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第百八話…… 『最終章、 上編・8』

はぁ…… はぁ……


ガチャンッ…………


《午前四時前・甘樹あまたつシェルター内、 地下通路扉》


地下通路は、 下水道とも繋がる道だが、 周辺施設の地下と、 ここ甘樹シェルターを繋ぐ役割も有る


その扉が内側から空いて、 光が通路を通って来た者を受け入れた


「大丈夫ですか菜代さん? お怪我は?」



「えぇ…… 私は、 何とか逃げきれて…… でも……」


菜代望野なしろののは、 駅前方面の甘樹ビル屋上から、 シェルターに近づくモンスターを狙撃し屠っていた


だが、 空を飛ぶ大型の鳥型モンスターをある程度片付けた所で菜代は妙な匂いに気が付いた


その方向を視線で辿った時、 菜代は見た、 月光を背に立つ妙な男の姿を……


……………


「……そう思った時には、 サンちゃんに体当たりされて、 逃げろって、 サンちゃんは気が付いたらその男に捕まって居て……」


菜代は頭を抱えた、 先程彼女を出迎えた男、 土飼笹尾つちかいささおは、 無線機にて連絡を受けて待機していたのだ


「……そうですか、 しかしこう言っては失礼かも知れませんが、 貴方が無事で良かった」


菜代は不器用に言葉を選ぶ土飼を見て、 少しだけ笑う、 疲れがどっとのしかかる


「大丈夫です、 サンちゃんは凄く強いから、 死んでは無い、 分かるんです……」


そう言いながら歩く


「敵を気にする必要は多分無いかも…… おそらくその男は追って来て居ないみたい何です」


何が狙いだったのか、 無我夢中で走ったが、 途中から殆ど気配を感じなかった、 菜代は体力が無いから走り続ける事が出来ない


それでも追いつかれなかった、 地下道も複雑である、 とても後ろをつけられて居たとも思えない


「そうですか、 扉は固く閉じて置いたので追われていたとしても侵入は不可能でしょう、 まあ、 それを可能にする力が無ければの話ですが」



「そうね…… 鳥型のモンスターは殆ど殺したわ、 日暮くんの方は分からない、 援護を頼まれたけど、 断ってしまった」


仕方の無い事だ


「日暮に関しては、 私はあまり心配してません、 全て何とかする男ですからね、 何だかんだ」



「ふふっ、 信頼してるんですね、 でも、 私もです、 彼の笑い声がここまで聞こえてくる様ですもん」


土飼も頷く


「さあ、 医務室に着きました、 部屋は既に取って有るので、 菜代さん、 お疲れ様でした、 ゆっくりとおやすみ下さい」



「ふふっ、 えぇ、 態々エスコートありがとう、 土飼さんも、 あんまり無理しちゃダメよ?」


医務室の扉が空き、 中で菜代を迎える医務室の管理人の声を聞いて、 土飼はその場を去る


今の所、 モンスターに侵入されたりはして居ない、 いや、 このシェルターも広い、 それに地下シェルターは薄暗い


だからこそ、 調査隊は夜通し巡回し侵入者を警戒する、 外は完全に任せている……


「……クソ、 冬夜も、 威鳴も、 ボロボロになって…… 俺の判断ミスだ」


土飼はその拳を震わせる、 菜代も今こうして仕事を終え帰還した


ただ一人、 戦い続ける日暮……


「俺は、 俺はいつから、 力有る若者に任せ切りで、 こんな所に引きこもる様になったんだ……」


自分の無力さに嫌気がさして居た、 シェルターの内部をどれだけ歩き回り、 作戦会議をしたりしても、 本当に大切な事は何もして居ない


「……何て情けないんだ」


そう呟いて土飼はまた歩き出す、 そうは言ってもこれも役割、 ならば、 自分は、 今自分に与えられた役割を全うする


「このシェルターは、 人々は守り抜いて………」


ベチャッ………



土飼は首を傾げる、 まるで水溜まりを踏み抜いた様な音がしたからだ、 ここは建物内


土飼ば手元のランタンにて地面を照らす、 テラテラと、 光を反射する赤……


血溜まり……


っ!?


