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魔女の家


「え? でも、あの毒は村長のおじいちゃんが泡吹いて倒れるぐらいの効き目はありましたし、あながちーー」


「いいから! それ以上、思い出させないで!」


 顔は赤面、頭を抱えて脳裏に浮かんだ悪い思い出を霧散させるように悶えていたクララがすかさず大声を上げて言葉を遮る。


「あんた、覚えてないの? 村中から大目玉をくらったのを。あんたのおばあちゃんみたいにウチのオヤジは甘くなかったからあの後、長い説教された挙句暗くて狭い納屋に一晩閉じ込められたんだからね、あたしは! だから、今でもそのせいで閉所が苦手になったぐらいあたしには堪えた出来事なんだからね!」


「いえ、わたしだってその日はしっかり怒られましたし、夜ご飯だって抜きになっちゃいましたよ?」


 ただでさえ精神的に弱っているクララを追い詰めてはマズイとさすがのシュシュも気付き、咳払いをして改める。


「実のところ、下層域の魔具師さんたちにはお願いしたんですよね」


「……その顔は……断られたってわけね」


「はい」


 肩を落とすシュシュにクララはため息を吐いて机に置かれていたマリーのナイフを手に取る。

 桃色の柄に小さな刃。子供が持つフルーツナイフに違いない様相は武器と言うにはあまりに頼りなく思える。


「ま、近頃はフェーシエルだったりグェンだったり他中下層ギルドだったりが近い内に起こり得る抗争のため四方から武具の調達をしてるって言うしね。確かに、あんたらみたいな明らかに金も権力も持ってなさそうな輩の相手をしてる暇あるんだったら上客の依頼を1つでも多く受けたいか」


「魔具師さん自体、深刻な人不足みたいですしね」


 重いため息を吐き、シュシュはあからさまに表情を曇らせた。

 こうしてクララを頼ってきたのも最後の砦染みたものがあったのだろう。


「武器に属性の付与、なんてのは魔具師としては初歩的で簡単な仕事なはずなんだけどね〜」


「そんな簡単な仕事さえ受けることができないほど切迫した状況なんでしょうか」


 何か考え事をするようにナイフを手の中でもて遊んでいたクララだったが、突如おもむろに白衣を脱ぎ捨てて立ち上がった。


「んじゃ、出かけるとしますかね」


「は、はい?」


 瞬きを幾重も繰り返し、クララを見上げるシュシュ。


「魔具師なら心当たりがあるってんの。それもとびきり暇そうな偏屈魔具師のね」


 ここ最近、篭りっきりだった鬱憤晴らしも兼ねているのだろう。クララは悪戯っぽい笑みを浮かべて片眉を上げた。


「名医の人脈舐めんなし」







 前国王が敷いた体制の多くは解散された今でも色濃く残されているものがある。広大なギルティアを移動するために設けられた国営の移動馬車もその1つだ。主に国外から訪れた観光客のために作られたのだが、近距離移動が可能なのと運賃が他と比べて格安だということもあり、長く国民たちに愛されている。

 クララに連れられてシュシュとマリーは目的地も告げられぬままその馬車に揺られ、小一時間。馬の蹄が石畳を叩く音と心地よい揺れにうつらうつらと船を漕いでいた時に、軽く頬を叩かれて馬車を降ろされた。

 そこはギルティア領土に違いないが、城下街の外。国外行きだったのだろう、眠い目をこすりながら小さくなっていく馬車を見送った後、目の前に広がる不気味な森を前にシュシュは絶句した。


「あ、あの……えっと、くぅちゃん?」


 精霊の森。

 ギルティアのすぐ隣に隣接する深い森はそう呼ばれている。誰が名付けたかは判明していないが、かつてこの土地が不毛な更地だった時、開拓者の1人、優秀な魔術師が極めて高度な魔法によって植林したらしい。そのせいもあってか、ここらの木々は高い生命力を持っており、魔法製とだけあってマナ濃度も濃い。住処を求め、彷徨っていた精霊たちがいつしか集まるようになった人々も簡単には近寄らない場所の1つだ。

 人々が近寄らないと言っても精霊たち自体に害はない。それはこちらが危害を加えないことを前提としてだが。それよりも厄介なのが、外敵から身を守るため厄介な特性を持つ魔物たちの存在。ギルティアに流通する毒物の多くはここの魔物たちから採取されたものだ。


「おっきな木……シュシュ見て」


「マ、マリーちゃん離れないでください! 危ないですよ〜!」


「マリー何個ぶん?」


 樹齢何百年、背の高い木々が空からシュシュたちを覆い隠し、辺りは昼間にも関わらず薄気味悪い。森の奥から聞こえる得体の知れない鳴き声が不気味さをより一層際立てる。


「ね、ねぇ〜。確かに毒の材料ならいくらでもありそうですけど、こんな所に人がいるとは到底、思えないんですけど……」


「人が寄り付かない場所に住んでっから暇なの。いいから、あたしに着いてくればなんとかなるから。あ、でも足元とかには気を付けてね。踏みつけただけで酸を吐き出すカエルとかいるからさ。クツごとドロドロに溶けっから」


「ひいぃぃぃっ!?」


 足をバタつかせ、後ずさりするシュシュだが、気をつけろと言いながら軽快な足取りで森の奥へ進んでいくクララと離れる方が危険と判断。ひらひらと宙を舞う蝶に目を取られ、首を上下に動かしていたマリーの手を引いて小走りにクララの背中を追いかける。

 慣れ親しんだ庭を散歩するように枝木をかき分けて道なき道を行くクララであったが、入り口から数分。意外にも早く、その淀みなかった足を止めてクララは後ろを振り返った。


「あったよ。あれが魔女の家」


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