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第百九話…… 『最終章、 上編・9』

「あはははっ! こ~んな海の遠い場所で釣具屋やってるなんて、 地字ちのじさんも変わりもんだね~ いや本当に」



「だぁっ、 るっせぇ、 そんな事言ってあんたもまた買いに来てんじゃねぇかよ、 発閉はつとじさんよぉ?」


だっはっはっはっ!


おっさん二人の声が田舎町に木霊するセミの鳴き声に被さる、 その声の発生源には看板が立っていて『地字釣具店』とある


「だってよぉ、 ここは海からは遠いけど、 川には近くてよ、 餌も安いし、 組合の年券も買えるし、 何かと便利なんだよ~」



「なら毎度の如く皮肉吐くなっての、 ってか、 昨シーズンに川で転んで腕折った時に、 もう川釣りは辞めるって言ってなかったか?」


発閉と言う客はこの店の常連である、 どうやら今シーズン分の川釣りの年券と、 餌を買いに来た様だ


「女房に散々怒られたよ、 だから辞める決意をしたんだ、 俺はもう川釣りを辞める! ……来シーズンこそはっ!」


あはははははっ!!!


「辞めれてねーじゃんかよぉ! 叱られても知らねぇぞ?」



「いやいや、 釣り人から釣り取るのなんて、 無理でしょ? それにさとしも釣りに興味持ち始めてね? 地字さんの所のエサは安くて釣れるし、 智もここの練り餌で釣れるって、 まあ息子連れてくのはまだ管釣りだけだけどね」


へぇ~


「そりゃ願ったり叶ったり、 毎度あり~ だねぇ、 家の息子も俺と釣り行ってくれれば良いのにさぁっ」


最後のは大きな声だった、 店の奥で受験勉強に勤しむ自分に聞こえる程の声だ、 全く集中出来ない……


「まぁ、 でもよ、 こんな馬鹿の息子が、 県内トップクラスの進学校目指すって、 勉強に勤しんでるのは感動するねぇ…… はぁ…… 俺が馬鹿じゃなきゃ、 良い塾にも通わせてやれたのによォ……」


馬鹿は馬鹿だ、 個人の釣具屋何て、 毎日客が入る様な海の近くならまだしも、 海の遠い片田舎、 少し街の方に行けばでかい総合的な釣具屋があるのだ


いくら山川に近くても、 川釣りはシーズンが決まってしまって居る、 収入は良くない、 母も毎日仕事に出ている始末だ


……まあ、 そうは言っても


………


「でも釣り人として、 地字さんの事は好きだよ俺は、 ここには良い川が有るんだ、 この辺で釣りやってる連中の大半がさ、 この店がきっかけだぁ、 最高の川の近くに、 最高の釣具屋、 こんなに恵まれた土地は無いね」


常連の発閉さん、 その言葉に地字は黙る、 本人がどう思って居るのか知らないが、 かく言う自分も、 そんな父の事は嫌いじゃ無かった


昔から釣り好きの馬鹿で、 釣りの為に遠征で来たこの地が気に入って、 引っ越して来た様な人だ、 そこで出会った女性と結婚し、 建てたのがこの釣具屋


母も愚痴こそ吐けど、 何だかんだ上手くやっているのだ、 この家は……


そんな事を考えて、 不意に勉強の手が止まっている事に気が付き、 頭を振るってテキストを見つめる


塾に通えないなら、 通えないなりに出来ることをしなくては行けない、 このテキストも、 勉強道具も、 勿論学費も全て親が払ってくれて居るのだ、 自分の夢の為に……


「頑張らなくちゃな」


少しアホくさい様なバンダナを頭に巻いて、 首を振る扇風機の風と、 夏の暑さを受ける中三の夏


地字釣具店の一人息子、 地字安村ちのじあそんは、 流れる汗を拭い只管に勉強を続けた


……………


そこからの日々はあっという間だった、 血のにじむ様な日々が報われ、 夢の高校に入学


しかし、 夢は更に続く、 夢に終わりは無い、 勉強を続けた、 でも部活もやってみた、 少し成績が落ちたけど、 両親は笑って背を押してくれた


部活は県大会まで進んだが、 ベスト8、 それでも青春の日々だった、 恥ずかしい話だが、 恋もした、 短かったけど淡い恋だった


勉強も続け、 夢の為に大学も目指した、 何度も挫折しかけた、 何度も弱音を零した、 それでも順風満帆な青い春を過ごせたのは、 両親がいつも背を支えてくれたからだった


