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次に目を覚ましたのはこの牢屋にむかってくる足音が聞こえたからだ。


人が来る!?まずい!

私は急いで飛び起きてクッション代わりにしていたドレスをがばっとかぶるように着た。そのスカートの中に見られたくないものをすべて隠す。ちゃんと目が覚めて良かった。間に合った。

王様はもの言いたげな顔で私の方を見ていた。

苦笑いを返した。


ガチャッ、ギギギィ~……


耳障りな音がして扉が開いた。

扉から光が差し込んで、部屋の奥の王様の姿を照らし出した。

暗いからあまり見えなくて気にせずにいられた王様の全身のグロテスクな傷が私の目にも鮮明に映った。あぁくそ、見ちゃったよ……。



「よぉ、調子はどうだ?ゴミ野郎?」



そう言って入ってきたのは一人の兵士だった。

ゴミ野郎って王様のことかな?もしかしてこいつ、王様を痛めつけに来たのか?

うわ、手に剣を持ってるよ。



「これはこれはお姫様。この牢屋の寝心地はいかがでしたか?」



私の姿を見て、兵士はうやうやしい礼をとった。

一々カンにさわる奴だな。その不細工な顔をこっちに向けんじゃねぇ、不愉快だ。



「最高だったわ。あなたも一晩どうかしら?」


「別の牢だったら良かったんだけどなぁ。このゴミくずと一緒ってのは勘弁だ。お姫さんよ、よくそんな口がきけるほどの元気が残ってるもんだな?」


「こんなことで私の心が折れると思っていたの?あの子には残念でした~甘いわねって言ってやって頂戴。」


「殿下にか?」


「まさか、ルーシーによ。」



兵士はいやらしい笑みを浮かべた。

ルーシーの指示っていう予想は正しいのだろう。まさか皇宮の牢番の兵士を味方につけるなんて、ルーシーはバカそうに見えて用意周到なのね。人を誑し込む腕は間違いなく一級品らしいし。



「さぁて、俺様のお仕事を始めるとするか……。おいおい、前回から全然傷が癒えていないじゃないか?そろそろ死ぬんじゃないか?ぎゃははは!」



兵士はそう言って剣を抜いた。

下品な笑い声が石造りの地下牢にこだまして耳に残る。

仕事って何よ?まさか本当に王様を切り刻むわけ?私の前で?

絶対トラウマになるでしょ!無理無理!やめて!

かといって刃物をもってうろつく相手がいるのに、背を向けて目を隠すなんてできなかった。そうしたくてもむしろ怖くて無理。

というかあれだけ傷ついているんだからこれ以上痛めつける必要ないじゃないか。あんな体じゃ生きているので精一杯。脱獄なんてできる体じゃないんだから、これ以上はいらないだろう。……って、そう言う問題ではないんだよね。兵士のあの顔。蟻んこの巣に水を注ぐクソガキとおんなじような顔をしている。悪魔への軽蔑から痛めつけることを楽しんでいるわけだ。


なんでもいいけど、頼むからやめてくれ……!

どうする?あいつを止めるか?いったいどうやって?


良い考えは浮かばない。

そうしているうちに兵士は王様からある程度距離のある場所から剣を振りかぶって横たわっている王様を切りつけた。嫌にゆっくりとその光景が目に焼き付いた。

血しぶきが舞うさまが鮮明に頭に刻まれる。

うめき声一つ上げない王様の真っ赤な瞳が、兵士の腕越しに私を見つめているように感じた。静かな視線に射止められ心臓がドクンと鳴る。


くそったれ……っ!


気づけば体が動いていた。

全力で助走をつける。


ドーンっ!


私は剣を振りかぶった兵士の背中に思いっきり体当たりをした。

全体重をかけて自分も一緒に倒れこむつもりでやってやった。兵士の油断をついて火事場の馬鹿力を発揮できたという奇跡的な一撃だった。効果は絶大。

私はかなりひ弱なので力では到底かなわない相手だったけれど、兵士はそのまま前に倒れた。つまり、王様の方に倒れこんだ。



「王様!」



私が声をかけると、王様は鎖があっても動ける範囲に入り込んできたその兵士の首に横から噛みついた。

白い牙が光って見えた。

首を食いちぎるんじゃないか、というような勢いで兵士の首に噛みつき重力のままに引き下げて兵士の体を床にたたきつけた。もはや声になっていなかったが、兵士は必死でもがき叫んだ。


