⑦
異世界転移2日目、天気は曇りでちょっと涼しい感じだな。馬車に揺られて尻を痛めながら魔力を循環させたりして魔力の使い方を体に覚えさせる。他の2人もやっているようだ。そこでピンときた。
「今更なんだけどさ、座布団かなんかを作れば良かったんじゃない?」
「「あっ」」
どうやら2人も尻が痛いらしい。
「おじさん? そういう事は早く言ってくれないと…」
ジト目で見つめてくる美鈴に、無言でうんうんと頷く霞。
「しゃーない、今からパパっと作ってくるか。 ちょっと待っててね」
「「はーい」」
マイホームベースに入り、衣服を制作する装置の前に座りリストを開く。あったあった、厚めのスポンジを使ったクッション、これを3個っと。この程度の物ならすぐできるのね、これでお尻も少しは平和になるだろう。
マイホームベースから出てきて、40センチの正方形で厚さが8センチ程のクッションを2人に渡す。
「うん、これなら安心して座れそう」
「そうね、魔力の訓練にも集中できそうだわ」
どうやら喜んでもらえたようだ。
クッションのおかげでかなり快適になった馬車の旅、まもなく2日目が終わろうとしている。時計を見ながら工程を見ていたら、大体6時くらいに出発し、10時くらいに休憩があった、多分馬を休ませたんだろう。昼食は取らないで14時頃にまた休憩、そして空が薄暗くなってくる17時頃に野営を始める。その間、一度も町には立ち寄ってはいない。まぁ町中で脱走されたら面倒だし、召喚者を護送しているなんて知られるのもまずいんだろうな。
暗くなった馬車の中でスマホの明かりだけを頼りに3人揃って集まる。
「外では兵達が食事してるんだろうね、ガヤガヤとうるさい」
機嫌悪そうに美鈴がぼやく。
「外の様子が落ち着くまでは動かない方がいいかもしれないわね、早く訓練したいけど」
霞も機嫌は良くないらしい。
「まぁまぁ、向こうの馬車の連中に比べれば 少し気持ちが楽になるぞ。尻を抑えてぐったりしてるアイツラを想像するといいよ」
「いやー ハーレムヤンキーの顔なんか思い出したくないね。霞さん、アイツがなんか絡んできたら顔面蹴り飛ばしてやってね」
「正直言って 靴の上からでも触りたくないんだけど。 まぁ絡んできたら蹴っておくわね」
ふむ、この2人 なにやら仲良くなってる気がするね。 言ってる事は過激だけど。
「おじさん、今日は替えの下着と靴を作ってほしいんだけどいいかな?」
「私もお願いするわ、贅沢を言わせてもらえれば部屋着も欲しいことろね」
「あーそうかも、今着てるこの服は毎日洗濯して着回してもいいけど、休む時はジャージかなんかがあればいいかな」
知り合って2日しか経っていないというのにグイグイ来るね、若い子は…
「まぁ確かに靴と部屋着は必要だな。 下着もまぁいいだろう、2セットまでな」
18時半になり、どうやら夕食が終わったようで 外に感じる気配が散っていったようだ。
「そろそろ行くか、腹も減ったしな」
「「了解!」」
トイレの扉を消して、マイホームへの扉を出し中に入る。話し合いの結果、今日の夕食は霞が作ることになり、一緒に厨房へ行って、食材の保管場所を教える。
「じゃあよろしくね」
「ええ、任せてちょうだい。でもその前に汗だけ流してくるわ」
「ああそうだな、それで頼むよ」
女性陣がシャワー室に入っていったので、俺は浴室に入る。変にかち合わせをしてラッキースケベが起きないようにだ。なぜかどんなに悪くなくても男のせいになるから不思議だよな。
そんな生活を続けて1週間が過ぎた
同じようなサイクルで行動し、幌馬車の中から出てこない俺達はずっとスルーされ続け、ある意味快適に過ごしていた。毎日休まず訓練したおかげか、俺も美鈴もかなり身体能力を上げることが出来た。ただ霞はというと… もうすでに手に負えないくらい強くなってしまってた。
元々真面目な性格で、やりだしたら根を詰めるタイプらしく、俺と美鈴の2人がかりでも幼児をあやしてるかのようにやり込められる。
「霞さん 恐ろしい子!」
「あー 怖い怖い」
「ちょっと! そういうの地味に傷つくから止めてよね」
美鈴も毎日の地味な魔力操作の訓練と、肉体的なトレーニングの効果なのか 聖女としてのレベルが上がっており、複数の魔法を覚えていた。自己申告の内容では、回復系ヒール、ハイヒール。防御系神聖結界Lv1。補助系クリーン、キュア。現状これだけの魔法を使えるようになったらしい。他にも切り札を隠してるかもしれないが… うん、俺は疑り深いからね。
俺もマイホームベースのレベルが上がったみたいで、作れる服が少し増えて、厨房の食糧庫の内容も増えた。なんと甘味とアイスが増えたのだ!
でも、何をしたからレベルが上がったのか正確な所はわからない。自分のステータスにはレベルだとか、STRだのAGIだのという項目は無いため成長度を目視することは出来ないのだ。
ただまぁ… いちごショートケーキとか、ソフトクリームとかは女性陣が大喜びで、毎食後にデザートと称して食べている。
俺も甘い物は好きなので歓迎している。しかし このスキルを持ったまま日本に帰りたいねぇ、お金いらんだろこれ。とはいえ、あまり妄想が過ぎるとホームシックに拍車がかかるので、考えるのは止めよう。帰れない可能性の方が大きいからね。
今日も特に変化もなく、22時に消灯。早寝にも慣れてきた…
異世界生活8日目、朝から小雨が降っていたのだが、10時くらいになってから雨が本降りになった。そのため、大きな木の下で雨宿りを開始した。いつもは馬車3台が縦に並び、他の馬車との接触は全くなかったんだけど、今回は限られた木の下のスペースでの雨宿りの為、横並びで止まる事になった。
「結構降ってるな、こりゃ今日は動けなさそうだな」
「決戦の日が1日延びた訳だね。あの兵隊達も運が良いね」
「全くだ、霞にボコられる日が1日ズレたからな」
「あのね、私はそんなにバイオレンスな性格はしてないわよ!ただ、向かってくるなら相手をするけど」
俺と美鈴の軽口に、真面目に返答する霞。やっぱり委員長って感じだな。
そんな時、突然後部の幌がシャッっと開いた
「よーう、なんだ まだ元気そうだな。腹空かして泣いてんじゃねーかと期待してたんだがよ」
ヤンキー君が突然顔を出してふざけた事を言ってきた。 その後ろにはヤンキーちゃんもいる
「くっさ!そんな汚いなりで近寄らないでくれる?気持ち悪い」
速攻で毒を吐き出す美鈴、まぁ同感だ。1週間風呂にも入ってないだろうヤンキー君からは異臭がしていた。
「全くもってお呼びじゃないから消え失せてくれる? マジ臭い」
俺も便乗して毒攻撃!
「ぁあ?ナメてんじゃねーぞオラァ!」
ヤンキー君がキレたようで、馬車に手をかけて入ってこようとするが… 俺のすぐ横から足が伸びてきた。その足を顔面に喰らい後方に転がっていく。
「病気でもばらまかれたら困るから入ってこないで」
蹴りを入れた霞も、ものすごく嫌そうな顔をしてた。ヤンキー君が転がってる間にマイホームの扉を開け、UZIを取り出し 俺も馬車を降りた。