⑬
「まぁとりあえずアレだ、逃げ出す予定は14日目、つまり4日後って事で考えていくか」
「そうね、ぶっちゃけ向こうの馬車の人たちの事は心底どうでもいいって思うけど、かといってまるまる放置するってのもなんだかアレね」
「それは俺も思う、一緒に連れて行く気は全くないけど、見捨てて死なれるってのは気分悪いな。 自業自得で死んでいくなら本人の責任だと思えるけど」
「じゃあどうする? 脱走だけ一緒にやって振り切ったら別れる感じ?」
「それが一番だろうな、確かヤンキーちゃんが治癒師だったっけ、うまく成長できれば生き延びれると思うしな」
「うまく成長できれば…ね」
「とりあえず話し合いはこの辺にして、魔力の循環でもしておくか。備えあればって言うしな」
ガタゴトと騒音の激しい馬車内での話し合いはとりあえず終了にした。ヘッドセットの通信機はそれぞれが首にかけたままにしておく。移動中に一度マイホームベースに入り、道具制作の装置で暗視スコープが無いかをチェックする、夜間に兵の配置を見るのに使おうと思ったからだ。
「おっ あるある」
一応…ホントに一応7個作っておく、脱走は深夜を予定してるから向こうの連中にも渡すかもしれないからだ。制作ボタンを押してすぐに馬車に戻る。
「さて、それじゃあ魔力の循環をするかね」
夜になり、いつものように野営が始まり周囲が静かになる。暗視スコープの具合を確かめるためにひっそりと馬車から出る…と。
「あっ あの、もう一度話し合いがしたくて…」
カオリとレイコがいた… 風向きがいいのか匂いがこっちに来てなくて気づかなかった。
とりあえずちょっと待て、と手で制して馬車の中を覗く。
「美鈴、霞、 あちらの馬車の2人が来た。とりあえずシャワー室に入れるから中の説明してやってくれるか?」
「じゃあ速攻で全身と服を洗ってもらって 匂いをどうにかしてもらおう」
「じゃあ中に入れるから、後はよろしく」
「うんわかったよ! おじさんも偵察頑張って!」
静かに幌をめくり中に入るよう勧める。
「中に入ったら、中の2人の指示に従ってくれ。ここ重要だからな? 余計な事はしないで従ってくれよ」
「わ、わかったわよ」
2人が入っていく… うお! すれ違いざまに悪臭攻撃を喰らった! さすがのこれじゃ話し合いもなにもない、この匂いが消えてくれるならシャワー室を使わせてやるってのも温情ではなく、自分達の精神衛生上必要な事だと思い知った。
多分中に設置してあるトイレとシャワー室の扉はあの2人には見えないんだろう。これは一番最初に美鈴と霞で試したからな。見えてない人を中に入れるには、手を繋ぐかして接触したままじゃないと入れない仕様のようだ。
10日も風呂に入ってなかったから、汗や汚れを流すにはきっと時間がかかるだろう、その隙に俺は偵察だ。
馬車の御者席から幌の上に上がり、周囲を見渡す。おおう、本当に良く見えるもんだ、白黒だけどな。馬車3台を4方向から囲むような陣形で、1か所に5人いることが分かった、合計で20人もいたんだな… 馬が13頭、馬車が2頭引きだったから騎馬が7頭って事か、残りは3台目の馬車に乗っていたんだろうか。あまりにも道が悪いと、ジ○ニーじゃ騎馬を振り切れないかもしれないな。
ふむふむ、それぞれの小隊で1人ずつ見張りとして起きている感じかな、馬も1箇所に集められてるな。まぁでもこれだけ暗いんだったら馬は走れないよな…これは行けそうか?
決行日は野営に入る前に、進行方向をしっかり確認しておかないとな。せっかく逃げられたとしても元の道を戻っていた…なんて笑えないし。
とりあえず毎回野営の配置がこうなっているのか、明日の夜も確認は必要だな。よし戻るか。一応向こうの馬車の連中も引っ張っていく… なんて事になったらアレだし、軽でも引っ張れるようなリヤカータイプのトレーラーがないか調べておこう。連結する装備もいるな。
足元に気を付け、幌馬車の屋根から降りて中に入る。馬車の中には霞が1人座っていた。美鈴はシャワー室に付き合っているんだろう。
「お疲れ様、敵の配置はわかった?」
馬車に入るなり声をかけてきた霞、1人で待機はつまらなかったのだろう。
「ああ、一応明日の夜も確認するけど、美鈴が戻ってきたら情報の共有だな」
「それで、いけそうだった?」
「んー、あの騎士達が この真っ暗闇でどれだけ動けるか…次第かな。まぁ馬は走れないだろうな、街灯とかもないしマジで何も見えない」
「なるほど、こっちは車だからライトをつければ走れるだろうし、馬が動けないならいけそうな気がするわね」
「そうだなー 問題は、霞のような身体能力があったとして 鎧を着たままどれだけ速く走れるか…ってとこか」
「なんだったら 私達が暗視ゴーグルを付けて、追ってくる兵士を撃てばいいんじゃないかしら」
「ええ? いくらなんでも普通の女子高生が撃てるのか? 絶対トラウマになるから止めといた方がいいと思うな。相手が獣とか魔物だって言うなら割り切れるかもしれないけど、人間相手にっていうなら俺はやれとは言えないな」
「まぁ美鈴さんはどうかわからないけど、私は撃てるわよ? あの王様も、兵士達も。すでに人間だと思ってないわ。せいぜい虫けらよね」
「おおう怖い怖い 気持ちは分かるけどな。俺もマイホームでもっとすごい武器が作れるんだったら、速攻でお城に向かって攻撃してるだろうしな」
「私の日常を奪ったあの国を絶対に許さないわ」
「まぁ落ち着け、怒りや憎しみがモチベーションになるのは理解できるけど、復讐するならもっと完璧に策を練ってやるべきだと思うぞ」
「そうね、やっぱりこういう時は 大人がいると安心できるわね」
「何言ってんだ、俺は自分の事しか考えてない奴だぞ? 突然わけわからん行動に出るかもしれないしな」
「その辺は大丈夫だと思ってるわ、おじさんは慎重だし頼らせてもらってるわ」
1時間ほど霞と話をしていると、やっとシャワー室の扉が開き美鈴を先頭にカオリとレイコも出てきた。うんうん、あの悪臭がすっかりしなくなっている… 安心した。
「シャワーと洗濯機 ありがとう。 すごくさっぱりしたわ」
カオリが礼を言ってくる、かなり落ち着いたみたいだな。レイコは自分の腕の匂いをスンスンと嗅いでいる、まぁわからんでもないな。
「それじゃあ話し合いの前に飯にするか」
マイホームへの扉を出す。
「用意するねー」
美鈴が中に入り、大きな炊飯ジャーと俺の特製カレーを鍋ごと持ってくる。俺の切り札であるマイホームの中にカオリとレイコは入れない…と、事前の話し合いで決めていたからだ。
足元に置いていたLEDランタンを天井から吊るし配膳していく。今回はさすがに5人分用意してある
「え? カレー?なんでこんな物が?」
「なにかしら、不満があるなら食べなくてもいいわよ? 私達はあなた方と違ってこの状況で食べさせないなんて外道な行動ができなかっただけよ。それでも… 文句言われてまで出す気はないわ」
「あ、いや いただきます」
食後、いよいよ本番。作戦を密告されないよう恩も売った所で話し合いを開始する事になった。