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爽やかな朝だった。

ロジェが召喚したお屋敷で生活を始めてからというもの、朝は太陽とともに起き夜は10時までに寝るという学校の先生もびっくりな健康的生活が続いている。

カーテンを開けたまま寝ると、朝日で目が覚めるのだ。今日も快晴。太陽がサンサンだ。


私はベッドからおりて窓を開けた。

涼しい空気が部屋の中を抜ける。


私は涼しいのが好きだ

夏と冬なら断然冬が好き。

冬でも暖房は付けないで寝る。寒い中で寝るとすごく気持ちいいのだ。寒いんだけど布団の中は暖かいっていう状況が最高に寝心地良い。

この世界の季節感はわからないけど、まだ外は肌寒いので夏は遠いだろうね。夏とかずっと来なくていいよ。私こと、李衣菜が死んだのも夏だったし……。


この屋敷での生活にはだいぶ慣れてきた。

この世界にやってきて自分の適応能力の高さには驚きっぱなしだ。災害級のバケモノがご近所さんでも、家の中に鬼畜外道人外が居ようとも、なんだかんだで生きていけるもんなんだよね。


私は屋敷の中の一室を与えられて、優雅(?)な日常をすごしていた。

私を従者か下僕のように言う割には、いい部屋をくれたのですばらしいベッドと調度品に囲まれた生活だ。その代わりこの広い屋敷を掃除して管理するのは私の仕事だった。


どういう仕様なのかわからないけれど、この屋敷には水道が通っている。いつの間に水道を引いたのか……魔術でどうにかしたのか。本当になんでもありだよね、魔術って。おかげさまで水には困っていない。

掃除道具なんかもちゃんとそろっているし、屋敷の裏方、使用人部屋みたいな場所を探してみると使用人の制服があったので仕事着にも困ってはいない。


さて、今日もさっさとご飯を食べて仕事に向かうとしよう。

一人で掃除するには広すぎる屋敷なので一日一区画と決めて掃除をしている。全部で三区画、三日に一度は屋敷中すべてが掃除されることになるのでちゃんと清潔だ。


私は白のワンピースを脱ぎ、クローゼットを開けた。

クローゼットにはびっしりと制服が入っている。まぁつまりメイド服なのだけど。

この屋敷のメイド服は長すぎずヒラヒラせず、ふんわり感もないスカートの半そで黒ワンピ。無駄のないデザインで、機能性を重視しているんだろう。おかげで服に過剰な重みもないし着ていても疲れない。替えもたくさんあるし、すっかりこれが私の普段着になってしまった。


着替えが終わると、髪の毛を一本縛りでずぼら団子にした。

ずぼら団子っていうのは髪を縛る過程で輪っか状になった状態のことを言う(勝手に言ってる)んだけど、私にはこれしかできないのね。でも掃除洗濯料理するのに長い髪をまとめもせず振り乱すっていうのは不潔でしょ?

リナリーは美少女なんだけど、そんなことは今となっては何の価値もない。

なので美少女としての見た目を諦めた。機能性重視、準備の速さ、楽さが大切なのだ。

本当は髪の毛も切ってしまいたいけど、素人が自分で自分の髪を切るって事故確定だろう。そうとはわかっていても髪の毛を伐採したい衝動に駆られることがあるくらい豊かな髪の毛なので、本当につらい。


そんなこんなで身なりを整え、部屋を出た。

サンダルをコロコロ鳴らしながら廊下を歩く。

なぜサンダルなのかというとこれが一番楽だからだ。他にもフェリペ家から履いて持ってきたヒール低めのかわいい靴とメイドのブーツがあるんだけど、どちらも疲れる。

なので今は屋敷の裏口のほうで見つけたこのつっかけサンダルを愛用している。

私の身なりがだらしないことはわかっている。日本の友達ユウ君なんて今の私の姿を見たら怒り出すだろう。美少女を無駄にするなってね。でもロジェが何も言わないので、直す気はない。




そうしてキッチンにやってきた。


不思議なことにキッチンには主だった食料がそろっていた。

あの日、ロジェはボロボロだった屋敷を一瞬で新築同然の姿に戻してしまった。屋敷を在りし日の姿に戻す魔術だと言っていたけど、その在りし日、台所にはちゃんと必要なものが揃っていたというわけだ。準備のいいことですな。おかげさまで屋敷に住み始めておよそ一週間という期間、健康に生き延びられている。