思わず後退する、 執拗に追いかけるように、 靴に着いた血液が、 ソールの形を描く


土飼は一瞬で荒くなった息を、 苦しい程に抑え、 道の先を照らす、 点々と、 血痕は伸びていた


ごくりっ


土飼は震えた足で歩く、 本当に情けない、 そんな想いを抱いたまま、 腰から警棒を抜く


一歩一歩、 この痕跡を追い歩く、 やがて一つの部屋の前で血痕は途切れて居た、 部屋の前には《避難者就寝十五番室》と書かれた看板が取り付けられて居る


静まり返っている、 当たり前だ、 避難者は眠っている時間何だ、 ノック、 ノックが必要か?


コンコン コンコン


返事は帰って来ない、 一瞬そのまま通り過ぎてしまおう何て、 最低な考えが頭をよぎった


しかし土飼は首を横に振る


「俺は、 俺の役目を全うする」


ガチャッ


ドアノブを捻り開ける、 暗闇に包まれた室内、 静寂が重苦しく満たす


ランタンの光が頼りなく周囲を照らす、 地面に広がる赤を目にした時、 同時に鼻につく匂いが鼻腔に張り付いた


うぉえっ


思わず口に手を当てる、 目を向けたくない、 これは明らかに……


ランタンの光が無慈悲に真実を照らす、 地面に落ちる物体、 いや遺体、 その顔は恐怖に染まっている


ひとつでは無い、 幾つも、 幾つも並んで落ちている、 壮絶な景色に疑問と吐き気が襲う中、 土飼はそれでも一つの気づきをした


(……全員、 喉を割かれて居る、 まるで声を発する事を避ける様に)


まるで暗殺、 暗闇から忍び切断されたように、 しかし、 その切断線は全て正確、 犯人の狙いは首……


息を飲むと同時に、 無意識的に土飼は警棒を構えた右手を首の前に構えて居た……


…………


タンッ!


一瞬の小さな足音、 そして一気に迫る影、 ランタンの光を反射して鋭い光が煌めく


ビシャアアアンッ!!!


ガギィンッ!!


っ!?


途端に襲う、 確かな衝撃、 驚きと共に尻餅を着く、 カランッ、 ランタンから手を離してしまった、 地面を転がる


何だ?


………


ぬらり~


光に照らされ人影が現れる、 土飼は戦慄した、 その現実離れした光景に、 人影が左手に持った何かを投げ捨てる


ドシャッ


首だ、 頭部だ、 しかもまだ子供、 泣き喚いたまま固まった表情、 犯人だ、 返り血で真っ赤に染まり、 恐ろしくも右手には湾曲した剣が握られて居た


「咄嗟に防いだか、 勘が鋭い奴だ、 だいたいの奴は声を発する前に息絶えるのに…… お前、 調査隊とやらの人間だな?」


這いずる様な、 背中がゾワゾワとする声だ、 男、 大きなパーカーを来ているが線の細さが見て取れる


直ぐに理解した、 最近会議でも話題になっていた、 以前シェルターに侵入、 襲撃してきた男の仲間……


「ブラック・スモーカー、 この街で悪さをする悪党どもか?」



「正解だ…… 遠太倶とおたくが世話になったな、 あいつを殺したのは誰だ? お前か? それともお前の仲間か?」


その質問、 しかし当の本人が首を横に振る


「いや、 そんなことは重要じゃない、 遠太倶の死は、 本人の弱さに他ならない、 ……俺は冥邏めいら、 ブラック・スモーカーの構成員の一人」


名乗る男、 深く被ったフードの中でテラテラと光を放つ何か、 琥珀色に染まる結晶の様な……


眼球のある位置にそれは埋まりその存在感を強く放っていた、 異形、 土飼は怖気を震わせると共に、 それでも思考をした


(……あの特徴的な刃、 三日月程に湾曲したその内側が切断線、 確かショーテル、 アフリカの方の武器だったよな……)


