第百六話…… 『最終章、 上編・6』
ドシンッ ドシンッ!
目の前、 体長五から六メートル、 顔面は伸びきった髪や、 髭に覆われて居る、 正に巨人と言った風体、 初めて見たモンスター
グリッ
「ゥオオオオオオオオッ!!!!」
空気を揺らす、 存在感、 強大……
タッ
日暮は踏み出す、 震えは無い
「うるせぇよ、 でけぇだけで強くなった気になるなよ、 ゴミカスがぁっ!!」
バンッ!!
日暮が駆ける、 グワッ! 空気が動く、 巨人が拳を引いた……
ブォオンッ!!
当たったらやばい、 でも………
「遅せぇ」
タッ!
軽いサイドステップ、 そこから二の手を与えぬ間に、 一気に距離を詰め
タンッ!
懐に入り込む、 超接近、 左拳を強く握る………
ボンッ!
空気圧が拳の中で圧縮、 その爆発的エネルギーをそのまま放つパンチ……
「ブレイング・ブラストッ!!」
ドスッ!
ッ、 ボガァアアアアアアンッ!!
「ウガギャッ!?」
トッ、 トッ、 ドガァンッ……
数歩後退して後ろ向きに崩れ落ちる巨人、 その腹は、 背中にくっついてしまいそうな程に陥没した巨人は死に絶える
「やっぱり図体だけだったな、 雑魚がっ」
…………
バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!!
……
どっかで聞いた事ある様な風切り音、 なんの音だったか………
………
グシャアアッ!
っ
「ッ、 うげっ!? いっだああっ!?」
何の音じゃねぇ、 弓音だ、 暗闇の先、 見えない、 何処からか矢が飛んでい来た、 しかも複数、 日暮に突き刺さる
グシャッ…… カラン………
躊躇いなく矢を引き抜いて捨てる、 どうするか…… 相手は直ぐにでも二の矢をつがえる………
ダッ!
「ギャアアアアッ!! ガァアアアッ!!」
叫び声、 その方向、 四足歩行のでかい豚? そんなイメージの敵だ、 ぶよぶよの体で突進してくる
更に……
バシュンッ! バシュッ!!
矢……
ちっ
「おらぁっ! 豚バリアっ!!」
バッ!
一気に突進する豚、 日暮は逆に豚に向かって走り、 通り抜ける様にその影に飛び込む……
グシャッ! ビシャッ!!
「ブギャアアアアアアッ!?」
「あははっ、 悪ぃな身代わりになってくれてよぉ?」
ブギィッ!!
お?
豚が怒って叫び、 矢の飛んで来た方向へと暴れ馬の様に駆けて行くでは無いかっ
これにはテンションの下がっていた日暮も少し楽しくなる、 日暮はこう言うのが好きなんだ
「よしっ! 行けっ! 豚足突進っ!!」
これで矢の敵は豚に任せとけば飛んで来ないだろう、 なら……
…………
ダン! ダンッ!!
「ボガァアアアアアアアンッ!!!!」
「うるさっ! ってかでけぇっ!?」
更に新手のモンスター、 似てる動物だと、 象、 でも鼻が長いというより、 顔全体が長くて、 鼻が大きく上へと反り返っている
闇の中で巨大な目玉がギラリと睨むのが見える、 背は家程も大きいが、 闇夜で輪郭がぼやけ大きさが更に大きく見える
「はははっ、 大型キルは結構得意だぜ? 的がでかくて、 むしろ小型より楽……」
ボガァアアアアアアンッ!!!
っ!?
地面が大きく揺れる、 日暮は目を大きく見開いて驚いた、 確かに、 象似モンスターが足に力を入れたのは見えたが……
月明かりが隠れる、 空に、 一気に跳ね上がった、 その高さ、 優に崩れかかったビルの高さに並ぶ……
急降下………
「やっ、 ヤベッ、 逃げっ………」
ビュウンンンンンッ…………
ドッジィイイイイイインッ!!!
