1年前の出来事。
誤字報告いつもありがとうございます。
アニスト王国が儀式召喚を行う1年前、アニスト王国から遥かに西にあるガスト帝国の領土内で新たなダンジョンが発見された。
生まれたてのダンジョンかと思えば、その内部は硬質な岩壁に整備された通路… まるで数十年かけて作られたダンジョンと同等以上に整えられていた。
ガスト帝国皇帝は、軍部に内部調査をさせるために、精鋭である第1騎士団の団長に、新規ダンジョンの調査を命じた。
その命令を受けた第1騎士団長は、攻略用の物資を整えて、総勢50名の団員を引き連れてダンジョン攻略を始めたのだった。
「団長、先にはなっていたシーフが戻ってきました」
「そうか、通せ」
「はっ」
新規ダンジョンという事で、1階層に拠点を作るために数名のシーフを放って安全地帯の捜索をさせていたのだ。
「ただいま戻りました」
「ご苦労だった。内部はどうであった?」
「はっ、先の情報通り、新規ダンジョンとは思えないほどに整えられていました。そして1階層をくまなく捜索しましたが、魔物が1体もおりませんでした」
「魔物がいない…だと? そんなダンジョン、過去に例があったか?」
「いえ、少なくとも私の知る限りでは聞いた事はありません」
「そうか… まぁいつまでも部隊を野ざらしにしておけんからな、駐屯できそうな場所はあったのだろう?」
「はい、50人全てが入っても十分に余裕のある広場を見つけています」
「よし、それでは早速中に入っていこう。その後は団員たちに休息を与えろ。攻略開始は明日からだ」
「はっ!周知してきます」
シーフ職の部下が立ち去り、部隊の面々も補給物資を持ってダンジョンの中に入っていくのを見ていた。
「しかし… 1階層とは言え魔物がいない…か。これなら調査もすぐに終わるかもしれんな… 陛下の心配事が早急に片付くのなら良い事だが、栄えある第1騎士団の精鋭が、戦闘も無しで帰還するのは格好がつかぬな… 贅沢な悩みだ」
団員がダンジョン内に入り、出入り口に近い場所にある広場にテントを設営し、そこを拠点とした。
念のため、出入り口の外にも数名の団員を配置し、野生の魔物なんかが侵入してこないよう取り計らい、交代で見張りをしつつ、今日は移動の疲れをいやす事にと努めた。
翌日、得意武器のバランスを考えて、ディフェンダー、アタッカー、マジシャン、シーフ、アーチャーと振り分け、5人組で3つのパーティを作り、まずは1階層の全てのマップを作成するよう行動を開始した。
2時間もすると、全てのパーティが帰還し、それぞれが報告してくる。
全てのパーティが魔物と遭遇する事無く、1階層のマップが完成したのだった。
「うむ、では2階層へと探索範囲を広げよう。1階層に魔物がいなかったからと言って油断はするなよ? 我ら第1騎士団がダンジョンの浅層で怪我人を出したなんて、恥ずかしくて帝都に帰還などできなくなるからな」
「「「はっ!」」」
部下達に発破をかけ、団長は自身専用の天幕で一息を付いた。
「これなら我ら第1騎士団が出るまでも無かったか… しかし、陛下の勅命であるし、他の団に手柄をやる必要も無いから仕方がないか。我が国もすでに十数年戦争をしていないから、騎士達の士気が低下しているから、それを高めるための訓練と思えば我慢できるか」
そう口にし、午前中だというのに持ち込んだワインを飲むのだった。
ダンジョンに到着してから5日が経った頃、全てのマップを埋めながら進んでいた第1騎士団の面々は、5階層に到達していた。
そこまでの道中、結局1体の魔物も現れる事も無く、外から入り込んだ魔物もいなかった。そして5階層… そこで行き止まりになったのだ。
「ふむ、思ったよりも浅かったようだな。どれ… 儂が直接5階層を見てやるとするか」
魔物もいないし、全てのマップが地図に書き込まれ、罠の類も見当たらない。ダンジョンとしてそれは異様な事ではあったが、士気の緩んだ騎士団にはその違和感に気づく者はいなかった。
「ふむ… 確かにここで行き止まっているな」
壁や床などを見れば、相応に力のあるダンジョンだと思われたが、一切魔物がいない。
それ故か、騎士団長は護衛も付けずに1人で最奥にあった小部屋の探索を始めたのだった。壁や床、その他怪しいと思われる場所を入念に調べていく。
ダンジョン特有の現象である『隠し部屋』を探しているのだ。過去の事例には、発見された『隠し部屋』には黄金の宝箱が存在し、とても値の付けられないような貴重な武具、または宝具などが見つかっている。
