⑫
異世界生活10日目の朝が来た。日が昇る前にマイホームから出てきて待機するのにも随分と慣れた気がする。
幌馬車の中から外の気配を探る、すでに足音と鎧のこすれ合う金属音があちこちから聞こえている。朝飯の準備でもしてるのだろうか、その辺も少し偵察しといたほうが良いのかもしれないな。
今もそうだが、自分らの事で手一杯だからなかなか外に気が向いてなかったんだよな。でも考えてみたら、殺すのは国境を越えてからかもしれないけど、こっちには若い女が向こうの馬車も含めて5人もいるんだ、なにかしらちょっかいかけてくることも想定しておかないといけないな。
ガタゴトと… 移動中の馬車の内部はかなりうるさい、この中で会話をしようとするとかなり大声を出すか至近距離で話さないと伝わらないだろう。なので 通話距離が30Mと、子供用のトランシーバー並みだがヘッドセットになっている通信機器をマイホームから出る前に製作していた。ぶっちゃけ会話の内容を御者をやっている騎士に聞かせたくなかったからだ。
ヘッドセットを装備し、美鈴と霞も付けているのを確認して話し合いを開始した。
「それじゃあ 訓練もちゃんとやれているし、精神的に少し落ち着いたという事で 今後の逃走計画について話し合いたいと思います」
「それはわかったけど、なんで急に丁寧に話すの?」
「サラリーマンの悲しい性だよ! 会議とかだと後輩にも敬語で話すからな」
「まぁまぁ、話を続けようよ」
美鈴め…自分で突っ込んでおいてさらっと流しやがる。
「それはともかく今日で10日目、実質雨で1日ズレてるから15日くらいかかる予定の移動の9日分が経過してるわけだが、残り約6日… どうやって逃げれば一番安全なのかって話だね」
「おじさんはどう考えてるの? やっぱり最年長だし人生経験は私の倍以上あるし、なにより慎重派なのは理解してるから、まずはおじさんからどうぞ」
「霞もそれでいいの?」
「ええ、美鈴さんに同意するわ」
「そ、そう。 それじゃあ心配性のおじさんとしては、まずはあの騎士達の実力がわからないから 戦闘は避ける方向で考えている。実際訓練始めて数日の霞ですら銃弾が見えたっていうくらいだから、騎士として、恐らく数年単位で訓練してるあいつらも見える可能性は高いと思ってる。それに鎧だな、日本じゃ考えられないような不思議金属の可能性もあるから、ハンドガンじゃ撃ち抜けないかもしれない」
「確かにそうね、でも見えたからって回避できるかはわからないわ。私はともかくあの騎士の鎧は重そうだし」
「もし撃ち抜けられなければ、物量で押されてゲームオーバーになりかねないからそのやり方は無しの方向で。それで俺が考えてるのは、今晩から野営の時の陣形を把握しておこうと思ってね。とりあえず暗くなると馬車を囲むような陣形で休んでいるのは分かってるけど、どんな間隔で包囲してるのかわからないから、まずはそれを把握しておこうかなと思ってる」
「ふむふむ、それを把握出来たら?」
「14日目あたりの深夜に、ジ○ニーに乗り込んで全力ダッシュ…かな。でもこの作戦をやると心残りが出来るんだよね」
「置いて行かれた4人の末路?」
「まぁね、いくら腹立てようと同郷だし、きっぱり見捨てるのは良心の呵責というか… まぁ偽善なのはわかってるけど」
「じゃあさ、 脱走する日に事前に教えておくのは? 『騒ぎを起こして脱走するから、そっちはそっちで便乗して逃げれば?』って」
「うーん、それは考えたんだけど… あのヤンキー君がまともな対応するかなーって疑問もあるんだよね」
「それはわかるわ。 あの人なら裏切る…というか、私達を売りそうよね」
「そうなんだよ」
霞は俺が危惧してる事がわかったらしい。
「それじゃあ最低限 カオリとレイコに教えておけばいいんじゃないかな。今日の夜にでも軽く夕食とシャワーを使わせてあげれば私達を害することはなくなると思う」
「いやいや、それやったら連れてけって絶対なるだろ。ん?別にいいのか? 振り切ってから別れてもいいし」
「いえ、絶対離れないと思うわ。だっておじさんの女になるまで言ってのけたのよ?」
「あー…そんなこと言ってたねぇ、 おじさん的にはどうなの?」
「いやいやいや、親子ほど年の離れた子にそんな気は起きないっての。あえて好みを言うなら… 人生の酸いも甘いも理解してる女性が好みだ! 社会人ならではの苦しみを慰め合える関係が良いね」
「えっと、そうなんだ。 なんか大変なんだね」
美鈴が憐れむように見てくる、なんでだよ!重要な事じゃないか!
「まぁそれはともかくだな」
一度仕切り直そう、そうしよう。
「とりあえずうまい事逃げることが出来て、隣国に行った後なんだけど。まぁよくあるラノベとかでは、スローライフだの引き籠ってなんちゃらだのって話が多いけど、俺は盛大にやらかそうかと思っている」
「まーその手の話じゃ『目立ちたくない、働きたくない』なんて言いながらやらかしてるもんね」
「そうそう、それに盛大にやらかせば隣国の王侯貴族と関わることになるだろう。とは言っても、手を組むとか従属するとかじゃなくて、この国… そういえばこの国の名前知らんな、どこかの町で聞けばいいか。そうそうこの国の悪事を隣国の王侯貴族にバラしてやるつもりだよ。異世界から10人も召喚した事とか、わざわざ隣国まで送ってから処刑しようとしてた…とか、勇者と賢者と大魔導士だっけ、その3人を引き入れた…とかね」
「なるほど、その人脈を手に入れるために派手にやるって事ね?」
「まぁあくまでも 今考えてる予定ね。隣国の王侯貴族もゴミだったら関わることなく放置だけどね」
「ともかく、召喚した異世界人が非業の死? 非業ってのがどんなものかは不明だけど、なんせ死んじゃったら今後その地で召喚できなくなるって話がこの世界での常識だったなら、隣国に押し付けるって話が広まれば国家間の仲は最悪になるよね」
「うん、それにあの王が言ってた魔物に襲われてなんちゃらってやつ、あれも嘘っぽいしな。ここまで魔物がどうのって騒ぎ、一度もないだろ?」
「多分どこかの国に侵略戦争でも仕掛ける気がある、その手駒として優秀っぽい職の者だけ手元に置き、それ以外は今後害になる恐れがあるから始末する… 考えれば考えるほど最低な国ね」
「まぁアレだ、俺は逃げ延びた後にそんな行動を起こすつもりだ。2人もなにかしら考えておくとモチベ上がるかもよ」
「「え?」」
「なにそれ? 国を出たら別行動って事?」
美鈴が驚いた顔のまま突っ込んでくる。
「そりゃそうだろ、あんたらだって帰れないって事になったら こっちでどこかに嫁に行ったりするかもしれないだろ? そうなったら俺の存在は邪魔になるだけだよ」
「ちょっと待って、それはちょっと結論を急ぎすぎだと思うわ」
「うんうん!はっきり言ってそういった事はまるっきり考えてないからね。それにおじさんと一緒にいる方が よっぽど安心だし安全だし便利だし、ついて行くつもりだったんだけど」
「私も同意ね」
「あらま…」
どうやら脱走が上手くいった後も、2人はついてくるつもりのようだ。 うーん