「ぐわっ!? でべっ!? ………………」
地面が、 地震程大きく揺れ、 思わず転ぶ、 顔面から地面に吸い込まれ空気が抜ける……
あの野郎、 あの巨体でなんつう脚力、 しかも縦に跳ね上がって、 体重と重力に身を委ね自由落下、 地面が陥没しひび割れる……
「はははっ…… これだから異世界産の化け物は、 化け物すぎるっ……」
バゴッ
象似モンスターがこちらを確実に捉え、 前傾姿勢で構えるのが分かった、 日暮は一瞬で想像した
上方に飛んであの脚力、 それを突進に使えば、 正に、 巨岩が、 弾丸の如き向かってくるという事………
ッ
ボッ、 ガァアアアアアアアアアアアンッ!!!!
ちょ、 まっ……
……
ドガガァジャァアアアアアアアアアンッ!!!!
巨大な破壊音がする、 日暮は砦を背にしていた、 そこに突進……
ひゅ~
ガラガラガラ……
「やっばっ、 砦崩壊しちゃった、 これ侵入された様なもんだろ、 ははは」
日暮は無事だった、 直前でブーストによる加速、 空へと逃げていたので回避していた
しかし、 突進、 直撃した砦、 金属の混ざったコンクリート、 強度は十分ある分厚い壁は、 ボロボロと崩れ落ち、 大穴を開けていた
象に似ていると言ったのは耳、 大きな耳が付いている、 それは音をよく聞く為、 このモンスター、 執拗である
大陸覇者論争、 賢者の中で常に交わされてきた最強種の定義づけにおいて、 このモンスターはその名前を確実に連ねる
ドラゴンは強いが気まぐれである、 時に大地を火の海にするが、 温厚な者は大地を育む、 そして多種に比べ確実に個体数が少ない
それは他の巨大種も同じ、 優に数百年から千年程に生きる為、 繁殖意思が弱く、 子も数える程しか産まない
だが、 象似モンスター、 彼らは違う、 毎年繁殖時期が有る、 他の生物と同じ、 オスがメスを求め奔走
手に入れるまで全てを尽く破壊する、 執拗、 何処までも執拗なモンスター、 彼が求めているのは、 聖樹核の匂い
だが、 その為に邪魔になりそうな障害、 その全てを、 破壊し尽くさなくては気が済まない
そういったモンスターである、 そして……
ドガァンッ!!
ぶわっ!
空気が一気に揺れ動く、 空中に回避し、 空気抵抗を受けて自由落下していた日暮のすぐ隣、 大きな影が並ぶ
っ……
象似モンスター、 明山日暮を確実に始末する為、 先程同様、 上方へ張飛、 日暮のすぐ側似接近
ぐっ!!
まるで、 二足歩行を可能にした生物が、 その拳を固める様に、 象似モンスターは、 空気で前足を背の方に引くと……
ボワァンッ!!
空気を押して、 その前足は、 まるでボクサーの放つジャブの様な初速で、 今度こそ、 確実に、 明山日暮の芯を……
ボァアンッ!!
捉えた……
瞬間、 地面衝突、 空気抵抗全無視っ!
ボッガァアアンッ!!
遥か彼方に飛ばされたかのような、 土煙が上がる、 地面は陥没、 ひび割れた大地
これは、 確実に、 死んだ………
ドスンッ!!
象似が地面に降り立つ、 執拗な像似、 その耳を広げ、 鼻を突き立て、 気配を探る……
ギリッ!
「バギャゴォオオオオンッ!!」
象似の咆哮、 それは怒り、 つまりそれは、 邪魔者を排除しきれなかったという事である
日暮は……
「ははっ、 ったく、 俺は能力の前提でぶつかる空気圧が殆どノーダメだからな、 地面衝突は、 クールタイム明けのバーストで押し出して相殺、 つまり、 ノーダメージ」
勿論パンチによるダメージはその身に受けたが、 回復が追いついているので、 実質ノーダメであるそして……
てめぇも……
「ただ図体でかいだけのゴミカスって訳だっ! あはははっ!! そろそろとどめ刺してやるよ象似野郎っ!!」
ボガァンッ!!
象似が地面を蹴る音、 日暮も地面を蹴るっ!
