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揺れる馬車内、腕を組んで目を瞑ってみる。ふと思い立ちスマホで時間を確認する… 10時15分だった。さっき確認してから5分しか過ぎていなかった… 俺はどんだけ緊張してんだ。我ながら呆れてくるな。
あまり挙動不審に見えるのもアレだし、せめて平常心でいつも通りを演出しないといけない。御者席にいる兵士に感づかれる訳にはいかないからな。
よし落ち着こうか、思いつく限りの準備はしてある、尤もこのような事態は初めてだから、どれだけやれば適正なのか… という基準は曖昧だ。車両の準備良し、一応万が一を考えてリヤカーのけん引は止めた。狭い軽四駆に5人乗り込むという暴挙に出る事にした、俺が運転席で霞が助手席、小柄な美鈴にカオリとレイコが後部座席という配置だ。
銃は2丁ホルスターに差してある、マガジンはM1911とデザートイーグルそれぞれ3個ずつ持ち出している。美鈴と霞にもウェストポーチにマガジンを5個入れて渡してある、カオリとレイコには渡していない、自前の魔法と斥侯の身体能力で頑張れ。
野営で止まる時に、進行方向を確認。間違っても王国方面へ行ったりしないようにしなきゃね。 毎回野営になると、馬車から馬を外しているが 深夜だと馬の目が見えないはずだから騎乗して追ってくる事は…きっとないだろう。ここは異世界だから確定とは言えないが。
後は…後は何だ? 俺の脳だとこのくらいしか思いつかないが… いや、まぁいいだろう。どうせ作戦自体もごり押しもいい所なんだ。ライトを付けて走る以上暗闇でも相手からは視認できちゃうし、事故らん程度にはスピードを出さなきゃいけない。兵士が弓矢を持ってたとしても振り切れるだろうし、当たっても大きな被害はないだろう。うん、そう思う事にする!
「おじさん…さっきから何か怖いんだけど、何を唸っているの?」
「え? 俺そんな事してた?」
「ヘッドセットしてるんだから、唸り声も結構鮮明に聞こえるわ」
「そいつはすまないな、まぁちょっと考え事をしてて 気にしないでくれ」
「そう?話し合って解決するものならちゃんと言って欲しいわ」
「大丈夫だ、みんなは温存する事を考えててくれ」
霞から突っ込みが入ってしまった…唸ってたのか俺は。
その後はなんとか落ち着きを取り戻し、割と平常心で過ごせたんじゃないかな。多分…
夕方になり、幌の隙間から外を見ていると馬車が右に急旋回して止まった。 なるほど、幌から出れば正面に道があって、その道を右に行けば国境方面って訳だな、これで方角はOKだ。兵士達は5人1組で4箇所に分かれて野営してるから、20時に就寝したとして、2時間ごとに見張りは交代って感じかな。まぁ見張りが1人だったらの場合だが、動くのは23時くらいでいいかな? もう少し様子見してからマイホームに入るか、今日の緊張感なら仮眠しなくても眠気は大丈夫そうだしな。
「どんな感じ?」
美鈴がやってきて同じように幌の隙間から外を覗く。
「いつも通り4箇所に分散して落ち着いたみたいだな」
「魔力も体も鍛えたし、少なくとも現状では万全なつもりだよ」
「まぁな、国境を出るまでは殺されないって最初から分かっていたのは良かったよ。何もできないまま逃げ出したってすぐに捕まってただろうからな」
「さすがにこの2週間、馬車の揺れは嫌になったわ。今日でそれが終わると思えばモチベーションも上がるわね」
霞も混ざってきた、確かに現代日本人にとって盛大に揺れまくる馬車での2週間は拷問に近いだろう。俺もそう感じたし…
「じゃあそろそろマイホームに入るか、リラックスするのは良い事だけど 油断しないようにな」
「わかってるわ、ここで未来が決まるもの、絶対に殺される訳にはいかないわ」