大学にも入れた、 少し余裕が出来てきて、 ハマった趣味は釣りだった、 サークルとは違うけど、 そんな仲間の集まる所で釣りにハマった


実家が釣具屋だと言うと、 まるで伝説の勇者かの如く褒め称えられ、 誇らしかった


片田舎の釣具屋だったけど、 誰も馬鹿にしなかった、 父は物知りで、 海釣りばかりで、 川を知らない仲間にも知識を授け


いつしか仲間達は川釣りにどっぷりとハマった、 今では彼等も常連だ、 良く釣りに出かける、 父の好きなあの川に、 父の売る、 釣具と共に………


………………………………



……………


首が痛い、 真っ赤に擦り切れて居る、 果てしない程に苦しく、 正に死の予感がした、 必死に抵抗した


嫌だった、 辛く、 苦しかった……


あぁ………


ああああああああっ!


両手で耳を塞いで、 小さく縮こまる、 暗い、 暗い押し入れの中で何も見ない様に………


ドンドンドンッ!!



施錠された扉が強く叩かれる音に体がビクリと跳ね上がる、 必死に荒い呼吸を殺し、 更に縮こまる


立て付けの悪い押し入れ、 そのほんの少し開いた隙間から、 居間に置かれたテレビの画面が見えた


画面のすみには『消音』と表示され、 音は出て居ないが、 ヘリコプターから眼下を写された建物は見覚えがあり、 次に切り替わったアナウンサー越しの映像には、 その後ろに『地字釣具店』と言う看板が見える


映像には赤い文字でデカデカと、 『伏壬農ふくみのう連続女子暴行殺人事件・容疑者宅 Live』と出ていて、 そのアナウンサー意外にも大勢のマスコミが押し寄せている事が見て取れる


過激にも扉を叩くアナウンサーの映像が丁度映っていた、 アナウンサーがチャイムを鳴らす


ピンポーン……


家だ、 家のチャイムが鳴る、 電話線はとっくに抜いて居たが、 チャイムは壊す以外に止め方がよく分からなかった為生きている


ドンドンッ!!