ドカァアアアッ!!
象似が通り抜ける、 日暮はすんでの所、 紙一重、 象似の側方に飛び込んで回避、 その瞬間、 手に持つ刃を構え……
シャッ!
添わせる、 たったそれだけ、 象似の足に触れた刃、 象似の皮膚は岩のように硬いが、 日暮のナタは肉質に関係なく、 肉体ならば全て抉る
細く刻まれる線、 その傷口に被り着く様な追加斬撃、 それが、 象の移動速度と衝撃を利用した、 それ故に……
バシャァアアアアンッ!!
大きく口開くっ!
「ベギャアアアアッ!?」
グラッ……
ドジィィイイイインッ! ……………
象似の悲鳴、 日暮は観察していた、 奴の脚力を生かした突進、 だが、 突進後は強くブレーキを掛けなくては止まれない
そしてブレーキを掛ける足が、 少しでも踏ん張れなくては、 その自重のまま、 体は吹き飛び倒れる
「当然だよなぁ? そうなるのは、 地面で悶え苦しんで、 てめぇの全力突進は、 てめぇの最大の武器であり、 最大の弱点……」
それは、 彼らが最強論争に名を連ねるも、 結果的に彼らが最強になれない所以、 自滅が多い
「デカきゃ良いって訳じゃない、 力が強ければ良い訳じゃない、 言ってること分かる?」
タッ タッ
日暮は歩く、象似は立ち上がれない、 地面にて悶えて居る、 だからと言って近づき過ぎれば危険、 ならば……
………
「圧倒的、 投擲ッ! ナタぶん投げっ! ブレイング・ブース……」
バシュンッ!! バシュンッ!!
っ! 弓音っ!?
「まずっ……」
グシャグシャッ!! グシャンッ!!
「いっ!? てぇああああっ!!!」
複数の矢が体を正確に貫く、 鋭い痛みが駆け抜ける、 そのまま内側がこぼれ出てしまう様な痛み……
(……あの豚じゃ、 弓使いをしばけ無かったか? 敵は何処……)
ダンッ! ダンッ!!
? 確か、 この足音は、 豚の………
「ブビィイイイイッ!!!」
「ギャギャッ!!」 「ギィイイッ!!」
バシュンッ!
グシャッ!
「うえっ!? 嘘っ、 だろっ!!」
叫ぶ声、 豚の声と、 何か小さめの体の奴、 小さめの影は弓を持ってる、 つがえて放った……
豚の背の上で……
「……弓使いが豚と合体してんじゃねぇかっ!! 何騎乗されてんだよクソ豚ッ!!」
矢の痛みで膝を付きそうになる日暮、 その正面から、 弓乗り豚の突進、 その力で轢かれれば、 乗用車に轢かれたも同様……
まずい……………
次の手を必死に考える日暮、 だが、 そんな事直ぐにどうでも良くなるのだった、 何故なら………
………
ッ!
ボガァアアアアアアアアンッ!!!!!
日暮、 その正面に迫る豚、 そしてその更に奥、 爆発音と共に地面が弾け飛んだ
その威力は正に……
(……これは象似のっ…………)
ドガァアアアアンッ!!!
「ぅげぇあああああっ!??」
「ビギィイィィイイイッ!?」
「ギャキャッギャッ!?」
日暮と、 豚と、 弓使いの悲鳴が重なり響く、 空中に打ち上げられた小さき者達……
(……ははっ! あの象似野郎、 あの体勢から脚力だけで飛びやがったのかっ!)
内心踊る心、 空中で日暮は笑う
ギラリンッ!
「ボギャアアアアアアアアアアアッ!!!」
「っ! そうだよなぁ!! まだ足一本吹っ飛んだだけだっ!! 持っかい飛んでみろっ!! あははははっ!!」
象似が深く沈み込む、 地面が弾けるっ
ボガァアアアアアアンッ!!!!
「パガァアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
跳躍突進、 日暮に対して真っ直ぐ、 見える、 足が一本ダメになったからか、 弱い、 だから合わせられるっ!
