散らばった下着
魔具師。
鍛治、錬金、縫製と形式は様々でギルティアだけならず、世界中にそう呼ばれる者がいる。
必要とされる技能は各形式によって異なるが、優秀な師につき、最低限の魔法素質と修行に耐え得る心の強ささえあれば誰にでも可能性のある職と言っていい。しかし昨今、魔具師業界では深刻な人出不足に見舞われている。ひと昔には数多いた職人の数も加齢と需要供給の偏りにより職を追われ、最近では誰もその職に就こうとしないまでに。
さらに何かと不穏な空気の立ち込める今、軍事力強化のために国からの武具製作の依頼、それに対抗する反勢力の依頼と物騒な案件を任されることが多くなったことも若者たちが遠退く理由となっているのだろう。
死生観を揺るがしかねない物、非人道的な兵器の開発など魔具師界でいう禁忌を無理強いさせられることもしばしば。
いつの世も見えない影に怯え、怒り、恨みながら人々は争い、醜くもそれらを求め続けるのだ。
◇◆◇
「え〜っと、ちょっと待って……あんた今、なんて言った?」
生活用品や衣類、医療器具などが乱雑に散らばった部屋。古い棚に並べられた薬品からかツンとした臭いが鼻を撫でる。部屋の中央に備えられベッドや机に散らばるカルテなど辛うじて診療所らしき体裁を保っているこの部屋で家主、クララ・ホーキンスは頭痛のする頭を押さえて聞き返した。
「だ〜か〜らぁ〜!」
いったい何度この同じ質問を返しただろうか。返答者はいかにも苛立った様子で同じ言葉を吐き続ける。
「毒を譲ってください! なんでしょうか、数日後には死ぬとかではなく即効性の麻痺毒なんかを!」
「いやいや、あんた…………マジ?」
「マジもなにも大マジですよ!」
「あんたさ、仮にもあたしは医者なわけ。そんなヤツに普通毒を譲ってくれとか言う?」
「ぷぷっ、くぅちゃんってば。まだ医者になったわけじゃないのに」
「あぁぁん!?」
「いえ、だってくぅちゃんって今までは医者と言えども国家的に認められていない所謂闇医者だったわけでそれって果たしてお医者さんって言えるのかなって」
「だから、あの協会のやつらに自警団に引き渡されたくなければちゃんとした資格を取れって脅されてこうして頑張ってんっしょ! 今まで贔屓にしてもらっていた顧客は全てお断り! 仕事ができないからお金もない、街に気晴らしにもいけない。やれることと言えばこの長々とクソ回りくどい説明を延々と書き綴られた医学書を読むことか国家試験の過去問を解くことぐらい。最近、ネイルもできてないし、髪だってここら辺に枝毛が出てきたから整えたいし、新しい服だって欲しいしぃ! あ、シュシュ聞いた? 時計通りに新しいアクセサリーショップが出来たんだって。マジ、今度行ってみない?」
「は、はぁ。それは……構いません、けど……」
現実逃避するような力のない笑顔、目の深い隈と荒れた肌。オシャレと美容にうるさいクララがどれほどストレスを抱えているか容易に想像できる。
よくよく見れば、部屋の散らかりようも何時にも増して酷い気がしなくもない。前のクララもさすがに着替えた下着を床に放り投げるなんてことはなかったはずだ。
「マ、マリーちゃん!?」
「なんかいい匂いがする。お花の香り」
脱ぎ捨ててあったパンツを手に取り、不思議そうに眺めたり匂いを嗅いでみたり伸ばしてみたりするマリーから手早く没収し、それを目の当たりにしながらも無気力に口を半開きに虚空を見つめるクララを見て、ようやくこの部屋と家主の異変に気付いた。
「そんなにお医者さんの国家資格を取るのって難しいんですか?」
「…………3回」
「は?」
「……3回落ちた」
「え、えぇ? だってくぅちゃん、闇医者ってだけでちゃんと治療とかしてたじゃないですか。患者さんからの評判もよかったみたいですし」
「いや、マジそれな。あたし、治療できんじゃん? それでいいじゃん? 確かに何回かミスって危ういこともあったけど結果助かってるわけだし? 何らかの後遺症が残ったとかザラにあるけど? 別によくね? 細かいこといちいち気にしてちゃなんも始まらんっしょ」
相当たまっていたのだろう。ボサボサになった髪を指で巻きながら愚痴は試験内容から試験官、協会職員たちと次から次へと湯水の如く溢れ出てくる。
「まずさぁ、この問題『断裂した神経系を的確に繋ぐための術式と適切な医療魔法並び魔法薬を医学的根拠、理由を踏まえて説明せよ』。理由と根拠なんている? なんとなくでさ、こちとら感覚的に長年で培った経験談でやってるわけよ。今さらそれをなんで? って聞かれても困るんですけど」
「ううん、それはくぅちゃんがおかしい。うん、おかしい」
「はぁ? わけわかんない」
「もしかしてユウちゃんの治療も毎回……」
「勘に決まってんじゃん。まぁ、あたしぐらい優秀な医者になるとどれとどれが千切れた血管かなんて見ればすぐわかるし、なんかぐちゃぐちゃになった臓器も適当に縫っとけば大体、大丈夫だから」
「大丈夫なわけないじゃないですかぁ! ばかぁ!!」