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結局誰が話すかは置いといて、伯爵邸に着いてしまった。
「よく来たな、待っていたぞ。まずは先日言っていた異世界の物をみせてもらおうか」
「では、これを」
俺は用意してたMP3プレイヤーを出し、伯爵が見てる前で小型スピーカーを接続して再生ボタンを押した。
MP3には霞のスマホに入っていたワーグナーの曲が入っている、そして部屋に音楽が流れ出した。
「ほぅ?これは…」
日本人であれば、きっとどこかで聞いた事があるだろう有名な曲が聞こえてくると、伯爵の目は音が出ているスピーカー部分に釘付けとなっていた
「これは娯楽のための物ですね、音楽は心を豊かにすると言われていますから」
「ふむ、なんとも複雑な音色だ。しかもこんな小さな箱から音が出ているとは信じられん」
「異世界の物である…と、認めていただけるでしょうか?」
「うむ、確かにこのような物は見た事も聞いた事も無い。王都の連中も認めざるを得んだろう」
「では、それをお納めします。ただ注意点として、音を出すために使われている力、私達の世界では『電気』というものがあるんですが、その力を消費して音を出しています。当然使い続ければ消耗して音が出なくなります」
「それを回避するにはどうすればいいのだ?」
「『電気』の力を込めた『電池』という物を定期的に交換する事で回避できます。しかし、非常に精密な作りになっていますので、落としたり衝撃を与えたりすると物理的に壊れてしまいますのでご注意ください」
「その『でんち』というのは入手可能か?」
「残念ながら、今あるものが最後です」
「そうなのか、これであれば我が家にも一つ欲しいものだったが…」
伯爵は角度を変えながらスピーカーを見つめている、本体であるはずのMP3プレイヤーには目もくれない。小さいからな…
それに使っている電池はマイホーム謹製の為、多分地球に存在している電池よりも長持ちするだろう。
「もしどこかに運ぶ必要がある場合は、たくさんの柔らかい布などで丸める事をお勧めします」
「そうか、承知した」
試聴が終わったので、持ってくるときに入れてきた小さな箱にタオルでぐるぐる巻きにしてしまい込んだ。
「まずはお茶にでもしようか、今用意をさせる」
伯爵はそう言うと、待機していたメイドに合図を出して準備を始めさせた。恐らく本題であろう話が始まるんだな? 面倒な事を言ってこなければいいけどなぁ。
「さて、こちらが聞きたい事は単純な事だ。お前達は我が国にとって敵対する気があるのかという事だが、あるのであれば、なぜ敵対しているのかを聞きたい。無いのであれば今後の活動指針などを聞きたい所だな」
「ちょっといいですか?」
俺が返答しようと思ったら美鈴が割り込んできた、昨日言ってたアレかな?
「昨日もそうだったんですけど、そちらの執事さんが何か魔法を使っていますよね?一体何の魔法を使っているのですか?」
ストレートにズバっと聞きに行ったな、豪速球ど真ん中な質問だ… 俺だったらもう少し回りくどく聞くところだけど、こういった所美鈴は強気なんだよな。
おや? 執事がびっくりした顔をしてる。気付かれたことに驚いてるのか?
「いえ、私は魔法など使っておりません」
「そうですか? 私には魔力の流れが見えるんですけど、とぼけるつもりならそれで結構です。信用度は地に落ちましたけどね」
美鈴はそう言うと俺に耳打ちしてきた
「あれだけ動揺した顔見せといて、ごまかせると思ってるのかね…」
「ああ、驚愕って顔してたな」
伯爵もなんか難しい事を考えてる顔をしてるな、まぁさすがにこういった場で執事が独断で何かするわけないもんな
「敵対するか?でしたか、こちらの返答としては『何もしてこなければ何も起きない』という事です。こちらが何かした時は、すでに何かされた…と考えて下されば」
「なんの魔法を使っていたかまでは判断つかないけど、すでに伯爵家が敵対行為をした…と、判断しようか考えている感じですね」
美鈴も口を出してくる、俺のメンタルを心配してるのだろうか… 霞はすぐに動けるよう待機してる感じだな。
「待て待て、我が家には敵対する意思など無い。グロウが使っていたのは相手の心の動きを見て真偽を判断する魔法だ」
「おや? 先ほどあの執事さんは魔法など使っていないと言ってましたが?」
「それとも伯爵家では、相手に申告も無しで魔法を放つ事は普通の事で、いちいち断る必要はないという事ですか?」
霞がスっと立ち上がり、伯爵を見下ろす。
「それじゃあ私も申告無しで魔法を使っても問題ありませんよね?」
霞が懐からデザートイーグルを取り出す、それを魔法だというつもりなのか? まぁ突き詰めた科学は魔法と変わらないとかどこかで聞いた事はあるけど。
「待ってくれ、確かにその件についてはこちらが悪かったと認めよう。着席してくれ」
霞は特に反論もせず、銃をホルスターに戻してソファーに座る。
「全く…普通は魔法を使った事に気付く奴なんてそうそういないんだぞ? お前達が間違いなく異世界人であることはこれで証明されたと言ってもいいだろう」
額に汗を浮かべてお茶を飲む伯爵に尋ねてみる
「それで、どうされるのです?」
「どう…とは?」
「俺達と敵対するのかどうか、ですけど? 先ほど言いましたが、先にこちらに魔法を使ったのは伯爵家ですが? という意味で」
「それについては謝罪をさせてもらおう。言い訳をするのであれば、我が国に害する者かどうか見極めたかった…という理由だったんだがな」
ふむ、この伯爵は俺が持っている貴族のイメージとはずいぶん異なるな。俺の中での貴族のイメージは悪代官そのものだったからな、修正が必要か、それともこの伯爵が良い意味でまともなのか…
「そうですか? では、今回はそう言う事にしましょうか。いいか?」
美鈴と霞にも確認を取ってみる、2人共頷いているので話を進めるとするか。
「それと、今後の活動指針でしたか? それはこの世界の常識を含めて情報収集と、アニスト王国の立ち位置の確認、勇者一行の動向、そんな所ですかね」
「ほぅ、それはアニスト王国とは敵対していると判断するが?」
「それはあれだけの事をやられれば、敵対しない方がおかしいですよ。ただ、なるべくなら同郷の者との戦いは回避したいと思っているだけで」
「え? 私は勇者を殴り倒す気でいるけれど?」
「そんな獰猛な顔を見せんなよ、怖いから」
真面目系美人の霞がニヤっと不敵に笑うとマジで怖いです。