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異世界生活35日目
霞の強さを受けて、俺達は車の存在を隠す事をしなくなっていた。馬がいないのに高速で移動するジ○ニーを見た商人らしき者らが、「これはなんだ」「どうやって動いている」「ヨコセ」などと頻繁に声をかけてくるようになった。スルー案件だけど
しかし、狭い軽四駆であっても3人だとゆとりが出てきたので、移動中後部座席でぐったりしていた美鈴の機嫌がとても良くなった
この国の王都に近づいてきてるからか、段々と人の通りが多くなり、過ぎゆく人の身なりも良くなってきてる気がする。
「あら?あれは魔物に襲われてるみたいね」
前方を走っている馬車が、おそらくゴブリンであろう魔物に追われているのが見えた。どうやら戦わずに逃げる作戦を取るようで、左右に蛇行しながらゴブリンを引き離そうとしている。
「逃げるみたいだな、こっちも速度を落として様子見するか、獲物を変更してこっちに来るかもしれないしな」
「えー?これって王道パターンかもしれないよ?あの馬車にはやんごとない身分の令嬢が…」
「いやいや、小説の読みすぎだってそれ。ネタ的に考えるのなら、あの馬車から降りてきたのは脂ぎったおじ様で、お前たち2人が見初められて…って感じじゃないか?」
「それは嫌だ!」
アホな事を言いながら距離を取って追走していたら、先行している馬車の車軸が折れたのが見えた。速度を出していたため、その衝撃で馬車は横転してしまったようだ。そして追いついたゴブリンは最初に馬を攻撃したのだった
「おじさん!さすがにこれは見捨てられないわ。私が出るから急いで近くに!」
「あ、ああ わかった」
どうにも面倒事に思えるが、霞はこういうのは見捨てられない性分らしく救う事を選択。俺1人なら黙って逃げてる場面だけど霞が出るなら問題は無いだろう。ゴブリンがせいぜい15匹ってところだしな。
俺だけなら遠距離からひたすら撃つしかできないから、接近されてしまうと危険な事この上ない。
急いで接近しようとするも、馬を仕留めたゴブリン達は馬車本体を攻撃しだし、どんどん馬車が壊れていくのが見えた。
「美鈴、馬車に当てないように離れているゴブリンを撃って!」
「了解!」
霞の声に美鈴が窓から体を出し、銃を構えて照準をつける。移動中であり道も跳ねるので難易度はものすごい高いだろう。
パシュッ!パシュパシュッ!
消音器を付けたM1911から弾丸が撃ち出される。当然弾の行方など俺の目に見える訳がないが、霞には見えているようだ。この子怖い
美鈴の撃った3発の内、1発が見事命中した。1匹のゴブリンが突然倒れたのを見た他のゴブリンは動きが止まり、周囲を見渡すような動きを見せ、どうやら俺達の存在に気づいたようだ
「出るわ!援護はいらないけど逃げようとするゴブリンが居たらお願い!」
霞がドアを開けて外に飛び出し、ゴブリンに向かって駆けていく。
「私も出るよ、馬車の中にいる人は多分怪我してるだろうから」
「そうだな、霞は大丈夫だろうから美鈴には俺が援護するよ」
「よろしくー」
霞に続いて美鈴も外に飛び出し走っていく。俺は美鈴の後ろを走らせながら窓を開けてデザートイーグルを持ち、窓の外に手を出す。
しかしそんな心配も何のその、美鈴が馬車に近づく前にゴブリンの制圧は終わってしまっていた。霞はポケットから使い捨てのゴム手袋を出して装備、ゴブリンの死体を街道の外に運び出す作業を始めた。ダンジョンの魔物はダンジョンに吸収されるらしいが、外で発生する魔物はそんな事は無く、放っておくと腐り、悪臭が発生する。そして体内にある魔石は自分で解体して取り出さなければいけないのだ。
俺も車を降りて馬車に近づこうとする美鈴を一度止め、護衛役に霞をつけて行ってもらった。俺はゴブリンの片付けだ、さすがに女の子にやらせる仕事じゃないよな。
「ゴブリンは討伐したよ、怪我人がいるなら私が治療できるけどどうする?」
美鈴が声をかけると横倒しになっていた馬車の扉が上に向かって開き、中から渋い感じの執事服を着たおじ様が出てきた。
「どうやら世話になったようだ、感謝する。怪我人はいないので心配はいらない」
「そう、それならいいけど。ゴブリンの魔石はもらっていくね」
「ああ、倒したのは貴女達だ、好きにしてもらって構わない」
どうやらあまり関わって欲しくないオーラを発しているようで、それを察した美鈴と霞はすぐにその場から動き、俺の手伝いをしに来た
「関わって欲しくなさそうだから離れてきた」
「そんな感じだな、本当にやんごとなき身分の人が乗ってそうだな、普通の馬車に見えるけど」
「偽装しているのかもね、まぁ急いで魔石を取ってここを離れた方が良いよね」
「そうだな、屋外である以上匂いに釣られて他の魔物も来そうだしな」
3人で手分けして魔石を取り出し、まとめたゴブリンの死体にガソリンをかけて火をつけた。さすがにこのまま放置は気が引けたからな…ここが街道沿いじゃなかったら放置案件なんだが。
「さて、執事のおじ様がガン見してるし、さっさと行こうか」
「そうだね、一応感謝の言葉は受け取ったし、特にお礼目当てでもないしね」
ゴブリンが燃え尽きるのを待っているのも時間がかかるし、周囲に燃え移りそうな物も見当たらないので離れる事にした。3人はジ○ニーに乗り込み動き出し、横転している馬車の横を通り抜けようとした。
「ちょっと待ってくれないか」
執事が声をかけてきたので車を停め、窓から顔を出して聞いてみる
「ん?何かあるのか? ああ、馬車を起こしたいっていうんなら手伝うくらいはできるけど」
「それは一体なんだ?どうやって動いている?」
「残念ながらそれは教えられない。教えたとしても決して理屈を理解できないし、同じ物を作る事も出来ないだろうから時間の無駄だと思うぞ?」
「なぜ教えられない?」
「そりゃぁ俺の故郷の先人たちが長い時間をかけて開発した物だからだよ。それに、さっきも言ったけど真似することは出来ないぞ?技術的な問題で」
「うーむ…」
「話はそれだけか?それじゃあ俺達は失礼させてもらうよ」