「地字さ~ん! 取材に答えて下さーい! 皆さん事件の真相を知りたがって居ます! なぜ何の罪も無い女の子達があんな目に遭わなければ行けなかったのでしょうか?」


うぅ……


頭を抱える、 知らない、 知る訳が無い、 そんな事自分はやってない、 誰も聞きやしなかった、 信じもしなかった


伏壬農連続女子暴行殺人事件、 その最初の事件は、 昨年の年の瀬だった、 当時十六歳の高校生が行方不明になった事に始まる


少し世間を賑わせたが、 一月も経つ頃には余り報道が無くなった、 進展が無かったのだろう


その件が次に動いたのは最初の事件から二月後、 彼女の物と思われる遺体が山奥のボロ小屋から見つかったのだ、 遺体は酷く痛めつけられており誰もが恐怖した


しかし、 それだけでは無かった、 今度はすぐ近くの町で、 当時十四歳の中学生が行方不明である事が追って報道されたのだ


誰もが考えた最悪のシナリオ、 警察も躍起になって捜索し、 二週間後、 今度は町外れの廃屋で遺体が見つかった


そこから、 同じ様なペースで、 もう二人行方不明の少女が出て、 一人は遺体で、 もう一人は、 意識不明の重体で見つかった


何の変哲もない閑静な街中で次々と起こる殺人、 彼女達の恐怖と無念を思うと他人ながらに胸が締め付けられる


『……許せねぇな犯人の野郎、 抵抗の出来ない女の子襲って殺して、 最低なクソ野郎だ』


父がテレビに怒鳴っていた事を思い出す、 大学生の自分も同じ事を思った


『……しかもここ、 海釣り行く時に絶対通る場所だよ、 伏壬農って、 安村、 お前来週海釣り行くって言ってたよな? 止めといた方がいいんじゃねぇのか?』


父の言葉、 母も同調する様に頷く、 しかしこの時の自分はどこか楽観的だった、 この順風満帆な学生生活は永遠に終わらない様で、 浮かれて居たのだ


『……そうは言っても、 感染症じゃないんだから、 襲われる事は無いよ、 とにかく気を付けて行くしさ』


う~ん


渋々と、 その話はそこで四散してしまう、 あぁ、 この時、 中止にしておけば良かったんだ……


その時の釣りは、 釣果こそ乏しかったが、 勿論犯人に襲われる様な事も無く、 帰りに冷えた体に美味いラーメンをぶち込んで帰ってきた


急遽仲間が来れなくなり、 一人夜釣りとなったが、 点々と光る電気ウキの蛍光色を見るに、 人は多く居た


変わることは無い、 釣れなくても楽しいのが釣りだ、 この人生の様に、 変わらず、 楽しいままである様に……


…………………


『……〇〇署の辺飛へんぴです、 地字安村さん、 貴方を一連の事件の犯人として逮捕します』



その日は珍しく店を手伝っていた、 相変わらず暇な仕事だが、 在庫の確認や、 品出し等、 たまにそう言った事を手伝う、 そんな事をしてた


……俺が? なんだって?


『……先日、 伏壬農を訪れて居ますよね? コンビニの監視カメラに貴方が映って居ます』


はぁ?


確かにそれは釣りに行った日だが……


『……これはまだマスコミに出て居ない情報ですが、 新たに行方不明になった少女が居るのですよ』


へぇ~ ……え?


だからなんだってんだ? 何で自分何だ? まて、 待て待ておかしい、 ドッキリか何かか?


『……俺は釣りに行ってただけですが、 珍しい話じゃないでしょ?』



『……はい、 だからこそ見落として居た、 犯人は犯行の際だけ、 あの伏壬農に来るのだと、 正に、 貴方からしたら、 釣り気分でしょうか?』


グッ


その言葉に思わず目の下が引き攣った、 馬鹿にされた、 自分も、 釣りも


『……一連の犯行の当日、 貴方は確実に釣りに出かけて居ますよね?』


……………へ?


そうだったか? 何か適当を?