バカな兵士だ。

このお方は仮にも王様なんだぞ?テリトリーに入ってきてしまえばあんたくらい口だけで倒せるのだ。足や腕がなくても、鎖でつながれててもね。

でも正直に言うと、私もまさか本当に王様が兵士をやってしまうとは思わなかった。だって足も腕もないということは胴体の力だけで動かなくてはいけないということ。しかも何百年もの間、こんな生活をさせられていたのだから体が衰えて少しも動かなくたって不思議はない。だというのにこんなことをやってのけるのだから、改めて不死族という種族と人間の差を理解する。

無暗に近づかなくて良かった。間違って近づいたりしようもんなら私もああなっていただろう。


人が死ぬ様を見て不謹慎ではあると思うけど、胸のすく思いだった。

人間と同じ姿をし、同じような容量の脳をもつ生物を下等と罵り痛めつけた報いだ、と思った。王様は怨みのままにこいつを蹂躙する権利がある、とも思う。



「ぁ゛ぁッ────!」



兵士はそうのどを震わせたけれど、やがて暴れなくなり静かになってしまった。

死ぬまで一瞬だった。

噛みついた場所から血を吸い上げたのだろう。兵士の体の色がすっかり変わってしまっていた。

ぐったりした兵士の首から口を離した王様。

口の端から一筋の血が垂れる。一層輝きの増した赤い瞳。


…………そこでやっと気づいた。私、大ピーンチ!!


血を吸ったら王様が元気になってしまう。次の獲物になるのは私だ!



「なかなか機転が利くじゃないか。」



もうすっかりがらがら声ではなくなっていた。

つまり、声帯が正常に震えるように治癒したということだ。



「え、えへへ、お褒めにあずかり光栄ですこと。王様まさか元気になっちゃった?」


「おかげさまで、な。」



すると、無残に切り落とされていたはずの足が断面からずずずっと盛り上がって次の瞬間には完全に治ってしまった。足が……生えた……。衝撃的な光景に一瞬思考が停止、あごの力が抜けて口をポカーンとなった。

いや、茫然とみているバヤイじゃない!

まさかそのまま鎖も引きちぎりますか?腕も足も治ったんだもんね?鬱陶しい鎖は外してしまいますよね……?


ガキンッ!


王様は布でもちぎるかのように簡単に鎖を解いて見せた。

まじかよ……。



「どれほどの時間人間の血を口にしなかったのだろうな……?さすがにこの年月の渇きは人間一人分では癒えないみたいだ……。」



そのままぐらりと立ち上がった王様はぞろ長い髪の毛をかきあげた。

王様のお顔が露わになる。

薄暗い牢の中でもわかるくらいに青白い顔。

真っ赤な瞳は妖しい光を揺らめかせていた。


なかなかにイケメンでいらっしゃるなぁ。殿下もイケメンと言われていたけれど、あれはあくまで普通の域を出ない顔立ちだった。王様は凍えるような冷たい顔立ちが神秘的で、別格の美形である。……いやいや、そんなことを考えているバヤイではない!現実逃避するな!

ねぇ神様どうしよう。どうしたらいい?


王様はすたすたと私の方へ歩いてきた。

私は後ずさるけれど、背中はすぐに石造りの冷たい壁に当たった。逃げ場もないし、逃げ切ることもできない。赤い瞳が私を見据えている。

どんどん近づいてくる。

まずいまずいまずいまずい……



「待って!!!」



私は叫んだ。

王様は歩みを止めてくれた。

腕を伸ばせば届く距離に凶暴な捕食者がいる、という事実に心臓がぎゅっと縮む。ライオンと対面したらこんな気持ちになるのかな。サバンナに行かなくてもライオンの恐怖のようなものを体験できちゃったね。



「こ、こんな美少女の生き血をすすりたい気持ちはよくわかるとも!でも!ここからうまく脱出するには私の協力が不可欠!絶対今殺さない方がいいよ!?損するよ!?泣きを見るよ!?」



何言ってんの?私。



「そうなのか?」


「そう!だから私のことを殺すのはちょっと保留にしましょう!ね?」


「ほぉ~……」



王様は目を細めてほほ笑んだ。

なんて邪悪な笑みなの。まるで人殺し!人でなし!……いやその通りなんだけどさ。

心臓がバクバクしている。

こめかみに汗が伝ったのを感じた。



「私も今お前を食い殺そうとは思っていなかったんだが……?なんたって恩人だもんな?」


「えっ!それはありがたい……!じゃなくて……そ、それが本当だというなら、ぜひ私と契約を、しましょうよ。」


「契約を?それはどんな?」



どんなって言われてもね。

心臓はいまだにうるさく鳴っているけれど、頭は意外にも冷静なものだった。

第一条件は私に天寿を全うさせてくれること。そのためならできるだけのことはする。

とにかく身の安全を保障してほしい、というそれだけだ。


王様は完全に再生した体を触って確かめていた。

首をぐるりとまわして、また私を見据えた。

ごくっと唾をのむ。



「私はどうしても生きていたいの!私をどんな命の危機にもさらさないって約束してほしい!その代わり、王様のためになんでもします。脱出の手助けでしょ?それから血もあげる。外に出てからも人間の味方がいた方が都合がいいよ?いくらでもあなたのために働いてあげる!」