本来は盾を持つ相手に対して、 その盾を掻い潜り突き刺す目的の刀剣である、 しかしその湾曲は鋭い切断力を生む、 曲剣として優秀である


「ブラック・スモーカーの冥邏君…… か、 ここに来て、 こんな事をして、 一体何が目的なんだ?」


冥邏は目を瞑り考える事を捨てた様に見える、 既に答えは認識し、 持っているのだ


「皆殺しだ、 このシェルターの人間を皆殺しにする、 今は七十六人目、 まだまだ皆殺しには程遠い」


七十六人…… ここに並ぶ死体の数である事は聞かなくても分かる、 土飼は体から力が抜ける様な感覚になる


遠太倶とやらが侵入してきた以前の襲撃は、 侵入直後に対処したから怪我人は出なかった、 思い起こされるのは藍木シェルターでの襲撃事件


藍木シェルターの時は大勢の怪我人が出た、 敵の能力者に対してまともに戦えるのが日暮だけだったからだ、 だが……


(……その時から何も変わっていない、 そんなに大勢の方が既に………)


そう肩を落とす土飼、 だが冥邏の続く言葉にもう一度、 落としていた視線を強く上げる事になる


「俺だけの力じゃ到底無理だ、 だからモンスター共を呼び付けた、 俺の能力、 テンリ・サライでな……」



(……え? モンスターの襲撃はこいつの能力?)


つまり、 この男を再起不能にして能力を解除させれば、 モンスターの襲撃は終了する?


「……お前の考えている通りだ、 俺を倒せばこの作戦は破綻する、 お前は今、 お前自身のやる事に集中した方が良い」


何だ? この男は、 まるで土飼にモチベーションを与える事を想定していた様に、 何が狙い何だ……


いや


「冥邏君、 私は今から君を倒して、 能力を解除させる、 何がなんでも止めてみせる!」


言い放つ土飼、 迷いは無い


あはははっ!


静かな男かと思った、 だが地を這いずり闇に溶ける様なその声は笑っていた、 ああそうか、 こいつは楽しんで居るんだ、 この世界を


日暮だけじゃ無かった、 以前までの社会で、 腹の底から笑う事の出来なかった者達、 新たな楽園にて血を生み笑う


ならば…… いや、 だからこそ


「お前を止めるっ」


啖呵を切る土飼、 彼の心にある気持ち……


人と人とが手を取り合うこのシェルターで、 世界の片隅に有るこのシェルターで、 小さくとも今まで通り人の営みが有るのなら……


人の社会は、 世界は滅んで居ない、 どんな思いを抱こうが、 世界が変わっていない以上これまで通り……


「君にとっは面白くない日々を過ごして貰う、 大人しくして貰おうか」


警棒を握る土飼、 その身がぶれ、 地面を蹴った!


ダンッ!


土飼の体が迫る、 その動き、 冥邏は目を細める、 土飼は、 地面に落ちたランタンを背に向かって来たのだ


現在この空間の光源はランタンのみだが、 暗闇で活動していた冥邏にとって未だこのランタンの光に目が慣れていない、 土飼はそれを読んでいた


だからこそ、 土飼がランタンの光を遮る事で、 冥邏にとって逆光となり視界を紛れさせる


ギュッ!


「おらぁっ!!」


逆光による視界不良は距離感も狂わせる、 冥邏にはこの時、 体感よりも早く土飼の接近が感じられた


土飼の攻撃、 躊躇いなく振り被られた警棒、 鞭のように引き付けられ思いの外早い速度で迫った


ブンッ!


当たるっ!


……


タッ!


フォンッ!


軽いバックステップ、 距離感を間違えない、 無駄のない一歩、 躱された……


フィインッ!


風きり音…………



ビシャアンッ!


っ!?