急いでスマホの写真フォルダーを開いた、 今年は何かしら釣果があった、 小さくても記念だ、 写真は取ってある、 撮った日付は記録される……


っ………


どうして、 気が付かなかった………


『……おやおや、 自分から証拠を出して下さるとは、 この日付、 正に被って居ますねぇ~ 犯行の日に、 その都度カメラにも映って居ます』


有り得ない…… 気にもしなかった、 どうしてこんなに…… しかも、 自分の記憶が正しければ……


『……貴方は普段、 仲間と共に釣りに行く、 しかし、 それらの日は全て一人だ、 そうですね?』


言い当てられ反論が出来無かった、 その沈黙を肯定と受け取られ、 安村は初めてパトカーに乗る事になった


話に聞いた新たな行方不明の少女は、 何と丁度、 あの日安村が釣りをしていた漁港の使われていないボロ倉庫の中から無事救助された


少女は酷く錯乱していて、 そんな状況の中、 見せられた安村の写真に対して


よく似ている


と答えたと言う、 その時点で安村はもう目の前が真っ暗だった


それでも、 やはり両親は戦い続けてくれた、 その事件を機に、 犯行がピタリと止まってしまい、 犯人は安村確定と言う流れになった中でも、 無罪を訴え続けた


実際に証拠はそれ以上出なかった、 その為、 安村は釈放となった、 しかし……


それからという物、 毎日が地獄だった、 実家に帰り一時保留となった安村だったが、 電話は絶えず鳴り続け、 訪れる者も客ではなくマスコミや、 野次馬だった


そんな日々を二週間程して、 家族三人、 閉じこもった家の中で、 まず初めに母が壊れた


急に叫び、 食器や家具を壊し初め、 泣き叫ぶ、 それを繰り返して三日目の今日


父が我慢の限界を超えて母を突き飛ばした、 母は堅いタンスの角に頭をぶつけて亡くなった


それで父も狂った、 売り場に出た父は、 太めのテグスを手に取ると、 無造作に、 安村の首に巻き付け絞めたのだ


首に残る痛みはそれだ、 父は必死で何も言わなかった、 だが顔を見れば分かる、 疲れていた、 罵詈雑言を自分に吐き捨てたい事が見て取れた


死んでも良いと思った、 だけど体は動いて居た、 今度は安村が父を突き飛ばした、 父は怯んだが向かって来た


だから咄嗟に固定のされていない家具を薙ぎ倒した、 ものすごい音と共に父は下敷きになった


生きては居た、 だが、 何も出来ず、 死ぬまで見ていた、 この時、 安村は名実共に殺人犯となった


音を聞きつけて、 外に待機していたマスコミも一気にうるさくなったのがついさっきだった


酷く寒い、 凍えそうな程に寒い……


うっ…… うぁ………


気が付けば泣いていた、 声を押し殺して泣いていた、 こんなに涙が溢れ出したのは初めてだった


押し入れの中の暗闇で、 ひとしきり泣いて……


立ち上がった、 父の死体からテグスを奪う、 二階への階段を一歩一歩、 歩いた、 やがて庭に面した窓のある部屋にたどり着く


不思議だ、 少し考えただけでやり方が思いつく、 近くの棚を支える突っ張り棒にテグスを引っ掛け、 往復させ巻く事で強度を増す


窓を勢い良く開け放つ、 見下ろすマスコミはその音に気がついて上を振り向く、 そして一斉にカメラがこちらを向いた


「あっ! 安村さんです! 容疑者本人です! 安村さん! 取材に応えて下さーい!」


うるさい……


「先程大きな音がしましたが、 中で何かあったんですか? 安村さーん、 さっきから貴方は何をやっているんですか?」


その声を無視して安村はカーテンレールを経由して通したテグスの輪を首に掛ける、 結局だ、 こうするなら、 さっき抵抗何かしなければ良かった


そこまで準備をして安村は口を開いた


「お前らのせいだ、 お前らのせいで俺の人生めちゃくちゃだっ!! お前ら人の人生を何だと思ってんだっ!!」


こんなに大きな声を出したのは初めてだった


「それは貴方こそそうでしょう! 貴方が殺した少女達の人生を何だと思ってるんですかっ!!」


そうだそうだ!!


パッシングの嵐、 しかし、 あれ程恐れていた怒鳴り声も、 今となってはそよ風の様に緩やかだ


あははっ……


「あはははははっ! あははっ! 知らねぇよ! そんな奴らの事何か! 無罪無罪って何度も言ってるだろうがぁ!! 聞く耳持たねぇゴミ共が!!」



「証拠は出てるんです! 実際貴方が捕まって、 事件も止みました!」


知らねぇよ………


はぁ……


「お前ら、 カメラ回せ、 ちゃんとアナウンスしろよ、 俺は、 お前らの望む殺人犯になったよ! さっきのでかい音? 両親をぶち殺した音だ! この後その汚ぇカメラでよく撮るんだな、 両親がどんな顔して死んでるかを!」


マスコミや、 野次馬の人集りがどよめく、 あぁ、 だが、 その前に……


「俺にあーだこーだ言いやがった世界のカス共っ! 良く見ろ! 良く目に焼き付けろっ! これがっ、 てめぇらが俺にぶつけた恨みだっ! その結果だっ!!」


窓際に立ち枠を乗り越える、 壁に面したその窓、 首にはテグスが掛かっている、 そこから飛び降りる


グッ!


ブシュッ!!!


っ!!


痺れる様な痛み、 苦しみと、 全身にかかる重さ、 あぁ、 ああああああああああっ!!!!


「っ、 おばっ、 おばえぎゃあっ、 おバエらのぜいダァっ!! おまギャをぜっだっ、 ニィッ!」


「許さなぁいっ!!! あああっ」


ハギインッ!


ドザァン!


カーテンレールが壊れる、 しかし部屋の中で耐震想定の突っ張り棒はその身体を引き続けた


テグスは更に首にくい込み、 絞まる首と同時に、 遂には………


ビシャアンッ!


……


ベシャッ!!


死体は庭に落ちた、 遅れて首が転がり落ちる、 あまりの出来事に、 視線をおったカメラは、 深い憎悪に染まった彼の死に顔を確かに映した


っ………


きゃああああああ!!


誰かっ! 救急車をっ!! 誰かっ!


悲鳴が飛び交った、 だが、 その日、 その時、 何かの巡り合わせか、 偶然か……


異世界の扉は開く


安村の死を映した映像が誰の頭からも抜ける程、 更に鮮烈な悪魔の様な殺戮がモンスターによって行われたのだ


異世界から漏れだした空気、 そこに混じるミクロノイズ、 強い意志を持つ者に適合、 発現する能力


それは、 死した肉体に宿る意志にさえ、 適合した


誰も居なくなった地字釣具店の庭先で、 一人転がる死体が沸騰したように、 膨らみ初め、 破裂した


バンッ!!