「面白い。今言ったこと、忘れるなよ?契約違反のペナルティはもちろん死ぬことだ。」



やべ、口から適当なこといっぱい言っちゃったよ……。

こいつのために()()()()()働く?そんな馬鹿な。私はこの人生でこそはダラダラと穏やかな毎日を生きるって決めてたのに……!もうちょっと緩い交換条件にすればよかった。なんでもするってのは言い過ぎたな?間違いなく失敗だったな?そりゃあ命を保証してくれるなら何でもしてあげたい、とは思うけど程度ってものがある。

面倒ごとの香りがプンプンするよ。

転生してからというもの面倒ごとばかりだよな……。

くそ!もういい!



「受けて立つ!」



なんだか涙が出そうな気分だった。



「では契約だ。」



王様は私の手を取った。

あまりに冷たい手にぞわっと鳥肌がたつ。急なボデータッチはやめてけれ!

パァっと白い光が私と王様の手から出てくる。

おぉ……すごい、これが魔術か!



「私はお前をいかなる命の危機にもさらさない。その代わりお前は一生私に従う。代償は命だ。」



光が圧縮されるように手の内に収まる。

王様は私の手を離した。

王様の冷たい手から解放された自分の手をじっと見つめた。手首には赤い線が入っている。これが契約の印なのかな?王様の手にも同じような赤線がある。


どうよ神様!私は一発逆転したぞ!

この契約がある限り私は生きていける!



「……じゃあ王様、そろそろ脱出しませんか。」


「あぁ、しかし魔力を使ったせいか力が足りん。さっそく血を飲ませろ。」


「えっ……」



まじ?早速?

王様さ、急に尿を飲ませろとか血を飲ませろとか言うよね。怖いんですけど。それが不死族スタンダードなの?急に体液を要求しちゃうの?

私があからさまに嫌そうな顔でためらっていると、王様は自身の手首を見せつけ指さした。自分の手首をじっと見つめる。私はこいつに一生従う……違反すれば、死。

つまり契約違反で死にたいのか?と問いかけているわけだ。

わかってますとも。私に拒否権はないんだよね?



「はぁ~……どうぞ。」



私は髪の毛を肩の片側にまとめて首をあらわにした。

痛いのはやだなぁ。痛いかな?嫌だ~!

ぎゅっと目をつぶって、体がそわそわするのを抑え込んだ。

王様は私の手をつかむと露わになった首に牙を立てて……噛みついた。

痛い……こともない。

あまりいたくないな。

すると頭がくらっとして、視界が揺れた。



「ストップストップ!待って!ちょ、いぎッ!いやぁ~!死ぬ!」



暴れて王様を振りほどく。



「おい、私に従うんじゃなかったのか?」


「いやまずいって!死んじゃうよ私が!も、もっとぉ!遠慮をして!」


「死なない程度には加減している。」


「嘘言うな!」



容赦なかったよね。

かなり吸ったよね?急激にめまいがきたもんね?



「もったいないな。」



王様は私を捕らえて、肩から首筋を舐めた。

あぁ、血が出てたのね?

意外と貧乏性……ってそうではなく!

冷たい舌の感触に体が震えた。胸の内から色々な感情が湧き上がってくるけど、とにかく、一生従者になる契約にはなったけど絶対に心だけはこいつに従わないようにしよう、と心に誓った。どんな要求をされてもとりあえず拒否することにしよう。私はあんたの道具でもお人形でもない。契約があるからってなんでも思うままだとは思わないことだ!