食料が揃っているとは言っても白いもんばっかりだ。

白いもんというのは小麦粉、砂糖、塩だ。この三つは大きな袋でどさっと倉庫に積み上げられている。あとは卵が少し残っているみたいだった。

屋敷で暮らし始めた最初の日に、この卵大丈夫なんか?と思いつつも割って中身を確かめてみた。見た感じ大丈夫そうだった。黄身がしっかり立っていて白身がデロっとなっていないのが新鮮な卵なんだよね?たぶんこれは、新鮮な卵だと思う。

質は新鮮だとしても、何百年か前のたまごであることには変わりないので加熱せずには食べたくないな、と思った。


それで、この材料でできる料理と言えば多くはないよね。



「今日もホットケーキか。」



ため息をつく。

毎日ホットケーキだもんね。

せめてバターやメープルシロップ、ジャムがあればなぁ。他はともかくジャムは作れるかもしれないので気が向いたら森の中を探検してみよう。

パンを焼けたらいいんだけど、そんな知識持っていないので無理だ。

いつか人間の知り合いができたら教えてもらいたいね。


とりあえず調理器具の中からボウル、泡だて器、フライパンをとって調理を開始した。

卵を割って泡立て……砂糖を入れて……小麦粉を入れる……。

分量は適当だ。

計量器もないし、ホットケーキの材料の割合なんて知らないので計量器があっても上手く作れないだろう。

ちなみに牛乳は無いので水道水をつかう。


フライパンに油をひいて生地を焼いた。


牛乳もバターも使わないホットケーキって本当に味気ないんだよね。ホットケーキのあのステキな匂いってのはバターや牛乳から来ている。私のはステキさゼロの粉と卵の匂いがするホットケーキなのだ。

失って初めて牛乳の偉大さに気づくよね。

そして小麦粉や塩砂糖は使い切れないような量があるので良いとしても、卵は無限じゃない。一日一個ずつ減らしていけば10日後にはなくなる。

そのうち食料を買い足しに行かなきゃいけないだろうな。

食事が必要ない不死族がうらやましいよ。


ホットケーキが焼けるまでの間に使った器具を洗ってしまう。

今はまだ大丈夫だけど洗剤なんてもんはないので油を使う料理は控えたいもんだ。

油がついたら落とせないので皿は使わないことにしている。

つまりフライパンから拾い上げて立ち食いしている。でもさ、一人暮らしってそんなもんじゃないのかな。したことないけどね一人暮らし。どうせ食べるのは自分だけだしいいよねって思ってしまう。

フライパンについては油が付着してもしゃーないもんだと思ってあきらめている。どうせ加熱するもんだしフライパンがどうなろうと気にしない。うん、気にしない気にしない。


さて、そろそろ焼けたかな?

調理器具も洗い終わったので、フライパンのホットケーキの様子を見る。

たぶん火は通ってるだろう。フライパンの火を落とす。

ちなみにこのクッキングヒーターはどういう仕様なのかよくわからないけど、つまみをまわすと火がつくガスコンロ式だ。たぶん魔術かなんかがかかった道具なんだろうね。すばらしい。科学万能の時代は終わったね。これからは魔術万能の時代だ。


ホットケーキを一枚摘まみ上げてかじる。

一つ一つを小さく薄くいくつも作っているのだけど、つまみ食いのしやすさ火のとおりの速さを考えてのことだ。見た目で言えばホットケーキとは程遠いんだよね。



「味気ないな……」



相変わらず味気ない。

砂糖がなけりゃ地獄だったね。

もうこの屋敷での生活を始めて、一週間くらいになるだろうか。日数はわざわざ数えてないのですでにあやふやなんだけど……それって結構まずいよね。こんど人里に降りたらカレンダーを見せてもらおう。


ホットケーキを何枚かぱくぱく食べる。

残りは昼ごはんと夜ご飯になる予定だ。

フライパンに蓋をしておく。

フライパン一つで一日三食のすべてを賄うって……なんだかかなしいね。


でもそんなに働きもしないのであまりエネルギーが必要ないのも事実。娯楽のない生活なのでゆっくり無理のない範囲でだらだらと掃除するし、食事の準備もこんなに楽している。洗濯なんて数日に一回だ。制服には替えがたくさんあるので頻繁に洗濯する必要なんてないのだ。

それじゃあ下着はどうしているのかって?

