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誤字報告いつもありがとうございます。
「おじさん、なんかいい仕事あった?」
「ん? 護衛依頼ばっかりだな。片道3~4日から10日ってのまであるぞ、何か受けたいのか?」
「無理、自分達だけならともかく、他に知らない人がいる中での泊まり込みは貞操の危機だね」
「まぁ女性には向かない依頼なんだろうな。当然水浴びもろくに出来ないだろうしな」
美鈴の意見も尤もだ。野営のたびにいちいち警戒していたら休む暇すらないだろうし、それで疲弊したところで襲撃なんて事になったら… あー怖い怖い。
「でも見て、結構女性冒険者がいるんだよね。顔の造りが違うせいか、みんな美人に見えるよ? おじさん的にはどんなのが好み?」
「どんなのってか… たとえ見た目が良くたって、中身が伴わなければなぁ。俺くらいのおっさんにとっては見た目よりも中身が大事だからな、見るだけならともかく」
「ふーん、学校にいた同級生連中に言わせれば、見た目を一番重要視するって男ばっかりだったから… なんか新鮮だね。見た目の部分にも順位があって、1位が顔で2位が胸の大きさ、これは僅差らしいよ?」
「若いうちはそんなもんじゃないのか? 女子だって男を見るときは同様の見方をするだろ? 顔と身長と年収だっけか?」
「私の年では年収はもっと下の方かな、そもそも学生で稼いでいる方が珍しいからね」
今となっては日本での事など無意味な事なんだろうが、何の気無しにそんな会話が不意に出てくる。やはり日本へ帰還したいがもしかして帰れないかも… そんな事実がホームシックな気分にさせているんだろうな。美鈴も霞もそういった事は口にしてこなかったけど、心の奥底にはやりきれない気持ちもあるんだろうな。
そんな会話をしつつも依頼表を眺めていく。
おっ、ビリーカーンの町までの護衛依頼があるな。なになに? 定員4名で稼働日数が3日。報酬は1人当たり小金貨5枚で食事は朝晩の2食、パンとスープを支給か…
3日で小金貨5枚ならいい方か? 実際に通って来た道だが、見通しが良いので盗賊やなんかがいたとしても奇襲はまず受けないだろう。しかし4人だとそれでも襲われそうな気もするが、王都近辺だと治安は良いのかもしれないな。
俺達が盗賊に遭遇したのはハワード伯爵領の領都ギースよりまだまだ東の方だったからな… あれ以降盗賊も見ていないし、形だけなのかもしれないな。
「おじさん、話を聞いてきたわ。あっちにあるテーブルで話をしましょう」
霞が戻ってきた。良い鍛冶屋の情報があればいいんだけどな…
3人で場所を移動し、飲食は出来ないみたいだが、打ち合わせくらいならできそうなスペースに陣取り座り込んだ。
「まず最初に、私達のパーティ名を申請してきたわ。ギルド証に書き込みがあるからカウンターに行って書いてもらう事。
2つ目、私達『雪月花』の3人にランクアップの試験を受けてほしいそうよ。そして最後、工業区域にある鍛冶屋への紹介状を今書いてもらっているわ」
「そうか、パーティ名の書き込みはともかく… ランクアップはしない方が良いと思うんだが、どうする?」
「ギルド規約を読む限りではメリットの方が大きいと思うけれど、それでも強制依頼というのがネックよね」
「そうだね、指名依頼も内容によっては困るかもしれないしね」
「じゃあランクアップはお断りの方向でいいな? 俺も正直言ってDランクで十分だと思ってるから」
緊急小会議を終え、ギルド証にパーティ名を記入してもらうためにカウンターへと移動した。カウンターに使われている台は木造で、日本で良く見るような塗装などはなされて無い。なので、所々傷がついてたり抉れてたりするのはご愛嬌という事なのだろう。
「それでは、パーティ名『セツゲッカ』登録完了です。ランクアップについては…?」
「ああ、他にも色々とやらなければいけない事があってね、今回はやらないという事で頼むよ」
「承知しました…が、ビリーカーンのダンジョン攻略の最先端である皆様が、いつまでもDランクだというのはこちらとしても問題なので、できれば急いで試験を受けてもらいたいのですが… 用事があるというのでは仕方がないですね。時間が取れ次第お願いします」
「了解した」
「後はこちら、ギルドが懇意にしている鍛冶屋です、職人の腕についても保証しますので是非ご利用ください」
紹介状をもらってようやくギルドでの用事が終わった。
「それにしても、ダンジョン攻略の最先端って… そういった情報は行き渡っていたんだね」
「そうみたいだな、俺達がダンジョンに潜っている間に連絡したんだろう」
「鍛冶屋もギルドのお墨付きがあるようだし、今度こそ期待が出来そうね」
鍛冶関係は騒音問題と火を扱う仕事のため、町の外れに専用の地区が設けられているらしい。ギルドからも結構歩かないといけないが、そこは大した問題ではないな。
「ところで… 王都に滞在中はどうする? この町で宿をとるか、どこかに隠れるようにしてマイホームに入るか」
「出来ればマイホームの方が良いわね。装備品にどれだけお金がかかるか分からないし、治安の問題もあるし」
「まぁそうだな、いくら王都とはいえ、安心して熟睡できるかって言われると… 俺は無理だな」
「まぁこれから工業地区に行くんだし、その辺の様子も見てみようよ。ドア1枚分のスペースがあればマイホームに入れるんだし」
「それでいいと思うわ」
逃げ出した当初は、異世界の宿と料理に興味を示していた2人だが、ダンジョン攻略する過程で身に付いた危機管理能力が警鐘を鳴らしているんだろう。
王都に入ってからは俺でも気づくような悪意をあちこちで感じるのだ… やはり都会となれば、悪い奴も集まっているのかもしれないな… 日本でいえば東京のように。
そんな町で安易に熟睡しようものなら… あっという間に身ぐるみ剥がされて刺されそうだしな。偏見が多分に含まれているのは承知だが、マイホームのように完全に外敵から隠れてしまう住処があれば、そう思うのは仕方がない事だ。
ギルドから出て1時間ほど歩いていると、ようやく工業区域に入る事が出来た。意外に広いもんだと素直に驚いたが、これだけ距離を置かないと、うるさくて住めないんだろうな。
「あ、あそこがそうみたいね。ギルドのマークが付いているわ」
「よし、それじゃあいっちょ、交渉といくかね。皆はもう依頼する物は決めてあるんだろ?」
「大体決まってるよ、後は値段次第だけど… 足りるようなら大型のハンマーを」
「まだ言ってるのか… まぁいいけど、後悔しないようにな?」
こうしてギルドお勧めの鍛冶屋に入っていくのだった。