表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RELACION 〜有力貴族の居候となった少年とその数奇な人生を〜  作者: 紺色わさび
聖王国の学び舎 編
16/74

準備を進めて

「うっわめんどくさそうだなぁ」


 学習院がくしゅういん所属の基礎算術学きそさんじゅつがく担当教師、シャコ=アナクラウスは盛大にため息をついた。

 木製の机と椅子が並ぶ教室で、彼は一人、窓を開けて煙草を吸っている。それがなぜ面倒だなどという言葉を出したかといえば、それは彼の手元にある、今年度の学習院がくしゅういん入学生リストに理由があった。


 彼はもう一度、百余人分ひゃくよにんぶんの名前が書かれた名簿に目を向ける。


「うっわレアンド公爵家こうしゃくけの次男、うーっわステンネル公爵家こうしゃくけの親族、うわうわ東陽とうよう大家のご令嬢、はぁー帝国貴族の小僧に、南洋国家なんようこっかの貴族……。はぁ、もうダメダメ。絶対めんどくさいじゃないのこんなんよぉ」


 あろうことか書類を投げ捨てて、その教師は煙を吐き散らす。


 例年。この学習院がくしゅういんには貴族の子が何名かは入学してくるものだ。だが、その大半はスリージ聖王国せいおうこくの者で、他所のお偉いさんのお坊ちゃんお嬢ちゃんはここよりももっと良いところ、アテリアの王立学院おうりつがくいんに行くと相場が決まっていた。

 それが何故か、今年はこうも良家の子が揃ってしまっている。特に、レアンドやステンネルといえば、アテリア四大公よんたいこうと謳われるほどの血筋である。


「そんなの、王立おうりつの方に行けってんだ。なぁんでわざわざこっちくるかねぇ。うちはエリートだからって優遇したりはしねぇぞ」


 彼が愚痴を呟いていると、教室のドアがからりと開く。音のした方に目を向けると、そこには眼鏡と坊主頭が特徴的な教師が立っていた。

 中央言語学ちゅうおうげんごがくを担当する初老、ハートリー=ビグニルは、こほん、とシャコをいさめるように大きく咳払いして、自らも煙草に火をつけた。


「声が廊下にも響いておりますぞ、アナクラウス先生。生徒への悪口はあまり、よろしくない」


「これはこれはビグニル先生。補習はもう終わったんで?」


「ええ。明後日は入寮式にゅうりょうしきですから、在院生ざいいんせいにも体を休めていただこうと思いましてね?」


「そりゃ生徒想いのハートリー先生らしい。見習いたいもんッス」


 煙が窓から外へと抜けていた。

 風の流れを追いながら、シャコは重い腰をあげて、先ほど散らかした名簿をのっそのっそと集めて回る。


「いやね、別に貴族だろーと平民だろーと変わりゃしませんよ。でも、最近は何だか情勢がきな臭い感じじゃないスか」


「それは国内の話、ですかな? それとも大陸全土の?」


 同僚が紙を拾い集めているのを横目に、指を二本立てて、ハートリーは彼の返事を待つ。


「後者っスね。ま、そんな広ぇ範囲の話のつもりは無いっスが、考えるとどの国もゴタゴタしている。どこの国も、っス。それも一斉に」


「……ふむ」


 シャコの言葉を聞き、眼鏡の位置を調整しながら、ハートリーが立てた二本のうち、中指を折り曲げた。世界の情勢はゴタゴタ。確かにその通りであると口を引き締めて。


「隣国のアテリアじゃ一昨年おととしに国王が死んでる。東陽三国とうようさんごくは言わずもがな内乱の最中。帝国は急な軍備拡張と、それに反対した貴族連中を排斥はいせきしたって話っス。こんな情勢で貴族の子を預かるのはお互いにリスキーだと思うのは間違いっスかね」