この世界の下着って言うのはワンピースみたいな肌着のこと。おっぱいはコルセットで持ち上げ固定するものだし、下は……ね?貴族はパンツをはくけど平民はパンツなんて持ってないんですって。だから私もノーパンだ。だからって恥じることでは無いさ。平民はみんなノーパンだもの。

スカートはちゃんと膝まで丈があるし、ちゃんとばい菌には気を付けている。


でも今、一応パンツっぽいものを作っている。

余っている使用人用のエプロンを縫ってパンツっぽいようなショートパンツっぽいような形にした。ゴムはないので、紐で締める式にしようと思っている。裁縫は得意じゃないが、まったくできないわけじゃない。縫い目はガタガタだけど、強度には問題ないって感じだ。

パンツを量産できれば毎日パンツをはけるようになるだろう。

私は腐っても女なので月に一度アレがやってくる。まさかノーパンで垂れ流しにするわけにゃいかないので、その日数の分だけでもパンツは作りたいよね。神様が「排泄をなくす」魔法の石をくれたけれど、まさかこれが血まで異空間に飛ばしてくれるだろうか。血も排泄?どうなんだろう?


コップに水を汲んでごくごく飲む。

魔術で出てる水だけど、味は普通なんだよね。

いったいどんな理論で魔術っていうのは成り立つんだろうね?まぁどうでもいいんだけどさ。


コップを置いて、キッチンを出た。

朝ごはん終了!



次は掃除だ。

今日は屋敷の真ん中の区画。


屋敷は南向きで玄関、玄関ホールを中央にして左右に横長に広がっている。

屋敷の左側には家の住人用のリビングや食堂などがあって、右側には広間、応接室など来客用の設備があった。玄関ホールは広く、その真ん中には大きな階段があった。二階は住人のプライベート空間。私の部屋やロジェの部屋、書斎などがある。

玄関ホールの階段の脇を抜けた奥、屋敷の北側は使用人の区画だ。キッチンや洗濯場、使用人用の部屋などがある。まぁそんなのも含めて今日は真ん中、玄関の区画を掃除する。


ありがたいことに、この屋敷は絨毯を使っている場所はリビングくらいのものなので、ほとんどツルツルの床だ。掃除のしやすさで言ったら絨毯なんてない方がいいに決まっている。ここは土足で暮らす西洋式のお屋敷だし、絨毯に必要性はまったく感じないね。


というわけで、今日もまずは掃き掃除から始める。

私は用具箱からほうきと塵取りをとって玄関へと向かった。


さぁ、一日の始まりだ。






××××






掃き掃除を終え、拭き掃除を終えると玄関ホールはピッカピカ!ってわけでもないけど、普通にきれいになった。そもそも人の出入りがあまりない家なので汚れもしないし、ホコリもあまり出ないのだ。掃除をしても見た感じ全然変わらないし、これじゃあ掃除への意欲も薄れるというものだよな。


掃除道具を片付け、リビングに向かった。


リビングの扉を開けるとリビングには誰もいなかった。

ロジェの奴はどこにいるんだか……。

あいつはいつもだいたいリビングで過ごしているけれど、今日はどこか別の場所で暇をつぶしているらしい。はっきり言うと、あいつは暇人なのだ。こんな立派な家に住んでおきながら無職だしね。


しかしやつがいないのは好都合。あいつは私が自分と同じソファに座るということを嫌がり、私を床に座らせようとするのだ。まさに変態としか言いようのない趣味である。美少女を床に這いつくばらせるのがお好き、と言うことだもんね。どんどんロジェの肩書が増えていくなぁ。変態イケメン鬼畜ケチニート王だ。すごく長い名前ですこと。


せっかくあいつがいないのだし、この高級ソファを堪能しようではないか!


私は掃除で疲れた体をソファに投げ込んだ。

ぼふっと沈み込むソファ。

あぁ~極楽!


クッションを枕にして寝っ転がる。

いつもあいつが占領しているソファでくつろぐってのはなかなか気分が良いもんだな。

しかし暇。

なにか娯楽があればいいんだけどね……。

屋敷の中はほぼほぼ探検しつくしてしまったし、かといって屋敷の外を探検する気にはなれない。外に出るのが嫌だし、熊とかに会ったら怖いし。


そういえばロジェの書斎の壁は一面本で埋め尽くされていたっけ。ロジェは読書好きらしく、リビングに本を持ってきては寝転がりながら読んでいる。あの本のどれかを貸してもらえないかな。そうしたら私も暇つぶしができるのに。

ま、ケチなロジェが本を貸してくれるかどうかは知らないけど、そんなに怒ったりもしないだろう。意外と心が広いしね。ケチなのに心が広いってのはひどい矛盾だけども……。


私も魔術が使えたならここから動かずともいますぐ本をゲットできるんだろう。超絶便利能力だもの、やっぱり憧れちゃうよね。そういえば昔から魔法には憧れがあった。11歳になったらホグワーツから手紙がくるって信じてたし、11歳の誕生日の次の日には悲しみに暮れた。ピュアな子供だったんだなぁ。