うっ……………


「っ、 うぁあああっ!?」


ドサッ


土飼は膝を着いた、 脳が状況を理解するよりも速く、 痛みは全身に広がった


熱いっ…… 脇腹が、 熱い………


ビチャッ


溢れ落ちる血、 地面に落ちる、 既に他人の血で真っ赤に染まった地面に新たな痕跡が付着する


「悪く無い、 それなりの訓練を積んでいるのか、 弱来の命跡を跳ね除ける意思があったのか、 環境を上手く使い向かって来たのは素直に褒めてやる」


「もう一歩だった、 だが、 お前が届かなかったもう一歩がその痛みだ、 その熱さ、 そして寒さだ、 その一歩が大きく、 死への一歩だった」


冥邏は入口を指差す


「ここには死体しかない、 お前が治安維持の者だとしても守るべき命が無いのなら、 お前の取るべき行動は撤退だった、 一目散に逃げ、 仲間にこの事を知らせる、 それがお前の取るべき行動だった」


土飼は腹の熱さとは反対に全身が氷の様に冷たくなって来た事に気が付く、 感覚が消えているが血が流れ過ぎて居るのかもしれない


「お前は予想するべきだった、 俺は元々暗闇で戦っていた、 ならば俺は視界に頼っていない、 初めから視覚情報をあてにしていないと言う事を……」


ああ、 分かっていた……


だが……


「……ほっ、 ごほっ…… 違わねぇよ…… 俺の取った行動は間違えねぇ…… お前は、 終わりだ……」



冥邏はそこで初めて土飼の胸元で小さく光を放つ何かの正体に気が付く、 何だ、 土飼のこの余裕は……


ダンッ!!


ビィカァッ!!


っ!?


大きめの音、 それはブレーカーの様な音だった、 その瞬間、 その空間は真っ白く照らされる、 それはLED照明


この部屋の天井に初めから設置された照明であり、 電気の乏しい避難生活において本の僅かしか使う事の許されない電気である


しかし、 今点いた光は全て、 眩しい程に照りつける光がこの空間を照らし上げる


バンッ!!