「もう満足ですかぁ?はやく脱出したいのですけど。」


「あぁ、行こう。」


「じゃあまずはその兵士の服を剥いで、着てください。それで、私を連れて地下牢から出るんです。どうでしょうかね。」



そうすれば殿下に頼まれて私を連れて行くとかなんとか言って、怪しまれずに出ていけるんじゃないかな?最初から全員殺してゴリ押し戦法で脱出するのは得策じゃない。血がないと力が出ない王様しか頼れる戦力が無い以上温存しなきゃね。()()()()



「いいんじゃないか?服を剥げ。」


「え、私が?」


「私にやらせるつもりか?」



真顔で私を見下ろし、そういった王様。思わず私は固まった。

正直言って死体の服を剥ぐなんて嫌だ。

まず死体にさわるって言うのが気分悪い。

死体がそこにあるっていう状況もなかなかに気分悪い。ましてや自分が殺人に関与しているしなぁ……。そりゃあこの人が死んだときにはざまぁと思ったけれど、でも死んでもなお辱めるっていうのは人としてどうだ?

なんたってわたくしは温室育ちのJKなもんですから、とにかくこういうことは無理。



「殿方の体に触れるのはちょっとレディとしてまずいっていうか……その、ね?」



すると王様はまた手首の赤い線を見せつけてきた。

拒否権はないぞってか。

また自分の手首をじっと見つめる。このほっそい線こそが、私の生命線。

やらなきゃ死ぬ、やらなきゃ死ぬ!



「……はい、やります。」



ひきつった笑顔を浮かべながらそう答え、私は死体に近寄った。

死体から服を剥ぐなんて本当は嫌なんだよ。なんだか魂がけがれるような気がするよ。

でも王様に逆らって死にたくないから仕方ない。仕方ないんだ。がんばれ私!


ぐいっと押して仰向けにする。

うわっ!目を見開いてる!怖っ!

見つめられながら服剥ぐのはつらいので、お目目を閉じさせてもらう。あんたはクズな兵士だったけれど、その歳で死んだのはドンマイだね。南無。

グロい死に方じゃなくて良かったな。もしぐちゃぐちゃなことになってたら卒倒してたよ。

これは人間じゃない。

介護体験用の人形だ。人形だから大丈夫……人形だから大丈夫……。

目を閉じさせることができたので、さっそくボタンをさささっと開けて服を脱がせた。ベルトをほどいてズボンも脱がせる。


手際の悪い私はしばらく時間がかかって服を剥ぎ終えた。



「これを着てどうぞ」



魂を汚してまで服を剥いでいる私を、つまらなさそうに眺めてるだけの王様に若干イラついた。

不満をこめて、服を手渡した。

王様は手渡された服を着始めた。

舞い上がっていたせいか気づかなかったけれど、そういえば王様はずっと裸だった。すっかり傷もなくなった王様の体は赤黒く汚れているけれど細い。細いおかげで寸足らずの服にもあまり違和感はない。ずっと閉じ込められていたせいなのかな?栄養状態が元に戻ればムキムキになったりしてね。そうなったら面白いのに。

裸を堂々とさらす王様。私はうっかり吸血鬼でも人間と同じ生殖方法なのかな?なんて考えてしまった。令嬢にあるまじき視点……というか着目点。変なとこ見てごめん。幸いにも王様は私の不躾な視線を気にしていないようだった。さすが王様!



「着たぞ。」


「あとはそのまるで人間には見えない髪の毛かな。」



ぞろ長い白銀の髪の毛。

しばって兵士のヘルメットのなかに押し込めれば良いかな?

自分のドレスの首元を飾っている緑色のリボンをほどく。このリボンを恵んで差し上げよう。



「これを使ってください。」


「は?私は自分で髪の毛をいじったことはないぞ?」


「これで縛ってまとめるだけだよ?」


「召使の仕事だろう?」



王様は手首の赤い契約の線を見せつけた。またしてもだ!



「はいはい、やりゃあいいんでしょ。ちょっとしゃがんでください。」



命の危険がないことを保証されていると王様への畏れというものが薄くなるよね。

この世界に魔術があってよかったよ。本当にね。


しゃがんだ王様の背後に回る。

ところどころ血で固まっている汚れた銀色の髪の毛。こうして五体満足な体に戻っても、痛々しいものだ。髪の毛をひとまとめにすると真っ白なうなじが露わになる。さすが美形、うなじが色っぽい。

王様の髪の毛を手櫛でといてポニーテールにしてあげた。ぐるぐる巻きにして床に落ちていた兵士のヘルメットみたいのをかぶせた。

人に世話をされることはあっても、他人を世話することはいままでなかなか無かったもんですからね。少々雑で手荒でも許してちょんまげ。



「これでいいんじゃないっすかね?もう行きます?」


「お前、それが従者の言葉遣いか?」


「申し訳のうござる。」



にっこり笑顔でそう言った。王様は冷たいまなざしをくれた。

そんな目で見たって無駄よ!