もちろん魔術なんて使えるわけもなく、本をゲットするには自分の足で歩いて階段を上り書斎に取りに行かなくてはならない。

その長い道のりを想像するだけで面倒くさいね。無駄にでかいのだこの家は。ホントに無駄。


せっかくロジェの目がないんだからしばらくソファから動かなくていいや。

あぁ~、体がだる重~。


リナリーとして目覚めたばかりのころ、リナリーの体はストレスと疲労にやられていてひどい状態だった。

歩くのもつらいし立ってるのもつらいってな感じでね。あまり思い出したくはないけど、本当に大変な毎日を送っていたんだね。憐れなりリナリー……。

体の調子はだいぶ良くなったけれど、疲れやすいところは治らない。

欠伸をして、目を閉じた。

重たい体がソファに沈んでいくような感覚がする。



すると、がちゃっと扉の開く音。

うわ、ロジェのやつが戻ってきたのか?

目を開けると、扉の前にロジェがいた。冷たい目で私を見下ろしていた。

ソファタイム終了。



「そこは私の場所だ。勝手に使うな。」


「あ~、はい。どっこいせっと。」



掛け声をしながら起き上がり立ち上がってソファを空けてやった。

ロジェは私が退くとソファに掛けた。

いつもと同じ無表情でイケメンな顔をしている。手には本を持っていた。いいなぁ、本。本がほしいと思っていたら本が歩いてやってきたわけだ。なんて幸運。



「私も座っていいですか?」


「もちろんだ。私の足元に座れ。」



はぁ~?

なんで私はこいつの足元に座らにゃならんのか。

ロジェ様は今日も平常運転でございますな。

ロジェ様がそう来るなら私は面倒だけど部屋に戻って休むかな。部屋への帰り道で書斎に寄って本を盗もう。正直、階段を上って自分の部屋まで行くのはかなり面倒だけどね。私の脳は、今このソファに寝っ転がれたらどれだけ幸せだろうか、と考えてしまっているけどね。



「はぁ~……、じゃあ部屋に戻ります……」


「まぁ待て」



ロジェは私の手を掴むと引き寄せた。

いくら踏ん張ってもこいつの力に勝てるわけがないので、最近は抵抗もせずロジェの横暴を受け入れている。私は引き寄せられて床に座らされた。ロジェの足と足の間だった。

私は不満を目で訴えたけれど、ロジェは気に留めることもなく私の頭に本を置いてぱらっとめくった。

はぁ!?私は書見台か何かか!?



「さすがに本はやめてくれません?」


「私に従うのがお前だろ?」



それにしたってどういう構図なんだろう、これは。

こいつの足に挟まれて床に座り、書見台になるって……。



「それはなんの本ですか?」


「物語だな。」


「面白いですか?」


「面白くないものを読んだりはしない。だが、飽きたな。」



ロジェが読書ってのも似合わない気がするけれど、なんたって不死なので本でもなきゃ暇がつぶせないんでしょうね。あの蔵書量にも納得だ。まぁあの蔵書量でもこいつの生涯を満たすほどの暇つぶしを提供できないだろうし、何度か読み返すことになるのも当然か。

ちなみに私は面白い本なら何度でも読み返せる。昔死ぬほど読んだマンガも久しぶりに読むと新しい発見があったりするしね。

 


「私も読みたい。一緒に読みません?」


「は?」



ロジェは何を言ってるんだお前はバカか?とでも言いたげな目で私を見おろした。

従者と一緒に読書なんてしたくありませんよね。さーせんさーせん。ゆるしてちょんまげ。

また一枚ページがめくられる。

私のことなど無視だもんね。こうして書見台にされるだけで今日という日が終わってしまうのかと思うと悲しいよ。


わざわざ私をここにいさせる意味ってある?

下から見てもイケメンな顔を見せつけたいのかな?まぁゆうていつもこいつの顔は下から見てますけどね。バカみたいに身長が高いので見上げないと目が合わないんだよ。いつか身長が伸びたとしても、こいつを追い抜くほどの長身にはなれないだろうね。なんか不愉快……。


こうして一週間ほど暮らしてみてわかったのは、やはりこいつは私との接触を好むということだ。

こういう何もない時間には、だいたい私をそばに侍らせて過ごすのだ。

単に私を服属させている感覚を味わいたいのか、というとそうでもないらしい。あまりにも生意気な口をきいたら報復されるけどそのラインはそんなに厳しくもない。たまに鬼畜なことをやらせようとするけどここ最近はなにがなんでも、と命令をすることもない。

それに服属させている、という距離感じゃないよね。普通下僕と触れ合う?