「大丈夫か土飼っ!」


扉がけたたましく開き大きな声が響く、 藍木の調査隊員であり、 建設業を営む男、 奥野谷弦おくのやづるである


彼は土飼の元に駆け寄りしゃがみ、 手に持っていた布で土飼の傷を抑える


っ……


「以外と浅いな、 何時も無駄に着込んでるのが功を奏したって所か」


暗闇で冥邏にはよく分からなかったが、 土飼は中に防刃チョッキを着込んで居たので傷はそこまで酷くは無い


そして来たのは奥野だけでは無かった……


「おらお前らっ! その男囲めっ! このシェルターを脅かす敵だっ!!」


声を荒らげるのは甘樹シェルターの調査隊であり、 トレーニングルームの番人、 雷槌我観いかづちがみ、 そして、 その指示に従い展開する複数の調査隊員達である


目が光に慣れてきて、 そうして冥邏は合点がいく


「無線機か、 会話や、 戦闘音だけを仲間に聞かせた、 仲間がそれだけで状況を理解出来ると信じて居たから、 なかなか悪く無い」


土飼は密かに無線機を繋げ、 奇妙な会話と音を、 奥野や、 雷槌に聞かせる事で状況を知らせた、 思惑通り二人は仲間を集め駆けつけた


「素晴らしい動きだな、 だが、 おい、 そこのお前、 さっきからあからさまに死体から目を逸らして居るが、 血は苦手か?」


まだ若い調査隊員が図星の様に跳ね上がる、 明かりに照らされ、 視界が明瞭になった今、 この空間の惨状は痛い程目に入った


それは若者隊員だけでは無い、 それ以外の調査隊員、 土飼も、 奥野も、 雷槌も例外では無い……


この空間には、 血飛沫を上げ、 首から上の無くなった死体が七十六人分横たわって居るのだ


寧ろ、 平気でその数の人間を惨たらしく殺す事が出来た冥邏は早速人の身の丈を超えた狂人である


だが、 この状況において大切な物、 人を狂わせるこの空間で、 人を正しく導く声は足りている


「おい、 宮縁みやぶち、 そいつの言う通りだ、 目を逸らすな、 今この現実から目を逸らしたら、 お前は真っ当な人間の歩から道を踏み外す事になるぞ」


雷槌だ、 宮縁と呼ばれた若者隊員は今にも閉じてしまいそうな目を何とか開ける


「怖いのは分かる、 それは誰でもそうだ、 俺も怖い、 自分が同じ様になるかも、 自分の大切な人が同じ様にされるかも…… だから」


雷槌は仲間一人一人と目を合わせ、 最後に若者隊員に目を合わせる


「お前はどう思った、 今この景色に恐怖して、 それでどう思った?」


若者隊員は震える……


「……俺は、 許せません! こんな…… こんな事しやがって! この人達が、 何をしたって言うんだ!!」



「宮縁、 お前の怒り、 そして思いは皆同じだ、 だからその当たり前の怒りから目を逸らすな、 絶対に許しては行けないんだ、 だから…… もう、 怖くないな?」


若者隊員は強く頷く、 他の仲間達も頷く、 心はひとつになった様だ


「はははっ! 茶番劇だと笑ったりはしない、 覚悟が決まったなら結構だ、 いい加減殺戮に飽きて来た所だったからな…… くはっ、 楽しませてくれよ?」


ギュッ


雷槌が前に出る、 握られた拳、 無手かに思われたが拳に光る銀色、 篭手である、 鉄板が仕込まれたそれは、 しかし関節の動きを阻害せず、 確かな強度と質量を産む


「お前ら、 対人陣形・《ハ》だ、 俺が注意を引くから、 お前らは援護をしろっ!」


歩く雷槌の威圧感、 身長の大きさもそれを意識させる、 冥邏もそれを認識したのか、 しかし逆にその顔は笑う


二人の距離が接近……


………


フォンッ!!


風きり音、 三日月形の刃が空を斬る、 冥邏が振るった刃、 その腕が通過する一瞬、 自身の腕が視界の影となった瞬き程の時……


フッ


ドスッ!


雷槌の拳が顔面を捉える、 速い、 一瞬の隙を突いた踏み込みで懐へ、 顔面パンチ


そこから更に……


フゥッ!


ドザッ ドズンッ!


二撃、 軽いジャブでもう一撃鼻に、 そしてうえを意識させての腹、 雷槌、 完全に決めに来た


っ!


「ああああああっ!!!!」


ブンッ!


ガギィッ!


内側に湾曲した刃が、 巻き込む様な軌道で更に振られる、 雷槌はそれを篭手で咄嗟に受けた


フュンッ! シュンッ! ブンッ!!


ダッ!!


雷槌が篭手で受けた所から反転、 素早いターンで一回転、 二回転、 更に半転し、 最後に遠心力を使い刃を振りながらのバックステップ


回転時の刃は全て篭手で受けたので問題無いが、 流石に雷槌も近づけず二人の距離は離れる


「あぁ…… 鼻が痛い、 痛い痛い…… あははっ、 痛みも俺からしたら新鮮だ、 ははっ、 少なくともボクシングはやってるなぁ?」



「総合格闘技の方だったからな、 役にたちそうなのはだいたいやってる、 考えても無駄だ、 お前は後退した、 七十六人も殺して疲れてるだろ?」


冥邏は隠しているつもりだが、 プロとしての経験のある雷槌には冥邏の荒く切れた息と疲れがよく見えた


「そうだな…… だが、 剣士が距離を取るのはリーチ差も考えれば妥当……」


その会話の途中で雷槌が小さく手を動かす、 その微妙な変化に冥邏は気が付いたが、 その真意は確認できなかった


バリバリッ!


トスッ!


っ!?


