって居ながらに、 書いてしまったあの手紙の返事、 認めた便箋を持って来てしまって居た


砂時計台の前に二人で立つ、 彼女がさよならを言う前に、 その前に、 この手紙を、 自分の恋心を、 今度こそあなたへ……


「実音璃ちゃん、 少し良いかな? 実はこれ……………」



「おい実音璃っ、 ようやく来やがったか、 寒い思いさせやがって、 時間通りに戻って来やがれよ馬鹿娘が」


……………?


ガサツな男の声がして便箋を掴む手が止まる、 目の前の彼女に近づく一人の男、 彼女は肩を震わせながら緊張した顔で声を絞り出す


「おっ、 お父さん…… ごめんなさい」


父親? 迎えか? 確かにもうすぐに暗くなる、 一人で帰るのは不安だろうが……


しかし、 そんな雨録の考えは次の瞬間粉々に砕け散る、 男が雨録に対して血豆の付いた汚い手を向けて来たのだ


「ほい、 家の娘との一日デート代、 二十五万、 さっさと払え」



何を、 何を言っているんだ?


「おいおい、 まさかタダだとでも思ったのか? んな世の中甘くねぇよ、 あれだよあれ、 レンタル彼女? パパ活? そんなんだよ、 ビジネス」


は?


「何だよぽかんとして、 おまっ、 まさか本気でデートしてると思ってたの? おいおい、 とんだロリコン野郎だなぁ、 こいつのは全部演技だよ、 演技」


え…… 演技?


何だ…… 有り得ない、 そんな訳が無い…… だって彼女の笑顔は、 眩しいあの顔は……


っ……


「ねぇ、 お父さんっ、 私上手くやれた? ねぇ、 今日はお家の中入っても良い? あのダンボール、 穴が空いて寒いよぉ」



「仕方ねぇな、 でも玄関な、 俺はこの金使って女呼ぶから静かにしてろよ?」


あっ、 演技…… 演技?


この時の雨録には、 親子だという二人の会話の違和感に気が付く事は出来無かった


「あ? おい何ボケっとしてんだ? 早く準備しよろ、 何の為にてめぇみたいな奴に夢見させたと思ってんだ? なりが良いから、 それだけっ」


あっ、 これは…… あれだ、 悪質な、 詐欺? ロマンス詐欺? けっ、 警察……


「変な事考えるなよ? お前と娘のやり取りはぜーんぶ記録してる、 何の関係もない女の子に、 大人の男が話しかけてるってそれだけでやばくね?」


脅し…… 大事になれば、 会社もクビに……


「自分がどうすりゃ賢いか、 難しくはねぇよな? さぁ、 出せ、 無きゃ下ろしに行くぞ、 ATMは直ぐそこだ」


あっ、 ああ…………………


演技? 演技? あれが、 演技? 真っ直ぐな心、 真っ直ぐな恋心、 それを、 それを、 何だと思ってるんだ


母は優しかった、 先生も優しかった、 あの後輩も………… それでもこいつは違う、 悪魔だ、 あれが全部演技なら、 人の心を弄ぶ悪魔だっ


グリッ


握る拳、 ここまで頭に来たのは人生で初めてだった、 力では絶対に叶わないこの存在を、 めたくそに殴り飛ばせたならどれだけ気分が良いだろうか


二十五枚の万札が、 それを渡す時の男のニヤつきが、 そんな父にくっつきこちらをもう見もしないガキが………


……………………………………



……………………



……


「あははっ、 一度本気で殴って見たかったんだ、 君みたいな可愛い子をね、 凄く腕が鳴るよ」


夜闇照らす月光、 照らされてその輪郭を表す少女、 魔王、 雪は足場の存在しない空中に立ち、 笑った


「おもしろ~い、 ふふふっ、 好きだから殴りたい何て、 変わった愛だね」


確かに……


「ある時から大きく変わってしまったよ、 毎朝腕章を付け通学路に立って子供を見守って居たのも、 可愛い子を見ては力任せに壊す妄想に励む為さ、 それだけが生きがいになってしまった」



「あははっ、 素敵~」


さて、 折角なら楽しみたい、 何処までやれるだろうか……


「カーン・ゲルト」


雨録の能力、 カーン・ゲルトは、 異世界からモンスターを召喚する能力、 条件として、 呼び出す環境や、 状況において最も適したモンスターを無差別に呼び出す……


グラァガァアアアアッ………


大口を開ける螭が空間を割って出てくる、 魔王少女を一口でペロリしてしまう程のサイズ……


「行けっ」


ガァアアアッ!!


螭の突進、 しかし魔王少女はお腹を抱えて笑う


「あはははっ、 相性最悪だよっ! 私は魔王何だよ? 魔王は、 モンスターを操れちゃうでしょっ!」


細い腕、 小さな手を向ける


魔国式結界まこくしきけっかい遊獣飼絡ゆうじゅうからく


それは使役の力、 魔王はモンスターを操る事が出来る能力を持つ、 それは例え龍だろうと、 可能だと言われている


「そのままUターンしておじさんに噛み付いてっ…… って、 えっ!?」


魔王少女は驚いた、 能力が発動し無かったからだ、 該当モンスターを能力が見つける事は出来無かった……


ギャアアアッ! ガギャアアアアンッ!!