ボガァンッ!!!!
「ブレイング・ブラストッ!!!」
拳の中で空気圧が膨張、 大きく振られた腕を、 すぐ目の前ににまで迫った象似に向けて………
「ブビィッ!?」
「ギャッ!?」
日暮のブラストと、 象似の突進、 その真ん中で巻き込まれた、 豚に捕まる弓使い
爆発的な二つの力と力、 正面衝突っ!!
ツッ、 ドガァアアアアアアアアアアアアンッ!!!
「ビィガァアアアアアアアアンッ!!」
「おらぉあああああっ!!」
叫ぶ、 日暮が、 その拳を更に強く押し出すっ
ははっ!
「俺の勝ちだっ!! らぁっ!!」
バガァアアンッ!!
「ビガャアアッ!?」
目を大きく見開く象似モンスター、 推進力を失い、 地面へと押し出されたその眉間に、 日暮は空中で大きく構える
「トドメだっ!! 喰らえっ! 牙龍っ!!」
ッ、 グシャァアアンッ!!!
「ガッ!? ……………………」
短い悲鳴、 そのまま地面へと………
ドジィンッ!!
落下して、 地面を揺らす、 日暮は象似の体を利用して落下ダメージを殺した
下した敵、 その体を踏み付け、 笑う、 その大きな体から、 日暮は飛び降りた
スタッ……
「あ~ よしっ、 勝った勝った! 久しぶりになかなかいい戦いだったぜっ」
いい戦い、 楽しい戦い、 上がる口角、 上がる……………
日暮は地面に転がる狼の死体の前で止まる、 暫く無言で見下ろす……………
ビガガッ
無線だ、 誰だ?
「はい? もしもし? 明山日暮ですけど……」
『……日暮君? 電話じゃないんだから、 それより、 大丈夫?』
菜代望野さんだ
「えぇ、 でかい敵も倒しました、 周辺ってまだモンスターいる感じですかね?」
『ごめんなさい、 流石に夜だと見えない、 こっちも鳥型のモンスターは結構落としたわ、 空はもう大丈夫かも』
すげー
「そうだ、 冬夜と、 威鳴さん、 多分、 狼に食われましたよ、 でも安心して下さい、 仇は全部殺しました、 狼共を、 皆殺しました……」
殺したくなかった…… でももういいんだ、 こいつらは二人を食い殺した、 証拠だって有る、 だからもういい……
『………日暮君? 何を言って居るの? ……まさか、 土飼さんから連絡貰って無いのね? 二人共無事だったのよ』
?
「二人って誰の事です?」
『……本当に大丈夫? 冬夜くんと、 千早季くん、 無事だったの、 まあ、 無事とは言えないか、 二人ともボロボロで目を覚まさないし、 千早季くんも発見時は心臓が止まってたらしいから……』
でも……
「……生きてるんですか? 二人とも、 無事じゃないにしろ、 狼に食われてないんですか?」
『……えぇ、 どうしてそう思ったのか分からないけど、 少なくとも食べられたなんて事は無いわ』
え? あれぇ?
確かに見たのだ、 狼の牙に、 冬夜の着ていた上着の生地が絡まっていた、 それに日暮にだって襲いかかって来たんだ、 あれは、 人喰い狼………
『……でも、 確か土飼さんがこんな事言ってたわね、 二人の体はまるで隠す様に影の方に居たって、 そして、 何者かがそこまで引きずった様な痕跡もあったって』
『……周囲に居たモンスターも皆死んでて、 綺麗に切断された様な死体があったらしいわ………… 日暮くん? 聞いてる?』
…………………
『……そう言えば、 野犬の様な足跡がいくつもあったって言ってたわ、 何にせよ二人はかろうじて生きているわ』
そう……
『………日暮くん、 疲れてるなら一回中に戻った方がいいわ、 土飼さんだって一晩中戦い続けろ何て言わないでしょうから』
「……砦がぶっ壊れました、 モンスターが来れば普通に侵入できます、 ……けど、 確かにちょっと疲れたな………」
どっと体に疲れが降り掛かってくる、 見下ろす狼の死体、 もしかしたらこいつらは、 二人を助けてくれたのかもしれない……………
『……私もできる限り見張っておくから、 一時間くらい休んで来なさい』
そうだな、 そうしようか………………
背を向けて、 歩き出す、 狼にも、 倒した像似にも、 終わった様な感覚、 半壊した砦に向かって引き摺るように歩く
(……二人は、 どうして何の力も無いのに戦おうとしたんだ? 俺は何で二人に背中を任せたんだ?)