冥邏は目を向いた、 聞きなれない音と共に体が硬直した、 感じた事の無い吐き気と痛みが全身を襲う


これは……


「テーザー銃、 命中! 対象のダウンを確認!」


テーザー銃? 拳銃タイプのスタンガン……


(……そんな物を用意しているとは、 流石に思わなかった…………)


気がつけば冥邏は倒れて居た、 身体中の痙攣が止まらない、 不快な程に自分の体が言う事を聞かない


「よし、 そのまま更に撃てっ!」


バシュンッ!


っ!?


更に撃たれた、 しかし感覚は先程とは違う、 純粋な痛みが襲う、 何だ?


「麻酔銃、 続けて命中っ、 対象の左足に命中したと思われます!」


動かない体で、 それでも視線を巡らせると、 周りを囲う仲間達は皆、 普段は見覚えの無い様な武器を構えている


作業的だ、 何度も想定訓練を詰んだのだろう、 そしてそれが上手く嵌ったと言う訳だ……


地面に転がる冥邏、 彼は思う


(……つまらない)


この後は、 きっと直ぐには殺されない、 ここは社会の中だ、 勿論普通ならば逮捕され、 死刑となるのだろう


だが、 果たして彼らの中に警察官は居るのか? 刑務所の人間は? 処刑人は?


こいつらは、 こんな世界でもただ自分のやるべき事をしてるだけ、 必要以上の頑張りや、 非効率的な感情の変化を嫌う……


「冥邏君と言ったね?」


最初の男だ、 横腹の傷は適当に手当がされている、 さっさとこの場を去ったと思ったがまだ居たようだ


「まだ私の声は聞こえて居るかな? 聞こえて居るのならよく覚えて置いて欲しい、 私達は君に勝った、 だからあえて言おう、 この戦いに勝敗は無い」



「互いの気持ちの押し付け合いだ、 君が勝っていたら、 勿論君の勝ちで良かった、 だが私達が勝った以上、 この戦いに勝敗は無い」


何を……


「争う必要が無い、 人はぶつかり喧嘩する事も有るだろう、 だが喧嘩両成敗と言う言葉もある様に、 人の世界で生きる限り、 その善悪を百対0にする事は無い」


「それに、 暴力の勝敗によって進む道を決める様な事をすれば、 かつて戦争にて戦った先人達の上に立つ我々の世界、 そして何より彼等に対する冒涜となる」


麻酔が効いてきた、 冥邏は重い瞼を何とかこじ開ける、 唇を噛み痛みで何とか誤魔化し続けた


「君のした事は許されない、 君には、 君の想像しているより遥に大きな憎悪が向けられる、 然るべき時が来れば君の命を持って責任を取る時が来るだろう」


だが……


「そんな事をしても過去は消えない、 過ちや、 憎悪も、 時間の流れでいっとき感じなくなったとしても消えない、 絶対に」


この間発生した明山日暮に対する嫌がらせ事件の時もひしひしと思った、 人の心は電波の様に放たれ、 凄まじい速さで拡散、 数十、 数百倍の人が受信する


心は、 質量を持った大きな塊だ、 ぶつければ物を壊し、 研ぎ澄まされれば刃となる


「……これから君を確保し幽閉する、 どれ程か、 それを断言する事は出来ないが、 長い間閉じ込める事になるだろう」


しかし……


「少なくとも、 君の命のある内は、 我々が君を守る、 他者から向けられる憎悪や、 暴力から、 体をはって守るさ」


…………は?


「理解出来ない様だが、 これは君の為じゃない、 私はこう思う、 社会が発展し、 ネットにより多くの人が一瞬で情報を得られる世界となった昨今」


「一つの事件に対して、 本当に恨みを抱いている人間が、 声を荒げる者の中に一体どれ程居るのか? いや、 正確に言うならば、 恨みを向ける権利のある人と、 向けられた、 受けるべき義務のある恨みの数は整合性が取れて居るのか? とね」