螭が噛み付く、 大口、 しかしその牙は少女に届いて居ない、 やはりそうか………


魔国式結界まこくしきけっかい弥弥戸羅俱ややどらぐ


ほぼ全ての攻撃がこの障壁に阻まれるだろう、 常にフルオートで常時発動している為、 不意打ちだろうが怖くは無い


「その螭の咬合力は油圧式の金属シュレッダー程は有る筈だが、 それでも君の結界を破壊出来ないか、 強度とは違う法則で維持されて居るのかな?」



「ははっ、 え~ 何で? 何で~? 何で私の言う事聞かないの? う~ん、 と言うかこんなモンスター居たかな?」


雨録は笑う


「ま、 良いや、 この子じゃどう足掻いても結界は破壊出来ないよ、 おじさん共々死んじゃえっ」


少女が手を前に、 その小さな手、 人差し指を雨録の方に向ける、 腰を下ろして近くで見物してたナハトは目を見開く


「おいおいっ、 勝手に人を巻き込んでんじゃねぇよっ!」



「ははっ、 閻魔弾えんまだんっ! 皆死んじゃえっ!」


バァアアアアアンッ!!


赤熱した魔弾は、 白色の光を放つ、 膨大な破壊エネルギーを含んだそれは、 着脱直後、 そのエネルギーが一気に溢れ、 爆発を引き起こす


ボォガァアアアアアアアンッ!!!!


爆風と爆音がシェルターの砦を揺らす程、 本当に目の前の男を消す為に放った一撃


しかし、 少女は着弾点では無く自分の居る位置より更に上、 月の上がる方を見上げる


「あははっ、 すごいすごいっ! よく避けたねっ! 勇者のお兄さんはどっか行っちゃったけど」


少女の見上げる位置、 空を羽ばたく大きなシルエット、 似姿としてはトンボが近いか、 雨録はその背の上に悠然と立ち月を背に立っていた……


そのモンスターの大きさはプロペラ機程あり、 大きな羽が二対、 腰に小さな羽が二対、 八つの羽が付いていた


魔王少女は納得し笑った、 その生き物は本当に、 全く知らないモンスターだったからだ、 これはつまり……


「私はSF作品が好きでね、 この広い宇宙に、 私たちの住むこの地球の様な星が地球以外にもあって、 独自の生態系を作り上げている、 そんか話がとても好き何だ」


そう、 それは解釈を変え、 言い方を変えるのならば、 正に、 異世界……


「私の能力は異世界からモンスターを呼び出す力、 そして、 君達のやって来た世界は正に異世界だが、 私は思うよ、 何も異世界と言うのは一つでは無い、 とね」


雨録の能力、 カーン・ゲルトの根底に有るのは多世界解釈、 この地球を一つの世界とした時、 それ以外の世界のモンスターを呼び出す力


「魔王がモンスターを操れるのは恐らく、 魔王の使う力の関係と、 モンスターに流れる力が同じだからだろう、 ならば……」


世界が違えば法則が違う、 どれだけ大きな力を持って居ようと……


「君が操れるモンスターは、 君達が来た世界のモンスターに限る、 それ以外のモンスターは操れない、 だろ?」


ふふっ


「せいか~い、 そもそも有るのかも分からない、 有った所で接点を持たない、 知りもしない世界の法則に触れられなくても普通問題無いし、 と言うかやっぱり知らないし」


でも……


「その程度なのかな? その余裕ぶったおじさんの顔は、 私を殴るって息巻いてたのは、 この程度の事なのかな?」


所詮、 だから何だと一蹴する様なレベル、 確かに操れない、 だからといって……


「私を倒せる様になった訳じゃ無いでしょっ! ばぁんっ!」


ドガァアアアンッ!!


少女が指先に力を込める、 それだけで大爆発が夜空を焼く、 溢れる程の力……


「………ん、 また外した、 おじさんは………」


トントン


不意に肩を叩かれ、 無意識的に振り向く……


ぷにっ


「ははっ、 引っかかった~」



魔王少女は言葉を失った、 振り向いた背後、 今肩を叩いたのは雨録だったのだ、 彼の伸ばした指が、 振り返った少女のほっぺた押す


「…………何で、 どうやって」


あぁ、 驚く顔が見たかった………


「ズルさ、 大人は皆ズルが上手………」



「ばんっ」


ドガァアアアンッ!!


爆発の瞬間、 熱により発せられる眩い光が消えた時、 背後に雨録の姿は無い、 少女はまたしても上を見る


「はははっ、 私はここだよっ! 巨大トンボの上さっ! 何をキョロキョロしてたのかな? 幻覚でもみたか~いっ?」


幻覚?


いや、 能力、 情報を小出しにして隠した、 雨録の能力は、 異世界からモンスターを呼び出すだけじゃ無い


「ちょっといらいらして来たかも、 少し、 楽しい所が特にむかつく……」


確かに触れられた頬に手を当て、 見上げる魔王少女と、 月を背に見下ろす雨録、 互いにその口のこうは上がっていた……

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