様変わりした街、 瓦礫だらけの世界、 大きく崩れた目の前の砦、 外へと出た扉を目指して歩く
(……狼達とは、 確かに心が通った気がした、 あいつらには心があった)
叩き潰した、 叩き切った、 吹き飛ばした、 殺した感覚が今も手に残る、 不快、 だけど、 拭う気になれない
(……二人がモンスターにやられたとして、 そこに狼が来て、 狼達は周辺モンスターを倒すだけじゃ無くて、 二人を咥えて引き摺って、 物陰に隠した)
実際に二人が生きていたと思えば、 狼の牙に絡まった服の一部は、 引き摺った時にちぎれたと思う
何故、 モンスターである狼達が、 そんな事をしたのか、 それは……
(……もしかして、 俺との共闘があったからなのか? 共に同じ目的に向かって戦った記憶があるからなのか?)
考えずにはいられない、 モンスターを殺して、 こんな気持ちになるのは初めてだ、 あいつらは……
「……敵だったのか? 俺達は戦う必要があったのか…………………」
タッ タッ……
日暮の足音が夜に溶ける、 その気だるげな歩はただただ、 泥のように重い疲れを引き摺って……
………………………
「よっ」
?
声がした、 背後から、 どっかで聞いた事のある声だ、 誰だったかな~
日暮は声のする方へ振り返る、 あれ?
……誰も居ない
…………
っ
ガギィイイインッ!!!
金属音と、 激しい衝撃、 腕が軋んで節々から悲鳴が聞こえた
ふっ!
バンッ!
衝撃をいなしつつ、 バックステップで距離をとる、 本の僅かな一瞬、 無意識的に日暮の体は最適な動きをした
目の前に捉える、 こいつは……
「お~ 前は反応出来ずに腹を一突きだったのに、 よく反応出来たな? 関心関心、 成長したな~」
「……柳木刄韋刈か相変わらず不意打ちが好きなんだな」
その人物は、 以前日暮が街に来た時、 聖樹討伐戦の際に突如襲いかかって来た、 近接格闘にて手も足も出なかった男…
日暮は痺れるナタを握った右手を振るって感覚を取り戻す、 日暮の煽る様な言い方に相手は気にする素振りを見せない
「選別だよ、 まず一撃目をどうにか出来ない様な雑魚と戦うつもりはねぇ」
腹を貫通するパンチを防げる奴って、 判断基準おかしだろ……
「まあ、 この間のてめぇはダメだと思ったけどな、 っても殆ど肉体の再生込みで、 動きも弱いし、 ダメな物はダメだったけどな」
はぁ?
「そのダメな雑魚は殺せたんでしょうね? え? まさかそれって俺の事ですかぁ? えへははっ! しっぽ巻いて逃げ出したよなぁ? あ?」
ウザイ人間のふりは得意だと思って居たが、 相手のメンタルは崩れない様だ、 飄々としている
そう言えば……
「聴いだぜ? 柳木刄韋刈、 お前有名人何だってな? テレビやら、 メディアやら、 それに親父殺しやら、 なかなか痛快な人生だな?」
「ふっ、 それこそ有名な話だって思ってたが、 俺の顔見てもピンと来ないの見て随分常識知らずだと思ったよ、 テレビとか見ねぇの?」
見るよ
「UFOとか、 心霊タイプは見るよ? お前出ろよそう言うタイプの番組、 俺が世間知らずみたいじゃん」
「それぞれ出れるタイプの番組が違うんだよ、 何でもかんでも出れるのはトップの人間だけだ、 そもそも俺はそこまでテレビ何か興味なかったしな」
へー………
「それで? そろそろ腕の痺れは取れたか?」
時間稼ぎの挑発はバレてたか、 まあ実際に腕は正常に治って来た所だ、 最後に大袈裟に腕を回す
「ははっ、 悪いねぇ待って貰って、 不意打ちとは言え、 真正面から受けたらダメだな、 上手く流さないと……」
グッ
ナタを握る、 その感覚に違和感は無い、 それを確認したなら、 もう問題は無い、 相手を睨む
「ははっ、 なら、 決着付けようぜっ!」
バンッ!!