語る土飼、 周りの者も耳を澄まして話を聞いた


「君が殺した人間は勿論、 君に恨みを向ける権利が有る、 その家族もまた有権者だ、 その関係者、 友人や、 会社の同僚、 ご近所さん等も権利はあると思う」


「しかし、 その事件をもって、 初めてその被害者や、 勿論犯人の事を知った者にはその権利は無いのだ、 対岸の火事、 遠く離れた、 顔も知らない人同士のいざこざ、 その程度さ」


こんな言葉を、 きっと話せば、 同調する人もいるかも知れない、 だが、 多くの人はいい顔をしないだろう


「そこから教訓を学ぶのは良い、 強盗に合った事件を見て、 防犯対策を強化するとかな、 だが、 他人の家の強盗に、 遠く離れた関係の無い物が、 その犯人を恨む必要は無い筈だ」


冥邏は困惑した、 説教を受けて居る、 その声に恨みはまるで無い様に感じる程、 土飼の声はクリーンである


「紛れてしまう、 本当に恨みを向けたい人の声は、 多くの声に紛れ、 いつしか同調し、 最初とは違う形に膨れ上がる」


「謝って欲しかっただけと言う人が居た、 だが、 周りの声の依代の様になり、 後ろに引けずどんどん背中を押され、 気が付けば犯人の死刑判決を求める為、 何十年も署名活動に躍起していた、 そんな話を聞いた事がある」


「犯人が、 心から謝罪し、 許す事が早い内に出来たなら、 初めの小さく、 穢れの無い憎悪をぶつけ、 解決していたなら」


「その後の人生、 まだ何かあったかもしれない、 だが、 犯人を死刑にし、 今まで捧げて来た数十年を振り返り、 そこにあるのはもしかしたら、 ただの暗闇かもしれない」


土飼は一瞬言葉を区切る、 話し方も上手いと誰もが思った


「被害者は勿論、 その関係者が、 穢れの無い純粋な恨みを君にぶつける事こそ、 正当な罪と罰であり、 最も正しい裁判の形だ、 私はそう思う」


その為に


「君を守るのだ、 まだ意識があるなら周りを見てみろ、 怒りによって立ち上がった彼等も、 君を必要以上に痛めたりはしない」


調査隊員は既に手分けをし事後処理を行っている、 感覚が希薄で気が付かなかったが、 剣は遠くに飛ばされ、 手足も拘束されている様だ


「勝ち負けでは無く、 罪と罰、 責任と言う形で決着はつく、 後味は悪い様だが、 そもそもそう言った物なのだ戦いとはな」


長々と話される土飼の話を冥邏は殆ど聞き流していた、 だが、 口周りも麻痺してきたからか、 いつにか麻酔薬に抗う事を止めていた


最後は自主的に目を瞑る、 もうどうでも良くなって来たのだ、 冥邏は……


「ふぅ…… 拘束完了ですね、 雷槌さん、 御苦労さまでした」



「ああ、 だが土飼、 本当に忙しいのはここからだ、 彼等の遺体は早急に焼いてしまうべきかもな」


無常な事を言うが、 実際にその通りだ、 梅雨明けも近いこの季節、 気温や湿度も高い、 腐蝕するのは速いし、 感染症等にも気をつけなくてはならない


ただただ虚しい、 未然に防ぐ事が出来無かった事が、 残酷で虚しいのだ……


「今は休む時間も無い、 人を呼んで片付けさせる所からだな、 まあ、 我ながら最低な言い方をすればな……」



「いえ、 その通りです、 それに我々もこのままでは行けない、 それ専用の装備をしなくては、 他人の血液はとても危険ですから……」


この場に居る全員が言葉を発する事さえ億劫だと感じる中……


………………


「うっ、 うわぁっ!?」


悲鳴が響いた、 皆の視線がそちらを向く、 声を発したのはあの若者隊員だ


「どうした宮縁っ! なにかあった……」


ブクブク ブクブク……


彼の近くにあった死体が奇妙だった、 まるで高音で沸騰した様に泡を立てて膨らみ始めたのだ


一際大きく膨らんだ部分は、 バスケボール程になっている様に見えた


「何だありゃ…… いや、 宮縁一旦そこから離れ………」


バシャンッ!!!


