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「そんな訳で、本日をもって抜けさせてもらうよ」
朝食を済ませ、もう一度ダンジョンで戦闘経験をという話になり 町を出て歩いている最中にカオリがそんなことを言ってきた。
「そうか?まぁ2人で決めた事なら俺はとやかくは言わないけど」
「これからは自分で決めて動く事にしたのよ」
「うん、いいんじゃないか? それじゃあアレだな、俺はダンジョンに行かないで餞別でも作っておくよ」
「餞別?」
「ああ、いくら浄化の魔法があるとはいえ もう1着くらい着替えはあった方が良いだろうし、ちょっとした生活用具もあった方が良いだろ」
「うん、まぁそうだけど」
突然決めたからか、あまり計画性が感じられないな。大丈夫か?これ… とはいえ、独立して自活するというなら大賛成だ。場所を取らない保存食も少しだけサービスしておくか、どうせその辺考えてなさそうだしな。
「同じ日本人として忠告しておくわ、ここは日本じゃない事を十分に考えて。信用すればすぐに騙され、背を預ければ簡単に裏切られるって言う事を肝に銘じておくのよ。武器を見せてと言われて貸してみれば、持って逃げられたりするって事も考えないと、この世界は命の値段がすごく安いのだから」
「わかっているわ、十分に経験を積んで安心できるまでは2人きりでやっていこうと思ってるし」
霞も忠告をしているようだ、まぁここまでの経験から考えれば当然の事だが この2人は色々と人生舐めてる感じがするからなぁ。
「まぁアレだ、今日の夕方5時にここで待ち合わせにしよう。それまでに餞別は用意しておく、多少遅れるくらいなら待つけど、6時過ぎたら待たないからな」
「わかったわ、5時ね。 それじゃあ私達はダンジョンに行ってくるわ」
そう言ってカオリとレイコはダンジョンへと入っていった。
「私達はどうする?おじさんが入らないんだったら昨日と同じパターンでいく?」
「そうね、美鈴が持ってる銃を使うのは正直好ましくないと思ってるわ。私達がもう少し魔物や人に対してあしらえる様になるまでは」
「確かにね、じゃあ霞が倒した魔物の魔石回収は任せて」
「お願いするわ、それじゃあ私達もダンジョンに入ってくるわ。 5時前には必ず戻ってくるから」
「ああ、了解した。気をつけてな」
一旦ここで別れ、俺は人目の付かない場所を探して歩き始めた。
結局人目の付かない場所という物が見当たらなく、ダンジョンの中に入っていった。ダンジョン内をいそいそと移動し、マイホームへの扉を出して中に入ると一息をついた。
さーて、この世界での活動を舐めてるような小娘にやる物を考えよう。一応は同郷なわけだし、もしかしたら今生の別れになるかもしれない。いや、きっとなるだろう。
アイツらの能力を鑑みるに、ある程度の荷物を詰められるリュック、水は用意できるだろうから袋ラーメンを1セット、レイコが魔法使いとしてそれなりに育ってきているから、もしかしたら空間魔法というのか、そういった魔法が使えるようになるかもしれない。勉強するように言っておかないといけないな。
後は着替えを2セット下着込み、ある意味これが一番重要だろう。金さえ稼げるのなら普段食う物には困らないだろうし、移動時やダンジョン内での非常食については、出かける前に買っておくよう口頭でいえばいいんじゃないか。 まぁあまり手をかけてしまうと今後の異世界生活に支障が出るかもしれないからこのくらいにしておくか。
まぁ着替えを入れたらリュックなんてすぐにパンパンになっちゃうしな。制作ボタンをポチっとな、さぁ夕方まで自由時間だ、少し訓練しておこう…自分が戦闘向けじゃないのは十分理解しているが、何もできないよりずっといいだろう。
ピピピピッ ピピピピッ
ぅおお、危うく寝過ごすところだったよ! 目覚ましかけておいて良かったぁ。訓練の後にちょっと休憩のつもりだったが、すっかり熟睡してしまってた。2人分のリュックを担いでマイホームから出る、周囲を見るが人影は無し、よし。
待ち合わせ場所に着いたのは午後4時半、誰もいない1番乗りだ。待つより待たせる方が嫌なのでこれでいい。リュックを地面に置き、自分用に作った刃渡り35センチのサバイバルナイフを腰に装備する。
これは地球人であれば、銃を持っていれば十分な威嚇になるが、この世界では銃が恐ろしい武器だという事を知らないので、丸腰で荷物番をしているように見えてしまうから、目に見えるような武器を持つ事にした。
癖の悪い奴なら襲ってきて盗まれるかもしれないからな、見た目だけで防衛能力があるならやるべきだよな。重いけど…
15分前になると美鈴と霞が現れた
「ただいまー。大きめのリュックだね、何を入れてきたの?」
「おかえり、まぁほとんど着替えで場所を食ってるんだけどな。あまり甘やかすのも良くないなと思ってな」
「まぁそうだね、きっと大変だと思うけど、本人達がやる気を出してるんだからいいんじゃないかな」
「ま、実際そうなんだけどな。若さからくる見通しの甘さは経験して鍛えていくしかないからと、俺も思っている」
「それに、日本に帰る事を諦めたんなら一緒にいる必要ないしね。私はまだ諦めてないし」
まぁ美鈴の言う事はもっともな話だ。帰れないかもしれないが帰れるかもしれない、そこは召喚する業を持つ者に聞いてみるしかない、少なくとも俺もまだ諦めた訳じゃないし ダメならダメだと理解してからこの世界での生き方を考えようと思っている。カオリとレイコはある意味リタイヤしたという事だ。
霞もどうやら同じ意見みたいだし、帰る方法を探るために必要な力を鍛えているといった感じだな
「ごめん、少し遅くなった」
カオリとレイコがやっと待ち合わせ場所に現れた。時刻は5時半だ、なんとも緊張感の無いやつらなんだな。まぁいい、用意したリュックを渡してレイコに空間魔法の可能性と収納する魔法について少し語っておいた。 これが正解なのかはわからないが、霞がギルドで仕入れてきた情報にあったのだからうまくいくかもしれない。
「それじゃあ俺達は当初の予定通り動いて行くから、もう会う事も無いかもしれないが自暴自棄にはならないようにな」
「うん、私達は私達でうまくやっていくよ。 それじゃあね」
2人は手をあげて町へと向かって行った、人柄を考えると簡単に騙されて失敗しそうではあるが、本人の希望だし俺がとやかく言う資格も無い。まぁ冷たいかもしれないがそんな感じだ。
「それじゃあ俺達は次の町に向かうか、日が暮れるまで少し歩いて町から離れよう」
「「了解」」
改めて3人になった俺達はマインズの町を後にし、異世界生活22日目がこうして暮れていくのだった。