韋刈が地面を蹴る、 日暮はずっと考えていた、 やはり韋刈相手に大振りの攻撃は非効率的だと
そもそも日暮の能力も含めて大ダメージを狙える攻撃は、 対モンスター用と言えなくもない、 大きく、 耐久値の高い敵に対して行う有効打だ
だが、 生身の人間に対して日暮の攻撃を使えば確実に死に絶える、 それは韋刈も例外では無いが、 これはオーバーキルだ、 そしてそういった攻撃は往々にして当たりずらい
柳木刄韋刈の事はあまり詳しい訳では無いが、 分かることも有る、 こいつの動きは無駄が無い
日暮を特訓してくれた男、 トレーニングルームの番人、 雷槌が言っていた………
『……奴の凄さは、 一見、 腹を一撃で貫くパンチや、 関節の外脱による衝撃の緩和等、 お前の話を聞いた以上、 そういった大きなインパクトの影に隠れがちだが』
『……その核芯たる強みは、 全ての動きの無駄の無さだ、 人間は力む時、 例えば拳に力を入れようと思っても、 無意識的に肘や肩、 それらの筋肉にまで力が入る、 それは肉体の連携において当然の事だ』
『……だが、 人間は一瞬に出せる力の出力がある程度決まってる物だ、 その数値を百だとしても、 さっきの理由から、 拳呑みに百の力がある訳では無い』
そうだろう、 拳を意識すると、 拳に繋がる筋肉も硬くなる、 それを支える骨沿いに、 肘も、 肩も、 そしてその拳を放つとすれば、 パンチは体全体で放つ物だ、 百の力は体全体に必要数分配され、 拳に全ての力が宿っている訳では無い
『……それは当然の事と言ったが、 別の見方をすれば無駄とも言える、 だから俺達プロは無駄を無くすために必要な筋肉を限定的に鍛えたり、 不意の力みを無くすようメンタルを鍛えたりする、 常に冷静でいられる様に』
『……力みは全ての動きに必要だが、 無駄な力みは肉体の行動における阻害に他ならない、 そしてさっきの話に戻るが、 拳に力を入れた時の体全体にかかる力の中に、 無駄な力みが存在するという事だ』
日暮はその話を理解出来た、 肉体は全て意味があるパーツで構成されて居るが、 それぞれ用途は分かれている
だが、 本来力む必要の無いパーツも、 その位置関係や、 骨や筋肉の連携により僅かながら力みを得る、 それが無駄な力みなんだ
『……肉体を知る事で、 意識的に無駄な力みを無くし、 力の分配の最適化が行えた時、 初めて拳に求めていた力が宿る』
だが……
『……柳木刄韋刈がやってる事は無駄を無くすだけじゃない、 無駄を無くすだけじゃ、 結局百の力を拳に伝える事が出来ないからだ』
そうだな、 その通りだ……
『……だが力を伝える事はできる、 ボクシング何かでもよく見るだろ、 腰を入れるって奴だ、 腰の捻りで生まれた力を体重移動で伝え、 この勢いで拳を放つ』
『……力は流せるんだ、 恐らく柳木刄韋刈は、 無駄を省いた百の力を、 綺麗に無駄なく流していく、 踏ん張った足から、 膝へ、 そして腰に溜め、 更に力を生み、 最終的に拳へと伝える、 それを百の力、 いや、 百二十の力に変えて打ち出すのかもしれない』
『……そういった体の使い方が有る以上、 理論的に不可能じゃない筈だ、 奴の超人的な強さの理由は……』
………
卓越し、 綺羅星の如き細やかさにて頂上的な程の輝きを放つ
技術、 その結晶
…………
タタッ!
