風の公女
頭をがしがしと掻きながら、面倒臭そうにライアが敷地外へ出かけてから十数分。
空腹に悶える女の子を芝生の上で放置しているのも如何なものかと思い、僕は彼女を近くのベンチに移動させて待っていた。
「すみません。ありがとう、ございます」
一先ず持っていた水筒を渡すと、彼女はくぴくぴと飲み始めて、飲み、飲み干したみたいだ。
呆気に取られつつ、返されたそれを受け取ると、彼女は何度か咳払いをしてから、座ったまま僕を見上げて話し始める。
「けほっ。助かりました。もう喉もからからで、もう気を失いかけていたところだったので」
「うん。それは見たらすぐ分かったよ。大袈裟かもしれないけど、生きてて良かった」
水分不足は割と洒落にならないし、この子の場合は空腹も相まって、しんどかっただろう。
空になった水筒をトランクケースに収めてから振り返ると、彼女は少し落ち着いたみたいで、息を吐きながら胸を撫で下ろしていた。
「あの、お水全部飲んでしまって……大丈夫でしたか? 私、頭回ってなくて、それで、その!!」
「……いや、うん。むしろ僕の飲みかけしか用意無くてごめんって感じなんだけど」
「いえいえ、そんなそんな」
僕がそう答えると、彼女は安心したように肩の力を抜く。
けれど、もしかしたらもっと必要かもしれない。人は結構な量の水を補給しないといけないと、リアーネからこっぴどく言われたことがある。見た感じ、脱水症状は感じられないから、今すぐどうこうというわけではないけれど。
まぁ顔色は明らかに良くなっているので、あとは何か胃に入れればすぐに快復することだろう。
ただまじまじと覗き込むのは失礼だと思い、話しながら体調を見ていると、正門の方から見慣れた金髪が走って戻ってきた。
見慣れたって言っても、今日会ったばかりではあるのだけれど。
「ライア。おかえり」
両手でサンドイッチやらハンバーガーやらを大量に抱きかかえた彼を迎えると、ライアは子供のように眩しい笑顔で、おう、と応える。
余程急いでくれていたのか、その首元を汗が伝っていた。が、彼はそれを拭うこともせず真っ先に、ベンチに座る少女に買ってきた食料を渡した。
「え、これ頂いていいんですか……?」
太ももに置かれた食事の山を二度見して、彼女はやはりと言うべきか、驚愕と困惑に満ちた表情を見せた。
流石に、僕ももっと少ない量———例えばサンドイッチ二つとかを想像していたので、こんなのが来ればそんな反応をして当然だと思う。
というか、本当にかなりの量だ。下手したら三人分はあるかもしれない。
けれど、ライアは僕らの驚きなんてどこ吹く風といった調子で、んっと背筋を伸ばしながら、
「気にせず好きなだけ食えよ。余ったら俺とトオイの昼飯にすっから」
と、そう言った。
「改めてですけど、ありがとうございます。私、ルーン=スタリエって言います。明後日からここに入学するんですけど、途中でお金スラれちゃって……」
四個目のサンドイッチを食べ終えてから、彼女———ルーンはぺこりと頭を下げる。
「へぇ。何か見た目通り抜けてる奴だな。俺はライア。こっちがトオイ。俺らも同じ新入生だし、これからよろしくな」
すっかり元気になった彼女にうんうんと頷きながら、ライアは頭を上げた彼女と握手を交わした。
抜けている自覚があるのか、ルーンは首に手を添えて苦笑いをする。
同い年の女性といえば、登笈にとってはリアーネが身近な存在だが、自他両方に厳しく真摯であろうとする彼女とは真逆な性格をしているようだった。それよりはむしろ、おっとりしたタイプの姫愛の方が近いかもしれない。枇杷の国から離れて以降、彼女とは当然会えていないのだが。
———元気にしているといいけど。
思えば、ルーンに親切にしたのも、顔や雰囲気から姫愛を感じたからかもしれない。と、そこまで考えたところで、登笈の前に手が差し伸べられる。
「よろしくお願いしますね、トオイさん」
ハッと前に目をやると、そこにはルーンが握手を求めて待っていた。一瞬、手が汚れていないか不安になったが、彼女の純朴な笑顔を見て、そんなものは杞憂だとわかり、登笈はすぐにその手を取った。
「こちらこそ」
これが、宮城登笈、ライア=レアンド、ルーン=スタリエ。彼らの最初の出会いだった。