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誤字報告いつもありがとうございます。
「よし、弓部隊は矢が無くなるまで撃ち込み、魔法部隊もそれに続くんだ! 侵略者にかける情けなど必要無い!」
「「うおおおお!」」
指揮官らしき者の号令により、弓兵はろくに狙いも定めずにどんどん射かけていき、魔法部隊はソフトボール大の火の玉を作り出してそれらを発射していく。
「うーん、思ったよりも魔法使いってしょぼいね?」
「やっぱりレイコが優秀だったと言わざるを得ないって訳ね、射程も弓と魔法は同じくらいだし」
「でも、敵さんの黒い鎧… ちょっと格好良いかもね」
「ええ、なかなかセンスがあるわね」
「え? 見る所そこかよ?」
2人の感想を黙って聞いていたけど、思わず突っ込んでしまった。
「しかし戦況を見るに… 敵さん、どう見ても無謀な行為にしか見えないんだが… どうしてこうなった?」
「アレだよ、例の魔道具が見つかってたなんて微塵にも思っていなかったって事だよ。そもそも王都側が臨戦態勢で待ち構えていたって事がすでに見込み違いだったって事じゃないかな」
「そうね、あちらさんとしては完全な不意打ちで急襲するつもりでいただろうし、予定では魔物達が森から溢れ出して四苦八苦しているはずの状況なのだからね」
「そう言われるとそうとしか思えないが、それにしたって攻め方がザルだよな… もしかして他にも伏兵を仕込んでいるとか警戒するべき…なのか?」
「いやぁそれは無いと思うな。そこまで考えられる司令官なら、まず攻撃開始する前に斥候を放って王都に侵入させ、様子を窺っておくべきだからね」
「その通りだわ、旅人を装って王都内に入ってしまえば、魔物があふれ出したって事自体起きていなかったって事くらいすぐに分かるものね」
「はぁ… 要するに指揮官がボンクラの貴族だったとかそういうオチか?」
「その可能性に10万ペリカ!」
ペリカってなんだよ! どこの貨幣単位だよ!
SIDE:殿下と呼ばれた男
「一体どういう事だ? なぜグリムズ王国兵がすでに戦闘態勢を取っている?」
「分かりません、しかしこの戦況ではいくら精鋭を集めているとはいえ、門にすらたどり着けないかもしれません。殿下、ご決断を!」
「ここまで来て引けるわけがないだろう!」
「しかし、ここで我らが全滅してしまうと、数日後にやってくる将軍達にも多大な被害が出てしまいます! ここは一度引いて将軍と合流するべきです!」
「ぐぬぬ… 仕方あるまい」
「では撤退の令を出します! 全軍撤退だ! 門が開いていない今なら退却も容易いぞ!」
こうして2000人いた精鋭の25%… 500名を戦死させて撤退が完了した。
王都の門はすぐに開かれたが、追いつかれる前に森の中まで逃げ込んで難を逃れたのだった。
「このままプラム王国との国境辺りまで下がるぞ、数名は冒険者を装って西に向かわせろ! 先に将軍達と合流させて状況を説明し、我らも後詰が来るのを待つ!」
「それがよろしいかと、すぐに令を出します」
後詰… 本来であれば、攻め落とした後の王都を管理するための部隊がこちらに向かっているはずだ。何事も無ければ5000の兵がやってくるはずだ… それらと将軍が引き連れてくる兵を合わせて今度こそ王都を落とさなければ、陛下に合わせる顔が無いではないか。
こんなはずではなかった… 本当ならば魔物に襲われて大混乱しているんじゃなかったのか?
しかし現実は、王都にいる兵の損耗も見られないし冒険者達の士気も高かった。
魔物が攻めてきていたのなら今頃は矢の在庫など無いはずだし魔法部隊だって回復しているはずが無いんだ。魔物避けの魔道具を使っている我らが追いやった魔物どもも一緒になって吸い寄せられているはずだったのに…
「殿下、兵がそろそろ限界のようです、追手も来ていないですし一度休憩の指示を出してもよろしいでしょうか?」
「本当に追手は来ていないか? それならば許可するが」
「大丈夫です、本来であればこの辺も凶悪な魔物が跋扈している森なのですから、追っ手はここまで入ってこないでしょう」
「うむ、良きに計らえ」
SIDE:来栖大樹
防壁の上から邪魔にならないように観戦していると、さすがに無謀だと気付いたのか… 黒い鎧の一団が一斉に退却していく姿が見えた。
いや決断が遅いから!
「逃げていったねー、全く戦果を挙げられずにボコられて撤退とか、どんな気持ちなのかな?」
「そりゃー悔しいだろうさ、あの人数でも勝てる算段をしてたんだろ? 実際にはフルボッコだったけどな」
「あ、追撃部隊が出るみたいね… ここは深追いしない方が良いと思うけれど」
「ほほぅ、その心は?」
「無いとは思うけれど、あの人数を考えれば… 撤退先に伏兵を警戒する必要があると思うわ。それに逃げた先には森があるから、追いかけている最中に魔物との遭遇戦は分が悪いわ」
「なるほど… この状況でそこまで頭が回らなかったけど、確かにそこは警戒するべきだよな」
「まぁあくまでも可能性の話よ、そこまで策を練れる司令官なら、ここまで被害が出る前に撤退してるだろうと思うし」
「ま、どっちにしても完膚なきまでに追い払えたって事だな? とりあえずギルドに行って情報収集するか」
「そうだね、この国の人ならあの鎧を見て、どこの国の兵なのか分かるかもしれないしね。それに…」
「それに?」
「ほとんど使わなかった支援物資、おじさんに回収依頼が来ると思うよ?」
「ぐはっ あり得るな… まぁいいか、どうせほとんど歩くだけだしな」
「それじゃあ行きましょうか。依頼が来るなら『雪月花』宛てでしょうし、ギルドへの貢献度が上がるわ」
勝鬨を上げながら騒いでいる騎士や冒険者を見ながら、その場を後にした。
SIDE:ハワード伯爵
「旦那様、敵軍は南南西の方角に撤退していきました。一応追撃部隊は出たようですが、森に入るまでに追いつけなければ下がってくると思います」
「そうか、グロウもあちこち走り回ってご苦労だったな。全方位に見張りを立たせて休養するように騎士団に伝えろ、それが終わったらお前も少し休め」
「はっ、ではそのように伝えてまいります。タイキ達異世界人はどうしますか?」
「支援物資の運搬をしていたのだったな… ならば使わなかった物資の回収をするだろうな。一応依頼が終わったらここを訪ねるようギルドに指示書を出しておいてくれ」
「承知いたしました」
執事のグロウが退室していき、ようやっと一息がつけた。
「特に被害を出さないで撤退させられたのは僥倖だったな… しかし黒い鎧の騎士か、そんな鎧の騎士は帝国兵しか思い当たらないのだが… 一応陛下にお知らせするか」
この状況でも自身の戦果だと威張り散らしそうな騎士団長の顔を思い浮かべながら、陛下宛てに書類を書き始めたのだった。