どんな失礼なことをしてもこいつは私を殺すことなんてできないのだ。無理して丁寧に扱ってやる必要もないというものだわ。契約上しかたなくこいつに従うことはあっても、こいつの従者になりきることはないのだ。

死体のそばに落ちている牢屋の鍵を拾う。

兵士の装備は全部王様が身にまとった。

意外と似合うよね、兵士姿。さすが元がイケメンなだけありますな。



「いいですか王様、無暗に戦っちゃだめです。応援を呼ばれて脱出できなくなりますからね。」


「いざという時にはお前を置いて逃げればよい。」


「はぁ!?私を命の危機にさらさないって契約でしょ!?」



私も手首の赤い線をびしびしと指さして見せつけた。

契約違反は死を意味する。ふふふ、どうせ私を守りながら一緒に逃げなきゃいけないのよ。つまりあんたに拒否権はないのだ。

やり返してやったぜ。

これで分かったか?こうして契約の証を見せつけられた時の自分が情けなくなる気持ちが!


でも王様は楽しそうにいやらしい笑みを浮かべるばかりだ。

なにゆえ!?私を馬鹿にするようなその態度!むかつく!

なんでこいつはこんなに余裕たっぷりなんだ?バカなのか?

それとも私にはなにか見落としがあるのだろうか。



「……あぁ、そうだったな。私も死にたくはないので契約は守るさ。行くぞ、ついて来い。」


「あ、はい」



王様はすたすたと歩きだす。

私も小走りで王様の後について歩いた。

牢をでると、牢に鍵をかった。


牢の中で過ごしたのはたった一日かそこらだろうけど、久々に新鮮な空気をすえた気がした。牢の中はむせ返るような血の匂いが充満しているのだ。よくあんな場所にいられたよ私。もう二度と戻りたくないね。



「お前はなぜ牢にいれられたのだ?」


「悪魔との密通を疑われたんですよ。ほら、これ。」



背中にあるらしい悪魔の印を見せてあげた。

とるのを忘れていたのだけれど、これはどうやら塗料で描かれたものらしい。水で洗わないと取れないだろう。風呂とまでは言わないから水浴びがしたいなぁ。



「はは、見事な偽物だ。」


「やっぱりわかります?ひどい冤罪ですよ。それでよくわからないんですけど、皇太子殿下の命を受けた兵士にここにいれられたんです。それがつまり、さっきの人だったんですけど……」


「わかった。その殿下とやらの命でお前を連れ出す、ということにすれば良いのだな?」



察しの良い王様。

もしかして不死族は頭も良いのかな。まぁ、これだけで断定できるもんではないけど、もしそうだとしたらマジで人間には勝ち目がないね。肉体でも魔術でも頭の良さでも勝てないなら、あとは何で勝負できるだろう。



「そうですね。それでいきましょう。」



そうして私たちは地下牢を上に戻る廊下を進んだ。

歩いて歩いて……階段を上って……


すぐに呼吸が乱れた。

王様ってば無駄に足が長いので、私とは歩幅が合わないのだ。ずんずん先に行ってしまう王様のあとを小走りで追っていたら、またしばらくで息が上がった。

思いやりって言葉を知っているのかな王様は。知らないんだろうね。だからひ弱な私にお構いなしにご自分のペースを守っていらっしゃるのだよね。嫌になっちゃうね、ホント。


しっかし本当にどうしてこんなに地下深くまで牢屋を作ってしまったんだろうね。行き来するのも面倒くさいじゃないか。利便性で考えてもっと小さく作ればよかったのにね。だいたい、どうしてこんなに広いんだ?このすべての牢が埋まるほどの罪人が入ることってあるのかな?

何百年も昔かつての大戦中にはこんなに広い地下牢を作らなくてはいけないほど、罪人がたくさんいたのかな。たとえば他種族とか……考えるだけでも恐ろしいね。

そう考えていると、通路の脇に連なる鉄格子の向こうにある赤黒い汚れが嫌に目につく。さっきまでは気付きもしなかったのに、よく見ればあちこち汚れているのだ。これって血、なのかな……。


いや!気にしないようにしよう。見ちゃダメ、見ちゃダメ!







しばらく地上に向けて歩いてゆくと、木製の扉にぶつかった。

ここからは各階層ごとに牢番がいる。

この王様の演技力がどれほどのものか知らないけれど、うまく切り抜けられればいいなぁ。


王様は臆することもなく木製の扉を開けた。

扉のすぐそこには椅子に座って牢番をしている男がいた。こちらに気づく。



「よぉ、遅かったんじゃねぇか?」



さすがあの兵士の仲間というだけあって、品性下劣な雰囲気があるな。

同僚として働いていると雰囲気まで似てしまうのかな。だとすると、牢番はみんな品性下劣なのかもしれない。牢番と仲良くしていたルーシーも品性下劣なところがあったしね。

すると、王様は私の腕を乱暴に引き寄せた。

痛い!いきなり何すんの!?



