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特別な……


「まるで狂人を見るような目じゃないか」


 苦痛に悶えながらも妹に手を出された憤怒は消えることはなく、ルターの睨むような視線にナルキスは不快そうに顔をしかめた。


「これではどっちが悪人かわからないな」


 ぽつりと漏らしたナルキスの一言。その間を縫ってルターが低いうなり声を上げる。


「……妹に……エミーに手を出したら許さないぞ」


「……ふむ。キミは勘違いをしているようだが……」


 言葉を切ってナルキスはこれでもかと言わんばかりに乱暴に突き刺した剣を左右に振る。

 途端、ルターに襲いかかる激痛。手の甲から噴出すように血飛沫が溢れて机上を真っ赤に染め上げていく。

 床に滴る血がぴしゃっぴしゃっ、と定感覚に落ちる音が静かな室内に響く中、ナルキスは冷たな視線で苦しむルターを眺める。


「僕がキミを殺せないとでも思ってるのかい?」


「あがッ……」


「善良で美しい僕が人殺しなんて醜い事をしないとでも思っているのかい?」


「ふぐぅ……ッ!」


 嬲るように傷口をかき回す手は緩まることはない。


「それは勘違いだよ。人を殺した数ならば手で数え切れないほどだ。初めては6つの時、ちょうど僕の誕生日だったな」


 激痛を凌駕した痛みに手先の感覚が痺れてきた。脳が危険と判断し、断ち切ろうとしているのだろう。今や、最初に切られた親指の痛みなど感じることもできないほど。虚ろぐ意識、ルターはなんとか気を失うまいと唇を噛んだ。


「アルケスト家の人間として初めての仕事は魔物や魔人の討伐なんかではなく、反乱分子の駆除だった。なに、さすがの僕も最初こそ恐怖心があったが、終えてみれば簡単なことだった。上手に母の似顔絵を書くことや積み木を高く積み上げることよりはるかにね」


 幼き頃の淡い思い出を語るように穏やかな顔でナルキスはゆっくりと剣を引き抜くとその凶刃をルターの逆の手に深々と突き刺した。


「ガッ……ッッ!?」


「そろそろ痺れて感覚がなくなってきた頃だろ?」


 ほんの僅かにルターの表情が和らいだのをナルキスは見逃さない。拷問した者は数知れず、そんな微細な変化も読み取れるようになった。


「な、なぜそうまでして……私を……?」





「僕の()()を守るため、それだけさ」





 大した話をしたこともなく、年齢だって一回り以上離れているにも関わらず、アメリを友人と言ってのけるナルキス。

 やがて、その凍て刺すような真っ青な瞳から逃れようとルターは俯き、吐露し始めた。


「……エミーは特別なんだ。神に選ばれた能力を持つ特別な人種、あんな可憐で聡明、才気に溢れた者を私は見たことがなかった。懸命に学ぶことしかできない私には彼女が輝いて見えた。彼女こそ鬱蒼とした僕の人生に色を飾るただ1人の女性なんだ、と」


「あれが特別? 笑えるね」


「笑えばいい、君に理解できるはずがない。彼女は私だけの特別なのだから。君にも兄がいるだろう。王族を殺し、父を殺し、母や姉弟を苦しめたあの愚かな兄だ。それなのに君はさほど怒っていない。それは君にとって彼が特別だからじゃないかね?」


「アレが僕にとっての特別かはさておき、確かに辺境の地へ追放されたことに関しては怒っているわけではないな。いや、むしろ何か縛られていたものがなくなった、そんな気分だ」


「兄弟とはそういうものさ。どんな憎まれ口を叩かれようとも殴りあいのケンカをしようともそこには愛がある。愛でつながっているのだ。私とエミーはその愛が人よりも少し深いだけ」


「その愛が暴走し、彼女が欲しいという生き人形を送り込むようになったわけか。キミの社交性や人脈、話術を利用して巧みに隠密に……」


「暴走? 何を言っている?」


 笑っている。

 不気味なほどに愉快そうに。だが、目だけは違う。血走った目がギョロギョロとナルキスを見上げて呪いを振りまくように妖しく光を帯びていた。







「愛する妹にプレゼントをあげるのは兄として当然のことじゃないか」








 痛みを忘れたように前のめりになってナルキスの顔を覗き、見上げる。

 突き刺された剣はそのままに、大きく広がった傷口からドクドクと血が溢れ出る。鉄臭い嫌な臭いが部屋中に充満していった。


「たかが国民の1人や2人、教え子の1人や2人愛するエミーが喜ぶならば喜んで送り届けるさ。そいつらの家族が悲しむ顔なんてどうでもいい。私はエミーの悲しむ顔が見たくないのだよ」


「なるほどね、なんとなくだが今の僕ならばキミの言いたいことを理解できる、そんな気がする」


 関心したようにホッと息を吐き、ナルキスはルターの手から血塗れの剣をゆっくり引き抜いて、血を払った。


「このギルティアに来て僕にも命を賭してでも守りたいと思える人たちができた。それに置き換えれば、キミの()というのがわかる気がするよ」


「は、ははは。君なら……君ならば理解してもらえると思った」


「あぁ、理解したさ」


「あ……え……ぇ?」


 一瞬の銀光がルターの首をなぞった。斬られた本人さえ気付かぬまま、首はズルズルとゆっくり傾き、冷たい床に重い音を立てて転がる。


「理解したからこそ、より一層僕にとってキミは許せない存在になった。僕の愛する友人を殺そうとした、愚かな悪人に、ね」








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