②
槍を持った兵士に囲まれつつ移動し、向かった先には馬車が3台止まっていた。その内の1台にはすでに荷物が積まれている。
「お前達はこの2台の馬車に分乗しろ。 これから国境を越えるまでのおよそ15日間、大人しくしていろよ。逃げようとしても無駄だからな!」
絡まれるのも面倒なので近くにあった方の馬車に乗り込む、続いて聖女ちゃんと委員長ちゃんも乗ってきた。7人を2台に分けるっていうのなら、向こうは4人でちょうどいいな。さてさて、これからの15日の間で色々と対策を練らないといけないな。兵士たちの会話を盗み聞きしたところ、召喚された者はこちらの世界の人間より腕力と魔力がかなり優れているらしい。しかし、訓練しないと使い物にもならないと… そこまで聞ければ十分だ。訓練してやろうじゃないか!
俺が一人で決意を新たにしていると馬車が動き出した… 国境に到着するのが先か、自身が得た加護の力を使いこなせるようになるのが先か、向こうはたいして気にしてないんだろうがこっちは命がかかっているんだ。進んで命を奪うつもりはないけど、最大限の抵抗はする。その結果殺してしまう事になっても…
城を出発し、市街地を抜けて街の外に出た。いやもう! 馬車って乗り心地が最低だな! トラックの荷台に乗ってる方が遥かにましという状態だった。こんな状態で訓練するのか…えぐいな。
「ねぇおじさん、 国境を越えたら私達を殺すって言われたけど…何か対応策を考えてる?」
聖女ちゃんが急に話しかけてきた。この子は存外落ち着いてるよな、突然の召喚なんて出来事が起きたばかりなのに… その点委員長ちゃんは結構動揺してる感じだし。
「まぁ対応策っていうか、国境に着くまでの15日間でいかに自分の加護? の力を使いこなせるかどうかって思ってるけど。とりあえず魔力ってのをうまく使えるように訓練しようと思ってるよ」
おじさんなのは自分でも認めているので、あえてスルーして答えてやった。
「なるほど、確かに兵士の人は『召喚された者は身体能力と魔力は常人より強い』って言ってたもんね」
「どこまで本当かわからんけどな、それと向こうの馬車に乗ってる4人は助ける気は無いからな。 理由はわかると思うけど」
「うん、私もそれには賛成。 ハーレム要員だの与えられた食料をネタに恫喝だのありえないし、 それについて行った人も同罪だと思う」
「まぁね、あれだけやらかして助けてなんて言われても困るわ。それに侍だっけ? 馬車の移動中に訓練できると思わないから戦力にならないと思うしな」
「それは…武闘家の職に就いた私も役に立たないって事かしら?」
唐突に会話に入ってきた委員長ちゃん、まだ落ち着かないのか顔色は良くない
「ん?それはやる気次第じゃないの? あのヤンキー君が真面目に訓練するタイプじゃないと思ったからの発言なんだけどな」
「……」
そう言うと黙ってしまった
「ヤンキー君って…まぁ名前も知らないし妥当かもしれないけど」
「でしょ? アイツはヤンキー君でいいよ、名前も聞く気ないし」
聖女ちゃんがニヤつきながら言ってきた。この落ち着きよう、マジで大物かもな
「私 美鈴。鈴木美鈴っていうの。おじさんの名前も教えて?」
「俺か? 俺は来栖大樹ってんだ、ま、覚えなくてもいいよ」
「イヤ もう覚えたから大丈夫」
聖女ちゃん改め美鈴ちゃん。まぁ敵対しなければ一緒にいるのは構わないが、この状態じゃ信用できない奴と一緒にいるなんて無理だしな。当面は浅めの関わりで行くべきだな。
「あ、あの 私は霧本霞よ 少なくともあなたたちとゴタゴタする気は無いわ」
「あーはい。 どうも」
委員長ちゃんは霞ちゃんか、名前覚えるの苦手なんだよな…すぐ忘れそうだけどそれはしょうがないな。
「さて、 俺は死にたくないし あの甲冑どもを返り討ちできるよう魔力の訓練でもするわ。俺の加護は魔力依存みたいだからな」
「ん、確かに今まで感じることの無かった何かが体にある、多分これが魔力だと思うけど… どうすれば訓練になる?」
「そう言われてもなー、ラノベとかで良く見る… 循環させるとか、指先とかに集めるとか、まぁ色々試してみないとわからないよな」
「そうだね、私もやってみる」そう言った後、「ラノベとか読むんだ…」と、小声で言っていた 聞こえてるからね!
美鈴はそう言うと目を瞑り、何か集中を始めたようだ。霞の方をチラ見してみると、同じように何かやってる… 俺もやってみるか。あ、そうだ
「そういえばさ、さっきのステータス? 水晶とか関係なく自分で見れるのは気づいてる?」
「え? あ ホントだ」
「多分だけど、ステータスは本来自分のしか見れない物で 水晶を通すことで他者のが見れるようになる…とかじゃないかな」
「うーん それはありえそう」
うんうんと頷く美鈴
「それと、加護なのか職業なのかいまいち不明だけど その部分をじっくり見てると詳細が見えてきたんだよね。 そっちはどう? ああ、内容は言わなくていいよ 個人の切り札になるだろうからね」
「うん 詳細が見えた…なるほどなるほど」
「これなら鍛える方向が解っていいわね」
どうやら霞にも見えたらしい、生存率を上げるためには最低でも自分自身の事くらい把握しないとな。
「私はね、この訳の分からない召喚とかされた挙句に従うなんて絶対に無理。しかも無能だの不要だの言われて殺すとか…この世界がもう嫌いになった」
美鈴が機嫌の悪そうな声で話し出した。まぁそこんところは同意しかないな。
「こんな事で殺されるなんてとてもじゃないけど許容できないし死にたくない。聖女の力だときっと生き残る事は難しいと自分で思ってる、だから…私に出来る事なら何でもするから!私を助けてほしい」
「はぁ…何でもするとか簡単に言うもんじゃないと思うし、今の時点じゃ信用もへったくれもないってのは分かってると思うから今は返事しないよ。俺の事だってどんな奴なのかわかんないでしょ? なんでもするんだろ?ってアンタの事をいいように弄ぶ奴かもしれないし、今ここで判断しなくていいと思うよ」
神妙な顔で提案してくる美鈴をとりあえず突き放しておく。見た目は大人しそうで能力は聖女とか、普通なら信用できるタイプなんだろうけど腹黒だったら嫌だしね。
「むー、私は人を見る目はある方だよ? 嫌な奴はちゃんとわかるしね。おじさんは嫌な感じしない」
「これから殺すって宣言されてて、それをどうにかしようって思ったら信用できない奴と組めないでしょ? 現状俺にとって向こうの馬車の4人はダメな感じで考えてる」
「そこは同意。でもおじさんの言いたい事はわかった。打算もあるし、自分勝手な言い分だと理解してるけど… 魔力の訓練して、聖女の力をつかえるようにして私の必要性を理解してもらう。国境までの間、じっくり口説くからそのつもりでよろしく」
「お手柔らかにお願いします」
ガタゴトと揺れる馬車で美鈴とそんな会話をしながら霞をチラ見。黙って考え込んでるようだけど、こっちも色々といっぱいいっぱいなのでスルーさせてもらおう。
とりあえず召喚初日、馬車は王都と思われる街を出発したのだった。