敵の接近、 その足運びひとつとっても、 つま先の向ける先や、 あげる角度に細かなフェイントが隠されており、 こちらの動きに対応するいくつかの連携の動きが出来ている
その全てを理解し読む事は実質的に不可能だが、 よく見る事で真に到達する、 もっとも危険性を伴った攻撃を判別できる
「ブレイング・ブースト・シンキング……」
ぐわぁ~ん
世界の動きが緩やかに、 まるで止まった様に見える、 思考速度を加速し、 動きを正確に予想する
最適解を導き出す………
足を、 地面に、 右でストレートっ……
っ
「ふっ!」
ガギッ!
予想通り、 韋刈の放つ右ストレートをナタで受け流す
タッ
その時、 日暮は前に出る韋刈の側面に踏み出す様に、 受け流しと同時に前に出て自然に距離を詰める、 側面に密着する事で相手からの二の手を封じ、 逆にこちらから……
ふっ……
「せいっ!!」
ドスッ!
日暮の蹴りが韋刈の腹を捉える、 出来上がっていた連携、 無駄なく入った、 だが………
「弱いっ!」
ガシッ!
ちっ
思わず舌打ちが漏れる、 寸前で受け止められらた、 そのまま足を掴まれる、 指が食い込むほど
グリッ!
「てめぇは俺の足を折りやがったからなぁっ! このままてめぇの足も折ってやるよっ!!」
グリッ! バキキッ!
足が軋む、 固定だ、 足を掴まれ固定された、 動けない………
いや
逆、 足を破壊しに来ることは容易に予想出来た、 だからこの足は囮、 足の破壊を相手が確信した時、 同時に相手も目的を前に硬直する
勝負を長引かせるつもりは無い、 日暮の足破壊に神経を注ぐ敵、 軋む様な痛みを我慢し、 ナタを韋刈の顔面目掛けて振るっ!
ブンッ!
「ははっ、 単純っ!」
ほんの少し首を捻っただけでナタのスイングを交わす韋刈、 こちらの手が無くなったのを確信してか更に力が入る
だから、 ここだ、 単純なナタスイングは囮、 韋刈の後頭部、 死角へとナタを運ぶ為だけの……
韋刈は警戒していない、 そして更に、 まだ、 韋刈の見た事の無い攻撃っ!
グリッ!
握るナタ、 ナタに巻きついた鋭い骨が、韋刈の死角から、 その後頭部に向けて……
バシュンッ!!
射出!
すぐ近く、 韋刈は気が付かない、 これは当たるっ……
……
バッ!
ガギィッ!
っ!?
日暮は目を見開いた、 触れた、 尖った骨は確実に韋刈に触れた、 だが、 その瞬間、 まるでフルオートでカウンターを放つように
骨、 首後ろの飛び出た骨だ、 少し首を前に傾けると浮き出る、 あの骨で、 器用に、 迫るナタの骨を受け流した
韋刈に横回転の流れが出来た、 と同時に……
バギィッ!
っ……
(……足、 遂に折れたっ…… 本当に指の力だけで骨にヒビを……)
いや、 そんな事を考えている暇では無い、 相手の動きは速い、 横回転の流れ……
バンッ!
そのまま体を捻って高く飛ぶ、 振り向きざまこちらに、 その威力が百二十パーセント上乗せされた蹴り
迫るっ!
(……やべっ)
ブンッ!
眼前で風きり音、 咄嗟にスウェー、 大きく後ろに逸らした体、 それは回避としては機能した、 だが、 図太い杭のような、 日暮はその身体を地面に固定する事となった
超悪体勢、 そこで気が付く、 大きな違和感、 未だ宙に浮く韋刈の体、 まるで重力を忘れた様に軽い
振り抜かれた、 日暮がスウェーで避けた蹴り、 それは……
(……!? 左、 軸足っ!?)