「こいつで遊んでたんだ。もちろん仕事はこなしたぜ?」


「おいおい、そんな楽しみを一人占めするとはどういうことだよ!」


「殿下の命を受けてこいつを連れてきたんだ。もう遊んでる暇はねぇよ。」



さすが王様、あの兵士が言いそうなことだ。

王様のローテンションなしゃべり方のままだけれど、なぜだかうまく牢番を騙せているみたいだ。きっと王様が魔術でだましているのだろう。

ここから脱出することに関しては、私が心配するまでもないみたいだね。さすがなんでもありの魔術。魔術さえあれば脱出も楽勝だ。



そして牢番の前を通り過ぎ、私たちは無事にその階層を脱出できた。

階層を上がるたびに牢番は配置されていたけれども、一度も疑われることなく済んだ。









…………そうして牢番をやりすごし、階段をのぼり、歩いて歩いてやっと地下牢を抜け出せた。

牢番の前を通るたびに緊張したけれど、うまく行って良かったよ。


地下牢の先は石造りの廊下。

地下牢とは打って変わって開放的な広々空間だ。高い天井、大きな窓。

窓から差し込む明かりはオレンジ色なので、今は夕方なのだろう。

太陽の光、地上の空気、どれもものすごく久しぶりのものに感じて思わず夕日を浴びながら深呼吸をした。

清浄な空気だ……。感動。



「王様、城を出た後の行き先は決めてあるんです?」


「まぁ伝手がない事もない。」


「人気のない裏門を案内することはできますが、門番への言い訳が思いつきません……。」



兵士の姿をした王様が、牢送りになったはずの令嬢を連れて城門から出ることに説明がつかない。普通なら私のことは馬車で護送するもんだろうしね。徒歩でしかも衛兵一人って突っ込みどころ満載な状態だもんね。そんなんで門を通してくれるとは思えない。



「言い訳などいらない。人気(ひとけ)がないのだろう?ならば始末すればいい。」


「さいですか……。こちらです。」



門番を亡き者にして突破するわけか。王様ならではの手段ですよね。

結局は人を殺すということなので気分がいいものではないけれど、その案に反対はしなかった。生きてここを脱出するには必要なことだし、共犯みたいなものだけど私が手を下すのではない。自分がやるんじゃないならいいのかってのはまた別の問題なので置いておくが今回の場合は不死族のこの方が手を下すのだ。王様が人を殺すのに反対する理由も権利も私にはない。どんな世界でも、強いものが弱い者を食らうのは仕方がない事なんじゃないかな。特に人でさえ食料になりうるような世界だもんね。殺人が正義に反する、という考えは通用しないのだ。それは地球で豚を殺すのは犯罪だって言うのと同じことだと思うから。


さて、そうと決まれば人の目がない今のうちに急いで出て行こう。

私は王様の手をつかんで引っ張って歩いた。

王様の手は冷たくて触るとゾッと背筋が震えた。



「この手はなんだ?」


「だって、王様が知らない間にいなくなってたら嫌なんです。私を裏切って一人で逃げそう……。」



それなら王様の前を歩かなきゃいいって話なんだけれど、案内となるとそうせざるをえないじゃない。

王様がいると思って案内してたら後ろには王様がいなくなってた、とか泣いちゃうわ。この人は一人でも脱出できるのだろうけど、私はそうではないからね。

たぶん、そんなことはしないだろうとわかってはいるけれどそれでも安心できないんだよね。


それにしても冷たいお手手。

やっぱり吸血鬼、というか不死族っていうのかな?彼らには体温がないの?そのうち教えてもらおう。


隠れて人がいなくなるのを見計らいどんどん進んだ。

リナリーはこれでも皇后になるべく指導を受けていた身なので皇宮内部のことはよくわかっている。地下牢やら裏門やらがあるのは皇宮の中でもまったくもってして華やかさのない裏方だ。使用人の中でも下級の者たちばかりでガチの裏方なのだ。