考えてみたのだが私が思うに、こいつが接触をしたがるのは私が人間だからなのではなかろうか。

きっと原因はこいつの種族性にあると思うのだ。

人間と不死族はかなり違う。寿命も食事も能力も違う、人間の常識をぶち破る不死族なのだから、私が知らない種族特有の習性のようなものがあってもおかしくはない。どんな習性が関係しているのか知らないけれど、どうせろくでもねぇ習性だろうよ。なんたって変態種族だもんな。今度人里に降りることがあったなら調べてみたい。

それとも、今直接訊いてみるか?

ロジェの種族的な部分に関することを、ロジェ本人に訊くってのはなかなかに気まずいもんだけど……。いつ人里に降りれるものかもわからないしなぁ。



「ロジェ様?」


「なんだ?」


「つかぬことを伺いますけど……ロジェ様はなぜ私をそばに置きたがるんでしょう?」



ちらっとロジェの顔を見上げてみると、ロジェは目をぱちくりさせた。



「気づいていたのか……。」


「そりゃあなんとなく、こいつ接触過多だよな?とは思いますよ。」


「こいつ?」



あ、まずった……。

さすがにロジェ様にこいつは言っちゃいけないよ。



「むぐっ!」



ロジェは私の顔を掴んだ。

またこれだよ。

頬っぺたが押しつぶされてタコチュー顔になる。首はロジェの顔を見上げたままに固定された。

顔がもげそう。



「私をこいつ呼ばわりか。学習のないやつだ。」


「おへんにゃはいッ!おへんにゃはい~ッ!!(ごめんなさい)」



何とか逃れようとロジェの手を掴んで引っ張るが、ほどけない。

両手を使ってもビクともしないので、指一本から攻めるけれど指一本すらも動かない……!

それほどに強く顔を掴むから頬がすごく痛い!顔に痣ができたらどうしてくれるんじゃい!?

焦った私は頬を掴むロジェの手をベチベチ叩く。

やがて手がすこし緩み、頬の痛みも緩和されたので生理的に涙目になった眼でロジェを見上げる。


うわ……


こいつ呼ばわりされたのがかなり腹立たしかったのか、この私ですら動揺するほど表情が抜け落ちた顔でいらっしゃる。

そんな冷たい目で見下ろさないでくださいよ。まじで怖いよ……?友達いなくなるよ……?

表情は抜け落ちているのに、目だけは殺人級の禍々しい光を揺らめかせている。眼力で人を殺せるよね。



「私がお前をそばに置くのは、人間のエネルギーを吸収したいからだ。」


「……えへるひー?」



いつもと同じ声で、ロジェはそう言った。

人間のエネルギーとはなんぞや?

でもだいたいの予想はあっていたみたいだね。なにか種族的原因はあるみたいだ。



「人間との接触でエネルギーは摂取できる。それによって不死族の本能を抑えることができるのだ。」


「ほんにょー?」



不死族の本能とはなんぞや?

吸血衝動とか?

でも結局不死なわけだから吸血も絶対必要ってわけじゃないんでしょ?不死族ってものに関して知識が甘いので本能と聞いても私には特に思いつくものはなかった。



「他にも人間の特徴を取り込むことができるな。本来睡眠は不必要だし眠気を感じたりしないものだが、お前といると眠くなる。」



ロジェは眠くなりたいの?

人間の特徴……睡眠欲を取り込むことができる、と。それならそのうち食欲もわいてしまいそうだね。

そんな意味不明な習性があったのか。変ではあるけど、体液を飲むっていう種族的特性ほどハードなもんじゃなくて良かった。変態種族だもんね。睡眠くらいならかわいいものよ。

やっと手を顔から離してくれた。

ほっぺが痛いよ。



「お前と初めて寝たのは牢屋でのことだったが……癖になってしまったのだ。」


「寝るのが?」


「あぁ、こんなにいいものだとは思っていなかった。」



なんと……。

あの牢屋での同居の時、こやつは私と一緒に眠っていたらしい。ずっと床に転がったままじっとしていたから寝ていただなんてわからなかったよ。そしてすっかり睡眠の虜になってしまったと。

うん、わかるよ。寝るのって最高に気持ちいいよね。私も実は食欲よりも睡眠欲求派なんだよね。

でもお前と初めて寝た……とか不穏な言葉はやめてくれ。

不穏すぎて鳥肌立つよ。



「てか、牢屋の時くらいの距離感でいいなら接触する必要ないじゃないですか。」


「効率が悪いんだ。牢で寝ることができたのは数分だったな……。私たちの本能というのはそれほどに強烈なのだ。抑え込むにはたくさん人間エネルギーを摂取しなくてはならない。距離が近いほど、かかわりが深いほど効率よく大量に摂取できる。」



待って、それって超不穏なんですけど。

距離が近いほどっていうのはよくわかるけど……かかわりが深いほどってなに?