やられた、 咄嗟に交わした蹴りだったが、 韋刈は両足を高く上げ、 体全体で飛んで居たのだ
軸足の左足で一撃目の蹴り、 それは過ぎ、 地面に吸い込まれていく、 そして、 そのまま間髪入れず、 体勢の悪い日暮へと
二撃目、 本命の右足による蹴り、 飛んだ落下と、 全体重が乗る韋刈の蹴りが……
「ははっ! ぶっ飛べっ!!」
ドズゥンッ!!
日暮にもろぶつかる……
っ
「っ、 うべげぇがっ!?」
体が宙に……
ドザァッ……… ゴロンゴロン………
地面を転がった、 まただ、 また地面に体を着いた、 場数を踏んで、 経験を積んでも未だ……
「あははっ、 弱ぇ」
届かねぇ……
思わず唇を噛む、 これは悔しさか……
「今の動き、 蹴りを囮にしたナタによる攻撃、 と、 そう思わせての死角からの尖った骨を伸ばす攻撃か、 ここで新手の攻撃パターンを見せてくるのは反則的に効く、 悪くねぇ、 悪くなかったぜ」
だが……
「良くねぇのはおめぇ、 でかいの一発狙ってますって顔に書いてあるんだよ、 目線も不自然だった、 でかいミスだ」
くそ、 柳木刄韋刈、 この男の反射神経、 そうだ、 瞬き程の時に反応して来る、 まるで見透かした様な肌感覚
「色々考えたみたいだなぁ、 でもそれが大きく裏目に出てる、 ちったぁ変わったかと思ったがやっぱりお前はダメダメだ」
日暮はその言葉を受けながらも、 這い上がる様に何とか、 子鹿の様に震えた足で立ち上がる
「ははっ、 お前、 格闘技か何かかじったか? もしくは経験者から教えを受けたか、 動きがストレートすぎる」
心の中でも読めてるのかよ……
「以前戦った時、 お前の強みは型の無さだった、 変幻自在で何でもやる、 形が決まってないから読みずらく、 対処もしずらい」
「それでいて一撃は即死級、 こっちも警戒する、 その力関係が絶妙なバランスで俺とお前の天秤を均等にした」
無駄が多く未完成、 だからこそ、 やり方の決まっている韋刈に対しては全ての動きが初見となり、 一時的な拮抗を作った
「でも、 お前はプロの教えを受けて動きを洗練化させた、 無駄を無くし、 効率的な戦いを学んだ、 悲しいくらい未完成なまま…… な」
「それが何を意味するか分かるか? いわばお前の攻撃は視覚外から飛んでくるミサイルの様な不確かさがあった」
しかし
「動きを最適解する事はイコール、 起こりを可視化しやすくする、 そしてお前の能力の威力は脅威、 だが、 クールタイムのリスク、 それを意識し潜めた事で、 こっちは何も恐れること無くお前を叩けた」
日暮は韋刈を睨む、 フラフラと立つ姿は不安定で弱々しい
「へっ、 しかしまあ、 お前のナタよぉ? それ便利だなぁ、 抉り喰らう斬撃に加え、 それによるエネルギーの吸収と、 エネルギーの消費による肉体の再生」
「そこに加えて、 それを可能とするナタに巻きついた尖った骨自身を伸縮可能か……、 万が一刺さってたら、 そのまま後頭部を抉り喰らわれていただろうな?」
それも当たればの話である
「数少ない初見攻撃を外した今、 強みを手放し、 俺と同じ土俵で戦おうとする愚かな決断と、 ここ一番を外した後の二の手の無さ、 まるで赤子の様に只管に弱いっ」
それもこれも……
「明山日暮、 てめぇの攻撃は、 絶望的な程に、 読みやすい……」
ちっ……
零れる舌打ち、 それは大きな弱みであり、 その弱みはここ最近、 雷槌に再三指摘を受けていた部分であった
まるで手のひらの上で転がされて居る様に、 日暮には何をやっても届かないと、 目の前に高い壁を感じた……
目の前で、 笑う柳木刄韋刈、 その巨大な壁を前に、 無力感を感じる日暮は、 自然と、 雷槌から言われた言葉を思い出して居た………………