なのでお偉方もうろつく表側とは違って警備も手薄。下級使用人は仕事を終えるとすぐさま追い出されるので、常に人気のない場所だ。



「ここから出ます。」



野外に通じる通用口を薄くあけて外の様子を見た。

王様も身を乗り出して一緒になって外を見る。

巡回の兵などはいないようだ。ここからまっすぐ向こう側にはもう裏門が見えている。

門の内側には一人の衛兵。こいつは中から出ていく人を確認する役目。

門の向こうには外側を守る衛兵が少なくとも二人はいるはずだ。外からやってくる人への警戒の方が厳重なのだ。ぜんぶで三人になる。



「門を守っているのは三人くらいかな~と思いますけど、どうですか?あいつらを殺して突破したとしても、私あんまり足速くないので追っ手がかかったら逃げ切れません。」



正直言ってこいつにとって私は足手まといだろうが、それだとしても責任をもって私を連れて行ってもら

わなくてはならない。

そういうわけで援軍を呼ばれないように静かに門の衛兵を始末して私が逃げる時間を確保してね。



「あと一人分吸えば苦労なく突破できるが……」



王様はじっと私を見下ろした。

なんだよ。

さっきくれてやったろうが!



「血ならもうあげませんよ?」


「血も差し出せない使えない従者なんて捨てて行きたいものだが……まぁいい。」




非難の目を向けていると、王様は急に私を抱き寄せた。かと思うと、私のお腹に手をまわしひょいっと持ち上げたのだ。まるで人形でも抱っこするかのように軽々とね。

急に視点の高さが変わってびっくり。がっちりろっ骨を掴まれていてちょっとやそっとじゃ落下しなさそうだ。ちょっと痛いし、内臓が気持ち悪い。

しかしその細い体によくそんな力がありますわ。

まぁ細いとは言っても身長に見合った細さだ。私じゃ王様の肩にも満たないって言うくらい王様は背が高い。

これだけ体格が違うとこんな風に抱っこされたりできるのね?酔いそうだし居心地よくはないんだけどね。主に内臓への圧迫感とかが。


ちらっと斜め後ろを見上げると、王様と目が合った。

にこっと笑ってくれた。やだ不穏。

どんな笑顔であろうとも爽やかには見えないという王様マジックだ。存在感とオーラが邪悪すぎるんだよね。



「舌を噛むなよ。」



口を閉じて頷く。

扉を開けた王様は、私を抱いたまま走った。

瞬間移動ですか?っていう速さで、次の瞬間には門の木製の扉が目の前にあった。

王様はもう片方の手で兵士の顔を鷲掴みにしていた。



「ん゛ッ!ん゛ん゛ん゛~!!」



顔面を掴みあげられている兵士は狂ったように暴れる。

王様は兵士の首に噛みついた。

すぐに兵士はぐったりと動かなくなる。


やばい。

ものすごいスピードで物事が進みすぎて私の脳は処理しきれてない。

置いてけぼりの私。


どさっ!


王様は血を吸いつくすと兵士の死体をわきに投げ捨てた。

口元の血をぐいっと手の甲で拭う。

さて、ついに門を突破しますか?


王様が手をかけて押すと、重々しい門がすい~っと開いた。

血を飲んでますますパワーアップしちゃったのかな。この私じゃ動かすことさえできないような重たそうな扉をこんなに簡単に開けられるんだね。

やっぱり人間とは違うんだな。



「誰だっ!?」


「おい、お前いったいなにをッ……んぐっ!」



門の向こうには予想通り二人の衛兵がいた。

王様は一人をさっきと同じように顔面からつかみ上げた。

突然の王様の登場に驚いて声も出ないもう一人の兵士。彼を蹴り転がし……。


私は咄嗟の判断で顔を両手で覆った。

ふぅ~危ね!危うくスプラッタシーンみちゃうところだったよ。


私の勘違いでなければ、王様は蹴り転がしたもう一人の兵士を頭から踏みつぶした……。

両手がうまっている状況であの兵士を黙らせるにはそれが一番の方法だったのかもしれないけどさ……。あんまり心臓に悪いもん見せないでくれます?ショック死したらどうするん?契約違反よ?

そんな私の胸の内もしらないで、王様はつかみ上げている兵士の血を吸った。


今度はさっきとは違って状況がよく見えるので、冷静な脳みそがいろんな情報を集めてしまう。

さっきは一瞬で兵士が死んでしまったので私はなにもわからないまま感じないまま終わった。

しかし正常に感覚器官が働いている状態だと背中で密着している王様が血をゴッキュゴッキュ飲んでいるのを感じてしまうわけだ。思わず鳥肌が立つ。

あぁ~生々しい!最悪だよ。


そうだよねぇ、人を殺しているんだよね。

仕方がない事とは言え気分が悪くて当然だよ。

ねぇ神様、私が選んでいる道はどうでしょう。今のところ正しいんでしょうか。ちゃんと破滅から逃れられていますか?