……考えるのはやめよう。変な勘繰りはよくない。

想像するな…考えるな…勘ぐるな……。



「昔は人間をエサとしてではなく娯楽として求める輩も多かったが、そういうことなんだろうな。人間の欲求というものを疑似的にでも体験してみたい、という気持ちは今ならばよくわかる。一度体験するとやめられないものだな。」


「娯楽として、求める……。」



それってつまり……



「あぁ、人間の女を買いに行くやつも多かった。」



やっぱり?

性的な意味での話なのね……。

うわ~、何百年も昔の話とはいえ無理だわ~。人間エネルギーとやらを摂取するために人間と性的な交わりをするわけでしょ?うわ~。深いかかわりってのは性行為のことだったわけだ。女を買いに……ってことは娼婦をその相手にしていたわけだね。へ~、ほ~、ふ~ん……。女の不死族の場合はどうしたんだろう。男を買うのかなぁ。

不死族に買われた人間って、生きて帰ってこれたのかなぁ。

疑問は尽きないけど、あんまり深く考えないようにしようっと。


この口ぶりからすると、ロジェはそういうことはしたことがなかったらしいな。そりゃあ王様ともあろうものが人間をわざわざ買うなんてアレだもんね。

と、いうことはロジェのやつは睡眠も食事もない生活を送っていたの?唯一の娯楽は本?

とんでもなくいろどりのない生活を送っていたんだなぁ。かわいそうな奴。


ん?でも、こいつの言う人間の欲求ってどれのことだろう。

睡眠欲求と、そのほかは何?

そもそも不死族にはない欲求だから人間と交わってでも体験しようとするわけだよね。じゃあ不死族にはどんな欲求があるんだろう。



「不死族にも生理的欲求はあるんですか?例えば、血が飲みたいとか。」


「もちろんだ。」


「血が飲みたい以外には?他にも何かあるんですか?」



ロジェはじぃっと私の目を見つめた。

こっちが見つめるならともかく、あまり見られると居心地が悪い。



「もちろんある。」


「それはどんな?」



ロジェはニヤッといやらしい笑みを浮かべた。

ぞわぞわっと寒気が走る。

悪いことを考えている時の顔だな。さすがに私でもわかる。これ以上は踏み込まない方がいいらしい。



「しっかし……なぁるほどぉ、納得しました~!接触を好むのには理由があったんですねぇ~!ロジェ様は本以外の娯楽に目覚めてしまった、と……。」



無理やり話を打ち切ろうとしたけれど、不自然だったかな?思わず目が泳いでしまったしね。

チラッと見上げると楽しそうに笑っている。



「……まぁそういうことだ。」



よかった。

なにやら見透かされているような気がするけれど、でも話を打ち切ることができたので良しとしよう。



「でも!接触はあまり褒められたことじゃありませんよ!私は仮にも嫁入り前の身ですから!」



ヤマトナデシコの国から来た乙女にはスキンシップはつらい。家族とでさえこの歳になったら接触しないよ。ベタベタ接触するのなんて近所のワンころくらいだよ。なのにこのべったりな現状。

するとロジェはお前バカなの?とでも言いたげな目で私を見た。

なんだ、文句でもあるのか!?



「お前、自分が結婚などできる身と思っているのか?」


「え……それは……」



間違いなく、できないでしょうね。


だっていまや脱獄犯ですし……。

非公式に牢にいれられたとはいえ、悪魔との密通の疑惑を持った女。そして不死族の王、ロジェの脱獄とともに私が姿を消したのだから皇宮側は私が王様に助力したのだと簡単に想像できるはず。

