人形騒動の顛末
「ユウちゃん、おかしいと思いませんか!?」
「んぁ? 何がじゃ?」
「ナルキスくんですよ、ナルキスくんっ!」
「……あぁ〜」
昼下がり、屋台でメンチカツを売り歩く束の間休息。心地よい風の吹く木陰にある最寄りのベンチに腰を下ろして遅めの昼食を取っていたその時にシュシュが不服そうに漏らした。
「あのナルキスくんがですよ? あのスケベでナルシストでどうしようもないポンコツのナルキスくんがですよ?」
「……お前がナルキスと馬が合わないのは知っとるがそこまで辛辣に言うこともないじゃろう」
「だって! だってだって! ナルキスくんがまさか真っ当な仕事を! それも学舎の先生に抜擢されるなんて納得できませんよ! 何かの間違いじゃないですかね!?」
「まぁ、確かに意外ではあったが……」
偶然ながらも学舎の近くで休息を取ることとなった2人。遠目には子供たちに囲まれて苛立つナルキスの姿が確認できる。
そう、あの人形騒動から数日。何者かによる学舎の教師、ルターの殺害により学舎は休校を余儀なくされていた。言わずもがな犯人はナルキスなのだが、それはユウたちさえ知らず元より国の掃除役も兼ねていたアルケスト家、隠蔽はお手の物と言ったところか犯人を決定的に裏付ける証拠は見つからずに捜査は難航。何かしらの私怨による犯行とされていたが、いつしかその事件も闇の中に消えつつあった。
「まぁ、存外適任なんじゃないかのぅ?」
「へぇ? い、いったいナルキスくんのどこにそう思える要素があるんですか?」
いつまでも休校にしているわけもいかず、学舎自体を取り壊す話も出た。人死にがそれも教員が殺された曰く付きの場所に誰も働きに来たいとは思わなかったからだ。
そこで主にアメリやロイドとその両親の猛烈な推薦により白羽の矢が立てられたのがナルキスだ。アメリたちには口止めをしていたが、いつの間にか伝わったナルキスが子供たちの命を救ったことが決め手となったのだった。
「いやのぅ、ナルキスはああ見えて面倒見がいいし心優しい一面もある」
「優しい? ナルキスくんが? ……ははっ」
「うむぅ……そ、それに前任の教師を殺った犯人もナルキスなら返り討ちにできるじゃろう。腕の立つ者がいれば子供も親も安心じゃろうて」
「はぁ……確かに。確かにナルキスくんはすっごく強いみたいですけど……わたしには純粋な子供たちに悪いことを、特にエッチなことを教えないか心配です」
「はっはっ、ガキんころはちょっとスケベなぐらいがちょうどいい」
「えー……わたしはあんまりそういうのは得意じゃ……ユウちゃんっていったいどんな育てられ方したんですか?」
あからさまなジト目で見つめるシュシュにバツの悪くなったユウは頬をかき、はぐらかすようにメンチカツにかぶりつく。
「それにナルキスも最初こそ嫌がっておったが、いざ職についてみれば真面目そのものじゃ。夜遅くに帰って来たかと思えば『なぜ、あいつらはこんな簡単なことも理解できないんだ。これだから子供は……』とか悪態を吐きながらも寝る時間を削って頭を悩ませておる」
「まぁ、確かにわたしもそこは感心してますけど」
「うちで最も知識のあるフランクに教えを請うたりもしながらあいつなりに頑張ってるじゃないか」
「……はい」
「もしもの時を想定し、自分の身を守れるようああして遊びを交えながら護身術の指導もしておる」
「わたしには遊ばれてるだけのように見えますけど」
木剣を手に楽しそうにナルキスの周りを走り回る子供たちと苛立ち、怒鳴るナルキスの姿。遠巻きに見てもただただ遊んでいるようにしか見えない。
「いや、ああいう経験がいつの日か役に立つこともあるんじゃ」
「だ、誰だ! 今、僕の尻を刺した奴は! 名乗れ! ボコボコにしてやる!」
「きゃはははははっ!」
「先生、顔真っ赤〜!」
「……本当ですか?」
手当たり次第に子供たちを追いかけるナルキスを見て、シュシュは白けた目をユウの横面に投げかける。
「……た、たぶんのぅ」
またもバツの悪そうにユウは苦笑いを浮かべるが、こほんっと小さく咳払いをして切り替え。
「まぁ、なんじゃ。今はナルキスの就職を喜ぼうじゃないか。暖かい目で見守ってやろう。そうじゃ、就職祝いに何か買ってやるっちゅうのはどうじゃ? あいつは何を買ってやれば喜ぶかのぅ」
「……たぶん鏡だと思います」
「そうか、鏡か。帰りに市場でも寄ってみるかのぅ」
子供たちを必死に追いかけるナルキスの姿をぼんやりと眺め、ユウはメンチカツの最後の一欠を口の中に放り込む。
一人前になった弟分に高いスーツを買ってやった時のような暖かいものが胸の中に満ちていくのを感じながら。