「言いたいことはわかるがの。それでもここは学習院がくしゅういん。国の皆様の寄付で成り立っておる場所である以上、やることは何も変わらんでしょうが」



  △▼△▼△▼△



「ほぇえええ、これでトオイって読むのかぁ」


「何だか、異国の人、って感じするねー」


 学習院がくしゅういん敷地内の最奥部さいおうぶ。その中央にある第一校舎だいいちこうしゃと呼ばれる建物の一階で、登笈とおいらは正式な入寮手続きを済ませていた。

 提出書類のうち、プロフィールが書かれた紙を見て、ライアとルーンは目を丸くしている。その理由は、登笈とおいの記入したサインにあった。


 書類は大陸中央諸国、アテリア王国やスリージ聖王国せいおうこくで主に用いられる中央言語で書かれているが、本人のサインだけは出身国の文字で書く仕組みになっていた。そのため登笈とおいは、枇杷びわの国をはじめとした東陽三国とうようさんごくの文字で名前を記入していたのだ。


「はい。これで手続きは完了したので、いつでも寮に入っていただいて構いませんよ」


 持ち込んだ書類と、事前に送ってある書類とを照合するだけということもあり、入寮手続きは五分も経たないうちに終わってしまった。

 何とも呆気ないが、実際やるのは本人確認のようなもの。三人はそれぞれ部屋の鍵を受け取り、男子寮、女子寮へと向かって荷物を置きに行くこととなった。なので、ルーンとは一旦ここでお別れだ。


「っていうか、ライアってレアンド公爵家こうしゃくけの人なんですね……」


「なんで敬語!?」


 第一校舎だいいちこうしゃの玄関を出て少ししてから、登笈とおいは気になっていたことを口にした。


 身なりや言動、金銭からして、貴族の中でもかなり裕福な家の生まれだとは思っていたが、書類にはまさかまさかの四大公よんたいこうの一族レアンドの姓が刻まれていたので、それはもう驚きだった。

 だが、本人にしてみれば、あまり知られたいことではなかったのだろう。だからこそ、自己紹介の時も隠していたのだ。


 当のライアは、頭をがしがしと掻いて、仕方ないな、と息を吐く。


「あー、おう。一応な。けど次男だし、俺にレアンド公爵家こうしゃくけを名乗る力は無ぇよ」


 言われて、登笈とおいもそういえばとあごに手を添える。

 基本的に家を継ぐのは長男と決まっている。それは貴族でも農民でも、どこも変わらない。次男というのは、そういうものだ。


「ちやほやされんのは俺がレアンドの血を継いでるからで、妬まれたり誘拐されたりすんのもこの血のせいだ。なのに、将来はどっかのお嬢さんと、家のために結婚させられるんだぜ。笑っちまうだろ」


 彼は笑いながら言うが、言葉の裏にはどこか投げやりな感情が浮かんでいた。きっと幼い頃から色々と苦労をしたのだと、その表情だけで窺えるものがある。

 

「それが嫌なんで、俺はもうこのまま家を出るつもりでいるんだ。今は金とか仕方ねぇとこあるけど、ここで色々勉強して、一人で生きていけるようにするのが俺の密かな野望なわけさ」


「へぇ。……世の中、面倒なこととか悲しいことがいっぱいあるから参るね」


「そうだなぁ……」


 何も起こらなければ、今も枇杷びわの国にいられたかもしれない。だが、そうなれば、きっとここには来ていなかっただろう。

 その分いいことがあるとまでは言えないが、悲しいことの後には楽しいことが待っていると、登笈とおいは自分なりに納得していた。


「でも多分、ここでは楽しいことばっかだよなぁ」


 眼前に迫る、青い屋根の建物。男子寮に入るところで、ライアは期待を込めてそう呟いた。


 もうじき日が暮れようとしているネサラの街を、東の竜翼山脈りゅうよくさんみゃくより吹き降りる風がそっと撫でる。

 頬に触れるそれを感じ、街の各所で少年たちはそれぞれ違った想いを乗せる。そうして、様々な香りが詰まった空気に変化を遂げていく。


 ここはスリージ聖王国せいおうこく南西部、ネサラの街。世界第二位の教育機関『学習院がくしゅういん』のある学園都市。大陸各地で躍進やくしんを続ける者達が学び育った地。

 王族、貴族、平民。あらゆる身分の少年少女が、あらゆる国からやってきた者達が一堂に会し、互いの青春を競い合う。


 誰かが言った。

 これは、縮図であると。


 妖精エルフの消えた土地、アストライア大陸の未来がここにあるのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