⑰
ん、なんか目が覚めたな。
時計を見ると午前4時、今日も目覚ましに勝利した。この異世界にやってきてから一度も目覚ましを鳴らしていない、その前に起きてしまうのだ。
俺ってこんなに朝が強かったっけ? などと思いながら部屋から出て顔を洗う。さっさと朝食を作ってしまおう、今日はおにぎりだ。
いよいよ明日の深夜に決行だな、なんか緊張してきたかもしれない。異世界召喚なんて信じられない事が起き、いきなり処刑なんて宣告されホント俺の人生はどうなってんだと… 神様がいるなら問い詰めてやりたい。それに…初めて銃を持ち、人に向けて撃った事。足とはいえ驚くほど自然に引き金を引けたな。まぁヤンキー君は特に気に入らなかったってのもあるけど、俺の精神も異世界仕様になってたりするんだろうか。
今日まで特に問題も起こさず国境にも近づいてきていることから、あの兵士達も油断してくれてるといいな。楽観視はしないけど…
今日も大人しく魔力の循環をやって過ごすしかないんだけど、他に何かやっておいた方が良い事…なにかあるかな。まぁそれは今日の馬車内でじっくり考えておくとするか。
殺そうとしてくる連中から逃げるなんて… 当然だが初体験だ。準備する時間があるとはいえ、何が必要だとか、どのような行動が最適か… なんて、経験ないからわかるわけもない。ここが日本なら警察だったり自衛隊だったりと逃げ込める場所が想像つくんだが、ここは異世界だ、周りに味方は存在しないのだ。
いつものように5時半には馬車内に戻り朝食を取る。食べ終わった後、幌の隙間から兵士達の動きを観察してみる。うーん…着ている鎧… 頑丈そうだな。デザートイーグルなら撃ち抜けなくても打撲か、うまくいけば骨折くらいするかな。 試し撃ちしたいところだけど、さすがにそれはねぇ… 無理だよね。
「何見てるの?」
気付いたら美鈴が隣に来ていた。
「いやぁ あの鎧、硬そうだなーと思ってね」
「なんも顔の所空いてるんだから、そこ撃てばいいんじゃない?」
「即死攻撃だね、PTSDになるぞ?」
「あー 戦争に行った兵士がなるやつだっけ」
「そうそう、心的外傷後ストレス障害ってやつだな。異世界デビュー戦でわざわざ人間殺さなくてもいいんじゃないか? せめて鎧の部分に当ててやれよ」
「その鎧が硬そうだって おじさんが言ったんじゃない」
「まぁそうだけどな、命を奪うのは心の準備と覚悟が出来てからでいいんじゃないかな? 最初は獣とかからね、人はまだ止めといた方が無難かもな」
「うーん、そうは言っても相手があっての事だからね、へたに隙を見せたらこっちが危なくなるでしょ」
「言いたい事は分かるけどな、まずは逃げの一手で考えよう。追い縋ってくるようなら鎧に当ててみる…ってね」
「おじさんがそう言うなら… まぁでも、移動中の車内から撃って どこに当たるかは知らないからね」
「そもそも当たるかどうかって問題だしな」
美鈴は自分のポジションに戻り、魔力の循環を始めたようだ。俺もやるかね…
特に問題なく13日目の移動が終わった。ヤンキー君達もあれから静かなもんで、顔も見ていない。カオリとレイコの話じゃそろそろ食料も尽きる頃じゃないか…との事だ。
車に乗り込んでしまえばライトを付ければ視界は確保できるし、行き先がバレたってどうでもいいしな。目指すは隣国だし方向さえ間違わなければきっと大丈夫。
エンジンかけて動き出せばきっと兵士達は騒ぎだすだろう、置いて行くヤンキー君達はその隙をつけばいいだろうし、助けてはやらんけど。
さて、風呂に入って休むとしようか。
異世界生活14日目
いよいよこの日が来た。マイホームのおかげで今日まで満足な食事に安全な寝床が確保できてたから、身体的なストレスはほとんどないだろう。精神は別だけど…
今日は魔力の循環はしないで色々と温存の予定だ。馬車の速度から考えて… 1日に20㎞も進んでいないと思われる。城を出る時に国境まで15日程度と言っていたから、今日の夕方になった頃、国境までの距離は2~300㎞くらいと予想。悪路とはいえ馬車が走れる程度は整備されているので、ジ○ニーなら50㎞/hくらいで走れるだろう。
明日中に国境を越えられれば逃げ切ったと思って大丈夫と思う。
暗い内は街道らしき道を進めばいいだろうけど、明るくなったら一応逸れた方が良いだろうな。夜通し走るつもりだから、なるべく疲れないようにしないとな。
今日の朝食はカツサンドにしよう、なんとなくゲン担ぎだ。
5時半に馬車に戻り、何事も無く馬車が走り出した。今日は話の内容を御者に聞かれないように、全員ヘッドセットを装着させている。ガタゴトと揺れる馬車の中で、何もしないでボケーっとしてみる。しかしなんか落ち着かないな、やはり緊張してるのだろうか。チラりと馬車の中を見回すと、女性陣も落ち着かないようでソワソワしているようだった。
「落ち着かないか?」
「そうね、やっと解放されるってうれしく思うのと同時に、うまくいくのかなって心配な部分も確かにあるわね」
霞が不安そうな顔で返事をしてくる。
「大丈夫大丈夫、考えすぎちゃうと無駄に力が入っていざという時に動きが鈍るよ。良い事を考えてリラックスしようよ。例えば 無事に国境を越えたら、甘い物をいっぱい作って甘味パーティをする!とかね」
美鈴もソワソワしてた癖に偉そうなことを言ってきた。
「過度な緊張はダメだって事だな、ともかく今日はいつも以上に普通を装って過ごそう」
今日は時間が経つのが遅く感じる1日になるだろうな、だけど あまり挙動不審に見えるようだと警戒されるかもしれない。普通に、いつも通りに見えるように…
長い長い1日が始まった