当然それらを見つける事が出来れば、皇帝陛下に上納するのだが… それに見合った褒美も与えられるのだ。
その手柄を独り占めするためには、この部屋の探索は1人でやらなくてはいけない… 団員には上級貴族も多数いるから分配しなくては、それぞれの家が騒ぎ出すのだ。
「む? ここだけ微妙に色が違うな…」
小部屋の壁の一部に、微妙に色の違う場所を見つけ出し、慎重に探ってみる。
「よしよし、やはりあったか。ここまで何もないダンジョンだから諦めかけていたところだが… 儂にも運はあったと見えるな」
色違いの壁をグイグイとおしてやると、ゴリゴリと音を立てながら壁の中に引っ込んでいき、向かって左の方から カチっという音が聞こえた。
「ふははは、いいぞいいぞ、何が出てくるのか楽しみだの」
音のした壁をまさぐってみると、壁の一部が扉のように奥へと開かれた。騎士団長はニヤリと笑みを浮かべながらその中へと入っていくのだった。
『隠し部屋』に入ると、その部屋の一番奥にやはりあったのだ。金色に輝く大きな宝箱が…
「ほほぅ… これは大きい箱だな、相応の物が入っているという事か、フハハ! 早速開けてやるとするか!」
宝箱を見つけてしまった高揚感からか、一切の警戒もせずに近づき、そして箱を開けた…
「ぬわっ! むぐぐ…」
箱の中から真っ黒な霧のようなものが飛び出してきて、迷う事も無く騎士団長の口に入り込んでいった。
直後、全身から力が抜けたように騎士団長は倒れ、ビクビクと痙攣させながら昏倒した。
倒れてから10分ほど経っただろうか… 騎士団長はおもむろに起き出して、手を握りしめたり開いたりを繰り返す。まるで体の具合を確かめるように…
「ガハハハ、この世界への道をこじ開け、ようやく辿り着いたところだったが… まさかこうも手早く肉体を手に入れる事が出来るとは、俺様は運も味方に付けているという事か。とはいえ、ここからは特に慎重に行動しないと、この世界の創造神に見つかってしまうからな… 見つかる前に大量の人間の魂を食らい、創造神に対抗できる力を蓄えないといかんな」
なんと、黒い霧のような物は、騎士団長の体を乗っ取っているようだった。騎士団長の意識はすでに無く、その脳から持ち得る記憶の全てを引きずり出して騎士団長に成りすます。
「ふむ、このままこの男の体でも良いのだが、争いを好まぬ王がいるから戦争は起きぬか… それでは魂を食らう事はできんじゃないか。それならば… このまま帝都とやらに帰還し、この国の王の体に乗り移るとするか。そうすれば、戦争もしたい放題で、魂も容易く集められるだろう」
こうしてガスト帝国第1騎士団が行った、新規発見ダンジョン捜索は終了し、1人の怪我人も出さずに任務完了となった。
帝都に帰還し、皇帝陛下に謁見の後の褒賞の話し合いの場… 皇帝陛下と宰相閣下、そして第1騎士団長の3人だけで開かれた会談の場で、騎士団長に入り込んでいた黒い霧のような物は、人目に付かないようひっそりと皇帝の中へと侵入を成功させたのだった。
その直後、突然倒れた騎士団長に驚いた宰相閣下は、すぐに衛兵を呼び対処にあたらせたところ… 騎士団長はすでに死んでいたとの事だった。
その日からであった、穏健な賢王と呼ばれていたガスト皇帝が豹変したのは。
突然倒れて死んだ騎士団長の弔いもせず、即座に軍備の増強をはじめ、特殊部隊の育成まで始めるのだった。
そして翌年、東にある隣国、プラム王国の王城に特殊部隊を派遣し、王家と主要貴族の暗殺に成功して、国ごと傀儡として支配する事になった。
狙いは宗教国家である神聖教国。宗教によって研ぎ澄まされたその魂は、黒い霧にとっては極上のご馳走であった。
少々回りくどいが、人間同士の戦争に見せかけて、創造神を欺かなければいけないため、次の標的はグリムズ王国。
この国を攻め滅ぼしたら次はアニスト王国。そして最後に神聖教国を囲みこんで攻め滅ぼす。ガスト帝国による大陸制覇の完了と共に、帝国民も殺して魂を奪う。
「クックック… これだけの魂を食い尽くせば、創造神であろうと我に手出しは出来なくなる。この大地に漂う神力すらも食い尽くしてくれるわ!」
帝国による大陸統一に意欲を見せる貴族に些事を任せ、自分は美味しい所だけ持って行く。そんな予定を立てながら、ガスト皇帝は… いや、その中の黒い霧はほくそ笑むのだった。