そこから溢れ出る魚群、 それこそ………


……………………………



……………



……


「俺は魚惧露ぎょぐろっ! 嘗ての名前に興味は無いっ! 有るのは貴様らに対する復讐心だけだっ!!」


地字安村本人、 計り知れない怒りに、 誰もが一歩引いた


バシャンッ! バチャンッ!!


相変わらずそこら中で破裂する死体と、 増え続ける魚達、 その光景は地獄の様だ


「お前らも俺が犯人だと決めつけて憎悪を吐いていたのだろぅ? テレビの前で俺を侮蔑の目で見ていたのだろぅ?」


その言葉は素直に、 誰の心にも届いた、 無意識的にそう思った筈だ、 疑いもせずに……


「どれだけ綺麗事を吐いても、 それがお前らの本性だ、 会ったことも無い俺を、 お前らは陥れたっ、 何も知らずっ!」


感情的に叫ぶ、 それはどこまでも人間臭く……………


バシャンッ!!


っ!?


叫んだ矢先、 今度は奴の頭部が膨らみ破裂した、 周囲を漂う魚がそこに集まり、 数秒後には元の形に戻る


誰もが唐突な自壊に驚いた……


「……そんな事には興味は無い、 嘗ての気持ちや感情はどうでもいい、 ただ殺す、 ただ殺す、 それだけ」


打って変わって無機質な声へと変わる、 もうなんでも有りだ、 しかし……


「何にせよ撤退だっ! そいつから距離を取りつつこの場を離脱するぞっ!」


バチッ バシュンッ!


一人の隊員の持っていたテーザー銃による発砲、 雷槌いかづちの合図を見逃さなかった、 それは正確に被弾


ビリリリッ!


ビシャアアンッ!!


敵の体を破壊した、 欠損した輪郭、 喜んだ一瞬、 しかしその束の間、 頭部同様、 周囲を漂う魚が集まり欠損を治した


「ばっ、 化け物だっ!」



「慌てるなっ! 見ろ! 欠損部を治した魚は居なくなって、 数が減ってる、 あれを全部破壊するか、 ダメージを与え続ければ、 最後には再生は出来ない筈だ!」


雷槌の言葉に土飼も頷く、 これは日暮の再生に似ている、 エネルギーのストックを消費して回復している、 それが無くなれば倒せる


「なら良いのがあるぜっ!」


バシュンッ!


これは、 クロスボウ……


奥能おくのさん! クロスボウを持ってきたんですね!」



「あぁ、 更に人も連れてきたぜ! 全員クロスボウを持ってる、 これはお前のだっ」


ガシャ


投げられたクロスボウを拾う、 先程この部屋にやって来た奥能は、 土飼を手当した後、 増援を呼びに行っていた


それは、 藍木調査隊のメンバー、 藍木シェルターの管理人、 大望吉照たいほうよしてるより支給されたクロスボウを持っている、 その数、 奥能も合わせ五人、 土飼も持ったので六人分


ガチャンッ


バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!!


次々に放たれる矢は、 敵の体を削る、 更にそこに被せる様に


バンッ! バンッ!


麻酔薬や、 テーザー銃も打ち込まれる、 小さくとも確実にダメージが追加され、 その度に空を漂う魚は減り続ける


欠損しては回復を何度も繰り返す内に周囲を漂う血色魚群は遂に居なくなった


残るは本体のみ、 奇妙なのはそいつ自身が全く動じず、 攻撃の最中も首を捻るのみで何もし無かった事だが……


「このまま畳かけろ! 奴は人間では無い! モンスター同様に狩りの対処だっ!!」


中距離から絶えず打ち込まれる弾幕、 直ぐにもその体は蜂の巣になり、 そして再生はしない


妙な後味が残るが、 これは調査隊の勝ち…………


バチャンッ!


…………ドサッ



隊員の一人が、 倒れる、 急だった、 その頭部は先程敵がそうなった様に膨らみ破裂している


死んでいる………


っ……


「はっ!? 何をしたっ、 うっ、 うあっ、 うああっ」


ベシャンッ!!


声を荒らげた隊員がまた一人……


「ひっ、 何がっ、 ああっ!?」


バシャッ!


また一人………


目の前で破裂し死んでいく仲間を見て、 土飼は思い出した、 能力者ノウムテラスは、 数の理を覆す力を持つ


能力者とは、 基本的に能力者通しが戦う、 これは調査隊の中で何度も確認された事だ、 敵わないのだ


何故……


「どうして俺達はこんな化け物を相手に勝てるとっ、 うがぁっ!?」


バシュンッ!