血なまぐさいのは金輪際勘弁してほしいんだけど……この王様の従者になったからには永遠に無理か。そういや、王様に一生従う、という契約をしたけれど王様はこのさきもずっと私と連れて歩くつもりなのだろうか。そりゃあ、そこらへんで見捨てられたら困るんだけれども。


ドサッ!


王様は兵士の体を投げ捨てた。



「なんだ、顔を覆って。」


「だって……ね?」



指の隙間から王様を見上げる。

王様はなんだか楽しそうにしている。

久しぶりに食事なさったんですもんね。さっきので三人目。そりゃあ楽しいんでしょうよ。こっちは気分最悪だけどね。


王様はそのまま門から遠ざかるように街の方に向かって歩き出した。



「あれ、もう一人のほうは食べないんですか?」


「あんな汚くなったの食えるわけないだろう。それに死体から啜るのは好まん。」


「へぇ……。こだわりがおありなのね。」



もう死体のそばを離れたようなので顔を覆っていた両手をおろす。

うわ!私のドレスにまで血がべっとりだ。

王様は私をおろした。



「その服を脱げ。どうにも邪魔くさい。」


「は~い……」



私はドレスをがばっと脱いだ。

下着の薄手のワンピース一枚になる。本当は下着をさらすなんて恥ずかしいことなんだけど、体のラインが見えるわけでもないし透けているわけでもない。私からすれば恥ずかしいことはないのだ。

ドレスの中に隠していた品々を風呂敷にまとめて抱える。

風呂敷は天幕の一部を仕立て上げた。


王様はドレスを皇宮を囲むお堀に投げ捨てた。

名案ね。

まるで王様にやられた私がお堀に捨てられて死んだみたいに見える。私が死んだように見せかけられれば、お堀の捜索するだろうから私に追っ手がかかるまで時間稼ぎができる。王様にはすぐ追っ手がかかると思うけどね。


王様は私を抱き上げた。

今度は向かい合わせで、膝から掬うように抱かれた。片腕で縦抱きっていうのかな。なんだかお子様みたいだけれど、このほうが楽だ。主に内臓への負担的な意味で。

バランスが悪くて怖いので、王様の首に腕をまわしてしがみついた。正直、こんな奴を頼りに子供みたいに縋り付いている自分が情けないけど……でもね、自分で走るより安全だし早いでしょ?逆に考えるんだ。私が、私の安全のためにこいつを利用している。うん、そうだ。そう考えよう。なんにも恥ずかしい事なんてないね。



「ねぇ、伝手って言ってたけどそれってどんな?」


「今でも間違いなく健在の、私の知り合いだ。」


「そんな知り合いがいるの?それって同胞?」


「説明は後だ。城内が騒がしい。追っ手がかかる前にここを出るぞ。」



まじか。

私には何も聞こえやしないけど……。

脱獄がバレるには早いと思うんだけど……。

でもそりゃあこんな化け物を監禁していたんだから、脱走されたらわかるように警戒してるはずだよね。なんの安全策も講じないで身の内に化け物を飼っていたんだとしたらかなりバカだ。


王様は走り出した。

ひゅんっと景色が一瞬で通り過ぎていく。

新幹線より速いんじゃね?

一瞬しゃがんでためを作って王様は飛んだ。

飛び上がった瞬間たぶんGがかかるってこういうことなんだな、と思った。

たぶん建物の屋根に乗っかったのかな?そりゃあ人の歩く道を行くよりは直線距離になるから速いだろうけどさ。


景色が一瞬で流れていくので状況をつかみにくいけど、たぶん家々の屋根を飛び飛びに進んでいるのだろう。決して均一な高さではない建物の上を転々と行くから重力のままに落ちたり、重力に逆らって上がったり……

跳躍するたびに私の頬っぺたは上に下に垂れて持ちあがって大変なことになっているだろう。固定カメラで顔を撮影していたらかなり面白い画が撮れていると思う。

不死族はいつもこんな移動の仕方をしているのかな?私なんか頭がくらくらしているけど、王様は平然としている。



首がガクガクしてつらいので王様の肩口に顔をうずめた。

目を閉じていよう。

じっと待っていればそのうち、街から離れることができるだろう。そうすれば地に足がついた移動ができる……はず。地に足のついた行動、というけどその重要性をようやく理解できた。地に足をつけて生きていきたいものだ、と切に思うね。

王様の首元は血の匂いがした。おえっ。





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