美鈴と霞は今日が正念場だと理解して、ちゃんと覚悟を持ってるようだ。ま、そうでなくちゃな。
マイホームへの扉を出し、全員中に入り夕食の準備をする。今日の晩飯はカツカレーだ。
夕食を終え、22時半に馬車に戻り、様子を伺いながら23時には作戦開始… という話をし、時間までそれぞれが時間を潰している。俺もさすがにここまできて取り乱すようなことも無く、適度に緊張感をもって過ごすことが出来ている。いよいよだ… 突然召喚しておいて無能だと? 追放だと? 処刑するだと? お前らの思い通りにさせるわけがないだろ! マイホームのレベルが上がって弾道ミサイルとか作れるようになれば、迷わず城に撃ち込んでやるからな! 作れたらね。
スマホの時計を見る、22時20分だ。俺は立ち上がり集合場所であるロビーに出て、全員分の暗視スコープを出しておく。暗闇を見通せるだけでも十分すぎるほどの武器になる、気が付くと全員集まっていた。
「よし、それじゃああの兵士達に 作戦失敗の汚名をかぶせてやろうか」
「うん大丈夫 あの兵士達は私達がここまで準備してるなんて思っていないよ」
「そうね、邪魔するようなら撃ち抜いてやるわ」
カオリとレイコもうんうんと頷いている。それじゃあ馬車に戻ろうか
「暗視ゴーグルはちゃんと機能してるか?」
「ちゃんと見えてるよ」
美鈴がそれに答える、他の子も静かに頷いている。それじゃあ外の様子を探りながらガレージの扉を出すか。
静かにゆっくりと5人は外に出る。斥侯であるカオリが周囲を警戒。
「うん、みんな固まって休んでいるね 問題なし」
ヘッドセットからカオリの声がしたのでガレージの扉を出し、静かに開けてエンジンをかけないで4人で押し出す。ガレージの扉を消し、全員音を立てないように乗り込んだ。
「よーし、それじゃあ大脱走と行きますか」
隣… 助手席では霞が窓を全開にし、デザートイーグルを手にする。俺の真後ろでも美鈴がM1911を取り出していた。俺は運転に集中し、左サイドを霞、右サイドを美鈴が攻撃役になっている。
この状況で失敗するなんてありえない、いくら異世界でも… いくらこっちの足が軽四駆でも、夜目の効かないはずの馬や鎧を着ている兵士に追いつかれるはずがない。そう自分に言い聞かせキーを回しエンジンをかける。
キュルルルル ブオーン
「おい!何の音だ? みんな起きろ」
兵士達の声が聞こえる、ここで慌ててはいけない… エンストなんて格好悪いからな!
「じゃあしっかり掴まれよ!」
ライトをつけ、ギアを1速に入れてクラッチを繋ぐ。思ってた以上に足場が悪く、ガタガタと揺れるが、気にしないで加速して街道に入り、隣国の方向へ飛び出した。
「大丈夫、誰もついてきていないよ! やったよ!」
カオリの声が聞こえる、どうやらうまくいったらしい。まぁ予定通りだな!
窓から顔を出しながら警戒していた霞も美鈴も座席に落ち着き窓を閉めていた。
「大丈夫そうだな、それじゃあ疲れて眠気限界まで走るから、カオリは周囲の警戒を頼む。一応魔物が出るかもしれないしな」
「わかった、いやぁ一安心だよ」
「うまく出し抜けたようね、やっぱり深夜に動くとは思ってなかったようね」
「まぁそうだろうな、馬車を使っている時点で 移動に関しては車には勝てないだろうしな。 道があれば…だけど」
異世界生活14日目深夜、2週間かけて身体と魔力を鍛え、とうとう逃げ出すことに成功した。あの兵士達の能力がどれほどの物かは結局わからなかったので、この先追いついてくるかは何とも言えない。なので暗闇の内に距離を稼いでおきたい所だな。
準備してからの不意打ち脱走のため、傍から見ると随分あっさりと逃げ出したかのように見えるだろう。しかしそれでいい、戦うには圧倒的に経験が足りてないんだ。
無駄にやり合う必要なんてない、ライトに照らされた砂利道を見つめながら 止まる事なく走り続けるのだった。