ドサッ……


また一人、 断末魔を残し隊員が死んだ、 そうだ、 そんなに単純じゃない、 能力とは、 そんなに単純じゃない……


ビジャ ビシャッ


水を含んだ様な音がする、 死体から新たな魚が生まれる、 そして形を成す、 まさか、 まさかこれは……


「実態を持たないのか……? 実態を持たずして能力だけがそこにあるのか? この魚群を産み、 人を殺す、 これが奴の能力なのかっ!?」



「……勘が、 鋭いな、 その通りだ、 俺の本体である、 そうだな…… 地字安村は既に死んだ、 俺は奴の意志であり、 意思に宿った能力、 それに過ぎない」


土飼は絶句した、 この敵に本体は無い、 この魚達が、 唯一、 目視で観測する事の出来る奴の存在なのだ


そこに確かに有る、 しかしそこに存在感は無い、 曖昧な定義を、 ミクロノイズと言う力が縛り付け、 意志のみが一人歩きをしている


どれだけ周囲の魚が崩れようと、 その体の形を作る魚群が破壊されようと、 こいつには届かない


もしかしたなら、 何らかの対抗する能力を備えた物ならば、 または、 何らかの力を持った者ならば、 その意志と言う物に攻撃できたかも知れない


でも、 少なくとも、 この場にそれを可能にする人物は一人たりとも居なかった……


「撤退っ! 何にせよ撤退だっ! 俺達には何も出来ない! 逃げろっ! 何が何でも逃げろっ!!」


奇妙だ、 先程恨みを吐いて居たが、 頭を自壊した以降は大人しく、 必要以上に追っては来ない


まるで、 復讐の意志はどこかへ消えてしまったかのように、 そう言えば菜代も、 深追いはして来なかったと言っていた


そう思いながらも、 土飼は一目散に逃げた、 雷槌も、 奥能も、 それ以外の仲間も、 最早死んだ仲間や、 避難者、 拘束した冥邏めいらの事も忘れ走った


出口を抜け、 通路をひた走った、 我先にと、 恥ずかしさも投げ打って逃げた


ただただ虚しさの残る中、 荒く切れる息の音だけが聞こえ、 誰もが言葉を発する事さえ出来無かった


……………………………………



…………………


残された空間にて魚惧露は真っ直ぐに仲間である冥邏の元へ歩く、 その体に触れ、 持ち上げた


「俺達は仲間だ、 冥邏、 その中でもお前は特に、 誰に対しても分け隔てなく優しかった、 俺の無罪も信じてくれたな」


ナハトは事件を知らなかった、 遠太俱とおたくと、 雨録さめろくは、 事件を完全に信じ、 安村を批判していたし、 魚惧露の事も信じていなかった


韋刈いかりは、 どうでも良いと答えた、 その中で冥邏だけは違った


『……そもそもあの事件には確証的な物的証拠が乏しい、 警察側のさっさと解決したい言う意志を強く感じた』


冥邏は目を瞑る


『……何か自分達に取って都合の悪い部分が関係していたのか、 どんな形であれ、 真実であれ、 虚構であれ、 解決と言う形にしたかった、 それに都合が良かったのがお前だった』


『……普通マスコミの必要な追求から、 例え殺人犯だろうと守るのが警察官の仕事だ、 司法の通りならな、 だが、 明らかに必要以上の攻撃をされるお前に対して、 警察は動かなかった』