すでに人間界に受け入れてもらえる身ではなくなっている……。

つまり……嫁入りなど、夢のまた夢。

そもそもこいつに一生従うと誓ってしまったし、こいつは私を簡単には手放さないだろう。


なんであんな契約してしまったのかな。日が経てば経つほど後悔がつのるなぁ。後悔の理由は他にもあるんだけどね……。



「どうせお前は私には逆らえないのだから、受け入れろ。」


「え、あ、はい……」



思わずうなずいてしまった。

王様の威厳っていうのかな。有無を言わさぬかんじ?実際私はこいつに逆らえないし。

これで私は接触を拒むこともできなくなってしまった。



「……わかりましたよ。多少の接触は許します。」



まぁ、足元で座ってるくらい実害もないしな。

本当は良くないけどね。接触過多はストレスだけどね。

慣れないとここで生きていけない。

嫁にも行けないし、ここにいるしかないのならこの環境に慣れるしかない。ストレスも慣れればストレスじゃなくなるはずだと信じてる。



「でもせめて、私にも本を一冊貸してもらえませんか?暇なんで。」


「お前に読めるのか?」


「バカにしてます?ちょっと見せてください。」



頭の上に乗せられた本をとって、さっと目を通す。

うん、文字はちゃんと読めるみたい。種族が違っても文字は違わないみたいなので良かった。



「読めます。貸してくれます?」


「仕方ないな。確かに従僕にも褒美は必要だろう。書斎の出入りを認める。」


「やった~!」



これで私も本を読めるようになった。

あの蔵書量なら暇することもないだろうね。いったいどれだけの時間をかけて読み切ることになるだろう?楽しみだ。

元々読書は好きなのだ。

マンガも好きだけど、やはり最後は小説に戻ってきてしまうんだよね。この世界の文学、楽しませてもらうぞ。


ソファをロジェに占領された時点でソファへの未練もなくなっていた。書斎まで行くのは面倒の極みだけど、せっかく本をゲットできる機会だもんね。

私は早速立ち上がる。



「じゃあ行ってきます。」



ロジェはため息をついて本に目を落とした。

なによ、そのため息は?態度悪いぞ?

気にしてもしゃーないので、私はリビングを出て書斎へ向かうことにした。












………書斎の重々しい扉を開ける。


あぁ、いつ見ても素晴らしい本の城!

壁一面が本棚。壁は上下に分かれていて、梯子がかかっていて壁の中間に足場がある。どこかの図書館みたいな造りだ。本棚は壁だけではなく、フロアにもいくつも並んでいる。この部屋でかくれんぼをすると楽しそうだな。

部屋の中に入り、本棚を見て回った。


部屋の奥には机があった。

高級そうな立派な書斎机と皮張りの椅子。社長のデスクみたいだなぁ。

机の上にも何冊か本が積んであった。パラパラめくってみると、物語のようだった。

ここにあるのは物語ばかりなんだろうか。ロジェの奴が物語ばかりを好むってのも面白いな。学術書とかのほうが似合いそうなのに。


しかし本の城なだけにまずどの本を読もうか悩ましい。

あいつはこのすべてを読んだのだろうし、オススメの作品でも訊いてくりゃあ良かったかな。

もしくは、知識を得られるような本、例えば不死族について知れるような本がいいだろう。


ロジェについて知らないことばかりなのはマズイと思うのだ。本人に訊いて聞きだせる情報も少ないし、かといって無知のままでいるのは非常に危険。

不死の王様ロジェはいったいいつ生まれたんだろう。たとえ不死だったとしても誕生の瞬間があるはずじゃないかな?それともこの世界が始まって以来ずっと王をやっているとか?そもそも不死族には生殖というものがあるのだろうか。

接触などで人間の欲求を取り込めることが発覚したけれど、他にはどんな種族的特徴があるのだろう。


そういったことを学べるような本がほしいと思うのだけど……

このだだっ広い書斎の中から探し出すというのは簡単なことじゃない。面倒を極めるしね。

それに、そんな私に都合のいい本があるとも思えないのだ。どうして自分の種族について解説した本を持っていなきゃいけないのかって話だよな。なんたって不死だし、不死族の医学書なんてのもないだろう。逆に自殺指南書とかはありそうだけども……いや、怖いから見つけてもスルーしよう。


今日のところは適当に選ぼうかな。

あまり期待はできないけど、そのうち学べる本も探してみることにしよう。

とりあえず早く戻らないとロジェが不機嫌になるかもしれないさっさと選ぼう。リビングまで戻るの面倒くさいけど、ロジェが不機嫌になったらもっと面倒だしね。こうしてロジェを忖度するのが習慣になってしまったことがなんとも悲しい。


う~ん、これでいいか。

目の前の本棚から一冊の本を抜き取って見てみる。



「白薔薇の君へ……?え、これ恋愛小説?」



うぷぷ、恋愛ものとか読むわけ?あのロジェが?

