⑨
異世界生活9日目、雨は深夜のうちに止んだようで、朝にはすっきりと晴れ渡っていた。いつも通り朝の6時半には出発し国境へ向かう。
雨で1日ずれ込んだから、国境までは多分7日前後だろう。7日もあれば何とかできそうな気がするけど、武闘家の霞が銃弾が見えていたと言ってたので、8日間訓練した霞よりも長い時間鍛えていた騎士達ももしかしたら見えるかも… そして防いでくるかもという思いが自分を安心させてくれない。
昨日手に入れたデザートイーグルなら鎧を撃ち抜けそうな威力があったけど、あいつらの着てる鎧がファンタジー素材で、俺の知識にある鉄より硬いかも… という疑念もある。何よりこの世界には魔法というものがあるのだ、実際に銃弾で撃ち抜かれた怪我が美鈴の魔法であっという間に治療できてしまっている、だからこそヤンキー君を撃つのに躊躇いは無かった訳だけど… まぁそれ以前にあれほどの馬鹿なら遠慮なく撃てるよね。なんせ自分から『撃ってみろ』って言ってたんだし、願いが叶って良かったねと言ってやりたい。
話が逸れたが、魔法の存在である。治癒魔法は見たけど… きっと他にも攻撃魔法とやらがあるはず、聖女の力で防御結界なるものが使えるようになったって言ってたけど、何をどこまで防げるのか不明だしな。そういえば、ユニフォーム姿の陸上ちゃん…あの子が確か魔法使いだったな、まぁ修練なんてやってないだろうから期待はできないし、だからと言って味方認定できないのに鍛えてやる義理もないし、手持ちのカードだけでやり繰りするしかないだろう。時間の許す限り修練して、切り札となるカードをどれだけ手に入れられるか…だな。
最悪…というか、美鈴には反動の小さな銃を持たせた方が良いのかな、さすがにこの8日間である程度の人となりは理解してるし、仲間として信頼は出来るようになっている…と思う。
「美鈴さ、護身用に小さな銃でも持ってみるか?」
「え? いいの? 持ちたいけど おじさんの切り札なんじゃないの?」
「普通に考えて 治癒魔法と結界が使える守りの要じゃない? 聖女って。攻め手が無いと防御一辺倒ってのは問題だなーと思ってね。俺と霞だけじゃ手が回らなくなるかもって事態も想定しないとな」
「ふーん、それってそれなりに信用してもらってるって事? だったらうれしいな。じゃあ今晩から私も射撃訓練だね」
美鈴がなんかニマニマしてる…ホント今時の若い子の考える事は難しいな。全然わからん…
「私も欲しいんだけど、いいかな?」
「霞も? なんか武闘家に銃ってちょっとイメージが湧かなかった」
「それは私もそうだけど、近接のみじゃ不便な時ってあると思うの。それにイメージのために自分の安全を蔑ろにするつもりはないわ」
「まぁその通りだな、 まぁ武闘家ってくらいだし 多少強めの銃を使っても大丈夫だろうしな」
「その懐にある銃はどんな感じ?」
「黒い方はM1911っていうやつで、シルバーの方はデザートイーグル こいつは威力もすごいけど反動もすごいね」
「デザートイーグルって聞いたことあるわね、最近、腕力とかすごい事になってると思うから反動とかは大丈夫だと思うわ」
「だろうね、女の子に言う言葉じゃないけど 俺が両手を使っても、腕相撲とか勝てそうにないもんな」
「そうね、さすがにそれは女子に言う事じゃないわね。間違ってないけどいい気分じゃないわ」
「んー 誇ってもいいと思うんだけど、そこは乙女心ってやつかい?」
「そうね、スルーしてくれるとありがたいわね」
「そうするよ、それじゃあ夜は射撃訓練だな」
「「はい!」」
SIDE:隣の馬車の普通ちゃん
「くそっくそっ! なんなんだアイツラはぁ。 おいっ こっちに来い!」
「ちょっと落ち着いてよぉ」
悪態をついてはいるが、体はガタガタと震えているヤンキー君、そして窘めながら隣に座るヤンキーちゃん。