『……マスコミを煽ったのも警察だろうな、 少し考えればお前が疑わしくない事は明白だ、 少し考えれば矛盾すら出てくるだろう』


そんな、 茶番劇のような報道や日々がただただ、 つまらない


『……お前の生前に対して、 俺は何かしてやれる事は無かった、 今も、 俺がお前の意志に対して出来ることは無い』


それでも……


『……お前は無実だと、 俺は信じる、 俺達は仲間何だ、 それぞれ向かうべき地点は違くとも、 仲良くは出来る筈だ、 いがみ合うよりもずっと楽で効率的でもある』


感情に縛られない、 常に冷静な冥邏の姿は、 常に恨みが滞留し渦を巻く様な魚惧露にとって不快では無かった


…………


「退くぞ、 この作戦は既に殆ど破綻しているモンスターはここに来ない、 お前はここにてモンスターを呼び寄せる意味が無い」


聞こえては居ないだろうが、 そう言うと魚惧露は冥邏を抱えたまま、 静かに歩き出すのだった………


………………………………………



…………………………



………


「はぁあ~」


深いため息が零れる、 男は一人、 崩れた建物の、 その縁に腰掛け、 眼下を見下ろしていた


目標である甘樹シェルターの眼前にて、 戦いを繰り広げる二人、 一応仲間である韋刈と、 名前も知らないシェルターの人間だ


その光景を頬づえを付いて見下ろす男、 それはブラック・スモーカーの構成員の一人、 森郷雨録もりさとさめろくだった


はぁ……


彼からはやはり、 再びため息が漏れ出る、 その時空気が揺らいだのを雨録は感じた


「あれ? 雨録どうしたの? そんなに暇そうにしちゃって、 作戦中だよ?」


作戦ね


「こちらに居るモンスターの数では足りないから、 私の能力を使い、 あの巨龍の様にモンスターを異世界から呼びつけて欲しい…… 確かにそんな作戦だったね」



「そうそう、 困るよ~ モンスターが居なくちゃ成立しない作戦なんだ、 雨録は今回の肝ってやつなんだからさ」


ナハトだ、 彼はその言葉とは裏腹に軽い口取りで雨録の隣に腰掛ける、 雨録は横目でナハトを見ると直ぐに逸らした


「いや、 何もずっと休んでいた訳では無いよ、 流石に少しは働いたさ、 例えばさっきの大きなモンスターいたろ? 象に似てたかな?」



「あ~ あれ雨録が呼び出したんだ、 凄いじゃん、 あいつ凄い強い種族だよ」


とても皮肉にしか聞こえない……


「あんなに大きいモンスターなら、 たった一体でシェルターを破壊出来ると思ったんだ、 そしたらたった一人の人間に殺されてしまった」


雨録は肩を落とす


「とてもやる気にならないよ、 それこそこの間の龍でも連れて来ないとこのシェルターは陥落しないさ、 まあ、 そう思えば韋刈の奴は凄いじゃないか、 よく見えないけど彼と戦ってる」



「ふ~ん、 そうだね、 彼は中々強力な能力と、 戦闘経験が有るみたいだ、 韋刈が戦いたいと言っていたのは彼で間違い無さそうだ」


確かに、 因縁の相手が居ると息巻いていた、 彼がその相手だったのか……


「それで? やる気が無いのは本当に呼び出したモンスターをやられちゃったからって理由だけ? それとも他に何か有るのかな?」


雨録は肩をすくめる


「全く隠し事が出来ないね、 困ったよ、 何かね、 モチベーションが湧かないんだ、 君に聴いただろ?」



「真実をさ、 モンスターがこの世界にやって来た、 異世界とこの世界が繋がったことによる真実、 そして君の正体とかさ」


ああ


「それでさ、 知ったは良いけど、 そうしたら途端にやる気が無くなってしまったよ、 つまらないんだ」



「あらら、 知りたかった事を知ったなら、 逆に嬉しくてやる気が出てくる物じゃない? 普通はさ」


そう言うナハトだが、 特に疑問は無い様な声で質問を続ける、 ただの暇潰しの会話にしか思えない


そして……


「そう言う所さ」



「今回の作戦もそう、 この間の龍を読んだのは良かった、 実際にあの娘も魔王となり、 作戦として体を成していた」


だが……


「今回のは毛色が違う、 言うなればやる意味を感じない、 完全に蛇足なんだ」



「作戦前に意味は話した筈だよ、 魔王独自の領域術、 魔国浮顕を使い、 もっと力をアピールして欲しいって、 そうしたら結果的に魔王と言う悲劇を終わらせる事が出来るんだ」


……………………


「あぁ、 勿論その話は覚えて居るよ、 君は勇者として原因療法がしたいんだよね、 魔王を生み出すプロセスを壊したいんだ、 素晴らしいよ」



「……で? 何がそんなに不満なの? 蛇足って言うのはどの部分なのかな?」


雨録は暗い夜の空を仰いで言葉を紡ぐ


「魔王はモンスターを操れる筈だ、 彼女も今回の作戦に肯定的な訳だし、 態々、 冥邏をシェルターに侵入させて、 モンスターの気を惹く餌にせずとも、 彼女一人で事足りるのさ」