あらすじを読んでみると、なかなかにどろどろしてそうな恋愛ものだ。

興味深いね、これにしよう。



私はその本を持って書斎を出た。












リビングの扉を開ける。

ロジェは相変わらず偉そうにソファに座っているのだった。



「戻ってきましたよ~。これを借ります。」


「あぁ、好きにしろ。」



私は扉を閉めると、ロジェの方まで行く。そばにいるってのが約束だもんね。

ソファには座らない、これも決まり事だ。

不愉快だけれどまた言い争うのも面倒くさいので、おとなしく床に座ってあげよう。


ロジェの足と足の間に座った。

ロジェに背を向けて、ロジェの右ひざを肘置きにしてもたれかかって本を開いた。

現代人には自立して姿勢よく座るってのは難しいものだ。背もたれのある生活に慣れすぎているからね。



「あぁ、その本か。」


「読んだことあります?」


「家にある本にはすべて目を通している。つまらないものは二度と読まないがな。」


「これは?」


「好みではない。」



へぇ、恋愛ものは好みではないと。

まぁそうですよね。あんたがこんながちがちに恋愛でどろどろしてそうな本を好むとは思えない。たぶんこいつが好きなのはサイコホラーとかだろう。心の深淵に触れるようなやつね。


こいつ、ひざをひじ掛けにされていることについては触れないんだな。

まぁ無礼ってほどのことじゃないか。むしろ接触があることを好ましく思ってるんだろう。

このように多少の無礼が許されるからラインの見極めが難しいわけなんだけども。


私は本に目を戻して、読み始めた。







主人公は貧乏な農民の青年。

こいつはある嵐の夜、森の中をさまよってある館にたどり着く。主人公はそこをどこかの貴族の別荘だと思って、納屋でもいいから入れてくれと頼んだ。

扉を開けて現れたのは絶世の美女、その館の女主人なのだった。

女主人は心優しく農民の青年を館の中に引き入れた。

青年は館の与えられた部屋で眠りにつくが目を覚ましてしまう。夜も更け、嵐はだいぶ収まっているようだった。青年は水でも飲もうと、屋敷の井戸を目指すがその途中で庭にあの女主人の姿を見つける。

女主人は庭木の白いバラを悲しそうに見つめていた。

不思議に思った青年は声をかける。

「どうかしたのですか?」

女主人は悲しそうにこう言った。

「嵐で私の一番大切にしていた白薔薇が散ってしまいました。」

あまりにも悲しそうな女主人を青年は憐れむ。

「では、私が白薔薇を元通りに咲かせて見せましょう。」

そう言って散った花びらを拾って、青年は部屋に戻って行ったのでした。


数日後、青年は女主人にバラバラに散った花びらを再構成して作った押し花を栞にしてプレゼントした。

「散ってしまった花びらを元にもどして、押し花にしました。こうしてしまえば、あなたの美しい白薔薇は永遠にあなたと共にいられる。」

女主人は感激して青年に感謝をしました。


これが二人の出会い。




へぇ、なんだかありがちじゃない?

展開には特に心ひかれるモノはないな。


それから、青年はすっかりこの女主人に心を奪われてしまい、猛烈にアプローチを続ける。女主人はなかなかに守りが硬いのだけれど、だんだんと青年と打ち解けるのであった。

そして現る第三の登場人物。

青年と同じ村の村娘だった。

青年に恋している村娘は、森に足しげく通っている青年を怪しく思いあとをつける。そして青年と女主人を目撃してしまうのだけれど、村娘はこの女主人を調査することにした。自分が愛する青年を幸せにしてくれる女性なのかどうか見定めようと思ったのだ。

ある日、女主人の後をつけていた村娘は決定的な現場を目撃してしまう。

なんと女主人は不死族だったのだ。人間を襲い血をすすっている姿を目撃してしまった村娘は、急いで青年のもとへ。

「あの女性は悪魔よ。あなたをたぶらかして食い殺すつもりだわ。」

驚くかと思われた青年はなぜだか黙り込む。

その首には牙の痕が……。

なんと青年はすでにそのことを知っており、それでも彼女とともにいようとしているのだった。

村娘はショックを受けた。

そのうち人類の敵、汚らわしい悪魔と思いあっている青年に憎しみを覚え、暴走する。こんなにもあなたを愛しているのに、私よりもあの悪魔がいいの!?と叫びながら村娘は青年に襲い掛かり、鎌でめった刺しに……。




ひょえぇ~!どうしてそうなるの!?




そうして絶命した青年の見るも無残な遺体を女主人は大切そうに拾い集めるのだった。

女主人は青年を失ったことを嘆きながらも、どうせともに生きることはできないと悟っていたのか取り乱すことはなかった。

女主人は青年の遺体を魔術の力で永遠にとどめ、永久に一緒に過ごすことにした。まるで押し花のようにね。

最後に青年の霊が出てきて言った。

「白薔薇の君へ……この肉体を捧げよう。永遠に形をとどめ、君とともに在るよ。」

めでたしめでたし。





きゃあ~!無理!

サイコホラーじゃん!

全然恋愛じゃなかった……。



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