「くそっ いい気になりやがって いつかぶっ殺してやる!」
保存食の入った袋を殴りつける。大雑把に7人で15日分入っていた保存食の袋にはもうほとんど食料は残っていない、切り詰めてもせいぜい2日分だ。ヤンキー君が1人でバクバク食べていたからなのでしょうがない。
髪を金髪に脱色したヤンキーの男女が寄り添って座っている、見ているだけなら仲良さそうなバカップルに見えそうだが、このヤンキー君はハーレムを所望し、態度は最悪で傲慢、だけど弱いという とってもどうしようもない男だった。ヤンキーちゃんはこの男のどこが良くて一緒に居るか、全く理解できない…と、2人から離れた場所に座っている私と陸上ちゃんは思っていた。
最初にハーレムと聞いて 馬鹿なの?って思ったけど、食べ物を確保したのはこの男だったし、もう一人のおじさんは頼りなさそうだったから、消去法でこっちについただけだ。決してハーレムに参加するためじゃない。
今じゃみんな汗臭いからしてないけど、 初日とかこの狭い馬車の中で性行為を強要された… ぶっちゃけ超キモかった。
今日、久しぶりに向こうの馬車の人達を見たけど、食事は無いはずなのにみんな元気だし、女性2人の髪の毛とかキラついてるし、なんで? どこか洗える場所があったの? もう8日もお風呂に入ってないから頭も痒いし髪の毛もベタついてる、女子としてこれは我慢できない…けど、どうしていいかわかんない
それに 黒髪ロングの真面目そうな子がヤンキー君を蹴り飛ばしてたし、なによりあのおじさん、鉄砲を持ってたし。ずるくない? なんでそんなに生き生きとしてるの? こっちはこっちで嫌々犯されてるってのに。
どうやらついて行く人を間違えたようね。隣に座っているユニフォームの子、レイコは魔法使いだと言ってたけど使えないのかな。まぁ私も斥侯って言われたけど、あんまり気配とか感じないし、みんなそうなのかな。 とりあえず隣にいるレイコに小声で話しかける。
「ねぇレイコ、今更だけど あのヤンキー達について行っても未来なくない? まずくない?」
「私もそう思ってたけど、どうする? 夜に馬車が止まったら隣に話に行ってみる?」
「そうね、食べ物ないはずなのに元気な理由とか、なんか清潔そうな身なりとか 気になる事ばかりだったもんね」
「問題は… 昨日の乱闘騒ぎで私達も含めて敵認定されてるっぽいのよね、あの馬鹿ヤンキーのせいで」
「どうにかなるでしょ、なんなら私があのおじさんを誘惑してもいいし 世の中のおじさんは女子高生大好きだからいけるよ」
「そうかな でもこっちにいるよりいいよね」
「うんうん、それじゃー今晩、馬車が止まったら行ってみよう」
「うん!」
「あの鎧ってファンタジー素材なのかな」
「何? 急に」
俺の独り言に反応したのは、隣にいた美鈴だった。
「ああ いや、この世界は魔法もあるし職業スキルみたいのもあるわけでしょ? ラノベとかで良くあるミスリルの鎧とかだったりするのかなーって」
「ああー 確かに未熟とはいえ転移者を殺そうって言うくらいだから、それなりに強い騎士とかで 高級鎧を着ている可能性はあるよね」
「だろ? 果たしてそんな鎧に銃弾が通るのかなーと思ってさ」
奥で話を聞いていた霞も混ざってくる。
「おじさんのマイホームで銃を用意できるんだから、催涙弾とかの類もあるんじゃないの? スタングレネードとか」
「お? そういうの詳しいの? 俺にはさっぱりなんだよ」
「詳しいって程じゃないけど、兄が自衛隊員でそういうの好きな人だったのよ。その影響で少しね」
「うーむ、今晩ちょっと調べてみるかね」
9日目も間もなく日が暮れようとしていた。
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