「あぁ、 冥邏が心配? 意外と仲間思いだったんだね、 それなら大丈夫、 魚惧露が向かったから」


はぁ………


「君のそう言う所もさ、 君の話を聞いて、 私は、 全てが茶番何じゃないかと思ってしまった、 君からしたら、 私達も人形劇のパペットに過ぎないのかも、 とね」


ふん……


「酷いな、 結構仲間意識感じてるのに、 パペットだ何てとんでもない、 俺が勇者なら、 皆はその仲間達だ」



「勇者パーティなら、 一蓮托生、 同じ目標に向かって進む筈だ、 我々は皆それぞれの為に戦っている、 ナハト、 君がそれで良いと言ったんだ」


未だ繰り広げられる戦い、 命を削って戦って居るだろう韋刈も、 モンスターを引きつける餌として働いた冥邏も、 そして死んだ遠太俱も


「どうして君は私達を集めたんだい? ブラック・スモーカー何て、 名前まで付けて、 君は何がしたいのかな?」



「…………雨録はさ、 人を信用した事ってある?」


………………………


「あるよ、 何度も有る、 まあ、 その殆どが裏切られて終わったがね」



「そう、 俺はね、 無いよ、 一度も、 俺の話はしたでしょ? そんなだからさ、 俺は仲間に憧れがあったんだ、 信頼出来る仲間が」


ははっ……


「殺人犯三人と、 厨二病と、 会社員が勇者パーティとはね、 笑えないな」



「面白いから良いじゃんっ、 ほらほら、 雨録は絶望を見て笑いたいタイプでしょ? 楽しもうよ、 この夜をさ」


それとも……


「他に何かやりたい事でも有るのかな? そんな顔してるよ雨録、 何だかさっきから俺に不満が有るみたいだし……」


ナハトは笑う


「例えば、 俺と戦ってみる…… とか?」


雨録は沈黙する、 二人の間を風が通り抜けて流れるだけ、 少しして笑いが溢れ出した


「はははっ、 あはははっ、 なかなか面白い事を提案して来るね、 戦いか、 悪くないかも知れない、 韋刈じゃ無いが、 私もそう言うのは人より強いと思うんだ、 思い切りぶん殴ってやりたいと思った事が有る」


ナハトも笑う


「よっこらせ、 良かった、 暇な時間は無くさなきゃね、 そうと決まれば広いところに移動しよう、 大丈夫、 殺しはしないから」


ん?


「あぁ、 いや、 ナハトそれには及ばないよ、 悪いが私は男に興味は無い、 私がボコボコにして見たいと言ったのはね、 おや?」


月光に照らされ、 揺れる小さな影が現れる、 雨録は空を見上げ、 思わず笑みをこぼす


少女が空に立っていた、 風に揺れる洋服が彼女の輪郭を大きく、 その様は神々しい程に美しかった


「ね~ぇ、 さっきから二人で何の話してるの? 私も混ぜてよ~ 特に、 私おじさんの事知りたいかも~」


ははっ……


雨録は常に身に纏うブランド物のスーツ、 その襟を正し、 ネクタイを固く締め直す


「正に、 君の事を思っていたんだよ、 魔王少女ちゃん、 この月が照らす間、 どうかこの私と踊ってはくれないかな?」


雨録の言葉に、 隣に立つナハトは納得する、 彼は既にナハトの事を見ていなかった、 いや、 初めから見ていなかったのかもしれない……


彼の目当ては……


「いいよ~ 一曲だけなら付き合ってあげる、 ふふっ、 退屈させないでねっ」


はにかむ彼女に雨録は心を奪われていた、 釘付けだった、 心がうるさい程に喚く


「ナハト、 さっき私は言ったね、 ぶん殴ってやりたいと思った事が有ると、 ふふっ、 あははっ、 その相手はね、 彼女にとってもよく似た、 幼い少女だったのさ」



「へ~ 興味深いね、 まさか重い腰を上げたのに、 君が戦って見たかったのは、 彼女の方だったとはね…… 一応言っとくけど、 俺と違って手加減はしてくれないよ、 瞬殺さ」


分かって居る、 承知の上だ、 でも、 もう心は止められない、 何故なら……


「世界はこんなにも美しくなったっ! 暴力で溢れたっ! あの時の私の悲願は今日ここに現実となるっ!」


ナハトはもう一度腰を下ろし、 見上げる、 さてはて、 もう一時間もすれば、 空は白く変わり始めるだろうから


「一体どうなるのかな、 今後の展開が楽しみで仕方ないよ、 ははっ」


その笑い声は、 夜に吹く、 一際強い風に流れて消えた、 揺蕩う煙の様に……

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