大きな破裂音と共に膨らんだ部分が弾け、 中から何かが飛び出す


「うわっ!? っ、 うぁああああっ!?」


大きな悲鳴が若者隊員から漏れ出す、 血液だ、 真っ赤な、 しかし妙だ、 何か形を持ってのたうち回っている様な……


あの形は、 まるで魚…………


っ!?


それに気を取られたのか、 それとも目を逸らしたらのか、 若者隊員の顔面が吹き飛んで居る事に遅れて気が付いた



「宮縁っ!」



「おいお前ら下手に動くなっ!」


ブクブク ブクブクブクブクッ


バンッ! バシャンッ! バシャシャンッ!!


そこら中だ、 見渡せばそこら中で膨らみ爆発を続け、 その度に奇妙な魚は溢れ出した


(……まずい、 これは能力か!?)


「雷槌さん! この場から撤退です! 相手は能力者ノウムテラスだ!」




「ああっ! お前らは! 撤退! 撤退するぞ!! 何にも構わず出口を目指せっ!!」


恐怖心が勝ったのか、 我先にと出口を目指す隊員達、 しかし、 不意にその目指して居た出口が外側から開かれる


ガチャッ………


ギィィイッ………………


………………



何だ? あれは? いや、 そう言えば、 先程、 甘樹ビルから逃げてきた菜代が言って居た、 その姿に酷似した……


「お前……」


そいつが、 手の様な物を向け、 その指を土飼に向ける、 気が付けば誰も動けなくなっていた


「先程から、 綺麗事をタラタラと話して居るな、 何が、 何が罪と罰だ…… 何が責任だ…… そんな綺麗事が通じるならば……」


ハジャジャジャジャンッ!!


「この俺は存在等しないわァっ!!!!」


そこら中で死体が弾け、 奇妙な魚は溢れ出し続ける、 その真っ赤な魚は空中を泳ぐ様にして、 そいつの所に集まりその周りを浮遊し始めた


まるでどす黒いアクアリウム……


土飼は、 その奇妙な威圧感の中、 何とか声を絞り出す


「……お前は何だ? 何者何だ?」


ああああああっ……………


「俺の、 名前は、 魚惧露ぎょぐろ、 本名は忘れて思い出せないが、 この身に刻まれた言葉なら思い出せるっ!!」


魚惧露と名乗ったそいつは怒りに満ちた声を震わせてその言葉を捻り出した


伏壬農ふくみのう連続女子暴行殺人事件……」


っ!


まさか、 そこ言葉がそいつから出てくるとは思わなかった、 土飼は驚いた、 皆記憶に新しい


隣県で昨年から続いた連続暴行殺人事件、 被害者の殆どが若い女性と言うとても腸の煮えくり返る様な最低な事件だった


毎朝ニュースで最新情報が開示され続け、 ついに犯人が捕まったと言うのが、 つい最近の事である


そう言えば、 世界がこんな形になる前、 もっとも大きな事件とはまさにこれだった、 連日の日々、 頭の片隅に追いやられていた事だ


そして、 土飼は察してしまった、 この事件において最も名前を聴いた、 犯人の名前……


「まさか、 君は、 地字安村ちのじあそん君か?」


正解なのか、 しかし、 忘れたと言った本人が、 確かな殺気を含んだ瞳で土飼を睨み付けた事が分かった


「そうか…… そうかもしれない…… だが、 そんな事はどうでもいいっ! 俺は、 今の俺はただのっ、 魚惧露だっ!!」


痛い程に突き刺さる殺意だった、 そうだ、 確か、 テレビ越しでも同じ事を思った


地字安村は、 記憶にある限り、 最後の最後まで、 無罪を訴え続けて居た……


もしかして、 本当に彼は……


そんな事を思って直ぐに思考を止めた、 魚惧露が構えた事が分かったからだ


夜明けにはまだ少し時間がある、 調査隊の仕事は終わりそうにない事は明白だった…………

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